PragyaPallavi

2020年07月27日

インドのLGBTQ+ミュージックビデオとミュージシャン(その1)

完全にタイミングを逸したが、6月は世界中でセクシュアル・マイノリティーの権利や文化への支持を示す'Pride Month'とされ、LGBTQ+への共感を示すさまざまな企画がオンライン上で行われていた。
改めて説明するまでもないが、LGBTQ+とは、同性愛者、バイセクシュアル、トランスジェンダー(身体の性別と内面の性別が異なる)、男女どちらでもないと感じている人、自身の性自認や性的指向が決まっていない人などの性的少数者の総称だ。

インドのLGBTQ+事情と言えば、伝統的にM to Fのトランスジェンダー(肉体的には男性だが、性自認は女性)の人々の集団「ヒジュラー(Hijra)」が有名だ。(ひょっとしたら、バイセクシュアルやゲイの人たちもこの中に含まれているのかもしれない)
彼らは、家族を捨てて、ヒジュラーのコミュニティーの中で疑似家族的な関係を結び、宗教的儀礼(新生児誕生の祝福など)、物乞いや借金の取り立て(ヒジュラーがその陰部を露出することは、最大級の侮辱行為とされているため「お金を払わなければ、見せるわよ」という脅し文句が成立する)、売春などで生計を立てているという。
ヒジュラーを制度として見たとき、性的少数者をキリスト教やイスラーム教の伝統社会のように罪悪として扱うのではなく、社会のなかに一定の居場所が与えられているという見方もできるが、ヒジュラーの扱いはあくまで「賎民」だ。
インド社会でも、LGBTQ+の立場は極めて弱いものであることに変わりはない。

LGBTQ+が人口に占める割合は、調査方法や国によって大きく異なるが、少なければ1.5%程度、多ければ10%以上にも及ぶことがあるようだ。
13億人を超える人口を誇るインドにこの割合を当てはめれば、2000万人から1億人以上のLGBTQ+が暮らしているということになる。
インドに行ったことがある人は、想像してみてほしい。
インドには、少なくともシク教徒と同じくらいの数、多ければムスリムと同じくらいの数の性的少数者が暮らしているはずなのだ。
彼らのほとんどが、可視化されていないのは言うまでもない。

それでも、2000年以降、インドにおけるLGBTQ+への理解は、少しずつ高まってきている。
2006年には、グジャラート州のマハラジャの末裔Manvendra Singh Gohil王子がゲイであることをカミングアウトした。
王子は性的少数者を支援する財団を立ち上げると、アメリカのオプラ・ウィンフリー・ショーに出演するなど、大きな注目を集めた。
ボリウッドでも同性愛をテーマとした作品が作られるようになっている。
2014年には障害を持ったバイセクシュアルの女性が主人公の『マルガリータで乾杯を!(原題:"Margarita With A Straw")』、2015年にはゲイであることを理由に大学教授の職を追放された実話をもとにした"Aligarh"、2020年には男性同性愛をテーマにしたロマンティックコメディ"Shubh Mangal Zyada Saavdhan"が公開されている。
2018年には、イギリス統治時代の1861年に制定された、同性間の性行為を違法とする悪法「セクション377」が最高裁によって廃止され、インドでは、少なくとも法的には同性愛は罪とは見なされなくなった。

近年では、都市部のリベラルな知識人階級を中心に、欧米の先進国同様に彼らの権利を認めるための動きも盛んになってきているようだ。
音楽シーンにもそうした風潮が見られ、最近では、プネー出身の電子音楽系プロデューサーRitvizの"Raahi"や、ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライターRaghav Meattleの"Bar Talk"のミュージックビデオで同性のカップルが描かれている。
彼らはとくに同性愛をテーマにして活動しているミュージシャンではないから、これらの作品は「同性愛も異性愛も同じ人間同士の愛」という彼らの考えを表したものだと理解できる。

このミュージックビデオは、Prateek Kuhadの"Cold/Mess"など、インドのミュージックビデオを何本か手掛けているウクライナ出身の女性監督Dar Gaiによるもの。

この曲は2018年にリリースされたアルバム"Songs from the Matchbox"の収録曲だが、今年7月になって突然このミュージックビデオが発表された。
いずれの作品も、YouTubeのコメント欄には肯定的なコメントが溢れている。

さらに、インドのインディー音楽シーンでは、本人がLGBTQ+であることを公言しているミュージシャンも、複数活躍している。

その代表的な存在が、ビハール州の州都パトナで生まれ、ムンバイを拠点に活動しているPragya Pallaviだ。
彼女はヒンドゥスターニー声楽(北インド古典声楽)を学んで育ち、EDM、R&B、ジャズ、ヒップホップなどのジャンルの影響を受けたシンガーソングライターで、自身が'gender fluid lesbian'(性自認が完全に定まっていないレズビアン)であることを公表している。
彼女が昨年の「国際反同性愛嫌悪・トランスジェンダー嫌悪・バイセクシュアル嫌悪デー(International Day Against Homophobia, Transphobia, Biphobia)」である2019年5月17日にリリースしたアルバム"Queerism"は、インド初のLGBTQ+アルバムとして国内外の多くのメディアに取り上げられた。

このアルバムで、彼女はこの"Queer It Up"のようなLGBTQ+のためのアンセムのみならず、女性賛歌である"Girls, You Rule"、同性愛と家族関係をテーマにした"Mama I Need You"など、多様なテーマを取り上げている。



ディスコ調の"Queer It Up"とは対照的に"Girls You Rule"はアコースティック、"Mama I Need You"は古典声楽の影響も感じられる曲調だ。
さらに彼女のデビュー曲の"Lingering Wine"はラテンポップ調だし、直近のリリース"Jazzy Wine"はそのジャズアレンジだ。
こうしたジャンルの多様性は、彼女の音楽的なルーツの多彩さを表しているだけではないようだ。
ニュースサイトMediumのインタビューで彼女は「どんなジャンルの芸術でも、流動性/可変性(Fluidity)は、よりエキサイティングで、楽しものよ」と語っている。
この'Fluidity'は、彼女自身が'gender fluid lesbian'であることを意識して使った単語だろう。

英語とヒンディー語で歌うPragyaだが、この"Lingering Wine"のビデオはケーララ州で撮影されており、今後、さまざまな文化や言語とのコラボレーションも視野に入れているという。
彼女は、インドの多様性を積極的に取り入れることで、そのメッセージをより多くの人々に届けるだけでなく、性の多様性に対する寛容さをも訴えているのかもしれない。
このミュージックビデオに関して、彼女は、インドではまだ「良くないこと」とされている同性愛の美しさや女性同士のキスを見せることは、彼女にとってとても大事なことだと語っている。

Pragyaは「多くのLGBTQ+のティーンエイジャーにとって、あこがれることができる大人が必要なの。それはロールモデルである以上に、ライフラインなのよ」とも語っている。
Pragyaにとって、そういう存在はいなかったのだ。
言外に、彼女がいかに孤独なティーンエイジを過ごしてきたかを語っているというわけである。

それでも彼女は「インドでもインターネット・ネイティブのミレニアル世代には、新しいパワーや考えやアイデアがある」とも語っている。
ムンバイには小さいもののLGBTQ+のシーンがあるという。
インターネットにさえアクセスできれば、インドじゅうの肩身の狭い思いをしている性的マイノリティーたちも、ムンバイで、生き生きと自分のメッセージを発信している彼女の姿を見つけることができるだろう。
LGBTQ+を自然に受け入れている都市部の若い世代と、まだまだ忌避感を強く残す地方の人々の価値観の間の格差は広がる一方のようにも思えるが、それでも彼ら/彼女らにとって、自分らしく生きる場所があるというメッセージには、途方もなく大きな意味がある。

まだまだ保守的な部分を強く残しているインドの社会だが、だからこそ、Pragya Pallaviのメッセージや姿勢や強い輝きを放っている。
ブラックミュージックが、アメリカ社会でマイノリティーであることに直面しつつも、常に普遍的な魅力のある音楽を作ってきたように、LGBTQ+シーンの音楽も、当事者以外にも大いなる希望となりうるポテンシャルがあるように思う。

まだまだ新しく、小さなシーンかもしれないが、今後ますます注目したいジャンルである。



参考サイト:
https://medium.com/@jessicasecmezsoyurquhart/interview-pragya-pallavi-the-queer-musician-making-waves-in-india-cb203b59e94e

https://www.thehindu.com/entertainment/music/pragya-pallavi-on-indias-first-openly-queer-themed-music-album-queerism/article27619907.ece



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