MiyaBhaiElectronica
2024年02月26日
インドの田舎の謎ジャンル ヒンドゥーナショナリズム的エレクトロニック音楽 Bhakti Vibrationとは何か? (そしてムスリムたちによるMiya Bhai Electronica)
前回、農業を主な産業とする北インドの後進地域で、謎のハードコア・テクノ的音楽が流行していることを取り上げた。
まるでインドの田舎のルサンチマンを煮詰めてぶちまけたような、ノイジーでヘヴィで速くて激しいビートに、しばしばヒンドゥー教のモチーフが引用された超ユニークな音楽が、クラブすらもほとんどなさそうな地方で人気を得ているらしい。
と、ここまではめちゃくちゃ面白い話なのだが、じつはこの田舎ハードコアテクノ、かなりデリケートな要素を含んでいる可能性があり、あまり手放しで礼賛できない部分がある。
このジャンルには、どうやらヒンドゥー・ナショナリズム的な、つまり、ムスリムやクリスチャンといったインドの外で生まれた宗教を排斥しようという思想と結びついている部分があるかもしれないのだ。
「あるかもしれない」という曖昧な書き方をしたのは、CNNでそういった報道がされているものの、実際、どれくらい排外主義がこの地域のシーンに蔓延しているのかは、正直、ちょっと分からないからだ。
記事によると、ヒンドゥーナショナリズム的なクラブミュージックは、バクティ・ヴァイブレーション(Bhakti Viberation)と呼ばれているらしい。
「バクティ」とは、ヒンドゥー教で神への絶対的な帰依を表す言葉だが、バクティ・ヴァイブレーションの曲では、この「バクティ」をテーマにした宗教歌や、モディ首相らヒンドゥー・ナショナリズム的とされる政治家の演説、ムスリムへの排外主義的な主張などがミックスされているという。
そういえば、以前ブログで取り上げたドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』にも、ウッタル・プラデーシュ州の田舎町で、ヒンドゥー至上主義者の貧しい若者たちが、宗教パレードでDJに合わせて踊りまくるシーンが出てきた。
あれもバクティ・ヴァイブレーションだったのだろうか?
とはいえ、このCNNの記事以外、バクティ・ヴァイブレーションに関する記述は見られず、結局のところ実態はよく分からない。
記事に挙げられているDJの音源を聴く限り、確かにヒンドゥーモチーフの曲が多いようである。
まず記事に書かれていたDJ Sandeepについて調べてみたのだが、Sandeepという名前は珍しくないので、同名のYouTubeチャンネルが多数存在していて、結局どれが記事で触れられている人なのかは分からなかった。
驚いたのは、かなりの数のSandeepという名前のDJが、ヒンドゥーの神々をモチーフにしたミックスをアップロードしていたということ。これは宗教歌にシンプルに低音を足しているタイプのSandeep.
こちらはまた別のDJ SandeepであるSandeep Kumar.
このSandeepは伝統的な宗教歌っぽい曲に、エレクトロニックポップ的なコード進行をミックスしている。
スペル違いのDJ Sandipは、やはりシンプルだが、いちばんハードコア的というか、激しいスタイルだ。
こちらも記事に名前のあったウッタルプラデーシュ州のイラーハーバード(改名され現在の名前はプラヤグラージ)のDJ Deepuによるハヌマーン神をテーマにしたバクティ・ヴァイブレーション・ミックス。
ハヌマーンは叙事詩ラーマーヤナに出てくる猿の姿をした神で、ヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子への献身で知られ、ヒンドゥー教の守護や、信仰への絶対的な帰依の象徴としての意味も持つ(そのため、ヒンドゥーナショナリズム的な文脈で扱われることも多い)。
聴いてもらって分かる通り、バクティ・ヴァイブレーションの曲の多くは、音楽的なクオリティとしては、インドでも耳の肥えた(そしてあまり信心深くない)都市部のリスナーを踊らせるにはちょっと厳しいかな、というものが多い。
じっさい、DJ SandeepやDJ DeepuのYouTube再生回数は1万回に満たない。
率直に言って、これで盛り上がるには信仰心でよほど気持ちをブーストする必要があるのではないだろうか。
それだけに、CNNの記者はよく彼らを見つけてきたな、と思うし、逆に、もし無名なDJたちが作る音楽を深刻な社会問題のように報じているのだとしたら、少々過剰反応なような気がしなくもない。
(とはいえ、現象として報道に値するものだとは思うが)
今ひとつ実態の分からないバクティ・ヴァイブレーションだが、なかにはそれなりに人気のあるDJもいるようで、やはりCNNの記事に名前のあったDJ Luckyのガネーシャ神を讃えるこのミックスは27万回再生。
比較的人気なだけあって、たたみかけるパーカッシブなビートは他のDJよりも完成度が高いが、再生回数を見る限り、最近ではYouTubeで数百万回、数千万回再生されることも多いインドのインディーミュージック(メインストリームである映画音楽にくらべてオルタナティブなジャンル)と比べても、その人気はかなり限定的だと言えそうだ。
ヒンドゥー教モチーフの曲をプレイしているという共通点はあるものの、前回紹介したTapas MTのようなDJが、CNNが報道したバクティ・ヴァイブレーションと同じシーンに属しているのかという点もよく分からない。
言うまでもなく、排他的ではない純粋なヒンドゥーの信仰心は守られるべきだし、彼らが宗教的な音楽と現代的なダンスミュージックと融合したとしても、誰にも責められるべきものではない。
ヒンドゥー教の神さまやお祭りをモチーフにしたダンスミュージックが、他宗教を排撃するニュアンスを持っているのか、純粋な信仰心を表現したものなのか、それとも単なるパーティーミュージックなのかは我々には知りようがないし、もしかしたらそれはDJ側ではなく、聴く側の立場や信条に委ねられているのかもしれない。
CNNの記事によると、バクティ・ヴァイブレーションのDJたちは、自身がナショナリズム的な思想を持っているというわけではなく、単にオーディエンスが喜ぶ曲を作っているだけで、憎悪を助長する意図はないのだという。
おそらくだが、バクティ・ヴァイブレーションと排他的ヒンドゥー・ナショナリズムの関係は、ヒップホップとミソジニーやホモフォビアとか、Oiパンクとナショナリズムみたいな関係なのだろう。
マイノリティの音楽として生まれたヒップホップには、女性や男性同性愛者を蔑視してきたという負の側面もあったし、労働者階級の反抗の音楽だったOiパンクには、白人至上主義やナチズムとの関わりを指摘されるバンドもいた。
驚いたのは、かなりの数のSandeepという名前のDJが、ヒンドゥーの神々をモチーフにしたミックスをアップロードしていたということ。これは宗教歌にシンプルに低音を足しているタイプのSandeep.
こちらはまた別のDJ SandeepであるSandeep Kumar.
このSandeepは伝統的な宗教歌っぽい曲に、エレクトロニックポップ的なコード進行をミックスしている。
スペル違いのDJ Sandipは、やはりシンプルだが、いちばんハードコア的というか、激しいスタイルだ。
こちらも記事に名前のあったウッタルプラデーシュ州のイラーハーバード(改名され現在の名前はプラヤグラージ)のDJ Deepuによるハヌマーン神をテーマにしたバクティ・ヴァイブレーション・ミックス。
ハヌマーンは叙事詩ラーマーヤナに出てくる猿の姿をした神で、ヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子への献身で知られ、ヒンドゥー教の守護や、信仰への絶対的な帰依の象徴としての意味も持つ(そのため、ヒンドゥーナショナリズム的な文脈で扱われることも多い)。
聴いてもらって分かる通り、バクティ・ヴァイブレーションの曲の多くは、音楽的なクオリティとしては、インドでも耳の肥えた(そしてあまり信心深くない)都市部のリスナーを踊らせるにはちょっと厳しいかな、というものが多い。
じっさい、DJ SandeepやDJ DeepuのYouTube再生回数は1万回に満たない。
率直に言って、これで盛り上がるには信仰心でよほど気持ちをブーストする必要があるのではないだろうか。
それだけに、CNNの記者はよく彼らを見つけてきたな、と思うし、逆に、もし無名なDJたちが作る音楽を深刻な社会問題のように報じているのだとしたら、少々過剰反応なような気がしなくもない。
(とはいえ、現象として報道に値するものだとは思うが)
今ひとつ実態の分からないバクティ・ヴァイブレーションだが、なかにはそれなりに人気のあるDJもいるようで、やはりCNNの記事に名前のあったDJ Luckyのガネーシャ神を讃えるこのミックスは27万回再生。
比較的人気なだけあって、たたみかけるパーカッシブなビートは他のDJよりも完成度が高いが、再生回数を見る限り、最近ではYouTubeで数百万回、数千万回再生されることも多いインドのインディーミュージック(メインストリームである映画音楽にくらべてオルタナティブなジャンル)と比べても、その人気はかなり限定的だと言えそうだ。
ヒンドゥー教モチーフの曲をプレイしているという共通点はあるものの、前回紹介したTapas MTのようなDJが、CNNが報道したバクティ・ヴァイブレーションと同じシーンに属しているのかという点もよく分からない。
言うまでもなく、排他的ではない純粋なヒンドゥーの信仰心は守られるべきだし、彼らが宗教的な音楽と現代的なダンスミュージックと融合したとしても、誰にも責められるべきものではない。
ヒンドゥー教の神さまやお祭りをモチーフにしたダンスミュージックが、他宗教を排撃するニュアンスを持っているのか、純粋な信仰心を表現したものなのか、それとも単なるパーティーミュージックなのかは我々には知りようがないし、もしかしたらそれはDJ側ではなく、聴く側の立場や信条に委ねられているのかもしれない。
CNNの記事によると、バクティ・ヴァイブレーションのDJたちは、自身がナショナリズム的な思想を持っているというわけではなく、単にオーディエンスが喜ぶ曲を作っているだけで、憎悪を助長する意図はないのだという。
おそらくだが、バクティ・ヴァイブレーションと排他的ヒンドゥー・ナショナリズムの関係は、ヒップホップとミソジニーやホモフォビアとか、Oiパンクとナショナリズムみたいな関係なのだろう。
マイノリティの音楽として生まれたヒップホップには、女性や男性同性愛者を蔑視してきたという負の側面もあったし、労働者階級の反抗の音楽だったOiパンクには、白人至上主義やナチズムとの関わりを指摘されるバンドもいた。
もちろんシーンにはそういう姿勢と距離を置いたり、明確に批判するアーティストもいたわけだが、なんとなく「このジャンルならそういうアティテュードも仕方ない」という空気感があったのもまた事実。
バクティ・ヴァイブレーションの場合も、表現者にもリスナーにも、マジの差別主義者もいれば、たいして考えずに、スタイルとして、あるいはイキがって、なかば無自覚に差別主義的な表現をしている連中もいるんじゃないか、というのが私の見立てだ。
バクティ・ヴァイブレーションの思想には全く賛同できないが、ムーブメントとして見たときに、必然性のあるものなのだろうなあと思う。
「持たざるものたち」がインテリの理想主義や洗練されたセンスでは掬いきれない感情や衝動を抱えるのは当然だし、前述のヒップホップやOiパンクの例のように、その矛先がさらに弱いものに向いたり、属性への陳腐なプライドに転化することだって珍しくはない。
それでも、音楽が差別の道具に使われているのを見るのはいやなものだ。
音楽は、信仰や出自に関係なく抑圧に立ちうかうための手段になってこそ、その存在意義があると思うのだが、きっとこういう理想論とは違うリアリティが現地には存在しているのだろう。
ご存じの通り、ヒップホップシーンは、その後フィメール・ラッパーたちや「コンシャス」なラッパーたちによって内側から改善されていった。
パンクロックも一部のバカ以外は基本的にはリベラルな考えに基づいている。
この北インドの田舎のエレクトロニック音楽シーンも、より穏当な形に変わってゆくことができるのだろうか。
CNNの記事で面白かったのが、ヒンドゥー・ナショナリズム的なバクティ・ヴァイブレーションだけでなく、イスラーム至上主義的なミヤ・バイ・エレクトロニカ(Miya Bhai Electronica)というジャンルもあるということ。
専門家が言うには「どちらも非常に危険」なものの、ミヤ・バイ・エレクトロニカのシーンは、ヒンドゥー教徒に比べてムスリムがマイノリティであるため、さらに小さいものになるらしい。
ちなみに'Miya Bhai'は南アジアのムスリムたちに幅広く使われているウルドゥー語(ヒンディー語と非常に近い言語だが、文字や語彙が異なる)で「ムスリムのブラザーたち」といった意味の言葉だ。
試しにミヤ・バイ・エレクトロニカの代表例とされる音楽を聴いてみたが、何だよ、バクティ・ヴァイブレーションとほとんど変わらないじゃないか。
だったらお前ら仲良くやったらどうなんだ、というのは、やっぱり距離的にも文化的にも遠い日本にいるから思えることなんだろうなあ。
今回紹介したような音楽は、都市部のリベラルなミュージシャンたちにとっては「こんなのをインドの音楽として記事にするのはやめてくれ」と言いたくなるようなものかもしれない。
だが、これはこれでやっぱりインドのリアルなのであって、超傍流かもしれないが、確かに存在している音楽なのだ。
最後に、いくつか収集したバクティ・ヴァイブレーションとミヤ・バイ・エレクトロニカと思われる音源を貼っておきます。
どっちがどっちか、分かるかな?
こうしてヒンドゥーあるいはイスラームに関連したインドの田舎ハードコアテクノを掘ってみて思ったのは、やはりほとんどのDJたちは、宗教感情はあくまでもリスナーを盛り上げるためのスパイスとして使っているに過ぎなくて、あくまでも彼らの目的は、ノリのいい音楽を作るということなんじゃないか、ということ。
彼らがYouTubeチャンネルで公開している曲をみる限り、そこまで思想の一貫性がなさそうだったり、宗教感情とはかけ離れたナンパな感じの曲をやっていたりもするからだ。
まあでも、そういう日常的な感情と排他的な宗教感情というのは容易に両立するものだから、実際のところはどうなのか、本当によく分からない。
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goshimasayama18 at 23:50|Permalink│Comments(0)