SeedheMaut
2022年04月16日
アトロク出演!「インドのヒップホップ スタイルウォーズ」
今回のテーマは「インド・ヒップホップのスタイルウォーズ」。
こんな日本国内で興味を持っているのはほぼ自分一人なんじゃないか、みたいな内容を特集してくれて、公共の電波に乗せてしゃべらせてもらえるっていうのはもう本当にありがたい限りです。
アトロクに声をかけていただいたのは昨年6月の「ボリウッドだけじゃない!今、世界で一番面白いのはインドポップスだ!」特集に続いて二度目。
今回も8時台の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーで、たっぷりと語らせてもらいました。
それにしても、自分みたいなヒップホップの知識の薄くて浅い人間が、あの宇多丸さんの前でヒップホップを語るっていうのは毎度冷や汗が出る。
個人的には、宇多丸さんが「普通にかっこいい曲が多かった」と言ってくれたのが感慨無量でした。
「インドのヒップホップ」っていうと、イロモノ的音楽ジャンル、あるいは社会学or文化人類学的案件(アメリカの黒人文化が南アジアでどう受容/実践されているか的な)として扱われがちななかで、日本におけるヒップホップカルチャーの生き字引的な宇多丸さんに「音楽として」という部分で評価してもらえたというのは、紹介者としてめちゃくちゃうれしかった。
というわけで、今回は、BGMとして流れた曲も含めて、番組では分からなかった面白い&かっこいいミュージックビデオ(曲によるが)とともに改めて紹介。
カッコ良かったり、インド的クールネスに溢れていたりする楽曲とミュージックビデオの世界観を楽しんでもらえたらと思います。
MC STAN "Insaan"
インドのヒップホップ新世代を代表するラッパー。
この「弱々しさ」をかっこよさとして見せる感覚はインドでは完全に新しい。
SFなんだかファンタジーなんだかわからないこの感覚も、わかりやすいヒップホップが多かったインドでは斬新すぎるくらい斬新。
ちなみにタイトルの意味は「人間」とのこと。
MC STAN "How To Hate"
アトロクではBGMとしてかかった曲。
トラックも自ら手掛けるMC STANの最新アルバム"INSAAN"は全曲オートチューンがかかった現代的ヒップホップ 。
まさにふつうに「今」だし、かっこいい。
Punjabi MC (Ft. Jay-Z) "Beware of Boys (Mundian To Bach Ke)"
全てはここから始まった。
インド系イギリス人のPanjabi MCは、自らのルーツであるパンジャーブ州の伝統音楽バングラーをヒップホップ的に解釈したこの曲で1998年に一発屋的にブレイク。
一時期世界的に流行したバングラー・ビートは、インドに逆輸入されて、今日に至るまで売れ続けているパーティー系ラップミュージックの基礎となった。
2003年にはJay-Zがリミックスしたこのバージョンはバングラーブームの世界的到達点だった。
Seedhe Maut Feat. MC STAN "Nanchaku"
この曲もBGMとしてかかった曲で、とくに紹介しなかったけど、トラップを取り入れた新感覚インド・ヒップホップを象徴する名曲。(これまた普通にかっこいい)
世界中のラッパーが取り入れている三連を基調にしたフロウをヒンディー語のラップに導入。
インドのヒップホップシーンの中で、言葉をラップに乗せる技法が猛烈な勢いで進化していることを感じる。
Seedhe Mautはデリーのラップデュオ。
歯切れの良い二人のラップと、フィーチャー参加のMC STANとのマンブルラップ的スタイルの違いも楽しめる(どっちもスキル高い)。
Badshah, Aastha Gill "Abhi Toh Party Shuru Hui Hai"
インドでいわゆるストリート的なヒップホップが認知される前の時代、ラップはインドではエンタメ的ダンスミュージックとしてもてはやされていた。
この曲は2014年のボリウッド映画に使われた曲で、YouTubeで6億再生!
BadshahはYo Yo Honey Singhと並んでエンタメ系ラップを代表するアーティストの一人。
いつもヒップホップを「抑圧された人々の声なき声を届ける音楽」みたいな切り口で紹介しがちになってしまうが、パーティーミュージックや拝金主義だってこのジャンルを形成する大事な一要素なわけで、このチャラさもきちんと評価したい(ような気もする)。
MC Altaf "Code Mumbai 17"
2010年代後半に勃興したムンバイ発のストリートヒップホップ「ガリーラップ」(Gullyはヒンディー語で狭い路地を表し、すなわちストリートの意)を代表する曲のひとつ。
2019年の曲だが、宇多丸さん曰く「1997年くらいの音」。まさに。
17(ヒンディー語で「サトラ」と読む)はムンバイにあるアジア最大のスラム、ダラヴィの郵便番号。
日本で言うとOzrosaurusが提唱していた横浜の「045エリアみたいな」という話になったので、以前から思っていた「"AREA AREA"と繋げたらいい感じになりそう」と言ったら、宇多丸さんが「めっちゃ合う!」ってリアクションしてくれたのはうれしかったな。
この曲ね。
このビートとラップの感じ!
2001年のヨコハマの日本語ラップと2019年のムンバイのヒンディー語ラップが邂逅するこの奇跡!
Rapperiya Baalam feat. J19Squad, Jagirdar RV, Anuj "Raja"
「インド各地・各言語のラップを紹介!」というコーナーの最初にBGMでかかった曲。
インド西部の砂漠が広がるラージャスターン州のヒップホップ。
ローカル色あふれる移動遊園地みたいなところを練り歩くラッパーたちが最高。
着飾ったラクダの上に民族衣装で得意げにまたがるRapperiya Baalamは、ロウライダーをこれ見よがしに乗り回すウェッサイのラッパーのインド的解釈(のつもりはないだろうが、意味的には同じだと思う)。
Brodha V "Aatma Raama"
インドにおけるヒップホップ黎明期である2012年に、南インドのIT都市ベンガルールのラッパーBrodha Vがリリースした曲。
インドのヒップホップは本家を真似た英語ラップから始まった。
この曲は、不良の道からヒップホップに出会って更生したことと、ヒンドゥー教の神ラーマへの祈りがテーマになっていて、つまりクリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップというわけだ。
アメリカ文化のインド的解釈が秀逸で、かつ曲としてもかっこいい。
Brodha Vはこのブログで最初に紹介したラッパーでもある。
Rahul Dit-O, S.I.D, MC BIJJU "Lit Lit"
こちらは同じベンガルールだが、地元言語カンナダ語のラップ。
サウス(南インド)の言語は、単語の音節が多いという特徴からか、こういうマシンガンラップ的なフロウのラッパーが多いという印象がある。
Santhosh Narayanan, Hariharasudhan, Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan "Semma Weightu"
続いて南インドのタミルナードゥ州の言語、タミル語のラップを紹介。
この曲は『ムトゥ 踊るマハラジャ』で有名なタミル映画のスーパースター、ラジニカーントが主演した2018年の映画"Kaala"に使われた曲。
映画のストーリーは、ムンバイ(マハーラーシュトラ州というところにある)のスラム街のなかのタミル人コミュニティが、ヒンドゥー・ナショナリズムや地元文化至上主義の横暴に対して立ち上がるというもの。
マサラワーラーの武田尋善さんが以前言っていた「ラジニカーントはタミルのJBみたいなところがある」という説を軸に紹介したんだが、この曲のラジニは、街のB-BOYたちを「若いやつらもなかなかやるね」と見守る、まさにゴッドファーザー・オブ・ソウルの貫禄。
ファンク的なサウンドとともに、ブラックパワー・ムーブメントとの共鳴を感じる。
あとラジオでは言い忘れたけど、この曲(というか映画)で、ヒンドゥーとムスリムなど、異なる信仰・文化を持った人たちのスラムでの共生が、ナショナリズムと対比して描かれているところは特筆すべきところだ。
Cizzy "Middle Class Panchali"
番組ではBGMに合わせて紹介した、インド東部の都市コルカタのラップ。
ベンガル語を公用語とするこの街は、アジア人初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや、あの黒澤明が「彼の映画を見たことがないのは、この世で太陽や月を見たことがないのと同じ」と評したという往年の名監督サタジット・レイを輩出した文化都市としての一面も持っている。
さらには、古典音楽の中心地のひとつでもあり、イギリス統治時代には首都が置かれていた、西洋と東洋が交わる街という歴史も持つ。
ジャジーで落ち着いたビートにやわらかなベンガル語のラップが乗るこの曲は、まさにコルカタのそうした歴史にふさわしいサウンドだ。
Hiroko & Ibex - Aatmavishwas "Believe in Yourself"
ここからインドの古典音楽/伝統音楽とヒップホップの融合、というコーナー。
番組でもちょっとだけ触れましたが、この曲はムンバイ在住のインド古典舞踊カタック・ダンサーで、シンガーとしても活動しているHiroko Sarahさんが地元のラッパーIbexと共演している曲。
Hirokoさんはインドの古典舞踊に出会う前、日本に住んでいたときはクラブで踊りまくってたそうで、インド人ではないけれど、インド古典と西洋音楽を融合している人。
この曲は、タブラ奏者が口でリズムを表現(bolという)した後、同じリズムをタブラで叩くソロパートや、レゲエをルーツに持つIbexのダンスホール的なフロウのラップも聴きどころ。
Viveick Rajagopalan feat.Swadesi "Ta Dhom"
南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanが、古典のリズムと現代音楽の融合を試みたBandish Projektの曲。
ムンバイのストリートラップデュオSwadesiとの共演で、南インド古典音楽のリズムが徐々にラップになってゆくという妙味が味わえる。
古典音楽という確立した伝統を持つ世界のアーティストが若いラッパーと共演したり、ヒップホップというインドではまだ新しいジャンルのアーティストが自分たちの伝統文化との融合を意識したり、インドのヒップホップシーンははヨコ軸(ヒップホップ的スタイルの違い)とタテ軸(自分たちの歴史)どちらの多様性も広がっているところが面白い。
この曲を紹介するときに引用させてもらった「西のベスト、東のベスト」が融合している、というのは、このRHYMSTER feat.ラッパ我リヤの『リスペクト』から。
Young Stunners, KR$NA "Quarentine"
最後に紹介したのはこの曲。
パキスタンはカラチのラップデュオ、Young StunnersとデリーのベテランラッパーKR$NAが、インド全土がCOVID-19のためにロックダウンしていた2020年にコラボレーションしてリリースされた"Quarantine"だ。
ご存知のようにインドとパキスタンは歴史的な経緯や領土問題で対立関係にあり、核ミサイルを向け合っている非常に緊張した状況にある。
パキスタンはイスラームを国教とし、インドはヒンドゥー教徒がマジョリティであって、さまざまな考えの人がいるとはいえ、控えめに言っても、両国の国民に融和的な雰囲気が強いとは言い難い(この曲でコラボレーションしているラッパーたちもムスリムとヒンドゥーだ)。
そんな両国間の対立の中、ロックダウンで外出もままならなかったであろう彼らが、おそらくはインターネットで音源のやりとりをしながら作成したのがこの曲だ。
YouTubeのコメント欄には両国のヒップホップファンからの絶賛のコメントが並んでいて、読んでいて胸が熱くなる。
ロシアによるウクライナ侵攻以来、国と国との対立や侵略や市民の殺戮など、殺伐としたニュースが続くが、ヒップホップというサブカルチャー(世界的にはメインカルチャーでは、南アジアではまだサブカルチャーという意味で)が、政治や宗教の対立を超えて、この二つの国のアーティストと国民を結びつけたということに、希望を感じている。
と、いろんなスタイルに溢れたインドのヒップホップを紹介させてもらいました!
番組内でもお伝えした通り、次回があれば、インドの女性ラッパーたちを紹介できたらと思っています。
また出られたらいいなー。
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2021年12月29日
2021年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10
というわけで、昨年に続いて今年も2021年にリリースされた作品の中から、売り上げでもチャートでもなく、あくまで私的な感覚で今年のトップ10を選んでみました。
対象は、ミュージックビデオまたはアルバムまたは楽曲。
10曲のなかの順位はとくにありません。
例によって広すぎるインド、とてもじゃないけど全てをチェックしているとは言えないので、ここに入っていない傑作もあるはずですが、それでもこの10曲を聴いてもらえれば、今のインドのシーンの雰囲気が分かるんじゃないかと思います。
それではさっそく!
Seedhe Maut "न"(Na) (アルバム)
デリーのSeedhe Mautが、同じくデリーを拠点とするレーベルAzadi Recordsからリリースしたこのアルバムは、インドのヒップホップのひとつの到達点と言っても過言ではないだろう。
ビートとラップによるリズムの応酬に次ぐ応酬。
かつて天才タブラ奏者ザキール・フセインのソロ作品を聴いて「パーカッションだけで音楽が成立するのか!」と感じたのと同種の衝撃を、このアルバムは感じさせてくれた。
トラックのかっこよさとラップのスキル、サウンドやフロウの現代性とインドらしさ、そしていかにもヒップホップらしい不穏な空気感が、ここには融合している。
これまで、DIVINEにしろEmiwayにしろ、インドのラッパーを語るときには、ラッパーたちののライフストーリーを合わせて紹介することで記事を成立させていたけれど、この作品に関しては、単純に音と雰囲気だけで語ることができる。
掛け値なしに名作と呼ぶことができる作品。
Prabh Deep "Tabia" (アルバム)
こちらもデリー出身のPrabh Deepによる、やはりAzadi Recordsからリリースされた作品。
2017年、インドのヒップホップシーンに彗星のように現れたPrabh Deepは、デリーのストリートの危険な雰囲気を漂わせ、パンジャービー・シクながらもバングラーらしさの全くないラップをドープなビートに乗せて一躍時代の寵児となった。
サウンド面での核を担っていたプロデューサーのSez on the Beatと袂を分かってからは、(ムンバイにおけるDIVINEのような)デリー版ストリートラッパーとしての道を歩むのだろうなあと思っていたのだが、その予想はいい意味で裏切られた。
自身がビートを手掛けたこの"Tabia"では、生楽器や伝統音楽的な要素も取り入れて、彼がもともと持っていた耽美的な要素をさらに研ぎ澄ませた、オルタナティブ・ヒップホップの傑作を作り上げたのだ。
ダリの作品を思わせるシュールリアリスティックなカバーアートにふさわしい浮遊感のある音色。
独特の存在感はますます先鋭化し、その音の質感は、他のヒップホップ作品よりも、むしろこの後紹介するLifafa "Superpower2020"(フォークトロニカ)にも近いものとなっている。
バングラー的な要素は皆無でも、やはりパンジャーブの伝統を感じさせる深みのある声も美しい。
昨年まではDIVINE、Emiway、MC STANらムンバイ勢の活躍が目立ったインドのヒップホップシーンだが、今年はデリーのアーティストたちがそのユニークな存在感を示した一年となった。
Lifafa "Superpower2020"(アルバム)
こちらもデリー勢。
意識して選んだわけではないが、今年はデリーのアーティストたちの個性が開花した一年だったのかもしれない。
Lifafaは、ビンテージなポップサウンドを奏でるバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物、Suryakant Sawhneyのソロプロジェクト。
ヨーロッパ的な英語ポップスのPCRCに対して、このLifafaでは、伝統音楽と電子音楽を融合させたトラックにヒンディー語ヴォーカルを乗せた独特のサウンドを追求している。
シンプルで素朴な音像ながら、センスの良さとインド以外ではありえない質感を同時に感じさせる才能は唯一無二。
「足し算的」な手法が目立つインドのポピュラーミュージックのなかで、「引き算」の美学で名作を作り上げた。
そういえば、ここまで紹介してきたデリーの3作品はいずれも「引き算的」な手法が際立っている。
これまでデリーといえばYo Yo Honey Singhらの「盛り盛り、増し増し」なスタイルの派手なパーティーラッパーが存在感を示していたが、サブカルチャー的な音楽シーンでは、新しい動きが始まっているのかもしれない。
"Wahin Ka Wahin"の冒頭と間奏で印象的なメロディーはパンジャーブの伝統歌"Bhabo Kehndi Eh"で、パキスタン系カナダ人の電子音楽アーティストKhanvictが今年リリースした"Closer"(こちらも名曲!)でも使われていたもの。
南アジア系アーティストのルーツからの引用の仕方はいつもながら趣味が良い。
Armaan Malik, Eric Nam with KSHMR "Echo"(シングル)
代々映画音楽に携わってきた家系に生まれたインドポピュラー音楽界のサラブレッド、Armaan Malikが、韓国系アメリカ人のEric Nam, インド系アメリカ人のEDMアーティストKSHMRとコラボレーションした1曲。
Armaan Malikは幼い頃から古典音楽を学んだのち、ここがいかにも現代ボリウッドのシンガーらしいのだが、アメリカの名門バークリー音楽大学に進学し、西洋ポピュラー音楽も修めている。
その彼が、インドでも高い人気を誇るK-Popに接近したのがこの"Echo"だ。
典型的なインドらしさを封印し、K-Popの定番である無国籍なEDMポップススタイルを導入したこの曲は、それゆえに印象に残らなかったのか、インド以外ではあまり話題にならなかったようではある。
(2021年12月25日現在、YouTubeの再生回数は2680万回ほど。映画音楽のヒット曲ともなれば一億再生を超えることもあるインドでは「まあまあ」の数字だ)
リリースされた当初、この曲をK-PopならぬI-Popと呼ぶメディアもあったが、その後I-Popという言葉はぱったり聞かなくなってしまった。
Sidhu Moose Wala "Moosedrilla"他
もともとパンジャーブの伝統音楽だったバングラーは、ヒップホップや欧米のダンスミュージックとの融合を繰り返しながら、進化を続けてきた。
その最新の人気アーティストがこのSidhu Moose Wala.
パンジャーブ州の小さな村で生まれた彼は、確かな実力と現代的なビート、そしてギャングスタ的な危険なキャラクターで、一気に人気アーティストに上り詰めた。
彼のリリースは非常に多く、今年だけで数十曲に及ぶのだが、強いて1曲挙げるとしたら、この"Moosedrilla".
大胆にドリルビートを導入し、ガリーラップ(ムンバイ発のストリートラップ)の帝王DIVINEをゲストに迎えたこの曲は、インドのヒップホップの第一波である「バングラー」の新鋭アーティストと、いまやすっかり定着したストリート系ラップが地続きであることを示したもの。
エリアやスタイルを超えたコラボレーションは、年々増え続けており、今後も面白い作品が期待できそうだ。
Songs Inspired by the Film the Beatles and India(アルバム/Various Artists)
欧米のポピュラー音楽とインドとの接点を紐解いてゆけば、そのルーツは1960年代のカウンターカルチャーとしてのロック、とくにビートルズにたどりつく。
リバプール出身の4人の若者は、エイトビートのダンスミュージックだったロックにシタールやタブラなどのインドの楽器を導入し、サイケデリアやノスタルジックな感覚を表現した。
しかしその後長く、インド音楽と欧米のポピュラーミュージックとの関係は、欧米側が一方的に影響を受けるという一方通行な状態が続いていた。
ビートルズの時代から50余年。
経済成長やインターネットの普及を経て、インディペンデントな音楽シーンが急速に拡大しつつあるインドから、ようやくビートルズへの返信が届けられた。
このアルバムは、現代インドの音楽シーンで活躍するロック、電子音楽、伝統音楽などのミュージシャンが、ビートルズの楽曲(主にインドの聖地リシケーシュ滞在時に書かれたもの)を彼らならではの手法でカバーしたもの。
インドのアーティストの素晴らしいところは、単純に欧米の音楽を模倣するだけでなく、彼らの伝統や独自の感覚をそこに加えていることだ。
そんな現代インドのアーティストたちによるカバーとなれば、絶対に面白いに決まっている。
つまり、ビートルズが行おうとしていたロックへのインド音楽の導入を、「本家」が行っているというわけである。
ビートルズのインド的解釈だけではなく、ビートルズがインドっぽいアレンジで演奏していた楽曲を、あえてクラブミュージック的なスタイルで再現しているものもある。
インドからビートルズへの53年越しの回答によって、西洋ポップスとインドをつなぐ輪は、完全な円環を描くに至った。
Shashwat Bulusu "Winter Winter"(シングル、ミュージックいビデオ)
アーメダーバード出身のシンガーソングライター、Shashwat Bulusuについては、この記事で紹介した"Sunset by the Vembanad"、そして"Playground"が強く印象に残っていた。
つまり、歪んだギターサウンドを基調とした、情熱と憂鬱が入り混じったオルタナティブ・ロックを演奏するアーティストとして認識していたということだ。
その彼が今年9月にリリースした"Winter Winter"には驚かされた。
叙情的なピアノのアルペジオに、全編オートチューンのヴォーカル、そしてゴーギャンの絵と現代アートが融合したようなミュージックビデオ。
Shashwatの新曲は、完全に新しいスタイルに舵を切りつつも、それでもなお情熱とメランコリーを同時に感じさせる質感を保っていた。
このセンスには驚かされたし、唸らされた。
ポストロックのaswekeepsearching然り、アーメダーバードはユニークなアーティストを生み出す都市として、今後も注目すべきエリアとなるだろう。
When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"(シングル、ミュージックビデオ)
ケーララ州の英国風フォークポップバンド、When Chai Met Toastは、これまでも良質な楽曲を数多く発表してきたが、2021年はとくに充実した年となった。
(これは2018年に書いた記事)
今年はニューアルバム"When We Feel Young"をはじめ、多くの楽曲をリリースしたが、その中でも出色の出来だったのが、この"Yellow Paper Daisy"だ。
叙情的かつエモーショナルな楽曲の素晴らしさはいつもどおりだが、ここで注目したいのは、フォーキーなサウンドに全く似つかわしくないSF調のミュージックビデオだ。
セラピーのために未来から現代のケーララに送り込まれてきたカップルを演じているのは、それぞれインド北東部とチベットにルーツを持つ俳優たちだ。
バンドの故郷ケーララを相対化する存在としての、地理的な距離感と時間的な設定が、じつに絶妙。
彼らの西洋フォーク的な曲調は、世界的には懐かしさを感じさせるサウンドだが、インドの音楽シーンではまだ新しいものだ。
「未来から現代を過去として振り返る」という設定で新しさとノスタルジーを両立させるという離れ技をやってのけたこの作品のアイデアはじつに素晴らしい。
まあそんな理屈をこねなくても、十分に素晴らしい作品なのは言うまでもなく、この楽曲・映像をJ-WAVEのSONAR MUSICに出演した際に紹介したところ、ナビゲーターのあっこゴリラさんもかなり面白がってくれていた。
Karan Kanchan "Marzi", "Houdini"他(シングル)
名実ともにインドを代表するビートメーカーとなったKaran Kanchanにとっても、2021年はますます飛躍した年となった。
インド各地のラッパーのプロデュースや、Netflixを通して全世界に配信された映画『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌(ラップはムンバイのDIVINEとUSのVince Staples)を手がけたのみならず、ソロ作品でも非常に充実した楽曲をリリースしていたからだ。
近年インドで目立っているローファイ・ヒップホップに挑戦したこの"Marzi"は、ローファイ・ガールへのオマージュであるミュージックビデオも含めて最高。
さらっと作ったように見えるが、Kanchanがこのスタイルのトラックを発表するのは初めてであるということを考えると、彼の適応力の高さに驚かされる。
テレビ画面に映るDVDのロゴは、21世紀の新しいノスタルジーを象徴するナイスな目の付け所。
この"Houdini"ではうって変わって超ヘヴィなスタイルを披露した。
ラッパーのRawalとBhargも派手さこそないものの確かなスキルでサウンドを支えている。
Karan Kanchanは、次にどんなスタイルを披露するのか、どこまで高みに上り詰めるのか。
ますます楽しみなアーティストになってきた。
Pasha Bhai "Kumbakharna"(ミュージックビデオ)
インドのミュージックビデオがストリートや食文化をどう描いているか、という点は、個人的にずっと注目しているテーマなのだが、そういった観点で、これまでに見てきた中での最高傑作と呼べるのがこの作品だ。
Pasha Bhaiはベンガルールのローカルラッパー。
以前ブログで紹介した時は、NEXというアーティスト名で活動していたようだが、気がついたら改名していた。
Shivaj Nagarなる地区の濃厚な空気感を、スパイスや肉を焼く煙や体臭や排気ガスの匂いまで漂ってきそうなほどリアルに映しきっている。
とくに夜の闇の濃さが素晴らしい。
高層ビルでもIT企業でもない、ベンガルールの下町の雰囲気が伝わってくるこのミュージックビデオは、気軽に旅ができない時代に、擬似インド体験としても何度もリピート再生した。
ドープなビートもレイドバックしたラップも秀逸だ。
おそらく現地でもさほど有名でないであろうアーティストからも、こんなふうに注目すべき作品が出てくるあたり、本当にインドのシーンは油断できない。
と、ごくごく私的なセンスで10作品を選ばせてもらいました。
今年の全体的な印象を語るとすれば、何度も書いたように、とくにデリーのアーティストの活躍が目立つ一年だった。
また、Top10に選んだ"Echo"や"Moosedrilla"のように、エリアを(ときに国籍も)超えたコラボレーションや、ビートルズのトリビュートアルバムのように、時代をも超えた傑作が多く生み出され、よりボーダレスな新しいインド音楽が生まれようとしている胎動を感じることもできた。
"Aatmavishwas"はフュージョンとしての完成度が非常に高かったし、Drish Tもインドでの日本のカルチャーの浸透を新しい次元で感じさせてくれる存在だったが、インドのシーンを見渡すにあたって、冷静に見られない日本関連のものを無意識に避けてしまったところがあったのかもしれない。
でもどちらも非常に素晴らしかった。
またSmokey the Ghostの"Hip Hop is Indian"も、インドのヒップホップシーン全体を見渡したスケール感とインドらしさのあるビートが強く印象に残っている。
個人的なことを言わせてもらうと、今年はブログ4年目にして、なぜか急にラジオから声がかかるようになり、TBSラジオの宇多丸さんのアトロク(アフター6ジャンクション)、J-WAVEのあっこゴリラさんの
SONAR MUSICとSKY-HIさんのIMASIA(ACROSS THE SKY内のコーナー)、InterFMのDave Fromm Showなど、いろんな番組でインドの音楽を紹介させてもらった。
映画『ジャッリカットゥ』やベンガル関連のイベントで話をさせてもらったり、文章を書かせてもらう機会もあって、自分が面白いと思っているものを面白いと思ってくれている人が、少しずつでも増えてきていることを、とてもうれしく感じた1年だった。
毎回書いているように、インドの音楽シーンは年々すさまじい勢いで発展しており、面白いものを面白く伝えなければ、といういい意味でのプレッシャーは増すばかり。
今年もご愛読、ありがとうございました!
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2021年10月08日
デリーのラップデュオ Seedhe Mautのアルバム『न』(Na)がヤバい!
なので、聞いて直感的に理解できない言語(私の場合、つまり日本語以外)のラップのアルバムを1枚通して聴くっていうのはけっこうキツい。
同じラッパーてあれば、似たようなフロウや世界観の曲が多くなるし、そもそもアルバム1枚あたり2〜3曲はつまらない曲が入っている。
そういう曲は、じつはリリックがすごく良かったりするのかもしれないが、何を言っているか分からない私には知ったこっちゃない。
次からは、その曲を飛ばすようになるだけだ。
そんなわけで、海外のラッパーのアルバムを初めて聴くときは、楽しみ半分、気が重いの半分くらいの微妙な気分なことが多い。
コンセプトとかが大事なのも分かるが、端的にかっこいい曲だけ聴きたいのだ。
今回は、そんな私の外国語ラップに対する先入観を大きく打ち破ったインドのヒップホップ作品を紹介したい。
それは、デリーのラップデュオSeedhe Mautが9月にリリースしたアルバム『न』。
この作品は、シンプルなビートで客演もほとんどないという、言ってみればかなり「派手さ」には欠ける作品なのだが、ここのところ最初から最後まで、毎日のように聴きまくっている。

Seedhe Maut
ちなみにデーヴァナーガリー文字で『न』と書くタイトルは、'Na'と読むようで、アルバムの曲名は全てNから始まる曲名で統一されている。
彼らはこの作品をアルバムではなくミックステープと位置付けているようだが(ヒップホップにおけるミックステープの定義は諸説あるが、アルバムよりもカジュアルな作品集と考えれば概ね間違いないだろう)、楽曲の質の高さや統一感は、どう考えてもアルバムと呼ぶほうがしっくりする。
Seedhe Maut "Namastute"
この曲がオープニングトラック。
かなり音数を削ぎ落としているにもかかわらず緊張感を保ち続けるビートと、熟練のタブラプレイヤーにように千変万化するフロウに乗せて言葉を吐き出すラップ。
このアルバムの魅力は、単純に言ってしまえば、ただそれだけだ。
無機質なビートと表現力豊かなラッパーの声が、立体的な音の構造物となって、ときに跳ね、ときに畳み掛け、ときにスカしながら緩急をつけてリスナーの耳に流れ込んでくる。
要は、声を使ったリズム音楽としてのヒップホップの魅力が詰まったアルバムなのだ。
このアルバムでは、ほとんどの曲のビートをSeedhe MautのかたわれであるCalmが自ら手掛けている。
だからこそ、ラップとの相乗効果を生み出すツボを押さえたビートのアレンジができているのだろう。
それに、言葉は分からなくても苛立ちや怒りが伝わってくるラップの表現力も素晴らしい。
Seedhe Maut "Naamcheen"
ちなみにこのアルバムに参加している外部のビートメーカーはSez on the BeatとDJ Saの二人。
どちらも作品にアクセントを加えるいい仕事をしている。
この"Nanchaku"では、プネー出身のラッパーMC STANとの共演が実現。
MC STANはファッションや気怠くも挑発的なラップ(スキルもめちゃくちゃ高い)のスタイルも含めて、インドのヒップホップシーンを一新した、いま最も勢いのあるラッパーだ。
Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
Seedhe Mautの二人が歯切れの良いラップを披露したあとの3番目のヴァースがMC STAN.
退屈そうにすら聞こえる彼のフロウが始まった瞬間に、楽曲の空気感を変えてしまう実力はさすがの一言。
このアルバムが、インドのヒップホップ作品の中でも際立ってカッコよく聴こえる最大の理由は、ビートがことごとく今っぽいことだと思う。
インドでは、スキルの高いラッパーの曲でもビートが垢抜けないことも多いし、意欲的なフュージョン(インド音楽との融合)作品でも、センスが悪くてださくなってしまうことも珍しくない。
『न』がすごいのは、その現代的なビートを、単にアメリカのヒップホップの模倣や無国籍なサウンドにとどめているのではなく、しっかりとインド的な音に仕上げていることだ。
たとえばこの曲。
Seedhe Maut "Natkhat"
他の国のラップでも、エスニックなアクセントとしてビートにインドっぽい音が使われることがないわけではないが、ここまでインド的で、かつここまで今の空気感のあるビートは、彼ら以外には世界中の誰も作ることができないだろう。
驚くべき才能の持ち主であるSeedhe Mautとは、いったいどのようなアーティストなのだろうか?
Seedhe Mautは、デリーに暮らすCalmとEncore ABJによって、2017年に結成された二人組だ。
影響を受けたラッパーは、Run The Jewels, Clipse, Black Hippy, Mobb Deepだというから、EminemやNasや2Pacらをフェイバリットに挙げることが多いガリーラッパー(後述)に比べると、世代的にも新しく、かつシブい趣味を持っているようだ。
2017年にファーストEP "2 Ka Pahada"を発表すると、早くもデリー新興ヒップホップレーベルAzadi Recordsの目にとまり、契約を結ぶことになる。
2018年には、当時インドのヒップホップシーンの話題を独占していたPrabh Deepとコラボレーションした"Class-Sikh Maut Vol.II"を、同レーベルの3番目のタイトルとしてリリースした。
このアルバムのタイトルは、Prabh Deepのデビューアルバム"Class-Sikh"に便乗したものであり、正直なところ、この頃の彼らの印象は、ターバン姿で強烈なラップを吐き出すPrabh Deepに比べてかなり地味なものだった。
その後、彼らはSezをビートメーカーに迎えたアルバム"Bayaan"や、Karan Kanchanと組んだヘヴィロック的なシングル"Dum Pishaach"をリリースするなど、精力的な活動を展開。
印DM(インド的EDM)アーティストのRitvizのトラックに客演した"Chalo Chalain"もとても良かったが、この頃もまだ、私はSeedhe Mautに対して「多様なビートを器用に乗りこなせるデリーのストリート系ラッパー」という印象しか持っていなかった。
そんなダークホース的な存在だった彼らは、つまり今回の『न』で大きく化けたのだ。
この大化けの理由は、やはりラッパーであるCalmが自らビートを手掛けたことにあるのではないか。
自分たちのフロウを熟知しているからこその、シンプルながらもラップと立体的に絡み合うビートが、楽曲の細部に至る緊張感を生み出している。
端的に言って、このアルバムは、ガリーラップ以降のインドのヒップホップの新しい到達点と言っていい。
(ガリーラップは、2010年代のムンバイのシーンで形成されたインド版ストリートラップのこと)
ムンバイのカラーが強かったガリーラップ以降のシーンでは、デリーのPrabh DeepやプネーのMC STANが新しいスタイルを提示していたが、いかんせん彼らの音楽は、本人のキャラクターの強さに負うところが大きかった。
Seedhe Mautに関しては、その革新性が彼らのキャラクターではなく、スキルとサウンドのセンスによるものであるところが特筆すべき点だろう。
実際、Seedhe Mautは、GQ India誌に「過去10年のインドのヒップホップの歴史はムンバイのガリーラップと同義だったが、Seedhe Mautがそれを変えることになる」と評されている。
また、彼らはその詩的かつ社会的なリリックでも高い評価を得ているようだ。
本来であれば、この「インドの地域別ヒップホップシーン特集」の続編として、タミルあたりのラッパーについて書こうと思っていたところ、彼らのアルバムがあまりにも素晴らしいので、この記事を先に書いてしまった。
(サウスのシーンはあまり追い切れていないので、じっくりと調べてから書きたいと思ってます)
Seedhe Maut, これからの活躍がますます楽しみなアーティストだ。
楽曲リリースのペースも早い彼らのこと、また近いうちに新しい作品を耳にすることができるだろう。
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2021年09月29日
J-WAVE 'SONAR MUSIC'出演! オンエアした曲、紹介したかったけどやめた曲など
9月29日(水)J-WAVEであっこゴリラさんがナビゲートする「SONAR MUSIC」にて、たっぷりとインドの音楽を紹介させていただきました!
めちゃくちゃ楽しかったー!
1時間近く、時間はたっぷりあったはずなのに、伝えたいことがあって、ちょっと喋りすぎちゃったかな…と少し反省もしてますが、自分の好きな音楽(そしてほとんどの人が知らないであろう音楽)をラジオを通してたくさんの人に伝えられるというのは何度経験してもすごくうれしいもの。
当日オンエアした曲をあらためて紹介します!
Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"
デリーのEDM/トラップ系プロデューサー!
Ritviz "Chalo Charlein feat. Seedhe Maut"
プネーのインド的EDM(印DM)プロデューサーとデリーのラップデュオの共演!
When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"
ケーララ州のフォークロックバンド!
Pineapple Express "Cloud 8.9"
ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンド、インドの古典音楽との融合!
Drish T "Convenience Store(コンビニ)"
ムンバイ出身の日本語で歌う(!)シンガーソングライター!
Siri "Gold"
ベンガルールの女性ラッパー!
Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
デリーのラップデュオにプネーの気鋭の存在MC STANがゲスト参加!
MC STAN "Ek Din Pyaar"
プネーのラッパー!
今回の選曲は、インドでの人気や知名度よりも、純粋にサウンド的にかっこよかったり面白かったりするアーティストを集めたという印象。
この"SONAR MUSIC"は毎回かなり面白い特集を組んでいる音楽番組なだけに、リスナーの皆さんの反応が気になるところでしたが、気に入ってもらえたらうれしいです。
(ここからはちょっと余談)
6月の宇多丸さんのTBS「アフター6ジャンクション」、先月のSKY-HIさんの"IMASIA"に続いて、3本目のラジオ出演(全部ラッパーの番組!)となったわけだけど、ラジオで紹介する曲を選ぶのって、毎回かなり悩む。
インドの音楽やインドという国にとくに興味のないリスナーのみなさんにも「インドの音楽って面白い!」と思ってもらいたいし、できれば楽曲だけじゃなくて、興味深いエピソードなんかも話したい。
いかにもインドっぽい音がいいのか、インドらしからぬ欧米のポップスみたいな曲がいいのかも悩みどころだ(結局、毎回両方を選曲している)。
ラジオでは、私が出演するコーナーの前後に、当然ながら日本やアメリカやイギリスの完成度の高いポピュラーミュージックが流されているわけで、いずれにしてもそこに埋もれない曲を選びたい。
さらに欲を言えば、番組やパーソナリティーのカラーにあった曲が紹介できると、なお良い。
SONAR MUSICのナビゲーターのあっこゴリラさんの曲は以前から聴いていて、"DON'T PUSH ME feat.Moment Joon" みたいな曲で、女性やマイノリティが社会で感じている生きづらさを、きちんと表現しているのがかっこいいと思っていた。
日本語のリリックでは表現が難しいこういう社会的なテーマを、ヒップホップのフォーマットのなかでかっこよく表現するというのは、センスも勇気も必要なことだ。
だから、このブログでも度々話題にしているような、日本とはまた違う形で保守性や排他性が残るインドの社会の中で女性としての意見を表明しているフィメール・ラッパーのことを紹介したかったし、それに対するあっこゴリラさんの意見を聞いてみたかった。
ところが、「コレ!」という曲がなかなか見つからない。
インドにもフィメール・ラッパーはそれなりにいるのだが、ブログで文章を添えてミュージックビデオを紹介するぶんには良くても、ラジオでオンエアするとなると、曲としてはちょっと弱かったりするのだ。
メッセージは最高なのだけど、ラップのスキルがいまいちだったり、インドのアーティストにしては完成度の高いトラックでも、もしアメリカのトップアーティストの曲が流れた後だったら、そこまで魅力的に響かなかったりする。
できればインドらしいインパクトがあり、かつラップのスキルも十分で、メッセージも強烈な曲があれば良いのだが…と思っていたら、ぴったりの曲があった。
インド系アメリカ人で最近はインド国内での活躍がめざましいRaja Kumariをリーダーとして、ベンガルールのSiri, メガラヤのMeba Ofilia, ムンバイのDee MC,といったインドじゅうのフィメールラッパーが共演した"Rani Cypher"だ。
いかにもインド的なコーラスも耳を惹きつけるし、サビの女性に対する「忘れないで、あなたはクイーン(タイトルの'Rani'は女王の意)」というメッセージも素晴らしい。
ラップが英語でいわゆる洋楽リスナーにも聴きやすいのも良いし、冒頭で'As a woman in this industry, we have to work harder, we have to be better, we have to do so much more'という語りが入っているのでコンセプトが分かりやすい。
在外インド人であるRaja Kumariとインド各地の異なるバックグラウンドのフィメール・ラッパーのコラボレーションというのもぜひ触れたいポイントだ。
これは紹介したい楽曲の最右翼。さあリリックを細かくチェックしようと思ったら。
冒頭のヴァースで、ヘイターたちへのメッセージとして、こんなリリックをラップしていたのでびっくりした。
'I Nagasaki on them haters, ground zero'
マジか…。
これって明確に「ヘイターどもはナガサキのグラウンド・ゼロみたいにぶっ潰してやる」って意味だよね。
ラップの中で語呂のいい言葉を選んだのだろうが、さすがにこれはない。
(このリリックをラップしているのはSiriで、彼女に対しては、きちんと抗議しておきます。返事が来たらまたご報告します)
この曲に関して言えば、この部分のリリック以外はコンセプトもサウンドも最高だし、こうしたリリックが含まれていることを注釈したうえで紹介しようかとも思ったのだけど、せっかく大勢の音楽ファンにとって未知のインド音楽を紹介するのに、ネガティブな話はしたくないので、残念だがこの"Rani"はリストから外すことになった。
インド社会の悪い意味での保守性のもとで女性たちが苦しんでいる現状に対して、ラップという新しい手段で声を上げることは、とても素晴らしいことだと思う。
問題は、虐げられている人々を鼓舞するために、別の虐げられた人たちが傷つくような表現をするっていうのはそもそもどうなのか、という話だ。
彼女の他の曲もたくさん聴いたが、彼女は決して露悪的な表現を好むラッパーではないと認識している。
(ヒップホップ的な範囲での強がりやディスりはもちろんあるが)
おそらく彼女にとって原爆投下は遠い国の歴史上の出来事で、いまだに犠牲者やその家族が、直接的、間接的に苦しんでいることを単純に知らないのだろう。
もちろん、彼女のしたような表現がインドで一般的に許容されているわけではなく、同じくベンガルールを拠点に活動するラッパーのSmokey The Ghostはこんなふうにフォローしてくれている。
While we empower certain culture we must be careful not to be insensitive to other cultures. Otherwise it will be oppression. Please translate below tweets from @Calcutta_Bombay and understand that we must be inclusive. https://t.co/5csKNCpFDc
— Smokey The Ghost (@thisissmokey) September 25, 2021
(Smokeyはこの後、今回の一件について「原爆の悲劇はインドでもよく知られているし、これは単なる『特権的な無知』に過ぎない」との解釈を伝えてくれた)
いろいろ考えた結果、結局、フィメール・ラッパーの曲はSiriの"Gold"という曲を選んだ。
彼女の無知は責めるべきだし、この"Raani"のリリックは論外だが、彼女が本来伝えようとしているメッセージの価値はゆるぎないし、インドの女性ラッパーのなかでも音楽的にとくに秀でていると考えてのことだ。
まあとにかく、こうやって誤解や失敗を繰り返しながら国と国との関係とか、人と人との関係ってのは良くなっていくものだと信じている。
言いたいのは、リスペクトを大事にしよう、ってこと。
最後に、今回紹介したアーティストについて、これまでに書いた記事を貼り付けておきます。
Su Real
Ritviz
When Chai Met Toast
Pineapple Express
Drish T
Seedhe MautとSiriが所属しているAzadi Records.
MC STANについては、書こう書こうと思ってまだ書いてない!
近々特集したいと思ってます。
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2021年09月01日
あらためて、インドのヒップホップの話 (その2 デリー&パンジャービー・ラッパー編 バングラー系パーティー・ラップと不穏で殺伐としたラッパーたち)

例えばラジオ番組とかで、「インドのヒップホップを3曲ほど選曲してほしい」なんて言われると、ついムンバイのラッパーの曲ばかり挙げてしまうことが多い。
ムンバイの曲ばかりになってしまう理由は、やはり映画『ガリーボーイ』をめぐる面白いストーリーが話しやすいのと、抜群にポップで今っぽい曲を作っているEmiway Bantaiの存在が大きい。
とはいえ、州が違えば言葉も文化も違う国インドでは、あらゆる都市に個性の異なるヒップホップシーンがある。
というわけで、今回は首都デリーのヒップホップシーンについてざっと紹介します!
ご覧の通り、デリーという街は北インドのほぼ中央に位置している。
(まずはちょっとお勉強っぽい話が続くが辛抱だ)

(画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Delhi)
ここで注目すべきは、デリーの北西にあるパキスタンと国境を接したパンジャーブ州。
インドとパキスタンの両国にまたがる地域であるパンジャーブは、男性信徒のターバンを巻いた姿で知られるシク教の発祥の地として知られている。
1947年、インドとパキスタンがイギリスからの分離独立を果たすと、パキスタン側に住んでいたシク教徒やヒンドゥー教徒たちは、イスラームの国となるパキスタンを逃れて、インド領内へと大移動を始めた。
同様にインド領内からパキスタンを目指したムスリムも大勢いて、大混乱の中、多くの人々が暴力にさらされ、命が奪われる悲劇が起きた。
それが今日に至る印パ対立の大きな原因の一つになっているのだが、今はその話はしない。
パキスタン側から逃れてきたパンジャーブの人々は、その多くがパンジャーブに比較的近い大都市であるデリーに住むこととなった。
結果として、デリーのシーンは、パンジャービー(パンジャーブ人)の音楽が主流となったのである。
パンジャービーには、北米やイギリスに移住した者も多い。
2003年に"Mundian To Bach Ke"を世界的に大ヒットさせたPanjabi MCはその代表格だ。
この世代を代表しているのが、Mafia Mundeerというユニット出身のラッパーたちだ。
キャリアなかばで空中分解してしまったMafia Mundeerの詳細はこれらの記事を参照してもらうことにして、ここでは、その元メンバーたちの楽曲をいくつか紹介することとしたい。
彼らの中心人物だったYo Yo Honey SinghとBadshahは、その後、バングラービートにEDMやラテン音楽を融合したパーティーミュージックで絶大な人気を誇るようになった。
Yo Yo Honey Singh "Loka"
Badshah "DJ Waley Babu"
オレ様キャラのHoney Singhはリリックが女性蔑視的だという批判を浴びることもあり、アルコール依存症になったり、少し前には妻への暴力容疑で逮捕されたりもしていて、悪い意味で古いタイプの本場のラッパーっぽいところがある(USと違って銃が出てこないだけマシだが)。
この二人はヒット曲ともなるとYouTubeの再生回数が余裕で億を超えるほどの大スターだが、その商業主義的な姿勢ゆえに、ガリーラップ世代のヒップホップファンから仮想敵として扱われているようなところがある。
(一時期、インドのストリート系のラッパーの動画コメント欄は「Honey Singhなんかよりずっといい」みたいな言葉で溢れていた)
Mafia Mundeerの元メンバーの中でも、より正統派ヒップホップっぽいスタイルで活動しているのがRaftaarとIkkaだ。
Raftaar "Sheikh Chilli"
この曲は前回のムンバイ編で紹介したEmiway BantaiとのBeefのさなかに発表した彼に対する強烈なdissソング。
RaftaarとEmiwayのビーフについては、この記事に詳しく書いている。
IKKA Ft. DIVINE Kaater "Level Up"
Mafia Mundeerの中ではちょっと地味な存在だったIkkaは、今ではDIVINEとともにNASのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、本格派ラッパーとしてのキャリアを追求している。
もちろん、デリーにパンジャーブ系以外のラッパーがいないわけではなく、その代表としては'00年代なかばから活動しているベテランラッパーのKR$NAが挙げられる。
KR$NA Ft. RAFTAAR "Saza-E-Maut"
ちなみにこの曲でKrishnaと共演しているRaftaarも、バングラー・ラップのシーン出身ではあるが、もとはと言えばパンジャービーではなく南部ケーララにルーツを持つマラヤーリー系だ。
パンジャービー・シクのラッパーといえばバングラー・ラップというイメージを大きく塗り変えたのが2017年に"Class-Sikh"で鮮烈なデビューを果たしたPrabh Deepだ。
黒いタイトなターバンをストリート・ファッションに合わせ、殺伐としたデリーのストリートライフをラップする彼は、相棒のSez on the Beat(のちに決裂)のディープで不穏なトラックとともにシーンに大きな衝撃を与えた。
Prabh Deep "Suno"
彼が所属するAzadi Recordsは、デリーのみならずインド全土のアンダーグラウンドな実力派のラッパーを擁するレーベルで、デリーでは他にラップデュオのSeedhe Mautが所属している。
Seedhe Maut "Nanchaku" ft MC STAN
この曲はプネー出身の新鋭ラッパーMC STANとのコラボレーション。
彼らは意外なところでは印DM(軽刈田が命名したインド風EDM)のRitvizとも共演している。
Ritviz "Chalo Chalein" feat. Seedhe Maut
インドのインディーミュージックシーンでは、こうしたジャンルを越えたコラボレーションも頻繁に行われるようになってきた。
デリーのレーベルでは、他にはRaftaarが設立したKalamkaarにも注目すべきラッパーが多く所属している。
Prabh Deep以降、パンジャーブ系シク教徒でありながら、バングラーではないヒップホップ的なラップをするラッパーも増えてきている。
例えばこのSikander Kahlon.
Sikander Kahlon "100 Bars 2"
その一方で、このSidhu Moose Walaのように、バングラーのスタイルを維持しながら、ヒップホップ的なビートを導入しているアーティストも存在感を増している。
Sidhu Moose Wala "295"
Deep Kalsi Ft. KR$NA x Harjas x Karma "Sher"
Siddu Moose Walaはカリスタン独立派(シク教徒の国をパンジャーブに建国するという考えを支持している)という少々穏やかならぬ思想の持ち主だが、彼の人気はすさまじく、Youtubeでの動画再生回数は軒並み数千万〜数億回に達している。
パンジャービー、バングラーとヒップホップの関係は、一言で説明できるものではなくなってきているのだ。(ちなみにSikander KahlonもSiddu Moose Walaも、デリー出身ではなくパンジャーブ州の出身)
最後に、デリー出身のその他のラッパーをもう何人か紹介したい。
Sun J, Haji Springer "Dilli (Delhi)"
Karma "Beat Do"
パンジャービーの影響以外の点で、デリーのヒップホップシーンの特徴を挙げるとすれば、このどこか暗く殺伐とした雰囲気ということになるだろうか。
デリーのラッパーのミュージックビデオは、なぜか夜に撮影されたものが多く、内容も暴力や犯罪を想起させるものが少なくない。
他の都市と比較して、自分の街への愛着や誇りをアピールした曲が少ないのも気になる要素だ。
デリーの若者は自分たちの街にあんまりポジティブなイメージを持っていないのだろうか。
とはいえ、こうしたダークなラップがまた魅力的なのもまた事実で、独特な個性を持ったデリーのシーンには今後も注目してゆきたい。
(ムンバイ編はこちら)
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2021年07月07日
Karan Kanchanの活躍が止まらない!(ビートメーカーで聴くインドのヒップホップ その2)
うれしいことに、ここ最近、俺たちのKaran Kanchanの快進撃が止まらない。
Karan Kanchanはムンバイを拠点に活躍しているビートメーカー。
なぜ「俺たちの」なのかというと、彼はジャパニーズ・カルチャーに大きな影響を受け、その結果、日本にも存在していない'J-Trap'というジャンルを「発明」してしまったという、愛すべきアーティストなのである。
(彼について紹介した記事)
J-Trapはトラップのダークでヘヴィなビートに、三味線っぽい音色や和風の旋律をちりばめた、極めてオリジナルな音楽だ。
この"Tokyo Grime"のラッパーはXenon Phoenix.
外国人の目線から見た不穏なイメージの東京がめちゃくちゃクール!
こちらは"Daruma Dub"
インド人仏教僧Bodhidharma(サンスクリット語)を語源とするおなじみのダルマが、日本のポップカルチャーの影響を受けた最新のダンスミュージックとしてインドに帰還したと思うと、なんだか不思議な縁を感じる。
インドでは、K-Popがメインカルチャーとして受け入れられている一方で、アニメやマンガを中心とした日本文化は、コアなファンを持つサブカルチャーとして確固たる位置を占めている。
K-Popのグループがインドの雑誌の表紙を飾ったり、ボリウッドの人気歌手がK-Popシンガーと共演して多くの耳目を集めている一方で、インディーミュージックシーンでは、日本語名のアーティストや、日本語タイトルの楽曲が数多く存在しているのだ。
こうした日韓のカルチャーの受け入れられ方の違いは、東アジアの一員として非常に興味深い。
(関連記事をいくつか貼り付けます)
シーンを見渡せば、他にも、ジブリの映画や久石譲の音楽をフェイバリットに挙げ、ミュージックビデオにトトロの人形を登場させたドリームポップバンドのEasy Wanderlingsや、80年代の日本のアニメをモチーフにしたミュージックビデオ(楽曲のタイトルは"Samurai")をリリースしたSayantika Ghoshなど、日本文化の影響を受けたインディーミュージシャンは枚挙にいとまがない。
Karan Kanchanは、そのなかでも、非常に強く日本のカルチャーの影響を感じさせるアーティストの一人なのである。
この"Monogatari"のイントロの語りは、三味線奏者の寂空-JACK-によるもの。
じつは、この二人を引き合わせたのは私、軽刈田。
Kanchanの「コラボレーションしてくれる三味線奏者を探してほしい」というリクエストをSNSで拡散したところ、寂空が手をあげてくれたのだ。
寂空が所属するバンド'Shamisenist'は、今後アメリカのレーベルColor Redからのデビューが予定されており、ひとまわり大きくなった日印のアーティスト同士の新たなコラボレーションにも期待したい。
J-Trapという類まれなるスタイルを確立したKaran Kanchanは、前回の記事で紹介した「ムンバイのストリートラップシーンの帝王」DIVINEとの共演を皮切りに、瞬く間にインドのヒップホップ・シーンを代表するビートメーカーとなった。
Karan Kanchanは、ソロ名義でJ-Trapの作品を制作するかたわら、DIVINEを中心としたムンバイのストリートラップ集団Gully Gangのビートを数多く手掛け、次々に注目作をリリースしていった。
DIVINEのニューアルバムでは、ストリート路線から脱却し、内面的なテーマを扱うようになった彼に合わせてディープでメロウなビートを提供。
かと思えば、DIVINE同様にMass Appeal Indiaからのデビューを決めたGully GangのD'Evilには、初期ガリーラップを思わせるパーカッシブなビートを用意し、ムンバイの個性を巧みに表現した。
近年のKanchanの活躍の舞台はムンバイを飛び越え、デリーのラッパーと共演する機会も広がっている。
この"Dum Pistaach"ではデリーのラップデュオSeedhe Mautと共演し、ヘヴィ・ロックの要素を導入した新境地を開いた。
アメコミとインド神話とジャパニーズ・カルチャーが融合したようなビジュアルもクール!
デリーを拠点に活躍するメジャー寄りの人気ラッパーRaftaarの楽曲にも制作陣として名を連ねている。
2019年にリリースされたこの曲の再生回数は4,500万回を超えている。
彼の活躍は国境すら超えはじめており、最近では、Netflixで全世界に配信された『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌の"Jungle Mantra"で、盟友のDIVINE、そしてアメリカの人気ラッパーVince Staples、Pusha Tとの共演を実現させている。
ここ最近の彼の活動で特筆すべきは、活躍の場を広げているだけではなく、ビートのスタイルも多様化させていることだろう。
以前はトラップ系のヘヴィなビートをシグネチャー・スタイルとしていたKanchanだが、最近ではよりコードやメロディーを重視したサウンドにも挑戦している。
Pothuriと共演した"Wonder"では、Daft Punkを思わせるようなポップでエレクトロニックなR&Bのビートを披露。
Gully Gang一味の出身で、やはりMass Appeal Indiaの所属となったShah Ruleの"Clap Clap"では、印象的なピアノのメロディーと、ドリル的に上下にうねるベースが印象的。
とにかく活躍が止まらないKaran Kanchan、売れてくるにつれて彼は日本のカルチャーを忘れてしまったのか?と少々寂しい気持ちにもなるが、最新曲の"Marzi"は、新境地のChill/Lo-Fi系のビートを大胆に導入した最高に心地よいサウンドを届けてくれた。
Lo-Fi/Chill Hop系のビートは、日本のビートメーカーNujabesやアニメ作品との関わりから、日本のカルチャーとの関わりが深い。
(この話題についてはこの記事に詳しい。beipana「Lo-fi Hip Hop〔ローファイ・ヒップホップ〕はどうやって拡大したか」)
言うまでもなくこのミュージックビデオはあの有名なLo-Fi Study Girlのオマージュ(正面から映しているのは珍しい!)で、机の上のチャイがインドらしさを感じさせるが、窓の外の景色や室内の様子は、日本のようにも、どこか他の国のようにも感じられるのが今っぽい。
ヘヴィはトラップ・サウンドから出発したKaran Kanchanが、メロウなLo-Fiビートでジャパニーズ・カルチャー的な世界に帰ってきてくれたと思うと、なんとも感慨深い。
(関連記事。インドのYouTubeチャンネル'Anime Mirchi'が作ったインド風Lo-Fi Study Girlにも注目)
ここでこの記事を終わりにしてもよいのだけど、せっかくなのでKaran Kanchan本人に、ここ数年の大活躍とスタイルの深化、そしてパンデミック下での生活についてインタビューをしてみた。
その様子は次回!
お楽しみに!
(Karan Kanchanインタビュー)
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2021年01月12日
Rolling Stone Indiaが選んだ2020年のシングル10選!
(もとの記事はこちら)
このTop 10はこれまでのアルバムやミュージックビデオと比べて、かなりカラーがはっきりしていて、いわゆる洋楽ポップス的なものが中心に選ばれている様子。
ご存知の通り、インドのメインストリーム音楽は映画音楽なので、欧米風のキャッチーなポップスは、インドではインディーミュージックということになる。
そのあたりの音楽ジャンルの「捻れ」も面白いのだが、前置きはこれくらいにして、それではさっそく見てみよう。
1. Chirag Todi feat. Tanya Nambiar, Pushkar Srivatsal “Desire”
インド西部グジャラート州アーメダーバード出身のギタリスト/ヴォーカリストのChirag Todiは、ジャズロックバンドHeat Sinkのメンバーとしても活動している。
この"Desire"はスムースなファンクネスが心地よい一曲で、例によってこれが2020年のインドで最良のシングル曲かと言われると首を傾げたくなる部分もあるが、きっとこのさりげない感じがセンスの良さと評されて選出されたのだろう。
それにしても、aswekeepsearchingといいShashwat Bulusuといい、アーメダーバードはけっこういいミュージシャンを輩出する街だ。
いちどしっかりこの街のシーンを掘ってみないといけない。
共演のPushkar Srivatsalはムンバイの男女ポップデュオSecond Sightの一員、Tanya Nambiarはデリーの女性ヴォーカリストで、ソロでも客演でも活躍している。
2. Tejas “The Bombay Doors”
コロナウイルスによるロックダウンをという逆境を活かして製作された「オンライン・ミュージカル」"Conference Call: The Musicall!"も記憶に新しいムンバイのシンガーソングライター、Tejas Menonの"The Bombay Doors"はファンキーなシンセポップ。
1位のChirag Todiもそうだが、この手のファンキーなポップスを手掛けるインディーアーティストはインドにも結構いて、Justin Bieberあたりの影響(有名過ぎてだれも名前を挙げないが)が結構あるんじゃないかと思う。
3. Dhruv Visvanath “Dear Madeline”
ニューデリーのシンガーソングライターDhruv Visvanathは、パーカッシブなフィンガースタイルギターでも知られるミュージシャン。
アメリカのAcoustic Guitar Magazineで30歳以下の偉大なギタリスト30名に選ばれたこともあるという。
2018年には"The Lost Cause"がRolling Stone Indiaによるベストアルバム10選にも選出されており、国内外で高く評価されている。
4. Mali “Age of Limbo”
ムンバイのマラヤーリー(ケーララ)系シンガーソングライターMaliの"The Age of Limbo"は、コロナウイルスによるロックダウンの真っ只中に発表された作品。
5. When Chai Met Toast “When We Feel Young”
ケーララ州のフォークロックバンドWhen Chai Met Toastの"When We Feel Young"は、Rolling Stone Indiaによる2020年のベストミュージックビデオ(こちら)の第8位にも選ばれていた楽曲。
私の知る限り、ここ数年でベストシングルとベストミュージックビデオの両方に選出されていた楽曲は初めてのはず。
彼らはいつも質の高い楽曲を届けてくれる、安心して聴くことができるバンドのひとつ。
6. Nishu “Pardo”
言わずと知れたコルカタのドリームポップデュオParekh & Singhの一人、Nischay Parekhのソロプロジェクト。
Parekh & Singhは英語のアコースティック・ポップだが、ソロではメロディーセンスはそのままに、ヒンディー語のシンセポップを聴かせてくれている。
7. Kalika “Made Up”
KalikaはプネーのシンガーソングライターPrannay Sastryのソロプロジェクト。
ベストミュージックビデオ部門の1位にも選ばれた女性ソウルシンガーのSanjeeta Bhattacharyaと、マルチプレイヤーJay Kshirsagarをヴォーカルに迎えた"Made Up"は、南インドの古典音楽カルナーティックを思わせるギターリフが印象的な曲。
8. Seedhe Maut x Karan Kanchan “Dum Pishaach”
インドNo.1アンダーグラウンド・ヒップホップレーベルAzadi Records所属のデリーの二人組Seedhe MautがムンバイのビートメイカーKaran Kanchanと組んだ"Dum Pistaach"は、ヘヴィロックっぽいギターを大胆に取り入れた意欲作。
Karan Kanchanはジャパニーズカルチャー好きが高じて、日本にも存在しない「和風トラップミュージック」のJ-Trapを生み出したことでも知られているが、昨今ではヒップホップシーンでも引っ張りだこの人気となっている。
インドとアメコミと日本風の要素が融合したようなビジュアルイメージも面白い。
9. The Lightyears Explode “Satire”
ムンバイのロックバンドThe Light Years Explodeの"Satire"は、エレクトロファンクっぽい要素を取り入れたサウンド。
タイトルは「風刺」という意味だが、風刺の効いた社会的なリリックの曲も多い彼らはパンクバンドと見なされることもあるようで、かつてインタビューしたインド北東部のデスメタルバンドも彼らのことを優れたパンクロックバンドと評していた。
10. Runt – “Last Breath”
RuntはムンバイのシンガーソングライターSiddharth Basrurによるプロジェクトらしい。
彼はこれまでレゲエっぽい楽曲などをリリースしているが、この曲はインストゥルメンタルのヘヴィロック。
これといって特筆すべきところのない曲で、個人的にはトップ10に選ぶべき楽曲とは思わないが、まあそこは選者の好みなのだろう。
全体的にヒップホップ色が薄く、ロック/ポップスが強いのは媒体の性質によるのかもしれない。
英語詞の曲が目立つ(10曲中7曲)のもあいかわらずで、英語以外ではヒンディー語の楽曲しか選ばれていないのも、Rolling Stone Indiaの拠点がムンバイであることと無関係ではないだろう(ムンバイがあるマハーラーシュトラ州はマラーティー語圏だが、ヒンディー語で制作されるエンターテインメントの中心地でもある)。
全体的に、「ソツなく洋楽っぽい」感じの曲が選ばれがちなのは、日本で言う渋谷系っぽい価値観だと見ることもできそうだ。
いずれにしても、今年もなかなか興味深いラインナップではあった。
それでは今回はこのへんで!
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2020年12月10日
インドのアニメファンによるYouTubeチャンネル"Anime Mirchi"の強烈すぎる世界!
これまでも何度か特集しているとおり、インドにおいて日本のカルチャーは一定のファン層を獲得している。
ここでいう「カルチャー 」というのは、主にアニメのことで、インドのインディーミュージシャンの中には、日本のアニメ作品からの影響を公言しているアーティストがたくさんいるのだ。
そんなインドのアニメファンが運営している、かなり面白いYouTubeチャンネルを発見してしまった。
それが、今回紹介するこの'Anime Mirchi'である。
('Mirchi'とはインド料理にもよく使われる唐辛子のこと)
このチャンネルの素晴らしいところは、単にアニメのみを扱っているのではなく、インドのインディペンデント・ミュージックと日本のアニメ・カルチャーの融合にも積極的に取り組んでいることである。
中でも唸らされたのが、この'Indian lofi hip hop/ chill beats ft. wodds || Desi lofi girl studying'と題された動画だ。
Lo-Fiヒップホップは、創成期の代表的ビートメーカーである故Nujabesが、アニメ作品『サムライ・チャンプルー』のサウンドを手掛けたことなどから、アニメとのつながりが深いジャンルとされている。
とくに、パリ郊外に拠点を構えるYouTubeチャンネル'ChilledCow'が、"lofi hip hop radio - beats to relax/study to"に勉強中の女の子のアニメーションを使用してからは、ローファイサウンドと日本風のアニメの組み合わせがひとつの様式美として確立した。
Lo-Fi HipHopについてはこのbeipanaさんによる記事が詳しい。
この「勉強中の女の子」(当初はジブリの『耳をすませば』 のワンシーンが使われていたが、著作権の申し立てによってオリジナルのアニメに差し替えられた)は、国や文化によって様々なバージョンが二次創作されており、Anime Mirchiが作成したのはそのインド・バージョンというわけである。
(インド以外の各国バージョンはこの記事で紹介されている)
さらに面白いところでは、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」をヴェイパーウェイヴ、シンセウェイヴ的に再構築するという狂気としか思えないアイディアを実現したこんな音源もアップロードされている。
ヒンディー語版?のドラえもんのテーマ曲をリミックスした映像は超ドープ!
ここ数年話題となっているヴェイパーウェイヴというジャンルを簡単に説明すると、「80年代風の大量消費文化を、追憶と皮肉を込めて再編集したもの」ということになるだろう。
「シンセウェイヴ」は、同様のコンセプトでシンセサウンドとレトロフューチャー的なイメージが主体となったものだ。
これらの動画のサウンドを手掛けている'$OB!N'というアーティストは相当なアニメファンらしく、あの『こち亀』の主人公の両津勘吉をテーマにしたこんな曲を自身のSoundcloudで発表していたりもする。
『バーフバリ』はコアなアニメ作品同様、コスプレまでする熱心なファンを持つ映画だが、こうして見てみると、かなりアニメ的なシーンや演出が多いということに気づかされる。
この映像は、『バーフバリ』の日本で大ヒットし、新しいファン層を開拓したことに対するトリビュートとして制作されたものだそう。
インドのインディーミュージックの紹介を趣旨としているこのブログとしては、最近のアーティストの作品に日本のアニメの映像を組み合わせた動画に注目したい。
これはSmg, Frntflw, Atteevの共作によるEDM"One Dance"に新海誠の『言の葉の庭』の映像を合わせたもの。
デリーのラッパーデュオSeedhe MautとKaran Kanchanの"Dum Pishaach"にはHELLSINGの映像が重ねられている。
この2曲に関しては、オリジナルのミュージックビデオも(ほぼ静止画だが)アニメーションで作られており、"One Dance"はSF風、"Dum Pishaach"はアメコミと日本のアニメとインドの神様が融合したような独特の世界観を表現している。
"Dum Pishaach"のビートメイカーKaran Kanchanは大のアニメ好き、日本カルチャー好きとしても有名なアーティストだ。
著作権的なことを考えると微妙な部分もあるが(というか、はっきり言ってアウトだが)、ここまで熱心に日本のカルチャーを愛してくれて、かつ私が愛するインドのインディーミュージックにも造詣が深いこのチャンネル運営者の情熱にはただただ圧倒される。
インドにおけるジャパニーズ・カルチャーと、日本におけるインディアン・カルチャー。
いずれもコアなファンを持つ2つのジャンルをつなぐ'Anime Mirchi'に、どうかみなさんも注目してほしい。
'Anime Mirchi' YouTubeチャンネル
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2020年10月01日
インドNo.1ビートメイカーSez on the Beatの怒りと誇り (ビートメイカーで聴くインドのヒップホップ その1)
昨年、ボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がインドで盛り上がっていた頃、彼は怒りをあらわにしていた。
理由は、この映画の重要なシーンで使用されたインド・ヒップホップ史に燦然と輝く名曲"Mere Gully Mein"(原曲はDIVINEとNaezyによる)のクレジットに彼の名前が記載されていなかったということだ。
他の国では想像できないことだが、インドでは、長らく(そして今日に至るまで)ポピュラー・ミュージックと映画音楽はほぼ同義であり、そして映画音楽が紹介される場合、最も大きく表記されるのは曲名でも歌手名でもなく、映画のタイトルだった。
次に曲名や主演俳優の名前(彼らはほとんどの場合、曲に合わせて口パクをするだけなのだが)が続き、シンガーの名前はごく小さく表記されるのみで(劇中では表に出てこない彼らは「プレイバック・シンガー」と呼ばれる)、作曲家やプロデューサーの扱いはさらに小さい。
(ただし、A.R.ラフマーン・クラスのビッグネームになれば話は別)
そもそも、映画のための一要素として作られる映画音楽と、アーティストの作家性が重視されるヒップホップやインディーミュージックは全く構造が異なっているのだ。
結局、Sezの名前がクレジットに入れられることでこの騒動は一件落着となったのだが、映画賞を総ナメにした話題作の影で、ボリウッドが作品のテーマでもあるインディー文化に敬意を示さなかったことは、少しだけ心に引っかかっていた。
SezがインドNo.1ビートメイカーであることに疑いの余地は無いだろう。
彼は、インド産ストリートラップのオリジネイターであるDIVINEやNaezyの初期の作品で、独特のパーカッシブなビートを開発し、「ガリーラップ」の誕生に大きく貢献した。
Sajeelは、15歳ときにVirtual DJというソフトと出会い、マッシュアップやリミックスを作り始めるようになる。
当時はTiesto, Skrillex, David GuettaといったEDMやトランス系のDJを好んでいたそうだ。
音楽で成功できなかったときのために、父の勧めでデリー大学に進み、コンピューター・サイエンスを修めたというから、優秀な学生でもあったのだろう。
もともとヒップホップは単調に思えて好きではなかったが、インドのヒップホップシーン黎明期の梁山泊とも言えるOrkut(ソーシャルメディア)上のコミュニティ'Insignia'との出会いにより、徐々にシーンに傾倒してゆく。
ちょうどSajeelがヒップホップに転向した頃、インド音楽とEDMを融合したNucleyaの音楽が注目を集るようになった。
当時、インドではヒップホップはまだまだアンダーグラウンドな存在である。
Indian Express紙のインタビューによると、彼はそのときに少しだけ後悔したと正直に話している。
EDMはヒップホップよりもビートメイカーに注目が集まるジャンルでもある。
彼の強烈な自尊心や名声へのこだわりは、こうした経験から生まれたものなのかもしれない。
彼はデリーのヒップホップシーンの中心だったコンノートプレイスのIndian Coffee Houseでたむろしながら、シーンの発展のために、そして自身の研鑽のために、ラッパーたちに無償でトラックを提供していた。
2010年頃のことだ。
大学卒業後、音楽マネジメント会社Only Much Louderで働きながら、アッサム州出身のビートメーカーとStunnahBeatzというユニットを組んで活動していたSezに、やがてチャンスが回ってくる。
ムンバイのラッパーDIVINEに提供した"Yeh Mera Bombay"が人気を集めたのだ。
続く"Mere Gully Mein"は、Sez自身はあまり気に入ったビートではなかったそうだが、DivineとNaezyがムンバイのストリートの空気感を濃厚に感じさせるラップを乗せると、刺激的な音楽を求める若者たちに大歓迎された。
Sezのビートは、Divineのワイルドなラップとも、Naezyの苛立ちを感じさせるフロウとも抜群の相性だった。
ヒンディー語で裏路地を意味する"Gully"という単語は、インドのヒップホップを象徴する言葉となり、ついには大スターを起用したボリウッド映画まで作られるほどになったのだ。(先述の『ガリーボーイ』のことだ)
だが、Sezはこの「ガリーラップ」の成功にとどまるつもりはなかった。
彼は一時代を築いたガリービートに早々に見切りをつけると、その後はメロウなチルホップ系のサウンドやトラップ的なビートを導入し、インドのヒップホップシーンの最先端を走り続けている。
とくに、デリーの先鋭的ヒップホップレーベルAzadi Recordsから2017年にリリースされたPrabh Deepのアルバム"Class-Sikh"は、ガリーラップ以降のインドのヒップホップを方向付ける作品として、非常に高い評価を受けている。
Azadi Recordsは、イギリスで音楽ビジネスに関わっていたMo JoshiとジャーナリストのUday Kapurによって、当時設立されたばかりの新進レーベルだ。
インディペンデントな姿勢にこだわり、ときにラディカルな政治的主張もいとわないAzadi Recordsは、商業主義を排した本物のヒップホップレーベルとして時代の寵児となった。
このレーベルは、Sezの活躍の舞台としてもうってつけだった。
デリーの二人組、Seedhe Mautに提供したトラックでは、珍しくインド古典音楽っぽいリズムやサウンドを導入している。
彼がAzadi Recordsでプロデュースたのは、デリーのラッパーたちだけではない。
アルバム"Little Kid, Big Dreams"を共作したカシミール出身のAhmerは、Sezの緊張感のあるビートに乗せて、過酷すぎる故郷の生活をラップしている。
美しい自然と厳しい現実を綴ったリリックの対比が、痛切な印象を与えるミュージックビデオだ。
Azadi RecordsでSezが作り出した叙情性と不穏さが共存したビートは、ガリーラップ以降のインドのヒップホップシーンのトレンドを方向付けたと言っても過言ではないだろう。
時計の針を少し戻すと、ガリービート以降、こうしたサウンドに至る前のSezが作っていた、メロウでチルなサウンドも素晴らしかった。
バンガロールのSmokey the GhostとAzadi所属前のPrabh Deepが共演した"Only my Name"はLo-Fi/Jazzy Beat的なサウンドが印象的。
ムンバイのラッパーEnkoreに提供した"Fourever"も美しさが際立っている。
最近のSezはまたビートの幅を広げてきており、昨年10月にバンガロールのフィーメイル・ラッパーSiriがリリースした曲には、また違ったタイプのビートを提供している。
英語でない部分の言語はカルナータカ州の公用語であるカンナダ語。
これは彼の強烈なプライドと自信を表しているものと見て間違いないだろう。
時は流れて2019年12月、Sezは再び、怒っていた。
彼がFacebookに投稿した長い文章(https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080)を要約してみよう。
「ずっと言いたかったことを言わせてくれ。ヒップホップについて書いている音楽ジャーナリストたち。お前らがプロデューサーにはほとんど言及しないのはどういうことだ?
俺たちだって、ラッパーと同じくらい一生懸命音楽に取り組んでいる。
ラッパーは確かに表紙を飾る存在かもしれないが、同じように音楽を作っているアーティストが、ラップをしないから、ストーリーを語らないからといって十分に注目されないってのは悲しいことだ。
"Class-Sikh", "Bayaan"(Seedhe Mautのアルバム), "Little Kid, Big Dreams"と、俺はAzadi Recordsで3つのビッグプロジェクトに関わってきた。いずれもシングルじゃなくてアルバムだ。
ビートを作り、録音して、プロジェクトを監督してきた。
唯一俺がしなかったのは、ラップしたり、ストーリーを語ったりすることだけだ。
ジャーナリストもレーベルも、プロデューサーが注目されないのは自分たちのせいじゃないと言うだろう。
こんな状況はおかしいと何度もレーベル内で話して、怒りを表してきたが、何も変わらなかった。
俺に対してこんな扱いだったら、もっと無名なプロデューサーは名前すら出してもらえないだろう。
俺はアーティストにも文句を言いたい。ファミリーだのブラザーだのいいながら、お前らはインタビューで仲間のことにはほとんど触れない。
リスナーたちにも少し苦言を呈させてもらう。俺が作ったトラックを聴いているリスナーのうち、アーティストと同様にプロデューサーも気にしてくれているのは半分以下だ。
俺はこんな状況は早く変わって欲しいし、もっと早く指摘するべきだった。
ヒップホップはコミュニティだ。
ラッパーだけのものでも、レーベルだけのものでもない。
P.S. 俺はもうAzadi Recordsの一員ではない。新しいチームを作ったんだ。」
なんと彼は、蜜月と思われていたAzadiとの関係に終止符を打ち、出てゆくことを宣言したのだ。
彼の怒りの源は、『ガリーボーイ』のときと同様に、サウンド面でヒップホップシーンに大きく貢献しながらも軽視されている状況に対してのものだった。
傍目には十分な評価と注目を得られているように見えていたが、シーンのど真ん中にいる彼には、また別の感じ方があったのかもしれない。
8月には多くのラッパーをゲストに迎え、EP"New Kids on the Block vol.1"をドロップした。
このThara MovesはLuckというラッパーとの共演。
この"Kahaani"では、EDM系プロデューサーのZaedenをシンガーとして迎えるという珍しいコラボレーションに取り組んでいる。
ラッパーはEnkore, Yungsta, Little Happu, Shayan.
これに対してAzadi Records側は、ムンバイのTienasがリリースした"Fubu"で、'I made it without SezBeat, bitch'とラップし、決別を宣言した。
いずれにしても、Sezがこれまでインドのヒップホップシーンに残してきた功績は疑う余地のないものだし、今後どんな進化を遂げるのか、非常に楽しみな存在でもある。
参考サイト:
https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080
https://scroll.in/magazine/912400/the-release-of-gully-boy-is-a-bittersweet-moment-for-a-stalwart-of-indias-hip-hop-movement
https://loudest.in/2019/08/05/interview-sez-hip-hop/
http://www.thewildcity.com/news/16976-sez-on-the-beat-releases-first-single-goonj-after-parting-ways-with-azadi-records
https://ahummingheart.com/features/interviews/sez-on-the-beat-and-faizan-khan-building-community-with-the-mvmnt
https://indianexpress.com/article/express-sunday-eye/hip-hop-producer-west-delhi-ended-up-amplifying-the-voice-of-a-whole-new-generation-5388380/
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2019年08月16日
インドのヒップホップをネクストレベルに押し上げるデリーの新進レーベル、Azadi Records
Azadi Recordsは2017年に発足した新しいレーベルだ。
創設者はイギリスで長く音楽業界に関わっていたMo JoshiとジャーナリストのUday Kapur.
Joshiはイギリスで最初期のヒップホップグループの一員として音楽キャリアをスタートさせ(このグループについては詳細な情報は得られなかった)、その後音楽フェス関連の仕事や、Joss Stoneなどの有名ミュージシャンとの仕事をしたのち、2014年にインドに帰国。
国内外のインド系ヒップホップアーティストを扱うウェブサイト、DesiHipHop.comでの勤務を経て、2017年にKapurとAzadi Recordsを立ち上げた。
国内外のヒップホップを知り尽くした二人が、満を持して発足したレーベルが、このAzadi Recordsというわけだ。
Azadi Recordsの記念すべき最初のリリースは、デリーのシク教徒のラッパー、Prabh Deepの"Kal".
パンジャービー系ながら、バングラー的なパーティーラップではなく、抑制の効いたディープなトラックに乗せてリアルなストリートの生活をラップするPrabh Deepは、あっという間に注目を集める存在となった。
(これまで、シク教徒を中心とするパンジャーブ系のラッパーは、伝統音楽バングラーのリズムにヒップホップやEDMを融合した派手なパーティースタイルのラップをすることが多かった。詳しくはこの記事を参照してほしい「Desi Hip HopからGully Rapへ インドのヒップホップの歴史」)
トラックを手がけているのは同じくデリー出身のSez on the Beat.
彼は、映画『ガリーボーイ』にもフィーチャーされたDIVINEとNaezyの"Mere Gully Mein"やDIVINEの"Jungli Sher"などにも携わっており、アグレッシブな典型的ガリーラップサウンドを作り上げた立役者でもある。
昨今ではより抑制的なビートとユニークな音響重視のトラックを作っており、インドのヒップホップの新しい局面を切り開いている。
Azadi Recordsがサウンド面でも高い評価を得ている理由は、このSezによるところも大きい。
"Kal"に続いてAzadi RecordsからリリースされたPrabh Deepのファースト・アルバム"Class-Sikh"は、Rolling Stone Indiaの2017年度最優秀アルバムに輝くなど、幾多の高評価を受け、文字通りインドのヒップホップのクラシックとなった。
同アルバムから"Suno"('Listen'という意味)
このアルバムの成功によって、Azadi Recordsは一躍インドのヒップホップシーンの台風の目となる。
レーベル名の'Azadi'は「自由」を意味するヒンディー語。
レーベルのFacebookページによると、彼らは「現代の差し迫った問題に批判的に関与し、意見を述べる、先進的で政治的意識の高い(consciousな)音楽をリリースするためのプラットフォームを南アジアのアーティストに提供する」ことを目的としており、「アンダーグラウンドであることを目指すのではなく、メインストリームによって無視されがちなストーリーに注目し」「世界中の多様なコミュニティ間の対話を始めるための新しいサウンドやビジュアルを探求する」という趣旨のもと活動しているという。
(https://www.facebook.com/pg/azadirecords/about/)
Prabh Deepに続いてAzadi Recordsがリリースしたのは、デリーのラッパーデュオSeedhe Maut.
トラックを手がけているのはやはりSez.
Seedhe Mautによる"Shaktimaan"というインドの特撮ヒーローをタイトルにした楽曲。
最近では、ジャンムー・カシミール州スリナガル出身のラッパーAhmerとSezによるアルバム"Little Kid, Big Dreams"をリリース。
Prabh Deepも参加したこの"Elaan"では、紛争の地カシミールに生まれたがために、自由や命の保証すらない現実と、それに対するフラストレーションがリアルにラップされている。
分離独立やパキスタンとの併合を求める運動が絶えないカシミールでは、先日のインド中央政府による強権的な自治権剥奪にともない、通信が遮断され、集会が制限されるなど、緊張状態が続いている。
この緊迫した状況下で故郷スリナガルに帰るAhmerのメッセージを、つい先日レーベルのアカウントがリツイートした。
The Kashmiri rapper, Ahmer saves his "final verse" before he goes back home to Kashmir. His voice can't be shut down. @azadirecords #EndKashmirBlockade pic.twitter.com/BBg3wHgN26
— aishwarya (@aishyinabubble) August 8, 2019
「故郷に帰る。今日から封鎖の中に行くから、存在しなくなるのも同じさ。カシミールのみんなと同じように、包囲の中、暴力的な体制の中、専制の中、抑圧の中で過ごすんだ。自分の家族が無事でいるかどうか分からない。そうであってほしいけど。カシミールの外にいるみんな、無事でいてくれ。俺たちは奴らには負けない」
「明日から俺は存在しなくなる。生きているかどうか、誰にも分からないだろう」
無事を伝える通信手段すら確保できない故郷に、それでも帰る彼の気持ちはいかばかりだろうか。
Ahmerの無事を祈らずにはいられない。
(カシミールのリアルを伝えるラッパーには、他にMC Kashがいる。彼らについてはこちらの記事から「バジュランギおじさん/ヒンドゥー・ナショナリズム/カシミール問題とラッパーMC Kash(後半)」)
こうしたアーティストの楽曲のリリースは、まさに「メインストリームによって無視されがちなストーリーに注目し」「現代の差し迫った問題に批判的に関与し、意見を述べる、先進的で政治的意識の高い(consciousな)音楽をリリースする」というこのレーベルの目的に合致したものと言えるだろう。
Azadi Recordsは、通常のインドのレーベルでは売り上げの4〜7%しかアーティストが得られない契約であることに対して、アーティストとレーベルとで50%ずつの取り分としており、また大手レーベルが最大で30年間保有する著作権を、5年間のみの保有とするなど、アーティストの権利を尊重した契約をすることにしているという。
「ヒップホップはカルチャーなんだ。単にラップをしているだけはヒップホップとは言えない。ボリウッドにはラップこそあるけど、ヒップホップは存在していないよ」。
これは今年2月にインドで『ガリーボーイ』が公開された以降のインタビューだから、当然この映画の成功を意識した上での発言だろう。
インドのヒップホップシーンが『ガリーボーイ』に概ね好意的な反応を示しているなかで、かなり手厳しい意見だが、それだけピュアなアティテュードを持ったレーベルということなのだ。
インドのヒップホップにかなり早い時期から注目していた鈴木妄想さんをして「Prabh Deepの新曲が凄い。不穏な始まりからアブストラクトで浮遊感あるブリッジを経て、メロウな歌モノに展開。この人のトラックメイキングほんとに凄い。間違いなく俺の好きなヒップホップはこういう音だよ。」と言わしめた完成度(鈴木妄想さんのTwitterより。この楽曲を完璧に表現していて、もう何も付け加える言葉がない!)。
Azadi Recordsが取り上げるアーティストはデリーだけに止まらない。
ムンバイを拠点に政治的かつ社会的なラップを発表してきたユニットSwadesiも、Azadi Recordsと契約し、独特のアートで知られる先住民族ワールリーの立場を代弁する楽曲を発表している。
ムンバイで、ガリーラップとは一線を画すメランコリックなスタイルの楽曲を発表していたTienasも、Azadi Recordsから新曲"Juju"を発表したばかり。
他にも、Azadi Recordsはムンバイ在住のタミル語ラッパーRak, バンガロールを拠点に活動する英語とカンナダ語のバイリンガルのフィーメイル・ラッパーSiri, 北東部メガラヤ州のR&BユニットForeign Flowzらと契約を交わしており、首都デリーにとどまらず、インド全土の才能を世に出してゆくようだ。
(これらの楽曲は、以前のリリースであり、Azadi Recordsからのリリースではない。彼らはAzadiとの契約にサインしているが、楽曲のリリースはまだのようだ)
数々の楽曲のリリースのみならず、Mo Joshiは、DivineとRaja Kumariがコラボレーションした楽曲"Roots"のリリックに対して「カースト差別的である」との指摘をするなど、単に音楽業界のいちレーベルに止まらないご意見番としての役割を果たしているようだ。
おそらくは、この楽曲のなかの'Untouchable with brahmin flow from the mother land'(母なる大地から生まれたバラモンのフロウには触れることすらできない)というリリックを、バラモン(ブラーミン)を最も清浄な存在とし、最下層の人々を汚れた「不可触民」(Untouchable)としてきた歴史を肯定的に捉えたものと解釈して批判したものと思われる。
アメリカで生まれ育ったフィーメイル・ラッパーのRaja Kumariは、自身のルーツを示すものとしてヒンドゥー的な表現をよく使用しているが、この指摘は、インドにおける新しい価値観であるべきヒップホップが、旧弊な価値観を引き継いでいることに対する、目ざとい批判と言ってよいだろう。
インドのヒップホップシーンの成長と変化は驚くべきスピードで進んでいる。
そのなかでも、このAzadi Recordsはピュアなアティテュードと感性で、アンダーグラウンドのリアルなヒップホップを取り扱うことで、非常に大きな存在感を示している。
今後の活動がますます注目されるレーベルである。
その他参考とした記事:
https://allaboutmusic.in/mo-joshi/
http://www.thewildcity.com/features/6357-azadi-records-are-taking-no-prisoners
https://scroll.in/magazine/893004/indias-most-exciting-music-label-doesnt-want-to-produce-hits-and-thats-a-good-thing
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