ThreeOscillators

2023年02月09日

インドのアンダーグラウンド電子音楽シーンの現在


ここ数年ですっかり耳にすることが少なくなったジャンル名といえば、EDMだろう。
2010年代、ド派手かつキャッチーなサウンドで世界中を席巻したEDMの波は、もちろん踊ることが大好きな国インドにも到達した。
ゴアやプネーでは世界で3番目の規模のEDMフェスティバルSunburnが開催され、数多くの世界的DJが招聘されてインドの若者たちを踊らせた。
インド国内にもLost StoriesやZaedenのように海外の大規模フェスに出演するアーティストが現れ、シーンはにわかに盛り上がりを見せた。




ところが、アヴィーチーが亡くなった2018年ごろからだろうか。
世界中の他の地域と同様に、インドでもEDMブームは下火になってゆく。
Lost Storiesは派手さを排除したポップ路線へと転向、Zaedenに至っては、なんとアコースティック寄りのシンガーソングライターへと転身してしまった。
(どうでもいい話だが、アヴィーチーというアーティスト名はインドと縁があり、「無間地獄」を意味するサンスクリット語から取られているらしい)

一応ことわっておくと、ここで言っているEDMというのは、KSHMR(彼はインド系メリカ人だ)とかアヴィーチーみたいないわゆる「狭義のEDM」の話で、インドを含めた英語圏で使われる「踊れる電子音楽全般」という意味ではない。
広義のEDMはもちろんまだ生きていて、以前も書いた「印DM」(軽刈田命名)のように、インドで独自に進化しているのだが、その話はまた今度。




今回書きたいのは、こうしたポップ路線からは離れたところに存在する、もうちょっとアンダーグラウンドな音楽シーンのことだ。
2000年ごろから活躍するパイオニアMidival Punditzをはじめ、インドは数多くの電子音楽アーティストを輩出した国でもある。
当たり前だが、巨大フェスのメインステージだけがシーンではない。
今回は、インドの面白い「草の根的」電子音楽をいろいろと紹介してみたい。
(古典音楽の要素を融合したフュージョン系エレクトロニカも非常に面白いのだけど、面白すぎるのでこれもまた機会を改めることにして、今回は無国籍なサウンドの電子音楽アーティストを特集する)


Dreamhour "Light"


シンセウェイヴのDreamhourは、インド東部ベンガル州の北のはずれ、シリグリー出身のDobojyoti Sanyalによるソロプロジェクト。
西にネパール、東にブータンがあり、北には1975年まで独立国だったシッキム州をのぞむシリグリーは、私の記憶にある25年前は、これといった面白みのない辺境の田舎街だった。
あの街からまさかこんな拗らせたスタイルのアーティストが出てくるとは思わなかったなあ。

Dreamhour "Until She"


DreamhourはニューヨークのNew Retro Waveというレトロ系シンセウェイヴ専門のレーベルから作品をリリースしていて、この手のマニアックなサウンドになるともう国境も国籍も全く関係ないという好例と言えるだろう。
Sanyalは女性ヴォーカリストをフィーチャーしたDokodokoというプロジェクトでも活動している。


OAFF "Perpetuate"


大阪アジアン映画祭と同じ名前のアーティストOAFFは、ムンバイのKabeer Kathpaliaによるソロプロジェクト。
音のセンスもさることながら、このシンプルながら独特の美しさを持つミュージックビデオが素晴らしい。

OAFF x Lanslands "Grip"


Landslandsなる人物と共演した"Grip"のミュージックビデオもまた強烈で、こちらはフランス人映像作家Thomas Rebourが手掛けている。



Three Oscillators "Hypnagogia"


ムンバイのDJ/プロデューサーBrij Dalviによるソロプロジェクト。
当方ロック上がりにつき、この手の音楽には全く詳しくないのだが、ちょっとドラムンベースっぽくもあるこういうジャンルは何ていうの?IDM?
彼が所属するQuilla Recordsはこの手の電子音楽の要注目レーベルだ。
大都市の喧騒の中からこの静謐かつ知的なサウンドが生まれてくるところに、ムンバイの奥深さを感じる。


Oceantied "Reality"



ベンガルールのKetan Behiratによるソロ・プロジェクト。
彼もまた、ただアゲて踊らせるだけじゃねえぞ、というセンスを感じる音使い。


Cash "Longing"


詳細は不明だが、ボストンとニューヨークとムンバイを拠点にしているらしいCashというアーティスト。
いわゆる典型的なアンビエントだが、とにかく心地よく浸れるサウンドだ。
"Hatsuyuki""Sentaku"といった日本語タイトルの曲もあって、それがまた美しい。


Neeraj Make "Last Taxi"


チェンナイとロンドンを拠点に活動するNeeraj Makeが2021年にリリースした"Art House"の最後を飾る曲、Last Taxiも電子音楽としての美しさにあふれた一曲だ。


この手のエレクトロニカ/アンビエント系の音楽は、インドでも決してメジャーなジャンルではないが、そのわりにかなり多くのアーティストやレーベルが存在している。
若干ステレオタイプ的な話になるが、深淵な音の響きを追求する古典音楽や、瞑想の伝統を持つインドで、こうした「踊らせるだけではない」音にこだわった電子音楽が好んで作られるのは必然とも言えるのかもしれない。
(そう考えると、今回紹介した中ではレトロウェイヴ系のDreamhourはかなり異質だが)




この手のアーティストはインドにほんとうにたくさんいるので、今後もいろんな角度から紹介してみたい。





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goshimasayama18 at 22:40|PermalinkComments(0)

2020年08月22日

インディアン・アンビエント/エレクトロニカの深淵に迫る!

インドにはアンビエント/エレクトロニカ系のアーティストがかなり多く存在している。 
それも、都会的な洒落たセンスよりも、深遠かつ瞑想的なサウンドを追求している、いかにもインド的なアーティストがじつに多いのである。

あらかじめ正直に言っておくと、私はアンビエントやエレクトロニカには全く詳しくない。
だから、ひょっとしたらこれから書くことは、インドに限らない世界的な傾向なのかもしれないし、どこか別の国にこのムーブメントのきっかけとなったアーティストがいるのかもしれない。
(もしそうだったらこっそり教えてください)
さらに、インドというとなにかと深遠とか哲学的とか混沌とか言いたくなってしまうという、よくあるステレオタイプの罠にはまっているのかもしれないが、それでもやっぱりインド特有の何かがある気がして、この記事を書いている。

インドといえば古典音楽が有名だが、(またしても詳しくないジャンルを印象で語ることになってしまうが)インドの古典音楽は、声楽にしろ器楽にしろ「全宇宙を内包するような深みがある一音を出すこと」を非常に重視しているように感じられる。
インド音楽には和音(コード)の概念が無いとされているが、その分、一音の響きと深みに、比喩でなく演奏者の全人生を捧げているような、そんな印象受けることがあるのだ。

もしかしたら、インド人には、ジャンルに関係なく、深みのある音を追求することが運命づけられているのではないか。
インドのアンビエント/エレクトロニカを聴いていると、そんな考えすら浮かんでくる。
そんないかにもインド的な電子音楽を、ここでは仮にインディアン・アンビエント/エレクトロニカと呼ぶことにする。

典型的なインディアン・アンビエント/エレクトロニカは、寺院の中で反響するシンギングボウルのような、倍音豊かな音色が鳴り続けているということ、そして、あくまでも柔らかなビートと、ときに生楽器を混じえたオーガニックな音や、古典楽器やマントラの詠唱のようなインド的な音響が混じることを特徴としている。
(「それ、普通のアンビエントじゃん」という気もするが、ひとまず先に進めます)

YouTubeの再生回数を見る限り、インディアン・アンビエント/エレクトロニカで最も有名なアーティストは、このAeon Wavesだろう。
彼らの楽曲は、この"Into The Lights"をはじめとする数曲が、世界中のアンビエント・ミュージックを紹介しているyoutubeの'Ambient'チャンネルで紹介されており、いずれも再生回数は10万回を超えている。


この"Voices"では民族音楽風のパーカッションとマントラのようなサウンドを導入して、エスニックかつスピリチュアルな雰囲気を醸し出している。
Aeon Wavesは北西部グジャラート州のアーメダーバード出身のKanishk Budhoriによるソロプロジェクト。
アーメダーバードといえば、ポストロックバンドのAswekeepsearchingを輩出した都市だが、なにか音響へのこだわりを育む土壌があるのだろうか。


このPurva Ashadha and Feugoも、いかにもインディアン・アンビエント/エレクトロニカらしいサウンドを聴かせてくれる。

ビートレスのまま長く引っ張ってゆくサウンドは思索の海を漂っているような瞑想的な響きがある。
Purva Ashadhaはアッサム州出身で現在はムンバイを拠点として活動しており、Feugoはクリシュナ寺院の門前町として知られベジタリアン料理で名高いウドゥピ出身でバンガロール育ち。
決して中心部の大都市出身ではないアーティストが多いのもこのシーンの特徴と言えるだろうか。

この二人のユニットには、のちにFlex Machinaという名前がつけられたようだ。
よりダンス・ミュージック的なアプローチをすることもあるが(例えばこの動画の5分半頃〜)、そのサウンドは、あくまでも、深く、柔らかい。

RiatsuはムンバイのメタルバンドPangeaの元キーボーディストという異色の経歴のアンビエント・アーティスト。
不思議なアーティスト名の由来を聞いたところ、日本の漫画/アニメの"Bleech"に出てくる精神的パワー「霊圧」から名前を取ったという。

この曲のタイトルの"Kumo"は日本語で、雲でなく「蜘蛛」。
朝露にきらめく蜘蛛の巣の美しさを思わせるトラックだ。
最近ではアメリカのエクスペリメンタル・トランペッターJoshua Trinidadとのコラボレーションにも取り組んでいる。

ムンバイのThree Oscillatorsも、金属的だが柔らかい反響音が印象的な心地よいトラックを作っている。

彼は今年1月のDaisuke Tanabeのインドツアーのムンバイ公演にも地元のアーティストとしてラインナップされていた。

バンガロールのEashwar Subramanianは、アンビエントというよりも、ニューエイジ/ヒーリングミュージックと言ってもよさそうな優しい音像を作り出すミュージシャンだ。


Shillong Passでは、チベタン・ベルを使って瞑想的なサウンドを作り出している。

同じくバンガロールのAerate Soundはヒップホップカルチャーの影響を受けたビートメーカーだが、そのサウンドはアンビエント的な心地よさに溢れている。


バンガロールはインドのポストロックの中心地でもあり、音響的な魅力のある多くのミュージシャンが拠点としている都市で、アンビエント/エレクトロニカ系のアーティストも多い。
地元言語カンナダ語のかなりワイルドな印象のヒップホップシーンもあるようだが、Aerate SoundはSmokey The Ghostらのよりチルホップ的傾向の強いラッパーとの共演を主戦場としている。


こちらもバンガロールの男女2人組、Sulk Stationは、トリップホップ的なサウンドに古典音楽的なヴォーカルを導入して、インドならではのチルアウト・ミュージックを作り上げている。

彼らはインドで盛んな古典音楽とのフュージョン・ミュージックとして語ることもできそうだ。

先日リリースした"Perpetuate"で、日常にサイケデリアを融合した素晴らしいミュージックビデオをリリースしたOAFFも、インド古典音楽を取り入れた"Lonely Heart"でインド古典声楽を導入している。


OAFFはムンバイを拠点に活動するKabeer Kathpaliaによるエレクトロニック・ポップ・プロジェクトだ。

こちらもムンバイから。
Hedrunの"Chirp"は自然の中にいるかのような心地よさを感じることができるサウンド。

HedrunはPalash Kothariによるエレクトロニカ・プロジェクトで、彼は私のお気に入りでもあるムンバイのアンビエント/エレクトロニカ系レーベル'Jwala'の共同設立者のうちの一人でもある。


ゴア出身のテクノ・アーティストVinayak^Aも、インド声楽を導入したトラックをリリースしている。
トランスの聖地ゴア出身の彼は、早い時期からにテクノ/トランス触れていたようで、この "Losing Myself"のリリースは2011年。
インド系のクラブミュージックとしては2000年ごろに出現したデリーのMidival PunditzやUKエイジアンのTalvin Singh, Karsh Kaleらに続く第二世代にあたる。

彼はSitar MetalのRishabh SeenやTalvin Singh(タブラで参加)と共演して本格的に電子音楽とインド古典音楽の融合に取り組むなど、意欲的な活動をしている。


OAFFやVinayak^Aのサウンドは、前述のインディアン・アンビエント/エレクトロニカの定義には当てはまらないかもしれないが、いずれも欧米のミュージシャンがエスニック・アンビエントやトランスに導入してきたインド的な要素を、インド人の手によって逆輸入した好例と言えるだろう。


最後に紹介するのはデリーのアンビエント・レーベルQilla Recordsを主宰するKohra(このアーティスト名はウルドゥー語で「霧」を意味しているとのこと)。
7月にリリースしたニューアルバム"Akhõ"は、17世紀のグジャラート州の神秘詩人/哲学者の名前から名付けたものだ。
彼はこの詩人からの影響をアルバムに込めたという。
 

彼がRolling Stone Indiaに語ったインタビューの内容がまた面白い。
なんと彼は、2年前から始めた瞑想の影響で、クラブミュージックから出発したアーティストなのに、「パーティーは完全にやめてしまった」そうだ。

「鍛錬や瞑想を始めから、パーティーみたいなことは完全にやめてしまったんだ。たとえ自分のライブをやっていて、他の人たちがパーティーをしていてもね。おかげで、完全に違う心境にたどり着くことができたよ。自分が作っているような音楽に合った状態でいたかったしね。」
(出典:https://rollingstoneindia.com/kohra-new-album-akho/

瞑想によってクラブ・ミュージックを追い越してしまった彼が、これからどんな音楽を作ってゆくのか、興味は尽きない。

インドのアンビエント/エレクトロニカの独特の音世界には、音楽に楽しさや心地よさ以上のものを込めようとする彼らの哲学が込められているのかもしれない。

今回紹介したアーティストに限らず、インドにはさらに様々なタイプのアンビエント/エレクトロニカ系のアーティストがいる。
もっと聴いてみたければ、手始めにデリーのQilla RecordsやムンバイのJwalaレーベルあたりからチェックしてみると良いだろう。





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