M.I.A

2023年10月07日

フェスでも躍進!在外南アジア系アーティストたち


以前このブログでも特集したインド各地で開催される大規模フェス、'NH7 Weekender'の最新のラインナップが面白い。
各地で開催といっても、このフェスはサマソニみたいに同じ日程に複数会場で開催して同じアーティストが出演するわけではなく、ばらばらな日程でいろんなな都市で開催される。
出演するラインナップも各会場まったく別だったりするので、イベント名は品質を保証するブランドみたいなものなのだろう。
こういうタイプのフェスは日本にはないような気がする。




このNH7 Weekender、現時点では、12月1〜3日にかけてインド西部の学園都市プネーで開催されることがアナウンスされていて、出演アーティストは以下のフライヤーの通り。
以前は、Mark Ronson, Flying Lotus, Mogwai, Basement Jaxx, Steve Vai, Megadethといった世界的ビッグネーム(ジャンルはばらばらだが)をヘッドライナーに据えて、いつもこのブログで紹介しているようなインド国内のインディペンデント系アーティストが脇を固める、といった感じのラインナップが多かったのだが、今回はかなり様子が異なっている。

NH7Weekender2023Pune

ヘッドライナーや大文字で紹介される位置に、在外南アジア系のアーティストが多くラインナップされているのだ。
前回の記事でも書いた通り、インドの音楽シーンはシームレスに在外インド人と繋がっている。


このプネーのNH7 Weekednerは、インドのみならず周辺諸国にゆかりのある在外アーティストが勢揃いで、世界の南アジア系ポピュラー音楽の祭典としても楽しめそうだ。

トップに名前が上がっているのはM.I.A.
このタミル系スリランカ人の両親のもとに生まれたUKのラッパー/シンガーのことは、ご存知の方もおおいだろう。
彼女の父はスリランカでは少数派であるタミル人の政治活動家で、母と共に11歳のときにイギリスに亡命。
M.I.A.というステージネームは、Missing In Actionの略で、戦闘中に行方不明になった父に向けたメッセージだとなかば伝説的に語られている(実際行方不明になったのは父ではなく従兄弟らしいが)。
彼女はダンスホールレゲエやヒップホップ、電子音楽を融合した斬新かつ強烈なサウンドを特徴としていて、’00年代にはミッシー・エリオットやマドンナと共演するなど、音楽業界内でも高い評価を受けた。


M.I.A. "Paper Planes"


2007年のアルバム"Kala"の収録曲"Paper Planes"は翌年の映画『スラムドッグ$ミリオネア』にも使用され、世界的なヒットを記録した。
YouTubeでの再生回数は2700万回を超えている。
歌詞では欧米社会で移民として暮らす途上国出身者の率直な心情が表現されており、こうした鋭く批評的なテーマ設定が、ポストヒップホップ的な文脈での評価にも繋がっていたように思う。
最近の曲ではSNS映えを意識する風潮を皮肉っぽく取り上げていて、一時期に比べて注目度は高くはないものの、このミュージックビデオは1年で130万回程の再生回数となっている。

M.I.A "Popular"




イギリス系ジャズグループのEzra Collectiveの次にラインナップされているJai Wolfはニューヨーク在住のバングラデシュ系電子音楽アーティスト。
2015年にリリースされたIndian Summerで注目を集め、アメリカのコーチェラ・フェスティバルへの出演も果たしている。

Jai Wolf "Indian Summer"


どこか柔らかいポップさのあるEDMサウンドが魅力のアーティストだ。
彼のスタイルは、ゴリゴリのダンスサウンドからポップな方向に舵を切ったインドのEDMリスナーとも共鳴することだろう。



続いてクレジットされているPriya Raguはスイス生まれのタミル系(M.I.A.同様にルーツはスリランカ)R&Bシンガー。
もうちょっと下に名前のあるCartel Madrasはカナダのカルガリーを拠点とする姉妹ラッパーデュオで、その名の通りチェンナイにルーツを持っている(つまり彼女たちもタミル系)。
彼女たちはここ数年の間に注目を集めるようになった新進南アジア系アーティストだ。

Priya Ragu "Good Love 2.0"



Cartel Madras "Goonda"


Cartel Madrasについては、姉妹ともに性的マイノリティであることをカミングアウトしているクィア・ラッパーだということにも触れておきたい。
インドでは性的マイノリティに対する差別や偏見も根強いが、こうした音楽フェスに来るような若者は概してリベラルな考え方を持っている。
在外インド系ミュージシャンは、これまでも音楽スタイルや価値観で国内の音楽シーンをリードしてきており、彼女たちもその系譜に連なる存在と考えることもできそうだ。

東京を舞台にした(という設定の)こんな曲もリリースしていた。

Cartel Madras and Tyris White "Lavender Nightz"


彼女たちはあのシアトルの名門レーベルSubpopと契約しており、これから世界的な注目を集めることもあるかもしれない。


在外インド系アーティストといえば、イギリスやカナダを拠点に活動するパンジャーブ系のラッパーやシンガーも多いが、今回は南のタミル系(スリランカ・ルーツを含む)が多いラインナップがなかなか面白い。
バングラーなどのパンジャービー音楽は今も北インドを中心に根強い人気を持っているが、パンジャーブ系住民が多くはないプネーという土地柄がアーティストの人選に影響しているのかもしれない。

意地悪な見方をすれば、南アジアにルーツを持つ人気のピークを過ぎたアーティストと世界的にはまだ無名な若手が、成熟してきたインドの音楽シーンに照準を合わせてきていると見えなくもないが、こうした傾向からどんな化学反応が起きるのか、楽しみでもある。

タミル系といえば、マレーシアあたりの在外タミル系音楽シーンも面白そうなので、近々特集してみたいです。

それでは今回はこのへんで。



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goshimasayama18 at 00:13|PermalinkComments(0)

2021年10月24日

あらためて、インドのヒップホップの話(その5 タミル編 ルーツへの愛着が強すぎるラッパーたち)



TamilRappers

これまで、ムンバイ編デリー&パンジャービー編ベンガルール編コルカタ&その他北インド編と4回に分けてお届けしてきたインドのヒップホップの歴史。
今回は満を持してサウスのヒップホップを紹介!

ここでいう「サウス」は、当然ながらアトランタやマイアミのことではなく、南インドのことで、今回は南インドのなかでもタミルのラッパーたちを特集する。
インド南部のタミルナードゥ州は、あの「スーパースター」ラジニカーント(『ムトゥ 踊るマハラジャ』他多数)の故郷であり、自分たちの文化への強い誇りを持つことでも知られている(まあインドはどこもたいていそうだけど)。
また、同州の公用語タミル語でラップするラッパーたちは、海外でも自身のアイデンティティを守り続けている。


タミル語ラップの歴史は古く、1994年の映画"Kadhalan"の挿入歌であるこの曲は、インドのラップ史の最初期の名曲とされている。

Suresh Peters "Pettai Rap" (from "Kadhalan")

コミカルな曲調ながらもオールドスクールなビートとフロウにセンスを感じるこの曲は、インド映画音楽シーンの神とも言えるA.R.ラフマーンの手によるもの。
ラップしているのは映画のプレイバックシンガーなどで活躍しているSuresh Peters.
この曲を聞けば、いかにもな映画音楽的な曲調で知られるラフマーンが、じつは同時代の西洋ポピュラーミュージックにもかなり造詣が深いことが分かる。
(そういえば、後ラフマーンがミック・ジャガーやレニー・クラヴィッツらと結成したスーパーバンド、Super Heavyもかなりかっこよかった)

実際、タミル系のルーツを持つバンガロールのBrodha Vはこの曲に大きな影響を受けているという。


あのラフマーンがインドのヒップホップシーンにも大きな影響を与えていたとは驚きだが、しかしこの曲はあくまでも例外中の例外で、このあとタミルナードゥ州内でヒップホップが爆発的に流行するということにはならなかった。
タミル語ラップのシーンもまた、その黎明期は海外在住のアーティストたちによって牽引されていた。

タミル人には、イギリス統治時代から、労働者としてマレーシアやシンガポールなどの東南アジア地域に移住した者たちが多い。
その中でも、マレーシアに暮らすタミル人は、貧困のなかで暮らしている人々が多いようで、そうした境遇からもヒップホップカルチャーへの共感が大きく、首都のクアラルンプールは「タミル語ヒップホップの首都」とまで呼ばれているという。


1996年にクアラルンプールで結成されたPoetic Ammoの中心人物Yogi Bが2006年にリリースしたアルバム"Vallavan"はタミル語ラップ黎明期の名盤とされている。
その収録曲"Madai Thiranthu"のミュージックビデオがかなりかっこいいのだが、YouTubeの動画が直接貼り付けられない仕様になっているようなので、リンクを貼っておく。

アフリカ系アメリカ人の文化では、床屋(barber shop)はコミュニティの交流の場としても意味を持ってきたことが知られているが、これはそのマレーシア系タミル人版!
ヒップホップカルチャーの見事なタミル的翻案になっている。


こちらは'00年代からカジャンの街を拠点に活動しているラップグループK-Town ClanのRoshan Jamrockと、同じくマレーシア出身のYoung Ruff(いずれもタミル系)の共演で、その名も"Tamilian Anthem".

Young Ruff "Tamilian Anthem" Produced by Roshan Jamrock



マレーシアからシンガポールに目を移すと、2007年にデビューしたタミル系フィメールラッパーのLady Kashがいる。

Lady Kash "Villupaattu"
この曲は、タミルの伝統的な物語の形式(音楽にあわせて語る)'Villupattu'をタミル人にとってのラップのルーツの一つとして讃えるというコンセプト。
マレーシアのラッパーたち同様に、彼女がタミル人としてのアイデンティティを大事にしていることが分かる。
シンガポールはインド系住民が多いが、その半分以上がタミル人で、あの『ムトゥ 踊るマハラジャ』も、シンガポールのリトルインディアで江戸木純によって「発見」されている。
シンガポールのタミル系ラッパーでは、他にも若手のYung Rajaなどが活躍している。


東南アジア以外では、インドのすぐ南、スリランカにも多くのタミル人が多く暮らしている。
スリランカは人口の約75%をシンハラ人、約15%をタミル人が占めており、民族対立による内戦が2009年まで続いていた。

世界で最も有名なタミル系のラッパーを挙げるとすれば、それは間違い無くスリランカのタミル人をルーツを持つイギリス人のM.I.Aということになるだろう。
スリランカで生まれ、幼い頃にイギリスに移住した彼女のラッパーネームは「軍事行動中に行方不明になった人物」(Missing In Action)を表しており、「タミルの独立を目指す活動のなかで消息不明になった父のことを指している」と説明されることが多いが、実際には行方不明になったのは父親ではなくイトコらしい。

彼女がタミルらしさを強く打ち出したアルバム"Kala"からのこの曲を聴いてもらおう。

M.I.A "Birdflu"

UKの南アジア系音楽シーンに詳しい栗田知宏さんによると、この曲には、タミル語映画Jayam(2003年)の劇中曲 "Thiruvizhannu Vantha" のウルミ(両面太鼓)のビートが用いられており、曲中に入っている子どもの声はタミルの手遊び歌とのこと。
夜のシーンの背景に見られるトラのマークは、スリランカで武装闘争を繰り広げていた「LTTE(タミル・イーラム解放の虎)のロゴ」だという説もあるそうだ。

M.I.Aは2000年にデビューすると、そのラディカルな姿勢と斬新な音楽性で一躍注目を集め、MadonnaやNicki Minajと共演するなど、業界内でも高い評価を得た。
しかしながら、彼女のインド国内への影響は、そこまで大きくはなさそうで、私の知る限りでは、インド国内のミュージシャンから、影響を受けたアーティストとして彼女の名前が上がったり、インド国内の音楽メディアで彼女が大きく取り上げられているのを見た記憶はない。
その理由は、おそらく彼女のルーツがインドではなくスリランカであること、彼女がタミル語ではなく英語でラップし、タミル系コミュニティのスターというより、世界的な人気ラッパーである(つまり、自分たちのための表現者ではない)といったことではないかと思う。

また、彼女がいつもタミル的なサウンドにこだわっているわけではなく、普段は非常に個性的ではあるが、特段南アジア的ではないスタイルで活動していることも、インドでの注目の低さと関係しているかもしれない。(例えば、テルグー系アメリカ人フィメール・ラッパーで、最近活動の拠点をインドに移しているRaja Kumariは、ビジュアルやサウンドで常にインド的な要素を表出している)
もっとも、M.I.Aのデビュー当時の'00年代には私はインド国内のシーンに注目していなかったので、その頃にインドでも大きな話題となっていた可能性はある。
また、インド国内の音楽メディアはどうしてもムンバイやデリーのシーンを中心に取り上げる傾向があるので、もしかしたらタミルナードゥでは彼女は根強い人気があるのかもしれない。

スリランカ本国のタミル系ラッパーでは、Krishan Mahesonが有名だ。
彼は90年代から活躍していたスリランカのラップグループBrown Boogie NationやRude Boy Republic(いずれも英語でラップしていた)らの影響を受けてラッパーとなり、2006年にリリースした"Asian Avenue"は、世界中のタミル人に受け入れられたという。
最近ではインド国内のタミル映画のサウンドトラックでの活躍も目立っているが、正直あまりピンとくる曲を見つけられなかったので、今回は楽曲の紹介を見送る。



…思わず在外タミル系ラッパーの紹介に力が入ってしまったが、とにかくこうした東南アジアやスリランカのアーティストたちが、タミル語ラップ(あるいはタミル系のアイデンティティを表現した英語ラップ)を開拓し、インターネット等を通してタミルナードゥの若者たちにも影響を与えたことは確かだろう。

同じインド人でも、タミルのラッパーたちが思い描く「世界地図」は、たとえばイギリスや北米への移民が多い北インドのパンジャービーたちとは、おそらく全く別のものになるということは、インドのカルチャーを考える上でちょっと頭に入れておきたい。


インド国内、タミルナードゥ州内のラッパーでは、チェンナイを拠点に活動している二人組Hip Hop Tamizhaが古株にあたる。
彼らのユニット名はそのものずばり「タミルのヒップホップ」を意味しており、2015年にリリースしたこの"Club Le Mabbu Le"で注目を集めた。

Hip Hop Tamizha "Club Le Mabbu Le"
率直に言うと結構ダサいのだが、単に欧米や在外タミル人ラッパーの模倣に終わるのではなく、たとえダサかろうと自分たちならではのローカルっぽさをちゃんと混ぜてくれるところが、彼らのいいところかもしれない。
ちなみにこの曲は「女性への敬意を欠く」いう昔のヒップホップにありがちな批判を受けたりもしている。
批判したのは同郷のフィメール・ラッパーSofia Ashraf.
社会問題を鋭く批判するリリックで知られた存在で、以前この記事で特集しているので、興味がある人はぜひ読んでみてほしい。



Hip Hop Tamizhaは、その名の通りタミルへの誇りが強すぎるラッパーたちで(まあ今回紹介しているアーティストは全員そうだが)、タミル人たちの伝統である「牛追い祭」である「ジャリカットゥ」をテーマにした"Takkaru Takkaru"のミュージックビデオでは、もはやヒップホップであることをほとんど放棄して、タミル映画まんまの映像とサウンドを披露している。
(こちらの記事参照。インド映画や南アジアに興味があるなら、見ておいて損はない)



チェンナイのMC Valluvarは、そこまで人気があるラッパーではないようだが、地元のストリート感覚あふれるこのミュージックビデオは最高で、以前からの個人的なお気に入りの一つ。

MC Valluvar "Thara Local"
とくに後半、道端で唐突に始まるダンスのシーンで、何事かとそれを眺めるオバチャンや子どもたちがリアルですごくいい。


古都マドゥライのラップグループ、その名もMadurai Souljourも郷土愛が溢れまくっていて、ごく短いこのトラックは、彼らの名刺がわりの一曲。
Madurai Souljour "Arimugam"



ところで、タミル文化の面白いところは、メインカルチャーとカウンターカルチャーが渾然一体となっているところだと思っている。
インド最大の話者数を誇る北インドのヒンディー語圏では、ラップやインディーロックのようなカウンターカルチャーを実践する若者たちは、エンターテイメントの主流にして王道であるボリウッドの商業的娯楽映画をちょっとバカにしているようなところがある。
例えば、ミュージシャンがインタビューで「ボリウッド映画の音楽なんてやりたくないね。自分は金のために音楽をやっているんじゃないんだ」みたいに言っているのを目にすることがたびたびあるのだ。

ところが、タミルの場合、映画は彼らの誇りや文化の一部であり、カウンターカルチャーとかインディペンデントのアティテュードとか関係なく、そこに参加することは、表現者にとって最大の名誉だと考えられているようなフシがある。
インド国外のラッパーを含めて、ここまでにこの記事で紹介したラッパーのほぼ全員が、タミル映画のサウンドトラックに参加しているし、M.I.Aでさえも、上述の通り非常にタミル映画っぽいテイストのミュージックビデオを作ったりしている。
もしスーパースター(ご存知の通り、比喩ではなく、オフィシャルな「別名」が「スーパースター」)であるラジニカーントの映画に参加できたりしたら、もうこの上ない僥倖で、たとえ両親がラッパーになることに反対していたとしても、一族の誇りとして泣いて喜んでくれることだろう。

例を挙げるとすれば、タミル人が多く暮らすムンバイの最大のスラム「ダラヴィ」を舞台にした映画"Kaala"(日本公開時の邦題は「カーラ 黒い砦の闘い」。主演はスーパースター!)のサウンドトラックには、実際にダラヴィ出身のタミル系ラップグループDopeadeliczや、マレーシアのYogi BやRoshan Jamrockも参加している。


"Semma Weightu"


Music: Santhosh Narayanan
Singers:  Hariharasudhan, Santhosh Narayanan
Lyrics/Rap Verses: Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan"Katravai Patravai"

Music: Santhosh Narayanan
Lyrics :  Kabilan, Arunraja Kamaraj, Roshan Jamrock
RAP : Yogi B, Arunraja Kamaraj, Roshan Jamrock
(詳しくはこちらの記事から)


タミルのラッパーが映画音楽に参加している例は他にもかなりありそうなのだが、きりがないので今回は割愛。


以前、マサラワーラーの武田尋善さんが「タミル人にとってのラジニカーントはJBみたいな存在」と言っていたのを聞いて、ああなるほどと思ったのだが、黒人の誇りを力強く鼓舞したジェームス・ブラウンのように、ラジニカーントもまた「タミル庶民の誇り」みたいに扱われているフシがある。(ちなみに彼自身はタミル人ではなく、マラータ系)

タミル人のなかには、北インドの言語や人々が幅をきかせているインドの現状に対する反発みたいなものが存在していて、それがメインカルチャーとかカウンターカルチャーとかに関係なく、一枚岩のアイデンティティにつながっているのだろう。


ところで、先ほど紹介した"Kaala"の監督Pa.Ranjithは、2017年にCasteless Collectiveというバンドを結成している。
彼はもともとカースト制度の枠外に位置づけられ、過酷な差別の対象となってきた「ダリット」の出身である。
Casteless Collectiveは、彼がダリットのミュージシャンを集め、その名の通りカースト制度などのあらゆる抑圧を否定するというコンセプトのバンドなのだ。

Casteless Collective "Vada Chennai"

タミルの伝統音楽である'Gaana'とラップやロックなどを融合した彼らの音楽は、サウンド的にはヒップホップとは呼べないかもしれないが、ルーツを大事にしつつもマイノリティを勇気付ける彼らのアティテュードには、かなりヒップホップ的な部分があると言ってもいいだろう。
音楽ジャンルやアートフォームとしてのヒップホップはアメリカで生まれたが、ヒップホップ的な感覚は時代や場所を問わず遍在している。
逆説的に言えば、だからこそ、その感覚を純化させ具体化したヒップホップというジャンルはすごいということになる。


Casteless Collectiveは12人にもなる大所帯バンドだが、その中のラッパーArivuは、同様のテーマのソロ作品を通して、よりヒップホップ的なスタイルの表現も追求している。

Arivu x ofRo "Kallamouni"

このCasteless Collective一派の活動には、これからも注目していきたいところ。
Netflix Indiaでは南インドのヒップホップシーンをテーマにしたドキュメンタリー"Namma Stories"も公開され、「サウス」のヒップホップはこれからますます熱くなりそうだ。


最後に、カナダ在住のタミル系ラッパー(スリランカにルーツを持つ)Shah Vincent De Paulを紹介したい。
彼はタミルの伝統楽器ムリダンガムのリズムとラップの融合という新しい試みに取り組んでいる。

在外タミル人と国内との文化の還流も、今後ますます注目すべきテーマになりそうである。



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