VijayDK
2023年10月14日
インドのヒップホップ事情 2023年版
今年(2023年)は、ムンバイの、いやインドのストリートラップの原点ともいえるDIVINEの"Yeh Mera Bombay"がリリースされてからちょうど10年目。
その6年後、2019年にはそのDIVINEとNaezyをモデルにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がヒットを記録し、インドにおけるラップ人気はビッグバンを迎えた。
以降のインドのシーンの進化と深化、そして多様化は凄まじかった。
インドのヒップホップは、今では才能あるアーティストと熱心なファンダムが支える人気ジャンルとして、音楽シーンで確固たる地位を占めている。
2023年10月。
一年を振り返るにはまだ早いが、今年も多くの話題作がリリースされ、シーンを賑わせている。
今回は、その中から注目作をピックアップして紹介したい。
『ガリーボーイ』に若手有望ラッパーとしてカメオ出演していたEmiway Bantaiは、今では最も人気のあるヒンディー語ラッパーへと成長した。
(いやナンバーワンはやっぱりDIVINEだよという声もあるかもしれないが)
6月にリリースしたアルバムのタイトルは"King of the Street".
かつて"Machayenge"シリーズで披露したポップな面は出さずに、タイトルの通りストリートラッパーとしてのルーツに立ち返った作風でまとめている。
その名も"King of the Indian Hip Hop"という7分にもおよぶ大作では、シンプルなビートに乗せて存分にそのスキルを見せつけた。
Emiway Bantai "King of Indian Hip Hop"
字幕をONにするとリリックの英訳が読めるが、全編気持ちいいほどにみごとなボースティング。
このタイトルトラックもミュージックビデオを含めて痺れる出来栄えだ。
Emiway Bantai "King of the Streets"
Emiwayは2021年にBantai Recordsというレーベルを立ち上げて、仲間のフックアップにも熱心に取り組んでいる。
アーティスト名にも付けられたBantaiは、ムンバイのスラングで「ブラザー」という意味だ。
所属アーティストたちによるこの"Indian Hip Hop Cypher"を聞けば、このBantai Recordsにかなりの実力者が集まっていることが分かるだろう。
Emiway Bantai x Baitairecordsofficial (Memax, Shez, Young Galib, Flowbo, Hitzone, Hellac, Minta, Jaxk) "Indian Hip Hop Cypher"
面白いのは、8分を超える楽曲の中にラッパーによるマイクリレーだけでなく、Refix, Memax(彼はラッパーとしても参加), Tony Jamesという3人のビートメーカーによるドロップソロ(!)も組み込まれているということ。
こういう趣向の曲は初めて聴いたが、めちゃくちゃ面白い取り組みだと思う。
ここに参加しているラッパーはEmiwayに比べるとまだまだ無名な存在だ。
ラップ人気が安定しているとはいえ、このレベルのラッパーでも一般的にはほとんど無名というところに、今のインドのヒップホップの限界があるようにも思える。
首都デリーのシーンからも面白い作品がたくさんリリースされている。
このブログでも何度も紹介してきた天才ラップデュオSeedhe Mautは全30曲にも及ぶミックステープ"Lunch Break"を発表。
(「ミックステープ」という言葉の定義は諸説あるが、この作品については彼ら自身がアルバムではなくミックステープと呼んでいる)
Seedhe Maut "I Don't Miss That Life"
このミックステープには、他にも2006年から活動しているデリーの重鎮KR$NAとのコラボ曲など興味深いトラックが収録されている。
徹底的にリズムを追求した2021年の"न(Na)"や、音響と抒情性に舵を切った昨年の"Nayaab"と比べると、ミックステープというだけあって統一感には欠けるが、それもまたヒップホップ的な面白さが感じられて良い。
コラボレーションといえば、思わず胸が熱くなったのが、パキスタンのエレクトロニック系プロデューサーTalal Qureshiの新作アルバム"Turbo"にムンバイのラッパーYashrajが参加していたこと。
Talal Qureshi, Yashraj "Kundi"
このアルバム、記事の趣旨からは外れるので細かくは書かないが、南アジア的要素を含んだエレクトロニック作品としてはかなり良い作品なので、ぜひチェックしてみてほしい。(例えばこのKali Raat)
ところで、かつてインド風EDMを印DMと名付けてみたけれど、パキスタンの場合はなんて呼んだらいいんだろう?PDM?
Yashraj関連では、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindとの共演も良かった。
Yashraj, Hanumankind, Manïn "Thats a Fact"
曲の途中にまったく関係のない音を挟んで(2:09あたり)「ちゃんと曲を聴きたかったらサブスクで聴け」と促す試みは、お金を払って音楽を聴かない人が多いインドならではの面白い取り組みだ。
Yashrajは軽刈田が選ぶ昨年のベストアーティスト(または作品)Top10にも選出したラッパーで、当時はまださほど有名ではなく、実力はあるもののちょっと地味な存在だったのだが、その後も活躍が続いているようで嬉しい限り。
今年は売れ線ラッパーの動向も面白かった。
パンジャービー系パーティーラッパーの第一人者Yo Yo Honey Singhがリリースした新曲は女性ヴォーカルを全面に出した歌モノで、このシブさ。
Yo Yo Honey Singh, Tahmina Arsalan "Ashk"
これまでのド派手さは完全に鳴りをひそめていて、あまりの激変にかなり驚いたが、ファンには好意的に受け入れられているようだ。
後半のラップのちょっとバングラーっぽい歌い回しはルーツ回帰と捉えられなくもない。
10日ほど前にリリースした"Kalaastar"という曲も、ポップではあるが派手さはない曲調で、今後彼がどういう方向性の作品をリリースしてゆくのかちょっと気になる。
Yo Yo Honey Singhと並び称されるパーティーラッパーBadshahは、ここ数年EDM路線や本格ヒップホップ路線の楽曲をリリースしていたが、「オールドスクールなコマーシャルソングに戻ってきたぜ」という宣言とともにこの曲をリリース。
Badshah "Gone Girl"
YouTubeのコメント欄はなぜかYo Yo Honey Singhのファンに荒らされていて「Honey Singhの新曲の予告編だけでお前のキャリア全体に圧勝だ」みたいなコメントであふれている。
かつてMafia Mundeerという同じユニットに所属していた二人は以前から険悪な関係だったようだが、いまだにファンが罵り合っているとはちょっとびっくりした。
ついついヒンディー語作品の紹介が続いてしまったが、インド東部コルカタではベンガル語ラップの雄Cizzyが力作を立て続けにリリースしている。
そのへんの話は以前この記事に書いたのでこちらを参照。
ビートメーカーのAayondaBが手掛ける曲には、日本人好みのエモさに溢れた名作が非常に多い。
続いてはデリーの大御所Raftaar.
この曲は今インドで開催されているクリケットのワールドカップのためにインド代表のスポンサーよAdidasが作ったテーマソングで、プロデュースは6月に来日して日本を満喫していたKaran Kanchanだ。
歌詞では、Adidasの3本線になぞらえて、過去2回の優勝を果たしているインド代表の3回目の優勝を目指す気持ちがラップされている。
クリケットは言うまでもなくインドでもっとも人気のあるスポーツだが、そのテーマ曲にラップが選ばれるほど、インドではヒップホップ人気が定着しているということにちょっと感動してしまった。
日本ならこういうスポーツイベントにはロック系が定番だろう。
Karan Kanchanのビートは非常にドラマチックに作られていて、これまでいろいろなタイプのビートを手がけてきた彼の新境地と言えそうだ。
シンプルなラップはヒップホップファン以外のリスナーも想定してのものだろう。
もしかしたらスタジアムでのシンガロングが想定されているのかもしれない。
そういえばこのRaftaarもHoney SinghやBadshahと同様にMafia Mundeer出身。
その後のキャリアではメインストリームの映画音楽も手がけながら、わりと本格的なスタイルのラッパーとして活躍している。
Karan Kanchanが今注目すべきラッパーとして名前を挙げていたのがこのChaar DiwaariとVijay DKだ。
Chaar Diwaariは結構エクスペリメンタルなスタイルで、Vijay DKはMC STΔNにも通じるエモっぽいスタイルを特徴としている。
Chaar Diwaari x Gravity "Violence"
Vijay DK "Goosebumps"
Chaar Diwaariはニューデリー、GravityとVijay DKはムンバイを拠点に活動している、いずれもヒンディー語ラッパー。
Gravityもかなりかっこいいので1曲貼っておく。
Gravityは2018年にTre Essの曲"New Religion"に参加していたのを覚えていて、つまり結構キャリアの長いラッパーのようだが、最近名前を聞く機会が急激に増えてきている。
Gravity x Outfly "Indian Gun"
このへんの新進ラッパーについては改めて特集する機会を設けたい。
というわけで、今回は今年リリースされたインドの面白いヒップホップをまとめて紹介してみました。
南部の作品にほとんど触れられておらず申し訳ない。
11月には、インド系アメリカ人でEDM界のビッグネームであるKSHMRがインド各地のラッパーを客演に迎えた作品のリリースを控えている。
まだまだインドのヒップホップシーンは熱く、面白くなりそうだ。
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goshimasayama18 at 20:39|Permalink│Comments(0)