Lo-FiHiphop

2020年12月10日

インドのアニメファンによるYouTubeチャンネル"Anime Mirchi"の強烈すぎる世界!


これまでも何度か特集しているとおり、インドにおいて日本のカルチャーは一定のファン層を獲得している。
ここでいう「カルチャー 」というのは、主にアニメのことで、インドのインディーミュージシャンの中には、日本のアニメ作品からの影響を公言しているアーティストがたくさんいるのだ。




そんなインドのアニメファンが運営している、かなり面白いYouTubeチャンネルを発見してしまった。
それが、今回紹介するこの'Anime Mirchi'である。
('Mirchi'とはインド料理にもよく使われる唐辛子のこと)


このチャンネルの素晴らしいところは、単にアニメのみを扱っているのではなく、インドのインディペンデント・ミュージックと日本のアニメ・カルチャーの融合にも積極的に取り組んでいることである。

中でも唸らされたのが、この'Indian lofi hip hop/ chill beats ft. wodds || Desi lofi girl studying'と題された動画だ。


Lo-Fiヒップホップは、創成期の代表的ビートメーカーである故Nujabesが、アニメ作品『サムライ・チャンプルー』のサウンドを手掛けたことなどから、アニメとのつながりが深いジャンルとされている。
とくに、パリ郊外に拠点を構えるYouTubeチャンネル'ChilledCow'が、"lofi hip hop radio - beats to relax/study to"に勉強中の女の子のアニメーションを使用してからは、ローファイサウンドと日本風のアニメの組み合わせがひとつの様式美として確立した。

Lo-Fi HipHopについてはこのbeipanaさんによる記事が詳しい。
 
この「勉強中の女の子」(当初はジブリの『耳をすませば』 のワンシーンが使われていたが、著作権の申し立てによってオリジナルのアニメに差し替えられた)は、国や文化によって様々なバージョンが二次創作されており、Anime Mirchiが作成したのはそのインド・バージョンというわけである。
(インド以外の各国バージョンはこの記事で紹介されている)

さらに面白いところでは、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」をヴェイパーウェイヴ、シンセウェイヴ的に再構築するという狂気としか思えないアイディアを実現したこんな音源もアップロードされている。

ヒンディー語版?のドラえもんのテーマ曲をリミックスした映像は超ドープ!


ここ数年話題となっているヴェイパーウェイヴというジャンルを簡単に説明すると、「80年代風の大量消費文化を、追憶と皮肉を込めて再編集したもの」ということになるだろう。
「シンセウェイヴ」は、同様のコンセプトでシンセサウンドとレトロフューチャー的なイメージが主体となったものだ。
これらの動画のサウンドを手掛けている'$OB!N'というアーティストは相当なアニメファンらしく、あの『こち亀』の主人公の両津勘吉をテーマにしたこんな曲を自身のSoundcloudで発表していたりもする。
$OB!N · Ryotsu
他にも、このAnime Mirchiには、アニメのなかのドラッグ的な効果を感じるシーンを集めた'Anime on Ganja'なんていう想像の斜め上すぎるシリーズの動画もアップされている。

こんなふうに書くと、サブカルチャーをこじらせたマニアックなYouTubeチャンネルのようなイメージを持つかもしれないが(まあ、それは間違いないんだけど)、このチャンネルが面白いのは、アニメだけではなく、ボリウッドやハリウッドなどの王道ポピュラーカルチャーにも目配りができていることである。
例えば、昨年日本でも公開された『ガリーボーイ』や『ロボット2.0』の予告編そっくりの動画を、アニメ映像をマッシュアップして作り上げるなんていう、これまたぶっとんだアイディアの動画もアップされているのだ。
オリジナルの予告編と合わせて紹介してみたい。

これは『DEVILMAN crybaby』の映像で作った、ボリウッドのヒップホップ映画『ガリーボーイ』予告編のパロディ。


こっちがオリジナル。


こちらは『ジョジョの奇妙な冒険』をマッシュアップして作ったスーパースター、ラジニカーント主演のタミル語映画『ロボット2.0』の予告編。


そしてこちらがオリジナル。

映像のシンクロ率は『ガリーボーイ』ほどではないが、こちらもかなりの完成度。もしかすると、『ガリーボーイ』『ロボット2.0』という映画のセレクトも、日本公開された作品を選んでくれているのかもしれない。

同様の発想で、アニメの映像を使って『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』の予告編を作ったり、「もしアニメがボリウッドで制作されたら」というシリーズを作ったりと、とにかく独特すぎる動画が盛り沢山。
さらに凝ったところだと、『バーフバリ 伝説誕生』の映像を編集して、アニメ映画の予告編風の動画を作っていたりもする。
 
カタカナ入りの字幕も全てこの動画のために作成されたものだ。
『バーフバリ』はコアなアニメ作品同様、コスプレまでする熱心なファンを持つ映画だが、こうして見てみると、かなりアニメ的なシーンや演出が多いということに気づかされる。
この映像は、『バーフバリ』の日本で大ヒットし、新しいファン層を開拓したことに対するトリビュートとして制作されたものだそう。

インドのインディーミュージックの紹介を趣旨としているこのブログとしては、最近のアーティストの作品に日本のアニメの映像を組み合わせた動画に注目したい。

これはSmg, Frntflw, Atteevの共作によるEDM"One Dance"に新海誠の『言の葉の庭』の映像を合わせたもの。


デリーのラッパーデュオSeedhe MautとKaran Kanchanの"Dum Pishaach"にはHELLSINGの映像が重ねられている。

この2曲に関しては、オリジナルのミュージックビデオも(ほぼ静止画だが)アニメーションで作られており、"One Dance"はSF風、"Dum Pishaach"はアメコミと日本のアニメとインドの神様が融合したような独特の世界観を表現している。


"Dum Pishaach"のビートメイカーKaran Kanchanは大のアニメ好き、日本カルチャー好きとしても有名なアーティストだ。


著作権的なことを考えると微妙な部分もあるが(というか、はっきり言ってアウトだが)、ここまで熱心に日本のカルチャーを愛してくれて、かつ私が愛するインドのインディーミュージックにも造詣が深いこのチャンネル運営者の情熱にはただただ圧倒される。
インドにおけるジャパニーズ・カルチャーと、日本におけるインディアン・カルチャー。
いずれもコアなファンを持つ2つのジャンルをつなぐ'Anime Mirchi'に、どうかみなさんも注目してほしい。


'Anime Mirchi' YouTubeチャンネル


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goshimasayama18 at 20:06|PermalinkComments(0)

2020年10月01日

インドNo.1ビートメイカーSez on the Beatの怒りと誇り (ビートメイカーで聴くインドのヒップホップ その1)



インドのヒップホップシーンのビートメイカーを紹介する記事を書くとしたら、誰が書いても最初にこの男を紹介することになるだろう。
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決して長くはないインドのヒップホップの歴史のなかで、大きな存在感を放っているSez on the Beatは、ビートメイカーという裏方的なイメージとは正反対の男だ。
彼はときに、ソーシャルメディアを通して、ラッパー以上に饒舌に自らの主張を発信している。

昨年、ボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がインドで盛り上がっていた頃、彼は怒りをあらわにしていた。

理由は、この映画の重要なシーンで使用されたインド・ヒップホップ史に燦然と輝く名曲"Mere Gully Mein"(原曲はDIVINEとNaezyによる)のクレジットに彼の名前が記載されていなかったということだ。

他の国では想像できないことだが、インドでは、長らく(そして今日に至るまで)ポピュラー・ミュージックと映画音楽はほぼ同義であり、そして映画音楽が紹介される場合、最も大きく表記されるのは曲名でも歌手名でもなく、映画のタイトルだった。
次に曲名や主演俳優の名前(彼らはほとんどの場合、曲に合わせて口パクをするだけなのだが)が続き、シンガーの名前はごく小さく表記されるのみで(劇中では表に出てこない彼らは「プレイバック・シンガー」と呼ばれる)、作曲家やプロデューサーの扱いはさらに小さい。
(ただし、A.R.ラフマーン・クラスのビッグネームになれば話は別)
そもそも、映画のための一要素として作られる映画音楽と、アーティストの作家性が重視されるヒップホップやインディーミュージックは全く構造が異なっているのだ。

結局、Sezの名前がクレジットに入れられることでこの騒動は一件落着となったのだが、映画賞を総ナメにした話題作の影で、ボリウッドが作品のテーマでもあるインディー文化に敬意を示さなかったことは、少しだけ心に引っかかっていた。
(念のため書いておくと、監督のゾーヤー・アクタルはもともとヒップホップの大ファンで、Naezyのパフォーマンスを見てこの映画を企画したというし、主演のランヴィール・シンもヒップホップへのリスペクトを公言している。言いたかったのは、この映画の製作陣への批判ではなく、ボリウッドの構造的な問題のことだ)

SezがインドNo.1ビートメイカーであることに疑いの余地は無いだろう。
彼は、インド産ストリートラップのオリジネイターであるDIVINEやNaezyの初期の作品で、独特のパーカッシブなビートを開発し、「ガリーラップ」の誕生に大きく貢献した。
それ以前にもインドにラップは存在していたが、インドに本物のヒップホップを普及させた最大の功労者をラッパー以外で挙げるとしたら、間違いなくSezの名が挙がるはずだ。
彼の功績を辿ってみよう。


まだSez on the Beatと名乗る前、Sajeel Kapoorは、PCでゲームをしたり音楽を聴いたりすることが好きな少年だった。
Sajeelは、15歳ときにVirtual DJというソフトと出会い、マッシュアップやリミックスを作り始めるようになる。

当時はTiesto, Skrillex, David GuettaといったEDMやトランス系のDJを好んでいたそうだ。
音楽で成功できなかったときのために、父の勧めでデリー大学に進み、コンピューター・サイエンスを修めたというから、優秀な学生でもあったのだろう。

もともとヒップホップは単調に思えて好きではなかったが、インドのヒップホップシーン黎明期の梁山泊とも言えるOrkut(ソーシャルメディア)上のコミュニティ'Insignia'との出会いにより、徐々にシーンに傾倒してゆく。
ちょうどSajeelがヒップホップに転向した頃、インド音楽とEDMを融合したNucleyaの音楽が注目を集るようになった。
当時、インドではヒップホップはまだまだアンダーグラウンドな存在である。
Indian Express紙のインタビューによると、彼はそのときに少しだけ後悔したと正直に話している。
EDMはヒップホップよりもビートメイカーに注目が集まるジャンルでもある。
彼の強烈な自尊心や名声へのこだわりは、こうした経験から生まれたものなのかもしれない。


彼はデリーのヒップホップシーンの中心だったコンノートプレイスのIndian Coffee Houseでたむろしながら、シーンの発展のために、そして自身の研鑽のために、ラッパーたちに無償でトラックを提供していた。
2010年頃のことだ。

大学卒業後、音楽マネジメント会社Only Much Louderで働きながら、アッサム州出身のビートメーカーとStunnahBeatzというユニットを組んで活動していたSezに、やがてチャンスが回ってくる。
ムンバイのラッパーDIVINEに提供した"Yeh Mera Bombay"が人気を集めたのだ。



続く"Mere Gully Mein"は、Sez自身はあまり気に入ったビートではなかったそうだが、DivineとNaezyがムンバイのストリートの空気感を濃厚に感じさせるラップを乗せると、刺激的な音楽を求める若者たちに大歓迎された。


Sezのビートは、Divineのワイルドなラップとも、Naezyの苛立ちを感じさせるフロウとも抜群の相性だった。
ヒンディー語で裏路地を意味する"Gully"という単語は、インドのヒップホップを象徴する言葉となり、ついには大スターを起用したボリウッド映画まで作られるほどになったのだ。(先述の『ガリーボーイ』のことだ)

だが、Sezはこの「ガリーラップ」の成功にとどまるつもりはなかった。
彼は一時代を築いたガリービートに早々に見切りをつけると、その後はメロウなチルホップ系のサウンドやトラップ的なビートを導入し、インドのヒップホップシーンの最先端を走り続けている。

とくに、デリーの先鋭的ヒップホップレーベルAzadi Recordsから2017年にリリースされたPrabh Deepのアルバム"Class-Sikh"は、ガリーラップ以降のインドのヒップホップを方向付ける作品として、非常に高い評価を受けている。


ターバンと髭という伝統的なシク教徒の装いにストリートファッションを合わせ、ムンバイとはまた異なるデリーのストリートの空気感を濃厚に漂わせたPrabh Deepのラップは、Sezのビートと化学反応を起こし、瞬く間にインドのヒップホップシーンの新しい顔となった。


Azadi Recordsは、イギリスで音楽ビジネスに関わっていたMo JoshiとジャーナリストのUday Kapurによって、当時設立されたばかりの新進レーベルだ。
インディペンデントな姿勢にこだわり、ときにラディカルな政治的主張もいとわないAzadi Recordsは、商業主義を排した本物のヒップホップレーベルとして時代の寵児となった。


このレーベルは、Sezの活躍の舞台としてもうってつけだった。
デリーの二人組、Seedhe Mautに提供したトラックでは、珍しくインド古典音楽っぽいリズムやサウンドを導入している。



彼がAzadi Recordsでプロデュースたのは、デリーのラッパーたちだけではない。
アルバム"Little Kid, Big Dreams"を共作したカシミール出身のAhmerは、Sezの緊張感のあるビートに乗せて、過酷すぎる故郷の生活をラップしている。

美しい自然と厳しい現実を綴ったリリックの対比が、痛切な印象を与えるミュージックビデオだ。

Azadi RecordsでSezが作り出した叙情性と不穏さが共存したビートは、ガリーラップ以降のインドのヒップホップシーンのトレンドを方向付けたと言っても過言ではないだろう。

時計の針を少し戻すと、ガリービート以降、こうしたサウンドに至る前のSezが作っていた、メロウでチルなサウンドも素晴らしかった。
バンガロールのSmokey the GhostとAzadi所属前のPrabh Deepが共演した"Only my Name"はLo-Fi/Jazzy Beat的なサウンドが印象的。


ムンバイのラッパーEnkoreに提供した"Fourever"も美しさが際立っている。



最近のSezはまたビートの幅を広げてきており、昨年10月にバンガロールのフィーメイル・ラッパーSiriがリリースした曲には、また違ったタイプのビートを提供している。

英語でない部分の言語はカルナータカ州の公用語であるカンナダ語。


ここまで彼のトラックを聴いてお気づきの通り、ある時期以降、Sezが手掛けたビートの冒頭には、必ず'Sez on the Beat, boy.'というサウンドロゴが入っている。
これは彼の強烈なプライドと自信を表しているものと見て間違いないだろう。


時は流れて2019年12月、Sezは再び、怒っていた。
彼がFacebookに投稿した長い文章(https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080)を要約してみよう。

「ずっと言いたかったことを言わせてくれ。ヒップホップについて書いている音楽ジャーナリストたち。お前らがプロデューサーにはほとんど言及しないのはどういうことだ?
俺たちだって、ラッパーと同じくらい一生懸命音楽に取り組んでいる。
ラッパーは確かに表紙を飾る存在かもしれないが、同じように音楽を作っているアーティストが、ラップをしないから、ストーリーを語らないからといって十分に注目されないってのは悲しいことだ。
"Class-Sikh", "Bayaan"(Seedhe Mautのアルバム), "Little Kid, Big Dreams"と、俺はAzadi Recordsで3つのビッグプロジェクトに関わってきた。いずれもシングルじゃなくてアルバムだ。
ビートを作り、録音して、プロジェクトを監督してきた。
唯一俺がしなかったのは、ラップしたり、ストーリーを語ったりすることだけだ。
ジャーナリストもレーベルも、プロデューサーが注目されないのは自分たちのせいじゃないと言うだろう。
こんな状況はおかしいと何度もレーベル内で話して、怒りを表してきたが、何も変わらなかった。
俺に対してこんな扱いだったら、もっと無名なプロデューサーは名前すら出してもらえないだろう。
俺はアーティストにも文句を言いたい。ファミリーだのブラザーだのいいながら、お前らはインタビューで仲間のことにはほとんど触れない。
リスナーたちにも少し苦言を呈させてもらう。俺が作ったトラックを聴いているリスナーのうち、アーティストと同様にプロデューサーも気にしてくれているのは半分以下だ。
俺はこんな状況は早く変わって欲しいし、もっと早く指摘するべきだった。
ヒップホップはコミュニティだ。
ラッパーだけのものでも、レーベルだけのものでもない。

P.S. 俺はもうAzadi Recordsの一員ではない。新しいチームを作ったんだ。」



なんと彼は、蜜月と思われていたAzadiとの関係に終止符を打ち、出てゆくことを宣言したのだ。
彼の怒りの源は、『ガリーボーイ』のときと同様に、サウンド面でヒップホップシーンに大きく貢献しながらも軽視されている状況に対してのものだった。
傍目には十分な評価と注目を得られているように見えていたが、シーンのど真ん中にいる彼には、また別の感じ方があったのかもしれない。

Azadi Recordsを離れたSezは、MVMNTという新しいレーベルを立ち上げ、引き続き精力的なリリースを続けている。
8月には多くのラッパーをゲストに迎え、EP"New Kids on the Block vol.1"をドロップした。
このThara MovesはLuckというラッパーとの共演。


この"Kahaani"では、EDM系プロデューサーのZaedenをシンガーとして迎えるという珍しいコラボレーションに取り組んでいる。

ラッパーはEnkore, Yungsta, Little Happu, Shayan.

ムンバイのEnkoreとSiege, デリー近郊のRebel7, Yungsta, Smokeをラッパーに迎えた"Goonj"のリリックでは、Azadi Recordsとの間に金銭トラブルもあったことを示唆しているようだ。



これに対してAzadi Records側は、ムンバイのTienasがリリースした"Fubu"で、'I made it without SezBeat, bitch'とラップし、決別を宣言した。


インドのヒップホップシーンを代表するレーベルとビートメイカーの、なんとも後味の悪い結末だが、Sezは自身のレーベルでクールなビートを作り続けており、またAzadi Recordsも新しいプロデューサーの起用で勢いづいているので(Prabh Deepはセルフプロデュースによる良作をリリースしている)、結果的にはこれで良かったのかもしれない。

いずれにしても、Sezがこれまでインドのヒップホップシーンに残してきた功績は疑う余地のないものだし、今後どんな進化を遂げるのか、非常に楽しみな存在でもある。
Sezの告発に影響を受けたわけではないが、インドには優れたラッパーだけでなく、注目に値するビートメイカーも大勢いるので、今後も折りを見てビートメイカー特集を続けてゆきたい。


参考サイト:
https://www.facebook.com/sezonthebeat/posts/2534967219919080

https://scroll.in/magazine/912400/the-release-of-gully-boy-is-a-bittersweet-moment-for-a-stalwart-of-indias-hip-hop-movement

https://loudest.in/2019/08/05/interview-sez-hip-hop/

http://www.thewildcity.com/news/16976-sez-on-the-beat-releases-first-single-goonj-after-parting-ways-with-azadi-records

https://ahummingheart.com/features/interviews/sez-on-the-beat-and-faizan-khan-building-community-with-the-mvmnt

https://indianexpress.com/article/express-sunday-eye/hip-hop-producer-west-delhi-ended-up-amplifying-the-voice-of-a-whole-new-generation-5388380/




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goshimasayama18 at 22:02|PermalinkComments(0)

2019年02月15日

日本とインドのアーティストによる驚愕のコラボレーション "Mystic Jounetsu"って何だ?

このブログではこれまでも日本のカルチャーの影響をうけたインドの音楽を紹介してきたが、ここに来てその究極とも言える楽曲がリリースされた。

ムンバイを拠点に活動するラッパーIbexが、現地でインドの伝統舞踊カタックのダンサーとして活躍するHiroko Sarah(この曲ではコーラスを担当)とコラボレーションし、ビートメーカーのKushmirがトラックを作った曲の名前は"Mystic Jounetsu(ミスティック情熱)"!!

以前からこのプロジェクトについて、日印の文化が融合したものになると聞いてはいたのだが、まさかこう来るとは!
様々な言語のラッパーが活躍するインドで、ここまで本格的に日本語でラップしたのはIbexが初めてではないだろうか。
アゲアゲなトラックが多いインドのヒップホップシーンのなかで、この曲ではKushmirのチルホップ寄りのトラックにHirokoが歌うどことなく和風なメロディーがきれいにはまっている。

リリックはこちら(https://genius.com/Ibex-mystic-jounetsu-lyrics-lyrics)からご覧いただけるが、なんといきなり故Nujabes(チルホップの創始者とされる日本のアーティスト)への追悼から始まる。
お聴きの通り日本語の単語がほとんど全てのラインに入っていて、Ibexの日本のカルチャーへの愛着が感じられるものになっているので、聴くだけではなく、ぜひ読んでみてほしい。

さっそくIbex, Hiroko, Kushmirの3人にインタビューを申し込み、この曲が生み出された背景やインドのヒップホップシーン、そしてインドにおける日本文化についてたっぷり語ってもらった。
今回はその様子をお届けします。
読み応えあり!



凡平「このプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。そもそも誰の発案だったのでしょうか?」

Ibex「俺は基本的にはラッパーだけど、ミキサーもやっているんだ。
あるときクライアントの一人がチルホップのビートにあわせてレコーディングしていて、それがきっかけでチルホップというジャンルに興味を持った。
そこから掘り下げて聞いているうちに、チルホップのパイオニアの今は亡きNujabesサンを見つけたんだ。
俺は大のアニメファンでもあって『サムライ・チャンプルー』を見ていたんだけど、あとになってこのアニメの曲は全部Nujabesサンがやっていたって気がついたよ。
ラッパーにとってチルホップのビートに合わせて曲を作るのは本当にクールなこと。
このジャンルは日本で生まれたわけだし、日本の要素を入れることでこの曲をさらなるレベルに高められると思ったんだ」

チルホップ(Chill-hop)やローファイ・ヒップホップ(Lo-Fi Hiphop/Lo-Fi Beats)と呼ばれるジャンルはここ数年世界的なブームになっていて、興味深いことに世界中のこのジャンルのトラックメイカーたちが、ヴィジュアルイメージに日本のアニメを取り入れている。
(例えばこんな感じ。このジャンルについてはこの記事に詳しい。beipana: Lo-Fi Hip Hopはどうやって拡大したか

もともと典型的なバッドボーイ文化だったヒップホップと、オタク・カルチャーであるアニメがこんなふうに結びつくというのは非常に面白い現象だ。
Beipanaの記事にも、アニメ『サムライ・チャンプルー』がこの2つを結びつけたきっかけのひとつだと書かれているが、このIbexの回答はそれを裏付けるものだ。


凡平「3人はどうやって出会ったんですか?HirokoとIbexが最初に知り合って、そのあとにこのトラックを作るためにKushmirを見つけた、と聞きましたが…」

Hiroko「Ibexは昔からドラゴンボールやジブリのアニメとか、ゲーム、寿司や日本食、日本文化が大好きで、私が日本人だからということと、二人ともムンバイをベースにアーティスト活動と会社勤めをしているという状況が似ていたので、意気投合して、そのうち何かコラボで作品が作れたら良いねーと話していたんです。
そんななかで、Ibexが日本語ラップの作品を作りたいとアイディアを出して、私がそれに賛同してこのプロジェクトが始動しました。
私はIbexに日本語を教えたり、作詞を手伝ったり、そしてコーラスもすることになったんです」
 
Ibex「こういうジャンルはインドでは全く新しいものだったから、プロデュースしてくれるアーティストを探していたんだ。日本人のアーティストも探したよ。
そのときにKushmirのアルバムを聴いたんだ。それはアンビエントだったんだけど、まさに15分間の至福だった。
アンビエントとチルホップは近いジャンルだし、彼こそが俺たちの曲をプロデュースするのに最適だと感じた。そしたら彼もこのアイデアを気に入って、すぐにこのプロジェクトに入ってくれたんだ」

Hiroko「実は、『ミスティック情熱』は三年越しのプロジェクトなんですよ。
最初にIbexと私で日本語で歌詞を作って、Nujabesのビートにラップとコーラスを乗せたデモテープを作り、それをベースにしてビートメイカーを探しました。
インドではchillhopはメジャーではないので、ビートメイカーは海外か日本で探していたんですが、なかなか決まらなくて。そんな時にIbexのひらめきでKushmirに打診したら、快諾してくれて、ようやくビート制作が始動しました。
ビートが完成して、私が日本に一時帰国中に歌のレコーディングと日本のシーンの撮影を行ったんです。
そしてラップと歌を乗せてミックス・マスタリングした曲が完成し、ムンバイでのMV撮影を計画したんですが、DOPの人が忙しかったり、ムンバイの長いモンスーンシーズン(雨期)に入って撮影ができなかったりで、延び延びになってしまって。その後数ヶ月して、ようやく撮影が完了し、映像編集へ入れました。
しかし、またまた依頼していたエディターが忙しくて進まず、結局Ibex自身が映像編集をすることに決めたんです。
会社の仕事や次の音楽プロジェクトと並行しての映像編集はかなり大変だったと思いますが、Ibexは諦めず、頑張ってベストな作品を作ってくれました。
映像編集をするときには、元ウェブデザイナー、グラフィックデザイナーでもある私がカラーコレクションのアドバイスをしました」


ここで少し補足すると、映画音楽や伝統音楽以外の音楽シーンがまだまだ発展途上のインドでは、音楽だけで生計を立てているミュージシャンというのは本当に少ない。
ほとんどのミュージシャンが、昼は別の仕事をしながら、限られた時間を音楽制作に充てているという現実がある。
インドでは映画音楽などの商業音楽でない限り、「音楽で食べてゆく」というのは極めて難しい。
難しいというよりも、「インディーミュージシャンからプロになる」という道筋が、いまだにきちんと整備されていないのが現状なのだ。
日本に例えると、バンドブーム以前の状況を思い出してもらえれば少し近いかもしれない。
ストリートラッパーのDivineやNaezyの半生をモデルに"Gully Boy"という映画がとても話題になっているが、これは逆説的に音楽で成り上がることが本当に珍しいということの証でもある。
音楽制作が必ずしも成功というゴールに繋がっていない中で、これだけの時間と労力をかけて音楽を作ってゆくインドのミュージシャンたちの情熱には感服するしかない。

楽曲だけでなくミュージックビデオにおいても、イメージの決定、撮影場所の選定、画面の構図、衣装、編集など全てをHirokoとIbexが行ったという。

Hiroko「そんなこだわりに対して、協力してくださった皆様には本当に感謝しています。
また、日本の伝統文化を紹介するために、インド ムンバイにある日本山妙法寺の森田上人、ムンバイ剣道部の皆様にもご協力いただきました。
お陰様でとてもクールな映像を撮ることができたと思います。
今回のMVには神社やお寺のシーンも出てきますが、どの場所でもまず最初にきちんとお参りしてから、撮影をしたんです。私の神仏への礼儀、こだわりですね(笑)」

日本で撮ったように見えるIbexのシーンが全てインドで撮られていると聞いてびっくり。
ちなみにビデオの最初にABBAのレコードが出てくるが、ABBAがサンプリングされているわけではなく、この曲のためにシーケンスを組んだビートが使われている。

凡平「IbexとKushmirに聞きたいのですが、いつ、どんなふうにヒップホップと出会ったんですか?影響を受けたアーティストや、どうやってパフォーマーになったかを教えてください」

Ibex「学校に通っていた1998年頃に、Eminemで最初にヒップホップに触れたんだ。自分にとって最初に覚えたラップの曲はLinkin Parkの"The End"だよ。
最初に聴いたのはEminemだけど、影響を受けたのはSean PaulとかDamian Marleyだな。俺の曲はジャンル的にはダンスホールだから。
たくさんのローカル・ギグをクラブでやるようになって、そのまま止まらずにここまで来たって感じだよ。俺たちは情熱があるから、続けられているんだ」

ダンスホールスタイルのIbexの曲。こっちが本業ということらしい。


Kushmir「俺の場合はMTVでいろんなヒップホップのビデオを見ていたんだ。大学時代に友達がTupac Shakurのアルバムをくれて、それからだんだんこのジャンルにのめり込んでいった。
影響を受けたのはNotrious BIGとKanye Westだな。
Kanye WestがMPC(リズムマシン)でパフォーマンスしているのを見て、すごく影響を受けた。次の日には自分で買って来て、自分で音楽を作り始めたってわけ」


凡平「Ibexが日本語でラップしているのを聴いて驚きました。日本語のリリックはどうやって作ったんですか?」

Ibex「このことについては、リリックの名義は全部Hirokoサンにしないといけないな。翻訳サイトを使おうと思って検索もしてみたんだけど、彼女の手助けがなかったらちょうどいい言葉やセンテンスを見つけられなかったよ。
彼女のおかげで日本語のリリックがずいぶんスムースに進んだんだ。Hirokoサンにアリガトウ、だよ」

Hiroko「日本語ラップ部分は、Ibexが英語で歌詞を書いてそれを私が日本語に訳したり、Ibexから指定された言葉と韻をふめる日本語の単語を私が調べて送ったりして作りました。
私の歌パートの歌詞も、Ibexが英語でイメージした文章を作って、それを私が日本語に訳しながら、こう変えたらどう?とアドバイスして変えていき、今回の歌詞になりました。
あと、レコーディング前にIbexに日本語の発音の特訓をしたんです。かなりスパルタに(笑)
スパルタレッスンの甲斐あって、Ibexの日本語ラップはかなりスムースなflowに仕上がったと思います。
Ibexはもともと英語・ヒンディーでのラップは上手くてスムースなフロウなのですが、日本語ラップは初めてだったので、レコーディング前にたくさん練習したと思います。
私の声で日本語ラップ部分をモバイルで録音して、そのデータを発音の参考としてIbexに送ったり。
私はラップはできないんですけどね(笑)」


凡平「リリックは日本語と英語のミックスということで、一般的なインド人や英語圏のリスナーには意味が伝わりにくいと思うのですが、そこは雰囲気や響きを重視したということですか?
インドだと、いろんな言語のラップや音楽があるので、言葉の一部がわからなくても雰囲気や響きで楽しめる、みたいなこともあるのかなあ、と思ったのですが」

Ibex「うん。俺は最初は日本だけをターゲットにしようとしたんだけど、この曲が英語と日本語のミックスになったことで、世界中にいる多くのチルホップのリスナーにより届けやすくなったと気づいたんだ。
インドのリスナーに関してはラウドでアップビートなボリウッドの曲のようには楽しんでくれないかも、とも思っていた。
でもリリースしてみたら、インド人の友達やファンもみんなこの曲をとても気に入ってくれて驚いたよ。
大勢の人からリリックの訳について聴かれたけど、Youtubeの英語翻訳つきの字幕とかで解決する問題さ。
リスナーがリリックの意味を理解できなくても、雰囲気やサウンドを重視して聴いたりするだろ?
理想を言えば、俺はみんなに最初は楽曲と映像を楽しんでもらって、次に歌詞に注目してほしい。Youtubeを字幕付きで見るとかしてね。
genius.comで歌詞を読むこともできるよ。
テレビやパーティーやYoutubeで海外の曲を楽しむことも多いと思うけど、例えば有名なスペイン語の曲の"Taki Taki"は、意味はわからなくても世界中のたくさんの国でヒットして楽しまれているだろ。
インドにはいろんな言語の音楽やラップがある。だから部分的に言葉がわからなくても、雰囲気やサウンドを楽しむことができると思うんだ。
インドは多様性があって、全ての州にそれぞれのスタイルの伝統音楽や文化がある。
インドはこんなふうに多様性に富んだ国だから、あらゆる形式の音楽や文化を受け入れて楽しむことができるんだ。たとえそれが海外のものでもね。
日本は俺を含めて多くのインド人にとって憧れの場所だよ。音楽もとても進んでいるし。
サウンド、音楽性、ビジュアルの要素がうまくいっていれば、言葉がわからなくても曲は楽しめると思うんだ」

Hiroko「私達日本人がヒンディー語映画の歌を意味がわからなくても楽しめるように、海外のリスナーも日本語の意味がわからなくても、音楽や雰囲気が良ければ楽しんでもらえるのではないかと考えました。
ただ、インドでは英語ラップよりヒンディー語ラップがより好まれる傾向にありますね。
IbexもDIVINEと同様クリスチャンで、母語は英語ですが、ヒンディー語でのラップ作品も制作しています」
  
Ibexの「インドのリスナーに関してはラウドでアップビートなボリウッドの曲のようには楽しんでくれないかも」という心配は、インドの音楽シーンでは派手なボリウッド映画のミュージカルナンバーが主流で、こうしたサウンドのヒップホップはまだまだアンダーグラウンドなものだということを意味している。
今度はインドのヒップホップシーンの現状について聞いてみた。


凡平「インドのヒップホップはどんどん成長して来ているようだけど、それについてどう思います?」

Ibex「その通りだね。2008年ごろからヒップホップシーンにいるけど、その頃は全然シーンは大きくなかった。アンダーグラウンドラップは、みんなが集まるパーティーで聴いて楽しむような音楽だとは思われていないんだけど、商業的な映画のGully Boyが公開されて、今まさにそれが変わろうとしているところなんだ。
インドのアンダーグラウンドなヒップホップやラップも、レストランやクラブや結婚パーティーでプレイされるようになってきた。
インド中に広く知れ渡って、受け入れられて来ているところだよ」

Kushmir「今はインドのアンダーグラウンド・ヒップホップシーンの黄金時代だね。アンダーグラウンドのヒップホップアーティストにとって、才能を見せつけるいい機会だよ」


ここでいう「アンダーグラウンド・ラップ」は、ボリウッド的なラップミュージック(例えばYo Yo Honey Singhとか)に対比して言われているものだ。
日本でいうと、DA PUMPのような音楽と、漢とかKOHHがやっているヒップホップの違いを想像してみると近いかもしれない。


凡平「インドのレゲエ・シーンはどうですか?Ibexはダンスホールに合わせてラップしたりもしていますよね。Reggae RajahsとかSka Vengers以外でオススメのアーティストがいたら教えてください」

Ibex「Reggae RajahsとSka Vengersはインドじゅうにレゲエやダンスホールを行き渡らせたパイオニアだね。
Reggae RajahsのメンバーのGeneral Zoozがムンバイでダンスホールを流行らせた中心人物だよ。
DJ Bob Omuloもレゲエでラップしたり歌ったりしている。彼はヒップホップアーティストとしてのほうが有名ではあるけど。
レゲエ/ダンスホールならDJ Major Cがトップ・セレクタ(註:レゲエにおけるDJ)だね。
King Jassimも注目すべきレゲエアーティストだ。
Apache Indianは今や国際的なスターだけど、運が良ければムンバイのClub Raastaで彼のライブが見られるよ」


凡平「『Mystic Jounetsu』はチルホップということですが、インドでも最近Smokey The GhostとかTienasとかTre EssとかEnkoreみたいに、チルホップ/ローファイ・ヒップホップっぽいトラックを作るアーティストが増えて来ているように感じます。インドのヒップホップシーンのトレンドはどんな感じですか?」

Ibex「うん。今名前を挙げたようなアーティストは俺たちがいるアンダーグラウンド・ヒップホップシーンに属している。チルホップやローファイは、次にインドじゅうで流行するものになるかもしれないね。(註:今はまだ流行っていないということだろう)
俺たちインドのアンダーグラウンド・シーンは、もともと英語でラップを始めたんだけど、今の流行はヒンディー・ラップだ。ヒンディーはインドじゅうで話されている主要言語だから、そのほうがより理解してもらえて、受け入れてもらえるんだ。
英語や他の言語のラップがインドで流行するにはまだ時間がかかるかもしれないけど、英語や他の外国語のラップや音楽がインドじゅうで受け入れられる日が来ると思うよ。俺たちは好きなこと、情熱を注げることをやり続けるよ」

Kushmir「チルホップやローファイはまだまだニッチなリスナーのものだな。でも世界中で少しずつ成長して来ているよ」

ちなみに二人にインドでおすすめのラッパーを聞いたところ、Emiway, Seedhe Maut, Enkoreの名前が挙がった。


凡平「ここで少し話題を変えて、IbexやKushmirも日本の文化(アニメやゲーム)が好きだと聞きました。
インドにも日本の文化の影響を受けているミュージシャンはいるようですが(エレクトロニカのKomorebiや、ロックバンドのKrakenなど)、日本文化ってインドでも存在感、あるんでしょうか?」

Ibex「ああ。日本に関するものをずっと楽しんできたよ。とくにビデオゲームを小さい頃から日本のものだとは気づかずにずっと楽しんできたんだ。
例えばカプコンの『ストリートファイター』とか、Neo Geoの『キング・オブ・ファイターズ』とか、ニンテンドーのファミコンの8-bitゲームとか。
日本のカルチャーに影響を受けているうちに、アニメや映画の音楽も楽しむようになったんだ。
まだまだニッチではあるけど、もし日本文化が好きなら、インドでも見つけたり体験したりできるようになってきたよ。
ありがたいことに、ムンバイでは日本にいるみたいな気分になれる場所がたくさんある。レストランとか、クールジャパンフェスティバルとか、コスプレ、アニメや映画、カフェ、日本映画のフェスティバルとかね」

Kushmir「俺もビデオゲームやアニメを見て育ってきたから、それらは俺の人生の大きな部分を占めているよ。とくに『鋼の錬金術師』だな。見てると涙が出てくるよ。あとは『デスノート』。ビデオゲームだと『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』と『ストリート・ファイター』だな。日本文化に影響を受けているインド人ミュージシャンは多いよ。
ドラゴンボールのフィギュアのコレクションも持ってる」

『Mystic Jounetsu』のミュージックビデオ(3:09頃)にも出てきたスーパーサイヤ人の悟空のフィギュアもKushmirのものだそうで、ビデオの中の折り鶴はIbexとHirokoが折ったものだとのこと。

Hiroko「日本人目線で見ても、インドの人達は日本人に対してとても友好的で、特にムンバイは私にとって居心地が良い場所です。
日本の文化や日本のテクノロジーはインドでも評価が高くて、日本人は親切で礼儀正しいというイメージが浸透していますね。
ムンバイとデリーで不定期に開催される『クールジャパンフェスティバル』では、たくさんのインド人アニメファンやコスプレイヤーが集まって盛り上がっています」

おお、これはナガランドのコスプレファンたちが行きたがっていたイベントのことだ。
離れてはいても同じアジアという親近感があるのだろうか。たとえまだニッチな存在だとしても、アメリカやイギリスと比べて、日本文化に影響を受けたアーティストの割合は確実に多いような印象を受ける。 

Hirokoがデザインしたジャケットは、サムライチャンプルーの決めポーズから取ったもの。
mysticjounetsu
彼女が触媒になって、ヒップホップ、アニメ、日本文化がチルホップという象徴的な形でインドで結晶したというわけだ。
だが彼らの間での日印の文化的影響は、一方向だけのものではない。
IbexとKushmirが日本文化に影響を受けているのと同様に、Hirokoもまた豊かなインド文化から、大きな影響を受けている。

凡平「Hirokoさんはもともとダンサーですが、この曲ではすごくきれいなコーラスを聴かせてくれていますね」

Hiroko「
ありがとうございます。
シンガーとしてオフィシャルな作品に参加したのは今回が初めてなんですが、実は5才から10年間ピアノと声楽を学んでいたんです。
子供の頃から歌や踊りや演技が大好きで、ずっと何らかのステージに立ってました。
子供〜学生時代はチアガールをやったり、ピアノと声楽以外にも演劇で舞台に立ったり、合唱部に所属してコンクールに出場したり。
大人になってからは、毎週末クラブ通いをして音楽と踊りを楽しんでました。
日本でベリーダンスを習ったのちにインドでボリウッドダンス、ラジャスターニダンスや古典舞踊のカタックを学び、ステージで踊っています。
今はインドで古典舞踊カタックをメインに踊っていて、時には『ラーマーヤナ』のダンスドラマ内でヒンディー語の台詞で演技をしたり、時々インドのTV CMに演技や踊りで出演したりしています」

なんだかもうすごいバイタリティーだ。
Hirokoさんのこれまでの人生とダンス遍歴は、日経WOMANのこの記事に詳しい。(日経WOMAN「趣味だったインドのダンス 40歳で現地のCM出演へ」) 
クラブ通い時代は
筋金入りのクラバーで、有名DJの友人も多いと伺った。
舞台に立つのが大好きな女の子が大人になってクラバーになり、やがてインドで古典舞踊のダンサーになって現地のラッパーと曲をリリースするようになるって、なんて面白い人生なんだろう。


凡平「古典舞踊とは別にインドのクラブでパフォーマンスをされたりしているようですが、ムンバイのクラブでオススメのところがあったら教えてください」 

Hiroko「Raasta Bombayがオススメですね。
ムンバイには色々なナイトクラブやバーがありますが、ボリウッドやトランスのDJイベントが多いなか、Raastaはボリウッド音楽禁止(笑)で、純粋にクラブミュージックを楽しみたい人が集まる場所です。
レゲエやヒップホップの定例イベントや、Apache Indianのようなスペシャルゲスト出演のイベントなどが開催されています」

Raasta BombayでのHiroko&Ibexの共演したときの映像を教えてもらった。
 

Ibex「ああ。クラブでもやっているよ。もしレゲエやダンスホールが好きなら、ムンバイならRaastaを強くすすめるよ。ヒップホップなら、たくさんあるけど、Hard Rock CafeかBlue Frog, I-Bar, Social Offline, 3-Wise Monkeysかな」

Kushmir「俺はヒップホップとかエレクトロニックミュージックが好きなんだけど、今じゃムンバイにはいろんなタイプのジャンルを楽しめる場所がたくさんあるよ。でも俺が好きなのはThe Denだな。水曜にプレイされるエレクトロニック・ミュージックが素晴らしいよ」


凡平「このメンバーで、ライブをしたり新作を作ったりする予定はありますか?」

Ibex「ああ、この曲をライブでもやってみたいと思ってる。ショーが決まったら連絡するよ。このミスティック情熱チームでもっとたくさんのコラボレーションもしてみたいね」

Hiroko「次はIbexとラップとタブラとカタックダンスのコラボレーションを考えているんです。それか、IbexのラップとKushmirのビートと私のコーラスに、三味線みたいな日本の楽器を入れてみるとか。
ライブについては、実は、MVを観てくださった日本のイベント・音楽関係の方からインドで開催されるクールジャパン的なイベントやDJイベントでのパフォーマンスオファーをいただいたんですよ。とても有り難いお話です。
そのうち日本でも、Ibex feat. Hirokoでパフォーマンスができたら良いなぁと思います。
日本のオーガナイザーさん、是非呼んでください!笑


曲名同様に、音楽やパフォーマンスにかける情熱と、日本文化への愛情が強く印象に残ったインタビューだった。
以前Tre Essを取り上げた時にも思ったことだが、こういう突然変異的な面白いサウンドが出てくることにインドのアンダーグラウンドシーンの自由さや懐の深さをしみじみと感じた。
発展途上のシーンだからこその情熱と自由さがあるように思えるのだ。

日本とインドの音楽をシーンをつなぐきっかけにもなりそうなこの一曲。
Gully Boyの公開という追い風もある中で、この異彩を放つ楽曲がインドでどう受け入れられるかもとっても気になる。
日本でのパフォーマンスもぜひとも実現してほしい。
インドのアンダーグラウンドな音楽が、少しずつ、我々の身近な存在になってきているのを感じる。
さらなるコラボレーションも期待して待ちたい。

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goshimasayama18 at 21:28|PermalinkComments(0)