Yashraj
2024年09月08日
ディスコ化するインドのヒップホップは新次元に突入したのか
最近インドのヒップホップシーンで、同時多発的にこれまでになかったテイストの曲がリリースされている。
それは何かというと、どこか懐かしさを感じるディスコ風のビートなのである。
2010年代に始まったインドのストリートラップは、2019年の映画『ガリーボーイ』でNasが大きくフィーチャーされていたことからも分かるように、当初90年代のUSヒップホップに大きな影響を受けていた。
以降、インドのラッパー/ビートメーカーたちは、トラップ、ドリル、ローファイ、マンブルラップなどのサブジャンルを次々と自分のものとし、今日のインドのヒップホップには、世界中の他の地域と比べて遅れをとっていると感じられる部分はほとんどなくなった。
インドのストリートラップの幕開けを2013年のDIVINEの"Yeh Mera Bombay"あるいは2014年のNaezyの"Aafat!"だと仮定すると、わずか10年ほどの間に、インドのシーンは90年代から今日までのヒップホップの歴史に駆け足で追いついたということになる。
そして、2024年。
突如としてインドに現れたディスコ・ラップは、インドのヒップホップがあっという間に同時代のヒップホップを捕捉したその勢いのまま到達した、新しい領域(ジャンル)なのかもしれない。
例えばデリー出身の若手人気ラッパーChaar Diwaariが7月にリリースしたこの曲。
(往年のマイケル・ジャクソンばりに曲が始まるまでが長いが、せっかちな方は2:35あたりまで飛ばしてください)
Chaar Diwaari "LOVESEXDHOKA"
タメの効いたブーンバップでも緊張感のあるトラップでもなく、性急で享楽的なエレクトロ的ディスコビートに、80年代ボリウッド(例えば"Disco Dancer")を思わせるコミカルなダサかっこよさを融合した曲だが、半笑いで聴いているとアレンジの妙に唸らされる。
タイトルのDhokaは「裏切り」「偽り」を意味するヒンディー語らしい。
Charli XCXっぽさも感じられるが、それよりももっと生々しくて、インドっぽい。
(そういえば、あまり音楽的ルーツには関係なさそうだが、Charli XCXはお母さんがインド系とのこと)
「インド的であること」とアメリカ生まれのポップミュージックの融合が、また新しい段階に突入したことを感じさせられる。
他のアーティストも聴いてみよう。
たとえばムンバイの新進ラッパーYashrajが7月にリリースしたアルバム"Meri Jaan Pehle Naach"には、全編に渡ってディスコサウンドが散りばめられている。
Yashraj, PUNA "GABBAR"
ダンスミュージックとしての強度、ルーツを感じさせるインド的な要素(ボリウッドのサンプリング?)、ファンク的な洒脱さ。盛りだくさんすぎる要素を持ちつつも、きちんとヒップホップとして聴かせるサウンドに仕上がっている。
かと思えば、こんなソウルっぽい雰囲気を持った曲も収録されていて、これがまたかっこいい。
"Kaayda / Faayda"
こういう16ビートっぽいトラックはインドのヒップホップではこれまでほとんどなかった気がする。
個人的にはこの曲はちょっと日本語ラップっぽい雰囲気があると思っていて、例えば田我流の2012年の名盤『B級映画のように』あたりに近い質感を感じる(たとえば「Straight Outta 138」とか)。
Yashrajのシブい声は、やはりインドではとても珍しかったジャズ/ソウル的なビートの"Takiya Kalaam"(2022)の路線に非常にハマっていたが、まさかこう来るとは思わなかった。
このディスコ・ラップはインド各地にまで浸透していて、ウッタラカンド州ルールキー(Roorkee)出身のラッパーFrappe Ashのこの曲は、もしDJだったらさっきの"Kaayda / Faayda"と繋げてプレイしたいところ。
Frappe Ash "CHAI AUR MEETHA"
「イノキ・ボンバイエ」みたいなこういうビートもやっぱりインドのヒップホップではこれまであまりなかったように思う。
タイトルの意味は「チャイとスイーツ」(つまりチャイラップでもある)。
この曲が収録されたアルバム"Junkie"はSez on the BeatやSeedhe MautのEncore ABJなどのデリー勢、アーメダーバードの新生Dhanjiなども客演しており、ここまで聴いた中では今年のベストアルバム候補に挙げられるほどの完成度なので、ぜひチェックしてみてほしい。
この手のディスコ・ラップは南インドでも散見されていて、チェンナイの新進ラッパーPaal Dabbaが3月にリリースしたこの曲も、ビートのタイプこそ違うが、ディスコ路線と十分に呼べるものだろう。
(イントロ部分も非常にかっこよくできたミュージックビデオだが、せっかちな方は曲が始まる0:55からどうぞ)
Paal Dabba "OCB"
ミュージックビデオの群舞はインド的とも言えるけど、むしろブルーノ・マーズあたりの影響を受けていそう。
古典舞踊のダンサーとか2Pacのそっくりさんが出てくるなど、見どころ盛りだくさんだ。
ファンキーなギターやサックスの音色が印象的で、インドのラップのディスコ化の一因には、ビートに生楽器が多く使われるようになってきたことも関係しているような気がする。
タイトルの"OCB"はタバコの巻紙のことで、一応One Costly Bandana(高価なバンダナ。ちなみにバンダナはインド由来の言葉)とのダブルミーニングということになっているが、大麻と関係があるのだろう。
このようにインド各地で見られるようになったディスコ・ラップだが、その究極とも言えるのが、ムンバイを拠点にマラーティー語のハウス(!)のプロデューサーとして活動しているKratexとマラーティー語ラッパーのShreyasが共演したこの曲。
なんとダンスミュージックの名門であるオランダのSpinnin' Recordsからリリースされている。
Kratex, Shreyas "Taambdi Chaambdi"
インド風ハウスのビートと、マラーティー語の不思議なフロウのラップ、そして「ラカラカラカラカ…」という耳に残って離れないフレーズにもかかわらず、キワモノと紙一重のところでかっこよく仕上がっている。
冒頭のChaar Diwaariの"LOVESEXDHOKA"と同様に、ステレオタイプのインド人らしさや少しのノスタルジーをコミカルかつクールに描いたミュージックビデオも最高だ。
タイトルの意味はマラーティー語で「茶色い肌」。
つまり、インド人の肌の色を表している。
(余談だが、Yo Yo Honey SinghやSidhu Moose Walaも英語とヒンディー語を混ぜて「茶色」を表す"Brown Rang"という曲をリリースしている。インド人の肌の色はさまざまだが、彼らのアイデンティティを表す言葉なのだろう)
マラーティー語はインド最大の都市ムンバイが位置するマハーラーシュトラ州の公用語だ。
だが、ムンバイの旧名であるボンベイから取られた「ボリウッド」(ハリウッド+ボンベイ)がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街で作られるエンタメは、映画にしろ音楽にしろ、圧倒的多数の話者を持つヒンディー語の作品がほとんどだった。
そういった事情もあり、「ムンバイの母語」とはいえ、マラーティー語にはなんとなくちょっと垢抜けない印象を持っていたのだが、まさかそこからこんな曲が出てくるとは思わなかった。
というわけで、今回はインドのあらゆる地域に出現したディスコ・ラップを特集してみた。
この傾向は「アメリカで生まれたヒップホップのサブジャンルをインドで実践する」というテーマから解き放たれてきたことを表しているのかもしれない。
この「ディスコ化」は、インドのポピュラーソング(つまり映画音楽)がもともと持っていた「ディスコ性」とも関係がありそうで、そう考えるとKaran KanchanがプロデュースしたDIVINEの"Baazigar"(2023年)あたりから始まった流れと見ることもできそうだ。
と、ここで終わりにしようと思っていたのだけど、デリーのSeedhe Mautが最近リリースしたEP "SHAKTI"のこの曲もボリウッドとエレクトロ・ディスコの融合みたいなビートが導入されていて非常にかっこいいので聴いてみて!
Seedhe Maut "Naksha"
この"SHAKTI"も年間ベストクラスの名盤で、インドのヒップホップシーンはますます多様化し、面白くなりそうだ。
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goshimasayama18 at 20:19|Permalink│Comments(0)
2024年09月01日
映画音楽に進出するインディーアーティストたち
もうこのブログに100回くらい書いてきたことだけど、インドでは長らく映画音楽がポピュラー音楽シーンを独占していた。
いつも記事にしているインディペンデント系の音楽シーンが発展してきたのは、インターネットが普及した以降のここ10年ほどに過ぎない。
インドの音楽シーンでは、映画のための音楽を専門に手掛ける作曲家・作詞家・プレイバックシンガーと、自分たちの表現を追求するインディーズのアーティストは別々の世界に暮らしていて、前者の市場のほうがずっと大きく、大きなお金が動いている、というのがちょっと前までの常識だった。
ところが、ここ5年ほどの間に、状況はかなり変化してきている。
インドではいまやヒップホップが映画音楽を超えて、もっとも人気があるジャンルなのだという説まであるという。
参考記事:
日印ハーフのラッパーBig Dealも、インタビューで「ヒップホップはインドでボリウッド以上に人気のあるジャンルになっている」と熱く語っていた。
まあこれはかなり贔屓目に見た意見かもしれないが、ヒップホップを含めたインディーズ勢が急速な成長を遂げ、インドのポピュラーミュージックシーンで存在感を強めているのは間違いない。
それを象徴する事象として、ここ数年の間に、インディーズのミュージシャンが映画音楽に起用される例が多くなってきた。
その背景には、インディーズミュージシャンのレベルの向上と、とくに都市部の若者の音楽の好みが、これまで以上に多様化してきたという理由がありそうだ。
私の知る限りでは、映画音楽に進出したインディーミュージシャンでもっとも「化けた」のは、OAFF名義でムンバイ在住の電子ポップアーティストKabeer Kathpaliaだ。
以前は渋めのエレクトロニック音楽を作っていたOAFFは、2022年にAmazon Primeが制作した映画"Gehraiyaan"に起用されると、一気に映画音楽家として注目を集めるようになった。
OAFF, Savera "Doobey"
歌っているのはLothikaというシンガー。
作詞は映画専門の作詞家であるKausar Munirが手掛けているという点では、インド映画マナーに則った楽曲と言える。
この曲のSpotifyでの再生回数は1億回以上。
タイトルトラックの"Gehraiyaan Title Track"にいたっては、3億回以上再生されている。
映画の主演は人気女優ディーピカー・パードゥコーンと『ガリーボーイ』の助演で注目を集めたシッダーント・チャトゥルヴェーディ。
監督は"Kapoor and Sons"(2016年。邦題『カプール家の家族写真』)らを手がけたシャクン・バトラー(Shakun Batra)が務めている。
OAFFは2023年のNetflix制作による映画"Kho Gaye Hum Kahan"にも関わっているのだが、この作品はさらに多くのインディーズアーティストが起用されていて、サントラにはプロデューサーのKaran KanchanやラッパーのYashrajも参加。
以前インタビューで「あらゆるスタイルに挑戦したい」と言っていたKaran Kanchanが、ここでは古典音楽出身でボリウッド映画での歌唱も多いRashmeet Kaurと組んで、見事にフィルミーポップ風のサウンドに挑戦している。
Karan Kanchan, Rashmeet Kaur, Yashraj "Ishq Nachaawe"
この映画の監督は『ガリーボーイ』や『人生は二度とない(Zindagi Na Milegi Dobara)』のゾーヤー・アクタルで、主演はまたしてもシッダーント・チャトゥルヴェーディ。
(ところで、人物名にカナ表記とアルファベット表記が混じっているが、これは検索しても日本語で情報がなさそうな人はアルファベット表記で、ある程度情報が得られそうな人はカナ表記にしているからです)
音楽のセレクトから監督・主演まで、いかにも都市部のミドルクラスをターゲットにした陣容だ。
ムンバイのメタルバンドPentagramの出身のVishal Dadlani(ボリウッドの作曲家コンビVishal-Shekharの一人)のように、インディーズから映画音楽に転身した例もあり、OAFFが今後どういう活動をしてゆくのか、気になるところではある。
もうちょっと前の作品だと、シンガーソングライターのPrateek Kuhadの名曲"Kasoor"のアコースティックバージョンがNetflix映画の『ダマカ テロ独占生中継(Dhamaka)』(2021)で使われていたのが記憶に残っている。
Prateek Kuhad "Kasoor (Acoustic)"
これは映画のために書き下ろされたのではなく、既存の曲が映画に使われたという珍しい例。
ここまで読んで気づいた方もいるかと思うが、インディーミュージシャンの起用はNetflixとかAmazon Primeとかの配信系の映画が多い。
インディーズ勢の音楽性が配信作品の客層の好みと合致しているからだろう。
ヒップホップに関して言うと、ここ数年の間に、Honey SinghとかBadshahじゃなくてストリート系のラッパーが映画音楽に起用される例も見られるようになってきて、いちばん驚いたのは、この"Farrey"という2023年の学園もの映画にMC STANが参加していたこと。
"ABCD(Anybody Can Dance)"や"A Flying Jatt"(『フライング・ジャット』)の映画音楽を手がけたSachin-Jigarによる曲でラップを披露している。
MC Stan, Sachin-Jigar & Maanuni Desai "Farrey Title Track"
おそらくインド初のエモ系、マンブル系ラッパーとしてシーンに登場したMC STANは、映画音楽からはいちばん遠いところにいると思ったのだが、実はあんまりこだわりがなかったようだ。
セルアウトとかそういう批判がないのかは不明。
ラップ部分のリリックのみSTAN本人が手がけている。
映画にはサルマン・カーンの姪のAlizeh Agunihotriが主演。サントラには他にBadshahが参加したいつもの感じのパーティーチューンなんかも収められている。
ストリート系のラッパーが映画音楽に参加した例としては(ヒップホップ映画の『ガリーボーイ』(2019)は別にして)、さかのぼればDIVINEとインドのベースミュージックの第一人者であるNucleyaが起用された"Mukkabaaz"(2018)や、もっと前にはベンガルールのBrodha VとSmokey the Ghostが参加していた 『チェンナイ・エクスプレス』(2013)もあった。
いずれも各ラッパーのソロ作品に比べるとかなり映画に寄せた音楽性で、アーティストの個性を全面に出した起用というよりは、楽曲の中のラップ要員としての起用という印象が強い。
「映画のための音楽」と個人の作家性が極めて強いヒップホップはあんまり相性が良くなさそうだが、このあたりの関係が今後どうなってゆくかはちょっと気になるところだ。
ここまでヒンディー語のいわゆるボリウッド映画について述べてきたが、南インドはまた状況が違っていて、タミルあたりだとArivuなんてもう映画の曲ばっかりだし、最近注目のラッパーPaal Dabbaもかなり映画の曲を手がけている。
Paal Dabba & Dacalty "Makkamishi"
2024年の映画"Brother"の曲。
濃いめの映像、3連のリズムとパーカッション使いがこれぞタミルという感じだ。
Arivu "Arakkonam Style"
こちらもまたタミルっぽさとヒップホップの理想的な融合と言えるビート、ラップ、メロディー。
映画"Blue Star"(2024)には、自身もダリット(カーストの枠外に位置付けられてきた被差別民)出身で、ダリット映画を手がけてきたことでも知られるパー・ランジット(Pa. Ranjith)が制作に名を連ねている。
Arivuはもともと彼が召集した音楽ユニット、その名もCasteless Collectiveの一員でもあり、ランジットは『カーラ 黒い砦の闘い』(2018年。"Kaala")でもラップを大幅にフィーチャーしていた。
タミル人に関しては、メジャー(映画)とインディーズ音楽の垣根がそもそもあんまりなく、2つのシーンがタミルであることの誇りで繋がっているような印象を受ける。
タミルのベテランヒップホップデュオHip Hop Tamizha(まんま「タミルのヒップホップ」という意味)なんて映画音楽を手掛けるだけじゃなくてメンバーのAdhiが映画の主演までしているし。
Hip Hop Tamizha "Vengamavan"
これは2019年の"Natpe Thunai"という映画の曲。
この頃は、いかにもタミル映画の曲にラップが入っている、という印象だったけど、最近の映画の曲になるとかなりヒップホップ色が強くなってきている。
Hip Hop Tamizha "Unakaaga"
これはAdhiが主演だけでなく監督も務めた"Kadaisi Ulaga Por"という今年公開された映画の曲。
今後、タミルの映画音楽がどれくらい洋楽的なヒップホップに寄って来るのかはちょっと注目したいポイントである。
南インド方面で驚いたのは、アーメダーバード出身のポストロックバンドAswekeepsearchingが、今年(2024年の)公開の"Footage"という映画のサウンドトラックを全て手掛けているということ。
予告編ではかなり大きく彼らの名前が取り上げられていてびっくりした。
映像的なポストロックは確かに映画音楽にぴったりだが、エンタメ的な派手さとは離れた音楽であるためか、インドで映画音楽に使用された例は聞いたことがない。
ケーララ州のマラヤーラム語映画で、この独特のセンスはいかにもといった感じ。
サントラはすでにサブスクでリリースされていて、予告編の曲は弾き語り風だが、他の曲では彼ららしいダイナミズムに溢れたサウンドを楽しむことができる。
2017年リリースの"Zia"に収録されていたこの曲も映画で使用されているようだ。
Aswekeepsearching "Kalga"
ここまで紹介した曲が、ほとんど「インディー系のアーティストが映画のためのサントラを制作」とか、「映画のサントラにインディー系のアーティストが起用」だったのに対して、このケースはAswekeepsearchingの音楽のスタイルを映画に寄せることなく映画音楽として成立させていて、他の例とは違うタイプの起用方法だと言えそうだ。
そういえばマラヤーラム語映画では、以前"S Durga"(2018)という映画でもスラッシュメタルバンドのChaosが起用された例があったが、こういう傾向が今後他の言語の映画にも広がってゆくのかどうか、興味深いところではある。
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goshimasayama18 at 17:18|Permalink│Comments(0)
2024年07月04日
インドの最近のヒップホップで気になった曲
気がつけば6月は1本しか記事を書いていなかった。
書きたいネタはたくさんあるのだけど、ここのところ忙しくてじっくり書く時間がない。
そんなことを言っても進化し続けているインドの音楽シーンは待ってくれないので、今回はあんまり深掘りせずに、最近かっこいいなあと思ったインド各地のヒップホップを何曲か紹介してみます。
Wazir Patar "Udda Adda"
まずはこれぞインドなバングラー・ラップから。
パンジャーブ州アムリトサル出身のWazir Patarは、90'sのUSギャングスタラップの影響を受けたラッパーで、2019年頃から本格的に音楽活動をしているようだ。
2021年に射殺された伝説的バングラー・ラッパーSidhu Moose Walaに見出されて複数の曲で共演し、死の2週間前にも遺作となった"The Last Ride"でのコラボレーションを果たした。
Sidhuの死後は彼の音楽的遺産を引き継ぐべく活動しているという。
ミュージックビデオではシク教徒のギャングスタ風若者グループが、バスケのボール、金属バット、でかいラジカセ、銃を持ってウエストサイドストーリーみたいに煽りあっているが、いったいどういう状況なのだろうか。
クリケット大国インドで野球のバットが出てくるというのは珍しい。
この曲ではバングラー的なアクの強さはだいぶ抑えられ、かなりヒップホップ化したフロウを披露している。
聴きやすいとも言えるし、もっと濃いほうがいいような気もする、飲みやすい芋焼酎みたいな曲。
Yashraj "Kaayda / Faayda"
ムンバイ出身のYashrajは若手らしからぬ貫禄の持ち主で、2022年のアルバム"Takiya Kalaam"で注目を集め、一気に人気ラッパーの仲間入りをした。
最近ではNetflix制作の映画"Murder Mubarak"のサウンドトラックに参加するなど活躍の幅を広げている。
この曲はフロウといい、70年代和モノグルーヴみたいなビートといい、どこか日本のヒップホップ(田我流の"Straight Outta 138"とか)を思わせる雰囲気がある。
ヒンディー語はたまに日本語っぽく聞こえる時がある言語だが、その謎の親和性はラップでも健在っぽい。
Frappe Ash "Chai Aur Meetha"
「イノキ・ボンバイエ」みたいなビートは、今紹介したYashrajの"Kaayda / Faayda"にも通じるが、こういう16ビートっぽいリズムはインドのヒップホップでは珍しい。
もしDJをやってたら繋げてプレイしてみたいところ。
タイトルの意味は「チャイと菓子」。
Frappe Ashはウッタラカンド州のルールキー(Roorkee)という小さな街出身のラッパーで、私は最近発見したのだけど、じつは2011年(当時17歳!)からキャリアを重ねているというから、インドのヒップホップシーンではかなりのベテランに入るキャリアの持ち主。
ルールキーという街は聞いたことがなかったが、調べてみるとアジアで最初の工科大学が設立された街らしい。
インドでは、デラドゥンとか、それこそプネーとか、大学や有名な学校がある街にはセンスの良いミュージシャンが多い印象で、充実した若者文化があるってことなのだろうか。
Frappe Ashは現在はデリーを拠点に活動中。
やはりここ数年でよく名前を聞くようになったアンダーグラウンドラッパーのYungstaとFull Powerというユニットを結成している。
例えばSeedhe Mautであるとか、名ビートメーカーSez on the Beatまわりの人脈との交流が深いようだ。
Frappe Ashが今年6月にリリースした"Junkie"は、一時期ほどコワモテじゃなくなった今のデリーの雰囲気が分かる良作で、ヒップホップアルバムとして高い完成度を保ちつつ、1曲目が思いっきり古典フュージョンで最高。
Frappe Ash "Ishqa Da Jahan"
力強く波打つような古典のヴォーカルからリズミカルに刻むラップへの展開が最高にスリリング!
2番目のヴァースはデリーを代表するラップデュオSeedhe Mautの一人Encore ABJをゲストに迎えている。
Dhanji, Siyaahi, ACHARYA, Full Power "Vartamaan"
グジャラート州アーメダーバード(最近カナ表記アフマダーバードが多いかも)の新進ラッパーDhanji, SiyaahiとプロデューサーのACHARYAが共作したアルバム"Amdavad Rap Life: 2 Heavy On 'Em, Vol. 2"もなかなか良い作品だった。
この曲にはさっき紹介したばかりのFrappe Ashが所属するFull Powerが参加。
この曲はフロウにヒンディー語(グジャラート語?)らしさを残しつつ、パーカッシブに子音の発音を強調して、ラップとして非常にかっこよく仕上げているのが痺れるポイント。
Dhanjiは音楽的影響としてFunkadelic(ジョージ・クリントン)やIce Cubeを挙げていて、この曲はもろにP-Funk風。
Dhanji, Circle Tone, Neil CK "THALTEJ BLUES"
この曲が収録されている"Ruab"はRolling Stone Indiaが選ぶ昨年のベストアルバムにも選出されている。
インスピレーションの源となるアートは?との質問には「プッシー、インターネット、ルイCK(米コメディアン)、LSD、ドストエフスキー、そして野心」と回答するセンスの持ち主で、LSDに関しては「ごく普通のやつ。第3の目を開いてくれる」とのこと。
シニカルさ、不良性、文学性、インドらしさが混在した満点の回答じゃないだろうか。
シニカルさ、不良性、文学性、インドらしさが混在した満点の回答じゃないだろうか。
Dhanjiとの共演が多い同じくアーメダーバード出身のビートメーカーAcharyaを調べてみたところ、再生回数が多かったのがこの曲。
GRAVITY x Acharya "Matchstick"
2021年の5月にリリースされているので、最近の曲というわけではないけど、このシンプルかつ深みのあるビートは、Acharyaのビートメーカーとしての実力が分かる一曲だと思う。
ラッパーはムンバイのGravity.
彼もキャリアの長いラッパーだが、近年めきめき評価を上げている。
最後に英語のラップを紹介。
ゴアの若手、Tsumyokiという不思議なMCネームは日本語(何?)から取られているそうで、略称はYokiらしい。
Tsumyoki "HOUSEPHULL!"
ムンバイのDIVINEのレーベルGully Gangと契約するなど、評価も注目も十分だが、インド国内では地元言語ほど聞かれない英語ラップでどこまで一般的な人気を得ることができるか。
彼くらいラップが上手ければ、もっと海外で注目されても良さそうなものだが、ヒップホップという音楽が基本的にローカルを指向するものだからか、インドのラッパーの海外進出(インド系移民以外への人気獲得)というのはなかなかハードルが高いのが現状だ。
Tsumyoki "WORK4ME!"
Tsumyokiはビートメイクも自身で手がける才人。
最新EPの"Housephull"では、ビートにインド的な要素を取り入れたり、多彩なセンスを見せつけている。
EPにはさっき紹介したAcharyaと共演していたムンバイのGravityも参加していて、新しい世代のラッパーは横のつながりも強いみたいだ(まあ全員インドの北から西の方ではあるけど)。
どんどん若手ラッパーがインドの音楽シーン。
今年も半年が過ぎたが、すでに大豊作で、年末にはベスト10を選ぶのに悩むことになるだろう。
まあでも、DIVINEが出てきてスゲーと思った頃の衝撃をちょっと懐かしく思ったりしないでもない。
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2023年12月14日
EDMシーンの世界的大物KSHMRがインドのラッパーたちと共演!
ここのところ謎の占い師ヨギ・シンの話ばかり書いていたので、今回は本来の音楽ブログに戻って、個人的に今年のインドの音楽シーンの最大のニュースだと思っている作品について書く。
11月に世界的EDMプロデューサーのKSHMRがインドのラッパーたちを迎えて制作したアルバム"Karam"のことである。
KSHMRことNiles Hollowell-Dharはカシミール生まれのヒンドゥー教徒の父とアメリカ人の母のもと、1988年にカリフォルニア州で生まれた。
ラップデュオCataracsのメンバーとして活動したのち、2014年頃からエレクトロハウスやビッグルームなどのいわゆるEDMに転向。
’10年代後半にはTomorrowlandやUltra Music Festivalなどのビッグフェスで人気を博し、2015年に英国のEDMメディアDJ Magのトップ100DJランキングで23位にランクイン。2016年には同12位に順位を上げ、さらにはベストライブアクトにも選ばれている。
KSHMRというアーティスト名は、日本では一般的にカシミアと読まれているが、ここはインド風にカシミールと読むことにしたい。
彼は1年ほど前からSNSで、Seedhe MautやMC STΔN、KR$NA(彼はクリシュナと読む)といったインドのラッパーたちと制作を進めていることを明らかにしていたが、別ジャンルで活動する彼らのコラボレーションがどんなものになるのか、まったく想像がつかなかった。
いかにインドのヒップホップシーンが急成長を続けているとはいえ、世界的に見ればKSHMRのほうが圧倒的な知名度と成功を手にしており、私はRitviz(デリーの「印DM」プロデューサー)とSeedhe Mautが共演した"Chalo Chalein"のような「ラッパーをフィーチャーしたEDM」に落ち着くと予想していたのだが、ふたを開けてみれば、EDMの要素はほとんどなく、完全にヒップホップに振り切った作品となった。
"Karam"はKSHMRのキャリアを通してみても非常にユニークで意欲的なアルバムと言えるだろう。
先行シングルとしてリリースされたのは、デリーのラップデュオSeedhe Mautと、今年6月に日本滞在を満喫したムンバイのプロデューサーKaran Kanchanが参加したこの"Bhussi".
KSHMR, Seedhe Maut, Karan Kanchan "Bhussi"
2021年の名作「न(Na)」を彷彿とさせるパーカッシブなビートは、完全にSeedhe Mautのスタイルだ。
これはアルバム全体を聴いて分かったことなのだが、どうやらKSHMRは、このアルバムで「自分の楽曲にいろんなラッパーをフィーチャーする」のではなく、「いろんなラッパーに合った多彩なビートをプロデュースする」ということにフォーカスしているようなのである。
華やかな成功を手にしたEDMのソロアーティストではなく、職人気質のヒップホップのビートメーカーに徹しているのだ。
当然ながらKSHMRのビートはクオリティが高く、個性的でスキルフルなラッパー達との化学反応によって、インドのヒップホップ史に新たな1ページを刻むアルバムが完成した。
デリーのベテランラッパーKR$NAを起用した"Zero After Zero"はリラックスしたグルーヴが心地よい。
ラテンのテイストと往年のボリウッドっぽいストリングスが最高だ。
KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"
ラテンの要素はこの作品の特徴のひとつで、この"La Vida"はレゲトンのリズムにEDMっぽいキャッチーなフルートのメロディーとコーラスが印象的。
真夏の夕暮れにコロナビールかモヒートを飲みながら聴きたい曲だ。
KSHMR, Debzee, Vedan "La Vida"
スペイン語混じりのラップを披露しているDabzeeとVedanは南インドのケーララ州出身。
このアルバムにはインドのさまざまな地域のラッパーが起用されており、おそらくKSHMRは特定の都市や地域に偏らない、汎インド的なヒップホップ・アルバムを作るという意図があったのだろう。
アルバムのハイライトのひとつが、ヒップホップシーンでの評価をめきめき上げているYashrajを起用したこの曲。
KSHMR, Yashraj, Rawal "Upar Hi Upar"
Yashrajのシブいラップに90年代的なヒロイズムに溢れた大仰なビートがとても合っている。
終盤のリズムが変わるところもかっこいい。
KSHMRがこれまで手がけたことのないタイプのビートだが、この完成度はさすが。
Yashrajは、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindと共演したこの"Enemies"を含めて、3曲に参加している。
KSHMR, Hanumankind, Yashraj "Enemies"
異色作と言えるのが、バングラーのトゥンビ(シンプルなフレーズを奏でる弦楽器)っぽいビートを取り入れたこの曲。
KSHMR, NAZZ "Godfather"
この手のビートはインドには腐るほどあるのだが、やはりKSHMRの手にかかるとめちゃくちゃかっこよくなる。
NAZZ(Nasと紛らわしい)は、ムンバイのラッパー。
初めて聞く名前だが今後要注目だ。
インド全土のラッパーを起用したこのアルバムに、なんと隣国パキスタンのラッパーも参加している。
KSHMR, The PropheC, Talha Anjum "Mere Bina"
この曲では、カナダ出身のパンジャーブ系バングラーシンガー/ラッパーのThe PropheCに加えて、パキスタンのカラチを拠点に活躍しているラッパーデュオYoung StunnersのTalha Anjumがフィーチャーされている。
これは結構すごいことだと思う。
KSHMRがそのステージネームにもしているカシミール地方は、1947年の印パ分離独立以来、両国が領有権を主張し、テロや弾圧によって多くの血が流されてきた。
カシミールをめぐる問題は、長年にわたって印パ両国、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの間の対立を激化させている。
ヒンドゥー・ナショナリズム的な傾向の強いインドの現モディ政権は、ムスリムがマジョリティを占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して政府の直轄領へと再編するなど強硬な手段を取っており、厳しい状況はまだまだ終わりそうにない。
The PropheCのルーツであるパンジャーブ地方もまた、印パ分離独立時に両国に分断された歴史を持つ。
イスラームの国となったパキスタンを離れてインド側へと向かうヒンドゥー教徒、シク教徒と、インド領内からパキスタンへと向うムスリムの大移動によって起きた大混乱のなか、迫害や暴行によって100万人もの人々が命を奪われた。
これもまた、今日まで続く印パ対立の原因のひとつとなっている。
前述の通り、KSHMRはカシミール出身のヒンドゥー教徒の父を持ち、The PropheCはパンジャーブにルーツを持つシク教徒で、Talha Anjumはパキスタンのムスリムのラッパーである。
異国のリスナーの過剰な思い入れかもしれないが、歴史を踏まえると、この3人がこの時代に共演するということに、なんだか大きな意味があるように感じてしまうのである。
仮にそこに深い意味はなく、かっこいい曲を作るために適任なアーティストを集めただけだったとしても、それができるKSHMRの感性ってなんかすごくいいなと思う。
ちなみにYoung Stunnersはコロナ禍の2020年にデリーのKR$NAとの共演も実現させている。
こういう交流はどんどん進めてほしい。
他に参加しているラッパーは、デリーの元Mafia Mundeer勢からIkkaとRaftaar、プネーのマンブルラッパーMC STAN、カリフォルニアのテルグ系フィメールラッパーRaja Kumariら。
音楽的な部分以外で気になる点としては、このアルバムには、インタールードとしてオールドボリウッド風のスキットが数曲おきに収録されている。
それぞれ"The Beginning", "The Plan", "The Money", "The Girl", "The Revenge"といったタイトルが付けられていて、言葉がわからないので何とも言えないが、今作はコンセプトアルバムという一面もあるようだ。
ここまでインド市場に振り切った(インド人と一部のパキスタン人以外は聴かなそうな)アルバムを作ったKSHMRの最新リリースは、"Tears on the Dancefloor"と題したゴリゴリのEDM。
完全にインドのシーンに拠点を移すつもりはなさそうだが、この振れ幅こそが彼の魅力なのだろう。
KSHMR "Tears on the Dancefloor (feat. Hannah Boleyn)"
Ritvizとのコラボレーション"Bombay Dreams"や、インドのスラム街の子どもたちにインスパイアされたという"Invisible Children"など、近年インド寄りの側面をどんどん出してきているKSHMRは、今後ますますインドのシーンでの存在感を増してゆきそうだ。
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goshimasayama18 at 22:27|Permalink│Comments(0)
2023年10月14日
インドのヒップホップ事情 2023年版
今年(2023年)は、ムンバイの、いやインドのストリートラップの原点ともいえるDIVINEの"Yeh Mera Bombay"がリリースされてからちょうど10年目。
その6年後、2019年にはそのDIVINEとNaezyをモデルにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がヒットを記録し、インドにおけるラップ人気はビッグバンを迎えた。
以降のインドのシーンの進化と深化、そして多様化は凄まじかった。
インドのヒップホップは、今では才能あるアーティストと熱心なファンダムが支える人気ジャンルとして、音楽シーンで確固たる地位を占めている。
2023年10月。
一年を振り返るにはまだ早いが、今年も多くの話題作がリリースされ、シーンを賑わせている。
今回は、その中から注目作をピックアップして紹介したい。
『ガリーボーイ』に若手有望ラッパーとしてカメオ出演していたEmiway Bantaiは、今では最も人気のあるヒンディー語ラッパーへと成長した。
(いやナンバーワンはやっぱりDIVINEだよという声もあるかもしれないが)
6月にリリースしたアルバムのタイトルは"King of the Street".
かつて"Machayenge"シリーズで披露したポップな面は出さずに、タイトルの通りストリートラッパーとしてのルーツに立ち返った作風でまとめている。
その名も"King of the Indian Hip Hop"という7分にもおよぶ大作では、シンプルなビートに乗せて存分にそのスキルを見せつけた。
Emiway Bantai "King of Indian Hip Hop"
字幕をONにするとリリックの英訳が読めるが、全編気持ちいいほどにみごとなボースティング。
このタイトルトラックもミュージックビデオを含めて痺れる出来栄えだ。
Emiway Bantai "King of the Streets"
Emiwayは2021年にBantai Recordsというレーベルを立ち上げて、仲間のフックアップにも熱心に取り組んでいる。
アーティスト名にも付けられたBantaiは、ムンバイのスラングで「ブラザー」という意味だ。
所属アーティストたちによるこの"Indian Hip Hop Cypher"を聞けば、このBantai Recordsにかなりの実力者が集まっていることが分かるだろう。
Emiway Bantai x Baitairecordsofficial (Memax, Shez, Young Galib, Flowbo, Hitzone, Hellac, Minta, Jaxk) "Indian Hip Hop Cypher"
面白いのは、8分を超える楽曲の中にラッパーによるマイクリレーだけでなく、Refix, Memax(彼はラッパーとしても参加), Tony Jamesという3人のビートメーカーによるドロップソロ(!)も組み込まれているということ。
こういう趣向の曲は初めて聴いたが、めちゃくちゃ面白い取り組みだと思う。
ここに参加しているラッパーはEmiwayに比べるとまだまだ無名な存在だ。
ラップ人気が安定しているとはいえ、このレベルのラッパーでも一般的にはほとんど無名というところに、今のインドのヒップホップの限界があるようにも思える。
首都デリーのシーンからも面白い作品がたくさんリリースされている。
このブログでも何度も紹介してきた天才ラップデュオSeedhe Mautは全30曲にも及ぶミックステープ"Lunch Break"を発表。
(「ミックステープ」という言葉の定義は諸説あるが、この作品については彼ら自身がアルバムではなくミックステープと呼んでいる)
Seedhe Maut "I Don't Miss That Life"
このミックステープには、他にも2006年から活動しているデリーの重鎮KR$NAとのコラボ曲など興味深いトラックが収録されている。
徹底的にリズムを追求した2021年の"न(Na)"や、音響と抒情性に舵を切った昨年の"Nayaab"と比べると、ミックステープというだけあって統一感には欠けるが、それもまたヒップホップ的な面白さが感じられて良い。
コラボレーションといえば、思わず胸が熱くなったのが、パキスタンのエレクトロニック系プロデューサーTalal Qureshiの新作アルバム"Turbo"にムンバイのラッパーYashrajが参加していたこと。
Talal Qureshi, Yashraj "Kundi"
このアルバム、記事の趣旨からは外れるので細かくは書かないが、南アジア的要素を含んだエレクトロニック作品としてはかなり良い作品なので、ぜひチェックしてみてほしい。(例えばこのKali Raat)
ところで、かつてインド風EDMを印DMと名付けてみたけれど、パキスタンの場合はなんて呼んだらいいんだろう?PDM?
Yashraj関連では、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindとの共演も良かった。
Yashraj, Hanumankind, Manïn "Thats a Fact"
曲の途中にまったく関係のない音を挟んで(2:09あたり)「ちゃんと曲を聴きたかったらサブスクで聴け」と促す試みは、お金を払って音楽を聴かない人が多いインドならではの面白い取り組みだ。
Yashrajは軽刈田が選ぶ昨年のベストアーティスト(または作品)Top10にも選出したラッパーで、当時はまださほど有名ではなく、実力はあるもののちょっと地味な存在だったのだが、その後も活躍が続いているようで嬉しい限り。
今年は売れ線ラッパーの動向も面白かった。
パンジャービー系パーティーラッパーの第一人者Yo Yo Honey Singhがリリースした新曲は女性ヴォーカルを全面に出した歌モノで、このシブさ。
Yo Yo Honey Singh, Tahmina Arsalan "Ashk"
これまでのド派手さは完全に鳴りをひそめていて、あまりの激変にかなり驚いたが、ファンには好意的に受け入れられているようだ。
後半のラップのちょっとバングラーっぽい歌い回しはルーツ回帰と捉えられなくもない。
10日ほど前にリリースした"Kalaastar"という曲も、ポップではあるが派手さはない曲調で、今後彼がどういう方向性の作品をリリースしてゆくのかちょっと気になる。
Yo Yo Honey Singhと並び称されるパーティーラッパーBadshahは、ここ数年EDM路線や本格ヒップホップ路線の楽曲をリリースしていたが、「オールドスクールなコマーシャルソングに戻ってきたぜ」という宣言とともにこの曲をリリース。
Badshah "Gone Girl"
YouTubeのコメント欄はなぜかYo Yo Honey Singhのファンに荒らされていて「Honey Singhの新曲の予告編だけでお前のキャリア全体に圧勝だ」みたいなコメントであふれている。
かつてMafia Mundeerという同じユニットに所属していた二人は以前から険悪な関係だったようだが、いまだにファンが罵り合っているとはちょっとびっくりした。
ついついヒンディー語作品の紹介が続いてしまったが、インド東部コルカタではベンガル語ラップの雄Cizzyが力作を立て続けにリリースしている。
そのへんの話は以前この記事に書いたのでこちらを参照。
ビートメーカーのAayondaBが手掛ける曲には、日本人好みのエモさに溢れた名作が非常に多い。
続いてはデリーの大御所Raftaar.
この曲は今インドで開催されているクリケットのワールドカップのためにインド代表のスポンサーよAdidasが作ったテーマソングで、プロデュースは6月に来日して日本を満喫していたKaran Kanchanだ。
歌詞では、Adidasの3本線になぞらえて、過去2回の優勝を果たしているインド代表の3回目の優勝を目指す気持ちがラップされている。
クリケットは言うまでもなくインドでもっとも人気のあるスポーツだが、そのテーマ曲にラップが選ばれるほど、インドではヒップホップ人気が定着しているということにちょっと感動してしまった。
日本ならこういうスポーツイベントにはロック系が定番だろう。
Karan Kanchanのビートは非常にドラマチックに作られていて、これまでいろいろなタイプのビートを手がけてきた彼の新境地と言えそうだ。
シンプルなラップはヒップホップファン以外のリスナーも想定してのものだろう。
もしかしたらスタジアムでのシンガロングが想定されているのかもしれない。
そういえばこのRaftaarもHoney SinghやBadshahと同様にMafia Mundeer出身。
その後のキャリアではメインストリームの映画音楽も手がけながら、わりと本格的なスタイルのラッパーとして活躍している。
Karan Kanchanが今注目すべきラッパーとして名前を挙げていたのがこのChaar DiwaariとVijay DKだ。
Chaar Diwaariは結構エクスペリメンタルなスタイルで、Vijay DKはMC STΔNにも通じるエモっぽいスタイルを特徴としている。
Chaar Diwaari x Gravity "Violence"
Vijay DK "Goosebumps"
Chaar Diwaariはニューデリー、GravityとVijay DKはムンバイを拠点に活動している、いずれもヒンディー語ラッパー。
Gravityもかなりかっこいいので1曲貼っておく。
Gravityは2018年にTre Essの曲"New Religion"に参加していたのを覚えていて、つまり結構キャリアの長いラッパーのようだが、最近名前を聞く機会が急激に増えてきている。
Gravity x Outfly "Indian Gun"
このへんの新進ラッパーについては改めて特集する機会を設けたい。
というわけで、今回は今年リリースされたインドの面白いヒップホップをまとめて紹介してみました。
南部の作品にほとんど触れられておらず申し訳ない。
11月には、インド系アメリカ人でEDM界のビッグネームであるKSHMRがインド各地のラッパーを客演に迎えた作品のリリースを控えている。
まだまだインドのヒップホップシーンは熱く、面白くなりそうだ。
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goshimasayama18 at 20:39|Permalink│Comments(0)
2022年12月27日
2022年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10
このブログを書き始めてあっという間に5年の月日が流れた。
始めた頃、どうせ読んでくれる人は数えるほどだろうから、せめて印象に残る名前にしよう思って「かるかった・ぼんべい」と名乗ってみたのだが、どういうわけかまあまあ上手く行ってしまい、この5年の間に雑誌に寄稿させてもらったり、ラジオで喋らせてもらったり、あろうことか本職の研究者の方々の集まりに呼んでいただいたりと、想像以上に注目してもらうことができた。
みなさん本当にありがとうございます。
こんなことになるなら、もうちょっとちゃんとした名前を付けておけばよかった。
「飽きたらやめればいいや」という始めた頃のいい加減な気持ちは今もまったく変わらないものの、幸いにもインドの音楽シーンは面白くなる一方で、まったくやめられそうにない。
これからも自分が面白いと思ったものを自分なりに書いていきますんで、よろしくお願いします。
というわけで、今年も去りゆく1年を振り返りつつ、今年のインドのインディー音楽界で印象に残った作品や出来事を、10個選ばせてもらいました。
Bloodywood (フジロック・フェスティバル出演)
日本におけるインド音楽の分野での今年最大のトピックは、フジロックフェスティバルでのBloodywoodの来日公演だろう。
朝イチという決して恵まれていない出演順だったにもかかわらず、彼らは一瞬でフジロックのオーディエンスを虜にした。
映像では彼らの熱烈なファンが大勢詰めかけているように見えるが、おそらく観客のほとんどは、それまでBloodywoodの音楽を一度も聴いたことがなかったはずだ。
現地にいた人の話によると、ステージが始まった頃にはまばらだった観客が、彼らの演奏でみるみるうちに膨らんでいったという。
これはメタル系のオーディエンスが決して多くはないフジロックでは極めて異例のことだ。
Bloodywoodは一瞬だが日本のTwitterのトレンドの1位にまでなり、おかげで私のブログで彼らを紹介した記事も、ずいぶん読んでもらえた。
(もうちょっとちゃんと書いとけばよかった)
メタル・ミーツ・バングラーという、意外だけど激しくてキャッチーでチャーミングなスタイルは、日本のリスナーに音楽版『バーフバリ』みたいなインパクトを与えたものと思う。
日本だけではない。
BloodywoodのSNSを見ると、彼らがメタル系のフェスを中心に、その後も世界各地を荒らし続けている様子が見てとれる。
一方で、いまやセンスの良いインド系アーティストがいくらでもいる中で、ステレオタイプ的な見せ方を意図的に行った彼らが最も注目を集めているという事実は、現時点での世界の音楽シーンの中での南アジアのアーティストの限界点を示しているとも言えるだろう。
Sidhu Moose Wala 死去
去年まで、この年末のランキングはその年にリリースされた作品のみを対象としてきたのだが、今年はシーンに大きなインパクトを与えた「出来事」も入れることとした。
その大きな理由となったのが、あまりにも衝撃的だった5月のSidhu Moose Wala射殺事件だ。
バングラーラップにリアルなギャングスタ的要素を導入し、絶大な人気を誇っていたSidhuは、演出ではなく実際にギャングと関わるリアルすぎるギャングスタ・ラッパーだった。
彼はインドとカナダを股にかけて暗躍するパンジャーブ系ギャングの抗争に巻き込まれ、28歳の若さでその命を落とした。
音楽的には、バングラーに本格的なヒップホップビートを導入したスタイルでパンジャービー・ラップシーンをリードした第一人者でもあった。
彼の音楽、死、そして生き様は、今後もインドの音楽シーンで永遠に語りつがれてゆくだろう。
彼が憧れて続けていた2Pacのように。
Prateek Kuhad "The Way That Lovers Do"(アルバム)
インド随一のメロディーメイカー、Prateek Kuhadがアメリカの名門レーベルElektraからリリースした全編英語のアルバム(EP?)、"The Way That Lovers Do"は、派手さこそないものの、全編叙情的なムードに満ちた素晴らしいアルバムだった。
彼が敬愛するというエリオット・スミスを彷彿させる今作は、インドのシンガーソングライターの実力を見せつけるに十分だった。
彼のメロディーセンスの良さは群を抜いており、贔屓目で見るつもりはないが、このままだと彼が作品をリリースするたびに、毎年このTop10に選ぶことになってしまうんじゃないかと思うと悩ましい。
リリース後にヨーロッパやアメリカ各地を回るツアーを行うなど、インドのアーティストにしてはグローバルな活躍をしているPrateekだが、観客はインド系の移住者が中心のようで、彼がその才能に見合った評価を受けているとはまだまだ言えない。
要は、私はそれだけ彼に期待しているのだ。
すでに何度も紹介しているが、彼のヒンディー語の楽曲も、言語の壁を超えて素晴らしいことを書き添えておく。
MC STAN "Insaan"(アルバム)他
このアルバムが出たのはもうずいぶん昔のことのように思えるが、リリースは今年の2月だった。
もともとマンブルラップ的なスタイルだったMC STΔNだが、この作品ではオートチューンをこれでもかと言うほど導入して、インドにおけるエモラップのあり方を完成させた。
マチズモ的な傾向が強いインドのヒップホップシーンでは異色の作品だ。
彼の他にも同様のスタイルを取り入れていたラッパーはいたが、彼ほどサマになっていたのは一人もいなかった。
「弱々しいほどに痩せたカッコイイ不良」という、インドでは不可能とも思われたアンチヒーロー像を確立させたというだけでも、彼の功績はシーンに名を残すにふさわしい。
最近では、リアリティーショー番組のBigg Bossに出演するなど、活躍の場をますます広げている。
今インドでもっとも勢いのあるラッパーである。
Emiway Bantai "8 Saal"(アルバム)他
インドでもっとも勢いのあるラッパーがMC STΔNだとしたら、人気と実力の面でインドNo.1ラッパーと呼べるのがEmiway Bantaiだろう。
今年も彼はアルバム"8 Saal"をはじめとする数多くの楽曲をリリースした。
アグレッシブなディス・トラック(今年もデリーのKR$NAとのビーフは継続中)、ルーツ回帰のストリート・ラップ、チャラいパーティーソング、lo-fiなど、Emiwayはヒップホップのあらゆるスタイルに取り組んでいて、それが全てサマになっている。
かと思えば、インドのヒップホップ史を振り返って、各地のラッパーたちをたたえるツイートをしてみたりもしていて、Emiwayはもはやかつての誰彼構わず噛み付くバッドボーイのイメージを完全に脱却して、大御所の風格すら漂わせている。
『ガリーボーイ』にチョイ役(若手の有望株という位置付け)でカメオ出演していたのがほんの4年前とは思えない化けっぷりだ。
もはや彼は『ガリーボーイ』のモデルとなったNaezyとDIVINEを、人気でも実力でも完全に凌駕した。
Seedhe Maut, Sez on the Beat "Nayaab"(アルバム)
昨年も選出したSeedhe Mautを今年も入れるかどうか悩んだのだが、インドNo.1ビートメーカーのSe on the Beatと組んだこのアルバムを、やはり選ばずにはいられなかった。
セルフプロデュースによる昨年の『न』(Na)が、ラッパーとしてのリズム面での卓越性を見せつけた作品だとしたら、今作は音響面を含めた叙情的なアプローチを評価すべき作品だ。
Seedhe Mautというよりも、Sezの力量をこそ評価すべき作品かもしれない。
インドのヒップホップをサウンドの面で革新し続けているのは、間違いなくSezとPrabh Deep(後述の理由により今年は選外)だろう。
インドのヒップホップは、2022年もひたすら豊作だった。
Yashraj "Takiya Kalaam"(EP)
悩みに悩んだこのTop10に、またラッパーを選んでしまった。
ここまでに選出したSidhu Moose Wala, MC STΔN、Emiway Bantai, Seedhe Maut&Sezに関しては、インドのヒップホップファンにとってもまず納得のセレクトだと思うが、この作品に関しては、インド国内でどのような評価及びセールスなのか今ひとつわからない。
YouTubeの再生回数でいうと、他のラッパーたちの楽曲が数百万から数千万回なのに比べて、この"Doob Raha"はたったの45,000回に満たない(2022年12月16日現在)。
だが、過去のUSヒップホップの遺産を存分に引用したインド的ブーンバップのひとつの到達点とも言えるこの作品を、無視するわけにはいかなかった。
自分の世代的なものもあるのかもしれないが、単純に彼のラップもサウンドも、ものすごく好きだ。
若干22歳の彼がこのサウンドを堂々と作り上げたことに、インドのヒップホップシーンの成熟を改めて実感した。
Parekh & Singh "The Night is Clear"(アルバム)
インドのインディーポップシーンでも群を抜くセンスの良さを誇るParekh & Singhのニューアルバムは、その格の違いを見せつけるに足るものだった。
イギリスの名門インディーレーベルPeacdfrogに所属し、日本では高橋幸宏からプッシュされている彼らは、もはや「インドのアーティスト」というくくりで考えるべき段階を超えているのかもしれない。
Prateek KuhadやEasy Wanderlingsら、多士済々のインディーポップ勢のなかで、国際的な評価では頭ひとつ抜けている彼らが今後どんな活躍を見せるのか、ますます目が離せなくなりそうだ。
Blu Attic
ド派手なEDMが多いインドの電子音楽シーンの中で、Blu Atticが示した硬質なテクノと古典声楽との融合は、Ritvizらによるインド的EDM(いわゆる印DM)とも違う、懐かしくて新鮮な方法論だった。
どちらかというと地味な音楽性だからか、このデリー出身の若手アーティストへの注目は、インド国内では必ずしも高くはないようだが、だからこそ当ブログではきちんと評価してゆきたい。
彼がYouTubeで公開している古いボリウッド曲のリミックスもなかなかセンスが良い。
インドのアーティストは、古典音楽と現代音楽を、躊躇なく融合してかっこいい音を作るのが得意だが、Blu Atticによってそのことをあらためて思い知らされた。
Dohnraj
インドのインディー音楽シーンが急速に盛り上がりを見せたのは2010年台以降になってからだが、それはすなわち、あらゆる年代のポピュラー音楽を、インターネットを通して自在に聴くことができる時代になってからシーンが発展したことを意味している。
まだ若いシーンにもかかわらず、インドにはさまざまな時代の音楽スタイルで活動するアーティストが存在しているが、このDohnrajは80年代のUKロックのサウンドをほぼ忠実に再現している、驚くべきスタイルのアーティストだ。
気になる点は彼のオリジナリティだが、あらゆる音楽が先人の遺産の上に築かれていることを考えれば、インドで80年代のUKサウンドを再現するという試み自体が、むしろ非常にオリジナルな表現方法でもあるように思う。
彼の音楽遍歴(以下の記事リンク参照)を含めてグッとくるものがあった。
インドのシーンの拡大と深化をあらためて感じさせてくれる作品だった。
というわけで、今年の10作品を選出してみました。
気がつけばヒップホップが5作品(というか、5話題)。
ヒップホップを中心に選ぶつもりはなかったのだけど、インドのヒップホップは今年も名作揃いで、他にもPrabh Deepの"Bhram"(これまでの作風から大きく変わったわけではないので今年は選出しなかった)や、Karan KanchanがRed Bull 64 Barsで見せた仕事っぷりも素晴らしかった。
やはりインドのシーンのもっともクリエイティブな部分はヒップホップにこそあるような気がしてならないが、とんでもなく広く、才能にあふれたインドのシーンのこと、来年の今頃は、「やっぱりロックだ」とか「エレクトロニックだ」とか言っているかもしれない。
今年はありがたいことに、仕事のご依頼をいただくことも多く、本業(?)のブログが滞り気味なことが多かったですが、来年もこれまで同様続けて参ります。
今後ともよろしくです。
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始めた頃、どうせ読んでくれる人は数えるほどだろうから、せめて印象に残る名前にしよう思って「かるかった・ぼんべい」と名乗ってみたのだが、どういうわけかまあまあ上手く行ってしまい、この5年の間に雑誌に寄稿させてもらったり、ラジオで喋らせてもらったり、あろうことか本職の研究者の方々の集まりに呼んでいただいたりと、想像以上に注目してもらうことができた。
みなさん本当にありがとうございます。
こんなことになるなら、もうちょっとちゃんとした名前を付けておけばよかった。
「飽きたらやめればいいや」という始めた頃のいい加減な気持ちは今もまったく変わらないものの、幸いにもインドの音楽シーンは面白くなる一方で、まったくやめられそうにない。
これからも自分が面白いと思ったものを自分なりに書いていきますんで、よろしくお願いします。
というわけで、今年も去りゆく1年を振り返りつつ、今年のインドのインディー音楽界で印象に残った作品や出来事を、10個選ばせてもらいました。
Bloodywood (フジロック・フェスティバル出演)
日本におけるインド音楽の分野での今年最大のトピックは、フジロックフェスティバルでのBloodywoodの来日公演だろう。
朝イチという決して恵まれていない出演順だったにもかかわらず、彼らは一瞬でフジロックのオーディエンスを虜にした。
映像では彼らの熱烈なファンが大勢詰めかけているように見えるが、おそらく観客のほとんどは、それまでBloodywoodの音楽を一度も聴いたことがなかったはずだ。
現地にいた人の話によると、ステージが始まった頃にはまばらだった観客が、彼らの演奏でみるみるうちに膨らんでいったという。
これはメタル系のオーディエンスが決して多くはないフジロックでは極めて異例のことだ。
Bloodywoodは一瞬だが日本のTwitterのトレンドの1位にまでなり、おかげで私のブログで彼らを紹介した記事も、ずいぶん読んでもらえた。
(もうちょっとちゃんと書いとけばよかった)
メタル・ミーツ・バングラーという、意外だけど激しくてキャッチーでチャーミングなスタイルは、日本のリスナーに音楽版『バーフバリ』みたいなインパクトを与えたものと思う。
日本だけではない。
BloodywoodのSNSを見ると、彼らがメタル系のフェスを中心に、その後も世界各地を荒らし続けている様子が見てとれる。
一方で、いまやセンスの良いインド系アーティストがいくらでもいる中で、ステレオタイプ的な見せ方を意図的に行った彼らが最も注目を集めているという事実は、現時点での世界の音楽シーンの中での南アジアのアーティストの限界点を示しているとも言えるだろう。
Sidhu Moose Wala 死去
去年まで、この年末のランキングはその年にリリースされた作品のみを対象としてきたのだが、今年はシーンに大きなインパクトを与えた「出来事」も入れることとした。
その大きな理由となったのが、あまりにも衝撃的だった5月のSidhu Moose Wala射殺事件だ。
バングラーラップにリアルなギャングスタ的要素を導入し、絶大な人気を誇っていたSidhuは、演出ではなく実際にギャングと関わるリアルすぎるギャングスタ・ラッパーだった。
彼はインドとカナダを股にかけて暗躍するパンジャーブ系ギャングの抗争に巻き込まれ、28歳の若さでその命を落とした。
音楽的には、バングラーに本格的なヒップホップビートを導入したスタイルでパンジャービー・ラップシーンをリードした第一人者でもあった。
彼の音楽、死、そして生き様は、今後もインドの音楽シーンで永遠に語りつがれてゆくだろう。
彼が憧れて続けていた2Pacのように。
Prateek Kuhad "The Way That Lovers Do"(アルバム)
インド随一のメロディーメイカー、Prateek Kuhadがアメリカの名門レーベルElektraからリリースした全編英語のアルバム(EP?)、"The Way That Lovers Do"は、派手さこそないものの、全編叙情的なムードに満ちた素晴らしいアルバムだった。
彼が敬愛するというエリオット・スミスを彷彿させる今作は、インドのシンガーソングライターの実力を見せつけるに十分だった。
彼のメロディーセンスの良さは群を抜いており、贔屓目で見るつもりはないが、このままだと彼が作品をリリースするたびに、毎年このTop10に選ぶことになってしまうんじゃないかと思うと悩ましい。
リリース後にヨーロッパやアメリカ各地を回るツアーを行うなど、インドのアーティストにしてはグローバルな活躍をしているPrateekだが、観客はインド系の移住者が中心のようで、彼がその才能に見合った評価を受けているとはまだまだ言えない。
要は、私はそれだけ彼に期待しているのだ。
すでに何度も紹介しているが、彼のヒンディー語の楽曲も、言語の壁を超えて素晴らしいことを書き添えておく。
MC STAN "Insaan"(アルバム)他
このアルバムが出たのはもうずいぶん昔のことのように思えるが、リリースは今年の2月だった。
もともとマンブルラップ的なスタイルだったMC STΔNだが、この作品ではオートチューンをこれでもかと言うほど導入して、インドにおけるエモラップのあり方を完成させた。
マチズモ的な傾向が強いインドのヒップホップシーンでは異色の作品だ。
彼の他にも同様のスタイルを取り入れていたラッパーはいたが、彼ほどサマになっていたのは一人もいなかった。
「弱々しいほどに痩せたカッコイイ不良」という、インドでは不可能とも思われたアンチヒーロー像を確立させたというだけでも、彼の功績はシーンに名を残すにふさわしい。
最近では、リアリティーショー番組のBigg Bossに出演するなど、活躍の場をますます広げている。
今インドでもっとも勢いのあるラッパーである。
Emiway Bantai "8 Saal"(アルバム)他
インドでもっとも勢いのあるラッパーがMC STΔNだとしたら、人気と実力の面でインドNo.1ラッパーと呼べるのがEmiway Bantaiだろう。
今年も彼はアルバム"8 Saal"をはじめとする数多くの楽曲をリリースした。
アグレッシブなディス・トラック(今年もデリーのKR$NAとのビーフは継続中)、ルーツ回帰のストリート・ラップ、チャラいパーティーソング、lo-fiなど、Emiwayはヒップホップのあらゆるスタイルに取り組んでいて、それが全てサマになっている。
かと思えば、インドのヒップホップ史を振り返って、各地のラッパーたちをたたえるツイートをしてみたりもしていて、Emiwayはもはやかつての誰彼構わず噛み付くバッドボーイのイメージを完全に脱却して、大御所の風格すら漂わせている。
『ガリーボーイ』にチョイ役(若手の有望株という位置付け)でカメオ出演していたのがほんの4年前とは思えない化けっぷりだ。
もはや彼は『ガリーボーイ』のモデルとなったNaezyとDIVINEを、人気でも実力でも完全に凌駕した。
Seedhe Maut, Sez on the Beat "Nayaab"(アルバム)
昨年も選出したSeedhe Mautを今年も入れるかどうか悩んだのだが、インドNo.1ビートメーカーのSe on the Beatと組んだこのアルバムを、やはり選ばずにはいられなかった。
セルフプロデュースによる昨年の『न』(Na)が、ラッパーとしてのリズム面での卓越性を見せつけた作品だとしたら、今作は音響面を含めた叙情的なアプローチを評価すべき作品だ。
Seedhe Mautというよりも、Sezの力量をこそ評価すべき作品かもしれない。
インドのヒップホップをサウンドの面で革新し続けているのは、間違いなくSezとPrabh Deep(後述の理由により今年は選外)だろう。
インドのヒップホップは、2022年もひたすら豊作だった。
Yashraj "Takiya Kalaam"(EP)
悩みに悩んだこのTop10に、またラッパーを選んでしまった。
ここまでに選出したSidhu Moose Wala, MC STΔN、Emiway Bantai, Seedhe Maut&Sezに関しては、インドのヒップホップファンにとってもまず納得のセレクトだと思うが、この作品に関しては、インド国内でどのような評価及びセールスなのか今ひとつわからない。
YouTubeの再生回数でいうと、他のラッパーたちの楽曲が数百万から数千万回なのに比べて、この"Doob Raha"はたったの45,000回に満たない(2022年12月16日現在)。
だが、過去のUSヒップホップの遺産を存分に引用したインド的ブーンバップのひとつの到達点とも言えるこの作品を、無視するわけにはいかなかった。
自分の世代的なものもあるのかもしれないが、単純に彼のラップもサウンドも、ものすごく好きだ。
若干22歳の彼がこのサウンドを堂々と作り上げたことに、インドのヒップホップシーンの成熟を改めて実感した。
Parekh & Singh "The Night is Clear"(アルバム)
インドのインディーポップシーンでも群を抜くセンスの良さを誇るParekh & Singhのニューアルバムは、その格の違いを見せつけるに足るものだった。
イギリスの名門インディーレーベルPeacdfrogに所属し、日本では高橋幸宏からプッシュされている彼らは、もはや「インドのアーティスト」というくくりで考えるべき段階を超えているのかもしれない。
Prateek KuhadやEasy Wanderlingsら、多士済々のインディーポップ勢のなかで、国際的な評価では頭ひとつ抜けている彼らが今後どんな活躍を見せるのか、ますます目が離せなくなりそうだ。
Blu Attic
ド派手なEDMが多いインドの電子音楽シーンの中で、Blu Atticが示した硬質なテクノと古典声楽との融合は、Ritvizらによるインド的EDM(いわゆる印DM)とも違う、懐かしくて新鮮な方法論だった。
どちらかというと地味な音楽性だからか、このデリー出身の若手アーティストへの注目は、インド国内では必ずしも高くはないようだが、だからこそ当ブログではきちんと評価してゆきたい。
彼がYouTubeで公開している古いボリウッド曲のリミックスもなかなかセンスが良い。
インドのアーティストは、古典音楽と現代音楽を、躊躇なく融合してかっこいい音を作るのが得意だが、Blu Atticによってそのことをあらためて思い知らされた。
Dohnraj
インドのインディー音楽シーンが急速に盛り上がりを見せたのは2010年台以降になってからだが、それはすなわち、あらゆる年代のポピュラー音楽を、インターネットを通して自在に聴くことができる時代になってからシーンが発展したことを意味している。
まだ若いシーンにもかかわらず、インドにはさまざまな時代の音楽スタイルで活動するアーティストが存在しているが、このDohnrajは80年代のUKロックのサウンドをほぼ忠実に再現している、驚くべきスタイルのアーティストだ。
気になる点は彼のオリジナリティだが、あらゆる音楽が先人の遺産の上に築かれていることを考えれば、インドで80年代のUKサウンドを再現するという試み自体が、むしろ非常にオリジナルな表現方法でもあるように思う。
彼の音楽遍歴(以下の記事リンク参照)を含めてグッとくるものがあった。
インドのシーンの拡大と深化をあらためて感じさせてくれる作品だった。
というわけで、今年の10作品を選出してみました。
気がつけばヒップホップが5作品(というか、5話題)。
ヒップホップを中心に選ぶつもりはなかったのだけど、インドのヒップホップは今年も名作揃いで、他にもPrabh Deepの"Bhram"(これまでの作風から大きく変わったわけではないので今年は選出しなかった)や、Karan KanchanがRed Bull 64 Barsで見せた仕事っぷりも素晴らしかった。
やはりインドのシーンのもっともクリエイティブな部分はヒップホップにこそあるような気がしてならないが、とんでもなく広く、才能にあふれたインドのシーンのこと、来年の今頃は、「やっぱりロックだ」とか「エレクトロニックだ」とか言っているかもしれない。
今年はありがたいことに、仕事のご依頼をいただくことも多く、本業(?)のブログが滞り気味なことが多かったですが、来年もこれまで同様続けて参ります。
今後ともよろしくです。
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goshimasayama18 at 00:09|Permalink│Comments(0)
2022年12月04日
インドのヒップホップの現在地(2022年末編)
インドにヒップホップが根付いたのはじつはかなり遅くて、シーンと呼べるものが可視化してから、まだ10年くらいしか経過していない。
在外インド系ラッパーを除けば、2012年の時点でストリートミュージック的なラップをやっていたのは、デリーのKR$NAやベンガルールのM.W.A(Brodha VやSmokey The Ghostを輩出したユニット)など、数えるほどしかいなかった。
そんな遅咲きのインドのシーンだが、いつもこのブログで書いている通り、その成長はめざましい。
「インドのヒップホップの現在地」 というタイトルで書き始めたものの、広すぎるインドのどの地域をどの角度から切り取るかによっても紹介すべき内容が変わってくるので、その全体像を示すのは容易ではない。
というわけで、今回は、2022年にリリースされたインドのヒップホップのなかから印象に残ったアルバムを3作品選んで紹介させてもらうのだが、それが完全に私の独断と偏見によるものであることをまずお断りしておきたい。
これらの作品が今のインドを象徴しているかというと、そうでもないような気もするのだが、いずれも、衝撃を受けたり、なるほどこう来たかと思ったりした作品なのは間違いないので、まあ聴いて損はないと思う。
Prabh Deep "Bhram"
まずはPrabh Deepが11月にリリースしたニューアルバム、"Bhram"の1曲目、Bhramから聴いてみよう。
デリーのストリート出身のPrabh Deepは、もはや単なるラッパーというよりも、音響芸術家とでも呼んだ方がよさそうな領域に入ってきている。
ローファイっぽいギターが入ったトラックは、ジャンルの枠にとらわれずに、アメーバのように様々に変化しながら進んでゆく。
前作"Tabia"を踏襲した今作でも、自らの手による深みのあるビートと彼の声との相乗効果が、不思議な高揚感を生む。
初期の作品のSez on the Beat(インドNo.1ビートメーカーと呼んでも良いだろう。彼のことは)とのコラボレーションもすばらしかったが、セルフプロデュースとなってからのPrabh Deepはまさに唯一無二の存在となった。
ミュージックビデオが制作された"Rishte"はラップ、ビート、映像が融合した独特の世界観が楽しめる。
アルバム収録曲ではないが、10月28日にリリースされた"Wapas"も、映像とサウンドいずれもこのスタイリッシュさ。
このシク教徒のラッパーは、フロウこそヒップホップ的ではあるものの、発声そのものにバングラー的というか、とてもパンジャービーっぽい響きが内包されていて、それが彼のシグネチャースタイルを形作っている。
これからも孤高の存在でありつづけるであろう彼の今後の活躍がますます楽しみだ。
DIVINE "Gunehgar"
インドのヒップホップシーンを牽引してきたムンバイ出身のDIVINEについては、これまでも何度も紹介してきた。
ヒンディー語でガリーと呼ばれる路地出身の彼は、持ち前のラップセンスとスキルで名声と地位を獲得し、2019年のヒット映画『ガリーボーイ』のモデルの一人にもなった。
ラップによる成り上がりは彼の望むところだったのだろうが、成功後の彼は、ストリートに根ざしたアイデンティティーを失ってしまったようにも見え、ちょっと迷走しているようでもあった。
(もっとも、そんなふうに思っていたのは日本の私くらいで、インドではいずれのスタイルもファンに歓迎されていたようだったが…)
そのDIVINEも、11月にニューアルバム"Gunehgar"をリリース。
紆余曲折を経て(前回の記事参照)、結局はストリートっぽさを活かした(しかし成り上がったのでお金をたっぷり使った)ミュージックビデオとスピットスタイルのラップに戻ったようだ。
タイトルトラックの"Gunehgar"はこんな感じ。
アルバム自体は、Prabh Deepのように意欲的に新しいスタイルに挑戦しているわけではなく、彼が生み出したガリーラップのスタイルを進化・深化させたものと捉えて良いだろう。
アメリカの中堅ラッパーArmani WhiteやベテランラッパーJadakissがゲスト参加しているのも注目ポイント。
Armani Whiteが参加した"Baazigar"は、古いボリウッド?から始まるKaran Kanchanプロデュースによるトラックが秀逸。
このBornfireのゲストラッパーは、今回のアルバムのなかでは一番の大物であるRuss.
ミュージックビデオの悪い意味でのボリウッド的(あるいはYo Yo Honey Singh的)なダサさが気になるが、クールなラテン風味のトラックは率直にかっこいい。
まあこの映像センスもインド的成り上がりを象徴するひとつのスタイルなのだろう。
(前作にも"Mirchi'というダサめのミュージックビデオがあった)
この曲のビートにはモロッコ人のRamoonやアイルランド人のRoc Legion、ムンバイのKaran Kanchanとどこの人かわからないiLL Waynoという人の名前がクレジットされている。
おそらくはネットを介してコラボレーションが進められたものと思うが、これもまた現代的な話ではある。
Yashraj "Takiya Kalaam"
最後に紹介するのは、ムンバイ出身の22歳のラッパーYashraj.
彼が8月にリリースした"Takiya Kalaam"は、サウンド的には目新しいところやインド的な部分があるわけではないが、ブーンバップ的な王道のアプローチがとにかくツボを心得ていて心地よい。
"Doob Raha"
Prabh DeepとDIVINEのあとに見ると、見た目的にはかなり地味な印象かもしれないが、耳に意識を集中すれば、この音の完成度の高さに気がつくはずだ。
プロデュースはAkash Shravanなる人物。
Yashraj同様、派手さはないが、押さえるべきところをきちんと押さえたサウンド作りができるビートメーカーのようだ。
"Naadaani"
"Aatma"
ローファイ・マナーっぽい"Naadaani"や"Aatma"も、「すげえなあ!」というより「分かってるなあ!」という印象。
妙に耳に馴染むのは、少し前の日本語ラップっぽい雰囲気が(インドのラップにしては)感じられるからかもしれない。
Yashrajはミドルクラス出身だそうで、この出自のインド人ラッパーでこのサウンドであれば、英語ラップを選ぶことも難しくはなかっただろうが、ヒンディー語で通しているところがシブい。
このアルバムにはゲストを入れず、政治的なテーマもあえて扱わずに自身の内面にひたすら向き合ってリリックを書いたとのことで(言葉が分からないのでなんともいえないが)、自分の深い部分を表現するには、やはり母語にこだわる必要があったのだろう。
新世代が新しい方法論に飛びつくのではなく、このどっしりしたサウンドでデビューするあたり、インドのヒップホップシーンの裾野の広がりを改めて感じた次第。
派手さはないが、何度も聴きたくなる作品である。
アルバム収録曲ではないが、昨年末にリリースされた"Besabar"もかなり意欲的な作品なのでついでに紹介しておく。
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在外インド系ラッパーを除けば、2012年の時点でストリートミュージック的なラップをやっていたのは、デリーのKR$NAやベンガルールのM.W.A(Brodha VやSmokey The Ghostを輩出したユニット)など、数えるほどしかいなかった。
そんな遅咲きのインドのシーンだが、いつもこのブログで書いている通り、その成長はめざましい。
「インドのヒップホップの現在地」 というタイトルで書き始めたものの、広すぎるインドのどの地域をどの角度から切り取るかによっても紹介すべき内容が変わってくるので、その全体像を示すのは容易ではない。
というわけで、今回は、2022年にリリースされたインドのヒップホップのなかから印象に残ったアルバムを3作品選んで紹介させてもらうのだが、それが完全に私の独断と偏見によるものであることをまずお断りしておきたい。
これらの作品が今のインドを象徴しているかというと、そうでもないような気もするのだが、いずれも、衝撃を受けたり、なるほどこう来たかと思ったりした作品なのは間違いないので、まあ聴いて損はないと思う。
Prabh Deep "Bhram"
まずはPrabh Deepが11月にリリースしたニューアルバム、"Bhram"の1曲目、Bhramから聴いてみよう。
デリーのストリート出身のPrabh Deepは、もはや単なるラッパーというよりも、音響芸術家とでも呼んだ方がよさそうな領域に入ってきている。
ローファイっぽいギターが入ったトラックは、ジャンルの枠にとらわれずに、アメーバのように様々に変化しながら進んでゆく。
前作"Tabia"を踏襲した今作でも、自らの手による深みのあるビートと彼の声との相乗効果が、不思議な高揚感を生む。
初期の作品のSez on the Beat(インドNo.1ビートメーカーと呼んでも良いだろう。彼のことは)とのコラボレーションもすばらしかったが、セルフプロデュースとなってからのPrabh Deepはまさに唯一無二の存在となった。
ミュージックビデオが制作された"Rishte"はラップ、ビート、映像が融合した独特の世界観が楽しめる。
アルバム収録曲ではないが、10月28日にリリースされた"Wapas"も、映像とサウンドいずれもこのスタイリッシュさ。
このシク教徒のラッパーは、フロウこそヒップホップ的ではあるものの、発声そのものにバングラー的というか、とてもパンジャービーっぽい響きが内包されていて、それが彼のシグネチャースタイルを形作っている。
これからも孤高の存在でありつづけるであろう彼の今後の活躍がますます楽しみだ。
DIVINE "Gunehgar"
インドのヒップホップシーンを牽引してきたムンバイ出身のDIVINEについては、これまでも何度も紹介してきた。
ヒンディー語でガリーと呼ばれる路地出身の彼は、持ち前のラップセンスとスキルで名声と地位を獲得し、2019年のヒット映画『ガリーボーイ』のモデルの一人にもなった。
ラップによる成り上がりは彼の望むところだったのだろうが、成功後の彼は、ストリートに根ざしたアイデンティティーを失ってしまったようにも見え、ちょっと迷走しているようでもあった。
(もっとも、そんなふうに思っていたのは日本の私くらいで、インドではいずれのスタイルもファンに歓迎されていたようだったが…)
そのDIVINEも、11月にニューアルバム"Gunehgar"をリリース。
紆余曲折を経て(前回の記事参照)、結局はストリートっぽさを活かした(しかし成り上がったのでお金をたっぷり使った)ミュージックビデオとスピットスタイルのラップに戻ったようだ。
タイトルトラックの"Gunehgar"はこんな感じ。
アルバム自体は、Prabh Deepのように意欲的に新しいスタイルに挑戦しているわけではなく、彼が生み出したガリーラップのスタイルを進化・深化させたものと捉えて良いだろう。
アメリカの中堅ラッパーArmani WhiteやベテランラッパーJadakissがゲスト参加しているのも注目ポイント。
Armani Whiteが参加した"Baazigar"は、古いボリウッド?から始まるKaran Kanchanプロデュースによるトラックが秀逸。
このBornfireのゲストラッパーは、今回のアルバムのなかでは一番の大物であるRuss.
ミュージックビデオの悪い意味でのボリウッド的(あるいはYo Yo Honey Singh的)なダサさが気になるが、クールなラテン風味のトラックは率直にかっこいい。
まあこの映像センスもインド的成り上がりを象徴するひとつのスタイルなのだろう。
(前作にも"Mirchi'というダサめのミュージックビデオがあった)
この曲のビートにはモロッコ人のRamoonやアイルランド人のRoc Legion、ムンバイのKaran Kanchanとどこの人かわからないiLL Waynoという人の名前がクレジットされている。
おそらくはネットを介してコラボレーションが進められたものと思うが、これもまた現代的な話ではある。
Yashraj "Takiya Kalaam"
最後に紹介するのは、ムンバイ出身の22歳のラッパーYashraj.
彼が8月にリリースした"Takiya Kalaam"は、サウンド的には目新しいところやインド的な部分があるわけではないが、ブーンバップ的な王道のアプローチがとにかくツボを心得ていて心地よい。
"Doob Raha"
Prabh DeepとDIVINEのあとに見ると、見た目的にはかなり地味な印象かもしれないが、耳に意識を集中すれば、この音の完成度の高さに気がつくはずだ。
プロデュースはAkash Shravanなる人物。
Yashraj同様、派手さはないが、押さえるべきところをきちんと押さえたサウンド作りができるビートメーカーのようだ。
"Naadaani"
"Aatma"
ローファイ・マナーっぽい"Naadaani"や"Aatma"も、「すげえなあ!」というより「分かってるなあ!」という印象。
妙に耳に馴染むのは、少し前の日本語ラップっぽい雰囲気が(インドのラップにしては)感じられるからかもしれない。
Yashrajはミドルクラス出身だそうで、この出自のインド人ラッパーでこのサウンドであれば、英語ラップを選ぶことも難しくはなかっただろうが、ヒンディー語で通しているところがシブい。
このアルバムにはゲストを入れず、政治的なテーマもあえて扱わずに自身の内面にひたすら向き合ってリリックを書いたとのことで(言葉が分からないのでなんともいえないが)、自分の深い部分を表現するには、やはり母語にこだわる必要があったのだろう。
新世代が新しい方法論に飛びつくのではなく、このどっしりしたサウンドでデビューするあたり、インドのヒップホップシーンの裾野の広がりを改めて感じた次第。
派手さはないが、何度も聴きたくなる作品である。
アルバム収録曲ではないが、昨年末にリリースされた"Besabar"もかなり意欲的な作品なのでついでに紹介しておく。
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
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goshimasayama18 at 14:48|Permalink│Comments(0)