LostStories
2020年09月15日
これはもう新ジャンル 「インディアンEDM(もしくは印DM〈InDM〉)」を大紹介!
以前の記事で、無国籍なサウンドで活動していたインドのEDM系アーティストが、ここ最近かなりインドっぽい楽曲をリリースするしていることを紹介した。
これはもうEDMと従来のインディアン・ポップスを融合させた新しいジャンルが確立しているのではないか、というのが今回のテーマ。
その新しいジャンルをインディアンEDMと呼びたいのだけど、長いので印DM(InDM)と呼ばせてもらうことにする。
このジャンルの特徴を挙げると、ざっとこんな感じになる。
かつてはゴリゴリのEDMを作っていたLost Storiesの新曲"Heer Ranjha"は、この王道ボリウッドっぷり。
目を閉じると、主人公とヒロインが離れた場所から見つめ合いながら手を伸ばして、届きそうだけど届かない、みたいな場面から始まるミュージカルシーンが浮かんできそうな曲調だ。
ブレイク部分でのEDMっぽいアレンジのセンスの良さはさすが。
もうちょっとダンスミュージック寄りの曲調なのがこの"Noor".
なぜパンダなのか謎だが、たぶん理由は「かわいいから」だろう。
クレジットには同じくインドの人気EDMプロデューサーのZaedenの名前も入っている。
そのZaedenの最近の曲は、もはやエレクトロニック・ミュージックの要素すらほとんどない普通のヒンディーポップだ。
1年前の曲がコレ。
最新の曲は、デリーのシンガーソングライターPrateek Kuhadのカバー。
彼はエレクトロニック系のプロデューサーから、オーガニックな曲調のシンガーソングライターへの転身を図ろうとしている真っ最中のかもしれない。
原曲は今年の7月にリリースされたばかりで、ここまで新しい曲のカバーというのは異例だが、Zaedenがこの曲を大いに気に入ったために制作されたものらしい。
Prateek Kuhadによるオリジナル・バージョンのミュージックビデオも大変素晴らしいので、ぜひこちらから見てみてほしい。
2013年のデビュー当初から印DMっぽい音楽性の楽曲をリリースしているのが、プネー出身のシンガーソングライター/プロデューサーのRitvizだ。
彼は幼少期から古典音楽(ヒンドゥスターニー音楽)を学んで育ち、EDMやヒップホップに加えてインド映画音楽の大御所A.R.ラフマーンのファンでもあるようで、そうした多彩な音楽的背景が見事に結晶した音楽を作っている。
彼のミュージックビデオはインドの日常を美しい映像で描いたものが多く、それがまた素晴らしい。
ラム酒のバカルディのロゴが頻繁に出て来るのは、バカルディ・ブランドによるインディー音楽のサポートプログラムの一環としてミュージックビデオが制作されているからのようだ。
インドではヒンドゥーでもイスラームでも飲酒がタブー視される時代が長く続いていたが、新しい価値観の若者たちに売り込むべく、多くのアルコール飲料メーカーがインディーズ・シーンをサポートしている。
今年に入ってからは、デリーのラップデュオSeedhe Mautとのコラボレーションにも取り組むなど、ますますジャンルの垣根を越えた活動をしているRitviz.
これからも印DMを代表する存在として目が離せない。
ハードコア・ラッパーとしてのイメージの強かったSeedhe Mautにとっても新機軸となる楽曲だ。
タージ・マハールで有名なアーグラー出身のUdyan Sagarは、1998年にインド古典音楽のリズムとダンスミュージックを融合したユニットBandish Projektの一員としてデビューしたのち、Nucleyaの名義でベースミュージック的な印DMに取り組んでいる
彼が2015年にリリースした"Bass Rani"は、インドの伝統音楽とエレクトロニック・ミュージックの融合のひとつの方向性を示した歴史に残るアルバム。
この曲ではガリーラップ界の帝王DIVINEとコラボレーションしている。(この共演は『ガリーボーイ』のヒットのはるか以前の2015年のもの)
この2人の組み合わせは2017年のボリウッド映画"Mukkabaaz"(Anurag Kashyap監督、Vineet Kumar Singh主演)で早くも起用されており、インド映画界の新しい音楽への目配りの早さにはいつもながら驚かされる。
ポピュラー音楽のフィールドでの評価や知名度という点では、このNucleyaが印DM界の中でも随一と言って良いだろう。
ベースミュージック的な印DMに、レゲエやラテンの要素も加えた音楽性で異彩を放っているのが、このブログの第1回でも紹介したSu Realだ。
この"Soldiers"ではルーツ・レゲエとEDMの融合という意欲的すぎる音楽性でインド社会にはびこる保守性を糾弾している(興味深いリリックについては上記の第1回記事のリンクをどうぞ)。
この"EAST WEST BADMAN RUDEBOY MASH UP TING"では、映像でもインド的な要素をポップかつクールに編集していて最高の仕上がり。長年、欧米のポピュラー音楽から「エキゾチックやスピリチュアルを表す記号」として扱われてきたインドだが、ここ最近インド人アーティストたちは西洋と自分たちのカルチャーとのクールな融合方法を続々と編み出しており、印DMもまさにそうしたムーブメントのなかのひとつとして位置付けることができる。
新曲"Indian Wine"のミュージックビデオでは、レゲエを基調にしたビートに、レゲエダンサーとインド古典舞踊バラタナティヤムのダンサーが共演するという唯一無二の世界観。
こうした融合をさらっと行ってしまえるところが、インドの音楽シーンの素晴らしいところだ。
このように、ますます加熱している印DMシーンだが、今回紹介した人脈同士でのコラボレーションも盛んに行われている。
この曲はSu RealとRitvizの共作による楽曲。
これはNucleyaがRitvizの"Thandi Hawa"をリミックスしたもの。
世界的にEDMの人気は落ち着きを見せてきているようだが、それに合わせるかのように勢いづいてきている印DMは、「ダンスミュージックにインドの要素がほしいけど、既存のボリウッドの曲はちょっとダサいんだよな…」というような若者たちを中心に支持を広げているのだろう。
インドのメインストリームである映画音楽と、インディーミュージックシーンを繋ぐミッシングリンクと言えるのが、この印DMなのだ。
今後、EDMブームが過去のものになってしまうとしても、このブームが生み出した印DMという落とし子は、今後ますます成長してゆくはず。ヒップホップやラテン音楽への接近など、目が離せない要素が盛り沢山の印DM。
これからも取り上げてゆきたいと思います!
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その新しいジャンルをインディアンEDMと呼びたいのだけど、長いので印DM(InDM)と呼ばせてもらうことにする。
このジャンルの特徴を挙げると、ざっとこんな感じになる。
- EDM系のプロデューサーが手掛けており、ダンスミュージックの要素を残しつつも、インド的な要素(とくに歌やメロディーライン)を大幅に導入している。
- 歌詞は英語ではなく、ヒンディー語などの現地言語であることが多い。
- ミュージックビデオにも、インド的な要素が入っている。(いわゆる典型的なEDMの場合、インド人が手掛けた曲でも、ローカルな要素はミュージックビデオから排除されていることが多かった)
かつてはゴリゴリのEDMを作っていたLost Storiesの新曲"Heer Ranjha"は、この王道ボリウッドっぷり。
目を閉じると、主人公とヒロインが離れた場所から見つめ合いながら手を伸ばして、届きそうだけど届かない、みたいな場面から始まるミュージカルシーンが浮かんできそうな曲調だ。
ブレイク部分でのEDMっぽいアレンジのセンスの良さはさすが。
もうちょっとダンスミュージック寄りの曲調なのがこの"Noor".
なぜパンダなのか謎だが、たぶん理由は「かわいいから」だろう。
クレジットには同じくインドの人気EDMプロデューサーのZaedenの名前も入っている。
そのZaedenの最近の曲は、もはやエレクトロニック・ミュージックの要素すらほとんどない普通のヒンディーポップだ。
1年前の曲がコレ。
最新の曲は、デリーのシンガーソングライターPrateek Kuhadのカバー。
彼はエレクトロニック系のプロデューサーから、オーガニックな曲調のシンガーソングライターへの転身を図ろうとしている真っ最中のかもしれない。
原曲は今年の7月にリリースされたばかりで、ここまで新しい曲のカバーというのは異例だが、Zaedenがこの曲を大いに気に入ったために制作されたものらしい。
Prateek Kuhadによるオリジナル・バージョンのミュージックビデオも大変素晴らしいので、ぜひこちらから見てみてほしい。
2013年のデビュー当初から印DMっぽい音楽性の楽曲をリリースしているのが、プネー出身のシンガーソングライター/プロデューサーのRitvizだ。
彼は幼少期から古典音楽(ヒンドゥスターニー音楽)を学んで育ち、EDMやヒップホップに加えてインド映画音楽の大御所A.R.ラフマーンのファンでもあるようで、そうした多彩な音楽的背景が見事に結晶した音楽を作っている。
彼のミュージックビデオはインドの日常を美しい映像で描いたものが多く、それがまた素晴らしい。
ラム酒のバカルディのロゴが頻繁に出て来るのは、バカルディ・ブランドによるインディー音楽のサポートプログラムの一環としてミュージックビデオが制作されているからのようだ。
インドではヒンドゥーでもイスラームでも飲酒がタブー視される時代が長く続いていたが、新しい価値観の若者たちに売り込むべく、多くのアルコール飲料メーカーがインディーズ・シーンをサポートしている。
今年に入ってからは、デリーのラップデュオSeedhe Mautとのコラボレーションにも取り組むなど、ますますジャンルの垣根を越えた活動をしているRitviz.
これからも印DMを代表する存在として目が離せない。
ハードコア・ラッパーとしてのイメージの強かったSeedhe Mautにとっても新機軸となる楽曲だ。
タージ・マハールで有名なアーグラー出身のUdyan Sagarは、1998年にインド古典音楽のリズムとダンスミュージックを融合したユニットBandish Projektの一員としてデビューしたのち、Nucleyaの名義でベースミュージック的な印DMに取り組んでいる
彼が2015年にリリースした"Bass Rani"は、インドの伝統音楽とエレクトロニック・ミュージックの融合のひとつの方向性を示した歴史に残るアルバム。
この曲ではガリーラップ界の帝王DIVINEとコラボレーションしている。(この共演は『ガリーボーイ』のヒットのはるか以前の2015年のもの)
この2人の組み合わせは2017年のボリウッド映画"Mukkabaaz"(Anurag Kashyap監督、Vineet Kumar Singh主演)で早くも起用されており、インド映画界の新しい音楽への目配りの早さにはいつもながら驚かされる。
ポピュラー音楽のフィールドでの評価や知名度という点では、このNucleyaが印DM界の中でも随一と言って良いだろう。
ベースミュージック的な印DMに、レゲエやラテンの要素も加えた音楽性で異彩を放っているのが、このブログの第1回でも紹介したSu Realだ。
この"Soldiers"ではルーツ・レゲエとEDMの融合という意欲的すぎる音楽性でインド社会にはびこる保守性を糾弾している(興味深いリリックについては上記の第1回記事のリンクをどうぞ)。
この"EAST WEST BADMAN RUDEBOY MASH UP TING"では、映像でもインド的な要素をポップかつクールに編集していて最高の仕上がり。長年、欧米のポピュラー音楽から「エキゾチックやスピリチュアルを表す記号」として扱われてきたインドだが、ここ最近インド人アーティストたちは西洋と自分たちのカルチャーとのクールな融合方法を続々と編み出しており、印DMもまさにそうしたムーブメントのなかのひとつとして位置付けることができる。
新曲"Indian Wine"のミュージックビデオでは、レゲエを基調にしたビートに、レゲエダンサーとインド古典舞踊バラタナティヤムのダンサーが共演するという唯一無二の世界観。
こうした融合をさらっと行ってしまえるところが、インドの音楽シーンの素晴らしいところだ。
このように、ますます加熱している印DMシーンだが、今回紹介した人脈同士でのコラボレーションも盛んに行われている。
この曲はSu RealとRitvizの共作による楽曲。
これはNucleyaがRitvizの"Thandi Hawa"をリミックスしたもの。
世界的にEDMの人気は落ち着きを見せてきているようだが、それに合わせるかのように勢いづいてきている印DMは、「ダンスミュージックにインドの要素がほしいけど、既存のボリウッドの曲はちょっとダサいんだよな…」というような若者たちを中心に支持を広げているのだろう。
インドのメインストリームである映画音楽と、インディーミュージックシーンを繋ぐミッシングリンクと言えるのが、この印DMなのだ。
今後、EDMブームが過去のものになってしまうとしても、このブームが生み出した印DMという落とし子は、今後ますます成長してゆくはず。ヒップホップやラテン音楽への接近など、目が離せない要素が盛り沢山の印DM。
これからも取り上げてゆきたいと思います!
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2020年06月01日
インドのEDM系アーティストがなにかと面白い! KSHMR, Lost Storiesらのインド風トラック!
意外に思われるかもしれないが、ダンスが大好きなインド人の間では、EDM系の音楽の人気がとても高い。
主要なリスナー層は、都市部の中産階級以上の音楽の流行に敏感な若者たちに限られるのだろうが、それでも13億の人口を誇るインドでは、相当数のファンがいるということになる。
インドではアジア最大の(そして世界で3番目の規模の)EDMフェス"Sunburn"が開かれているし、国際的に活躍しているインド人アーティストもいる。
EDMというジャンル自体、すでに人気のピークを過ぎた感もあるし、そもそもコロナウイルス禍でフェスティバルやパーティーが開けない状況が続くと、シーン自体がどうなってしまうのか心配ではあるが、インドにおけるEDM人気の根強さは、今のところ我々の想像をはるかに超えているのである。
今回は、そんな「ダンス大国」インドのEDMアーティストたちが、グローバル市場向けのゴリゴリのダンストラックとは別に、国内リスナー向けにかなりインドっぽい楽曲を製作しているというお話。
以前の記事でも取り上げたムンバイ出身のEDMデュオ、Lost Storiesが、プレイバックシンガーとして活躍するJonita Gandhiと共演したこの"Mai Ni Meriye"は、彼らがこれまでに発表してきたトランス系テクノやEDMとは大きく異なるボリウッドっぽい1曲。
(Lost Storiesがこれまでに発表してきたダンストラックについては、この記事を参照してほしい。"Tomorrowlandに出演するインド人EDMアーティスト! Lost StoriesとZaeden!")
原曲はヒマーチャル・プラデーシュ州の伝統音楽のようだ。
Jonita GandhiはYouTubeにアップした歌声がきっかけでA.R.Rahmanに見出されたカナダ在住のシンガーで、2013年以降様々な映画のサウンドトラックに参加している。(昨年11月にNHKホールで行われた「ABUソングフェスティバル」にも、インド代表としてラフマーンとともに来日していた。)
Lost Storiesの洗練されたトラックに彼女の古典音楽風の節回しの歌が乗ることで、あたかも最近のボリウッドの映画音楽のような仕上がりになっている。
Lost StoriesがKSHMR(カシミア)と共演した"Bombay Dreams"のミュージックビデオは、サウンドだけでなく映像も映画のような魅力を持っている。
エスニックなメロディーラインが印象的だが、エレクトロニック系の曲だとこの手の旋律は国籍に関係なくよく使われているので、もはやどこまでがインドでどこからがEDMなのかさっぱり分からなくなってくる。
それはともかく、このミュージックビデオで注目すべきは、音楽よりもマサラテイストかつ甘酸っぱいストーリーのほうだろう。
「イケてない太めの男子」と「古典舞踊を習う女子」というEDMのイメージとは距離のありすぎるキャラクターたちが繰り広げる淡い恋模様は、まるで青春映画の一場面のようだ。
この曲でLost Storiesと共演しているKSHMRはカリフォルニア州出身のインド系アメリカ人で、その名前の通りカシミール地方出身のヒンドゥー教徒の父を持つEDMミュージシャン/DJだ(母親はインド系ではないアメリカ人のようだ)。
彼はもともとCataracsというダンスミュージックグループに在籍しており、いくつかの曲をヒットさせていたが、Cataracs解散後の2014年にKSHMR名義での活動を開始すると、Coachella, Ultra Music Festival, Tommorowland等の主要なフェスに軒並み出演し、2016年にはDJ MagazineのTop 100 DJs of the yearの12位とHighest Live Actに輝くなど、名実ともにトップDJの座に躍り出た。
KSHMRがベルギー人DJのYves Vと共演したこの"No Regrets (feat. Krewella)では、音楽的にはインドの要素はほぼ無いものの、インドの伝統格闘技クシュティをテーマにしたミュージックビデオを製作している。
冒頭で歌われているのはハヌマーン神へを讃えるヒンドゥーの聖歌らしく、こちらもまるでインド映画のような仕上がりになっている。
インドのインディー系ミュージシャンには、インドのポップカルチャーの絶対的な主流であるボリウッドに対して「ドメスティックでダサいもの」という反感を持っている者が多いという印象を持っていたので(かつて日本のロックミュージシャンが歌謡曲に抱いていたような感情だ)、こうしたEDM系のアーティストたちが、ボリウッドっぽさ丸出しの楽曲をリリースしているということに、非常に驚いてしまった。
グローバルな成功を収めている彼らにとっては、ローカルなボリウッドは仮想敵とするようなものではなく、むしろ冷静にマーケットとして見ているということだろうか。
(日本でいうと、石野卓球あたりがJ-Popのプロデュースやリミックスを手がけているのと同じようなものかもしれない)
KSHMRは、2015年から2017年まで、「アジア最大のEDMフェス」Sunburnのオフィシャルミュージックを手がけており、EDMやトランスに開催地であるインドの要素を融合させた楽曲をリリースしたりもしている。
これらの曲を聴けば、彼が自身のルーツであるインドの要素をいかに巧みにダンスミュージックに取り入れているかが分かるだろう。
このどこまでも享楽的なサウンドは、かつて欧米や日本のトランスDJたちが、インド音楽をサイケデリックで呪術的な要素として使ってきたのとは対照的で、長らくインドの音楽をミステリアスなものとして借用してきた西洋のポップ・ミュージックに対するインド人からの回答として見ることもできそうだ。
パーティーミュージックのプロデュースにかけては一流の評価を得ているKSHMRが、そのサウンドに反して極めてシリアスなメッセージを伝えようとしているミュージックビデオがある。
彼の故郷の名を冠した"Jammu"という曲である。
Jammu(ジャンムー)とは、彼の名前の由来になったカシミールとともにジャンムー・カシミール連邦直轄領を構成する地域の名前だ。
この地域は、1947年のインド・パキスタンの分離独立以来、両国が領有権を主張し、たびたび武力衝突が起きている南アジアの火薬庫とも言える土地である。
カシミール地方では、「ヒンドゥー教徒がマジョリティーを占める世俗国家」であるインドにおいて、例外的にムスリムが多数派を占めるという人口構成から、インド建国間もない時期から独立運動も行われており、この地を巡る状況は非常に複雑になってしまっているのだ。
こうした歴史から、かつては「世界で最も美しい場所」とまでいわれていたカシミールでは、テロや紛争、独立闘争やその過酷な弾圧のために、数え切れないほどの血が流されてきた。
戦乱で母を失った少年がテロリストになるまでを描いたストーリーは、欧米やヒンドゥー側から見たムスリムのステレオタイプ的なイメージという印象も受けるが、現実に起こっていることでもあるのだろう。
(ちなみにKSHMRは"Kashmir"という楽曲もリリースしているが、この曲ではミュージックビデオは作られていない)
このミュージックビデオがリリースされたのは2015年。
その頃は州としての自治権を有していたジャンムー・カシミール地域は、2019年8月にインド政府によって自治権を剥奪され、大規模な反対運動にも関わらず、連邦政府直轄領となることが決定した。
これにともなって、ジャンムー・カシミール地域では、混乱や暴動を避けるという目的で、長期間にわたるインターネットの遮断や外出禁止が行われ、外部との連絡が絶たれた中で治安維持の名目での暴力行為もあったという。
これにともなって、ジャンムー・カシミール地域では、混乱や暴動を避けるという目的で、長期間にわたるインターネットの遮断や外出禁止が行われ、外部との連絡が絶たれた中で治安維持の名目での暴力行為もあったという。
デリーのラッパーPrabh Deepは、コロナウイルスによる全土ロックダウン時にリリースされた楽曲で、外出禁止が続くカシミールに想いを馳せる内容のリリックを披露している。
KSHMRによるインド色の強いミュージックビデオは、インド国内のマーケット向けというだけではなく、自身のルーツとなっているカルチャーや歴史を広く世界に知ってもらいたいという意図も持って作られたのだろう。
インド国内のアーティストが、ミュージックビデオでインド文化をできるだけ洗練されたものとして描く傾向があるのに対して、ステレオタイプ的な描写が多いのは、彼が母国を遠く離れた欧米で生まれ育ったこととも関係がありそうだ。
いずれにしても、KSHMRのこうした映像作品は、YouTubeのコメント欄を見る限りでは、インドのリスナーに好意的にはかなり受け入れられているようである。
彼はDJセットにおいてもインドの楽曲をサンプリングすることが多く、それが彼のDJの文字通り巧みなスパイスになっている。
以前紹介したZaedenも、ヒンディー語楽曲をいくつか発表しているが、今回はインド系バルバドス人のRupeeが2004年にスマッシュヒットさせた'"Tempted to Touch"のリメイクを紹介したい。
ほぼ忘れられかけていた一発屋をこうしてリメイクするという取り組みも、世界で活躍するインド系アーティストへの絆を感じさせるものだ。
無国籍なサウンドとなることが多いダンスミュージックに、インド系のアーティストがこれだけ自身のルーツの要素を取り入れているということは、かなり面白いことだと感じる。
これは欧米が主流のシーンに対する自己主張であるだけでなく、全てを取り入れて混ぜ込んでしまうインド文化のなせる業なのだろうか。
エレクトロニックミュージックとインド的要素の融合については、非常に面白いテーマなので、まだまだ書いてゆきたいと思ってます。
それでは今回はこのへんで!
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2018年07月02日
Tomorrowlandに出演するインド人EDMアーティスト! Lost StoriesとZaeden!
7月にベルギーで行われる世界最大のEDMフェスティヴァル、Tomorrowland.
今回は、世界一チケットが取りにくいとも言われるこのフェスへの出演経験のあるインド人アーティストを紹介します。
そのうちの一組はLost Stories.
2015年以来、Tommorowlandへの出演を重ねている彼らはムンバイ出身のPrayag MehtaとRishab Joshiの2人組で、2009年にキャリアを開始してすぐにオランダの超有名DJ、TiëstoのレーベルBlack Hole Recordingsからシングル"False Promises"をリリースしている。
これがその曲。
今聴くと少し古さを感じる楽曲だが(プログレッシブ・トランス?)、なによりもまずインドらしさが全くないことに驚かされる。この曲は、インド人アーティストによる初の国際的な評価を受けたダンスミュージックとしてエポックメイキングなものだったとのこと。
要所要所で聞かれるきらびやかな旋律は、むしろレーベルの故郷であるオランダ色を感じさせるものだ。
古くは60年代Ravi Shankar、90年代以降もバングラ・ビートの一時的なブームやA.R.Rahmanなど、インドの音楽が世界的な評価を得ることはたびたびあった。
でもそのいずれもが、「インドらしさ」を特徴とした、西洋から見るとエキゾ趣味的なものであったことは否めない。
ところが彼の音楽は、音だけを聴いていたらヨーロッパのアーティストだとしか思えないサウンドだ。
インドでもついにこういう音が作られるようになったかと思うと、うれしいようなさみしいような複雑な気持ちになる(とはいえ、その後もインド国内でインド要素盛りだくさんの面白い音楽が多く作られていることはいつも紹介している通り)。
他の曲は例えばこんな感じ。
"How You Like Me Now"
この曲に関して言えば、ビデオを見続けているとだんだん何がかっこよくて何がかっこ悪いのか、よく分からなくなってくる。
たぶん80年代のB級SFがモチーフなんだと思うが、この微妙な感じを遊び心やダサかっこ良さとして前向きに捉えて良いものなんだろうか。クラブミュージックに詳しい人教えて。
最近の曲では、ブラジル的なリズム?なんかも取り入れてきて、あいかわらずのインド離れっぷり。
"Spread the Fire"
いかに無国籍なサウンドで勝負してきたとはいえ、ダンスミュージックの世界では、ときにインド出身であるということは「売り」にもなる。
イスラエル人とベルギー人によるユニット、Jetfireとの共演曲では満を持してのインド要素炸裂!
その名も"India"!
90年代にアンダーグラウンドなレイヴシーンを席巻した、インド要素をサイケ風味の一部として取り入れていたゴアトランスの現代版といったところだろうか。
まあとにかく、彼の音楽性はインドのインディーミュージックの文脈で捉えるだけでは不十分で、多国籍かつ無国籍な享楽電子音楽の中の一アーティストとして評価するべきものなんだろう。
国籍やバックグラウンドにとらわれずに、単純に心地よいダンスミュージックとして消費するのがこういう音楽の本来の聴き方なのだと思う。
Tomorrowlandへの出演経験があるもう一人のインド人アーティストはZaeden.
彼はデリー近郊の成長著しい都市、グルガオン出身のDJで、なんと1995年出身の22歳という若さ!
幼い頃からタブラとピアノを習い、14歳からDJを始めたという、まさに新しい世代のインド人ミュージシャンだ。
彼もまた本場オランダのEDM系レーベル、Spinnin' Recordsと契約を結んでおり、早くも2015年にはTommorowlandへの出演を果たしている。
ヴォーカリストをフィーチャーした曲や、コラボレーションやリミックスでの仕事が多く、この曲はアメリカ出身の人気DJ、Borgeousとの共作。
"Yesterday"
Coldplayの"Magic"のリミックス。
Cimo Frankelなるオランダ人シンガーとの共演"City of the Lonely Hearts"
アゲすぎないディープ・ハウス的とも言える音楽性にまたインドらしからぬものを感じる。
Ankit Tiwariというインド人シンガーの曲のプロデュース、"Tere Jaane Se"
ヒンディー語のタイトルを含めて、オールインディア体制でこういう音楽を作るようになったかと思うと、90年代からインドを知っている身としてはとても感慨深い。
今後、インドらしさという武器なしで、国際的なマーケットで評価を受けるこうした新世代のアーティストは今後ますます増えてくるだろう。
この規模のイベントががんがんに盛り上がっているところを見ると、インドのEDMシーン、まだまだ勢いを増していきそうな予感。
彼らが今後もこのままの路線で世界的な評価を高めて行くのか、どこかでルーツに戻ってインド的な要素を取り入れて行くのか、これからも注目していきたいと思います!
今回は、世界一チケットが取りにくいとも言われるこのフェスへの出演経験のあるインド人アーティストを紹介します。
そのうちの一組はLost Stories.
2015年以来、Tommorowlandへの出演を重ねている彼らはムンバイ出身のPrayag MehtaとRishab Joshiの2人組で、2009年にキャリアを開始してすぐにオランダの超有名DJ、TiëstoのレーベルBlack Hole Recordingsからシングル"False Promises"をリリースしている。
これがその曲。
今聴くと少し古さを感じる楽曲だが(プログレッシブ・トランス?)、なによりもまずインドらしさが全くないことに驚かされる。この曲は、インド人アーティストによる初の国際的な評価を受けたダンスミュージックとしてエポックメイキングなものだったとのこと。
要所要所で聞かれるきらびやかな旋律は、むしろレーベルの故郷であるオランダ色を感じさせるものだ。
古くは60年代Ravi Shankar、90年代以降もバングラ・ビートの一時的なブームやA.R.Rahmanなど、インドの音楽が世界的な評価を得ることはたびたびあった。
でもそのいずれもが、「インドらしさ」を特徴とした、西洋から見るとエキゾ趣味的なものであったことは否めない。
ところが彼の音楽は、音だけを聴いていたらヨーロッパのアーティストだとしか思えないサウンドだ。
インドでもついにこういう音が作られるようになったかと思うと、うれしいようなさみしいような複雑な気持ちになる(とはいえ、その後もインド国内でインド要素盛りだくさんの面白い音楽が多く作られていることはいつも紹介している通り)。
他の曲は例えばこんな感じ。
"How You Like Me Now"
この曲に関して言えば、ビデオを見続けているとだんだん何がかっこよくて何がかっこ悪いのか、よく分からなくなってくる。
たぶん80年代のB級SFがモチーフなんだと思うが、この微妙な感じを遊び心やダサかっこ良さとして前向きに捉えて良いものなんだろうか。クラブミュージックに詳しい人教えて。
最近の曲では、ブラジル的なリズム?なんかも取り入れてきて、あいかわらずのインド離れっぷり。
"Spread the Fire"
いかに無国籍なサウンドで勝負してきたとはいえ、ダンスミュージックの世界では、ときにインド出身であるということは「売り」にもなる。
イスラエル人とベルギー人によるユニット、Jetfireとの共演曲では満を持してのインド要素炸裂!
その名も"India"!
90年代にアンダーグラウンドなレイヴシーンを席巻した、インド要素をサイケ風味の一部として取り入れていたゴアトランスの現代版といったところだろうか。
まあとにかく、彼の音楽性はインドのインディーミュージックの文脈で捉えるだけでは不十分で、多国籍かつ無国籍な享楽電子音楽の中の一アーティストとして評価するべきものなんだろう。
国籍やバックグラウンドにとらわれずに、単純に心地よいダンスミュージックとして消費するのがこういう音楽の本来の聴き方なのだと思う。
Tomorrowlandへの出演経験があるもう一人のインド人アーティストはZaeden.
彼はデリー近郊の成長著しい都市、グルガオン出身のDJで、なんと1995年出身の22歳という若さ!
幼い頃からタブラとピアノを習い、14歳からDJを始めたという、まさに新しい世代のインド人ミュージシャンだ。
彼もまた本場オランダのEDM系レーベル、Spinnin' Recordsと契約を結んでおり、早くも2015年にはTommorowlandへの出演を果たしている。
ヴォーカリストをフィーチャーした曲や、コラボレーションやリミックスでの仕事が多く、この曲はアメリカ出身の人気DJ、Borgeousとの共作。
"Yesterday"
Coldplayの"Magic"のリミックス。
Cimo Frankelなるオランダ人シンガーとの共演"City of the Lonely Hearts"
アゲすぎないディープ・ハウス的とも言える音楽性にまたインドらしからぬものを感じる。
Ankit Tiwariというインド人シンガーの曲のプロデュース、"Tere Jaane Se"
ヒンディー語のタイトルを含めて、オールインディア体制でこういう音楽を作るようになったかと思うと、90年代からインドを知っている身としてはとても感慨深い。
今後、インドらしさという武器なしで、国際的なマーケットで評価を受けるこうした新世代のアーティストは今後ますます増えてくるだろう。
この規模のイベントががんがんに盛り上がっているところを見ると、インドのEDMシーン、まだまだ勢いを増していきそうな予感。
彼らが今後もこのままの路線で世界的な評価を高めて行くのか、どこかでルーツに戻ってインド的な要素を取り入れて行くのか、これからも注目していきたいと思います!
goshimasayama18 at 22:34|Permalink│Comments(0)