Spitfire

2021年11月30日

MTV EMA 2021を振り返る Best India ActはDIVINEが受賞!

少し前の話題になるが、今年もMTV Europe Music Award(以下、MTV EMA)が11月15日に開催された(今年の会場はハンガリーのブダペスト)。

主要部門では、最優秀ポップ賞・最優秀グループ賞をBTSが、最優秀アーティスト賞・最優秀楽曲賞をEd Sheeranが、最優秀ビデオ賞をLil Nas Xが受賞したのだが、そのあたりの話は私よりも詳しい人がいくらでもいるだろうからそちらにまかせる。

MTV EMAでは、こうした主要部門以外にも様々なローカルアクトが選出される。
ヨーロッパ各国のアーティストはもちろん、Best Japanese ActとかBest Australian Actみたいに国ごとに選ばれるものもあれば、Best African ActとかBest Caribbean Actみたいに地域単位で選出されるものもある。
このブログが注目するのはもちろんBest India Actということになる。
 (ところでBest Indian ActではなくIndia Actなのは何故だろう)

ちなみに南アジアに関しては、選出されるのはBest India Actのみで、パキスタンやバングラデシュやスリランカのアーティストは対象外のようだ。
イギリスあたりにはパキスタンやバングラデシュ系の人も多いし、国別に選ぶのが難しければ、せめてBest South Asian Actとしても良いのではないかと思うのだが、どうだろうね。

とにもかくにも、今年のMTV EMA Best India Actにノミネートされたのはこの5組だった。


DIVINE


ソロとしては昨年に続いて2度目、2018年にRaja Kumariとのデュエットで選出されたのを含めれば、3回目のノミネートとなる。
DIVINEはこのブログでも何度も紹介しているムンバイのストリートラッパーで、映画『ガリーボーイ』(作中のキャラクターMC Sherのモデルとなった)以降、一躍人気アーティストの座に躍り出た。
2021年の彼は、Netflix制作の映画"The White Tiger"の主題歌となった"Jungle Mantra"や、メタリカのトリビュートアルバム"Blacklist"に収録された"The Unforgiven"などのごく限られたリリースしかなかったので、おそらくこのノミネートは昨年12月に発表されたアルバム"Punya Paap"を評してのものだろう。
このアルバムで、DIVINEはこれまでのストリートラッパーから脱却し、この"3:59AM"や表題曲"Punya Paap"などの内面的なテーマの楽曲や、ボリウッド的パーティーラップの"Mirchi"などの新しい作風に挑戦した。

DIVINEのこれまでについては、こちらから。





Kaam Bhaari x Spitfire x Rākhis

同じくムンバイのラッパーのKaam Bhaariも昨年に続いて2度目のノミネート。
今回はインド中部マディヤ・プラデーシュ州の小都市チャタルプル出身のラッパーのSpitfireと、ビートメーカーRākhisとの共演での選出となった。
この曲は『ガリーボーイ』の主演俳優Ranveer Singhが設立したヒップホップレーベルIncInkからのリリース。
同作にはKaam Bhaariもラッパー役でカメオ出演しており、Spitfireもサウンドトラックに参加している。
Rākhisは先日紹介したビートルズのトリビュートアルバム"Songs Inspired by The Film the Beatles and India"にも参加していたKiss NukaことAnushka Manchandaの兄弟でもある。



Raja Kumari

Raja Kumariはインド系(テルグ系)アメリカ人で、アメリカの音楽シーンでソングライターとして活躍(関わった作品がグラミー賞にノミネートされたこともある)したのち、近年ではラッパー/ソングライターとして拠点をインドに移して活動している。
まだまだ保守的な気風が残るインド育ちの女性にはなかなか出せない、タフな雰囲気が印象的なフィメールラッパーである。
この曲では、彼女のシグネチャースタイルでもあるインド古典音楽のリズムにルーツを持つラップを披露している。
彼女も『ガリーボーイ』に審査員役でカメオ出演しており、偶然かもしれないが今年のヒップホップ系のノミニーは全員『ガリーボーイ』関係者ということになる。
公開後そろそろ3年が経とうとしているが、あの映画がインドの音楽シーンに与えたインパクトの大きさを、改めて感じさせられる。
ちなみにDIVINEとRaka Kumariは『ガリーボーイ』にエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされていたNYのラッパーNasのレーベルのインド支部であるMass Appeal Indiaに所属している。



Zephyrtone

ZephyrtoneはSayanとZephyrの二人の幼なじみによって2015年に結成されたエレクトロニック音楽ユニット。
2017年には"Only You"がMTV Asiaでフィーチャーされるなど、これまでにも高い評価を得ている。
AviciiやZeddの影響を受けているとのことで、さもありなんというサウンドのEDMポップだ。
この曲では、コルカタのラッパーEPR Iyerとのコラボレーションを実現させている。



Ananya Birla

2016年にデビューしたムンバイ出身の女性シンガー。LAのマネジメント事務所と契約を結んでおり、Sean Kingston, Afrojackなどの欧米人アーティストとの共演を果たすなど、グローバルに活動している。
インドで初めて英語の曲でプラチナムヒットを獲得したシンガーであり、現在までの5曲のシングルでプラチナムを獲得している。
この曲はDaft Punkやシンセウェイヴ的な雰囲気を濃厚に感じさせる仕上がりだ。
彼女の活躍は音楽界に限らず、インドの地方でマイクロファイナンスを展開するなど、社会活動家としても積極的に活動しているようだ。
ところで、彼女の名字を見て、もしやと思って調べてみたら、やはりインドの大財閥であるAditya Birla Groupの社長の娘だそう。



…と、お聴きいただいて分かる通り、MTV EMAのBest India Actにノミネートされるのは、「グローバルな(つまり、欧米的な)ポップミュージックとして洗練されたアーティストで、かつ映画音楽以外のもの」という基準があるようだ。
ヒップホップ3組とEDMアーティストと洋楽的女性シンガーという組み合わせは、現在のインドのインディペンデント音楽シーンを表すという意味でも、的確であるように思う。

この中から、投票によってBest India Actに選ばれたのはDIVINE.
彼がこれまでインドの音楽シーンに及ぼしてきた影響や、アルバム"Punya Paap"の内容を考えれば、納得の結果と言えるだろう。

個人的な好みから言わせてもらうと、ZephyrtoneとAnanya Birlaは典型的な洋楽っぽいサウンドではあるものの、彼らならではの個性にちょっと欠けているように感じられる。
インドの人たちが「自分の国からもこんなに洗練されたアーティストが出てきた」と評価するのは分からなくもないが、同じような音楽をやっているアーティストは世界中にたくさんいるわけで、発展著しいインドの音楽シーンを象徴する「現象」としては面白くても、印象にはあまり残らないなあ、というのが正直なところ。
その点、ヒップホップ勢は、言語によるところも大きいが、いずれもインド的なオリジナルの要素を強く感じさせるサウンドだった。
(もっとも、投票したのはほとんどが海外在住者を含めたインド人だろうから、こうした外国人の視点からの「インドらしさ」は選考には影響していないだろう)


また、ストリート出身(っぽい)DIVINEとKaam Bhari, 海外出身のRaja Kumari, 都会の富裕層っぽいZephyrtone, ガチで大富豪のAnanya Birlaというノミニーのラインナップも、現在のインドの音楽シーンを象徴していると言える。


正直に言うと、インド国内でもどれくらい注目されているのか分からないMTV EMAだが、インドのインディペンデント音楽(ここでは、「非映画音楽」くらいの意味に受け取ってほしい)を対象としたアワードはあまりないので、今後も定点観測を続けてみたい。


2018年のMTV EMAの記事はこちらから!



2019年は書き忘れていたみたいですが、2020年のMTV EMAについてはこちらから!




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goshimasayama18 at 20:57|PermalinkComments(0)

2019年10月25日

『ガリーボーイ』ラップ翻訳"Asli Hip Hop"(リアルなヒップホップ)by麻田豊、餡子、Natsume


いよいよ大詰めを迎えてまいりました、麻田先生、餡子さん、Natsumeさんによる『ガリーボーイ』リリック翻訳。
今回紹介するのは"Asli Hip Hop"(リアルなヒップホップ)。
ラッパーとして成長したムラードが、ヒューマン・ビートボックスに載せて、ガリー育ちの魂を聴かせてくれる曲だ。
 
AsliHipHop

餡子さんのコメント:
このラップの中でも母親への愛が語られていて、インドらしさを感じます。テンポがスローだからか、正しい文法でリリックが書かれていて比較的訳しやすいです。

ラップはもちろんランヴィール本人。リリックは若干20歳のラッパーSpitfireが書いている。
ビートボックスは、ラッパー、ダンサー、グラフィティアーティストを含むムンバイのクルーBombay LokalのD-CypherとBeat Raw.
インドのストリート(ガリー)ヒップホップシーンでは、ターンテーブルやレコード盤が必要なDJの代わりにビートボクシングが非常に盛んで、ダラヴィでは放課後にビートボクシング教室まで開かれているという。
リアルな雰囲気のアドリブを入れているのは実際のムンバイのシーンのMCたちだ。

リリックは解説する必要がないくらい明確で力強い。
餡子さんの指摘通り「母親への愛と感謝」が入っているのもいかにもインド的だ。
「ヒップホップこそが俺の宗教/どんなカーストにも属さない」という部分もとてもインドっぽいフレーズだ。
ムラードはムスリムとしての信仰も大事にしているが、その信仰は彼に安らぎを与えるだけではなく、彼を縛りつける不自由さとも結びついている。
見下され、抑圧される原因となっているカーストについては言わずもがなだ。
ムラードにとって、いや、実際のムンバイのスラムの若者達にとって、ヒップホップは、既存の宗教やコミュニティとは関係なく、自分を誇り、仲間とつながることができる手段なのだ。
今やヒップホップはアメリカの黒人文化という枠組みを大きく超え、こういった現象は世界中の都市で起きている。
『ガリーボーイ』はインドにおける都市の若者文化のグローバル化と、ヒップホップのローカル化を同時に感じることができる作品でもある。

既に何度も書いてきたことだが、"Asli Hip Hop"が「リアルな(asli)」ヒップホップと強調しているのは、インドにはメインストリームのパーティー音楽として「リアルでないヒップホップ」が既に高い人気を得ていたからだ。
『ガリーボーイ』の中で「リアルなヒップホップ」の対極にあるパーティーラップとして使われているのが、この"Goriye".
 
意図に反して、これはこれで結構かっこよく仕上がっている。
もっとEDM系のダサいバングラ系ラップはいくらでもあるように思うが、そこは日本人とインド人の感じ方の違いかもしれない。

次回はこのリリック翻訳シリーズのいよいよ(ひとまずの)最終回!
もちろん、『ガリーボーイ』を象徴する曲、"Apna Time Aayega"(俺の時代がやって来る)です!
乞うご期待!


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