PIneappleExpress

2023年07月07日

Bloodywoodロスを癒せるかもしれないインドの音楽特集!


まだ言うけど、先週のBloodywoodのライブはすごかったなあ。
バンドのパフォーマンスも素晴らしかったが、お客さんもちょっと見たことないくらいの盛り上がっていた。
その熱狂っぷりは、「激しい音楽ジャンルのライブのお約束」というレベルをはるかに超えていた。


東京公演で94ヶ所に及ぶツアーを終えた彼らは、帰国してアルバム制作に入るとのこと。
次作に期待しつつも、しばらくライブや新曲を体験できないことを嘆いているファンも多いことだろう。
というわけで、今回はBloodywoodロスを癒せるかもしれないインドの音楽特集!


まずは彼らと同じメタルバンドから。
…と言いたいのだが、結論から言うと、Bloodywoodのようなやり方でインド音楽(彼らの場合、パンジャーブの伝統音楽バングラー色が強い)とメタルを融合しているバンドは、私の知る限りでは他にはいない。
それでもインドとメタルをクールな形で融合しているバンドを紹介するとしたら、見た目の話になるが、ターバン姿のベーシストを擁するベンガルールのデスメタルバンド、Gutslitが最適なのではないかと思う。

Gutslit "Brodequin"


Bloodywoodとは全く異なり、サウンド面ではインドの要素の全くないオーセンティックなブルータルデスメタルだが、特筆すべきはその演奏力。
ドラムなんてもう人間じゃないみたいだ(もちろん褒め言葉です)。

Gutslit "The Killing Joke"



彼らはじつは小規模会場ながらも来日公演もすでに果たしている。
そのときはドイツのデスメタルバンドのStillbirthとともにフィリピン、台湾、日本と3日連続で別の国でライブを行うという過酷なスケジュールでのツアーだった。
(当初は17日間で10カ国以上の16会場を回るという無謀すぎる計画を立てていた)


Bloodywoodもふだんは完全なインディペンデント体制で自分たちでツアーを回っていると言っていたが、インドのメタルバンドは、みんなこんなふうにタフなのだろうか。
まさかとは思うが、だったらすごいことだ。

ちなみにターバン姿のベーシストGurdip Singh Narangは、なにもインドっぽさを出すためにターバンを巻いているわけではなくて(ビジュアルイメージにターバンを巻いた髑髏を使っていたりするので、狙っている部分もちょっとあるかもしれないが)、リアルなシク教徒。
つまり、彼は宗教上の戒律によってターバンを巻いているのだ。
シク教徒の男性は、その日の服装に合わせてターバンの色もコーディネートすることが多いが、彼の場合、メタルのイメージに合わせてか、いつも黒のターバンでキメている。


続いて紹介するのは、Bloodywoodとは別の方法論でインド音楽とメタルを融合しているPineapple Express.
Gutslit同様にベンガルールのバンドだ。
彼らは、複雑なリズムを持つインドの古典音楽(南インドのカルナーティック音楽)をプログレッシブメタル的に解釈して演奏しているのだが、じつを言うとそういうバンドはインドには結構いる。
Pinepple Expressがすごいのは、古典音楽とメタルを融合したところに、EDMとかラップとかもいろいろぶちこんで、唯一無二のスタイルを確立しているということだ。
もうなんだかわけが分からない。

Pinepple Express "Cloud 8.9"



Pineapple Express "Destiny"


ふつうプログレというと、クラシックとかジャズとか欧州フォークとか、率直に言うとなんかオタクっぽいジャンルをロックに導入したものを指すと思うのだが、彼らの場合はEDMやラップという、まったくプログレらしからぬジャンルを何の躊躇もなく融合してしまっているのがすごい。
気になった方は、2018年のEP"Uplift"あたりから聴いてみることをオススメする。
彼ら独特の浮遊感はBloodywoodとはまったく別物だが、インドとメタルの融合によってのみ実現されるポジティブでエネルギーに満ちた感覚は、どこか共通点があるようにも感じる。



インドっぽさとヘヴィネスを融合しているジャンルはメタルだけではない。
ニューデリーのアーティストSu Realが2016年にリリースした"Twerkistan"は、インド式ベースミュージック/トラップの大傑作!

Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"


アルバムには、のちにヒンディー語ポップスとEDMを融合させた独自の作風で人気を博すRitvizも参加しているのだが、今ではすっかりポップになった彼も当時はこの尖りっぷり。

Su Rean & Ritviz "Turn Up"


Su Realはこのブログで最初に取り上げたアーティストで、この"Twerkistan"はインド固有のミュージックシーンの面白さを気づかせてくれた作品でもあった。



当時の記事は今読み返すと稚拙で恥ずかしいが、このアルバムの素晴らしさは今聴いてもまったく色褪せていない。




次はかなり古いアーティストになるが、UKエイジアンによるバンド、Asian Dub Foudationの2003年のアルバム"Enemy of the Enemy"から、"Fortress Europe"を紹介したい。
2000年前後にかなり高い人気と知名度を誇っていた彼らはフジロックの常連でもあったので、知っている、見たことがあるという人も多いことだろう。

Asian Dub Foundation "Fortress Europe"


当時、ドラムンベースやレゲエにインド音楽の要素を導入して、南アジア訛りの英語で社会的かつ強烈なリリックをラップする彼らは、ものすごく新しくて、かっこよかった。
彼らはドール(Dhol. Bloodywoodも使っているパンジャーブの両面太鼓)を中心に据えた楽曲も制作していて、思い返してみれば、私がドールのグルーヴの洗礼を最初に受けたのはAsian Dub Foundationのライブだった。

Asian Dub Foundation "Dhol Rinse"(Live)


インドの伝統的なグルーヴが、最新の音楽のなかにおいてさえ効果的に機能することをイギリスから証明した彼らは、当時インド本国しか知らなかった自分にとって、ちょっと眩しすぎるくらいのかっこいい存在だった。

前回も書いた通り、Bloodywoodの楽曲やステージでは、派手なギターソロや巨大なドラムセットのようなメタルの様式美的な要素は完全に排除されていて、彼らのインド的なグルーヴをいかに最大化するかという、むしろダンスミュージック的な方法論が取られている。
そのお手本となったのは、もしかしたらこのAsian Dub Foundationのスタイルなんじゃないか、とも思っているのだけど、どうだろう。

ところで、Asian Dub Foundationはバンド名にエイジアンという言葉を使っているが、イギリスではエイジアンという単語を南アジア(インド、パキスタン、バングラデシュ等)を指して使うことが多い。
これは、かつてイギリスが支配していたこれらの地域が宗教によって対立し、結果として分離独立したことに配慮して、例えば「インド系」といった国名に依拠した呼び方を避けるためでもあるようだ。




Bloodywoodはラップメタルバンドでもあるので、ラップという観点からインドの熱気と勢いが伝わってくる音楽を挙げるとすれば、やはり2010年代中頃のヒップホップ黎明期の作品がオススメだ。

DIVINE "Yeh Mera Bombay"


このブログで何度も紹介しているが、ムンバイのヒップホップシーンの帝王DIVINEの"Yeh Mera Bombay"は、インド的なストリートラップのスタイルを確立した記念碑的な楽曲。
どんどん洗練されてきている今のインドのヒップホップも素晴らしいのだが、この時代の「地元の路地でいつもの仲間とミュージックビデオ撮ってみた」的な空気感は、やっぱり他の何ものにも代えがたい魅力がある。
Naezyと共演したこの曲は、もはやヒンディー語ラップのクラシックだ。


DIVINE feat. Naezy "Mere Gully Mein"


このへんの曲でシビれた方で映画『ガリーボーイ』をまだ見ていないという方は、今すぐ見てみてください。
『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台としても知られるスラム街ダラヴィ出身のラッパー、MC Altafの初期作品も、2010年代なのに90年代的なノリが素晴らしい。

MC Altaf "Code Mumbai 17" ft. DRJ Sohail


今回紹介したのはムンバイのヒンディー語ラップのみだが、じつはベンガル語(インド東部のコルカタあたりのバングラデシュで話されている言語)のラップが今どんどんかっこよくなってきているのを最近見つけたので、それはまた改めて紹介したい。


というわけで、今回はBloodywoodとはまた別のやり方でインドの要素を取り入れていて、かつ熱さとカタルシスを感じられるアーティストを厳選して紹介してみました。
インドにはこんなふうに他にも素晴らしいアーティストがたくさんいるので、もっともっと世界的に評価されたらいいと思うし、日本にも来てほしい!




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2022年10月19日

『響け!情熱のムリダンガム』トークの補足! インド・フュージョン音楽特集



ムリダンガム


というわけで、シアター・イメージフォーラムにて『響け!情熱のムリダンガム』上映後のトークセッションをしてきました。
お相手を務めていただいた、この映画の配給をされている荒川区尾久の南インド料理店「なんどり」の稲垣紀子さん、ありがとうございました。

インドのなかでもかなりニッチな分野しか詳しくいない私は何を話そうかと迷ったのですが、今回のテーマは「フュージョン音楽」!

このブログでは何度も書いていることですが、インドでは、古典音楽/伝統音楽と、ロックやジャズのような西洋音楽を融合した音楽のことを「フュージョン」と呼んでいます。

『響け!情熱のムリダンガム』のなかでも、生演奏にこだわるヴェンブ・アイヤル師匠が「テレビ番組の審査員をやってくれませんか?」と言われるシーンで、よく聞くとインタビュアーが「カルナーティック・フュージョン」と言っているのが分かります。
伝統的なスタイルの生演奏にこだわる師匠が、テレビ番組、ましてや純粋な形式から離れたフュージョンの番組に出演するなんてことは当然ありえず、もちろんきっぱりと断る、というわけです。

そんなわけで、映画ではちょっとまがい物扱いされているフュージョンですが、じつはかっこいい音楽がめちゃくちゃ沢山あって、ふだん古典音楽を聴き慣れていないリスナーでも、フュージョンを通して分かりやすくそのすごさを感じることができます。


トークの打ち合わせでまず稲垣さんから名前が上がったのが、Shakti.
イギリス人ジャズギタリストのジョン・マクラフリンを中心にインド人の凄腕古典ミュージシャンが揃ったフュージョン・ジャズの伝説的バンドです。
 

タブラにザキール・フセイン、バイオリンにL.シャンカル(ジョージ・ハリスンのシタールの師匠としても有名なラヴィ・シャンカルとは別人です。念の為)、ガタム(ほぼ壺の打楽器)にT.H.ヴィナヤクラムという凄まじいメンバーが、インド古典音楽の強烈なリズムをジャズと融合して聴かせてくれます。
1997年にはRemember Shaktiという名前で再結成し、ヴィナヤクラムの代わりに、ガタムだけでなくムリダンガムやカンジーラ(トカゲ革のタンバリン)も叩くセルヴァガネーシュが加入。
Shaktiは、「いきなりガチの古典音楽を聴くのはしんどいけど、インド古典音楽がどんなすごい音楽なのか手っ取り早く知りたい」っていう人にはぴったりのバンドです。
(まずは上の映像を6分くらい見てもらえれば、その凄さが伝わるはず)


インド国内では、カルナーティック音楽はジャズよりもプログレッシブ・ロックと融合されることが多い印象で、例えばこのAgamはギター、ベース、ドラムスのロックバンドに、ストリングスやコーラス隊も交えた編成で、古典音楽のダイナミズムを余すことなく表現しています。


変拍子的なキメの多いカルナーティック音楽は、確かにプログレッシブ・ロックと融合するのにぴったりなジャンルと言えそうです。
ちなみにこの歌の原曲は200年ほど前の楽聖ティヤーガラージャなる人物が作った"Manavyalakincharadate"(長っ)という曲だそうで、Nalinakaantiというラーガ(簡単に言うと音階)でDeshadiというターラ(簡単に言うとリズム)に乗せて演奏されているとのこと。
なんだかよくわからないと思いますが、私もよくわかっていないので、ひとまずは「なんか凄そう…」ということだけ感じてもらえれば現時点ではオッケーです。
ムムッと思ったあなたは、ラーガやターラの深い部分まで学べば、インド古典音楽から、一生かけても味わい尽くせないほどの喜びを感じることができるようになるでしょう。(そういうものだと聞いています)
ちなみにこの映画のエンディングで流れる曲もティヤーガラージャの手によるものです。


最近のバンドでは、ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンドPineapple Expressが強烈!


古典音楽だけではなく、曲によってはEDMやラップ、ジャズまで取り入れた超雑食性のスタイルは、まさにフュージョンの極地!
強烈です。


映画のテーマであるムリダンガム奏者では、Viveick Rajagopalanという人がTa Dhom Projectと称してラップとの融合を試みています。


古典音楽とラップの融合についてはこの記事で詳しく書いているので、興味のある方はどうぞ。



ところで、私は『響け!情熱のムリダンガム』の冒頭のクラブミュージック的な曲(超カッコいいのにサントラにも入っていない!)がものすごく好きなのですが、こんなサウンドの曲、他にないかなあ、と呟いていたら、南インドパーカッション奏者の竹原幸一さんが教えてくださったのが、Praveen Sparsh.


ローカルな空気感満載の映像を、ドラムンベースというかスラッシュメタルというか、切れ味抜群のムリダンガムが疾走!
超かっこいいです。
映画の冒頭のあの曲は、ピーターが5年後くらいに作った曲だと思って聴くとまた一興ですよ。


さて、チェンナイには、カルナーティックみたいな(ヒンドゥーの)信仰と結びついた古典音楽もあれば、もっと大衆的な伝統音楽もあります。
映画の中では、ピーターのお父さんの故郷で歌い踊られていた"Dingu Dongu"がその系統の音楽です。

映画監督のパー・ランジットの呼びかけで結成されたCasteless Collectiveは、ピーター同様にカーストの最下層に位置付けられた「ダリット」のメンバーによるバンド。


大衆音楽「ガーナ」の強烈なリズムに乗せて、自らの誇りとアイデンティティ、平等を勝ち得るためのアジテーションを叫んでいます。
ファンクやヒップホップなど、アメリカの黒人たちを鼓舞してきた音楽とのフュージョンになっているのも熱いポイント。




まだまだキリがないのですが、映画の中でヴェンブ・アイヤル師匠が言うように、古典音楽は純粋な形式で演奏しないと本質が味わえない厳格な伝統芸術であるのと同時に、さまざまな音楽と組み合わせて楽しむこともできる、まさに「今を生きる音楽」でもある、とも言えるでしょう。

それでは今回はこのへんで。


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2021年09月29日

J-WAVE 'SONAR MUSIC'出演! オンエアした曲、紹介したかったけどやめた曲など


9月29日(水)J-WAVEであっこゴリラさんがナビゲートする「SONAR MUSIC」にて、たっぷりとインドの音楽を紹介させていただきました!

めちゃくちゃ楽しかったー!
1時間近く、時間はたっぷりあったはずなのに、伝えたいことがあって、ちょっと喋りすぎちゃったかな…と少し反省もしてますが、自分の好きな音楽(そしてほとんどの人が知らないであろう音楽)をラジオを通してたくさんの人に伝えられるというのは何度経験してもすごくうれしいもの。

当日オンエアした曲をあらためて紹介します! 



Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"
デリーのEDM/トラップ系プロデューサー!


Ritviz "Chalo Charlein feat. Seedhe Maut"
プネーのインド的EDM(印DM)プロデューサーとデリーのラップデュオの共演!


When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"

ケーララ州のフォークロックバンド!


Pineapple Express "Cloud 8.9"
ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンド、インドの古典音楽との融合!


Drish T "Convenience Store(コンビニ)"
ムンバイ出身の日本語で歌う(!)シンガーソングライター!


Siri "Gold"
ベンガルールの女性ラッパー!


Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
デリーのラップデュオにプネーの気鋭の存在MC STANがゲスト参加!


MC STAN "Ek Din Pyaar"
プネーのラッパー!



今回の選曲は、インドでの人気や知名度よりも、純粋にサウンド的にかっこよかったり面白かったりするアーティストを集めたという印象。
この"SONAR MUSIC"は毎回かなり面白い特集を組んでいる音楽番組なだけに、リスナーの皆さんの反応が気になるところでしたが、気に入ってもらえたらうれしいです。


(ここからはちょっと余談)
6月の宇多丸さんのTBS「アフター6ジャンクション」、先月のSKY-HIさんの"IMASIA"に続いて、3本目のラジオ出演(全部ラッパーの番組!)となったわけだけど、ラジオで紹介する曲を選ぶのって、毎回かなり悩む。
インドの音楽やインドという国にとくに興味のないリスナーのみなさんにも「インドの音楽って面白い!」と思ってもらいたいし、できれば楽曲だけじゃなくて、興味深いエピソードなんかも話したい。
いかにもインドっぽい音がいいのか、インドらしからぬ欧米のポップスみたいな曲がいいのかも悩みどころだ(結局、毎回両方を選曲している)。
ラジオでは、私が出演するコーナーの前後に、当然ながら日本やアメリカやイギリスの完成度の高いポピュラーミュージックが流されているわけで、いずれにしてもそこに埋もれない曲を選びたい。
さらに欲を言えば、番組やパーソナリティーのカラーにあった曲が紹介できると、なお良い。

SONAR MUSICのナビゲーターのあっこゴリラさんの曲は以前から聴いていて、"DON'T PUSH ME feat.Moment Joon" みたいな曲で、女性やマイノリティが社会で感じている生きづらさを、きちんと表現しているのがかっこいいと思っていた。
日本語のリリックでは表現が難しいこういう社会的なテーマを、ヒップホップのフォーマットのなかでかっこよく表現するというのは、センスも勇気も必要なことだ。

だから、このブログでも度々話題にしているような、日本とはまた違う形で保守性や排他性が残るインドの社会の中で女性としての意見を表明しているフィメール・ラッパーのことを紹介したかったし、それに対するあっこゴリラさんの意見を聞いてみたかった。

ところが、「コレ!」という曲がなかなか見つからない。
インドにもフィメール・ラッパーはそれなりにいるのだが、ブログで文章を添えてミュージックビデオを紹介するぶんには良くても、ラジオでオンエアするとなると、曲としてはちょっと弱かったりするのだ。
メッセージは最高なのだけど、ラップのスキルがいまいちだったり、インドのアーティストにしては完成度の高いトラックでも、もしアメリカのトップアーティストの曲が流れた後だったら、そこまで魅力的に響かなかったりする。

できればインドらしいインパクトがあり、かつラップのスキルも十分で、メッセージも強烈な曲があれば良いのだが…と思っていたら、ぴったりの曲があった。

インド系アメリカ人で最近はインド国内での活躍がめざましいRaja Kumariをリーダーとして、ベンガルールのSiri, メガラヤのMeba Ofilia, ムンバイのDee MC,といったインドじゅうのフィメールラッパーが共演した"Rani Cypher"だ。

いかにもインド的なコーラスも耳を惹きつけるし、サビの女性に対する「忘れないで、あなたはクイーン(タイトルの'Rani'は女王の意)」というメッセージも素晴らしい。
ラップが英語でいわゆる洋楽リスナーにも聴きやすいのも良いし、冒頭で'As a woman in this industry, we have to work harder, we have to be better, we have to do so much more'という語りが入っているのでコンセプトが分かりやすい。
在外インド人であるRaja Kumariとインド各地の異なるバックグラウンドのフィメール・ラッパーのコラボレーションというのもぜひ触れたいポイントだ。

これは紹介したい楽曲の最右翼。さあリリックを細かくチェックしようと思ったら。
冒頭のヴァースで、ヘイターたちへのメッセージとして、こんなリリックをラップしていたのでびっくりした。

'I Nagasaki on them haters, ground zero'

マジか…。
これって明確に「ヘイターどもはナガサキのグラウンド・ゼロみたいにぶっ潰してやる」って意味だよね。

ラップの中で語呂のいい言葉を選んだのだろうが、さすがにこれはない。
(このリリックをラップしているのはSiriで、彼女に対しては、きちんと抗議しておきます。返事が来たらまたご報告します) 

この曲に関して言えば、この部分のリリック以外はコンセプトもサウンドも最高だし、こうしたリリックが含まれていることを注釈したうえで紹介しようかとも思ったのだけど、せっかく大勢の音楽ファンにとって未知のインド音楽を紹介するのに、ネガティブな話はしたくないので、残念だがこの"Rani"はリストから外すことになった。

インド社会の悪い意味での保守性のもとで女性たちが苦しんでいる現状に対して、ラップという新しい手段で声を上げることは、とても素晴らしいことだと思う。

問題は、虐げられている人々を鼓舞するために、別の虐げられた人たちが傷つくような表現をするっていうのはそもそもどうなのか、という話だ。

彼女の他の曲もたくさん聴いたが、彼女は決して露悪的な表現を好むラッパーではないと認識している。
(ヒップホップ的な範囲での強がりやディスりはもちろんあるが)
おそらく彼女にとって原爆投下は遠い国の歴史上の出来事で、いまだに犠牲者やその家族が、直接的、間接的に苦しんでいることを単純に知らないのだろう。

もちろん、彼女のしたような表現がインドで一般的に許容されているわけではなく、同じくベンガルールを拠点に活動するラッパーのSmokey The Ghostはこんなふうにフォローしてくれている。



(Smokeyはこの後、今回の一件について「原爆の悲劇はインドでもよく知られているし、これは単なる『特権的な無知』に過ぎない」との解釈を伝えてくれた)


いろいろ考えた結果、結局、フィメール・ラッパーの曲はSiriの"Gold"という曲を選んだ。
彼女の無知は責めるべきだし、この"Raani"のリリックは論外だが、彼女が本来伝えようとしているメッセージの価値はゆるぎないし、インドの女性ラッパーのなかでも音楽的にとくに秀でていると考えてのことだ。

まあとにかく、こうやって誤解や失敗を繰り返しながら国と国との関係とか、人と人との関係ってのは良くなっていくものだと信じている。 

言いたいのは、リスペクトを大事にしよう、ってこと。

最後に、今回紹介したアーティストについて、これまでに書いた記事を貼り付けておきます。



Su Real



Ritviz



When Chai Met Toast
 


Pineapple Express
 


Drish T



Seedhe MautとSiriが所属しているAzadi Records.
 


MC STANについては、書こう書こうと思ってまだ書いてない!
近々特集したいと思ってます。



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goshimasayama18 at 23:59|PermalinkComments(0)

2018年08月12日

プログレッシブ・古典ミクスチャー・メタル? Pineapple Express!

どうもこんにちは。
軽刈田 凡平です。
さて、今回紹介しますのは、バンガロールのとにかく面白いバンド、Pineapple Express.
彼らは今年4月にデビューEPを発売したばかりの新人バンドなんですが、このブログの読者の方から、ぜひ彼らのことをレビューをしてほしい!とのリクエストをいただきました。
どなたかは知らぬが、おぬし、やるな。

Pineapple ExpressはDream TheaterやPeripheryのようなヘヴィー寄りのプログレッシブ・ロックやマスロックを基本としつつ、エレクトロニカからインド南部の古典音楽カルナーティック、ジャズまでを融合した、一言では形容不能な音楽性のバンド。
百聞は一見に如かず(聴くだけだけど)、まず聴いてみてください。彼らの4曲入りデビューEP、"Uplift".

01 - Cloud 8.9 0:00
02 - As I Dissolve 2:58
03 - The Mad Song 7:50
04 - Uplift 14:00

どうでしょう。
プログレッシブ・メタル的な複雑な変拍子を取り入れながらも、メタル特有のヘヴィーさやダークさだけではなく、EDMや民族音楽的なグルーヴ感や祝祭感をともなったごった煮サウンドは、形容不能かつ唯一無二。
結果的にちょっとSystem of a Downみたいに聴こえるところもあるし、トランスコアみたいに聴こえるところもある。
Pineapple Expressは中心メンバーでキーボード奏者のYogeendra Hariprasadを中心に結成された、なんと8人組。
バンド名の由来は、おそらくは2008年にアメリカ映画のタイトルにもなった極上のマリファナのことと思われる。

メンバーは、「ブレイン、キーボード、プロダクション」とクレジットされているYogeendraに加えて、
Arjun MPN(フルート)、
Bhagav Sarma(ギター)、
Gopi Shravan(ドラムス)、
Jimmy Francis John(ヴォーカル。Shubhamというバンドでも歌っている)、
Karthik Chennoji Rao(ヴォーカル。元MotherjaneのギタリストBhaiju Dharmajanのバンドメンバーでもある)、
Ritwik Bhattacharya(ギター)、
Shravan Sridhar(バイオリン。Anand Bhaskar Collectiveも兼任ということらしいが、あれ?以前ABCのことを記事に書いたときから違う人になってる)の8人。

8人もいるのにベースがいなかったり、ボーカルが2人もいたりするのが気になるが、2013年に結成された当初はトリオ編成だったところに、 Yogheendraの追求する音楽を実現するためのメンバー交代を繰り返した結果、この8人組になったということらしい。

1曲めの"Cloud 8.9"はプログレ的な変拍子、カルナーティック的なヴォーカリゼーション、ダンスミュージック的な祝祭感に、軽やかに彩りを添えるバイオリンやフルートと、彼らの全てが詰め込まれた挨拶代わりにぴったりの曲。
2曲めの"As I Dissolve"はぐっと変わって明快なアメリカンヘヴィロック的な曲調となる。
この曲では古典風のヴォーカルは影を潜めているが、彼ら(どっち?)が普通に歌わせてもかなり上手いヴォーカリストことが分かる。アウトロでEDMからカルナーティックへとさりげなくも目まぐるしく変わる展開もニクい。
3曲めはその名も"The Mad Song". 分厚いコーラス、ラップ的なブリッジ、さらにはジャズっぽいソロまでを詰め込んだ凄まじい曲で、このアルバムのハイライトだ。
途中で彼らの地元州の言語、カンナダ語のパートも出てくる。
こうして聴くとプログレ的な変拍子とカルナーティック的なリズムのキメがじつはかなり親和性の高いものだということに改めて気づかされる。
考えてみればインド人はジャズやプログレが生まれるずっと前からこうやってリズムで遊んでいたわけで、そりゃプログレとかマスロックとかポストロックみたいな複雑な音楽性のバンドがインドに多いのも頷けるってわけだ。
4曲めのタイトルトラック"Uplift"はフォーキーなメロディーが徐々に激しさと狂気を増してゆくような展開。

たった4曲ながらも、彼らの才能の豊かさと表現の多彩さ、演奏能力の確かさを証明するのに十分以上な出来のデビュー作と言える。

デビューEP発売前に出演していたケララ州のミュージックチャンネルでのライブがこちら。

よりEDM/ファンク的な"Money"という曲。
メンバー全員のギークっぽいいでたちが原石感丸出しだが、奏でる音楽はすでに素晴らしく完成されている。

日本でも公開されたボリウッド映画(武井壮も出てる)「ミルカ」ののテーマ曲のカバー、"Zinda"はライブでも大盛り上がり。



Yogheendraはこのバンド以外にも少なくとも2つのプロジェクトをやっていて、そのひとつがこのThe Yummy Lab.
インド音楽とキーボードオリエンテッドなプログレ的ロックサウンドの融合を目指す方向性のようだ。

演奏しているのは"Minnale"という映画の曲で、古典楽器ヴィーナの音色がどことなくジェフ・ベックのギターの音色のようにも聴こえる。

もうひとつのプロジェクトが"Space Is All We Have"というバンド。

このバンドはメンバー全員で曲を共作しているようで、Pineapple Expressとは違いインド音楽の要素のないヘヴィーロックを演奏している。


Pineapple Expressのヴォーカリスト、Jimmy Francis Johnと二人で演奏しているこの曲では、変拍子やテクニックを封印して、叙情的で美しいピアノを披露している。

どうだろう、とにかく溢れ出る才能と音楽を持て余しているかのようじゃないですか。
Yogeendra曰く、インドの古典音楽とプログレッシブ・ロックを融合させることは、意識しているというよりごく自然に出来てしまうことだそうで、また一人、インドのミュージックシーンにアンファン・テリーブル(恐るべき子供)が現れた、と言うことができそうだ。

今後の予定としては、スラッシュメタルバンドのChaosやロックンロールバンドのRocazaurus等、ケララシーンのバンドと同州コチのイベントで共演することが決定している模様。
kochirocks

Pineapple Expressが、少なくともインド国内での成功を収めるのは時間の問題だろう。
彼らのユニークな音楽性からして、インド以外の地域でももっと注目されても良いように思うが、プログレッシブ・メタル、インド伝統音楽、エレクトロニカというあまりにも対極な音楽性を融合したバンドを、果たして世界の音楽シーンは適切に受け止めることができるだろうか。
この点に関しては、試されているのは彼らではなくて、むしろ我々リスナーであるように感じる。
海外のフェスに出たりなんかすれば、一気に盛り上がって知名度も上がるんじゃないかと思うんだけど、どうでしょう。

Pineapple ExpressとYogheendraがこれからどんな作品を作り出すのか、インドや世界はそれにどんなリアクションを示すのか。
それに何より、この極めてユニークな音楽性のルーツをぜひ直接聞いてみたい。
これからもPinepple Express、注目してゆきたいと思います!
それでは! 

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