ThaikkudamBridge
2023年08月31日
2023年秋 インドのフェス事情!
日本では音楽フェスのシーズンといえば夏だが、インドでは過ごしやすい気候の冬に多くの音楽フェスが開催されている。
インドはいまやアジアを代表するフェス大国で、アメリカ発祥の世界的ロックフェスLollapaloozaがアジアで初めて行われたり、世界で3番目の規模のEDMフェスティバルSunburnが開催されるなど、海外の大物アーティストが参加するものから、国内アーティスト中心のものまで、フェスの数は年々増える一方。
(これまでに紹介したインドの注目フェス情報は最後にまとめてリンクを貼っておきます)
今回は、本格的なシーズン到来を前に、2023年の秋に行われる面白いフェスを2つほど紹介させてもらいます。
まず紹介するのは、ノルウェーのハウス/EDMプロデューサー、Kygo(カイゴ)が主催するPalm Tree Music Festival.
去年Lollapaloozaの会場にもなったムンバイの競馬場Mahalakshmi Race Courseで、11月3日から5日にかけて開催される。
Palm Tree Music Festivalはこれまでヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどで開催されていて、アジアではバリ島で開催されたことがある。
南アジアでの開催は初めてで、ムンバイの1週間前には、エジプトのカイロでの開催も発表されている。
カイロ会場は500名限定の超VIP向けフェスとして開催されるようで、販売されるチケットはもっとも安い入場券でも1,111米ドル。
このチケットには、4つ星ホテルへの1泊と、ピラミッドやスフィンクス散策、ピラミッド周辺でのキャメルライド、ビールとワイン飲み放題などが含まれている。
もっとも高い個人向けチケットは7,777米ドルで、これには5つ星ホテルへの3泊、24時間の執事サービス、シャンパンボトル、出演アーティストとのウェルカムディナー、ピラミッド内の「王の間」ツアー(!)、空港への送迎などが含まれていて、さらに豪華な4名分34,998ドルのチケットもある。
おそらくカイロでのフェスは、このバリ会場のような雰囲気で行われるのだろう。
より大規模な会場で行われるムンバイでのフェスは、おそらくこのニューヨーク郊外のハンプトンズで行われたような形になるものと思われる。
インドでもEDM系のフェスティバルは非常にさかんで、例えばラージャスターン州の宮殿で行われるMagnetic Fields Festivalは、カイロのPalm Tree同様にかなりセレブっぽい路線で行われている。
てっきりムンバイのPalm Treeも同じようなスタイルで行われるものだと思っていたら、チケット代は1,500ルピー(2,660円)からとのことで、結構リーズナブルな価格に抑えられているようだ。
(ただし、2万ルピーの高級チケットもある)
出演者には、KygoのほかKungs(フランス)、Sam Feldt(オランダ)、Kidnap(イギリス)、Edward Maya(ルーマニア)、Forester(アメリカ)らの欧米のEDM系DJのみ。
インドで開催されるのにインド人アーティストが一人もいないのがちょっと感じ悪い気もするが(他の国内のEDM系フェスには、少なからずインド人のDJも出演している)、インドではかつての日本のように、「洋楽のほうが進んでいてカッコイイ」という価値観がまだ根強いので、要はそういうオーディエンスを対象にしたフェスということなのだろう。
(あるいは、オーガナイザーのKygoが、単にインドのDJ/プロデューサーを知らなかったのかもしれない)
Palm Tree Music Festivalとは逆に、インド国内のアーティストに特化したフェスも行われる。
9月2日にムンバイ、9月16日にデリーで開催されるSouth Side Storyは、出演者を南インドのアーティストに限定しているという、非常に面白いイベントだ。
このイベントの特異さを説明するために、一応地図をのっけておきます。
(出典:https://www.mapsofindia.com/my-india/india/the-new-india-28-states-and-9-union-territories-maps-and-facts)
一般的に南インドと言われるのは、タミルナードゥ(タミル語圏)、ケーララ(マラヤーラム語圏)、カルナータカ(カンナダ語圏)、アーンドラ・プラデーシュとテランガーナ(テルグ語圏)の5つの州のこと。
South Side Storyが行われるデリーとムンバイは、同じ国内でも文化や言語体系がまったく異なる北インド文化圏の大都市だ。
いずれもインディーミュージシャンがたくさんいる地域なので、あえて地元アーティストを出さずに、地理的にも文化的にも遠く離れたサウスにこだわった音楽フェスが開催されるというのは非常に珍しい。
古典音楽とかだとあるのかもしれないが、少なくともインディーズ系の音楽では聞いたことがない。
South Side Storyは昨年に続いて2回目の開催だそうで、昨年の様子を見る限り、単なる音楽フェスティバルではなく、伝統芸能や食文化体験(バナナの葉に盛り付ける南インドの定食ミールス)などを含めたイベントらしく、さらに面白そうだ。
デリーやムンバイの人たちにとってはエキゾチックな体験ができて、サウスの出身者にとっては懐かしというところを狙っているのだろう。
参加アーティストもいかにも南インドらしい濃いメンツが揃っているので、何組か動画で紹介したい。
Thaikkudam Bridge "One"
ムンバイでのヘッドライナーは、昨年も出演してアフタームービーにも曲が使われているケーララ州のThaikkudam Bridge.
このケーララ州の観光プロモーションのようなミュージックビデオを見ていただければ分かる通り、彼らは地元の文化を非常に誇りしていて、魚をよく食べる食文化から自分たちの音楽を'fish rock'と称している。
ThirumaLi "Rap Money"
デリーのヘッドライナーは、ケーララのラッパーThirumaLi.
ヒンディー語圏のデリーで、しかもリリックが重要な意味を持つラップで、全く異なる言語系統のマラヤーラム語のラッパーがヘッドライナーを飾ることは、このコンセプトのフェス以外ではまずない。
ほとんどのデリー出身者にとって、マラヤーラム語は理解できないはずで、これはかなり画期的なことだ。
ミュージックビデオを見る限り、ラップのスキルもしっかりしていて、音もかっこいいので、これでパフォーマンスが良ければきっと大いに盛り上がることだろう。
デリー会場は他にもラッパーが多くて、チェンナイ(タミルナードゥ州の州都)のArivuやベンガルールのHanumankindなどが出演する。
Agam "Mist of Capricorn (Manavyalakincharadate) "
ムンバイに出演するベンガルールで2003年に結成されたAgamは、南インドの古典であるカルナーティック音楽を導入したカルナーティック・プログレッシブロックを標榜するバンド。
この曲は18〜19世紀の音楽家でカルナーティックの楽聖の一人とされているティヤーガラージャをもとにしているとのこと。
フジロックで来日したJATAYUでカルナーティック・フュージョンを知った人も多いと思うが、変拍子や複雑なリズムを含んだカルナーティック音楽はプログレッシブ・ロックとの相性も抜群で、その先駆け的な存在であるAgamは、JATAYUのメンバーもインタビューで「カルナーティックとロックの融合に大きな貢献を果たしたバンド」と高く評価している。
AATTAM KALASAMITHI & THEKKINKAADU BAND "Deva Shree Ganesha"
AATAM KALASAMITHI & THEKKINKAADU BANDはケーララの大所帯パーカッション・グループで、同郷ケーララの人力トランスバンド、Shanka Tribeにも似た感じの音像だが、こちらはぐっとインドっぽい要素が強いで、この曲は象頭の神ガネーシャを讃えるタイトルが付けられている。
人数が多すぎて難しいかもしれないが、フジロックとかで来日したら盛り上がるだろうなあ。
ムンバイ、デリーに住んでいる方、この時期に行かれる予定の方、どちらのフェスも、もし参加されたら感想など教えてください。
記事中にもいくつかリンクを貼りましたが、インドのフェス充実ぶりがわかる他の記事も改めてここに貼っておきます。
今年は記事を書かなかったが、いかにもインド的なフェスとしては、色のついた水や粉をぶっかけあいながら春の訪れを祝うお祭り「ホーリー」と一体とフェスなんかも充実している。
これはコロナ禍の真っ只中の2021年に書いた記事(下の方に正常時のフェスを紹介した記事へのリンクもあります)。
バンガロール(ベンガルール)のEchoes of Earthもかなり雰囲気の良さそうな行ってみたいフェスだ。
かと思えば、辺境の地インド北東部にはメタル好きの血が騒いでしまうフェスもある。
インドのなかでもインディーミュージックが盛んな北東部には、かなり奥地でのこんな超インディペンデントなフェスも行われている。
これ、毎年ラインナップも良くてめちゃくちゃ行ってみたいんだよなあ。
国内と海外のアーティストがどちらも出演するNH7 Weekender.
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2023年02月21日
2022〜23インド冬フェスシーズン 最も多くの出演したのは?
夏フェスがポピュラーな日本とは異なり、インドの音楽フェスティバルのシーズンは冬。
インドのインディペンデント系音楽メディアSkillboxに、2022〜23年のシーズンに最も多くフェスに出演したインディーアーティスト・トップ10を紹介する記事がアップされていた。
これがなかなか面白かったので紹介したい。
(元記事はこちら)
この記事によると、1位に輝いたのは、プネーのドリームポップバンドEasy Wanderlingsで、8つのフェスに出演したとのこと。
出演したフェスの内訳は、Bacardi NH7 Weekender (プネー), Bloom In Green (クリシュナギリ), Echoes Of Earth (ベンガルール), Idli Soda (チェンナイ), India Bike Week (ゴア), Lollapalooza India (ムンバイ), Vh1 Supersonic (プネー), Ziro Festival of Music (ジロ)。
南インドのチェンナイやベンガルールから、北東部の最果てアルナーチャル・プラデーシュ州のジロまで、まさにインド全土を股にかけたということになる。
クリシュナギリという地名は初めて聴いたが、南インドタミルナードゥ州(州都はチェンナイ)の地方都市だ。
その郊外で行われたBloom in Greenは、人力トランスバンドや無国籍風ワールドミュージックアーティストが出演したオーガニック系の自然派フェスティバルだったようだ。
これまで南インドのフェスはあまり取り上げていなかったが、改めて調べてみると、結構面白そうなイベントが開催されている。
今シーズンのフェス出演映像は見つからなかったので、2017年のNH7 Weekender出演時の様子をご覧いただきたい。
このブログでも何度も取り上げてきたEasy Wanderlingsは、曲良し、歌良し、演奏良しの素晴らしいバンドで、彼らが1位というのは納得できる。
野外で彼らのオーガニックなサウンドを聴けたら最高だろう。
日本でもフジロックか朝霧JAMあたりで見てみたい。
冬フェス出演回数2位には、6組のアーティストが該当している。
それぞれの出演フェスティバルも合わせて紹介すると、
- Anuv Jain
Bacardi NH7 Weekender (プネー), Beat Street (ニューデリー), Doon Music Festival (デラドゥン), SteppinOut Music Festival (ベンガルール), Vh1 Supersonic (プネー), Zomaland (ハイデラーバード), Zomato Feeding India (ムンバイ) - Bloodywood
Bacardi NH7 Weekender (プネー), Indiegaga (コチ), Lollapalooza India (ムンバイ), Mahindra Independence Rock (ムンバイ), Oddball Festival (ベンガルール、デリー), Rider Mania (ゴア), The Hills Festival (シロン) - Peter Cat Recording Co.
Gin Explorers Club (ベンガルール), India Cocktail Week (ムンバイ), Jaipur Music Stage (ジャイプル), LiveBox Festival (ベンガルール), Rider Mania (ゴア), Vh1 Supersonic (プネー), Ziro Festival of Music (ジロ) - Thaikkudam Bridge
GIFLIF Indiestaan (ボーパール), Idli Soda (チェンナイ), Indiegaga (ベンガルール、コーリコード), Mahindra Independence Rock (ムンバイ), Rider Mania (ゴア), Signature Green Vibes (ハイデラーバード), South Side Story (ニューデリー) - The Yellow Diary
Beat Street (ニューデリー), Doon Music Festival (デラドゥン), LiveBox Festival (ムンバイ), Lollapalooza India (ムンバイ), Oktoberfest (ムンバイ), SteppinOut Music Festival (ベンガルール), Zomaland (アーメダーバード、ハイデラーバード、ニューデリー) - When Chai Met Toast
India Cocktail Week (ベンガルール), Indiegaga (コチ), International Indie Music Festival (コヴァーラム), North East Festival (New Delhi), Parx Music Fiesta (Mumbai), SpokenFest (Mumbai), Toast Wine and Beer Fest (Pune)
詳細はアーティスト名のところからリンクを辿っていただくとして、ここではこれまでこのブログで取り上げたことがない人たちを紹介したい。
Anuv Jainはパンジャーブ出身の主にヒンディー語で歌うアーバン・フォーク系シンガー。
2018年のデビュー曲の"Baarishein"で一気に注目を集め、この曲、まったく絵が動かないシンプルなリリックビデオにもかかわらず、YouTubeで5,000万回以上も再生されている。
歌詞はわからなくても、彼の非凡なメロディーセンスが理解できるだろう。
ヒンディー語がとっつきにくいという人は、こちらの英語曲"Ocean"をどうぞ。
アレンジに関しては、弾き語りというか、最小限のバッキング以外は入れない方針っぽいのが潔くもあるし、少しもったいない気もする。
The Yellow Diaryはムンバイ出身のインド・フュージョンっぽいポップバンドで、2021年にリリースしたこの"Roz Roz"という曲のYouTubeでの再生回数は1,000万回を超えている。
ちなみにこの後には8位タイとして、6つのフェスに出演したParvaaz(ベンガルール出身のヒンディー語で歌うインディーロックバンド)、Taba Chake(北東部アルナーチャル・プラデーシュ出身のウクレレ・シンガーソングライター)、The F16s(チェンナイ出身のロックバンド)、T.ill Apes(ベンガルール出身のファンク/ヒップホップバンド)の4組が名を連ねている。
元記事を書いたAmit Gurbaxaniは、この統計を取るために50以上のフェスティバルを調べたとのこと。
そのうち2つ以上のフェスにラインナップされていたアーティストは70組以上。
オーガナイザーの話では、出演者選定の理由は、
- 人気があること
- ストリーム数、動員、ソーシャルメディアの活躍
- 開催地が地元の場合、しっかりとしたファン基盤があること
- ヘッドライナーのアーティストとの相性を考慮
典型的なメタルバンドはラインナップしづらいけど、Bloodywoodみたいな個性のある面白いバンドは例外とのことで、なるほど、彼らは日本でいうところのマキシマム・ザ・ホルモンみたいな存在なのだろう。
それにしてもBloodywoodは欧米でも日本でも母国でも、フェス人気がかなり高いようだ。
DIVINE、Prateek Kuhad、Ritvizといった人気アーティストの出演が少ないのは、独自のツアーが忙しいからだそうで、これも世界共通の傾向だろう。
最後に今シーズンのフェスの映像をいくつか紹介してみたい。
まずは、南インド各地で行われた巡回型フェスティバルIndiegagaから、ケーララ州コチ会場のBloodywoodのライブのアフタームービー。
続いて同じIndiegagaでも、こちらはコーリコード会場から、地元ケーララのThaikkudam Bridgeのライブの模様。
ベンガルールで行われたOddball Festivalのアフタームービー。
プネーの大型フェスNH7 Weekenderから、When Chai Met Toastのライブの様子。
今回紹介したのはロック系のフェスが中心になってしまったが、EDMやヒップホップが優勢に感じられるインドで、ロックも根強い人気を保っていることが確認できた。
インドのフェス、ほんとそろそろ遊びに行きたいんだよなあ。
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2018年10月08日
ケーララ州のロック・シーン特集!
先日ケーララ州出身の英国風フォークロックバンド、When Chai Met Toastを紹介したが、ケーララといえば、他にもこのブログで紹介してきたスラッシュメタルバンドのChaosや、ハードロックバンドRocazaurusを生んだ、インドでも有数の「ロックどころ」だ。
有名なバンドの数ではデリーやムンバイ、バンガロールのような大都市のほうが多いかもしれないが、前回も書いたように、人口や都市の規模と比較すると、相当多くのロックバンドがケララにいるということになる。
(ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の人口1.1億人、バンガロールを擁するカルナータカ州の6,500万人に対し、ケーララ州は3,500万人。デリーは州ではなく連邦直轄領だが、限られた都市部にケララの半分以上の2,000万人もの人口を抱えている)
今回はそんなケララ州のロックシーンを紹介することにします。
州や街ごとの音楽シーン特集は前々からやりたかった企画。
例によって情報過多ぎみかもしれないけど、じっくりお楽しみください。
ケーララ州のロック史で最初に語られるべきバンドは13AD.
その結成はなんと1977年にまでさかのぼる。
Glen La Rive(ヴォーカル)、Eloy Isaacs(ギター)、Paul KJ(ベース)、Jackson Aruja(キーボード)、Pinson Correia(ドラム)の5人からなる彼らが1990に発表したデビューアルバム、'Ground Zero'のタイトルトラックがこちら。
ヨーロッパのバンドを思わせる翳りあるメロディーのメタルサウンドは結構日本人好みなんじゃないだろうか。
当時のBurrn!の輸入版コーナーで80点くらいを獲得しそうな印象。
彼らは以前紹介したムンバイのRock Machine(Indus Creed)やカルカッタのShivaらと並んでインドのロック創成期を作ってきたバンドとされている。
1995年に一度解散したのち、2008年にこの代表曲のタイトルであるGround Zeroという名前で再結成し、今ではドバイを拠点に活動している。
ドバイは人口の半分が出稼ぎによるインド系で、その多くをケーララ人が占めている。
現在も国内で活躍するケーララ出身の大御所バンドとしては、Motherjaneが挙げられる。
彼らは1996年にClyde Rozario(ベース)、John Thomas(ドラム)、Mithun Raju(ギター)らで結成。
やがてMithunが脱退し、古典音楽的なフレーズを得意とし、インドロックシーンの名ギタリストとして名を馳せるBaiju Dharmajanが加入。
ヴォーカリストとしてSuraj Maniを加えた体制で、2001年にデビューアルバムInsane Biographyをリリースした。
2008年に発表したアルバム'Maktub'からの曲、'Chasing the Sun'.
コナッコル(声でリズムを取る南インドの唱法)で始まり、かの有名な北インドの聖地ヴァラナシの映像を取り入れたビデオはいかにもインドのバンドといった印象。
変拍子の入った演奏とハイトーンヴォーカルはDream Theaterのようなプログレッシブ・メタルを想起させる曲調だ。
よりヘヴィーなバンドとしては、2009年結成のThe Down Troddenceがいる。
彼らはツインギターにキーボードを要する6人組で、スラッシュメタルやグルーヴメタルにケーララの伝統音楽を取り入れた音楽性を特徴としている。
英語で歌うことが多い彼らがマラヤラム語で歌っている、'Shiva'.
この曲でもギターがときどきラーガ的なフレーズを奏でている。
ビデオはもうなにがなんだか分からない。
以前紹介したバンドもおさらい。
社会派スラッシュメタルバンドのChaosの'Game'.
3ピースのロックンロール系ヘヴィーメタルバンドの'Rocazaurus'.
ここまで紹介してきたバンドは、主に英語で歌うヘヴィーメタル系のバンドたち。
メタル以外のジャンルで英語で歌うケーララのバンドとしては、先日紹介したWhen Chai Met Toastのほかには、ポストロックのBlack Lettersがいる。
Rolling Stone誌が選ぶ2017年のベストミュージックビデオの第8位に選ばれた曲'Falter'.
コチ出身の彼らは、今では活動の拠点をバンガロールに移している。
When Chai Met Toast同様、国籍を感じさせないセンスのバンドだ。
こういった主に英語で歌うバンドたちとは別に、地元の言語マラヤーラム語で歌うロックバンドというのもたくさんいて、彼らの多くがケーララの伝統音楽とのフュージョン的な音楽性で人気を博している。
彼らのパイオニアかつ代表格と言えるバンドが2003年に結成されたAvial.
Avialとはヨーグルトとココナッツで野菜を煮込んだケララ州の郷土料理で、バンド名からも彼らの強い地元愛が伺える。
彼らはDJを含んだ5人組で、モダンな演奏にケーララ民謡風のヴォーカルがかなり個性的。
'Nada Nada'
ステージ衣装としてルンギー(男性用巻きスカートとも言えるインドの民族衣装)を着用するなど、見た目の面でも地元の要素を強く打ち出している。
2013年に結成されたThaikkudam Bridgeは、こちらも地元の食文化からとった'Fish Rock'を標榜している。
この'Navarasam'はケーララの伝統舞踊のカタカリ・ダンスをフィーチャーしたビデオだ。
インドのバンドがインド要素をロックに取り入れるとき、演奏ではなくヴォーカルによりインドの要素を取り入れる傾向があるというのは以前分析してみた通り。
彼らのテーマ曲とも言える'Fish Rock'のライブはすごい盛り上がりだ。
より伝統文化の影響の強いバンドとしては、この'Masala Coffee'がいる。
これは「自分自身のために生きる女性を讃える」というテーマの曲。
2014年に結成された彼らは、ソニーミュージックと契約し、映画の楽曲も手がけるなどメジャーに活躍の場を移している。
今回は便宜的に英語で歌うバンドと、マラヤーラム語で歌う地元の伝統音楽の要素が強いバンドに分けて紹介したが、多くのバンドが英語と地元言語の両方を取り入れているし、ロック色の強いバンドでもケーララの伝統要素が顔を出すことが少なからずある。
ケーララの音楽シーンでは「伝統/ローカル」から「モダン/西洋」までがグラデーションのように分け目なく繋がっているといった印象。
ここまで強いローカル文化の影響というのは、デリーやムンバイやバンガロールのような都市部では見ることのできないケーララならではの特徴だ。
なぜここまでケーララでロックが盛んなのかという疑問を持つ人は他にもいるようで、質問サイトのQuoraでも、同じような質問をしている人がいた。
「なぜケーララには都市文化がないのに、バンドがたくさんいるのか?」
その回答がなかなか興味深かったので、以下にまとめてみたい。
1.ケーララには地元のバンドがたくさんいるし、高い識字率(93%)、インターネット普及率から、海外の音楽に接する機会も多いから。
2.インドに都市文化がないなんてことはなくて、ケーララはインドの中でも発展している州だから(ナイトライフが充実していないとしても、コンサートなんて夜9時に終われば十分)。
3.ケーララ州から海外に出稼ぎにいっている人が多いので、彼らが海外の音楽や文化を持って帰ってくるから。
4.若者たちが新しい文化を取り入れることに積極的だから。
5.インターネットだけでなく、テレビの普及率も高く、地元メディアで音楽が取り上げられることも多いから(Youtubeでもケーララのテレビ局、Kappa TVのMusic Mojoという番組が見られるが、相当な数の個性的なミュージシャンを紹介している)。
6.他の州に比べて、ダンスよりも音楽(歌手とか)に注目する傾向があるから。
いずれもなるほどと頷けるものばかりだ。
ほとんどが現地のインド人による回答なので、おそらく正しい答えと言ってよいのだろう。
3について補足すると、ケーララ州は教育に力を入れ優秀な人材を多く輩出しているものの、週内に大きな都市や産業がないため、他の州や海外に出稼ぎに行く人が多いという背景があることを表している。
今回紹介した13AD(Ground Zero)がドバイに、Black Lettersがバンガロールに拠点を移したのも、より大きなマーケットを求めてのことだろう。
また、個人的に気になったのが1.
高い識字率やインターネット普及率から、海外のバンドに接する機会が多いというのも、地元にすでに多くのバンドがいるので、ローカルのシーンに接する機会が多いというのも分かる。
では、そのもとからいる地元のバンドたちは、どうして音楽を始めることになったのか。
パイオニアとなったバンドが結成された時点では、地元のバンドはいなかったはずだし、インターネットもなかったはずだ。
ここから先は完全に筆者の想像だが、ケーララ州がキリスト教文化の強い土地であるということが影響しているのではないだろうか。
以前も紹介した通り、キリスト教徒の割合は、インド全体では2%程度だが、ケーララ州では20%にものぼる。
しかも、ケーララ州は大航海時代にポルトガルやスペインによって伝えらえるはるか以前、1世紀に聖トマスによってキリスト教が伝えられたとされるほどにキリスト教の伝統の根強い土地だ。
ケーララ同様に、大都市を擁さないにもかかわらず、ロックやメタルが盛んな北東部も、クリスチャンの割合が高い地域だというのは何度も書いている通り。
セブン・シスターズ・ステイトと呼ばれる北東部7州のキリスト教徒の割合は、ケーララ同様20%を占め、ナガランド州やミゾラム州ではキリスト教徒の割合は9割にも達する。
(ただし、インド北東部ではカトリックが多いケーララとは異なり、プロテスタントの割合が高いという特徴がある)
こうした背景から、同じキリスト教文化圏である欧米の文化への親和性がより高くても不思議はない。
現に、名前を見る限り、ケーララのロックのパイオニア13ADはメンバー全員がクリスチャンのようだし、ベテランのMotherjaneも4人中2人がクリスチャンだ。
キリスト教文化のバックグラウンドや、高い教育水準や識字率、インターネット環境、リベラルな意識といった複合的な要素がケーララ州でこれだけ多くのロックバンドを育んでいるのだろう。
最後に、そんなケーララの多様性を美しく歌ったThaikkudam Bridgeの楽曲"One"を。
ケララの自然や文化を美しくとらえたビデオがとても印象的だ。
素朴な漁村、屈託のない笑顔、手つかずの自然、さまざまな信仰と豊かな文化。
これを見たらケーララに行きたくなること請け合いの素晴らしいビデオだ。
というわけで、今回はケーララのロックシーンを特集してみました。
またいずれ同じように地域ごとのシーンを切り取った記事も書いてみたいと思います。
それでは!
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2018年01月17日
Rolling Stone Indiaが選ぶ2017年ベストミュージックビデオ10選(後編)
前回の続きです。
Rolling Stone Indiaが選ぶ2017年のベストビデオ10選、今日は6位から10位を紹介!
このへんになるとなんか思わせぶりなアートっぽい?のが目立ってくる。
6. Sandunes: “Does Bombay Dream of NOLA” ムンバイ エレクトロニカ
叙情的なエレクトロニカに白黒のアニメ。
ニューオリンズの神秘主義(ヴードゥーみたいなやつか?)に基づいた世界観を表しているそう。
このサウンドにニューオリンズと来たか。
いろんなところから玉が飛んでくるな…。
7. Thaikkudam Bridge: “Inside My Head” コチ ロック
Thaikkudam Bridgeはいつかきちんと紹介しようと思っていたケララ出身のヘヴィーロックバンドで、これはいつもはマラヤラム語で歌っている彼らが英語で歌った一曲。
普段はもっとインドっぽい歌い回しが目立つバンドなんだけど、英語だと洋楽的メロディーラインが際立ってくるね。
使用言語によるメロディーラインへの影響ってのはインドの現代音楽の興味深いテーマかもしれない。
インドの言語で洋楽的メロディーっていうのは有りでも(3位のThe Local Train然り)、逆はまずないっていう。
あまりにも唐突な内容の映像だったので、思わず3回くらい見ちゃったのだけど、ジャングルを舞台にしたストーリーで登場人物は以下の4人。
男A:ジャングルの中を徘徊する若い男
男B:ナイフを持った男。男Aを見つけて尾行する
男C:毒蛇に首を咬まれた男
男D:男Cの連れ。なんとかして手当てをしないとって状況
4人とも、どうしてジャングルの中にいるのかとか、どういった関係なのかとかいったことは一切示されない。こういうの不条理っていうの?不親切っていうの?
この4人が極限的状況で、助け合ったり裏切ったり、といった内容のミュージックビデオ。
なかなか日本のバンドではできないセンスではある。
確かにプレデターみたいな密林の映像は緊張感があるし、密室劇的な面白さや、人間存在の本質を深く洞察した哲学的な部分(とか言ってみた)はあるかもだけど、いったい何?何故?という疑問は最後まで拭えず。
うーむ。深いのか、何なのか。
8. Black Letters: “Falter” バンガロール ロック
曲はアンビエント調だけど、自称オルタナティヴロックバンドということで、ジャンルはロックにしてみた。
海、人、魚の叙情的な映像だが、内陸部のバンドらしく海なのに魚は淡水魚(金魚)っていうこだわりの無さっぷりが気にならないこともない。
9. When Chai Met Toast: “Fight” コチ ロック
こちらもケララ出身のロックバンドで、曲によってはバンジョーが入る曲なんかもあって、無国籍な感じのポップをやっている。
映画にしろ何にしろ、インドの男性観ってマッチョだけどナイーヴという先入観があったのだけど、最近の音楽をやってる人たちだとこういうポップな感じもアリになってきたのか。
このビデオ、映像のセンスに関しては、なんとなくバンドブーム頃〜90年代初期の日本のバンドっぽいテイストって気もするなあ。
10. Chaos: “All Against All” ティルヴァナンタプラム スラッシュメタル
またケララ!そしてメタル!
このバンド名にしてこの曲名!
映像は泥の中で大勢の男たちがぶつかり合い、その近くで演奏するバンド!
無意味にビックリマークを多用してしまったが、理屈は抜きにしてメタルだぜこんちくしょう!っていう感じだけは強烈に伝わってくるじゃないですか。
この楽曲に合わせてどんなビデオを撮ろうかっていう打ち合わせの席で、「泥の中、100人くらいのほぼ裸の男達が左右から走ってきて、ぶつかり合い、取っ組み合うってのはどうでしょう?」「いいねー」っていうやり取りがあったんだろうか。
ちょと出オチ感のある内容ではある(途中で夜になったりはするけど)
はい、というわけで、今日は6位から10位までを見てみました。
こうやって続けて見てみると、やっぱりこれも媒体(Rolling Stone India)の特質なのかもだけど、極力インドっぽさを排した無国籍風な映像の作品が目立つという印象がする。
かつアーティスティックで内省的な作品ももてはやされる傾向があるんだな、と思いました。
イギリスからの独立後も、高級とされる場所だと英語こそが公用語っていう風潮のあったインドではあるけれども、こういうポップカルチャーの分野でも、非ドメスティックなものが高尚な趣味、みたいな、脱亜入欧って感じの価値観があるのかもしれない。
人様が作って、人様が選んだビデオを見ながら言いたいこと言ってアタクシはいったい何様なんでしょう?という気がしなくもないですが、ま、そんなことを思った次第でございます。