PrabhDeep

2024年12月23日

2024年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10



インドのシーンを長くチェックしていると、あまりの急成長っぷりに、今後どんなに面白い曲がリリースされても、もう以前みたいに驚かないかな、なんていう勝手な心配をしてしまうときがある。
幸運なことに、今年もそれは完全な杞憂に終わった。

2024年もインドのインディーズ音楽シーンは大豊作。
例によって、シングルだったりアルバムだったりミュージックビデオだったりいろいろ取り混ぜて、今年のインドのインディーズ・シーンを象徴していると思える10作品を紹介する。



Hanumankind “Big Dawg”(シングル)


今年のインドのインディーズ音楽シーンの話題のひとつだけ選ぶとしたら、どう考えてもこの曲をおいて他にない。
マラヤーリー系(ケーララ州にルーツを持つ)でテキサス育ち、ベンガルールを拠点に活動しているHanumankindは、インドでは少なくない英語でラップをするラッパーの一人だ。
ヒップホップをアメリカの音楽として捉えれば英語ラップこそが正統派ということになるのだが、今更いうまでもなくヒップホップのグローバル化はとっくに完了しいて、このジャンルは世界中でローカル化のフェーズに入っている。
インドでも人気が高いのはヒンディー語やパンジャーブ語などのローカル言語のラップで(ベンガルールならカンナダ語)、インドの英語ラップはローカル言語の人気ラッパーと比べるとYouTubeの再生回数が2ケタくらい低い通好みな存在にとどまっていた。
そこから一気に世界的ヒットへと躍り出てしまったというところにHanumankindのミラクルがある。
今では“Big Dawgs”の再生回数は、彼がリリックの中でリスペクトを込めてネームドロップしたProject Patすらはるかに上回っている。
Kalmiの強烈なビート、ふてぶてしい本格的な英語ラップ、インド人という意外性、そしてCGなしで撮影されたミュージックビデオ(「死の井戸」を意味する'maut ka kuan'というインドの見世物)など、全ての条件がこの奇跡を呼び起こした。
年末にはNetflixの"Squid Game2"(イカゲーム2)の楽曲も手がけ、Habumankindはますます波に乗っている。
今後、彼は一発屋以上の成功を手に入れることはできるのか。
他のインドのラッパーたちは彼の成功に続くことができるのか。
1年後に彼が、インドのヒップホップシーンがどういう状況になっているのか今から楽しみだ。



Paal Dabba “OCB”(シングル)

インドのヒップホップのビートを時代別に見ていくと、黎明期とも言える2010年代前半は、90年台USラップの影響が強いブーンバップ的なビートが多く、2020年前後からはいわゆる「トラップ以降」のビートが目立つようになってきた。(超大雑把かつ独断によるくくりで、例外はいくらでもあります)
それが、ここにきてディスコっぽいファンキーなビートが目立つようになってきた。
その代表格として、このタミルの新進ラッパーを挙げたい。
ラップ良し、ダンス良し。
タミル語らしい響きのフロウやいかにもタミルっぽいケレン味たっぷりのセンスと、世界中のどこの国でも通用する現代的なクールさを兼ね備えた彼は、この地域の人気ラッパーの常として、映画音楽でも引っ張りだこだ。
インドのヒップホップのトレンドが、ディスコ化といういかにもインド的なフェーズに入ってきたということ、そしてそれがカッコいいということが最高だ。
ミュージックビデオもタミルらしさとヒップホップっぽさ(2Pacみたいな人物が出て来たりする)、ブルーノ・マーズ以降っぽい感覚が共存していて今のインドって感じで痺れる。

この記事を書いた後のリリースでは、Maalavika Sundarのタミル・ファンク"Poti"もかっこよかった。



Frappe Ash “Junkie”(アルバム)

Frappe Ashはデリーから北に250キロ、ウッタラカンド州デヘラードゥーンという音楽シーンではあまり存在感のない街出身のラッパー。
(以前はデラドゥンと書かれることが多かったと思うが、都市名は言語に忠実な表記をするのがスタンダードになってきているので、ここではデヘラードゥーンとしておく)
調べてみると学園都市であるデヘラードゥーンにはそれなりにラッパーがいるみたいで、若者が多い街には若者文化が栄えているという法則はここでもあてはまるようだ。
彼が今年6月にリリースしたアルバム“Junkie”が素晴らしかった。
このアルバムはディスコ調ありポップなトラックありと、スタイル的にも多様で、かつセンスの良いアルバムなのだが、その1曲目にこのフュージョントラックを入れてきたのにはめちゃくちゃしびれた。
新人ラッパーかと思ったら、音源のリリース時期をチェックしてみると2016年には活動を始めているそこそこのベテラン。
インドの地方都市の音楽シーンも本当にあなどれなくなってきた。
Sez on the Beat、Seedhe Mautらのデリーの人脈やアーメダーバードのDhanjiなど、北インドのかっこいいラッパーとは軒並み繋がっているようで、今作にはゲスト陣も多数参加。
Spotify Indiaによると、インドのヒップホップでもっとも成長が著しい言語はハリヤーンウィー語(デリーにほど近いハリヤーナー州に話者が多い)だそうだが、これまでヒンディー語の音楽シーンに回収されてしまっていた北インド各地の音楽シーンが、自らの言語をビートに乗せる術を得て目覚め始めているのかもしれない。
ハリヤーナーのフュージョンラップでは年末にデリーの名匠Sez on the BeatプロデュースによるRed Bull 64 Barsで衝撃的な"Kakori Kaand"を発表したMC SQUAREもやばかった。



Kratex, Shreyas “Taambdi Chaamdi”

マラーティー語は大都市ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の公用語だが、ムンバイで作られる「ボリウッド映画」がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街のエンタメはインド最大の市場を持つヒンディー語作品に偏りがちで、音楽シーンでもマラーティー語はそこまで存在感がない。
そんな中で「マラーティー語のハウス」というかなりニッチなジャンルに特化して取り組んできたのがムンバイ出身のDJ/プロデューサーのKratexだ。
そのセンスとクオリティには以前から注目していたが、彼とプネー出身のマラーティー語ラッパーShreyasと共演したこの曲でついに大きな注目を得るに至った。
オランダの名門Spinnin Recordsからリリースされたこの曲は、ユーモアと洒脱さを兼ね備えた音楽性でこれまでにYouTubeで2,000万回に迫る再生回数を叩き出している。
Kratexの曲はBPM130くらいで揃えられていて、サブスクで流しっぱなしにしておくのも楽しい。



Prabh Deep “DSP”(アルバム)

デリーのストリートを代表するラッパーとして彗星のように現れたPrabh Deepだが、じつは数年前に首都から引っ越しており、現在はゴアを拠点に活動している。
街のイメージそのままに、デリー時代は苛立ちを感じさせる殺伐とした曲が多かったが、陽光が降り注ぐ海辺のゴアに越してからの彼はなんか吹っ切れたような印象がある。
日本で言うと、ちょうどKOHHが千葉雄喜になった感じと似ている。
もうひとつKOHHと共通しているのが、Prabh Deepもまたリリックよりも声の良さだけで聴かせる力を持っているということ。
この“Zum”なんて、ほとんど中身がなさそうなリリックだが(超深いことを言っている可能性もなくはないが)、力を抜いた発声でもここまで聴かせる緊張感がある。
タイ在住のアメリカ人ラッパーとの共演というわけがわからない意外性も彼らしい。
バングラーかギャングスタ的なスタイルに偏りがちな他のパンジャービー・シクのラッパーとは一線を画し、自由なヒップホップを追求する姿勢は拠点を移しても変わらない。
Prabh Deepはこれまでも年間ベストで選んでいるので、よほどの作品でなければ選出しないつもりでいたのだが、2021年の"Tabia"とはまったく別の方向性でこれだけのアルバムを作られたら選ばないわけにはいかない。
しかも彼は今年、よりリラックスした作風の"KING Returns"というアルバムもリリースしている。
あいかわらずすごい創作意欲だ。



Wazir Patar “Barks(feat. Azaad 4L)”他(楽曲)

定点観測している、パンジャーブ系のバングラー・ラッパーのヒップホップ化について、今年しびれたのはこの曲。
このジャンルではオンビートで朗々と歌うバングラーのフロウからタメの効いたヒップホップ的なリズムへの以降が進みつつあるが、その2024年的スタイルを聴かせてくれるのがWazir Patarだ。
“Barks”のバングラー的な張りのある発声とラップのスピットの融合に、ギャングスタ的アティテュードをバングラーでどう表現するかという問いに対するひとつの答えが出ている。(そんな問いは俺以外だれもしてないが)
ビートがトラップ系ではなくブーンバップなのも良くて、パンジャービーでシクでギャングスタという彼の個性(いささかありふれていると思わなくもないが)が存分に感じられる。
Sidhu Moose Wala亡き後のシーンはKaran AujlaやShubhらの人気ラッパーがしのぎを削っているが、Wazir Patarもその中で存在感を増しつつある一人だ。



Sambata “Hood Life”(楽曲)

国籍を問わずラッパーの進化というのは割と似たような過程を辿るのかもしれない。
ムンバイ、プネーあたり(マハーラーシュトラ州西側)のストリート系ラッパーのわずか10年あまりの歴史の教科書があるとしたら、DIVINEが1ページ目に載るはずだろう。
彼はハスキーな声で歯切れの良いラップをスピットする、日本で言うとZeebraみたいなスタイルで「ストリートの声」となった。
その後に進化系として的確なラップ技術と”Firse Macheyange”に象徴されるポップさなどを兼ね備えたEmiway Bantaiが登場。他のラッパーをディスりまくって名を挙げた。
続いてシーンを賑わせたのは、エモ/マンブル系のMC STANだ。
そこからさらに進化して、2024年の雰囲気を感じさせてくれるラッパーがこのSAMBATAだ。
SAMBATAのラップには、日本でいうとWATSONとかDADAと通じるような雰囲気がある。
ちょっとやさぐれたような、
彼もまたマラーティー語ラッパー。まさかこのトップ10にマラーティー語の曲を2曲も選ぶ日が来るとは思わなかったな。
パンジャービー語ラッパー(バングラーではない)のRiar Saabとの共演という視野の広さも良い。
プロデュースはKaran Kanchan. 今回もいい仕事をしている。



Raman “Dekho Na”(シングル)

新世代R&Bアーティストもどんどんかっこいい人が出てきている。
その中でもとくに印象に残ったのがこのRaman.
彼は日本でいうと藤井風みたいな雰囲気がある。
ヴォーカリストとしてもソングライターとしても資質があって、声にも色気がある。
このままインディーズでやり続けていても良いし、映画音楽方面に進出しても面白そうだ。
この手のシンガーについては以前この記事で特集している。




Karun, Lambo Drive, Arpit Bala & Revo Lekhak “Maharani”


以前から注目していたインドでたびたび見られるラテン風ラップ/ポップスの一つの到達点とも言える曲。
このテーマで書くなら、よりビッグネームなYo Yo Honey Singhの"Bonita"とか、Badshahが参加した"Bailamos"を挙げてもよかったのだが、彼らは以前からレゲトンなどのラテンの要素を取り入れていたことを知っていたので、今回はサンタナみたいな伝統的ラテンなこの曲をセレクトしてみた。
独特の歌い回しのどこまでがインド要素でどこからがラテン要素なのかが分からなく
ラテン風の楽曲ではタミルのAasamyも良かった。



Dohnraj “Gods & Lowlife”(アルバム)

ロックアーティストとしては唯一の選出となったDohnrajは、デリーを拠点に80年代的なロックサウンドを奏でているシンガーソングライター。
ジャンルの多様性を確保するためにロックから選ぶようなことはしたくなかったし、彼にことは2022年にも年間Top10に選出しているのでそんなに推すつもりはなかったのだが、 9月にリリースされた“Gods & Lowlife”の充実度を考えたら、リストに入れないという選択肢はなかった。
そう来たか!のプログレ風の”If That Don’t Please Ya (Nothing Ever Will)”に始まり、80〜90年代の洋楽的要素をふんだんに取り入れた万華鏡的音世界は、世代のせいかもしれないがとても魅力的だった。
先日の記事にも書いたが、インドのアーティストの過去の洋楽オマージュっぷりはかなり面白く、今後も注目していきたい分野だ。




というわけで、いつも年末ぎりぎりに発表していた年間ベスト10を今年はちょっと早めに発表してみました。
今ムンバイにいて、その様子はとある媒体で書きますが、とても刺激的な出会いと経験を重ねています。
みなさんも良いお年を!



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goshimasayama18 at 13:58|PermalinkComments(0)

2023年04月30日

インドのパーティーラップとストリートラップ、融解する境界線


久しぶりにインドのヒップホップに関する記事を書く。
これまで、このブログでインドのヒップホップについて書く時、便宜的に「享楽的で商業的なパーティーラップ」(パンジャーブ出身者がシーンの中心だが、他の地域にもある)と「よりリアルでコンシャスなストリートラップ」に分けて扱ってきた。

インドにおいて、この2つのジャンルは成り立ちからスタイルまで見事に対照的で、交わることはないだろうと思っていた。
ところが、少し前からその境界線が曖昧になってきているみたいだ、というのが今回の話。

長くなるので簡単に説明すると、インドのパーティーラップは、'00年代にパンジャーブ系の欧米移住者が伝統音楽の要素を取り入れて始めた「バングラーラップ」が逆輸入されたことに端を発する。
バングラーラップはパーティー好きなパンジャービーたちの嗜好を反映して(かなりステレオタイプでごめん)インド国内でド派手に進化し、ボリウッド映画の都会的なナイトクラブのシーンなどに多用され、人気を博すようになった。
これがだいたい'10年代半ばくらいまでの話。


一方で、'10年代以降、パンジャービーたちが逆輸入したバングラーラップとは無関係に、インターネットを通じて本場アメリカのラッパーから直接影響を受けたストリートラップのシーンも形成されるようになる。
初期のストリートラッパーたちは、同時代の音楽よりも、Nas, 2Pac, Notorious B.I.G., Eminemといった'90年代USヒップホップの影響を強く受けていた。
商業的なパーティーラップが虚飾的な享楽の世界を描いているのに対して、彼らはあくまでリアルにこだわった表現を志していた。

とくにムンバイでは、『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台にもなったスラム街ダラヴィなどでシーンが形成され、徐々に注目を集めるようになってゆく。


2018年には、ムンバイを代表するストリートラッパーNaezyとDIVINEをモデルにしたボリウッド映画『ガリーボーイ』が公開され(この二人はダラヴィの出身ではない)、ストリートラップシーンは一気に脚光を浴びる。
ストリートで生まれたインディペンデントなラップシーンが、エンタメの王道であるボリウッドをきっかけに注目を集めたのは皮肉といえば皮肉だが、ともかく、こうしてストリートラップシーンはアンダーグラウンドから脱却し、多くの人に知られるようになった。

簡単に説明すると書いたわりには結構長くなってしまったが、さらに詳しく読みたい方はこちらの記事をどうぞ。




典型的なインドのパーティーラップというのは、例えばこんな感じ。
このジャンルを代表するラッパー、Yo Yo Honey Singhが2014年にリリースした"Love Dose"のミュージックビデオを見れば、その雰囲気は一目瞭然だろう。


この曲のYouTubeでの再生回数は約4億5,000万回。(2023年4月現在。以下同)
他にもHoney Singhのパーティーソングは4億、5億再生の曲がざくざくある。
インドの音楽をよく知らない方には吉幾三っぽく聴こえるかもしれないが、この幾三っぽい歌い回しこそが、バングラー由来の部分である。

もういっちょ紹介すると、これはちょうどHoney Singhが世に出た頃、2011年にDeep Moneyというシンガーと共演した"Dope Shope".


ターバンを巻いてバングラーっぽい歌い回しを披露しているのがDeep Money、途中からラップをしているのがHoney Singhだ。
さっきの曲もチャラかったが、この曲も酒、女、パーティーっていう非常に分かりやすい世界観。
この曲の再生回数も2億回を超えている。


その彼が2021年最近リリースした"Boom Boom"になると、突然こうなる。


ビートはパーカッシブながらもぐっとシンプルになり、バングラー的な歌い回しは鳴りを潜めて、よりヒップホップ的になっている。
そしてミュージックビデオは薄暗く、男臭くなった。
再生回数は、Honey Singhにしてはかなり少ない1900万再生ほど。

この曲のYouTubeのコメント欄が泣ける。
トップコメントは「昔のYo Yoが懐かしいって人いる?(Who miss our old Yo Yo?)」という思いっきり後ろ向きな内容で、3万を超えるイイネがついている。
他にも、「Dope Shopeとか歌ってた昔のYo Yoのほうがいい」とか「2010年から2016年までがHoney Singhの黄金時代」といった、コレジャナイ感を表明した率直すぎるコメントが並んでいて、比較的優しいファンも「正直よくわからないけど、彼はいつも時代を先取りしているから10年くらい経ったら僕らも良さがわかるようになると思う」とか書いている。
このスタイルはファンに歓迎されなかったのだ。
ほどなくしてHoney Singhは再びコマーシャルなパーティーラップのスタイルに戻っている。

なぜ彼が急にこの地味なスタイルに切り替えたかというと、思うにそれはインドで急速にストリート系のリアルなラップが支持され始めて来たからだろう。
インドでストリート系のラップが世にで始めた2010年代後半頃、ストリート系のラッパーのYouTubeコメント欄には「Honey Singhなんかよりずっといい」といったコメントが溢れていたものだった。


そのインドのストリートラップというのはどんなものかというと、いつもこの曲を例に挙げている気がするが、ムンバイのシーンを代表するラッパーDIVINEの出世作、2013年の"Yeh Mera Bombay"を見れば、こちらも一目瞭然だ。




インド最大の都市ムンバイの、高層ビル街やオシャレスポットではなく、下町の路地裏を練り歩きながら「これが俺のムンバイだ」とラップするDIVINEは、物質主義的な憧れを詰め込んだような既存のパーティーラップに比べて、確かにリアルで、嘘がないように見える。
この曲の再生回数は450万回ほどに過ぎないが、ラップといえば虚飾的なスタイルがほとんどだったインドに突如として現れた「持たざる自分を誇る」スタイルがシーンに大きな衝撃を与えたことは想像に難くない。

『ガリーボーイ』公開後、スターの仲間入りをした彼の「ストリートからの成り上がりの美学」を象徴しているのが、2021年にリリースされたこの"Rider"だ。


下町練り歩きの"Yeh Mera Bombay"と比べると、予算の掛け方も二桁くらい違うが、それでもストリート上がりのルーツをレペゼンする姿勢は変わっていない。
成り上がりの美学に多くのファンが共鳴したのか、この曲の再生回数は3,000万回ほどと、"Yeh Mera Bombay"に比べてぐっと多くなる。

ところが事情はそんなに簡単ではない。
この"Rider"が収録されている"Punya Paap"には、真逆のスタイルのこんな曲も収録されているのだ。


タイトルの"Mirchi"は唐辛子という意味。初めて見た時は、DIVINEずいぶんチャラくなったなー、と思ったものだが、Honey Singhを見た後だとそこまで違和感がないかもしれない。
それでも、ボリウッドばりに色とりどりの女性ダンサーが踊るパーティー路線のミュージックビデオは、男っぽさを売りにしていた過去のイメージからはほど遠い。

ぶっちゃけた話、ダサくなったような気もするが、インドのファンはストリートラップよりもこのパーティー路線のほうがずっと好きなようで、この曲のYouTube再生回数は3億回近くにも達する。

この"Mirchi"でDIVINEと共演しているダラヴィ出身のラッパー、MC Altafの転向も面白い。
これも何度か紹介している好きな曲なのだが、ダラヴィの郵便番号をタイトルに関した"Code Mumbai 17"もまた、典型的なガリーラップだ。


2019年にリリースされた曲とは思えない90'sスタイル。
TBSラジオの宇多丸さんのアトロクで「Ozrosaurusの『AREA  AREA』と繋げたら合うと思う」と言ったら「めっちゃ合う!」と同意してもらえた曲。
このMC Altafが、2022年にリリースした"Bansi"だとこうなる。


なんというか、インド人って「振付が揃った群舞」が本当に好きなんだなあ、としみじみと感じるミュージックビデオだ。
DIVINEの"Mirchi"もそうだが、群舞を取り入れながらも、メインストリーム的な過剰な華やかさから脱するために取られている手法が「照明を暗めにする」という極めてシンプルな方法論なのが面白い。


もう一人この手の例を挙げてみる。
このMC Altafとの共演も多いD'Evilというムンバイのベテランラッパーがいるのだが、2019年にリリースされた"Wazan Hai"という曲ではこんな感じだった。


スラム的下町っぽさを強調した初期のDIVINEやMC Altafに比べると、「スニーカーへの愛着」というテーマはミドルクラス的だが、D'Evilもストリート感を強調した結構コワモテなタイプのラッパーだということが分かるだろう。
それが2022年にリリースされた"Rani"だとこうなる。


豪邸、チャラい女の子たち、ポメラニアン、そしてピンクの衣装。
どうしてこうなった。
リリースはDIVINEのレーベルのGully Gangからだが、このレーベルは出自のわりにこういうノリを厭わない傾向がある。
インドでは珍しいこの手のラテンっぽいビート(レゲトン系は多いが)は、Karan Kanchanによるもの。

まあともかく、こんなふうに、『ガリーボーイ』以降にわかに有名になったストリートラッパーたちは、多くが急速にパーティー系路線へと舵を切った。
インドのヒップホップ的サクセスストーリーa.k.a.成り上がりの、典型的なあり方と言えるのかもしれない。


最初にあげたHoney Singhのように、パーティー系ラッパーがストリート系に転向したという、「逆成り上がり」の例をもう一人挙げるとしたら、メインストリームでHoney Singhと並ぶ人気のBadshahが好例だ。

2017年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、これまた酒、女、パーティーの典型的なコマーシャル系享楽路線だ。


ところが、彼のストリート系へのアプローチはかなり早くて、2018年にはインド随一のヒップホップ系ビートメーカー、Sez On The Beatを迎えてこんな曲もリリースしている。


以前のパーティーラップ的世界観と比べると、急にシブい感じになってきた。

Badshahの最新曲はこんな感じだ。


Badshahの面白いところは、完全に硬派路線に切り替えたわけではなく、今でも分かりやすいパーティーチューンもたびたびリリースしていることである。


この"Jugnu"は3連のシャッフルっぽいリズムがかっこいい1曲。

さらに変わったところだと、コロンビア出身のレゲトンシンガー、J Balvinを迎えたこんな曲もリリースしている。


だんだん訳がわからなくなってきた。
長々と書いたが、結局のところ、ナンパなパーティー系スタイルであろうと、硬派なストリートスタイルであろうと、当然ながらどちらもヒップホップカルチャーの一部な訳で、どっちかが本物でどっちかが偽物というわけではない。
アメリカのラッパーも、本当は金持ちじゃないのに豪邸で美女をはべらせているようなミュージックビデオを撮るために、借金を抱えたりとかしていると聞いたことがある。

それからインドがどんどん豊かになって、ネットの影響もあって海外のカルチャーがより広く、リアルタイムに入ってくるようになったことによって、ヒップホップの解釈の幅が大きく広がっているということもあるだろう。
Prabh DeepとかSeedhe Maut、あるいはTienasみたいに、また違う方法論でヒップホップを実践しているラッパーたちも出てきているし。


さらに言うと、最近では人的交流の面でも、「ストリート → パーティー」勢と「メインストリーム → ストリート」勢の共演が進んでいる。

最近パンジャービー/バングラー系ラッパーとのコラボレーションが目立っていたDIVINEは、この"Bach Ke Rehna"でとうとうBadshahと共演。
映画音楽を含めた王道ポップシンガーのJonita Ghandhiをフィーチャーしたこの曲は、ドウェイン・ジョンソン主演のNetflix映画"Red Notice"のインド版イメージソングという位置付けらしい。



他にもMafia Mundeer(Honey SinghやBadshahを輩出したデリーのクルー)出身で、早い時期からストリートラップ的アプローチをしていたRaftaarがデリーのアンダーグラウンドラップの帝王Prabh Deepと共演したりとか、もはやメジャーとインディーの垣根すらなくなってしまったのではないか、というコラボレーションが目立つようになってきた。




何が言いたいのかというと、インドのシーンはあいかわらずどんどん面白くなっていくなー!
ということでした。

以上!




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2022年12月04日

インドのヒップホップの現在地(2022年末編)

インドにヒップホップが根付いたのはじつはかなり遅くて、シーンと呼べるものが可視化してから、まだ10年くらいしか経過していない。
在外インド系ラッパーを除けば、2012年の時点でストリートミュージック的なラップをやっていたのは、デリーのKR$NAやベンガルールのM.W.A(Brodha VSmokey The Ghostを輩出したユニット)など、数えるほどしかいなかった。

そんな遅咲きのインドのシーンだが、いつもこのブログで書いている通り、その成長はめざましい。
「インドのヒップホップの現在地」 というタイトルで書き始めたものの、広すぎるインドのどの地域をどの角度から切り取るかによっても紹介すべき内容が変わってくるので、その全体像を示すのは容易ではない。

というわけで、今回は、2022年にリリースされたインドのヒップホップのなかから印象に残ったアルバムを3作品選んで紹介させてもらうのだが、それが完全に私の独断と偏見によるものであることをまずお断りしておきたい。
これらの作品が今のインドを象徴しているかというと、そうでもないような気もするのだが、いずれも、衝撃を受けたり、なるほどこう来たかと思ったりした作品なのは間違いないので、まあ聴いて損はないと思う。


Prabh Deep "Bhram"
まずはPrabh Deepが11月にリリースしたニューアルバム、"Bhram"の1曲目、Bhramから聴いてみよう。


デリーのストリート出身のPrabh Deepは、もはや単なるラッパーというよりも、音響芸術家とでも呼んだ方がよさそうな領域に入ってきている。
ローファイっぽいギターが入ったトラックは、ジャンルの枠にとらわれずに、アメーバのように様々に変化しながら進んでゆく。
前作"Tabia"を踏襲した今作でも、自らの手による深みのあるビートと彼の声との相乗効果が、不思議な高揚感を生む。
初期の作品のSez on the Beat(インドNo.1ビートメーカーと呼んでも良いだろう。彼のことは)とのコラボレーションもすばらしかったが、セルフプロデュースとなってからのPrabh Deepはまさに唯一無二の存在となった。

ミュージックビデオが制作された"Rishte"はラップ、ビート、映像が融合した独特の世界観が楽しめる。



アルバム収録曲ではないが、10月28日にリリースされた"Wapas"も、映像とサウンドいずれもこのスタイリッシュさ。


このシク教徒のラッパーは、フロウこそヒップホップ的ではあるものの、発声そのものにバングラー的というか、とてもパンジャービーっぽい響きが内包されていて、それが彼のシグネチャースタイルを形作っている。
これからも孤高の存在でありつづけるであろう彼の今後の活躍がますます楽しみだ。



DIVINE "Gunehgar"
インドのヒップホップシーンを牽引してきたムンバイ出身のDIVINEについては、これまでも何度も紹介してきた。
ヒンディー語でガリーと呼ばれる路地出身の彼は、持ち前のラップセンスとスキルで名声と地位を獲得し、2019年のヒット映画『ガリーボーイ』のモデルの一人にもなった。
ラップによる成り上がりは彼の望むところだったのだろうが、成功後の彼は、ストリートに根ざしたアイデンティティーを失ってしまったようにも見え、ちょっと迷走しているようでもあった。
(もっとも、そんなふうに思っていたのは日本の私くらいで、インドではいずれのスタイルもファンに歓迎されていたようだったが…)




そのDIVINEも、11月にニューアルバム"Gunehgar"をリリース。
紆余曲折を経て(前回の記事参照)、結局はストリートっぽさを活かした(しかし成り上がったのでお金をたっぷり使った)ミュージックビデオとスピットスタイルのラップに戻ったようだ。
タイトルトラックの"Gunehgar"はこんな感じ。


アルバム自体は、Prabh Deepのように意欲的に新しいスタイルに挑戦しているわけではなく、彼が生み出したガリーラップのスタイルを進化・深化させたものと捉えて良いだろう。
アメリカの中堅ラッパーArmani WhiteやベテランラッパーJadakissがゲスト参加しているのも注目ポイント。
Armani Whiteが参加した"Baazigar"は、古いボリウッド?から始まるKaran Kanchanプロデュースによるトラックが秀逸。




このBornfireのゲストラッパーは、今回のアルバムのなかでは一番の大物であるRuss.
ミュージックビデオの悪い意味でのボリウッド的(あるいはYo Yo Honey Singh的)なダサさが気になるが、クールなラテン風味のトラックは率直にかっこいい。



まあこの映像センスもインド的成り上がりを象徴するひとつのスタイルなのだろう。
(前作にも"Mirchi'というダサめのミュージックビデオがあった)
この曲のビートにはモロッコ人のRamoonやアイルランド人のRoc Legion、ムンバイのKaran Kanchanとどこの人かわからないiLL Waynoという人の名前がクレジットされている。
おそらくはネットを介してコラボレーションが進められたものと思うが、これもまた現代的な話ではある。



Yashraj "Takiya Kalaam"
最後に紹介するのは、ムンバイ出身の22歳のラッパーYashraj.
彼が8月にリリースした"Takiya Kalaam"は、サウンド的には目新しいところやインド的な部分があるわけではないが、ブーンバップ的な王道のアプローチがとにかくツボを心得ていて心地よい。

"Doob Raha"


Prabh DeepとDIVINEのあとに見ると、見た目的にはかなり地味な印象かもしれないが、耳に意識を集中すれば、この音の完成度の高さに気がつくはずだ。
プロデュースはAkash Shravanなる人物。
Yashraj同様、派手さはないが、押さえるべきところをきちんと押さえたサウンド作りができるビートメーカーのようだ。

"Naadaani"


"Aatma"


ローファイ・マナーっぽい"Naadaani"や"Aatma"も、「すげえなあ!」というより「分かってるなあ!」という印象。
妙に耳に馴染むのは、少し前の日本語ラップっぽい雰囲気が(インドのラップにしては)感じられるからかもしれない。
Yashrajはミドルクラス出身だそうで、この出自のインド人ラッパーでこのサウンドであれば、英語ラップを選ぶことも難しくはなかっただろうが、ヒンディー語で通しているところがシブい。
このアルバムにはゲストを入れず、政治的なテーマもあえて扱わずに自身の内面にひたすら向き合ってリリックを書いたとのことで(言葉が分からないのでなんともいえないが)、自分の深い部分を表現するには、やはり母語にこだわる必要があったのだろう。

新世代が新しい方法論に飛びつくのではなく、このどっしりしたサウンドでデビューするあたり、インドのヒップホップシーンの裾野の広がりを改めて感じた次第。
派手さはないが、何度も聴きたくなる作品である。

アルバム収録曲ではないが、昨年末にリリースされた"Besabar"もかなり意欲的な作品なのでついでに紹介しておく。





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goshimasayama18 at 14:48|PermalinkComments(0)

2022年01月10日

Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストアルバムTop10!

前回の記事ではRolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストシングル10曲を紹介したが、今回特集するのは同誌が選んだ2021年のベストアルバム10選!

これがまた想像をはるかに超えていて、我々が知るインドや今日の音楽シーンのイメージを覆す驚くべき作品が選ばれている!

(元記事はこちら
それではさっそく紹介してみよう。


1. Blackstratblues  "Hindsight2020"



Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストアルバム第1位は、ジェフ・ベックやサンタナを彷彿させる70年代スタイルのロックギタリスト、Warren MendonsaによるBlackstratblues名義のインストゥルメンタル・アルバム"This Will Be My Year".
世界の音楽のトレンドとまったく関係なく、2021年にこのアルバムを選ぶセンスにはただただ吃驚。
彼は派手なテクニックで魅せるタイプのギタリストではなく、チョーキングのトーンコントロールや絶妙なタメで聴かせる通好みなアーティストで、発展著しいインドの音楽シーンのなかでも、なんというか、かなり地味な存在だ。
今作はちょっとスティーヴ・キモックとか、あのへんのジャムバンドっぽい感じもある。
Warrenはじつはこのランキングの常連で、2017年にも前作のアルバム"The Lost Analog Generation"が2位にランクインしている。(単に評者の好みかもしれないが)
このアルバムでは、日本文化からの影響を受けているエレクトロニック・ミュージシャンのKomorebiが2曲に参加している。
ちなみにWarrenはインド映画音楽界のビッグネームである3人組Shankar-Eshaan-Loyの一人、Loy Mendonsaの息子でもある。




2. Prabh Deep  "Tabia"



軽刈田も2021年のTop10に選出したデリーのラッパーPrabh Deepの"Tabia"が2位にランクイン。
私からの評はもう十分に書いたのでここでは繰り返さないが、Rolling Stone Indiaは、この作品の多様に解釈できる文学性とストーリーテリングを高く評価しているようだ。
確かに彼のリリックは、英訳で読んでも文豪の詩のような、あるいは宗教的な預言のような深みと味わいがある。
そこに加えてこの声とサウンド(トラックもPrabh Deep自身が手掛けている)。
インドのヒップホップアーティストの中でもただひとり別次元にいる孤高の存在と呼んでいいだろう。
高く評価されないわけがない。



3. Shreyas Iyenagar  "Tough Times"



プネー出身のマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーが、新型コロナウイルスのパンデミックにインスパイアされて制作したジャズ・アルバムが3位にランクイン。
こちらもサウンド面での2021年らしさがある作品ではないが、シングル部門で1位のソウルシンガーVasundhara Veeと同様に、インドには珍しい本格志向のサウンドを評価されたのだろう。



4. Tejas  "Outlast"




ムンバイのシンガー・ソングライターTejasのダンスポップアルバム。
優れたポップチューンを作るかたわら、一昨年はコロナウイルスによる全土ロックアウトの期間に、前代未聞の「オンライン会議ミュージカル」を作るなど、アイデアと才能あふれるアーティストである。
今作は、ちょっと80年代っぽかったり、K-Popっぽかったりと、現代インドの音楽シーンのトレンドを押さえた作風になっていて、Tejas曰く昨年解散したDaft Punkの影響も受けているとのこと。
言われてみればたしかにそう感じられるサウンドだ。



5. Second Sight  "Coral"



このムンバイ出身の5人組は、個人的に今回のランキングの中で最大のめっけもの。
その音楽性は、ジャズ、プログレ、フォーク、R&B、ラップ、サイケなどの多彩な要素を含んでいる。
全編にわたってハーモニーが美しく、プログレッシブ・ロック的な複雑さはあるが、とっつきにくさはなく、とにかくリラックスした音像の作品だ。
2018年にEP "The Violet Hour"でデビュー(当時は男女2人組だったようだ)した彼らのファーストアルバム。
意図的にインド的な要素は入れない主義のようだが、このユニークなサウンドはインドでも世界でも、もっと聴かれて良いはずだ。



6. Godless  "State of Chaos"



70’s風ギターインスト、ヒップホップ、ジャズ、ダンスポップと来て、ここにゴリゴリのデスメタルが入ってくるのがこのランキングの面白いところ。
南インドのハイデラーバードとベンガルールを拠点にしているGodlessは、2016年のデビュー以来、メタルシーンでは高い評価を得ていたバンドだ。
サウンドは若干類型的な印象を受けるものの、演奏力は高いし、リフやアレンジのセンスも良いし、インドのメタルバンドのレベルの高さを改めて思い知らされる。
メンバーの名前を見る限り、メンバーにはヒンドゥーとムスリムが混在しているようで、世界のメタルバンドの情報サイトEncyclopaedia Metallumによると、歌詞のテーマは「死、反宗教、紛争、人間の精神」とのこと。
宗教大国インドで、異なる宗教を持つ家庭に生まれた若者たちが、Godlessという名前で一緒に反宗教を掲げてデスメタルを演奏しているところに、どこかユートピアめいたものを感じてしまうのは感傷的すぎるだろうか。
そういう見方を抜きにしても、インド産メタルバンドとして、Kryptos, Against Evil, Gutslit, Demonic Resurrectionらに次いで、海外でも評価される可能性のあるバンドだと言えるだろう。



7. Arogya  "Genesis"



デスメタルの次にこのバンドが来るところがまた面白い!
インド北東部シッキム州ガントクで結成されたArogyaは、Dir En Greyやthe GazettEらのビジュアル系アーティストの影響を受けたバンドとして、すでに日本や世界でも(一部で)注目を集めていた。
彼らにアルバム"Genesis"については、例えばこのAsian Rock Risingのレビューですでに日本語で詳しく紹介されている。


これまでネパールやアッサム州グワハティを拠点に、ネパール語の歌詞で活動していたという彼らだが(シッキムあたりにはネパール系の住民も多いので、もともとネイティブ言語だったのだろう)、今作では英語詞を採用し、よりスケールの大きいサウンドに生まれ変わっている。
これまでも、アニメやコスプレや音楽など、インド(とくに北東部)におけるジャパニーズ・カルチャーの影響については紹介してきたが、彼らはインドに何組か存在する日本の影響を受けたバンドの中でも、とくに際立った存在と言える。
小さなライブハウスよりも、巨大なアリーナでこそ映えそうな彼らのバンドサウンドにふさわしい人気と評価を彼らが得られることを、願ってやまない。

(これまでに書いたインドにおける日本文化の記事をいくつかリンクしておきます。ナガランドのコスプレフェスなぜかJ-Popと呼ばれている北東部ミゾラム州のバンドAvora Records日本の音楽にやたら詳しいデリーのバンドKraken. どの記事もおすすめです)




8. Mali  "Caution to the Wind"



ムンバイ在住のシンガーソングライターMaliが8位にランクインした。
美しいメロディーの英語ポップスを歌うことにかけては以前から高い評価を得ていた彼女のファーストアルバム。
女性シンガーソングライターのなかでは、Sanjeeta Bhattacharyaあたりと並んで、今後もシーンをリードし続ける存在になりそうだ。
アルバム収録曲の"Age of Limbo"のミュージックビデオは、コロナ禍がなければ日本で撮影する予定だったそうで、状況が落ち着いたらぜひ日本にも来てもらいたい。



9. Lifafa  "Superpower 2020"



軽刈田による2021年Top10でも選出したLifafaが9位にランクインしている。
Lifafaはヴィンテージなポップスを演奏するデリーのバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物Suryakant Sawhneyによるソロプロジェクト。
そのサウンドのユニークさだけでも十分に評価に値するが、Rolling Stone Indiaは、パスティーシュとウィットに富み、ときに政治的でもある彼の歌詞を高く評していて、Prabh Deep同様、彼についてもその歌詞の内容を詳しく読んでみたいところだ。

(LifafaおよびPeter Cat Recording Co.については、こちらの記事から)



10. Mocaine "The Birth of Billy Munro"




MocaineはデリーのロックアーティストAmrit Mohanによるプロジェクト。
この"The Birth of Billy Munro"は、Nick Cave and  the Bad Seeds(80〜90年代にロンドンを拠点に活躍したロックバンド)のオーストラリア人シンガー、ニック・ケイヴによる小説"Death of Bunny Munro"にインスパイアされたコンセプトアルバムとのことで、もはやこの情報だけで面白い。
サウンド的には、ブルース、ハードロック、グランジ等のアメリカン・ロックの影響が強い作風となっている。
2022年には早くもBilly Munroシリーズの続編をリリースする予定とのこと。




というわけで、アルバム10選に関しても、このサブスク全盛、シングル重視の時代にあっても、ジャンルを問わず充実した作品が多くリリースされていたことが分かるだろう。
昨年の10選と比べても、インドの音楽シーンがますます成熟してきていることが一目瞭然。


2022年にはどんな作品に出会えるのか、ますます楽しみだ。


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goshimasayama18 at 21:32|PermalinkComments(0)

2021年12月29日

2021年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10

今年も多作だったインドのインディペンデント音楽シーン。
というわけで、昨年に続いて今年も2021年にリリースされた作品の中から、売り上げでもチャートでもなく、あくまで私的な感覚で今年のトップ10を選んでみました。
対象は、ミュージックビデオまたはアルバムまたは楽曲。
10曲のなかの順位はとくにありません。
例によって広すぎるインド、とてもじゃないけど全てをチェックしているとは言えないので、ここに入っていない傑作もあるはずですが、それでもこの10曲を聴いてもらえれば、今のインドのシーンの雰囲気が分かるんじゃないかと思います。

それではさっそく!


Seedhe Maut  "न"(Na) (アルバム)


デリーのSeedhe Mautが、同じくデリーを拠点とするレーベルAzadi Recordsからリリースしたこのアルバムは、インドのヒップホップのひとつの到達点と言っても過言ではないだろう。

ビートとラップによるリズムの応酬に次ぐ応酬。
かつて天才タブラ奏者ザキール・フセインのソロ作品を聴いて「パーカッションだけで音楽が成立するのか!」と感じたのと同種の衝撃を、このアルバムは感じさせてくれた。
トラックのかっこよさとラップのスキル、サウンドやフロウの現代性とインドらしさ、そしていかにもヒップホップらしい不穏な空気感が、ここには融合している。
これまで、DIVINEにしろEmiwayにしろ、インドのラッパーを語るときには、ラッパーたちののライフストーリーを合わせて紹介することで記事を成立させていたけれど、この作品に関しては、単純に音と雰囲気だけで語ることができる。
掛け値なしに名作と呼ぶことができる作品。





Prabh Deep "Tabia" (アルバム)


こちらもデリー出身のPrabh Deepによる、やはりAzadi Recordsからリリースされた作品。
2017年、インドのヒップホップシーンに彗星のように現れたPrabh Deepは、デリーのストリートの危険な雰囲気を漂わせ、パンジャービー・シクながらもバングラーらしさの全くないラップをドープなビートに乗せて一躍時代の寵児となった。

サウンド面での核を担っていたプロデューサーのSez on the Beatと袂を分かってからは、(ムンバイにおけるDIVINEのような)デリー版ストリートラッパーとしての道を歩むのだろうなあと思っていたのだが、その予想はいい意味で裏切られた。
自身がビートを手掛けたこの"Tabia"では、生楽器や伝統音楽的な要素も取り入れて、彼がもともと持っていた耽美的な要素をさらに研ぎ澄ませた、オルタナティブ・ヒップホップの傑作を作り上げたのだ。
ダリの作品を思わせるシュールリアリスティックなカバーアートにふさわしい浮遊感のある音色。
独特の存在感はますます先鋭化し、その音の質感は、他のヒップホップ作品よりも、むしろこの後紹介するLifafa "Superpower2020"(フォークトロニカ)にも近いものとなっている。
バングラー的な要素は皆無でも、やはりパンジャーブの伝統を感じさせる深みのある声も美しい。

昨年まではDIVINE、Emiway、MC STANらムンバイ勢の活躍が目立ったインドのヒップホップシーンだが、今年はデリーのアーティストたちがそのユニークな存在感を示した一年となった。





Lifafa "Superpower2020"(アルバム)

こちらもデリー勢。
意識して選んだわけではないが、今年はデリーのアーティストたちの個性が開花した一年だったのかもしれない。



Lifafaは、ビンテージなポップサウンドを奏でるバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物、Suryakant Sawhneyのソロプロジェクト。
ヨーロッパ的な英語ポップスのPCRCに対して、このLifafaでは、伝統音楽と電子音楽を融合させたトラックにヒンディー語ヴォーカルを乗せた独特のサウンドを追求している。
シンプルで素朴な音像ながら、センスの良さとインド以外ではありえない質感を同時に感じさせる才能は唯一無二。
「足し算的」な手法が目立つインドのポピュラーミュージックのなかで、「引き算」の美学で名作を作り上げた。

そういえば、ここまで紹介してきたデリーの3作品はいずれも「引き算的」な手法が際立っている。
これまでデリーといえばYo Yo Honey Singhらの「盛り盛り、増し増し」なスタイルの派手なパーティーラッパーが存在感を示していたが、サブカルチャー的な音楽シーンでは、新しい動きが始まっているのかもしれない。

"Wahin Ka Wahin"の冒頭と間奏で印象的なメロディーはパンジャーブの伝統歌"Bhabo Kehndi Eh"で、パキスタン系カナダ人の電子音楽アーティストKhanvictが今年リリースした"Closer"(こちらも名曲!)でも使われていたもの。
南アジア系アーティストのルーツからの引用の仕方はいつもながら趣味が良い。





Armaan Malik, Eric Nam with KSHMR "Echo"(シングル)

代々映画音楽に携わってきた家系に生まれたインドポピュラー音楽界のサラブレッド、Armaan Malikが、韓国系アメリカ人のEric Nam, インド系アメリカ人のEDMアーティストKSHMRとコラボレーションした1曲。


Armaan Malikは幼い頃から古典音楽を学んだのち、ここがいかにも現代ボリウッドのシンガーらしいのだが、アメリカの名門バークリー音楽大学に進学し、西洋ポピュラー音楽も修めている。
その彼が、インドでも高い人気を誇るK-Popに接近したのがこの"Echo"だ。

典型的なインドらしさを封印し、K-Popの定番である無国籍なEDMポップススタイルを導入したこの曲は、それゆえに印象に残らなかったのか、インド以外ではあまり話題にならなかったようではある。
(2021年12月25日現在、YouTubeの再生回数は2680万回ほど。映画音楽のヒット曲ともなれば一億再生を超えることもあるインドでは「まあまあ」の数字だ)
リリースされた当初、この曲をK-PopならぬI-Popと呼ぶメディアもあったが、その後I-Popという言葉はぱったり聞かなくなってしまった。

それでも、様々なルーツとグローバル文化が融合したこの曲は、今年のインドの音楽シーンを象徴するものとして、記憶に残しておくべき作品だろう。






Sidhu Moose Wala "Moosedrilla"他


もともとパンジャーブの伝統音楽だったバングラーは、ヒップホップや欧米のダンスミュージックとの融合を繰り返しながら、進化を続けてきた。
世界的には、2000年代に一発屋的なヒットを飛ばしたPanjabi MCらに代表される「過去の音楽」という印象が強いが、インド(とくに北インド)や南アジア系ディアスポラでは、今なお人気ジャンルの座を保っている。
その最新の人気アーティストがこのSidhu Moose Wala.




パンジャーブ州の小さな村で生まれた彼は、確かな実力と現代的なビート、そしてギャングスタ的な危険なキャラクターで、一気に人気アーティストに上り詰めた。
彼のリリースは非常に多く、今年だけで数十曲に及ぶのだが、強いて1曲挙げるとしたら、この"Moosedrilla".
大胆にドリルビートを導入し、ガリーラップ(ムンバイ発のストリートラップ)の帝王DIVINEをゲストに迎えたこの曲は、インドのヒップホップの第一波である「バングラー」の新鋭アーティストと、いまやすっかり定着したストリート系ラップが地続きであることを示したもの。
エリアやスタイルを超えたコラボレーションは、年々増え続けており、今後も面白い作品が期待できそうだ。



Songs Inspired by the Film the Beatles and India(アルバム/Various Artists)


欧米のポピュラー音楽とインドとの接点を紐解いてゆけば、そのルーツは1960年代のカウンターカルチャーとしてのロック、とくにビートルズにたどりつく。
リバプール出身の4人の若者は、エイトビートのダンスミュージックだったロックにシタールやタブラなどのインドの楽器を導入し、サイケデリアやノスタルジックな感覚を表現した。

しかしその後長く、インド音楽と欧米のポピュラーミュージックとの関係は、欧米側が一方的に影響を受けるという一方通行な状態が続いていた。
ビートルズの時代から50余年。
経済成長やインターネットの普及を経て、インディペンデントな音楽シーンが急速に拡大しつつあるインドから、ようやくビートルズへの返信が届けられた。

このアルバムは、現代インドの音楽シーンで活躍するロック、電子音楽、伝統音楽などのミュージシャンが、ビートルズの楽曲(主にインドの聖地リシケーシュ滞在時に書かれたもの)を彼らならではの手法でカバーしたもの。

インドのアーティストの素晴らしいところは、単純に欧米の音楽を模倣するだけでなく、彼らの伝統や独自の感覚をそこに加えていることだ。
そんな現代インドのアーティストたちによるカバーとなれば、絶対に面白いに決まっている。
つまり、ビートルズが行おうとしていたロックへのインド音楽の導入を、「本家」が行っているというわけである。



ビートルズのインド的解釈だけではなく、ビートルズがインドっぽいアレンジで演奏していた楽曲を、あえてクラブミュージック的なスタイルで再現しているものもある。
インドからビートルズへの53年越しの回答によって、西洋ポップスとインドをつなぐ輪は、完全な円環を描くに至った。



Shashwat Bulusu "Winter Winter"(シングル、ミュージックいビデオ)

アーメダーバード出身のシンガーソングライター、Shashwat Bulusuについては、この記事で紹介した"Sunset by the Vembanad"、そして"Playground"が強く印象に残っていた。


つまり、歪んだギターサウンドを基調とした、情熱と憂鬱が入り混じったオルタナティブ・ロックを演奏するアーティストとして認識していたということだ。
その彼が今年9月にリリースした"Winter Winter"には驚かされた。



叙情的なピアノのアルペジオに、全編オートチューンのヴォーカル、そしてゴーギャンの絵と現代アートが融合したようなミュージックビデオ。
Shashwatの新曲は、完全に新しいスタイルに舵を切りつつも、それでもなお情熱とメランコリーを同時に感じさせる質感を保っていた。
このセンスには驚かされたし、唸らされた。
ポストロックのaswekeepsearching然り、アーメダーバードはユニークなアーティストを生み出す都市として、今後も注目すべきエリアとなるだろう。



When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"(シングル、ミュージックビデオ)

ケーララ州の英国風フォークポップバンド、When Chai Met Toastは、これまでも良質な楽曲を数多く発表してきたが、2021年はとくに充実した年となった。
(これは2018年に書いた記事)


今年はニューアルバム"When We Feel Young"をはじめ、多くの楽曲をリリースしたが、その中でも出色の出来だったのが、この"Yellow Paper Daisy"だ。


叙情的かつエモーショナルな楽曲の素晴らしさはいつもどおりだが、ここで注目したいのは、フォーキーなサウンドに全く似つかわしくないSF調のミュージックビデオだ。
セラピーのために未来から現代のケーララに送り込まれてきたカップルを演じているのは、それぞれインド北東部とチベットにルーツを持つ俳優たちだ。
バンドの故郷ケーララを相対化する存在としての、地理的な距離感と時間的な設定が、じつに絶妙。
彼らの西洋フォーク的な曲調は、世界的には懐かしさを感じさせるサウンドだが、インドの音楽シーンではまだ新しいものだ。
「未来から現代を過去として振り返る」という設定で新しさとノスタルジーを両立させるという離れ技をやってのけたこの作品のアイデアはじつに素晴らしい。

まあそんな理屈をこねなくても、十分に素晴らしい作品なのは言うまでもなく、この楽曲・映像をJ-WAVEのSONAR MUSICに出演した際に紹介したところ、ナビゲーターのあっこゴリラさんもかなり面白がってくれていた。





Karan Kanchan "Marzi", "Houdini"他(シングル)

名実ともにインドを代表するビートメーカーとなったKaran Kanchanにとっても、2021年はますます飛躍した年となった。
インド各地のラッパーのプロデュースや、Netflixを通して全世界に配信された映画『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌(ラップはムンバイのDIVINEとUSのVince Staples)を手がけたのみならず、ソロ作品でも非常に充実した楽曲をリリースしていたからだ。

近年インドで目立っているローファイ・ヒップホップに挑戦したこの"Marzi"は、ローファイ・ガールへのオマージュであるミュージックビデオも含めて最高。
さらっと作ったように見えるが、Kanchanがこのスタイルのトラックを発表するのは初めてであるということを考えると、彼の適応力の高さに驚かされる。


テレビ画面に映るDVDのロゴは、21世紀の新しいノスタルジーを象徴するナイスな目の付け所。

この"Houdini"ではうって変わって超ヘヴィなスタイルを披露した。


ラッパーのRawalとBhargも派手さこそないものの確かなスキルでサウンドを支えている。
Karan Kanchanは、次にどんなスタイルを披露するのか、どこまで高みに上り詰めるのか。
ますます楽しみなアーティストになってきた。







Pasha Bhai "Kumbakharna"(ミュージックビデオ)

インドのミュージックビデオがストリートや食文化をどう描いているか、という点は、個人的にずっと注目しているテーマなのだが、そういった観点で、これまでに見てきた中での最高傑作と呼べるのがこの作品だ。


Pasha Bhaiはベンガルールのローカルラッパー。
以前ブログで紹介した時は、NEXというアーティスト名で活動していたようだが、気がついたら改名していた。



Shivaj Nagarなる地区の濃厚な空気感を、スパイスや肉を焼く煙や体臭や排気ガスの匂いまで漂ってきそうなほどリアルに映しきっている。
とくに夜の闇の濃さが素晴らしい。
高層ビルでもIT企業でもない、ベンガルールの下町の雰囲気が伝わってくるこのミュージックビデオは、気軽に旅ができない時代に、擬似インド体験としても何度もリピート再生した。
ドープなビートもレイドバックしたラップも秀逸だ。
おそらく現地でもさほど有名でないであろうアーティストからも、こんなふうに注目すべき作品が出てくるあたり、本当にインドのシーンは油断できない。




と、ごくごく私的なセンスで10作品を選ばせてもらいました。
今年の全体的な印象を語るとすれば、何度も書いたように、とくにデリーのアーティストの活躍が目立つ一年だった。
また、Top10に選んだ"Echo"や"Moosedrilla"のように、エリアを(ときに国籍も)超えたコラボレーションや、ビートルズのトリビュートアルバムのように、時代をも超えた傑作が多く生み出され、よりボーダレスな新しいインド音楽が生まれようとしている胎動を感じることもできた。

悩みに悩んで次点とした作品を挙げるとすれば、Hiroko & Ibexの"Aatmavishwas"Drish T.
"Aatmavishwas"はフュージョンとしての完成度が非常に高かったし、Drish Tもインドでの日本のカルチャーの浸透を新しい次元で感じさせてくれる存在だったが、インドのシーンを見渡すにあたって、冷静に見られない日本関連のものを無意識に避けてしまったところがあったのかもしれない。
でもどちらも非常に素晴らしかった。
またSmokey the Ghostの"Hip Hop is Indian"も、インドのヒップホップシーン全体を見渡したスケール感とインドらしさのあるビートが強く印象に残っている。


個人的なことを言わせてもらうと、今年はブログ4年目にして、なぜか急にラジオから声がかかるようになり、TBSラジオの宇多丸さんのアトロク(アフター6ジャンクション)、J-WAVEのあっこゴリラさんの
SONAR MUSICとSKY-HIさんのIMASIA(ACROSS THE SKY内のコーナー)、InterFMのDave Fromm Showなど、いろんな番組でインドの音楽を紹介させてもらった。
映画『ジャッリカットゥ』やベンガル関連のイベントで話をさせてもらったり、文章を書かせてもらう機会もあって、自分が面白いと思っているものを面白いと思ってくれている人が、少しずつでも増えてきていることを、とてもうれしく感じた1年だった。

毎回書いているように、インドの音楽シーンは年々すさまじい勢いで発展しており、面白いものを面白く伝えなければ、といういい意味でのプレッシャーは増すばかり。

今年もご愛読、ありがとうございました!




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goshimasayama18 at 00:09|PermalinkComments(0)

2021年09月01日

あらためて、インドのヒップホップの話 (その2 デリー&パンジャービー・ラッパー編 バングラー系パーティー・ラップと不穏で殺伐としたラッパーたち)



DelhiRappersラージュ

例えばラジオ番組とかで、「インドのヒップホップを3曲ほど選曲してほしい」なんて言われると、ついムンバイのラッパーの曲ばかり挙げてしまうことが多い。
ムンバイの曲ばかりになってしまう理由は、やはり映画『ガリーボーイ』をめぐる面白いストーリーが話しやすいのと、抜群にポップで今っぽい曲を作っているEmiway Bantaiの存在が大きい。

とはいえ、州が違えば言葉も文化も違う国インドでは、あらゆる都市に個性の異なるヒップホップシーンがある。
というわけで、今回は首都デリーのヒップホップシーンについてざっと紹介します!

ご覧の通り、デリーという街は北インドのほぼ中央に位置している。
(まずはちょっとお勉強っぽい話が続くが辛抱だ)
DelhiMap
(画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Delhi

ここで注目すべきは、デリーの北西にあるパキスタンと国境を接したパンジャーブ州。
インドとパキスタンの両国にまたがる地域であるパンジャーブは、男性信徒のターバンを巻いた姿で知られるシク教の発祥の地として知られている。
1947年、インドとパキスタンがイギリスからの分離独立を果たすと、パキスタン側に住んでいたシク教徒やヒンドゥー教徒たちは、イスラームの国となるパキスタンを逃れて、インド領内へと大移動を始めた。
同様にインド領内からパキスタンを目指したムスリムも大勢いて、大混乱の中、多くの人々が暴力にさらされ、命が奪われる悲劇が起きた。
それが今日に至る印パ対立の大きな原因の一つになっているのだが、今はその話はしない。
パキスタン側から逃れてきたパンジャーブの人々は、その多くがパンジャーブに比較的近い大都市であるデリーに住むこととなった。
結果として、デリーのシーンは、パンジャービー(パンジャーブ人)の音楽が主流となったのである。

パンジャービーには、北米やイギリスに移住した者も多い。
彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックと彼らの伝統音楽であるバングラー(Bhangra)を融合し、バングラー・ビートと呼ばれるジャンルを作り上げた。
2003年に"Mundian To Bach Ke"を世界的に大ヒットさせたPanjabi MCはその代表格だ。
デリーのパンジャービーたちは、本国に逆輸入されたバングラー・ビートを実践し、インドのヒップホップの第一世代となった。
この世代を代表しているのが、Mafia Mundeerというユニット出身のラッパーたちだ。




キャリアなかばで空中分解してしまったMafia Mundeerの詳細はこれらの記事を参照してもらうことにして、ここでは、その元メンバーたちの楽曲をいくつか紹介することとしたい。

彼らの中心人物だったYo Yo Honey SinghとBadshahは、その後、バングラービートにEDMやラテン音楽を融合したパーティーミュージックで絶大な人気を誇るようになった。


Yo Yo Honey Singh "Loka"


Badshah "DJ Waley Babu"

オレ様キャラのHoney Singhはリリックが女性蔑視的だという批判を浴びることもあり、アルコール依存症になったり、少し前には妻への暴力容疑で逮捕されたりもしていて、悪い意味で古いタイプの本場のラッパーっぽいところがある(USと違って銃が出てこないだけマシだが)。

この二人はヒット曲ともなるとYouTubeの再生回数が余裕で億を超えるほどの大スターだが、その商業主義的な姿勢ゆえに、ガリーラップ世代のヒップホップファンから仮想敵として扱われているようなところがある。
(一時期、インドのストリート系のラッパーの動画コメント欄は「Honey Singhなんかよりずっといい」みたいな言葉で溢れていた)

Mafia Mundeerの元メンバーの中でも、より正統派ヒップホップっぽいスタイルで活動しているのがRaftaarとIkkaだ。


Raftaar "Sheikh Chilli"

この曲は前回のムンバイ編で紹介したEmiway BantaiとのBeefのさなかに発表した彼に対する強烈なdissソング。
RaftaarとEmiwayのビーフについては、この記事に詳しく書いている。



IKKA Ft. DIVINE Kaater "Level Up"
Mafia Mundeerの中ではちょっと地味な存在だったIkkaは、今ではDIVINEとともにNASのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、本格派ラッパーとしてのキャリアを追求している。

もちろん、デリーにパンジャーブ系以外のラッパーがいないわけではなく、その代表としては'00年代なかばから活動しているベテランラッパーのKR$NAが挙げられる。

KR$NA Ft. RAFTAAR "Saza-E-Maut"
ちなみにこの曲でKrishnaと共演しているRaftaarも、バングラー・ラップのシーン出身ではあるが、もとはと言えばパンジャービーではなく南部ケーララにルーツを持つマラヤーリー系だ。


パンジャービー・シクのラッパーといえばバングラー・ラップというイメージを大きく塗り変えたのが2017年に"Class-Sikh"で鮮烈なデビューを果たしたPrabh Deepだ。
黒いタイトなターバンをストリート・ファッションに合わせ、殺伐としたデリーのストリートライフをラップする彼は、相棒のSez on the Beat(のちに決裂)のディープで不穏なトラックとともにシーンに大きな衝撃を与えた。

Prabh Deep "Suno"


彼が所属するAzadi Recordsは、デリーのみならずインド全土のアンダーグラウンドな実力派のラッパーを擁するレーベルで、デリーでは他にラップデュオのSeedhe Mautが所属している。


Seedhe Maut "Nanchaku" ft MC STAN


この曲はプネー出身の新鋭ラッパーMC STANとのコラボレーション。
彼らは意外なところでは印DM(軽刈田が命名したインド風EDM)のRitvizとも共演している。

Ritviz "Chalo Chalein" feat. Seedhe Maut
インドのインディーミュージックシーンでは、こうしたジャンルを越えたコラボレーションも頻繁に行われるようになってきた。
デリーのレーベルでは、他にはRaftaarが設立したKalamkaarにも注目すべきラッパーが多く所属している。


Prabh Deep以降、パンジャーブ系シク教徒でありながら、バングラーではないヒップホップ的なラップをするラッパーも増えてきている。
例えばこのSikander Kahlon.

Sikander Kahlon "100 Bars 2"


その一方で、このSidhu Moose Walaのように、バングラーのスタイルを維持しながら、ヒップホップ的なビートを導入しているアーティストも存在感を増している。

Sidhu Moose Wala "295"



Deep Kalsi Ft. KR$NA x Harjas x Karma "Sher"



Siddu Moose Walaはカリスタン独立派(シク教徒の国をパンジャーブに建国するという考えを支持している)という少々穏やかならぬ思想の持ち主だが、彼の人気はすさまじく、Youtubeでの動画再生回数は軒並み数千万〜数億回に達している。
パンジャービー、バングラーとヒップホップの関係は、一言で説明できるものではなくなってきているのだ。(ちなみにSikander KahlonもSiddu Moose Walaも、デリー出身ではなくパンジャーブ州の出身)



最後に、デリー出身のその他のラッパーをもう何人か紹介したい。

Sun J, Haji Springer "Dilli (Delhi)"

Karma "Beat Do"

パンジャービーの影響以外の点で、デリーのヒップホップシーンの特徴を挙げるとすれば、このどこか暗く殺伐とした雰囲気ということになるだろうか。
デリーのラッパーのミュージックビデオは、なぜか夜に撮影されたものが多く、内容も暴力や犯罪を想起させるものが少なくない。
他の都市と比較して、自分の街への愛着や誇りをアピールした曲が少ないのも気になる要素だ。
デリーの若者は自分たちの街にあんまりポジティブなイメージを持っていないのだろうか。

とはいえ、こうしたダークなラップがまた魅力的なのもまた事実で、独特な個性を持ったデリーのシーンには今後も注目してゆきたい。


(ムンバイ編はこちら)




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goshimasayama18 at 20:27|PermalinkComments(0)

2021年01月08日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2020年ベストミュージックビデオ10選!

というわけで、今回はRolling Stone Indiaが選ぶ2020年のインドのミュージックビデオ10選!

(元の記事はこちら↑)

「コレを選んできたか!」というのもあれば、「コレかあ?」というのもあり、また「コレは素晴らしかったのにすっかり忘れてた!」というセレクトもあったりして、こちらもまた興味深いランキングになっています。
時代性はともかく「洋楽っぽさ」を重視していたベストアルバム10選(こちら)とはうってかわって、ミュージックビデオのほうはインドならではの映像が選ばれているのも見どころ。
それではさっそく見てみましょう!



1. Sanjeeta Bhattacharya  “Red”
Sanjeeta Bhattacharyaは、アメリカの名門バークリー音楽大学を卒業したシンガーソングライター。
日本語タイトルの"Natsukashii"など、これまでも興味深い楽曲を数多く発表している。
この新曲で、従来のオーガニック・ソウル的な曲調とは異なる違うラップを導入した新しいスタイルを披露した。

共演しているシンガー/ラッパーのNiu Razaはマダガスカル出身だそうで、バークリーの人脈だろうか。
音楽性の変化に合わせて、見た目的にも、これまでの自然体で可愛らしいビジュアルイメージから、大人っぽい雰囲気への脱却を図っているようだ。
ミュージックビデオはインドのインディー音楽によくある無国籍風の映像。
楽曲はあいかわらず上質だが、ミュージックビデオとして年間ナンバーワンかと言われると、ちょっと疑問ではある。


2. Kamakshi Khanna  “Qareeb”
昨年は新型コロナウイルスの影響で通常の撮影が困難だったせいか、アニメーションを活かしたミュージックビデオが目立った一年だった。
この作品はフェルトの質感を活かしたコマ撮りアニメ。
インドのアニメのミュージックビデオは、ほとんど絵が動かない低予算のものから凝ったものまで、センスを感じられるものが多く、今後、日本のアーティストが制作を依頼したりしても面白いんじゃないかなと思う。
この曲のタイトルの"Qareeb"は「接触すること、そばにいること」を意味するウルドゥー語のようだ。
Kamakshi Khannaはデリーを拠点に活動しているシンガーソングライターで、出会いと孤独感を描いた映像が、憂いを帯びた歌声と切ないメロディーによく合っている。


3. Prabh Deep  “Chitta” 
デリーのアンダーグラウンド・ヒップホップシーンを代表するラッパー、Prabh Deepの"Chitta"もまた、実写とアニメーションを融合した作風。
前半の実写部分に見られる手書き風のエフェクトも最近のインドのミュージックビデオでよく見られる表現だ。
いつもどおりタイトなターバンにストリートファッションを合わせた彼のスタイルに、カートゥーン調の映像がマッチしている。
曲調は、メロウなビートのいつものPrabh Deepスタイル。


4. Shashwat Bulusu  “Sunset by the Vembanad”
インド西部グジャラート州バローダのシンガーソングライターShashwat Bulusuの"Sunset by the Vembanad"は、彼のホームタウンを遠く離れた北東部のメガラヤ州、トリプラ州、アッサム州で撮影されたもの。
このミュージックビデオを制作したのはBoyer Debbarmaという映像作家で、自身もスケートボーダーであり、スケートボードを専門に撮影するHuckoというメディアの運営もしているという。
BoyerがShashwatの音楽に興味を持ってコンタクトしたところ、ShashwatもBoyerの映像をチェックしており、今回のコラボレーションにつながったそうだ。
個人的にもかなり印象に残った作品で、リリース当時、このミュージックビデオと絡めてインドのスケートボードシーンについての記事を書こうと思っていたのだが、すっかり忘れていた。
ミュージックビデオに出てくる若者はKunal Chhetriというスケートボーダー。
人気の少ない街中や、トリプラの自然の中で、大して面白くもなさそうにスケートボードを走らせる彼の姿には、不思議と惹きつけられるものを感じる。
例えば大都市の公園で得意げに次々にトリックを披露するような映像だったら、こんなに心に引っかかるミュージックビデオにはならなかっただろう。
彼の退屈そうな表情やたたずまいに、強烈なリアルさを感じる。
情熱的なようにも投げやりなようにも聴こえるShashwatの歌声も印象的。 


5. DIVINE  “Punya Paap”

軽刈田セレクトによる2020年のベスト10(こちら)にも選出したムンバイのラッパーDIVINEの"Punya Paap".
これまで「ストリートの兄貴」的なイメージで売ってきたDIVINEだが、名実ともにスターとなったことでそのイメージの転換を迫られ、この曲ではキリスト教の信仰や内面的なテーマを打ち出してきた。
一方で、まったく真逆のメインストリーム/エンターテインメント路線の曲にも取り組んでいて、彼の方向性の模索はまだまだ続きそうだ。



6. That Boy Roby  “Backdrop”

チャンディーガル出身のロック・バンドThat Boy Robyはこのランキングの常連で、2018年には、サイケデリックなロックに古いボリウッドの映像を再編集したB級レトロ感覚あふれるミュージックビデオがランクインしていた(こちらを参照)。
その時は、「インドもいよいよドメスティックな『ダサさ』を逆説的にクールなものとして受け入れられるようになったのか」としみじみと感じたものだったが、今作では大幅に方向転換し、環境音楽的な静かなサウンドに、ドキュメンタリー風の映像を合わせたミュージックビデオを披露している。
あまりの変貌っぷりに、どうしちゃったの?と思ってしまうが、映像のクオリティは非常に高い。
インド北部ヒマーチャル・プラデーシュ州スピティ・ヴァレーの人々の冬の暮らしを詩情豊かに描いた映像は、同地で活躍する写真家Himanshu Khagtaによるものだそうだ。


7. Lifafa  “Laash”

Lifafaは、バート・バカラック風のノスタルジックなポップスを演奏する「デリーの渋谷系バンド」Peter Cat Recording Co.のヴォーカリストSuryakant Sawhneyによるエレクトロニック・フォーク・プロジェクト。
Lifafa名義のソロ作品では、PCRCとはうってかわって、インドっぽさと現代らしさ、伝統音楽と電子音楽の不思議な融合を聴かせてくれる。
6分43秒もあるミュージックビデオは、ハンディカメラで撮られたロードムービー風だが、最後の最後で予想外の展開を見せる。


8. When Chai Met Toast  “When We Feel Young”

ケーララ州出身のフォークロックバンドWhen Chai Met Toastの"When We Feel Young"も、やはりアニメーションによるミュージックビデオだった。
夜の道をドライブしながら過去を振り返る初老の夫婦を主人公とした映像は、彼らの音楽同様に、心温まる色合いとストーリーが印象に残る。



9. Komorebi  “Rebirth”
宮崎駿などのジャパニーズ・カルチャーの影響を受けているデリーのエレクトロニカ・アーティストKomorebiの"Rebirth"は、CGと化した彼女がインドと日本を行き来する興味深い作品。
軽刈田による2020年のベスト10(こちら)ではコルカタのSayantika Ghoshをセレクトしたが、インドでは電子音楽とジャパニーズ・カルチャーの融合がひとつの様式となっているようだ。




10. Raghav Meattle  “City Life”

軽刈田も注目しているムンバイのシンガー・ソングライターRaghav Meattleの"City Life".
お気に入りの曲が選ばれているとやはりうれしい。
フィルムカメラを使って撮られた映像は、コロナウイルス禍以降に見ると、もう戻れない過去のようにも見えて切なさが募る。



というわけで、Rolling Stone Indiaが選んだ2020年のミュージックビデオ10選を紹介してみました。
ベストアルバム同様、このミュージックビデオ10選も、音楽的にはこれといってインドっぽさのない、無国籍なサウンドが並んでいるのだが、やはり映像が入るとぐっとインドらしさが感じられる。

大手レーベルと契約しているDIVINE以外は、コロナウイルスの影響を受けたと思われるアニメーションやドキュメンタリー調(少人数での撮影を余儀なくされたのだろう)の映像が目立つのが印象的だ。
過去のランキングと比べてみるのも一興です。






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goshimasayama18 at 18:53|PermalinkComments(0)

2020年10月01日

インドNo.1ビートメイカーSez on the Beatの怒りと誇り (ビートメイカーで聴くインドのヒップホップ その1)



インドのヒップホップシーンのビートメイカーを紹介する記事を書くとしたら、誰が書いても最初にこの男を紹介することになるだろう。
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決して長くはないインドのヒップホップの歴史のなかで、大きな存在感を放っているSez on the Beatは、ビートメイカーという裏方的なイメージとは正反対の男だ。
彼はときに、ソーシャルメディアを通して、ラッパー以上に饒舌に自らの主張を発信している。

昨年、ボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がインドで盛り上がっていた頃、彼は怒りをあらわにしていた。

理由は、この映画の重要なシーンで使用されたインド・ヒップホップ史に燦然と輝く名曲"Mere Gully Mein"(原曲はDIVINEとNaezyによる)のクレジットに彼の名前が記載されていなかったということだ。

他の国では想像できないことだが、インドでは、長らく(そして今日に至るまで)ポピュラー・ミュージックと映画音楽はほぼ同義であり、そして映画音楽が紹介される場合、最も大きく表記されるのは曲名でも歌手名でもなく、映画のタイトルだった。
次に曲名や主演俳優の名前(彼らはほとんどの場合、曲に合わせて口パクをするだけなのだが)が続き、シンガーの名前はごく小さく表記されるのみで(劇中では表に出てこない彼らは「プレイバック・シンガー」と呼ばれる)、作曲家やプロデューサーの扱いはさらに小さい。
(ただし、A.R.ラフマーン・クラスのビッグネームになれば話は別)
そもそも、映画のための一要素として作られる映画音楽と、アーティストの作家性が重視されるヒップホップやインディーミュージックは全く構造が異なっているのだ。

結局、Sezの名前がクレジットに入れられることでこの騒動は一件落着となったのだが、映画賞を総ナメにした話題作の影で、ボリウッドが作品のテーマでもあるインディー文化に敬意を示さなかったことは、少しだけ心に引っかかっていた。
(念のため書いておくと、監督のゾーヤー・アクタルはもともとヒップホップの大ファンで、Naezyのパフォーマンスを見てこの映画を企画したというし、主演のランヴィール・シンもヒップホップへのリスペクトを公言している。言いたかったのは、この映画の製作陣への批判ではなく、ボリウッドの構造的な問題のことだ)

SezがインドNo.1ビートメイカーであることに疑いの余地は無いだろう。
彼は、インド産ストリートラップのオリジネイターであるDIVINEやNaezyの初期の作品で、独特のパーカッシブなビートを開発し、「ガリーラップ」の誕生に大きく貢献した。
それ以前にもインドにラップは存在していたが、インドに本物のヒップホップを普及させた最大の功労者をラッパー以外で挙げるとしたら、間違いなくSezの名が挙がるはずだ。
彼の功績を辿ってみよう。


まだSez on the Beatと名乗る前、Sajeel Kapoorは、PCでゲームをしたり音楽を聴いたりすることが好きな少年だった。
Sajeelは、15歳ときにVirtual DJというソフトと出会い、マッシュアップやリミックスを作り始めるようになる。

当時はTiesto, Skrillex, David GuettaといったEDMやトランス系のDJを好んでいたそうだ。
音楽で成功できなかったときのために、父の勧めでデリー大学に進み、コンピューター・サイエンスを修めたというから、優秀な学生でもあったのだろう。

もともとヒップホップは単調に思えて好きではなかったが、インドのヒップホップシーン黎明期の梁山泊とも言えるOrkut(ソーシャルメディア)上のコミュニティ'Insignia'との出会いにより、徐々にシーンに傾倒してゆく。
ちょうどSajeelがヒップホップに転向した頃、インド音楽とEDMを融合したNucleyaの音楽が注目を集るようになった。
当時、インドではヒップホップはまだまだアンダーグラウンドな存在である。
Indian Express紙のインタビューによると、彼はそのときに少しだけ後悔したと正直に話している。
EDMはヒップホップよりもビートメイカーに注目が集まるジャンルでもある。
彼の強烈な自尊心や名声へのこだわりは、こうした経験から生まれたものなのかもしれない。


彼はデリーのヒップホップシーンの中心だったコンノートプレイスのIndian Coffee Houseでたむろしながら、シーンの発展のために、そして自身の研鑽のために、ラッパーたちに無償でトラックを提供していた。
2010年頃のことだ。

大学卒業後、音楽マネジメント会社Only Much Louderで働きながら、アッサム州出身のビートメーカーとStunnahBeatzというユニットを組んで活動していたSezに、やがてチャンスが回ってくる。
ムンバイのラッパーDIVINEに提供した"Yeh Mera Bombay"が人気を集めたのだ。



続く"Mere Gully Mein"は、Sez自身はあまり気に入ったビートではなかったそうだが、DivineとNaezyがムンバイのストリートの空気感を濃厚に感じさせるラップを乗せると、刺激的な音楽を求める若者たちに大歓迎された。


Sezのビートは、Divineのワイルドなラップとも、Naezyの苛立ちを感じさせるフロウとも抜群の相性だった。
ヒンディー語で裏路地を意味する"Gully"という単語は、インドのヒップホップを象徴する言葉となり、ついには大スターを起用したボリウッド映画まで作られるほどになったのだ。(先述の『ガリーボーイ』のことだ)

だが、Sezはこの「ガリーラップ」の成功にとどまるつもりはなかった。
彼は一時代を築いたガリービートに早々に見切りをつけると、その後はメロウなチルホップ系のサウンドやトラップ的なビートを導入し、インドのヒップホップシーンの最先端を走り続けている。

とくに、デリーの先鋭的ヒップホップレーベルAzadi Recordsから2017年にリリースされたPrabh Deepのアルバム"Class-Sikh"は、ガリーラップ以降のインドのヒップホップを方向付ける作品として、非常に高い評価を受けている。


ターバンと髭という伝統的なシク教徒の装いにストリートファッションを合わせ、ムンバイとはまた異なるデリーのストリートの空気感を濃厚に漂わせたPrabh Deepのラップは、Sezのビートと化学反応を起こし、瞬く間にインドのヒップホップシーンの新しい顔となった。


Azadi Recordsは、イギリスで音楽ビジネスに関わっていたMo JoshiとジャーナリストのUday Kapurによって、当時設立されたばかりの新進レーベルだ。
インディペンデントな姿勢にこだわり、ときにラディカルな政治的主張もいとわないAzadi Recordsは、商業主義を排した本物のヒップホップレーベルとして時代の寵児となった。


このレーベルは、Sezの活躍の舞台としてもうってつけだった。
デリーの二人組、Seedhe Mautに提供したトラックでは、珍しくインド古典音楽っぽいリズムやサウンドを導入している。



彼がAzadi Recordsでプロデュースたのは、デリーのラッパーたちだけではない。
アルバム"Little Kid, Big Dreams"を共作したカシミール出身のAhmerは、Sezの緊張感のあるビートに乗せて、過酷すぎる故郷の生活をラップしている。

美しい自然と厳しい現実を綴ったリリックの対比が、痛切な印象を与えるミュージックビデオだ。

Azadi RecordsでSezが作り出した叙情性と不穏さが共存したビートは、ガリーラップ以降のインドのヒップホップシーンのトレンドを方向付けたと言っても過言ではないだろう。

時計の針を少し戻すと、ガリービート以降、こうしたサウンドに至る前のSezが作っていた、メロウでチルなサウンドも素晴らしかった。
バンガロールのSmokey the GhostとAzadi所属前のPrabh Deepが共演した"Only my Name"はLo-Fi/Jazzy Beat的なサウンドが印象的。


ムンバイのラッパーEnkoreに提供した"Fourever"も美しさが際立っている。



最近のSezはまたビートの幅を広げてきており、昨年10月にバンガロールのフィーメイル・ラッパーSiriがリリースした曲には、また違ったタイプのビートを提供している。

英語でない部分の言語はカルナータカ州の公用語であるカンナダ語。


ここまで彼のトラックを聴いてお気づきの通り、ある時期以降、Sezが手掛けたビートの冒頭には、必ず'Sez on the Beat, boy.'というサウンドロゴが入っている。
これは彼の強烈なプライドと自信を表しているものと見て間違いないだろう。


時は流れて2019年12月、Sezは再び、怒っていた。
彼がFacebookに投稿した長い文章(https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080)を要約してみよう。

「ずっと言いたかったことを言わせてくれ。ヒップホップについて書いている音楽ジャーナリストたち。お前らがプロデューサーにはほとんど言及しないのはどういうことだ?
俺たちだって、ラッパーと同じくらい一生懸命音楽に取り組んでいる。
ラッパーは確かに表紙を飾る存在かもしれないが、同じように音楽を作っているアーティストが、ラップをしないから、ストーリーを語らないからといって十分に注目されないってのは悲しいことだ。
"Class-Sikh", "Bayaan"(Seedhe Mautのアルバム), "Little Kid, Big Dreams"と、俺はAzadi Recordsで3つのビッグプロジェクトに関わってきた。いずれもシングルじゃなくてアルバムだ。
ビートを作り、録音して、プロジェクトを監督してきた。
唯一俺がしなかったのは、ラップしたり、ストーリーを語ったりすることだけだ。
ジャーナリストもレーベルも、プロデューサーが注目されないのは自分たちのせいじゃないと言うだろう。
こんな状況はおかしいと何度もレーベル内で話して、怒りを表してきたが、何も変わらなかった。
俺に対してこんな扱いだったら、もっと無名なプロデューサーは名前すら出してもらえないだろう。
俺はアーティストにも文句を言いたい。ファミリーだのブラザーだのいいながら、お前らはインタビューで仲間のことにはほとんど触れない。
リスナーたちにも少し苦言を呈させてもらう。俺が作ったトラックを聴いているリスナーのうち、アーティストと同様にプロデューサーも気にしてくれているのは半分以下だ。
俺はこんな状況は早く変わって欲しいし、もっと早く指摘するべきだった。
ヒップホップはコミュニティだ。
ラッパーだけのものでも、レーベルだけのものでもない。

P.S. 俺はもうAzadi Recordsの一員ではない。新しいチームを作ったんだ。」



なんと彼は、蜜月と思われていたAzadiとの関係に終止符を打ち、出てゆくことを宣言したのだ。
彼の怒りの源は、『ガリーボーイ』のときと同様に、サウンド面でヒップホップシーンに大きく貢献しながらも軽視されている状況に対してのものだった。
傍目には十分な評価と注目を得られているように見えていたが、シーンのど真ん中にいる彼には、また別の感じ方があったのかもしれない。

Azadi Recordsを離れたSezは、MVMNTという新しいレーベルを立ち上げ、引き続き精力的なリリースを続けている。
8月には多くのラッパーをゲストに迎え、EP"New Kids on the Block vol.1"をドロップした。
このThara MovesはLuckというラッパーとの共演。


この"Kahaani"では、EDM系プロデューサーのZaedenをシンガーとして迎えるという珍しいコラボレーションに取り組んでいる。

ラッパーはEnkore, Yungsta, Little Happu, Shayan.

ムンバイのEnkoreとSiege, デリー近郊のRebel7, Yungsta, Smokeをラッパーに迎えた"Goonj"のリリックでは、Azadi Recordsとの間に金銭トラブルもあったことを示唆しているようだ。



これに対してAzadi Records側は、ムンバイのTienasがリリースした"Fubu"で、'I made it without SezBeat, bitch'とラップし、決別を宣言した。


インドのヒップホップシーンを代表するレーベルとビートメイカーの、なんとも後味の悪い結末だが、Sezは自身のレーベルでクールなビートを作り続けており、またAzadi Recordsも新しいプロデューサーの起用で勢いづいているので(Prabh Deepはセルフプロデュースによる良作をリリースしている)、結果的にはこれで良かったのかもしれない。

いずれにしても、Sezがこれまでインドのヒップホップシーンに残してきた功績は疑う余地のないものだし、今後どんな進化を遂げるのか、非常に楽しみな存在でもある。
Sezの告発に影響を受けたわけではないが、インドには優れたラッパーだけでなく、注目に値するビートメイカーも大勢いるので、今後も折りを見てビートメイカー特集を続けてゆきたい。


参考サイト:
https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080

https://scroll.in/magazine/912400/the-release-of-gully-boy-is-a-bittersweet-moment-for-a-stalwart-of-indias-hip-hop-movement

https://loudest.in/2019/08/05/interview-sez-hip-hop/

http://www.thewildcity.com/news/16976-sez-on-the-beat-releases-first-single-goonj-after-parting-ways-with-azadi-records

https://ahummingheart.com/features/interviews/sez-on-the-beat-and-faizan-khan-building-community-with-the-mvmnt

https://indianexpress.com/article/express-sunday-eye/hip-hop-producer-west-delhi-ended-up-amplifying-the-voice-of-a-whole-new-generation-5388380/




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goshimasayama18 at 22:02|PermalinkComments(0)

2020年05月17日

ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その1) ヒップホップから『負けないで』まで



今回の世界的な新型コロナウイルス禍に対して、インドは3月25日から全土のロックダウン(必需品購入等の必要最低限の用事以外での外出禁止)に踏み切った。
これは、日本のような「要請」ではなく、罰則も伴う法的な措置である。
インド政府はかなり早い時期から厳しい方策を取ったのだ。

当初、モディ首相によるこの速やかな判断は高く評価されたものの、都市部で出稼ぎ労働者が大量に職を失い、故郷に帰るために何百キロもの距離を徒歩で移動したり、バスに乗るために大混雑を引き起こしたりといった混乱も起きている。
貧富の差の激しいインドでは、ロックダウンや経済への影響が弱者を直撃しており、多様な社会における対応策の困難さを露呈している。
こうした状況に対し、政府は28兆円規模の経済対策を発表し、民間でもこの国ならではの相互扶助がいたるところで見られているが、なにしろインドは広く、13億もの人口のすみずみまで支援が行き渡るのは非常に難しいのが現実だ。

当初3週間の予定だったインドのロックダウンは、その後2度の延長の発表があり、現時点での一応の終了予定は5月17日となっているが、おそらくこれで解除にはならず、もうじき3度目の延長が発表される見込みである。
インド政府は感染者数によって全インドをレッド、グリーン、オレンジの3つのゾーンに分け、それぞれ異なる制限を行なっているが、ムンバイ最大のスラム街ダラヴィ(『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』の舞台になった場所だ)などの貧困地帯・過密地帯でもコロナウイルスの蔓延が確認されており、日本同様に収束のめどは立っていない。

このような状況下で、インドのミュージシャンたちもライブや外部でのスタジオワーク等の活動が全面的に制限されてしまっているわけだが、それでも多くのアーティストが積極的に音楽を通してメッセージを発表している。

デリーを代表するラッパーPrabh Deepの動きはかなり早く、3月26日にこの "Pandemic"をリリースした。

デリーに暮らすシク教徒の若者のリアリティーをラップしてきた彼は、これまでもストリートの話題だけではなく、カシミール問題などについてタイムリーな楽曲を発表してきた。
彼の特徴である、どこか達観したような醒めた雰囲気を感じさせるリリックとフロウはこの曲でも健在。
ロックダウン同様の戒厳令が続いているカシミールに想いを馳せるラインがとくに印象に残る。
以前は名トラックメーカーのSez on the Beatとコラボレーションすることが多かったPrabh Deepだが、Sezがレーベル(Azadi Records)を離れたため、今作は自身の手によるビートに乗せてラップしている。
Prabh Deepはラッパーとしてだけではなく、トラックメーカーとしての才能も証明しつつあるようだ。



ムンバイの老舗ヒップホップクルーMumbai's FinestのラッパーAceは、"Stay Home Stay Safe"というタイトルの楽曲をリリースし、簡潔にメッセージを伝えている。

かなり具体的に手洗いやマスクの重要性を訴えているこのビデオは、ストリートに根ざしたムンバイのヒップホップシーンらしい率直なメッセージソングだ。
シーンの重鎮である彼が若いファン相手にこうした発信をする意味は大きいだろう。



バンガロールを拠点に活動している日印ハーフのラッパーBig Dealは、また異なる視点の楽曲をリリースしている。
彼はこれまでも、少数民族として非差別的な扱いを受けることが多いインド北東部出身者に共感を寄せる楽曲を発表していたが、今回も北東部の人々がコロナ呼ばわりされていること(このウイルスが同じモンゴロイド系の中国起源だからだろう)に対して強く抗議する内容となっている。

Big Dealは東部のオディシャ州出身。
小さい頃から、その東アジア人的な見た目ゆえに差別を受け、高校ではインド北東部にほど近いダージリンに進学した。
しかし、彼とよく似た見た目の北東部出身者が多いダージリンでも、地元出身者ではないことを理由に、また差別を経験してしまう。
こうした幼少期〜若者時代を過ごしたことから、偏見や差別は彼のリリックの重要なテーマとなっているのだ。




インドでの(そして世界での)COVID-19の蔓延はいっこうに先が見えないが、こうした状況下でも、インドのヒップホップシーンでは、言うべき人が言うべきことをきちんと発言しているということに、少しだけ安心した次第である。

ヒップホップ界以外でも、パンデミックやロックダウンという未曾有の状況は、良かれ悪しかれ多くのアーティストにインスピレーションを与えているようだ。
ムンバイのシンガーソングライターMaliは、"Age of Limbo"のミュージックビデオでロックダウンされた都市の様子をディストピア的に描いている。
 
タイトルの'limbo'の元々の意味は、キリスト教の「辺獄」。
洗礼を受けずに死んだ人が死後にゆく場所という意味だが、そこから転じて忘却や無視された状態、あるいは宙ぶらりんの不確定な状態を表している。 
この曲自体はコロナウイルス流行の前に作られたもので、本来は紛争をテーマにした曲だそうだが、期せずして歌詞の内容が現在の状況と一致したことから、このようなミュージックビデオを製作することにしたという。
ちなみにもしロックダウンが起きなければ、Maliは別の楽曲のミュージックビデオを日本で撮影する予定だったとのこと。
状況が落ち着いたら、ぜひ日本にも来て欲しいところだ。

ロックダウンのもとで、オンライン上でのコラボレーションも盛んに行われている。
インドの古典音楽と西洋音楽の融合をテーマにした男女デュオのMaati Baaniは、9カ国17人のミュージシャンと共演した楽曲Karpur Gauramを発表した。



インド音楽界の大御所中の大御所、A.R.Rahmanもインドを代表する17名のミュージシャンの共演による楽曲"Hum Haar Nahin Maanenge"をリリース。

古典音楽や映画音楽で活躍するシンガーから、B'zのツアーメンバーに起用されたことでも有名な凄腕女性ベーシストのMohini Deyまで、多彩なミュージシャンが安定感のあるパフォーマンスを見せてくれている。

以前このブログで紹介した日印コラボレーションのチルホップ"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)を発表したムンバイ在住の日本人ダンサー/シンガーのHiroko Sarahさんも、以前共演したビートメーカーのKushmirやデリーのタブラ奏者のGaurav Chowdharyとの共演によるZARDのカバー曲『負けないで』を発表した。



インドでも、できる人ができる範囲で、また今だからこそできる形で表現を続けているということが、なんとも心強い限り。

次回は、Hirokoさんにこのコラボレーションに至った経緯やインドのロックダウン事情などを聞いたインタビューを中心に、第2弾をお届けします!

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goshimasayama18 at 15:14|PermalinkComments(0)

2019年12月02日

インド音楽シーンのオシャレターバン史

先日紹介した白黒二色ターバンのFaridkotに続いて、他のシク教徒のアーティスト達(のターバン)も見てみよう。

まずは古いところから、80年代から活躍するパンジャービー・ポップ・シンガー、Malkit Singhの"Chal Hun"のビデオをご覧ください。
 
オールドスクールなバングラー歌謡といった趣きのサウンドと、コミカルなタッチで民族衣装の人々が集ったパーティーを描いたビデオがレトロで良い。
この時代のシク教徒のポップシンガーは、このMalkit Singhのように赤やピンクや水色などのド派手で大ぶりなターバンを巻いていることが多かった。
シク教徒は本来は神から与えられた髪や髭を切ったり剃ったりしてはいけないことになっており、彼らのターバンのサイズが大きいのは、ターバンの下に長髪を隠しているからなのかもしれない。

現代のド派手系ターバンの代表としては、バングラー・ポップ・シンガーのManjit Singhを挙げてみたい。
彼が先日リリースした、"Top Off"のミュージックビデオは現代的なオシャレターバンの見本市だ。
 
鮮やかなボルドーカラーのターバンと、額の部分に衣装に合わせた黒い下地をチラ見せする着こなし(かぶりこなし)はじつに粋だ。
同系色が入ったジャージや黒いジャケットにはボルドーのターバン、カジュアルなジーンズには黄色のターバン(ここでも、黒いスタジャンに合わせてターバン下地の色は黒)とかぶり分けているのもポイントが高い。
後半に出て来る派手なシャツに赤いターバンを合わせているのも(よく見るとボルドーとはまた違う色)、最高にキマっている。
最近ではシク系シンガーでも、ターバンをかぶらない人が増えているが(例:バングラー・ラッパーのYo Yo Honey SinghやBadshah)、このManjitを見れば、単純に「ターバンはかぶったほうがかっこいい」ということが分かってもらえるだろう。

続いては、このManjit Singhが、パンジャーブ系イギリス人シクのManj Musikと共演した"Beauty Queen"を見ていただこう。
Manji Musikは、映画『ガリーボーイ』の審査員役として、Raja Kumariらとともにカメオ出演していた音楽プロデューサーだ。


今回も、Manjit Singhは、黒ターバンに赤の下地チラ見せ(赤いアロハシャツとコーディネート)、黄色いターバンに黒い下地チラ見せ(黄色系統のド派手なシャツと)と、完璧なかぶりこなしを見せているが、ここで注目したいのはもう一人のManj Musikだ。
Manjit Singhのように、ターバンが額で「ハの字」になるかぶり方は、下地とのコーディネートが楽しめるし、ターバンの存在感をアピールできる一方、ターバンが目立ち過ぎてしまい、場合によっては野暮ったく見えてしまう危険性がある。
そこで、在外シク教徒のミュージシャンを中心に、カジュアルかつすっきり見せるために流行している(多分)のが、このManj Musikのように、額でターバンが水平に近い形になるかぶり方だ。
(このかぶり方自体は、パンジャーブの老人がしているのも見たことがあるので以前からあるスタイルのようだが)
このかぶり方だと、ターバンのシルエットがだいぶすっきりとして、ドゥーラグや80年代のアメリカの黒人ミュージシャンがよくかぶっていた円筒形の帽子(これも名前は知らないが、よくドラムやパーカッションの人がかぶっていたアレ)のような雰囲気もある。
 
例えば、初期Desi HipHop(南アジア系のヒップホップ)を代表するアーティストである、パンジャーブ系イギリス人の三人組のRDBを見てみよう。
彼らはほぼいつもこのかぶり方をしていて、インド系ラッパーのJ.Hindをフィーチャーした"K.I.N.G Singh Is King"(2011年)のミュージックビデオでもその様子が見て取れる。

このかぶり方の場合、ほとんど必ず黒が選ばれているということは抑えておきたい。
楽曲としては、トゥンビ(バングラーで印象的な高音部のシンプルなフレーズを奏でる弦楽器)のビートとラップをごく自然に合わせているのが印象深い。

インド国内でも、2018年にデビューして以来、デリーのヒップホップシーンをリードしているストリートラッパーのPrabh Deepも常に黒いターバンでこの巻き方を堅持している。

かなりタイトフィットな彼のスタイルは、一見ドゥーラグかバンダナのようにも見えるが、上部や後ろ姿が映ると、まぎれもなくターバンであるということが分かる。
ストリートラップという新しいスタイルの表現を志しながらも、ヒップホップ・ファッションとターバンを融合し、自身のルーツを大事にしようとする彼の意気が伝わってくる。
(ちなみに彼のファーストアルバムのタイトルは、「歴史的名作」を意味する'Classic'と、シク教の'Sikh'をかけあわせた"Class-Sikh")
リズム的にはバングラーの影響はほぼ消失しており、完全なヒップホップのビートの楽曲だが、彼が見せるダンスは典型的なバングラーのものであるところにも注目したい。

一方で、ムンバイのブルータル・デスメタルバンドGutslitのリーダーでベーシストのGurdip Singhは、ジャンルのイメージに合わせて常に黒のターバンを身につけているが、その「巻き方」には、より伝統的な額が「ハの字型」になるスタイルを採用している。


これは、海外ツアーなども行なっている彼らが、「ターバンを巻いたデスメタラー」という非常にユニークなイメージを最大限に効果的に活用するためだろう。
インドのバンドというアイデンティティーを強く打ち出すためには、ドゥーラグやキャップのように見えるスタイルではなく、伝統的なイメージでターバンを巻くほうが良いに決まっている。
実際、彼らは自分たちのイメージイラストにも積極的に「ターバンを巻いた骸骨」を用いている。
GutslitLogo
Gutslitはサウンド面でも非常にレベルの高いバンドであるが、もしターバン姿のメンバーがいなかったら、彼らがここまでメタルファンの印象に残ることも、毎年のように海外ツアーに出ることも難しかったかもしれない。


インド国内人口の2%に満たないシク教徒が、国内外のインド系音楽シーンで目立っているのには理由がある。
シク教は16世紀にパンジャーブ地方で生まれた宗教で、ごく大雑把にいうと、ヒンドゥーとイスラームの折衷的な教義を持つとされる。
パンジャーブ州では今でも人口の6割近くがシク教徒であり、世界中で暮らすシク教徒たちも、ほとんどがこの地域にルーツを持っている。
シク教徒たちは勇猛な戦士として知られ、英国支配下の時代から重用されており、海外へと渡る者も多かった。
またパンジャーブ地方はインド・パキスタン両国にまたがる地域に位置しているため、分離独立時にイスラーム国家となったパキスタン側から大量の移民が発生し、多くのパンジャービー達が海外に渡った。

やがて、海外在住のパンジャービーたちは、シンプルなリズムを特徴とする故郷の伝統音楽「バングラー(Bhangra)」と欧米のダンスミュージックを融合させた「バングラー・ビート」という音楽を作り出した。
複雑なリズムを特徴とする他のインド古典音楽と違い、直線的なビートのバングラーは、ダンスミュージックとの相性が抜群だったのだ。
90年代から00年代にかけて、バングラー・ビートはパンジャービー系移民の枠を超えて世界的なブームを巻き起こした。
バングラー・ビートはインドにルーツを持つ最新の流行音楽としてボリウッドに導入されると、ヒップホップやEDM、ラテン音楽などと融合し、今日までインドの音楽シーンのメインストリームとなっている。
彼らが持つ伝統的なリズムと、歴史に翻弄された数奇な運命が、シクのミュージシャンたちを南アジア系音楽の中心へと導いたのだ。

現在では、前回紹介したファンク・ロックのFaridkotや、今回紹介したPrabh Deepのように、典型的なバングラーではなく、さまざまなジャンルで活躍するシクのアーティストたちがいる。

最後に、今回ファッションとターバンについて調べていた中で見つけた、とびきり素敵な画像を紹介したい。
おしゃれターバン
https://news.yale.edu/2016/11/21/under-turban-film-and-talk-explore-sikh-identityより。A scene from "Under the Turban," about members of the fashion world in Londonとのこと)
イギリスのオシャレなシク教徒たち。
カッコ良すぎるだろ! 
先頭の男性の、伝統的なスタイルに見せかけて、ドレープ感を出した巻き方も新しい。

個人的には、少し前に話題となったコンゴのオシャレ集団サプールの次に注目すべきローカル先端ファッションは、オシャレなシク教徒ではないかと思っている。
みなさんも、ぜひシク教徒たちのオシャレなターバンに注目してみてほしい。
それでは!

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goshimasayama18 at 00:00|PermalinkComments(0)