RapperRajesh
2024年08月05日
オディシャのお祭りラップ
インド全土のインディーズ音楽情報を網羅したいと思っているこのブログだが、インドはあまりにも広大で、いつも北インドのヒンディー語圏のアーティストについて書くことがが多くなってしまっている。
それじゃいかんということで、今回はインド東部のオディシャ州のラッパーたちに注目したい。
オディシャ州はベンガル湾に面した東インドの北側、コルカタの南のほうに位置している。
州の公用語はオディア語、州都はブバネーシュワル。
なお、州や言語の表記に関しては、オディシャ/オリッサ、オディア/オリヤーという揺れが見られるが、ここではオディシャとオディアとさせていただく。
オディシャには「コナーラクの太陽寺院」という世界遺産があるものの、ムンバイやベンガルールのような国際的な都市があるわけではなく、どちらかというと鄙びた田舎の州といった趣の地方である。
(画像出典:https://www.britannica.com/place/Odisha/Economy)
以前「インドのラッパーたちはやたらと独立記念日(8月15日)をテーマにしたラップをする」とか「色のついた粉や水をぶっかけ合うお祭り『ホーリー』に合わせてラップの曲がリリースされている」という記事を書いたことがあるが、こうした記念日ソング、祭ソングの傾向は、ここオディシャでも変わらない。
オディシャ州といえば、海辺の街プリー出身の日印ハーフのラッパーBig Dealのことを思い出す人も多いだろう。
オディシャ州の言語であるオディア語と英語の両方でラップする彼に「ラップの言語はどうやって選んでいるの?」と聞いてみたところ、「オディア語でラップするときはお祝いのようなより楽しい雰囲気にしていて、英語でラップするときは議論を呼ぶようなものにしている」という答えが返ってきた。
(↑インタビュー詳細はこちらから)
「お祝いのような」と訳した部分は、cerebratoryという英単語を使っていた。
パーティーラップっぽい曲のことを言っているのかなと思っていたのだけど、オディア語ラップを詳しくチェックしてゆくと、むしろそれよりも「オディシャのお祭りについてラップをする」という意味のほうが強かったのかもしれない。
彼も、他のオディシャのラッパーも、オディア語でやたらと地元の祭りについてラップしているのだ。
「祭」といえばさぶちゃん(北島三郎)。
演歌とヒップホップは、ローカル色(地元レペゼン意識)が強く、カタギじゃない雰囲気を持ち、型にはまった生き方よりもタフで自由な生き方を志向するという点で共通点があると思うのだが、日本ではヒップホップが受容される過程で、演歌的なドメスティックな要素はほとんど排除されてしまった。
本場アメリカに寄せることこそがヒップホップ的にリアルという価値観が強かったためだろう。
それに反して、インドでは、そしてもちろんここオディシャでも、地元の祭りとヒップホップが思いっきり繋がっているのである。
ローカルこそがリアル、というわけだ。
例えば、Big Dealの曲に、生まれ故郷プリーで行われるRath Yatraという大きなお祭りをテーマにした"Choka Dolia"という曲がある。
(Rath Yatraについてもラート・ヤートラとかラト・ヤトラとか日本語での表記が定まっていないようなので、ここはアルファベット表記でいきます)
Rapper Big Deal "Chaka Dolia(Rath Yatra 2024 Special) " ft. SatyajeetJena
タイトルにRath Yatra 2024 Specialとあるように、この曲は7月に行われるRath Yatraに合わせてリリースされた曲で、英語字幕を見れば分かる通り、ヒンドゥーの神への帰依がラップされている。
アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドにはヒンドゥー・ラップ(とはあまり呼ばれていないが、ヒンドゥーの信仰をテーマにしたラップ)が存在している。
ベンガルールのBrodha Vの初期の代表曲"Aatma Raama"あたりがその代表曲と言えるだろう。
Big Dealがラップするのは、もっぱら地元で強く信仰されている神様「ジャガンナート」のことだ。
最初のほうに別の神様であるクリシュナの名前も出てくるが、ヒンドゥー教は多神教かつ様々な文化の集合体であるため、この地域ではクリシュナとジャガンナートは同じ神だと捉えられている部分もあるようだ。
真っ黒な顔に丸い目をしたマンガのキャラクターみたいなジャガンナートと、ヒンドゥーの神々のなかでもとりわけイケメンに描かれるクリシュナが同一というのはよそ者には理解しがたいが、本来は目に見えない信仰の対象である神が、別の形象で現されているということなのだろう。
ところで、以前Big Dealから「自分は神を信じて入るけど、特定の信仰は持っていない」という言葉を聞いたことがある。
この曲ではヒンドゥーの神への信仰を語っていて、言ってることと違うじゃん、とつっこみたくなってしまうところだが、私が思うに、おそらく彼の中でジャガンナートに帰依することと、特定の宗教を選ばないことは矛盾していない。
彼にとって、あるいはもしかしたら地元の多くの人たちにとって、ジャガンナートへの信仰は、地域に根ざしたあまりにも日常的な存在で、誰かが枠組みや教義を作った宗教よりも、はるかに普遍的なことなのだろう。
この曲の後半では、ムスリムとして生まれたサラベガ(17世紀のオディア語詩人)がジャガンナートに帰依したというエピソードがラップされている。
これは昨今インドで盛んなヒンドゥーナショナリズム的な「イスラム教よりヒンドゥーのほうが立派なんだ」という主張をしているのではなくて、ジャガンナートは宗教の垣根なんて関係なくありがたい神様なんだよ、と言っているのだと思う。
このあたりは、日本人が初詣で地元の寺や神社にお参りする時に、いちいち自分は仏教徒とか神道の信者とか考えないのと同じような感覚なのかもしれない。
彼は"Kalia"と題したジャガンナートと地元への愛に満ちたラップのシリーズを発表していて、この"Kalia3"では珍しく英語でジャガンナートへの感謝と帰依がラップされている。
Big Deal "Kalia 3"
彼は世界中にジャガンナートの素晴らしさを伝えるべく、この曲を英語でラップしているとのこと。
それがちゃんとオディシャの人々に支持されているのが素晴らしい。
そして、この曲でも「カーストも宗教も関係なく、誰もが平等」とラップされている。
調べてみると、Big Deal以外にも、Rath Yatraについてオディア語でラップした曲はたくさんリリースされているようだ。
Rapper Rajesh "Jay Jagannath 2"
これはRapper Rajeshによる"Jai Jagannath 2"という曲。
Jai Jagannathという言葉はBig Dealもよく発しているが、ジャガンナート神を讃える祈りのことばで、オディシャでは挨拶のようにも使われているようだ。
最初に笛を吹いている人物が演じているのはクリシュナなので、やはりここでもクリシュナとジャガンナートが同一視されている。
この宗教歌謡っぽい曲が、ヴァースに入ると当然のようにラップになるところに、今のインドでのヒップホップの定着っぷりが感じられる。
あと関係ないけど、オディシャのラッパーにはMC○○じゃなくて、Rapper○○って名乗っている人が多いような気がする。
Big Dealも正式にはRapper Big Dealの名義で活動しているし、ダリット(カースト制度の枠外に置かれた被差別民)出身のラッパーでRapper Dule Rockerという人もいる。
インドでも他の地域でラッパー○○というMCネームは見た記憶がないので、なんでだかちょっと気になるところだ。
続いてこちらはUstaadというラッパーの"Re Kalia"という曲
Ustaad "Re Kalia"
これもインドのラッパーの曲によくあることなのだが、"Re Kalia"という曲名とは別に、タイトル欄にいろんなサブタイトル(?)が書かれていて、Jai JagannathやShri Jagannathというジャガンナート神への賛美に加えて、やはりRath Yatra Songとお祭りソングであることが明記されている。
Big Dealもタイトルに使っていたKaliaという言葉は、ググってみた限りでは、「黒みがかった美」すなわちクリシュナを讃える言葉らしい。
青い姿で描かれることが多いクリシュナ神だが、シヴァやクリシュナのように青い肌で書かれるヒンドゥーの神は、もともとは黒い肌だったことを表していると言われる。
このKaliaは、クリシュナを讃えるのと同時に、おそらく真っ黒い肌で描かれるジャガンナートとも関係している言葉という意味を持っているのではないかと思う。
Subham Riku "Jaga Kalia"
こちらはSubham Rikuというラッパーの"Jaga Kalia"という曲。
ここでもタイトルにKaliaという言葉が使われ、Rath Yatra Rap Songというサブタイトルがつけられている。
昨年リリースされて700回程度しか再生されていない曲だが、なかなかちゃんとしている。
数年前にオディア語のラップをチェックしたときには、率直に言ってかなり垢抜けない感じだったのが、すごい勢いで進化しているようだ。
オディア語ラップ、ご覧の通りムンバイやデリーとはまた別の方向性で成熟してきている。
オディシャのリアルというのが、伝統的なお祭りや信仰と地続きになっているというのが、なんとも最高ではないですか。
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goshimasayama18 at 22:42|Permalink│Comments(0)