SayantikaGhosh

2021年09月29日

J-WAVE 'SONAR MUSIC'出演! オンエアした曲、紹介したかったけどやめた曲など


9月29日(水)J-WAVEであっこゴリラさんがナビゲートする「SONAR MUSIC」にて、たっぷりとインドの音楽を紹介させていただきました!

めちゃくちゃ楽しかったー!
1時間近く、時間はたっぷりあったはずなのに、伝えたいことがあって、ちょっと喋りすぎちゃったかな…と少し反省もしてますが、自分の好きな音楽(そしてほとんどの人が知らないであろう音楽)をラジオを通してたくさんの人に伝えられるというのは何度経験してもすごくうれしいもの。

当日オンエアした曲をあらためて紹介します! 



Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"
デリーのEDM/トラップ系プロデューサー!


Ritviz "Chalo Charlein feat. Seedhe Maut"
プネーのインド的EDM(印DM)プロデューサーとデリーのラップデュオの共演!


When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"

ケーララ州のフォークロックバンド!


Pineapple Express "Cloud 8.9"
ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンド、インドの古典音楽との融合!


Drish T "Convenience Store(コンビニ)"
ムンバイ出身の日本語で歌う(!)シンガーソングライター!


Siri "Gold"
ベンガルールの女性ラッパー!


Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
デリーのラップデュオにプネーの気鋭の存在MC STANがゲスト参加!


MC STAN "Ek Din Pyaar"
プネーのラッパー!



今回の選曲は、インドでの人気や知名度よりも、純粋にサウンド的にかっこよかったり面白かったりするアーティストを集めたという印象。
この"SONAR MUSIC"は毎回かなり面白い特集を組んでいる音楽番組なだけに、リスナーの皆さんの反応が気になるところでしたが、気に入ってもらえたらうれしいです。


(ここからはちょっと余談)
6月の宇多丸さんのTBS「アフター6ジャンクション」、先月のSKY-HIさんの"IMASIA"に続いて、3本目のラジオ出演(全部ラッパーの番組!)となったわけだけど、ラジオで紹介する曲を選ぶのって、毎回かなり悩む。
インドの音楽やインドという国にとくに興味のないリスナーのみなさんにも「インドの音楽って面白い!」と思ってもらいたいし、できれば楽曲だけじゃなくて、興味深いエピソードなんかも話したい。
いかにもインドっぽい音がいいのか、インドらしからぬ欧米のポップスみたいな曲がいいのかも悩みどころだ(結局、毎回両方を選曲している)。
ラジオでは、私が出演するコーナーの前後に、当然ながら日本やアメリカやイギリスの完成度の高いポピュラーミュージックが流されているわけで、いずれにしてもそこに埋もれない曲を選びたい。
さらに欲を言えば、番組やパーソナリティーのカラーにあった曲が紹介できると、なお良い。

SONAR MUSICのナビゲーターのあっこゴリラさんの曲は以前から聴いていて、"DON'T PUSH ME feat.Moment Joon" みたいな曲で、女性やマイノリティが社会で感じている生きづらさを、きちんと表現しているのがかっこいいと思っていた。
日本語のリリックでは表現が難しいこういう社会的なテーマを、ヒップホップのフォーマットのなかでかっこよく表現するというのは、センスも勇気も必要なことだ。

だから、このブログでも度々話題にしているような、日本とはまた違う形で保守性や排他性が残るインドの社会の中で女性としての意見を表明しているフィメール・ラッパーのことを紹介したかったし、それに対するあっこゴリラさんの意見を聞いてみたかった。

ところが、「コレ!」という曲がなかなか見つからない。
インドにもフィメール・ラッパーはそれなりにいるのだが、ブログで文章を添えてミュージックビデオを紹介するぶんには良くても、ラジオでオンエアするとなると、曲としてはちょっと弱かったりするのだ。
メッセージは最高なのだけど、ラップのスキルがいまいちだったり、インドのアーティストにしては完成度の高いトラックでも、もしアメリカのトップアーティストの曲が流れた後だったら、そこまで魅力的に響かなかったりする。

できればインドらしいインパクトがあり、かつラップのスキルも十分で、メッセージも強烈な曲があれば良いのだが…と思っていたら、ぴったりの曲があった。

インド系アメリカ人で最近はインド国内での活躍がめざましいRaja Kumariをリーダーとして、ベンガルールのSiri, メガラヤのMeba Ofilia, ムンバイのDee MC,といったインドじゅうのフィメールラッパーが共演した"Rani Cypher"だ。

いかにもインド的なコーラスも耳を惹きつけるし、サビの女性に対する「忘れないで、あなたはクイーン(タイトルの'Rani'は女王の意)」というメッセージも素晴らしい。
ラップが英語でいわゆる洋楽リスナーにも聴きやすいのも良いし、冒頭で'As a woman in this industry, we have to work harder, we have to be better, we have to do so much more'という語りが入っているのでコンセプトが分かりやすい。
在外インド人であるRaja Kumariとインド各地の異なるバックグラウンドのフィメール・ラッパーのコラボレーションというのもぜひ触れたいポイントだ。

これは紹介したい楽曲の最右翼。さあリリックを細かくチェックしようと思ったら。
冒頭のヴァースで、ヘイターたちへのメッセージとして、こんなリリックをラップしていたのでびっくりした。

'I Nagasaki on them haters, ground zero'

マジか…。
これって明確に「ヘイターどもはナガサキのグラウンド・ゼロみたいにぶっ潰してやる」って意味だよね。

ラップの中で語呂のいい言葉を選んだのだろうが、さすがにこれはない。
(このリリックをラップしているのはSiriで、彼女に対しては、きちんと抗議しておきます。返事が来たらまたご報告します) 

この曲に関して言えば、この部分のリリック以外はコンセプトもサウンドも最高だし、こうしたリリックが含まれていることを注釈したうえで紹介しようかとも思ったのだけど、せっかく大勢の音楽ファンにとって未知のインド音楽を紹介するのに、ネガティブな話はしたくないので、残念だがこの"Rani"はリストから外すことになった。

インド社会の悪い意味での保守性のもとで女性たちが苦しんでいる現状に対して、ラップという新しい手段で声を上げることは、とても素晴らしいことだと思う。

問題は、虐げられている人々を鼓舞するために、別の虐げられた人たちが傷つくような表現をするっていうのはそもそもどうなのか、という話だ。

彼女の他の曲もたくさん聴いたが、彼女は決して露悪的な表現を好むラッパーではないと認識している。
(ヒップホップ的な範囲での強がりやディスりはもちろんあるが)
おそらく彼女にとって原爆投下は遠い国の歴史上の出来事で、いまだに犠牲者やその家族が、直接的、間接的に苦しんでいることを単純に知らないのだろう。

もちろん、彼女のしたような表現がインドで一般的に許容されているわけではなく、同じくベンガルールを拠点に活動するラッパーのSmokey The Ghostはこんなふうにフォローしてくれている。



(Smokeyはこの後、今回の一件について「原爆の悲劇はインドでもよく知られているし、これは単なる『特権的な無知』に過ぎない」との解釈を伝えてくれた)


いろいろ考えた結果、結局、フィメール・ラッパーの曲はSiriの"Gold"という曲を選んだ。
彼女の無知は責めるべきだし、この"Raani"のリリックは論外だが、彼女が本来伝えようとしているメッセージの価値はゆるぎないし、インドの女性ラッパーのなかでも音楽的にとくに秀でていると考えてのことだ。

まあとにかく、こうやって誤解や失敗を繰り返しながら国と国との関係とか、人と人との関係ってのは良くなっていくものだと信じている。 

言いたいのは、リスペクトを大事にしよう、ってこと。

最後に、今回紹介したアーティストについて、これまでに書いた記事を貼り付けておきます。



Su Real



Ritviz



When Chai Met Toast
 


Pineapple Express
 


Drish T



Seedhe MautとSiriが所属しているAzadi Records.
 


MC STANについては、書こう書こうと思ってまだ書いてない!
近々特集したいと思ってます。



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goshimasayama18 at 23:59|PermalinkComments(0)

2020年12月29日

2020年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10


2017年末に始めたこのブログも、おかげさまで丸3年。
これまでは、毎年年始めにRolling Stone India誌が選んだインドの音楽年間トップ10を紹介してきましたが(それもやるつもりですが)、今年は、軽刈田が選ぶインドのインディーミュージック年間トップ10を選んでみたので、発表してみたいと思います。


いつも偉そうに音楽を紹介してるけど、広大なインドのインディーミュージックを全て聴き込んでいるわけでもなく、言語も分からず、しばらくインドの地を踏めていない自分の興味や好みによるセレクトではありますが、映画音楽や古典音楽以外のシーンで何が起きているのかを知るきっかけにはなるはず。

ノミネートの条件は、今年インドでリリースされた楽曲、アルバム、ミュージックビデオであること。
選考基準はセールスでも再生回数でもなく、完全に主観!
とはいえ、一応いまのインドのシーンを象徴する楽曲を選んだつもりです。
全10選ですが、とくに順位はありません。


DIVINE "Punya Paap"

今のインドのインディー音楽について書くなら、どうしたってヒップホップから始めることになる。
DIVINEについては何度も書いているのでごく簡単に紹介すると、彼はムンバイ出身のラッパーで、ストリートラップ(いわゆるガリーラップ)シーンの初期から活動していた大御所(インドはシーンの歴史が浅いので、キャリアはまだ10年程度だが)。
2019年に公開された映画『ガリーボーイ』の「MCシェール」のモデルになったことをきっかけに知名度を上げ、今では米ラッパーNasのレーベルのインド部門である'Mass Appeal India'の所属アーティストとして活動している。
かつてストリートの日常をテーマにした「ガリーラップ」で人気を博していた彼は、最近では内面的なリリックやコマーシャルなパーティーラップなど、新しいスタイルに取り組んでいる。
この曲は彼のクリスチャンとしての宗教的な部分を全面に出した作品となっており、ガリーラップ時代とはまた別の気迫を感じさせる意欲作。
同じく今年リリースした"Chal Bombay"や"Mirchi"はかなりコマーシャル寄りな楽曲で、セルアウトと言われようと変わり続けるシーンになんとか食らいついてゆこうというベテランの意地を感じる。
最新アルバム"Punya Paap"では多彩な音楽性に挑戦しているが、どんなビートでも変わらないアクの強い独特のフロウを、彼のシグネチャースタイルと見るか不器用と見るかで評価が分かれそうだ。

DIVINEが音楽性を多様化させる一方で、最近ではBadshahやYo Yo Honey Singhといったコマーシャルラッパーたちは、従来アンダーグラウンドラッパーが使っていたような抑えたビートを選ぶことが多くなっている(これはムンバイ在住のHiroko Sarahさんの鋭い指摘)。
インドのヒップホップ界のメジャーシーンとインディーシーンの垣根はますます低くなってきているようだ。



MC STΔN  "Ek Din Pyaar"

DIVINEがインドのストリートラップの第一世代だとしたら、ヒップホップの新世代を象徴しているのがこのMC STANだろう。
マハーラーシュトラ州プネー出身の21歳。
メディアへの目立った露出もないまま、卓越したスキルとセンスを武器にYouTubeから人気に火がついた(と思われる)。
人気ラッパーEmiway Bantaiにビーフを仕掛けるなど、悪童的なキャラクターが先行していた彼は、2019年末にリリースした"Astaghfirullah"で、イスラームの信仰を全面に出したことでそのイメージを刷新。
内面的なテーマも扱う本格ラッパーという評価を決定的なものにした。
その後、再びこの"Ek Din Pyaar"(自身の悪評もネタにしている)のような不道徳路線に戻って数曲をリリースした後、つい先日また宗教色の強い"Amin"を発表したばかり。
こうした聖と俗の振れ幅、確かなラップスキルとセンス(トラックメイキングも自身で手掛けている)、ビジュアル、そして人気や知名度から見ても、彼こそがインドのヒップホップ新世代を象徴する存在と考えて間違いない。

今年のインドのヒップホップシーンは、他にもMass Appeal IndiaからリリースされたIkkaの"I"(これはコマーシャルラッパーのアンダーグラウンド回帰の好例)や、売れ線を完全に無視してエクスペリメンタルに振り切ったTienasの"A Song To Die"など、佳作ぞろいだった。
インドのヒップホップシーンの変化の激しさと面白さは今後もしばらく続くだろう。


Prateek Kuhad "Kasoor"
今年は世界中の音楽シーンが新型コロナウイルスの影響を受けた1年だったが、かなり早い段階からロックダウン政策が取られていたインドでは、この逆境を逆手にとって優れた作品をリリースするアーティストが目立った。
このPrateek Kuhadの"Kasoor"のミュージックビデオは、オンラインで集めた映像(恋愛にまつわるテーマへのリアクション)を編集して、非常にエモーショナルな作品に仕上げている。
ミュージックビデオの好みで言うなら、個人的にはこの曲が今年のNo.1。
この曲は他のアーティストたちにも響いたようで、インドを代表するEDMプロデューサー/シンガーソングライターのZaedenは、さっそくこの曲のカバーバージョンを発表していた。
Prateek Kuhadはインドのシンガーソングライターを代表する存在で、音楽ファンの支持も厚く、つい先ごろアメリカの名門レーベルElektraと契約したことを発表したばかり。
今後の活躍がもっとも期待されるアーティストの一人だ。



Tejas他 "Conference Call: The Musicall!"


コロナによる活動の制限を逆手にとって発表された作品のなかで、もっとも見事だったのが、この"Conference Call: The Musicall!"
インドには、Jugaad(ジュガール)という「今あるものを使って工夫してやりくりする」文化があるが、この曲はコロナ禍で急速に一般化したオンライン会議をミュージカルに仕立て上げ、さらには兼業ミュージシャンが多いインドの音楽シーンを皮肉をこめてテーマにした、まさに音楽的ジュガール。
シンガーソングライターTejas Menonが中心になって制作されたこのミュージックビデオは、ストーリーも面白いし楽曲も良くできていて、ミュージカルとしても純粋に楽しめる作品になっている。
全世界の音楽関係者が絶望したり、大真面目に「逆境に立ち向かおう」と訴えているときに、こういう面白い作品をしれっとリリースしてしまうのがインド人の素晴らしいところだ。



Aswekeepsearching "Sleep"

グジャラート州アーメダーバード出身で、現在はベンガルールを拠点に活動しているポストロックバンドが今年4月に発表したアンビエント・アルバム。
この作品に関しては、楽曲単位ではなくアルバムとしての選出。
ロック色の強かった前作"Rooh"とはうってかわって静謐でスピリチュアルな作風となったが、これがコロナウイルス禍でステイホームを余儀なくされた時代の雰囲気にばっちりはまった。
アンビエントとはいえ、トラックごとに個性豊かで美しい楽曲は飽きさせることがなく、個人的な感想を言うと、夜人気のない道をランニングしながら聴くと不思議な高揚感が感じられて大変心地よく、一時期愛聴していた。
インドには、ポストロックやアンビエント/エレクトロニカのような音の響きを重視したジャンルの優れた才能アーティストが多く、これからも注目してゆきたい。



Whale in the Pond "Dofon"

コルカタの「ドリームフォーク」バンドWhale in the Pondがリリースした"Dofon"は、核戦争による世界の終末を迎えた人類を描いたコンセプトアルバム。
この作品もアルバムとしての選出としたい。
"Aaij Bhagle Kalke Amra Nai"はアルバムの冒頭を飾る楽曲で、ベンガル語の方言であるシレッティ語(Sylheti)で歌われているが、アルバムには"Kite/Loon"のように英語で歌われている曲も多く収録されている。
サブスク全盛の現代に、世紀末的なテーマのコンセプトアルバムとはなんとも前時代的だが、この作品はソングライティング、構成、伝統文化との融合など、あらゆる面から見て大傑作。
昨今のインドのアーティストには珍しく、ウェブサイトを通じてフィジカルリリースをしていると思ったら、なんと「CDは時代遅れなのでついていません」との注釈が書かれていて、アルバムがダウンロードできるリンクのついたブックレット(コンセプトやビジュアルアート、歌詞が掲載されている)のみを販売しているとのこと。
こうしたセンスを含めて、伝統的な部分と革新性を併せ持った、才能あふれるバンドだ。



Heathen Beast "The Revolution Will Not Be Televised But It Will Be Heard"

インドのインディーミュージックの激しい面、政治的・社会的な面を煮詰めたような作品。
Heathen Beastはコルカタの無神論ブラックメタル/グラインドコアバンド。
このアルバムでは、ヒンドゥー・ナショナリズム的な政権や排外主義政策、腐敗した宗教界、警察権力、メディアを激しく糾弾している。
社会性/政治性を抽象化せずに、ここまでストレートにメッセージを打ち出しているアーティストは、いまどき世界的にも貴重な存在。
メンバーは過激すぎる作風から、正体を明かさずに音楽活動を続けている(インドでは反体制的なジャーナリストの殺害事件なども多い)。
正直、この音楽性なのでアルバムを通して聴くのは結構しんどいが、強烈なアティテュードにある種の清々しさを感じる作品だ。




Sayantika Ghosh "Samurai"

もう1枚、コルカタ出身のアーティストから。
シンセポップ・アーティストSayantika Ghoshの"Samurai"は、80年代レトロフューチャー的なサウンド/ビジュアルや、内面的な歌詞、日本のアニメの影響など、昨今のインドのインディーシーンの鍵となるテーマが散りばめられた作品。
ブログでも取り上げた通り、近年インドでは、"Ikigai"とか"Natsukashii"のように日本語のタイトルを冠した曲が散見されており、日本人としては気になる傾向だ。
Sayantika Ghosh現在は活動拠点をムンバイに移しているとのこと。
ソングライターとしての能力も高く、今後もっと評価されて良いアーティストだ。

今年は彼女の他にもNidaの"Butterfly"Maliの"Absolute", ラップに挑戦したSanjeeta Bhattacharyaの"Red"など、女性シンガーソングライターの自然体の魅力あふれる秀作が多い一年だった。




Ritviz "Chalo Chalein feat. Seedhe Maut"

RitvizはSpotifyでも高い人気を誇っているインド風EDM(いわゆる「印DM」)アーティスト。
インド的な要素と現代的なダンスミュージックを融合するだけでなく、ポップな歌モノとしても上質な作品を発表し続けている。
ポップかつノスタルジックな色彩のミュージックビデオは、彼の音楽にも今の気分にもぴったりはまっている。
共演のSeedhe Mautはデリー出身のストリートラップデュオで、この一見ミスマッチなコラボレーションにもインドのヒップホップの多様化・一般化を見ることができる。
Ritvizは"Raahi"のミュージックビデオでは同性カップルを取り上げており、こちらもLGBTQの権利向上に意識が向いてきた昨今のインドのインディー音楽シーンを象徴する作品だった。
ローカルな要素を多分に含んだ彼の音楽が、今後インド国外でも人気を得ることができるのか、注目して見守りたい。

「印DM」には、他にもNucleya, Su Real, Lost Storiesなど、期待できるアーティストが盛りだくさんだ。



Diljit Dosanjh "Born To Shine"

個人的な話になるが、2020年は私にとってバングラー/パンジャービー・ポップの面白さとかっこよさを再発見した年でもあった。
これまで、「バングラーは北インドのコマーシャルなポピュラー音楽」という認識でいたので、インディーミュージックをテーマにしたこのブログでは、ほとんど取り上げてこなかった。
なぜか演歌っぽく聴こえる歌い回しが野暮ったく感じられるというのも敬遠していた理由のひとつだ。
ところが、バングラーをパンジャーブ地方のローカルミュージック、あるいは世界中にいるパンジャーブ系移民のソウル・ミュージックとして捉えつつ、新しい音楽との融合に着目すると、これが非常に面白いのだ。
例えばこのDiljit Dosanjh.
ターバン姿でグローバルに豪遊するミュージックビデオは、2020年のバングラー作品として100点満点を付けてあげたい。
派手好き、パーティー好きで、物質的な豊かさを見せびらかしがちなパンジャービーたちのカルチャーが、カリフォルニアあたりのヒップホップのノリと親和性が高いということも再認識。
初期のインド系ヒップホップシーンを牽引したのがパンジャービーのラッパーだったのは、必然だったのかもしれない。



ここに選べなかったアーティストについても、いくつか触れておきたい。
10選の中に南部出身のアーティストが選べなかったのが痛恨だが、あえて選ぶなら、ケーララのフォークロックバンドWhen Chai Met Toastが今年リリースした楽曲は良いものが多かった。
インドのシンガーソングライターは近年本当に豊作で、非常に悩んだのだが、ここに入れられなかったアーティストから一曲選ぶなら、Raghav Meattleの"City Life".
この曲は物質主義的な都市生活への違和感をテーマにしているが、コロナウイルス禍以降にリリースされたことで、ビンテージ調の映像とあいまって、失われた活気ある生活への追憶のようにも感じられるものになった。
また、過去の作品の再編集なので対象外としたが、ベテランシンガーSusmit Boseのキャリアを網羅した"Then & Now"は、史料的な価値が高いだけでなく、初期ディラン・スタイルのウエスタン・フォークとしても上質な作品だった。
テクノアーティストOAFFの"Perpetuate"のミュージックビデオは、音楽的に新しい要素があるわけではなかったが、日常とサイケデリアをシンプルな映像エフェクトで繋いだ手腕に唸らされた。
コロナに翻弄された1年ではあったが、総じて優れた作品の多い1年だったと思う。

私の座右の銘は「好きなときに好きなことを好きなようにやる。飽きたらやめる」なので、このブログも飽きたら躊躇うことなくやめてしまおうと常々思っているのだけど、インドのインディーミュジックシーンますます面白くなってきており、いつまでたってもやめられそうにない。
というわけで、2021年もご愛読よろしくお願いします!




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goshimasayama18 at 14:03|PermalinkComments(0)

2020年12月26日

2020年を振り返る コルカタの音楽シーン特集

先日に続いて、2020年を振り返る記事。
昨年(2019年)は、映画『ガリーボーイ』 の公開もあって、ムンバイのホップシーンに注目した1年だったが、今年(2020年)は佐々木美佳監督の『タゴール・ソングス』や、川内有緒さんの『バウルを探して 完全版』の影響で、ベンガルの文化に惹きつけられた1年だった。

もうすでに耳にタコの人もいるかもしれないが、ベンガルとはインドの西ベンガル州とバングラデシュを合わせた、ベンガル語が話されている地域のこと。
ベンガルmap
(この地図は『タゴール・ソングス』のウェブサイトからお借りしました)

イギリスによる分割統治政策によって多くのムスリムが暮らしていたベンガル地方の東半分は、1947年のインド・パキスタン分離独立時に、イスラームを国教とするパキスタンに帰属する「東パキスタン」となった。
しかし、言語も異なる東西のパキスタンを、大国インドを挟んだ一つの国として統治することにはそもそも無理があった。
西パキスタンとの格差などを原因として、東パキスタンは1971年にバングラデシュとして再び独立を果たすことになるのだが、それはまた別のお話。
(バングラデシュの音楽シーンについても、最近かなりいろいろと分かってきたので、また改めて紹介する機会を持ちたい)
私にとっての2020年は、分離独立前からこの地方の中心都市だった、インドの西ベンガル州の州都コルカタの音楽シーンが、とにかく特徴的で面白いということに気付づいてしまった1年だった。

コルカタのシーンの特徴を2つ挙げるとしたら、「ベンガル地方独特の伝統文化(漂泊の歌い人にして修行者でもあるバウルや、タゴールに代表される詩の文化)の影響」と「イギリス統治時代に首都として栄えた歴史から来る欧米的洗練」ということになる。
さらには、独立運動の中心地であり、また独立後も社会運動が盛んだったこの街の政治性も、アーティストたちに影響を与えているようだ。


まずは、近年インドでの発展が著しいヒップホップから紹介したい。
地元言語のベンガル語でラップされるコルカタのヒップホップの特徴は、落ち着いたセンスの良いトラックと強い郷土愛だ。
コルカタを代表するラッパー、Cizzyの"Middle Class Panchali"聴けば、ムンバイのストリート・ラップ(例えばDivine)とも、デリーのパンジャーブ系エンターテインメント・ラップ(例えばYo Yo Honey Singh)とも違う、コルカタ独自の雰囲気を感じていただけるだろう。

ジャジーなビートにモノクロのスタイリッシュな映像は、まさにコルカタならでは。
タイトルのPanchaliは「民話」のような意味のベンガル語らしい。

CizzyがビートメーカーのSkipster a.k.a. DJ Skipと共演したこの曲"Change Hobe Puro Scene"('The scene will change'という意味)では、インド最古のレコードレーベル"Hindusthani Records"の音源をサンプリングしたビートを使った「温故知新」な一曲。

コルカタのランドマークであるハウラー・ブリッジから始まり、繁華街パークストリート、タゴール、リクシャー(人力車)といったこの街の名物が次から次へと出てくる。

MC Avikの"Shobe Cholche Boss"もコルカタらしい1曲。

コルカタのアーティストのミュージックビデオには、かなりの割合でハウラー・ブリッジが登場するが、サムネイル画像のワイヤーで吊られている橋は、コルカタのもうひとつのランドマーク、ヴィディヤサガル・セトゥ。
ハウラー・ブリッジと同じく、この街を縦断するフーグリー河にかかっている橋だ。
コルカタにはまだまだ優れたヒップホップアーティストがたくさんいるので、チェックしたければ、彼らが所属しているJingata Musicというレーベルをチェックしてみるとよいだろう。



コルカタといえば、歴史のあるセンスの良いロックシーンがあることでも知られている。
その代表的な存在が、ドリームポップ・デュオのParekh & Singh.
イギリスの名門インディーレーベルPeacefrog Recordsと契約している彼らは、インドらしさのまったくない、欧米的洗練を極めたポップな楽曲と映像を特徴としている。

ウェス・アンダーソン的な映像センスと、アメリカのバークリー音楽大学で培われた趣味の良い音楽性は、世界的にも高い評価を得ており、日本では高橋幸宏も彼らを絶賛している。

「ドリームフォーク・バンド」を自称するWhale in the Pondも、インドらしからぬ美しいメロディーとハーモニーを聴かせてくれる。

今年リリースされたコンセプト・アルバム"Dofon"では、地元の伝統音楽(民謡)なども取り入れた、ユニークな世界観を提示している。

過去に目を向けると、コルカタは1960年代から良質なロックバンドを輩出し続けていた。
なかでも70年代に結成されたHighは、インドのロック黎明期の名バンドとして知られている。

この曲はカバー曲だが、彼らはインドで最初のオリジナル・ロック曲"Love is a Mango"を発表したバンドでもある。

同じく70年代に結成された伝説的バンドがこのMohiner Ghoraguli.
ベンガルの詩やバウルなどの伝統とピンク・フロイドのような欧米のロックを融合した音楽性は、インド独自のロックのさきがけとなった。

彼らの活動期間中は知る人ぞ知るバンドだったが、2006年にボリウッド映画"Gangster"でこの曲がヒンディー語カバーされたことによって再注目されるようになった。
中心人物のGautam Chattopadhyayは、共産主義革命運動ナクサライト(のちにインド各地でのテロを引き起こした)の活動に関わったことで2年間州外追放措置を受けたこともあるという硬骨漢だ。

こうした政治運動・社会運動との関連は、今日のコルカタの音楽シーンにも引き継がれている。
例えばインドで最初のラップメタルバンドと言われるUnderground AuthorityのヴォーカリストEPRは、ソロアーティストとしてリリースしたこの曲で、農民たちがグローバリゼーションが進む社会の中で貧しい暮らしを強いられ、多くが死を選んでいるという現実を告発している。
タイトルの"Ekla Cholo Re"は「ひとりで進め」という意味のタゴールの代表的な詩から取られている。 


ブラックメタル/グラインドコアバンドのHeathen Beastは、無神論の立場から、宗教が対立し、人々を傷つけあう社会を痛烈に糾弾している。

この曲では、ヒンドゥー教徒たちからラーマ神の出生の地と信じられているアヨーディヤーで、イスラームのモスクがヒンドゥー至上主義者たちによって破壊された事件をテーマとしたもの。
あまりにも過激な表現を行うことから、保守派の襲撃を避けるために覆面バンドとして活動する彼らは、今年リリースされた"The Revolution Will Not Be Televised, But Heard"でもヒンドゥー・ナショナリズムや腐敗した政治に対する激しい批判を繰り広げた。


電子音楽/エレクトロ・ポップのジャンルでもコルカタ出身の才能あるアーティストたちがいる。
今年リリースした"Samurai"で日本のアニメへのオマージュを全面に出したSayantika Ghoshは、郷土愛を歌ったこの"Aami Banglar"では、伝統楽器の伴奏に乗せて、バウルやタゴール、地元の祝祭や、ベンガルのシンボルとも言える赤土の大地を取り上げている。

一見、歴史や伝統には何の興味もなさそうな現代的なアーティストが、地元文化への愛着をストレートに表現しているのもコルカタならではの特徴と言える。

コルカタ音楽シーンの極北とも言えるのが、ノイズ・アーティストのHaved Jabib.
これまで数多くのノイズ作品を発表してきた彼の存在は以前から気になっていたのだが、そのあまりにも前衛的すぎる音楽性から、このブログでの紹介をためらっていた。
今年彼がリリースした"Fuchsia Dreamers"は、ムンバイのノイズ/アンビエントユニットComets in Cardigansとコラボレーションで、混沌とした音像のなかに叙情的な美しさを湛えた、珍しく「音楽的」な作品となった。
これまでに彼がリリースした楽曲のタイトルやアートワークを見る限り、動物愛護や宗教紛争反対などの思想を持ったアーティストのようだが、彼はインターネット上でも自身のプロフィールや影響を受けたアーティストなどを一切公表しておらず、その正体は謎につつまれている。

と、気になったアーティストのほんのさわりだけを紹介してみたが、とにかくユニークで文化的豊穣さを感じさせるコルカタのシーン。
来年以降もどんな作品が登場するのか、ますます楽しみだ。

最後に、これまでに書いたベンガル関連の記事をまとめておきます。













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goshimasayama18 at 15:54|PermalinkComments(0)

2020年11月09日

ウィスパーボイスのシンセポップ、"Samurai". 歌うのはベンガルの古典音楽一家出身のエリートシンガー!



以前も書いたとおり、インドの音楽シーンをチェックしていると、日本語のタイトルがつけられた曲に出会うことがたびたびある。
 
マンガ、アニメ、ゲームといった日本のサブカルチャーの人気はインドでも高く、現地のアーティストにもファンが多いためだ。

先日も、インドのアーティストが歌う"Samurai"(侍!)というタイトルの曲を見つけて聴いてみたところ、これがまた素晴らしかった。
ウィスパーヴォイスの女性ヴォーカルが歌う80年代風のシンセポップに、当時の日本のアニメ風のミュージックビデオがばっちりハマっている。

この絵柄、この色づかい、このメカデザイン。
最近はインドでもこうした80年代的レトロフューチャーを取り入れるアーティストが目につくが(例えばDreamhour)、ここまで徹底した世界観を作り上げている例は珍しい。
しかも彼女の場合、ヴェイパーウェイヴ的に過去の作品を再編集するのではなく、楽曲もビデオも全てゼロから手がけているというのが凄い。

Sayantika曰く、サイバーパンク的ディストピア世界で活躍する女性たちは、いずれも彼女の分身で、この曲は、コロナウイルスによるロックダウンのもとで直面した創作上の困難と、そこから脱したプロセスを表現したものだという。
そのことを踏まえて見れば、単に80年代のテイストを再現しているだけではなく、明確なコンセプトとストーリーがあることがお分かりいただけるだろう。
このまったくインドらしからぬセンスの持ち主である彼女が、なんとコルカタの古典音楽一家の出身だと知って、さらに驚いた。

曾祖父と母親は古典音楽家、父はハーモニカ奏者という音楽一家に育ったSayantikaは、すでに10歳から作曲を始めていたという。
「音楽を始めるのは必然だったのよ」と語る彼女が影響を受けたのは、古典音楽ではなくThe Beatles, Coldplay, Radiohead, Gorillasといった現代の欧米のミュージシャンたちだった。

しかも、彼女の才能は音楽だけではなかったようだ。
理工系の世界的名門として知られるインド工科大学ムンバイ校(IIT Bombay)に進学し、地質学を学んだというから、彼女は相当なエリートでもあるのだ。
誰もが羨むエリートコースに進んだものの、Sayantikaは大学でのフェスティバルやムンバイの音楽シーンに刺激を受け、幼い頃から親しんだ音楽の道に進むことを決意した。
大学卒業後もムンバイに留まって音楽活動を続け、2019年にデビューEP "Yesterday
Forever"をリリース。
"Samurai"同様に80年代風のシンセサウンドを基調にしたこのアルバムは、純粋にポップミュージックとして素晴らしく、とくにメロディーセンスの高さは特筆に値する。

なかでも美しいのがこの"Extraordinary Love"だ。

さまざまな愛の形を描いたミュージックビデオが印象的なこの曲は、Sayantikaからボーイフレンドへのバースデープレゼントとして作られたものだという。
「ありふれた世界の、ありえないほどの愛。あなたの恋人でいられることは本当に特別なこと、あなたはとても特別な人だから」
というストレートなラブソングで、こんな素敵な歌でそんなこと言われる彼氏は幸せものだよな…、としみじみ。


ムンバイを拠点に音楽活動を続けている彼女だが、生まれ育ったベンガル地方のルーツを決して忘れてしまったわけではない。
今年6月にリリースされたこの2枚目のシングル"Aami Banglar"は、ベンガリー語による故郷の文化や自然や人々の讃歌だ。

ベンガル語のやさしい響き、伝統楽器をふんだんに使ったアレンジなど、とても現代的なシンセポップのアーティストとは思えない素朴な曲だが、それだけに彼女のメロディーの良さが際立っている。

歌詞では、
「ベンガルこそ私の魂の居場所、これは私のバウル・ソング
 モンスーンの赤土の大地の匂いがする
 もし『あなたの心が永遠に止まる場所はどこ?』と聞かれたら
 私の答えは『ベンガルよ。いつも』」

と、率直に故郷への愛情が綴られている。
他にも、海やヒマラヤ、女神ドゥルガー、大詩人タゴール、ポウシュ・メラ(バウルなどの伝統音楽家が集うタゴールゆかりの地シャンティニケトンの祭)など、ベンガルらしいモチーフがこれでもかというほど詰め込まれた曲だ。
最後にはバウルのシンガー、Shenker Dasが登場し、バウルらしい深みのある歌声を聴かせてくれている。

(「バウル」はインド領のウエストベンガルにも、ベンガル地方の東側にあたるバングラデシュにも存在している漂泊の修行者にして歌い人。社会の枠から外れた存在である彼らは、とても一言では言い表せない存在だが、このあたりの記事に多少詳しく書いています)




いくつかのウェブサイトの記事によると、彼女の音楽の重要なテーマは、「ノスタルジア」であるようだ。
80年代的シンセポップと、伝統楽器を使ったベンガル賛歌。
この2つは全く異質のもののように感じられるが、彼女にとっては、同じノスタルジアという意識でつながっているものなのだろう。
実際、ポップでモダンな"Samurai"にも、マハーラーシュトラ州(こちらはインド東部のベンガルとは遠く離れたムンバイがある西インドの地方)の楽器Sambalの音色が使われているという。

大都市コルカタで育った20代の彼女にとっては、80年代の人工的なカルチャーも、故郷ベンガルの赤土の大地も、実際の体験に基づいた記憶というよりも、イメージの上でのノスタルジアなのかもしれない。
それでも、現代を生きるベンガル女性のルーツとして、タゴールやバウルとSFアニメが共存しているというのはなんともユニークでクールだ。

この類まれなセンスの持ち主にもかかわらず、デビューEP"Yesterday Forever"のSpotifyでの再生回数はまだ1000回未満。
彼女はもっともっと評価されるべきアーティストだ。

同じくコルカタ出身で、海外のレーベルと契約しているParekh & Singhのように、今後の活躍と、インド国内にとどまらない人気を期待したい。



(インドのヴェイパーウェイヴ的懐古趣味については、この記事に書いています)




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goshimasayama18 at 17:28|PermalinkComments(0)