SandhhyaChari
2023年09月16日
在外インド系アーティストによるルーツへの愛があふれるミュージックビデオ (カリフォルニア編)
「インド人による音楽」について書くときに、ひとつ悩ましい問題があって、それは「在外インド人」をどう扱うかということである。
インド人は移民や仕事や留学や親の都合で海外に渡る人が多く、そのまま海外の国籍を取得したり、その2世、3世として生まれる人も多い。
インドでは、海外で暮らしているインド国籍の人のことをNRI(Non-Resident Indian)と呼び、インドにルーツを持つ外国籍の人をPIO(People of Indian Origin)と呼ぶ。
世界中には、じつに1300万人を超えるNRIと1900万人近いPIOがいる。
彼らからの母国への仕送り総額は、じつに1000億ドルを越えており(GDPの約3%)、NRI, PIOは国の経済にも大きな影響を与える存在なのだ。
これだけの数の在外インド人の中には、当然ながらミュージシャンとして活動している人もいる。
それで何が悩ましいのかというと、彼らのうち、いったいどこまでを「インドの音楽」として扱うべきか、という問題である。
インド国内の音楽シーンと在外インド人のミュージシャンはほぼシームレスに繋がっていて、たとえば前回の記事で書いたように、インドで生まれて国内で活動しているけど英語でポップスを歌っている人もいれば、海外生まれで外国籍でもインドの言語で伝統音楽の影響の強い歌を歌っている人もいる。
さらには、外国生まれだけど今はインドで活動しているとか、インドで生まれたけど今では海外を拠点にしているとか、海外生まれで海外在住だけどインドを主なマーケットにしているとか、インド系ミュージシャンの出身地、国籍、言語、マーケットの組み合わせは何通りもある。
音楽的にも、ルーツと欧米的ポピュラーミュージックのジャンルをどう融合するのか(あるいはしないのか)という多様性が無限に存在していて、「インドの音楽シーン」という言葉を明確に定義づけることは極めて困難だ。結論から言うと、このブログでは、インドに活動の軸足を置いていたり、インド国内のシーンとの関わりの深いアーティストを中心に紹介することにしている。
在外シーンの面白さも分かってはいるのだが、ただでさえ広いインド、とてもそこまで手が回らないからだ。
そんなわけで、外国籍で英語で歌っているようなアーティストは、どうしても優先順位が低くなってしまう。
ところが、そんな在外インド系アーティストのなかには、インド本国のミュージシャン以上に自身のルーツへの愛にあふれた作品を作っている人たちもいる。
そして、それがインド人でも移民でもない日本のリスナーを、大いに感動させたりすることがある。
今回は、そんな作品をいくつか紹介する。
Sid Sriram "Do the Dance"
この曲は、先月リリースされたSid Sriramのアルバム"Sidharth"からの1曲。
Sid Sriramは南インドのタミルナードゥ州チェンナイ生まれのシンガーソングライターで、1歳のときに両親と共にカリフォルニアに移住。
今ではサンフランシスコを拠点に活動している。
ソウルフルさのなかに独特の切なさが内包された歌声にまず心を奪われるが、その歌声と同じくらい素晴らしいのがミュージックビデオだ。
このチルな感じのR&Bにインドの伝統舞踊を合わせるセンスは在外インド系シンガーならでは。
撮影地はL.A.郊外のビーチで名高いマリブのヒンドゥー寺院で、90万人を超えるインド系アメリカ人が暮らしているカリフォルニアには、こんな立派な寺院が建てられているのだ。
踊っているのはUCLAのRaas Batakaというインド舞踊チーム。
彼女たちはインド西部に位置するグジャラート州の「ラース」(Raas. または「ダンディヤ・ラース」Dandhiya Raas)や「ガルバ」(Garba)と呼ばれる伝統舞踊を踊るグループだ。
インドの伝統/古典舞踊の種類はいくつか知っていたが、このラースとガルバというのは聞いたことがなかった。
名門大学にインドのローカルな舞踊を踊るチームが存在しているとは、さすがカリフォルニア。
グジャラートにルーツを持つ学生たちが多く所属しているのだろう。
前述の通り、Sid Sriramは南インドのタミルナードゥ州出身だ。
タミルナードゥとグジャラートは1,400キロ離れていて、同じインド国内といっても、言語や文化の違いを考えると、ほぼ外国と言えるほどに遠い地域である。
まったく異なるルーツを持ったインド系の人々が、移住先のアメリカで、ホスト社会の文化の影響を受けたR&Bのミュージックビデオで共演しているというのがなんともぐっとくる。
Sid Sriramは基本的にはR&Bスタイルのシンガーだが、そのルーツには南インドの古典であるカルナーティック音楽がある。
先ほどの"Do the Dance"と同じく"Sidharth"に収録されている"Dear Sahana"は、そんな彼のカルナーティックのルーツが伺える曲だ。
Sid Sriram "Dear Sahana"
カルナーティック音楽とR&Bの融合は、まるでゴスペルのような聖性を湛えている。
"Sahana"は女性の名前だが、ミュージックビデオはすべての南アジア系女性に対する賛歌のように捉えることもできる美しい作品だ。
アルバムタイトルの"Sidarth"は彼の本名で、自らのルーツとアメリカ音楽を最高の形で融合した傑作である。
ちなみにSid Sriramはタミル語、テルグ語、カンナダ語などの南インドの言語の作品を中心とした映画のプレイバックシンガーとしても活動している。
というか、むしろプレイバックシンガーとして録音した楽曲のほうが圧倒的に多くて、10年ほどのキャリアの間に200本近い作品でその歌声を披露している。
映画音楽分野での評価も高く、さまざまな映画賞でベストプレイバックシンガー賞を8回も受賞(ノミネートを含めると20回以上)。
日本でも上映された作品では"Mersal"(日本公開時のタイトルは『マジック』)の"Maacho"という曲を歌っているので、読者の中には映画館で彼の歌声を聴いたことがある人もいることだろう。
フィルミ・ソングとR&Bスタイルのソロ作品、さらには古典音楽のカルナーティックを歌っている時のスタイルの違いを味わってみるのも面白い。
Sandhya Chari "My Roots"
Sandhya Chariが2021年の12月にリリースした"My Roots"も、とても美しいミュージックビデオが印象的な曲だ。
彼女もSid Sriramと同じサンフランシスコ在住のタミル系アメリカ人。
華麗な衣装を身にまとった女性たちは、インド、パキスタン、ネパールの14の異なる地域の出身で、彼女たちのさまざまなスタイルは、それぞれのルーツをレペゼンしているとのこと。
歌詞は英語とタミル語(南インドの一言語)とヒンディー語(北インドで広く話されている言語)で書かれており、この曲が多様なルーツを持った南アジア系の人々に向けて作られているということが分かる。
国境を越えなくても地域ごとに言語が違う南アジアの女性たちが、言語や出身地を超えて自らのルーツを誇るこの作品は、祖国を遠く離れたカリフォルニアだからこそ生まれたものだろう。
もう一人カリフォルニア出身の女性シンガー/ラッパーを紹介する。
L.A.郊外のクレアモント出身で、南インドのアーンドラ・プラデーシュにルーツを持つRaja Kumariは、幼い頃から習っていた古典舞踊で使われるリズムに言葉を乗せたところラップになることを発見した(!)というユニークすぎる音楽的ルーツを持つアーティストだ。
その詳細は過去の記事(とくに、ここに貼ったリンクの1つめの記事)を読んでもらうとして、彼女はラップだけでなくファッションの面でもインドの伝統とヒップホップの融合を試みていて、それがまた非常にかっこいい。
Raja Kumari "I Did It"
間奏部分で披露される古典音楽由来のリズムと、インドのアクセサリーをブリンブリン的に身につけるセンス、そして伝統舞踊とヒップホップがごく自然に繋がったダンスは、インド人が表現しうるヒップホップのひとつの理想形と言えるだろう。
Raja Kumari "N.R.I."
"N.R.I."という率直なタイトルのこの曲では、アメリカではインド人として偏見に晒され、インドではアメリカ人として扱われるフラストレーションを歌っている。
この曲は主に同様の境遇のNRI/PIOの人々に向けた曲だろうが、それでもこのミュージックビデオは500万再生を超えていて、在外インド人マーケットの大きさをあらためて感じさせられる。
彼らにとってこの曲のメッセージは大いに共感できるものなのだろう。
このミュージックビデオでも、ヘッドドレスやサリー風の衣装、鼻ピアスなどのインドモチーフの衣装があいかわらずキマっている。
Raja Kumari "I Believe In You"
彼女が2016年にリリースされた"Believe in You"のミュージックビデオを久しぶりにチェックしてみたら、なんと最初に紹介したSid Sriramの"Do the Dance"に登場したマリブのヒンドゥー寺院に対する感謝のメッセージが冒頭に出てくることに気がついた。
どうやら彼女がさまざまなスタイルの古典舞踊を習っていたのもこの同じ寺院だったようだ。
なんという偶然。
(この記事を書き始めたとき、じつはカリフォルニア限定にするつもりはなかったのだが、たまたまこのテーマで書きたかったアーティストが全員カリフォルニア在住だということに気がついたのだ)
この寺院がたくさんの才能あるインド系アメリカ人に影響を与えていると思うと、遠く離れたマリブの方角に手を合わせたくなった次第である。
さて、ここからは音楽の話を離れた余談だが、NRI(インド国籍の海外在住者)とPIO(外国籍のインド系住民)が多い国のランキングを調べてみたところ、以下のような統計を見つけた。
インド国籍を保持したまま海外で暮らしているNRIには、おそらく出稼ぎ目的の人の割合が多いものと思うが、UAEやサウジアラビアといったペルシア湾岸諸国が上位を占めている。
UAEのドバイは人口の90%が外国人労働者で、その半数近くをインド系が占めているという。
インド映画でやっかみ混じりに描かれがちなアメリカやイギリスの在住者は、NRIには意外と少ないのだなという印象だ。
いっぽう、「外国籍のインド系住民」であるPIOが多い国を見てみると、NRIとはまったく違う国名が並んでいる。
とくに、3位にランクインしたミャンマーに、こんなにも多くのインド系住民が暮らしているとは知らなかった。
調べてみると、どうやら200万人のインド系ミャンマー人のほとんどがタミルにルーツを持つようで、他には地理的に近いインド北東部マニプル州のメイテイ人、テルグ人、ベンガル人などが暮らしているという。
海外に暮らすインド系の人々は、国や地域によってそのルーツに特徴があり、UKやカナダにはパンジャーブ系が多く、マレーシアやスリランカはほとんどがタミル系だ。
マレーシアではインドでヒップホップが流行する前からタミル語ラップが作られていて、インド国内のタミル語映画でもマレーシアのタミル系ラッパーが起用されることがある。
PIOの9位にランクインしているカリブ海の島国トリニダード・トバゴと8位の太平洋の島国モーリシャスには、北インドのビハール州あたりにルーツを持つボージュプリー系の人々が数多く住んでいて、トリニダードには、ボージュプリーの人々がカリブの音楽に影響を受けて作ったチャトニーというジャンルも存在している(チャトニーとは、カレーに合わせて食べたりするあの「チャツネ」のこと)。
ちなみに湾岸諸国での出稼ぎ者にはケーララ人が多い。
彼らの文化を探ってゆけば、さらなる面白い音楽を見つけられるのかもしれないが、インド国内だけで手いっぱいで、とてもそこまで手が回らない!
いつかまた彼らの音楽についても書いてみたいのだけど。
(イギリスのインド系音楽については、栗田知宏著「ブリティッシュ・エイジアン音楽の社会学: 交渉するエスニシティと文化実践」という日本語で読める貴重な文献がある。このテーマに興味を持っている人であれば、絶対に面白い一冊だ)
参考サイト:
https://www.findeasy.in/population-of-overseas-indians/
https://mea.gov.in/images/attach/NRIs-and-PIOs_1.pdf
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goshimasayama18 at 17:06|Permalink│Comments(0)