NRTYA

2019年07月05日

大注目レーベル NRTYAの多彩すぎるアーティストたち

突然だが、これまでこのブログで紹介して来たアーティストの中でも、とくに面白い何人かをピックアップしてみる。
  • ムンバイのキャリアウーマンのブルースを歌う、カルナーティックの素養を持つジャズ/ソウルシンガーAditi Ramesh.
  • 凄腕ギタリストにして、タブラでも少年時代から天才的な腕前を持っていたコルカタ出身のマルチプレイヤー、Rhythm Shaw.
  • インドの中でも後進的なジャールカンド州からユニークなサウンドを発信するヒップホップアーティストTre Essと、彼の相棒でブルースからエレクトロニカまで変幻自在のギタリストThe Mellow Turtle.
  • バンガロールのテクノ/ドラムンベースアーティストで、日本人にはびっくりのアーティスト名を持つWatashi.
様々なジャンルや活動拠点で活躍する彼らには、じつはひとつの共通点がある。
(もちろん、インド人のインディーミュージシャンだということ以外でだ)

それは、ムンバイを拠点とする新進レーベル"NRTYA"から楽曲をリリースしているということ。
このNRTYAは、インドのインディー音楽界のいたるところでその名前を目にする、今インドでもっとも注目すべきレーベルだ。
今回は、この新進レーベルNRTYAについて紹介します。

NRTYAは、Raghu Vamshi, Sharan Punjabi, Parth Tacoの3名によって2017年に立ち上げられた、まだ新しいレーベルだ。
VamshiとPunjabiの二人は、自身もTansane名義でエレクトロニカ・アーティストとしても活動しており、Tacoは音楽プログラマーとしても活躍している。
根っからの音楽好きでもあり、自身も表現者として、また制作者として音楽に関わっている人たちが運営するレーベルなのだ。

NRTYAは2017年の発足以来、ものすごい勢いで作品をリリースしており、これまでに扱ったアーティストは70近く、200曲以上のトラックをSoundcloudなどのメディアで発表している。
カバーするジャンルは電子音楽を中心に多岐にわたり、これまでテクノ、アンビエント、トリップホップ、ヒップホップ、アシッドジャズ、メタルなどの作品をリリースしてきた。
また、Aditi Ramesh, Rhytm Shaw, The Mellow Turtle, Tre Ess, Easy Wanderlingsといったアーティストのマネジメントも担当しており、作品のリリースだけでなく、所属アーティストによるイベントを各地で企画するなど、インドのインディーミュージックシーンを活性化すべく様々な活動を行なっている。

これは私の企業秘密なのだが、インドのインディー音楽で面白いアーティストを探そうと思ったら、まずこのレーベルをチェックすれば必ず誰か見つかるという、インド音楽を紹介する自分にとって非常にありがたい存在でもある。
あまりにも多すぎるリリース作品の中から、これまで紹介して来たアーティストを含めて、何人かを紹介してみたい。

ジャズ/ブルースシンガーのAditi Rameshは女性のみで結成されたバンドLadies Compartmentの一員としても活躍している。
最新の音源ではジャズと古典音楽を自在に息器するヴォーカリゼーションを聴かせてくれた。


エレクトロニカ・アーティストのPurva Ashadha and Fuegoによるこのアンビエントの清冽さはどうだ。

Mohit RaoのトラックにTre Essのラップを乗せたこの楽曲は、インドのアンダーグラウンドヒップホップのサウンド面の追求のひとつの到達点と言えるか。

古典音楽の要素を現代風にアレンジした楽曲もちらほら。ジャールカンドのThe Mellow Turtleの"Laced".


音が徐々に重なってゆき、魔法のようなハーモニーを奏でるドリームポップ。Topsheの"1,000 AQI".
このチープなビデオに出てくる、インドのどこにでといそうな兄ちゃんがこの素晴らしい音楽を作っていると思うと、インドの奥深さを改めて感じる。

NRTYAに所属する天才プレイヤーRhythm Shaw. 今回はマヌーシュ・スウィングスタイルのギターでお父さんのNepal Shawと共演する動画を紹介。
彼の多才っぷりを見るたびに、インドの音楽英才教育の恐ろしさを感じる。


なんとも形容しがたい音楽性の4人組バンドApe Echoes(しいて言えばフューチャー・ファンクか)のサウンドは完全に無国籍なセンスの良さ。
センスの良いミュージックビデオは、ジャイプル出身の人気シンガーソングライターPrateek Kuhadが昨年リリースした"Cold/Mess"と同じウクライナ人監督監督Dar Gaiとインド人俳優Jim Sarbhによるものだ。

バンガロールのテクノアーティストWatashiによるハードな質感のこの楽曲。テクノは扱ってもEDMは扱わないところに、インディーレーベルとしての矜持のようなものを感じる。

創設者2人によるTansaneがトラックメーカーとなって、Aditi RameshのスキャットとラッパーThe Accountantをフィーチャーした"Campus Recruitment"はインドの大学での就職活動をテーマにした楽曲。
Tansaneの名前は16世紀のインドの大音楽家Tansenから取ったものだろうか。

NRTYAからのリリースではないが、The Mellow TurtleとTre Essのジャールカンド州の2人は、盲目の少年シンガーDheeraj Kumar Guptaをフィーチャーした楽曲"Dil Aziz"をプロデュースした。
作曲は同じ盲学校に通う14歳少年Subhash Kumar.
イノセントさと深みを兼ね備えた歌声が素晴らしい。
シンプルながらも古典的なものを古く聴こえさせないトラック、そしてソウルフルなギターソロもさすがだ。
インディーのNRTYAではなく、インドの大手音楽配信サイトJioSaavnからのリリースなのは、少しでも多くの人の耳に届くようにという親心か。
これは以前The Mellow Turtleがインタビューで語っていた、ソーシャルワーカーとしての盲学校で音楽を教える活動が形になったもので、すでに各種サイトで多くの再生回数を集め、高い評価を得ているようだ。
「The Mellow Turtleインタビュー!驚異の音楽性の秘密とは?」

NRTYAにはインド全土からアーティストの音源が送られてきており、その中で優れたものを世に出しているそうだ。
ジャールカンドのようなインディーミュージックが盛んでない地域からも、The Mellow TurtleとTre Essのような優れた才能を発掘し、彼らがまた次の才能を育てて世の中に送り出すという好循環が生まれている。
こんなふうに、音楽の分野だけにとどまらない才気と気概を感じさせられるアーティストが多いのも、インドの音楽シーンの素晴らしいところだ。

ちなみにレーベル名の5文字のアルファベット"NRTYA"、覚えにくいなと思っていたのだが、これはPunjabiによると、「永遠のエネルギーの5つの元素、すなわち想像、維持、破壊、幻影、解放を含む宇宙の舞踊」を意味しているという(と言われてもよくわからないが)。
おそらく読み方は「ヌルティヤ」でよいのだと思うが、私はCharがやってる江戸屋レーベルみたいに「成田屋」と読んでいる。
この成田屋、もといNRTYA、現代インドの音楽シーンの多様性と勢いをもっとも象徴するレーベルである。

みなさんも、「インドの最新の面白い音楽を紹介してほしい」と聞かれることがあったら(あんまりないとは思うけど)、まずはこのレーベルをチェックしてみることをお勧めする。
それでは!


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2019年04月09日

ただただ上質で心地よいメロディーとハーモニー! Easy Wanderlings

インドっぽいサウンドやテーマのミュージシャンを紹介することが多いこのブログだが、インドには、インドらしさの全くない無国籍でオシャレなサウンドを追求しているアーティストもたくさんいる。
しかしながら、彼らの音楽を欧米のトップミュージシャンたちと比較すると、まだまだ匹敵するクオリティーのものは少ないのもまた事実。
結果的に、インドらしさのある音楽のほうが、日本に住む我々から見るとユニークだったりかっこよかったりするので、どうしても紹介するアーティストの多くがインドっぽい要素を持つ人たちになってしまうのだ。

そんな中、今回紹介するアーティストは、インドらしさ皆無にして、同時に素晴らしく質の高いポップミュージックを作っている。
そのバンドの名前は、Easy Wanderlings.

バンドのFacebookによると、マハーラーシュトラ州の学園都市プネーを拠点に活動するドリームポップ/インディー/ソウルバンドとある。
さっそくその音楽を聴いてみよう。

彼らが2017年にリリースしたアルバム"As Written in the Stars"から、"Enjoy It While It Lasts"

どうだろう。
まるで淡い水彩画のような美しい音楽。
シンプルなようでいてじつに緻密に、必要な音が必要な場所に、過剰な主張をせずに置かれている。

同じアルバムから"Dream To Keep Us Going".

このビデオは、彼らの地元プネーで行われたNH7 Weekender Festivalのドキュメンタリーを兼ねた作りになっている。
静かなイントロから温かい音色のエレキギターのフレーズが始まり、男女のヴォーカルの掛け合いやハーモニーが続くドラマティックな構成の曲だが、聴き心地はあくまでもメロウでソフト。
音が余計な邪魔をしない、居心地の良いカフェのような音楽だ。

彼らは、自分たちの音楽を「1日の仕事を終えた後のような、日曜日にのんびりと窓の外を眺めているような、あるいは真夜中の散歩をしているときのような気分を作るもの」と語っているが、まさにそんな時間に聴くのにぴったりのすばらしいサウンドだ。
私も最近は、帰りに一駅分夜道を歩きながら聴いたり、車窓の風景をぼんやりと眺めながら聴いたりしているが、そうすると日常を流れる時間の心地よさがぐっと増すような、そんな不思議な魅力が彼らの音楽にはある。

Easy Wanderlingsの音楽を紹介する記事には、ソウルフル、ドリーミー、ソフト、ポップといった言葉が並ぶ。
彼らの音楽はインドでも高い評価を得ていて、まだ活動開始後間もないにも関わらず、VIMA Music AwardsのChill Song of the Yearや、Beehype Magazineの2017年ベストアルバムなど、数々の賞を受賞している。

この叙情的でありながらも押し付けがましさの全くない音楽には、 彼らの独特の哲学が反映されているようだ。
彼らは「音楽こそが主役であり、表現者が注目を集めるべきではない」という思想のもとに活動しているらしく、その哲学に関しては、Facebookのページにもメンバー名すら載せていないほどの徹底ぶりだ。 
(同じようなコンセプトに基づいて作られた名盤といえば、イギリスのロックバンドTravisが2001年に発表した"Invisible Band"を思い出す。Travisのほうがサウンドはよりロックだが、聴き心地の良さの質感はEasy Wanderlingsともよく似ているように思う)

そんな彼らなので、ウェブ上で得られた情報は非常に少なかったのだが、どうやらEasy Wanderlingsはフルートやバイオリンを含めた8人組のバンドのようだ。
彼らは2015年にサンフランシスコでギターのSanyanthとベースのMalayによって結成され、現在はプネーを拠点に活動を続けているらしい。

ただ、コロンビアのボゴタに滞在していた時に作った曲や、海外を拠点にしているメンバーもいるという情報もあり、単にインドのバンドという一言では片付けられない一面もある。

そのボゴタで作ったという曲。


I'm 25 tomorrow, should I be worried?
 明日で僕は25歳になる 僕は悩むべきなんだだろうか
Half my life is gone past, incomplete resolutions
 人生の半分が過ぎても、分からないことだってまだまだある
Tired of fighting myself, it's together from now on. 
自分との戦いにはもううんざりだ これからは自分と仲良くやってゆくよ
I’m getting off this treadmill and walk the stony road.
ランニングマシンを降りて、石造りの道を歩くんだ

個人的であると同時に共感を覚えることができる歌詞は、彼らのサウンド同様に、エモーショナルだが、やわらかく、あたたかい。

さらにはアコーディオンの音色が印象的なこんな曲もある。


バラエティーに富んだ上質なポップミュージックを生み出すEasy Wanderingsとは、いったいどんなグループなのか。
彼らの結成の経緯について、音楽の秘密について、現在の活動について、メールでバンドの創設者Sanyanthに聞いてみた。

凡平「サンフランシスコでSanyanthとMalayでバンドを結成したと聞いたんですが、どんなふうに音楽を始めたんですか?」

Sanyanth「僕がサンフランシスコで社会起業論(social entrepreneurship)の修士課程にいた頃、Malayはインドにいて、Satyajit Ray Film and Television Instituteで音響を学んでいたんだ。その頃はミュージシャンになるつもりなんてなかったんだけど、サンフランシスコにいた最後の数ヶ月に、ちょっと曲を書いてみようかなと思って試してみた。そうしたらルームメイトがその曲を聴いて、これはリリースすべきだって言ったんだ。それからインドに戻って、ずっと親友だったMalayに会ったら、彼はこの曲を僕たちでレコーディングして世に出すべきだって言った。そういうわけで2015年の中頃にEasy Wanderlingsを結成したんだ。彼は僕にシンガーのPratika(女性ヴォーカル)を紹介してくれて、別の友達を通して他のメンバーもみんな集まって、音楽を作ってゆくことになったんだよ」


凡平「Easy Wanderlingsはバンドというよりも、理想の音楽を演奏するためのプロジェクトに近いと書かれている記事を読んだのですが、あなたたちは固定メンバーで活動するバンドですか、それともプロジェクト的なものですか?」

Sanyanth「はっきりとバンドだと言えるよ。ここ3年の間、メンバーは増え続けていて、今は8人の放浪者たちがいるんだ(註:Sanyanthはメンバーのことを「放浪者たち(wanderlings)」と呼んでいる)彼らは他のプロジェクトもやっているから、全員でパフォーマンスできないこともあるけど、できるだけ8人でステージに立てるようにしてる。たまには他のミュージシャンや友達とステージで共演することもあるよ。
これが今のメンバー8人だ。
Sanyanth Naroth – Composer/ Songwriter / Vocalist 
Sharad Rao - Electric Guitar / Vocalist
Malay Vadalkar - Bass
Pratika Gopinath - Female Vocalist
Nitin Muralikrishna - Keyboard
Siya Ragade - Flute
Shardul Bapat- Violin
Abraham Zachariah - Drums 」


凡平「ずいぶんいろんなタイプの曲を書いていますが、曲作りはどうやって?」

Sanyanth「単に人生経験をもとに曲を書いているんだ。会話したこととか、見たこととか。人生にはいろんなことがあるから、僕たちはいつもいろんなことを話しているし、音楽的にも特定の雰囲気にこだわるつもりはない。曲作りのプロセスは、だいたい僕が作曲して歌詞を書いて、それから残りの放浪者たちで演奏するんだ。みんなからのフィードバックをもとに、メンバーといっしょにいい感じになるまで一音づつ作っていくんだよ。
曲作りのインスピレーションは、注意を払ってさえいればどこにでもある。それは心の中でどう感じるかということとも関係がある。人生に夢中になって、興味のあることや好きなことをすればするほど、想像力を刺激する新鮮な気持ちでいられるよ。」


凡平「コロンビアのボゴタにいたと伺いましたが」

Sanyanth「うん。ボゴタには友達を訪ねに行ったんだ。それからしばらく学校で社会革新(social innovation)について教えたり、社会起業家と働いたりしていたよ」


凡平「プネー、チェンナイ、コペンハーゲン、バレンシアにも仲間がいると伺いました。今も演奏するために世界中から集まってくるのですか?」

Sanyanth「コペンハーゲンの友人Vilhelm Juhlerがプネーで学んでいた時に、一緒にステージに立ったり、アルバムで演奏してもらったりしたよ。キーボードのNitin MuralikrishnaはバレンシアのBerlkee College of Musicで音楽制作、テクノロジー、イノベーションの修士号を取ったんだ。アルバムをレコーディングのときは、彼のパートはそこでレコーディングして送ってもらったんだよ。今は彼はインドに戻ってきて、プネーのGrey Spark Audioっていうスタジオでチーフエンジニアとして働いている。面白いミュージシャンに出会ったら、いつも一緒にやってみて、彼らがテーブルに何をもたらすことができるのか、そしてそれが音楽にどんなスパイスを加えてくれるか試してみるんだ。本当にわくわくするよ。
僕たちはアートワークのためにも多くのアーティストとコラボレーションをしている。それから#iwandereasyっていう楽しみも始めた。インスタグラムで僕らとみんなのお気に入りのふらっとでかけている(wander)時間を共有するために、世界中の人たちに呼びかけているんだ。僕らのファンが送ってくれる美しい場所やすばらしい瞬間を見るのはすごく素敵なことだよ。」
(その様子は彼らのウェブサイトhttps://easywanderlings.com/%23iwandereasyで見ることができる)


凡平「アーティストではなく、音楽そのものにフォーカスする姿勢だそうですね。でも、あなたたちの美しい音楽を聴いたら、どんな人が作っているのか気になってしまうと思うんです」

Sanyanth「僕たちが音楽に焦点をあてたかったのは、みんなに音楽の質について判断してもらうべきだと考えたからなんだ。僕らのことがもっと知りたかったら、いつでもメールをくれたりライブを見にきたりして構わないよ。
日本にも近いうちに演奏しに行けたらいいなあ。ぜひバンドと一緒に行ってみたい国のひとつなんだよ。」


自分たちの存在よりも音楽そのものを重視する彼らは、決して頑固なわけではなく、純粋に音楽を大事にするアーティストたちだった。

彼らの音楽同様に興味深いのはそのバックグラウンドだ。
南アジア系の人々が海外で欧米の文化を取り入れ、グローバルなネットワークで作り出した音楽といえば、90年代には自身のルーツに根ざしたバングラ・ビートやエイジアン・アンダーグラウンドがあった。
それが2010年代も後半になると、インドのグローバル化を反映するかのように、インドのルーツから遠く離れた、こうした普遍的で非常に質の高いポップミュージックまでもが生み出されるようになったというわけだ。

個人的な感想だが、今はインディペンデントシーンで活動している彼らだが、その美しく映像的な音楽は、近年の垢抜けた作風のインド映画にもぴったりだと思う。
昨今インドでは映画音楽とインディーズシーンの距離がますます縮まっており、インドのエンターテインメントのメインストリームである映画業界からのオファーが来る可能性も高いのではないだろうか。

日本でのライブもぜひ実現してもらいたい。
インドのアーティストの来日公演は、まだまだ古典音楽やコアなジャンル(昨年来日したデスメタルバンドのGutslitとか)に限られているが、もうじき彼らのようなインド産の上質なポップアーティストが日本で見られる日が来るかもしれない。
まずはフジロックあたりで呼んでくれないかな。
苗場の自然の中で彼らの音楽が聴けたらさぞ気持ちいいと思うんだけど。

インドの音楽シーンはますます豊かに、面白くなってゆくばかりだ。


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2018年06月11日

インドのヒップホップの「新宗教」って何だ?Tre Ess!

こないだRolling Stone Indiaのウェブサイトを開いたら、いきなり日本語で書かれた「新宗教」っていう文字が目に入ってきてびっくりした。

いったい何事かと思ってみたら、数々の才能あるアーティストが所属するムンバイのレーベル、NRTYAに所属するラッパー/トラックメイカーのTre Essによる新曲「New Religion」を紹介する記事だった。
この曲は、Tre Essがムンバイ、コルカタ、ニューヨークのラッパーと共演した、総勢8名によるマルチリンガル・ラップだ(なぜジャケットに漢字が使われているのかは全くもって不明)。



小慣れた英語のフロウもはまってるし、ところどころにインドの要素を入れつつ最後はギターも入ってヘヴィーロック的な展開を見せるディープなトラックもかっこいい!

マイクリレーの順番は、
Cizzy(コルカタ、ベンガル語)
Tienas(ムンバイ、英語)
Kav E(ムンバイ、英語)
Tre Ess( ラーンチー、英語)
Gravity( ムンバイ、ヒンディー語)
Jay Kila(ニューヨークのインド系ラッパー、英語)
Nihal Shatty and the Accountant(ムンバイ、英語)
最後にまたTre Ess、と続く。

Gravityのパートでヒンディー語になったところで、タブラの音が入ってサウンドもインドっぽくなるところなんかもなかなか小粋にできている。
ヒンドゥー、イスラム、シク教、キリスト教、仏教など多くの宗教を抱えるインドで「新宗教」とはどういうことかと思ったが、その真意はリリックからははっきりしない。
リリックの内容は、英語のパートを見る限りだと不穏で暴力的な都市での生活を語ったもののようで、宗教っぽい部分といえば、TienasとTre Essのパートで"I'm a god"というフレーズが使われているくらいか。
推測するに、「神に祈っても救われないこの世の中で、ヒップホップの価値観こそが俺たちの新しい宗教なのさ」といったところだろうか。

そういえば、キリスト教が盛んなインド北東部のデスメタルバンド、Third Sovereignも、彼らの音楽にブラックメタルのような反キリスト教的な要素があるのかという質問に対して、「俺たちは、反宗教というより、宗教同士、コミュニティー同士の対立にうんざりしているんだ。ヘヴィーメタルはそれ自身がひとつの宗教みたいな感じだ。違いや対立にこだわるんじゃなくて、音楽は個人のバックグラウンドに関係なく夢中になることができる。ブラックメタルのアーティストは宗教の垣根を越えた表現として音楽を演奏しているんだ」と語っていた。
この曲についても、ジャンルは違えど同じような意味合いがあるのかもしれない。

さて、もう1つこの曲でびっくりしたのは、この流暢な英語ラップと完成度の高いトラックを披露しているTre Essが、ムンバイやデリーのような大都市ではなく、ジャールカンド州のラーンチーの出身だということ。
ジャールカンドといってもピンと来ない人が多いと思うが、地理的には下の地図の赤い部分にあたり、コルカタがあるウエスト・ベンガル州の西、仏教の聖地ブッダガヤがあるビハール州の南、タージマハルで有名なアーグラーやヒンドゥーの聖地ヴァラナシがあるウッタル・プラデーシュ州の南東に位置している。
ジャールカンドは2000年にビハール州から独立して生まれた新しい州で、先に述べた周辺の州と比べると、これといった大都市や観光地があるわけではないため、インドに行ったことがある人でも、訪れたことがある人はあまりいないのではないかと思う。

ジャールカンド
で、なぜそのジャールカンド州出身だとそんなにびっくりするのかというと、ジャールカンドはインドに33ある州と連邦直轄領のうち、住民一人当たりGDPが下から5番目の、極めて貧しい州だからということに尽きる(ジャールカンドのGDPは2015-16年のデータでUS$960)。
隣接するビハール州が住民一人当たりGDPのワースト1(US$520)、ウッタル・プラデーシュ州がワースト2(US$740)で、このあたりは人口こそ多いものの、インド主要部の中でもとくに貧しく後進的な地域とされている。(人口に関していうと、この3州は合計で約3.5億人を擁し、インド全体の3割弱を占める地域ではある)
首都デリーの一人当たり年間GDPはUS$4,500だから、その格差の程がお分かり頂けると思う。

また、ジャールカンドは人口の3割ほどを「指定部族」が占める。
指定部族とは、ヒンドゥーやイスラムとは異なる伝統を持ち、歴史的に被差別的な立場を強いられてきた人々であり、ビハール州からの独立にも、そうした背景が関係していると聞く。

先日のレゲエ活動家Taru Dalmiaの記事でも書いた通り、英語のラップはインドの一般大衆からすると、まだまだエリート・ミュージックという印象を持たれるジャンル。
失礼ながら、こんな後進的なイメージの州から、ここまで洗練されたヒップホップ(歌詞はリアルなストリートライフだとしても)が出てきたら、そりゃあ驚くってものでしょう。
ちなみに以前行った「全インド州別ヘヴィーメタル状況調査」でも、ジャールカンドにはメタルバンドは一組も存在していないという結果が出ている。おそらくは貧困や保守性を原因として、ラップだけでなく現代的な西洋音楽全般が普及していない様子が伺える。

そんなジャールカンド出身のTre Ess、「New Religion」だけが他のミュージシャンの助けもあって奇跡的な出来なのかと思ったら、そんなことは全然なく、他の曲もやはり驚愕の出来。

Tre Ess "Bycicle Thieves"(ft. Gravity) 

こちらもムンバイのGravityとの共演だが、ジャジーで夜の空気感を感じさせるトラックのクールさといったら!

Tre Ess "Through the Window"

こちらも生演奏の不穏な感じのトラック(インドのヒップホップにありがちな、アゲる方向に持っていかないところが逆に重い!)に、ジャールカンドの荒んだ暮らしが綴られている。
リリックはYoutubeから見ると確認できるんだけど、

Everybody and their momma is a rebel in Jharkhand
  誰もが、母親でさえもがジャールカンドでは反逆者
Several consequences / For your lil princess, born in war trenches 
  戦場みたいな所で生まれたあんたの娘の成り行きさ

というラインから始まって、

Your worst nightmare is cuter than my dreams お前の最悪の悪夢も俺の夢よりずっとマシさ
Don't ever fuck with boys from RNC! ラーンチーの男達を怒らせるんじゃないぜ
I Told you, Don't fuck with boys from RNC! 言っただろ、ラーンチーの男達を怒らせるな
I could show you 14 years old killers from the local basti! 地元のスラムじゃ14歳の殺し屋だっているんだ

と終わる(bastiはヒンディー語で貧しい人々が住む過密地域という意味らしい)。

…少し話がそれるが、アタクシがインドの最近の音楽を熱心に聴き始めた最初のきっかけは、ヒップホップだった。
インドの特定のアーティストという意味ではない。
これだけインターネットが発達して、簡単な機材とスマホでもあれば、誰もが自分の表現を世の中に訴えることができる時代。
様々な差別や貧富の差、不条理で非合理なことに満ちているインドにこそ、ラップという形でリアルな自己表現をするアーティストが必ずいるんじゃないかと思って、いろんな音楽を掘り始めた。
その後、いろんな意味で面白い音楽にたくさん出会えたということはこのブログでいつも書いている通り。
そのなかでも、これは久しぶりのめっけもの感がある。

Tre Ess レペゼン・ジャールカンド。
このサウンド、このリリック。
これは本物かもしれない。

ウェブ上の記事によると、Tre Essはお気に入りとして、Vince Staplesのようなラッパーに加え、フューチャー・ソウルのHiatus Kaiyoteや、ジャズ/ファンク寄りのSnarky Puppy、ダブ・ステップ的シンガーソングライターのJames Blakeなど、ジャンルにこだわらない(というかジャンル分けが非常にしづらい)アーティストを挙げており、やはりジャールカンドらしからぬセンスを感じる。

あ、ちなみにTre Essの名前の由来は、本名の頭文字が全てSから始まるというころで、アメリカのプロレス団体WWEのTriple Hにあやかってつけたものだそうだ。
これもまた「インド人WWE好き説」を裏付けるエピソードのひとつと言えそうだ。

そしてジャールカンド州ラーンチー出身の驚くべき才能はこのTre Ess だけじゃない!
その話はまた改めて! 


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