MINTA
2022年08月09日
Emiway Bantaiと振り返るインドのヒップホップシーンの歴史!
彼はもともと、並外れたラップスキルを武器にいろんなラッパーにビーフを仕掛けて名を上げてきた武闘派だった。
そのスキルの高さは、数多くのラッパーがカメオ出演した映画『ガリーボーイ』でも「Emiway Bantai見たか?あいつはやばいぜ」と名指しで称賛されるほど。
荒っぽいビーフで悪名を轟かせていたEmiwayは、注目が高まったところで、いきなり超ポップな"Macheyenge"と題するシリーズの楽曲をリリースして、一気にスターダムに登りつめた。
この"Firse Machayenge"はなんとYouTubeで4.8億再生。
全方位的に失礼な物言いをさせてもらうなら、それまでインドのヒップホップシーンには、センスの悪いド派手なパーティーラッパーか、泥臭いストリート・ラッパーの二通りしかいなかったのだが、このEmiwayの垢抜けたチャラさとポップさは非常に新鮮で、大いに受けたのだった。
Emiwayはその後も、バトルモードとポップモードを自在に行き来しながら、シーンでの名声を確実なものにしていった。
自分の才能とセンスで独自の地位を確立したEmiwayは、他のラッパーとの共演も少なく、さらに上述の通り、毒舌というかビーフ上等なキャラだったので、急に「シーンの人格者」みたいなリスペクトを全面に出したツイートを連発したことに、大いに驚いたというわけである。
というわけで、今回はEmiwayの一連のツイートを見ながら、インドのヒップホップシーンの歴史を振り返ってみたい。
つい先日軽刈田によるインドのヒップホップシーンの概要を書いたばかりではあるけれど、今回はEmiwayによるシーンの内側からの視点ということで、何か新しい発見があるかもしれない。
ではさっそく、7月18日から始まったツイートを時系列順に見てみよう。
Naezy and Emiway introduced Mumbai Style by AAFAT & AUR BANTAI which brought limelight to the IHH (Indian Hip Hop scene) 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「NaezyとEmiwayがAAFATとAUR BANTAIでムンバイ・スタイルを紹介し、インドのヒップホップシーンに脚光をもたらした」
ここに書かれた、"Aafat!"は先日の記事でも紹介したNaezyのデビュー曲で、後にボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』制作のきっかけにもなった歴史に残る楽曲だ。
Emiwayの"Aur Bantai"も同じ時期にリリースされた曲なのだが、はっきり言ってNaezyの"Aafat!"と比べると、相当ダサくて野暮ったい。
ムンバイ・スタイルを決定づけた曲をNaezyの"Aafat!"の他にもう1曲挙げるとしたら、それは間違いなくDIVINEの"Yeh Mera Bombay"だと思うのだが、路地裏が舞台とはいえウェルメイドなミュージックビデオになっているYeh Mera Bombayじゃなくて、"Aur Bantai"のインディペンデント魂こそがムンバイの流儀だぜ、ってことなのかもしれない。
まあとにかく、売れっ子になってもこのミュージックビデオをYouTubeに残したままにして、こういうタイミングでちゃんと取り上げるEmiwayの真摯さは、きちんと評価したいところだ。
ちなみにEmiwayのラッパーネームにも使われているBantaiとはムンバイのスラングで「ブラザー」のような親しい仲間への呼びかけに使われる言葉。
さらに言うと、EmiwayというのはEminemとLil Wayneを組み合わせてつけたという超テキトーな名前だ。
Divine and Naezy introduced (Mere Gully Mein) which brought huge limelight to the IHH scene even it took IHH to Bollywood 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「そしてDIVINEとNaezyの"Mere Gully Mein"(「俺の路地で」の意味)がインドのヒップホップシーンに大きな注目を集め、ボリウッドにまで結びつけた」
映画『ガリーボーイ』でもフィーチャーされたこの曲が果たした役割については、今更言うまでもないだろう。
ヒンディー語で路地を意味する'gully'を「ストリート」の意味で使い、インドの都市生活に根ざしたヒップホップのあり方を広く知らしめた曲である。
Divine showed all the artist how to get huge by working with Major Record Label which helped IHH scene to grow more 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「DIVINEはメジャーレーベルと契約し、インドのラッパーたちに『成り上がり』の方法を示した」
これはまさにその通り。
DIVINEこそがインドでストリート発の成功を成し遂げた最初のラッパーだった。
個人的にグッと来たのは次のツイートだ。
Emiway and Raftaar Diss took IHH to the next level 💯 everybody got to know more about IHH scene after that beef 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「EmiwayとRaftaarのディスはインドのヒップホップを次のレベルへと引き上げた。
このビーフによって誰もがインドのヒップホップについてもっと知ることになった」
ここでEmiwayは、かつての敵に、過去を水に流して称賛を送っているのである。
Raftaarはデリーのラッパーで、ボリウッドなどのコマーシャルな仕事もするビッグな存在だったのだが、その彼がEmiwayに対して「彼みたいなラッパーが大金を稼ぐのは無理だろう」と発言したのがことの発端だった。
インドで最初の、そして最も注目を集めたビーフが幕を開けたのだ。
(その経緯については、この記事に詳しく書いている)
当時EmiwayがRaftaarをディスって作った曲がこちら。
ちなみにこの曲、2番目のヴァースではDIVINEを、3番目のヴァースではモノマネまで披露してMC STANを痛烈にディスっている。
今となっては抗争は終わって、リスペクトの気持ちだけが残ったということなのだろう。
Emiwayは、DIVINEやMC STANに対しても、今回の一連のツイートでリスペクトを表明しており、彼らとのビーフはいずれも手打ちになったようだ。
Gully Boy movie played a major role to get IHH to Mainstream (big ups to Naezy, Divine and all the artists who were involved in that movie 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「映画『ガリーボーイ』がインドのヒップホップシーンをメインストリームに引き上げるために大きな役割を果たした。NaezyとDIVINE、この映画に関わった全てのアーティストにbig upを」
この映画によってヒップホップがインドの大衆に一般に広く知られるようになったことを否定する人はいないはずだ。
Mc stan introduced new age music which helped IHH to grow more 🚀
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「MC STANが新世代の音楽をインドのヒップホップシーンにもたらした」
これは遠く日本からシーンをチェックしている私にも明白だった。
それまでマッチョというかワイルド一辺倒だったインドのヒップホップシーンに、細くてエモでメロディアスなラップを導入したMC STANは、シーンの様相を一気に変えたゲームチェンジャーだった。
KR$NA Introduced Lyrical game to the IHH scene 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
KR$NAもデリーのラッパー。
ここでいう「リリカル・ゲーム」が何を指しているのかちょっと分からないが、ビーフのことか、ライム(韻)以上の面白さを歌詞に取り入れたという意味だろうか。
KR$NAは、最近ではEmiwayの'Machayenge'シリーズを引き継いだ(?)楽曲をリリースしているので、今となっては良好な関係を築いているのかもしれない。
Emiwayの一連の楽曲と比べるとずいぶんとダークでヘヴィだが、この曲が"Macheyenge", "Firse Macheyenge", "Macheyenge 3"と続いたシリーズの正式な続編なのかどうか、ちょっと気になるところではある。
かつての敵たちにリスペクトを表明した後のこの一言がまたナイスだ。
Emiway Bantai introduced Independent Scene in IHH which showed everyone that you can do it BIG on your own 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「Emiway Bantaiはインディペンデントなシーンをインドのヒップホップに知らしめ、自分自身の力だけでビッグになれることを万人に示した」
どうでしょう。
「お前じゃ無理とかなんとか言われたけどさ、ま、言ってた奴らもリスペクトに値するアーティストたちだし、根に持っちゃいないよ。でも俺は、大手のレーベルにも所属しないで、自分自身の力だけでここまで成し遂げたんだけどね」ってとこだろうか。
このプライドはヒップホップアーティストとしてぜひ持ち続けていてほしいところ。
Baba Sehgal,Apache Indian,Bohemia,Ace (Mumbai Finest),Outlawz,Dopeadelicz,Blaaze,
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
MWA (Machas with Attitude),Pardhaan, KKG, Swadesi Movement,Manmeet Kaur,Dee MC,Yogi B,Muhfaad,Raga and more sorry if i missed out anyone aur boht badi list hai big ups to everyone 💯✊🏽 (IHH)
かと思えば、今度はインドのヒップホップシーンで古くから活躍していたアーティストたちにまとめてリスペクトを表明している。
Baba Sehgalは1992年に、国内でのヒップホップブームに大きく先駆けて、「インド初のラップ」とされる"Thanda Thanda Pani"をヒットさせたラッパー。
そもそもVanilla Iceの"Ice Ice Baby"をパクッたしょうもない曲なわけだが、それでもここでシーンの元祖の名前を切り捨てずにちゃんと出すところには好感が持てる。
Apache Indianは90年代に一瞬ヒットしたインド系イギリス人のダンスホールレゲエシンガー、Bohemiaはパキスタン系アメリカ人のラッパーで、2000年代初頭から活動しているDesi HipHop(南アジア系ヒップホップ)シーンの大御所だ。
Mumbai's Finest, Outlaws, Dopeadeliczは、いずれも2010年代の前半から活動しているムンバイの老舗クルー。
他にムンバイでは、Swadesi Movement(社会派なリリックと伝統音楽との融合が特徴のグループ)、フィメール・ラッパーのDee MCの名前が挙げられている。
BlaazeやYogi Bはタミルのラッパー、MWAはBrodha VやSmokey the Ghostがベンガルールで結成していたユニットで、サウスにも目配りが効いている。
あと、正直に言うとこれまで聞いたことがなかったラッパーの名前も挙げていて、Pardhaan(インド北部ハリヤーナー), KKG(パンジャービーラッパーのSikander Kahlonを輩出したチャンディーガルのグループらしい)、Muhfaad, Raga(どちらもデリーのラッパー)というのは初耳だった。
Honey Singh was the main reason to put Commercial Rap on Limelight in INDIA 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「Honey Singhこそがインドでコマーシャルラップに脚光を浴びせた張本人だ」
個人的にもう1か所グッと来たのは、Emiwayのようなストリート上がりのラッパーたちが無視・軽蔑しがちなコマーシャルなラッパーたちにもきちんとリスペクトを示しているところ。
Honey Singhはその代表格で、人気曲ともなればYouTubeで数千万〜数億回は再生されているメインストリームの大スターだ。
ただ、あまりにもコマーシャルなパーティーソングばかりのスタイルであるがために反感を買いがちで、5年くらい前、インドのストリート系ラッパーのYouTubeのコメント欄には「Honey Singhなんかよりこの曲のほうがずっとクール」みたいなコメントが溢れていたものだった。
まあでも、彼のような存在がいたからこそ、その後のストリート系ラッパーたちのスタイルが際立ったのも事実で、ド派手なダンスチューンとともにラップという歌唱法をインドに知らしめたその功績はもちろん称賛に値する。
Badshah,Ikka,Seedhe Maut,Enkore,Madhurai Souljour,Khasi Bloodz are the reason for IHH to grow more 🚀
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
BadshahもHoney Singhと同様のコマーシャル・ラッパーで、Ikkaは彼らと同じグループから出てきたもうちょっとストリート寄りのスタイルのラッパー(ちなみにRaftaarも同じMafia Mundeerというクルーの出身)、Seedhe Mautはこのブログでも何度も取り上げてきた二人組だ(ここまでデリー勢)。
Enkoreはムンバイ、Madhurai Souljourはタミル、Khasi Bloodzは北東部メガラヤ州のラッパー。
ジャンルや地域に関わらずリスペクトするべき相手はちゃんとリスペクトするぜ、ということだろう。
さっきから見ていると、Emiway、デリーのシーンはずいぶんチェックしているようである。
And big ups to my brother MINTA mujhse pehle se hez been part of INDIAN Hip Hop though he didn’t release music that much because he wanted me to win he put his all efforts behind me but now MINTA is Focusing on his music and big ups to him for playing a huge role in IHH 💯
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
「俺のブラザー、MINTAにもbig upを。彼はインドのヒップホップシーンの一端を担っていたが、俺の成功のために全ての力を注ぎ込んでくれていたから、これまで自分の楽曲をリリースしてこなかった。ようやく彼は自分自身の音楽のフォーカスしているところだ。彼がインドのヒップホップシーンで果たしてきた大きな役割に対してbig upを」
MINTAはEmiwayのレーベルBantai Recordsのラッパーで、このツイートを見る限り、これまでは裏方として彼を支えてきてくれたようだ。
ここで言うブラザーが本当の血縁関係なのか、仲間の意味なのかは分からないが、共演した楽曲をリリースしたばかりなので、いずれにしても彼をフックアップしたいという意図があるのだろう。
Manj Musik and Raftaar (Swag mera Desi) Big moves for IHH 🚀
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
パンジャーブ系イギリス人のラッパー/バングラー・シンガーのManj MusikとRaftaarが共演した"Swag Mera Desi"は、自分のルーツを誇ることがテーマの2014年にリリースされた楽曲。
One of the biggest and most influential Indian Hip Hop (IHH) & Desi Hip Hop (DHH) artist, truly a Legend Sidhu Moose Wala will be always remembered 🙏🏽🕊
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
そして先日亡くなったSidhu Moose Walaへの追悼も。
Sidhuが属していたパンジャービー系バングラー・ラップのシーンは、ムンバイのEmiwayとはあまり接点がなさそうだが、それだけ大きな存在だったのだろう。
I respect the grind of every underground artist in the scene
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 18, 2022
You people deserve more. I was in your position and i pray to god that you will reach to a much bigger position than me ✊🏽
「そしてシーンにいる全てのアンダーグラウンド・アーティストたちにリスペクトを。君たちはもっと評価されるべきだ。俺もかつては君たちみたいだった。君たちが俺よりもビッグな存在になれることを神に祈っているよ」
Emiway, これをさらりと言えるポジションまで腕ひとつで成り上がってきたところが本当にカッコイイ。
あの垢抜けない"Aur Bantai"を見た後だと、非常に説得力がある。
Honestly if I can appreciate everyone else but still be where I am today ; on the top by myself, so can you. Appreciating others don’t make you small. Spread positivity, you will receive positivity.
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 19, 2022
「俺はみんなに感謝しながらも、自分だけの力でここまでやってきた。だからお前にもできるはずだ。他人に感謝しているからって、萎縮する必要はない。ポジティブさを広めれば、お前にもポジティブなものが返ってくる」
さんざん他のラッパーをディスっていたEmiwayが言うからこその深みのある言葉だ。
I 100 % second that , DHH is BOHEMIA and vice versa. The pioneer of DHH.✊🏽 Respect 💫
— Emiwaytweets (@emiwaytweets) July 19, 2022
そして改めてDesi HipHopのパイオニアであるBohemiaへのリスペクトを表明して、一連のツイートを終えている。
この言動は、彼がシーンの悪童から人格者の大物ラッパーへと脱皮したことを示しているのだろうか。
頼もしさとともに一抹の寂しさも感じてしまうが、きっとEmiwayは、何ヶ月かしたら、何事もなかったかのように他のラッパーをディスりまくる曲をリリースしたりすることだろう。
Emiway Bantaiはそういう男だと思うし、またそれがたまらない魅力だと思う。
最後に、ちょっと意地悪だが、彼が名前を挙げなかったラッパーやシーンについて書いてみたい。
Emiway自身も「誰か忘れていたらゴメン」と書いているし、ビーフの相手にもリスペクトを表明しているくらいだから、単に忘れたか、交流がないというだけだとは思うのだけど、ここから彼の交流関係やシーンの繋がりの有無を見ることができるはずだ。
私が思う「彼が名前を挙げてもよかったラッパー」としては、2000年代前半にバングラー・ラップを世界中に知らしめたパンジャービー系イギリス人Panjabi MCと、シク教徒ながらバングラーらしさ皆無のハードコアなヒップホップスタイルでデリーから彗星のように登場したPrabh Deepだ。
シーンを概観したときに、Panjabi MCはインド系ヒップホップのオリジネイターの一人として、Prabh Deepは新世代のラッパーとして、必ず名前を挙げるべき存在だと思うのだが、Emiwayはやはりパンジャーブ系ラッパーとはあまり接点がないのだろう。
地域でいえば、ベンガル地方のラッパー(Cizzyとか)の名前も挙がっていないし、テルグー語圏(ハイデラーバードあたりとか)やケーララのラッパーにも触れずじまいだったが、これもやはり、地理的・言語的な問題で交流がないからではないかと思う。
「インドのヒップホップ」と一言で言っても、地理的にも言語的にも、距離による隔たりは大きいのだ。
自分自身も、南のほうはあんまり馴染みがないこともあって、ヒンディー語圏中心の話題になりがちなので、ちょっと気をつけないといけないなと思った次第。
いずれにしても、唐突に一皮剥けて大人になった感じのツイートを連投したEmiwayが、このあとどんな楽曲やパフォーマンスを披露してくれるのか、ますます楽しみである。
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