SumeetBlue
2020年06月11日
インドに共鳴する#BlackLivesMatter ダリットやカシミール、少数民族をめぐる運動
今さら言うまでもないことだが、米ミネアポリスでアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさんが警察官の過剰な暴力によって命を落としたことに端を発する抗議運動が、世界中に広がっている。
この運動は、もはや個別の事件への抗議運動ではなく、社会構造に組み込まれた差別や格差全体に対する抗議であるとか、過激な反ファシスト活動家たちが暴力的な行動を引き起こしているとか、いや、じつは暴力行為の引き金を引いているのは彼らを装った白人至上主義団体だ、とか、さまざまな議論が行われているが、すでに詳しく報じている媒体も多いので、ここでは割愛する。
アフリカ系アメリカ人のみならず、多くの人種や国籍の人々が、SNS上で#BlackLivesMatterというハッシュタグを使い、軽視される黒人の命を大切にするよう訴えていることも周知の通りだ。
この 'Black Lives Matter'(BLM)は、2013年に黒人少年が白人自警団員に射殺された事件をきっかけに生まれスローガンで、その後も同様の事件が起こるたびに、'BLM'ムーブメントは大きなうねりを巻き起こしており、インドでも、多くの著名人がBLMへの共感を表明している。
それにともなってソーシャルメディア上で目につくようになってきたのが、#DalitLivesMatterというハッシュタグだ。
ダリット(Dalit. ダリトとも)とは、南アジアでカースト制度の最下層の抑圧された人々のこと。
動物の死体の処理や、皮革工芸、清掃、洗濯など「汚れ」を扱う仕事を生業としてきた彼らの存在は、カースト制度の枠外に位置付けられた「アウトカースト」と呼ばれたり、触れたり視界に入ったりするだけで汚れるとされて'Untouchable'(「不可触民」と訳される)と呼ばれるなど、激しい差別の対象となってきた。
インドの憲法はカースト制度もそれに基づく差別も禁じているが、今日に至るまで、苛烈なカースト差別に起因する殺人や暴力はあとを絶たない。
ソーシャルメディア上では、#DalitLivesMatterのハッシュタグとともに、実際に起きたダリット迫害事件のニュースがシェアされたり、「インドのセレブリティーはBLMに対する共感を表明するなら、自国内の差別問題にも真摯に取り組むべきだ」という痛烈な意見が述べられたり、さまざまな情報発信が行われている。
ダリットに対する差別反対と地位向上を訴えているオディシャ州出身のラッパーのSumeet Blueも、#DalitLivesMatterを使用している一人だ。
彼はソーシャルメディアを通じて、ネパールのダリットが石を投げられて殺されたことや、貧しさゆえにオンライン授業にアクセスできなかったケーララ州のダリットの少女が自ら命を絶ったことなど、厳しい現実を発信し続けている。
彼のリリックのテーマもまたダリットの地位向上であり、この"Blue Suit Man"では、「ダリット解放運動の父」アンベードカル博士をラップで讃えている。
アンベードカルはダリットとして様々な差別を受けながら、猛勉強をして大学に進み、ヴァドーダラー君主による奨学金を得てコロンビア大学に留学し、のちにインド憲法を起草して初代法務大臣も務めた人物である。
晩年、彼はヒンドゥー教こそがカースト制度の根源であるという考えから、50万人もの同朋とともに仏教に改宗し、ダリット解放とインドにおける仏教復興運動の両方で大きな役割を果たした。
彼は青いスーツを好んで着用していたことで知られ、今日では青はダリット解放運動を象徴する色となっている。(これとは別に、青は空や海のように境界がないことを表しているという説も聞いたことがある)
インド各地に目を向けると、ヒップホップとタミルの伝統音楽を融合したCasteless Collectiveや、自らの出自である皮革工芸カーストの名を冠したチャマール・ポップ(Chamar Pop)を歌う女性シンガーGinni Mahiなどが、音楽を通して反カーストやダリットの地位向上のためのメッセージを発信しつづけている。
ダリット以外のインドの人々にも、BLMムーブメントは影響を与えている。
#KashmiriLivesMatterは、長く独立運動や反政府運動が続き、それに対する苛烈な弾圧で罪のない人々の自由や命が奪われ続けているカシミールへの共感を表明するハッシュタグだ。
カシミール出身のラッパーAhmerは、自由を求める政治的/社会的な主張を発信しているレゲエアーティストのDelhi Sultanateとコラボレーションした新曲"Zor"を6月9日にリリースした。
(ただし、彼らが#KashmiriLivesMatterのハッシュタグを使用していることは確認できなかった。彼の曲を聴けば、同じテーマを扱っていることは分かるのだが)。
カシミール地方は、昨年、中央政府によって自治権を持った州から直轄領へと変更になったばかりであり、その反対運動を抑えるために、外出禁止やインターネットの遮断といった事実上の戒厳令下に置かれていた。
こうした状況のもとで、圧制に反発し、カシミール人を鼓舞する楽曲をリリースするということは、かなり勇気のいる行動だと思うが、なんとしても訴えたい現実があるのだろう。
カシミールのラッパーによる意見表明は今回が初めてではない。
同じくカシミール出身のラッパーMC Kashは、2010年に、抑圧され続けるカシミールの現状に抗議する"I Protest"をリリースしている。
この曲のタイトルは、大きな共感を呼び起こし、ハッシュタグ'#IProtest'として、インド社会を中心に広く拡散し、カシミールの住民への弾圧に反対する人々の合い言葉となった。
Delhi SultanateやMC Kashについては、以前こちらの記事で詳しく紹介している。
#DalitLivesMatterや#KashmiriLivesMatterは、BLMに比べれば、大きな盛り上がりになっているとは言えないかも知れないが、社会構造の中で抑圧された人々をめぐる運動が国境を超えてインスパイアされているということを示す象徴的な事例と言うことができるだろう。
マイノリティの権利獲得/地位向上のための運動としての歴史が長いアフリカ系アメリカ人のムーブメントは、訴求力の高い彼らの音楽とともに、様々なマイノリティ運動に活力を与えているのだ。
もうひとつ事例を紹介したい。
2017年に米ラッパーのJoyner Lucasが発表した"I'm not Racist"は、今回のBLMムーブメントとともに再び注目されている楽曲だが、白人による無理解に基づく偏見と、それに対する黒人からの言い分というこの曲の構成を、インドに置き換えて「リメイク」したラッパーがいる。
まずは、オリジナル版を見てみよう。
オディシャ州出身の日印ハーフのラッパー、Big Dealは、その東アジア人的な見た目を理由に幼少期に差別を受けた経験を持っており、そのことから、彼によく似た外見を持ち、マイノリティーとして差別の対象となっているインド北東部の人々の心情に寄り添った楽曲を発表している。
インドのメインランド(アーリア系やドラヴィダ系の人種がマジョリティであるインド主要部)の人々から「お前は本当にインド人なのか?」と蔑まれるインド北東部出身者の状況をラップした"Are You Indian"がその曲である。
さまざまな人々がリップシンクしているが、"I'm Not Racist"同様に、実際は全てのヴァースをBig Dealがラップしている。
この曲の前半では、メインランドの典型的インド人から、北東部出身者の見た目や習慣に関する偏見に基づいた差別的な非難が繰り広げられる。
後半のヴァースでは、それに対して、北東部出身者から、彼らも同じインド人であること、彼らの中にも多様性があるということ、マイノリティーとして抑圧されてきたこと、差別的な考えはインド独立前のイギリス人と同様で恥ずべきものであることなどという反論が行われる。
リリックの詳細はこちらの記事に詳しく訳してあるので、興味があればぜひ読んでみてほしい。
Big Dealはつい先日も、コロナウイルスの発生源とされる中国人に似た見た目の北東部出身者がコロナ呼ばわりされることに抗議する曲をリリースしており、さながら北東部の人々の心情をラップで代弁するスポークスマンのような役割を果たしている。
#DalitLivesMatterや#KashmiriLivesMatter(インドに限ったものではないが、#MuslimLivesMatterというものもある)は、#BlackLivesMatterが黒人の命だけを特別扱いするものだとして起こった#AllLivesMatter(黒人の置かれた状況を無視した話題のすり替えであり、マジョリティである白人の特権性に無自覚な表現だと批判された)とは全く異なるものだ。
インドにおけるこうしたムーブメントは、BLMのスローガンである'None of us are free, until all of us are free'をローカライズしたものだと言うことができるろう。
オリジナルのBLMをリスペクト、サポートするだけではなく、インドの社会問題にも想いを寄せるとともに、日本を含めた世界中に様々な形で存在している差別や偏見についても、改めて考えるきっかけとしたい。
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2019年10月01日
インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ!
先日インドの新進英語ラッパーのSmokey The GhostとTienasを紹介したときに、ここらで一度インドの英語ラッパーたちを総括してみたくなったので、今回は「インドの英語ラップ/ヒップホップまとめ」をお届けします。
アメリカのヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにも、きっと馴染みやすいはずの英語ラップ。
様々なスタイルのアーティストがいるので、きっとお気に入りが見つかるはず。
それではさっそく始めます。
今回あらためていろいろ聴いてみて気づいたのは、インドの英語ラッパーたちは、どうやらいくつかのタイプに分類することができるということ。
まず最初に紹介するのは、アメリカのヒップホップにあまりに大きな影響を受けたがゆえに、地元言語ではなく英語でラップすることを選んだ第一世代のヒップホップ・アーティストたちから。
インドのラップミュージックは、90年代から00年代に、在英パンジャーブ系インド人から巻き起こったバングラー・ビートが逆輸入され、第一次のブームを迎えた。
アメリカのヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにも、きっと馴染みやすいはずの英語ラップ。
様々なスタイルのアーティストがいるので、きっとお気に入りが見つかるはず。
それではさっそく始めます。
今回あらためていろいろ聴いてみて気づいたのは、インドの英語ラッパーたちは、どうやらいくつかのタイプに分類することができるということ。
まず最初に紹介するのは、アメリカのヒップホップにあまりに大きな影響を受けたがゆえに、地元言語ではなく英語でラップすることを選んだ第一世代のヒップホップ・アーティストたちから。
インドのラップミュージックは、90年代から00年代に、在英パンジャーブ系インド人から巻き起こったバングラー・ビートが逆輸入され、第一次のブームを迎えた。
(今回は便宜的に彼らはヒップホップではないものとして扱う)
2010年前後になると、衛星放送やインターネットの普及によって、今度はアメリカのヒップホップに直接影響を受けたラッパーたちがインドに出現しはじめる。
バングラー・ビートとは、パンジャーブ地方の伝統音楽バングラーに現代的なダンスビートを取り入れたもの。
全盛期にはPanjabi MCがJay Zとコラボレーションした"Mundian Bach Ke"がパンジャービー語にもかかわらず全世界的なヒットとなるなど、バングラーはインドやインド系ディアスポラのみならず、一時期世界中で流行した。
全盛期にはPanjabi MCがJay Zとコラボレーションした"Mundian Bach Ke"がパンジャービー語にもかかわらず全世界的なヒットとなるなど、バングラーはインドやインド系ディアスポラのみならず、一時期世界中で流行した。
バングラー・ビートにはインドっぽいフロウのラップが頻繁に取り入れられ、流行に目ざといインドの映画産業に導入されると、バングラー・ラップは一躍インドのメインストリームの一部となった。
その後、バングラーはEDMやレゲトンとも融合し、独特の発展を遂げる。
インドのエンターテイメント系ラッパーの曲が、アメリカのヒップホップとは全く異なるサウンドなのは、こうした背景によるものだ。
2010年前後になると、衛星放送やインターネットの普及によって、今度はアメリカのヒップホップに直接影響を受けたラッパーたちがインドに出現しはじめる。
彼らがまず始めたのは、アメリカのラッパーたちを真似て英語でラップすることだった。
2013年にリリースされたDivineの初期の代表曲"Yeh Mera Bombay"の2番のヴァース(1:15〜)は英語でラップされていることに注目。
インド伝統音楽の影響を感じさせるビートは典型的なガリーラップのもの。
英語ラッパーとしてキャリアをスタートさせた彼らは、自分自身のサウンドと、よりリアルなコトバを求めて、母語でラップする道を選んだのだ。
かつてDivineが在籍していたヒップホップクルー、Mumbai's Finestも、現在はヒンディーでラップすることが多いが、この楽曲では、オールドスクールなビートに合わせて英語ラップを披露している。
もろに80年代風のサウンドは、とても2016年にリリースされた楽曲とは思えないが、インドのラッパーたちは、不思議とリアルタイムのアメリカのヒップホップよりも、古い世代のサウンドに影響を受けることが多いようだ。
このサウンドにインドの言語が似合わないことは容易に想像でき、このオールドスクールなトラックが英語でラップすることを要求したとも考えられる。
ラップ、ダンス、スケートボードにBMXと、ムンバイのストリート系カルチャーの勢いが感じられる1曲だ。
こちらはムンバイのヒップホップ/レゲエシーンのベテラン、Bombay Bassmentが2012年にリリースした"Hip Hop Never Be The Same".
生のドラムとベースがいるグループは珍しい。
もっとも、彼らの場合は、フロントマンのBob Omulo a.k.a. Bobkatがケニア人であるということが英語でラップする最大の理由だとは思うが。
英語でラップしながらも、インド人としてのルーツを大事にしているアーティストもいる。
その代表格が、カリフォルニアで生まれ育った米国籍のラッパー、Raja Kumariだ。
彼女は歌詞や衣装にインドの要素を取り入れるだけでなく、英語でラップするときのフロウやリズムにも、幼い頃から習っていたというカルナーティック音楽を直接的に導入している。
インド伝統音楽の影響を感じさせるビートは典型的なガリーラップのもの。
英語ラッパーとしてキャリアをスタートさせた彼らは、自分自身のサウンドと、よりリアルなコトバを求めて、母語でラップする道を選んだのだ。
かつてDivineが在籍していたヒップホップクルー、Mumbai's Finestも、現在はヒンディーでラップすることが多いが、この楽曲では、オールドスクールなビートに合わせて英語ラップを披露している。
もろに80年代風のサウンドは、とても2016年にリリースされた楽曲とは思えないが、インドのラッパーたちは、不思議とリアルタイムのアメリカのヒップホップよりも、古い世代のサウンドに影響を受けることが多いようだ。
このサウンドにインドの言語が似合わないことは容易に想像でき、このオールドスクールなトラックが英語でラップすることを要求したとも考えられる。
ラップ、ダンス、スケートボードにBMXと、ムンバイのストリート系カルチャーの勢いが感じられる1曲だ。
こちらはムンバイのヒップホップ/レゲエシーンのベテラン、Bombay Bassmentが2012年にリリースした"Hip Hop Never Be The Same".
生のドラムとベースがいるグループは珍しい。
もっとも、彼らの場合は、フロントマンのBob Omulo a.k.a. Bobkatがケニア人であるということが英語でラップする最大の理由だとは思うが。
英語でラップしながらも、インド人としてのルーツを大事にしているアーティストもいる。
その代表格が、カリフォルニアで生まれ育った米国籍のラッパー、Raja Kumariだ。
彼女は歌詞や衣装にインドの要素を取り入れるだけでなく、英語でラップするときのフロウやリズムにも、幼い頃から習っていたというカルナーティック音楽を直接的に導入している。
ヒップホップの本場アメリカで育った彼女が、アフリカ系アメリカ人の模倣をするのではなく、自身のルーツを強く打ち出しているのは興味深い。
これはインド国内または海外のディアスポラ向けの演出という面もあるかもしれないが、自分のコミュニティをレペゼンするというヒップホップ的な意識の現れでもあるはずだ。
2:41頃からのラップに注目!
スワヒリ語のチャントをトラックに使ったこの楽曲でも、彼女のラップのフロウにはどこかインドのリズムが感じられる。
Gwen StefaniやFall Out Boyなど多くのアーティストに楽曲提供し、グラミー賞にもノミネートされるなど、アメリカでキャリアを築いてきた彼女も、最近はインドのヒップホップシーンの成長にともない、活動の拠点をインド(ムンバイ)に移しつつある。
バンガロールのラッパーBrodha Vは、かなりEminemっぽいフロウを聴かせるが、楽曲のテーマはなんとヒンドゥー教のラーマ神を讃えるというもの。
英語のこなれたラップから一転、サビでヒンドゥーの賛歌になだれ込む展開が聴きどころ。
この曲は同郷のスーフィー・ロックバンドAlifと共演したもの。
あまりにも過酷な環境下での団結を綴ったリリックは真摯かつヘヴィーだ。
彼もまた、世界中に自分の言葉を届けるためにあえて英語でラップしていると公言しているラッパーの一人だ。
政治的な主張を伝えるために英語を選んでいるラッパーといえば、デリーのSumeet BlueことSumeet Samosもその一人。
彼のリリックのテーマは、カースト差別への反対だ。
インドの被差別階級は、ヒンドゥーの清浄/不浄の概念のなかで、接触したり視界に入ることすら禁忌とされる「不可触民」として差別を受けてきた(今日では被差別民を表す「ダリット」と呼ばれることが多い)。
Sumeetのラップは、その差別撤廃のために尽力したインド憲法起草者のアンベードカル博士の思想に基づくもので、彼のステージネームの'Blue'は、アンベードカルの平等思想のシンボルカラーだ。
探せばもっといると思うが、さしあたって思いつく限りのインドの英語ラッパーを紹介してみた。
インドのヒップホップシーンはまだまだ発展途上だが、同じ南アジア系ラッパーでは、スリランカ系英国人のフィーメイルラッパーM.I.A.のようにすでに世界的な評価を確立しているアーティストもいる。
2:41頃からのラップに注目!
スワヒリ語のチャントをトラックに使ったこの楽曲でも、彼女のラップのフロウにはどこかインドのリズムが感じられる。
Gwen StefaniやFall Out Boyなど多くのアーティストに楽曲提供し、グラミー賞にもノミネートされるなど、アメリカでキャリアを築いてきた彼女も、最近はインドのヒップホップシーンの成長にともない、活動の拠点をインド(ムンバイ)に移しつつある。
バンガロールのラッパーBrodha Vは、かなりEminemっぽいフロウを聴かせるが、楽曲のテーマはなんとヒンドゥー教のラーマ神を讃えるというもの。
英語のこなれたラップから一転、サビでヒンドゥーの賛歌になだれ込む展開が聴きどころ。
「若い頃はお金もなく悪さに明け暮れていたが、ヒップホップに出会い希望を見出した俺は、目を閉じてラーマに祈るんだ」といったリリックは、クリスチャン・ラップならぬインドならではのヒンドゥー・ラップだ。
最近インドでも増えてきたJazzy Hip Hop/Lo-Fi Beats/Chill Hopも、英語ラッパーが多いジャンルだ。
Brodha Vと同じユニットM.W.A.で活動していたSmokey The Ghostは、アメリカ各地のラッパーたちがそれぞれの地方のアクセントでラップしているのと同じように、あえて南インド訛りの英語でラップするという面白いこだわりを見せている。
新世代ラッパーの代表格Tienasもまたインドのヒップホップシーンの最先端を行くアーティストの一人。
こうした音楽性のヒップホップは、急速に支持を得ている「ガリーラップ」(インドのストリート・ラップ)のさらなるカウンターとして位置付けられているようだ。
この音楽性でとくに実力を発揮するトラックメーカーが、デリーを拠点に活動するSez On The Beatだ。
Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストアルバムTop10にも選ばれたEnkoreのBombay Soulも彼のプロデュースによるものだ。
ところどころに顔を出すインド風味も良いアクセントになっている。
一般的には後進地域として位置付けられているジャールカンド州ラーンチーのラッパーTre Essも突然変異的に同様の音楽性で活動しており、地元の不穏な日常を英語でラップしている。
セカンド・ヴァースのヒンディー語はムンバイのラッパーGravity.
この手のアーティストが英語でラップするのは、彼らのリリカルなサウンドに、つい吉幾三っぽく聞こえてしまうヒンディー語のラップが合わないという理由もあるのではないかと思う。
こうした傾向のラッパーの極北に位置付けられるアーティストがHanumankindだ。
彼のリリックには日本のサブカルチャーをテーマにした言葉が多く、この曲のタイトルはなんと"Kamehameha"。
あのドラゴンボールの「かめはめ波」だ。
アニメやゲームといったテーマへの興味は、チルホップ系サウンドの伝説的アーティストであり、アニメ『サムライ・チャンプルー』のサウンドトラックも手がけた故Nujabesの影響かもしれない。
ラッパーたちが育ってきた環境や地域性が、英語という言語を選ばせているということもありそうだ。
ゴア出身のフィーメイル・ラッパーのManmeet Kaur(彼女自身はパンジャービー系のようだが)は、地元についてラップした楽曲で、じつに心地いい英語ラップを披露している。
ゴアはインドのなかでもとりわけ欧米の影響が強い土地だ。
彼女にとっては、話者数の少ないローカル言語(コンカニ語)ではなく、英語でラップすることがごく自然なことなのだろう。
のどかな田園風景をバックに小粋な英語ラップで地元をレペゼンするなんて、インド広しと言えどもゴア以外ではちょっとありえない光景。
欧米目線の「ヒッピーの聖地」ではない、ローカルの視点からのゴアがとても新鮮だ。
生演奏主体のセンスの良いトラックにもゴアの底力を感じる。
バンガロールもまた英語ラッパーが多い土地だ。
日印ハーフのBig Dealは、インド東部のオディシャ州の出身だが、バンガロールを拠点にラッパーとしてのキャリアを築いている。
彼自身はマルチリンガル・ラッパーで、故郷の言語オディア語(彼は世界初のオディア語ラッパー!)やヒンディー語でラップすることもあるが、基本的には英語でラップすることが多いアーティストだ。
彼の半生を綴った代表曲"One Kid"でも、インドらしさあふれるトラックに乗せて歯切れの良い英語ラップを披露している。
オディシャ州にはムンバイやバンガロールのような大都市がなく、彼が英語でラップする理由は、オディア語のマーケットが小さいという理由もあるのだろう。
それでも、彼はオディシャ人であることを誇る"Mu Heli Odia"や、母への感謝をテーマにした"Bou"のような、自身のルーツに関わるテーマの楽曲では、母語であるオディア語でラップすることを選んでいる。
モンゴロイド系の民族が多く暮らす北東部も、地域ごとに独自の言語を持っているが、それぞれの話者数が少なく、またクリスチャンが多く欧米文化の影響が強いこともあって、インドのなかでとくに英語話者が多い地域だ。
北東部メガラヤ州のシンガーMeba Ofiriaと、同郷のラップグループKhasi Bloodz(Khasiはメガラヤに暮らす民族の名称)のメンバーBig Riが共演したこのDone Talkingは、2018年のMTV Europe Music AwardのBest Indian Actにも選出された。
典型的なインドらしさもインド訛りも皆無のサウンドは、まさに北東部のスタイルだ。
同じくインド北東部トリプラ州のBorkung Hrankhawl(a.k.a. BK)は、ヒップホップではなくロック/EDM的なビートに合わせてラップする珍しいスタイルのアーティスト。
トリプラ人としての誇りをテーマにすることが多い彼の夢は大きく、グラミー賞を受賞することだという。
彼はが英語でラップする理由は、インドじゅう、そして世界中をターゲットにしているからでもあるのだろう。
北東部のラッパーたちは、マイノリティであるがゆえの差別に対する抗議をテーマにすることが多い。
アルナーチャル・プラデーシュ州のK4 Kekhoやシッキム州のUNBが、差別反対のメッセージを英語でラップしているが、そこには、より多くの人々に自分のメッセージを伝えたいという理由が感じられる。
インド独立以降、インド・パキスタン両国、そしてヒンドゥーとイスラームという二つの宗教のはざまでの受難が続くカシミールのMC Kashも、英語でラップすることを選んでいる。
最近インドでも増えてきたJazzy Hip Hop/Lo-Fi Beats/Chill Hopも、英語ラッパーが多いジャンルだ。
Brodha Vと同じユニットM.W.A.で活動していたSmokey The Ghostは、アメリカ各地のラッパーたちがそれぞれの地方のアクセントでラップしているのと同じように、あえて南インド訛りの英語でラップするという面白いこだわりを見せている。
新世代ラッパーの代表格Tienasもまたインドのヒップホップシーンの最先端を行くアーティストの一人。
こうした音楽性のヒップホップは、急速に支持を得ている「ガリーラップ」(インドのストリート・ラップ)のさらなるカウンターとして位置付けられているようだ。
この音楽性でとくに実力を発揮するトラックメーカーが、デリーを拠点に活動するSez On The Beatだ。
Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストアルバムTop10にも選ばれたEnkoreのBombay Soulも彼のプロデュースによるものだ。
ところどころに顔を出すインド風味も良いアクセントになっている。
一般的には後進地域として位置付けられているジャールカンド州ラーンチーのラッパーTre Essも突然変異的に同様の音楽性で活動しており、地元の不穏な日常を英語でラップしている。
セカンド・ヴァースのヒンディー語はムンバイのラッパーGravity.
この手のアーティストが英語でラップするのは、彼らのリリカルなサウンドに、つい吉幾三っぽく聞こえてしまうヒンディー語のラップが合わないという理由もあるのではないかと思う。
こうした傾向のラッパーの極北に位置付けられるアーティストがHanumankindだ。
彼のリリックには日本のサブカルチャーをテーマにした言葉が多く、この曲のタイトルはなんと"Kamehameha"。
あのドラゴンボールの「かめはめ波」だ。
アニメやゲームといったテーマへの興味は、チルホップ系サウンドの伝説的アーティストであり、アニメ『サムライ・チャンプルー』のサウンドトラックも手がけた故Nujabesの影響かもしれない。
ラッパーたちが育ってきた環境や地域性が、英語という言語を選ばせているということもありそうだ。
ゴア出身のフィーメイル・ラッパーのManmeet Kaur(彼女自身はパンジャービー系のようだが)は、地元についてラップした楽曲で、じつに心地いい英語ラップを披露している。
ゴアはインドのなかでもとりわけ欧米の影響が強い土地だ。
彼女にとっては、話者数の少ないローカル言語(コンカニ語)ではなく、英語でラップすることがごく自然なことなのだろう。
のどかな田園風景をバックに小粋な英語ラップで地元をレペゼンするなんて、インド広しと言えどもゴア以外ではちょっとありえない光景。
欧米目線の「ヒッピーの聖地」ではない、ローカルの視点からのゴアがとても新鮮だ。
生演奏主体のセンスの良いトラックにもゴアの底力を感じる。
バンガロールもまた英語ラッパーが多い土地だ。
日印ハーフのBig Dealは、インド東部のオディシャ州の出身だが、バンガロールを拠点にラッパーとしてのキャリアを築いている。
彼自身はマルチリンガル・ラッパーで、故郷の言語オディア語(彼は世界初のオディア語ラッパー!)やヒンディー語でラップすることもあるが、基本的には英語でラップすることが多いアーティストだ。
彼の半生を綴った代表曲"One Kid"でも、インドらしさあふれるトラックに乗せて歯切れの良い英語ラップを披露している。
オディシャ州にはムンバイやバンガロールのような大都市がなく、彼が英語でラップする理由は、オディア語のマーケットが小さいという理由もあるのだろう。
それでも、彼はオディシャ人であることを誇る"Mu Heli Odia"や、母への感謝をテーマにした"Bou"のような、自身のルーツに関わるテーマの楽曲では、母語であるオディア語でラップすることを選んでいる。
モンゴロイド系の民族が多く暮らす北東部も、地域ごとに独自の言語を持っているが、それぞれの話者数が少なく、またクリスチャンが多く欧米文化の影響が強いこともあって、インドのなかでとくに英語話者が多い地域だ。
北東部メガラヤ州のシンガーMeba Ofiriaと、同郷のラップグループKhasi Bloodz(Khasiはメガラヤに暮らす民族の名称)のメンバーBig Riが共演したこのDone Talkingは、2018年のMTV Europe Music AwardのBest Indian Actにも選出された。
典型的なインドらしさもインド訛りも皆無のサウンドは、まさに北東部のスタイルだ。
同じくインド北東部トリプラ州のBorkung Hrankhawl(a.k.a. BK)は、ヒップホップではなくロック/EDM的なビートに合わせてラップする珍しいスタイルのアーティスト。
トリプラ人としての誇りをテーマにすることが多い彼の夢は大きく、グラミー賞を受賞することだという。
彼はが英語でラップする理由は、インドじゅう、そして世界中をターゲットにしているからでもあるのだろう。
北東部のラッパーたちは、マイノリティであるがゆえの差別に対する抗議をテーマにすることが多い。
アルナーチャル・プラデーシュ州のK4 Kekhoやシッキム州のUNBが、差別反対のメッセージを英語でラップしているが、そこには、より多くの人々に自分のメッセージを伝えたいという理由が感じられる。
インド独立以降、インド・パキスタン両国、そしてヒンドゥーとイスラームという二つの宗教のはざまでの受難が続くカシミールのMC Kashも、英語でラップすることを選んでいる。
この曲は同郷のスーフィー・ロックバンドAlifと共演したもの。
あまりにも過酷な環境下での団結を綴ったリリックは真摯かつヘヴィーだ。
彼もまた、世界中に自分の言葉を届けるためにあえて英語でラップしていると公言しているラッパーの一人だ。
政治的な主張を伝えるために英語を選んでいるラッパーといえば、デリーのSumeet BlueことSumeet Samosもその一人。
彼のリリックのテーマは、カースト差別への反対だ。
インドの被差別階級は、ヒンドゥーの清浄/不浄の概念のなかで、接触したり視界に入ることすら禁忌とされる「不可触民」として差別を受けてきた(今日では被差別民を表す「ダリット」と呼ばれることが多い)。
Sumeetのラップは、その差別撤廃のために尽力したインド憲法起草者のアンベードカル博士の思想に基づくもので、彼のステージネームの'Blue'は、アンベードカルの平等思想のシンボルカラーだ。
探せばもっといると思うが、さしあたって思いつく限りのインドの英語ラッパーを紹介してみた。
インドのヒップホップシーンはまだまだ発展途上だが、同じ南アジア系ラッパーでは、スリランカ系英国人のフィーメイルラッパーM.I.A.のようにすでに世界的な評価を確立しているアーティストもいる。
英語でラップすることで、彼らのメッセージはインド国内のみならず世界中で評価される可能性も秘めているのだ。
さしあたって彼らの目標は、インドじゅうの英語話者に自身の音楽を届けることかもしれないが、インド人は総じて言葉が達者(言語が得意という意味だけでなく、とにかく彼らは弁がたつ)でリズム感にも優れている。
いずれインドのヒップホップアーティストが、世界的に高い評価を受けたり、ビルボードのチャートにランクインする日が来るのかもしれない。
(今回紹介したラッパーたちのうち、これまでに特集した人たちについてはアーティスト名のところから記事へのリンクが貼ってあります。今回は原則各アーティスト1曲の紹介にしたのですが、それぞれもっと違うテイストの曲をやっていたりもするので、心に引っかかったアーティストがいたらぜひチェックしてみてください)
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いずれインドのヒップホップアーティストが、世界的に高い評価を受けたり、ビルボードのチャートにランクインする日が来るのかもしれない。
(今回紹介したラッパーたちのうち、これまでに特集した人たちについてはアーティスト名のところから記事へのリンクが貼ってあります。今回は原則各アーティスト1曲の紹介にしたのですが、それぞれもっと違うテイストの曲をやっていたりもするので、心に引っかかったアーティストがいたらぜひチェックしてみてください)
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