KaranAujla

2024年10月14日

オラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その2)



(その1)はこちら


前回の記事で、故郷の民謡「バングラー」や地元の主要産業である農業をヒップホップ的なクールネスと接続して表現するパンジャーブのラッパーたちについて書いた。
ローカル色丸出しのフロウで地元を誇る彼らを、日本語ラップ史のオーパーツ「俺ら東京さ行ぐだ」を引き合いに出して「スーパー吉幾三」と呼んでみたのだが、調子に乗って今回はその続編を書く。


「俺ら東京さ行ぐだ」以降、吉幾三はラッパーとしてのキャリアを追求することなく、演歌歌手としての道を歩んだ。(一応「TSUGARU」という例外もある)
以降、ここ日本で演歌シーンとヒップホップシーンが交わる機会はなかった。
日本では、パンジャーブのようなミラクルは起きなかったのである。

ところで、演歌とヒップホップ、そしてこの記事で扱うパンジャービー音楽は、言うまでもなくまったく全く別々のルーツを持つ音楽だ。
この無関係に思える3つのジャンルを結ぶことができるミッシングリンクがあるとしたら、それは「ギャングスタ文化」だろう。
ヒップホップとギャングスタの関係については今さら言うまでもなく、ドラッグディールやピンプ(売春斡旋)は、ラップのリリックのテーマとして、ときに肯定的に扱われてきた。
これは単なる道徳観念の欠如ではなく、貧困や差別といった過酷な環境から生まれたリアルな表現でもあった。
…といった話は、誰かがどこかで詳しく書いているだろうから、ここでは割愛する。

日本の演歌においても、ヤクザものであること、アウトローであることは、長く歌詞のテーマのひとつとされてきた。
演歌とギャングのリアルな関係については怖くてあまり書きたくないが、「演歌 反社」とか「演歌 ヤクザ」で各自検索してもらえれば、誰でも分かるはずだ。

演歌とヒップホップは、公的な社会から排除された人々の声を、マッチョ的な美学をまとった「かっこよさ」として表現するという部分では、共通していると言えるのだ。

そして、この記事のテーマであるパンジャービー音楽も、ギャングとの関わりが強いジャンルなのである。


Karan Aujla, Deep Jandu "Gun Shot"



前回、パンジャーブの田舎町からカナダに渡りスターダムを上り詰めた国際的アーティストとしてAP DhillonとKaran Aujlaを紹介したが、じつはこの二人には、こうした「成り上がり」以外にも共通点がある。
それは、二人ともギャングに自宅を銃撃されたことがあるということだ。

パンジャービー・ラップの世界では、2022年にシーンを代表する人気ラッパーだったSidhu Moose Walaがギャング団に射殺されてしまうという悲劇が発生している。
まるで90年台USのヒップホップ東西抗争のような事件が起きたにも関わらず、パンジャービー・ラップの世界では、その後も銃による暴力は終わらなかった。


Sidhu Moose Wala ft. BYG BYRD "So High"



Karan Aujlaはインタビューで何度も自宅を銃撃され引っ越しを余儀なくされたと答えており、2019年にはラッパー仲間のDeep Janduと一緒にいるところを襲撃され、身代金を要求されるという事件も起きたと言われている(この事件に関しては、本人は単なる噂だと否定)。
A.P.Dhillonもまた、今年に入ってバンクーバーの自宅を銃撃され、車両を放火されたと報じられている。

インドの他の文化圏、例えばムンバイやタミルのヒップホップシーンでは、銃撃やリアルな暴力のニュースはほとんど聞かないが、どういうわけか、パンジャーブのヒップホップシーンでは、異常なまでに銃撃やギャングの影がちらつく。
そもそもパンジャービー・ラップは、インドのヒップホップのなかでも、とくにギャングスタ的なスタイルを好む傾向が強い。

その理由を考えると、そこには彼らが辿ってきた歴史や、文化的な特性が影響しているのかもしれない。

パンジャーブ州の人口の大半を占めるシク教(ターバン姿で知られる)では、男性は戦士であるというアイデンティティを持ち、強さを礼賛する文化があるとされる。
またパンジャービーたちは、インドでは一般的にパーティー好き、派手好きというイメージがあるようで、彼らの文化には、最初からヒップホップ的な要素が強かったと言うこともできる。

今書いたのは、非常にステレオタイプ的な語りなので、話半分で読んでほしい。
また、誤解のないように言っておくが、パンジャービーたちやシク教徒が暴力的な人々だと言いたいわけではない。
彼らのほとんどが善良であることは、何度でも強調しておきたい。
日本を含めてあらゆる社会がそうであるように、パンジャーブの社会の中にも闇の部分があるというだけのことだ。
このことに留意してもらったうえで、彼らの文化とギャングスタ系ヒップホップとの親和性の話を続ける。

北米に移住したパンジャービーの若者たちのなかに、マイノリティとしての過酷な環境ゆえか、現地のギャングやドラッグ・カルチャーと関わりを持つようになった者たちがいた。
そうして生まれたパンジャービー・ギャング団は、シク教徒の独立国家建設を目指すカリスタン運動の過激派とつながり、インド本国にも力を及ぼすようになったそうだ。
カナダでの悪事で稼いだ金で故郷の村で羽振りよく振る舞うギャングたちは、一部の若者たちの目には、憧れの対象として映るのだろう。

ともかく、事実として、パンジャーブのギャング団はインドの芸能界にも大きな力を持つようになった。
SidhuやKaran AujlaやAP Dhillonと同様に高い人気を誇るバングラー・ラッパーDiljit Dosanjhも、過去に脅迫を受け、転居を余儀なくされたと語っている。
今名前を挙げたラッパーのうち、APやDhiljitは、とくにギャングスタ的な売り方をいているアーティストではないが、パンジャービーの荒くれ者たちにとってはお構いなしのようだ。
バングラー・ラップの世界、いくらなんでもちょっと危な過ぎやしないか。






パンジャービー・ギャングたちのなかでとくに悪名が高いのが、現在デリーのティハール刑務所に服役中だというローレンス・ビシュノイだ。
刑務所の中からSidhu Moose Wala射殺を指示したとされるビシュノイは、今年4月に発生した人気俳優サルマーン・カーン邸の銃撃事件にも関わっていると言われており、報道によるとAP Dhillon邸への襲撃も彼の一味の手によるものだという。
いったいどうやって刑務所からそんなことができるのかよく分からないが、大物ギャングともなると、塀の中から手先を動かすなどたやすいことなのかもしれない。

サルマーン・カーン邸襲撃の理由がまたすごい。
飲酒運転で死亡事故を起こすなどボリウッド俳優のなかでも荒っぽいイメージの多いサルマーン(慈善事業を主宰するなど情に厚いところもある)は、かつて映画の撮影中にブラックバックと呼ばれる鹿(レイヨウ)を密猟したことがあったという。
ブラックバックは絶滅危惧種であり、狩猟すること自体が違法だが、ビシュノイの所属する一派にとっては、ブラックバックは稀少であるという以上に、神聖な動物でもあった。
サルマーンは、そのブラックバック殺害の報復として襲撃されたのだ。
「動物愛護」をどう突き詰めてもシー・シェパードくらいにしかならないだろうと思っている日本人の感覚を大きく揺さぶる、驚愕の襲撃理由だ。

(繰り返しになるが、パンジャービーたちやシク教徒が危険だということは一切なく、あらゆる文化や人種や民族と同じように、中には悪いやつも暴力的な人もいるというだけの話なので、くれぐれも誤解のないように。
また、調べてみたところ、ブラックバックを神聖視しているのはBishnoi Panthと呼ばれるラージャスターン州にルーツを持つヒンドゥー教のヴィシュヌ神を信仰する一派で、苗字から考えてもローレンス・ビシュノイが所属するコミュニティは、この宗派である可能性が高い。この宗派にもギャング的な傾向はなく、菜食主義や博愛を説いているようだ。ローレンスの思想や行動は彼の個人的な資質によるものが大きいのだろう。コミュニティのルーツはラージャスターンだが、パンジャーブで生まれた彼をパンジャーブのギャングとする見方は一般的なようだ)


話がボリウッドにまで広がってしまったが、いずれにしてもパンジャーブのヒップホップ・シーンには、ギャングたちの暗い影が影響を及ぼしている。

民謡の影響の強いフロウを持ち、地元の農業を讃える要素もあると聞けば、なんだか朴訥とした平和的なイメージを受けるが、そこに暴力的なギャングスタの要素が入ってくるところが、日本人の感覚からすると非常に面白い。
民謡好きのギャングがいても、農家出身のラッパーがいても驚かないが、民謡と農業とギャングスタが脳内の同じフォルダに入っている状態というのはなかなか想像しづらい。
パンジャービーたちの多くの人々が欧米に移住しているがゆえに、ヒップホップのような欧米文化に親近感を持ちつつも、自分たちのアイデンティティを打ち出したいという気持ちが強くなったのだろうか。


パンジャーブでこういうやり方があるなら、日本でも、同じアウトロー的なテーマを扱う音楽として演歌とヒップホップが共演するという選択肢もあったはずだ。
たとえばラッパーが北島三郎をサンプリングしたりとか、ストライプのダブルのスーツにサングラスでキメた若手演歌歌手がトラップのビートでオートチューンの効いたニューエンカをリリースする、なんていうパラレルワールドを想像すると、それはそれで結構かっこいいんじゃないかな、と思う。

日本でこうしたキメラ的ジャンルが誕生しなかった理由は、日本ではクリエイターもファンも、「US的なスタイルこそがヒップホップのあるべき姿である」というヒップホップ観を長く持っていたことによるものだろう。
「ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門」という本(NHK-FMの番組を文字起こししたもの)の中で、宇多丸氏は、アメリカと日本のヒップホップの歴史を交互に紹介する理由として「ヒップホップっていうのは、共通ルールの下、世界同時進行で進んでいくスポーツみたいなところがある」「世界ルールの変更に従い、日本語ラップもこうなりました、みたいな」と述べているが、この感覚は、ある世代までの日本のヒップホップファンの感覚を代弁しているはずだ。

パンジャーブのヒップホップも、ビートのトレンドに関していえば、むしろ日本よりも早くアメリカの流行を取り入れていると言えそうだが、その歌い回しに関しては、かたくなにバングラーのフロウを守り続けてきた。
「英語っぽいフロウでラップするよりも俺たちのバングラーのほうがかっこいいし、俺たちっぽいじゃん」という感覚を、ごく自然に持っていたからだろう。
(例えばPrabh Deepみたいにオーセンティックなヒップホップのフロウでラップするパンジャービーのラッパーももちろんいるが)

日本人は開国とともにちょんまげを切り落としたが、パンジャービーのシク教徒たちは、今でもターバンを巻いている。
銃や暴力を肯定するつもりはないが、この一本芯の通ったプライドを持った人たちの音楽が、面白くないわけがない。
かっこよくないわけがない。
というのが、このシリーズの記事で言いたかったことだ。

だんだん何を言っているのか分からなくなってきた。
話をパンジャービー・ヒップホップに戻すと、Karan AujlaはSidhu Moose Walaとビーフ関係にあり、お互いにディス・ソングを発表していた。

Sanam Bhullar feat. Karan Aujla


これが2018年3月にリリースされたAujlaがSidhuをディスったと言われている曲。
暴行を加えるときにクリケットのバットが凶器に使われているところにインドっぽさを感じる。

Sidhu Moose Wala "Warning Shot"


同じ年の7月にリリースされたSidhuのアンサーとされているのがこの曲。
内容は分からないが、レゲエっぽいビートやピッチを変えた低い声が使われているのが面白い。

のちにAujlaは"Lifaafe"はSidhuへのディスソングという意図ではなかったと釈明している。
パンジャービー語が分からないのでなんとも言えないが、仮に当時のAujlaにディスの意図があったとしても、2018年の時点でSidhuにビーフを仕掛けるのは、売名のために噛みついた微笑ましいエピソードとして消化して良いもののような気がする。

Sidhuの死後、Aujlaは"Maa"というSidhu Moose Walaに捧げる曲をリリースしている。
音楽のうえでは対立していても、心の奥底ではリスペクトしていたということだろう。

Karan Aujla "Maa (Tribute To Sidhu Moose Wala)"



ここでも、射殺現場の生々しい映像に加えて、トラクターを乗り回す生前のSidhuが映し出されている。
農業、バングラー、ギャングスタ。
そのいずれもがパンジャービー・ラッパーたちの誇りであり、アイデンティティなのだろう。

どうかこれからも、誰かが死んだり傷ついたりしない程度に、かっこいい曲や話題を提供し続けてほしい、と思わずにはいられない。


(これで締まった?まあいいや。おしまい)




参考サイト:
https://www.freepressjournal.in/entertainment/seen-bullet-pass-through-me-punjabi-singer-karan-aujla-reveals-his-house-was-shot-at-multiple-times

https://www.newindianexpress.com/magazine/2022/Jun/11/special-report-music-murder-manslaughter-inside-the-gangs-of-punjab-2463683.html

https://www.dnaindia.com/entertainment/report-how-sidhu-moose-wala-s-biggest-enemy-dissed-him-on-stage-became-fan-after-death-karan-aujla-maa-warning-shot-3045141




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2024年10月03日

オラが村から世界へ パンジャーブのスーパー吉幾三と闇社会(その1)


少し前に、Xで吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」のヒップホップ的再評価みたいなポストがちょっとした話題になっていた。



そうだよな。
改めて考えてみれば、「俺ら東京さ行ぐだ」は、ラップだというだけじゃなくて、地元レペゼンや成り上がり的美学を取り入れたテーマもかなりヒップホップ的だった。
ローカルな訛りを活かしたフロウで、日本独自のモチーフを扱っているという点でも、同時代にラップ調の曲をリリースしていた佐野元春とかいとうせいこうより、よっぽどヒップホップの本質に近かった。ような気もする。


自戒の念を込めて書くが、日本人にはかなり長い間、土着的なリアリティよりもアメリカ的なサウンドとスタイルこそがヒップホップのあるべき姿だという意識があった気がする。
いいとか悪いとかじゃなくて、それはもうどうしようもない前提として、そうだった。
(今ではだいぶ変わってきていると思うけど)


というようなことを考える時、私はいつもパンジャーブのバングラー系ラップのことを思う。
ビートとしては常に「イマの音」を参照しながらも、歌い回しでは「俺たちのフロウ」にこだわり続けてきたパンジャービー・ラッパーたちのことを。


Karan Aujla "Who They?"



近年、パンジャービー音楽の成長が目覚ましいという。
イギリスのニュース専門チャンネルSky Newsによると、過去5年間の間にパンジャービー音楽のストリーム回数は、イギリスで286%、世界全体ではなんと2077%という驚異的な増加を示しているらしい。

いきなりパンジャーブとかパンジャービーという言葉が出てきて困惑している人のために説明すると、パンジャーブとはインド北西部からパキスタンにまたがる地域のこと。
パンジャービーといえば、2000年前後に"Mundian To Bach Ke (Beware of the Boys)"という曲をヒットさせたPanjabi MCを覚えている人もいるかもしれない。
彼はその名の通り、この地方にルーツを持つインド系イギリス人で、パンジャービーとは「パンジャーブ人/パンジャーブの」という意味である。
パンジャービーたちは、さまざまな歴史的経緯から旧イギリス領の国々にも数多く暮らしている。
「バングラー・ラップ」というのは、Panjabi MCのような、パンジャーブの民謡「バングラー」の影響を受けたラップのことで、我々がイメージするラップとはずいぶん異なる響きだが、少なくともインド本国や南アジア系の人々の間では、バングラー・ラップはラップ/ヒップホップの一形態として認識されている。




パンジャービー音楽シーンで、今「世界的」にもっとも人気があるシンガー/ラッパーを挙げるとすれば、カナダを拠点に活動するパンジャーブ系ラッパー/シンガーのAP DhillonとKaran Aujlaの名前は外せない。


AP Dhillon "With You"


Karan Aujla "Softly"


この2人に共通しているのが、パンジャーブの田舎町に生まれ、カナダに渡って「世界的」スターになったという経歴だ。
AP Dhillonはパンジャーブ州グルダスプル郡のムリアンワルという村の出身で、Karan Aujlaは、同州ルディアーナー郡のGhurala(どうカナ表記して良いかわからない)村の生まれだ。
田舎といってもせいぜい地方都市でしょう、と思う人は、村の名前のところからグーグルマップに飛べるようにリンクを貼ったのでクリックしてみてほしい。
近くの街まで数十キロ。農業地帯パンジャーブらしい、畑の中の村といった風情の、ほんとうのド田舎である。
(ちなみにGhurala村のグーグルマップには、Karan Aujlaの生家と思われる場所も投稿されている。個人情報もへったくれもないが、かつてはインドの2PacことSidhu Moose Walaの実家もファンによって晒されていたことがあり、パンジャーブではよくあることなのかもしれない)

Karan Aujlaは少年時代に、AP Dhillonは大学時代にカナダに移住しているのだが、今日の彼らの輝かしい成功は、農村で過ごした幼少期には夢見ることすらできなかったものだろう。
彼らの名前を聞いたことがないという人も、YouTubeでその名前を検索すれば、再生回数が億を超える曲がいくつもあることが分かるはずだ。
AP Dhillonは今年のコーチェラ・フェスティバルにも出演し、Karan Aujlaはカナダのグラミー賞と言われるジュノー賞のファン選出部門に選ばれている。
彼らは、地元カナダはもちろん、UKやオーストラリアでも、コンサートを開けばアリーナ規模の会場がソールドアウトになる「世界的」なスターなのだ。

と、さんざん持ち上げたあとに言うのもなんだが、ここまで彼らを評する「世界的」という言葉をカッコ付きで書いてきたのには理由がある。
彼らが多くの国で人気を博しているのは間違いないが、その人気には、やはり限定的と言わざるを得ない部分があるからだ。

端的にいうと、彼らの人気は、インド系、とくにパンジャーブ系の移民が多い地域に限られている。
地元カナダ、そしてツアーで回るUK、オーストラリア、ニュージーランドといった国々は、全てパンジャーブ系のディアスポラがある地域だ。
つまり、彼らのリスナーは、パンジャービーをはじめとする南アジア系の人々が大半を占めているのである。
この点で、彼らは、例えば英語でラップした"Big Dawgs"を世界的にヒットさせた南インド出身のHanumankindや、あるいは韓国語やスペイン語で歌って世界的なヒットを飛ばしているK-Pop、ラテンポップ勢とは「売れ方」が違うのだ。
(あたり前だが、音楽の優劣の話をしているのではない)

もう少しタネ明かしをすると、さきほど紹介したパンジャービー音楽のストリーム回数の爆発的な増加にも理由がありそうだ。
この5年間は、インドでの音楽サブスクの加入者が大幅に増加し、JioSaavnやWynkといった国内のサービスから、世界最大手のSpotifyに利用者が大きく流れた時期と重なる。
2000%もの大幅な増加は、単純に人気が20倍になったわけではなく、こうしたリスナーの動向の影響も受けているはずで、その点は一応考慮しておかないといけない。

それでも、最近のパンジャービー系ラップが、その進化のスピードを一段と上げ、急速に多様化し、かっこよくなってきていることは間違いない。
我々がそのかっこよさになかなか気づけない理由は、やはりバングラーの独特の歌い回しにあると思うのだが、聴いているうちに、そのソウルフルさやふてぶてしさに満ちた、エネルギー溢れるコブシが気持ちよくなる瞬間が必ずある(レゲエが初めて気持ちよく聴こえた瞬間みたいに)ので、騙されたと思ってやってみてほしい。







AP DHILLON "After Midnight"

(曲は1分頃から)AP Dhillonの新曲は、ヒップホップやダンス系に偏りがちなパンジャービーには珍しく、ロックテイストの意欲作。


Karan Aujla "Tauba Tauba"

Karan Aujlaはこの新曲で、これまでも数多く試みられている「ラテンとパンジャービーの融合」の新しい境地を切り開いている。


さらに興味深いことに、パンジャービーたちは、故郷の主要産業である農業を、ヒップホップ的な感覚とも接続したクールなものとして捉えており、別のラッパー/シンガーの例になるが、たとえばこんな曲もあるのだ。

Arjan Dhillon "Ilzaam"



Laddi Chahal & Gurlez Akhtar ft. Parmish Verma & Mahira Sharma
"Farming"

こっちの曲は英語字幕でリリックを読むことができる。
歌詞に出てくるジャット(Jatt)とはパンジャーブで大きな力を持つ農民カーストのこと。


ここには、自分たちの民謡であるバングラーをヒップホップと融合するのみならず、西海岸のチカーノがローライダーを乗り回すようにトラクターを見せつけ、コミュニティの生業である農業を誇るパンジャービーたちの姿がある(ギャングスタ的なワイルドさも含まれているのもポイント)。
あえてマイナーな曲を紹介しているわけではない。
"Ilzaam"の再生回数は2000万回を超え、"Farming"に関しては1億再生に至るほどの人気曲だ。


アメリカにも田舎暮らしの美しさを歌うカントリーのようなジャンルはあるが、こんなふうに地方の農業をヒップホップ的なクールさと結びつけて描けるジャンルや民族を、私は他に知らない。
しかも、地元の民謡の影響を思いっきり受けた歌い回しを取り入れつつも、ノスタルジーやコミカルさに逃げるのではなく、堂々たるカッコ良さとして描いているのである。


私が何を言いたいか、もうお分かりだろう。
自分たちの言葉で、自分たちのフロウで世界中の同胞たちに支持されているバングラー・ラッパーたちは、農業や自分たちのルーツをヒップホップ的なカッコ良さと分け隔てずにいる世界線(パンジャービー世界)の、スーパー吉幾三なのだ。


日本人にももちろん郷土愛はあるが、こういう誇り方はちょっと思いつかない。
ローカルな民謡や農業を、ニューヨーク生まれのカルチャーであるヒップホップと同じ次元で誇れるパンジャービーたちの感覚が、率直に言うと私は結構うらやましい。
うらやましいのだが、我々に染みついた「ダサさ/カッコ良さ」の定義の欧米的な基準はなかなかに根深く、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」を本気でかっこいいと思えるかと言うと、それはやはりなかなか難しい。
そもそもあの曲はカッコ良さやヒップホップを志して作られたわけではなく、コミックソングなわけだが、「田舎」や「農業」をカッコ良さとは正反対の「ダサくて笑えるもの」として扱うことしかできなかったところに、日本人の敗北があるのではないだろうか。


ないだろうか、と言われても困ると思うし、タイトルの「闇社会」の部分に全然行き着いていないのだけど、もう十分に長くなったので、続きはまた次回。



参考サイト:
https://news.sky.com/story/punjabi-music-sees-huge-rise-in-streams-but-not-all-fans-are-happy-13215350





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goshimasayama18 at 19:33|PermalinkComments(0)

2024年02月11日

やっぱりバングラーラップ! Diljit Dosanjh, Karan Aujla他人気アーティスト特集



Sidhu Moose Walaの死からもうすぐ2年が経つ。
すでに何度も書いているのでここでは繰り返さないが、Sidhuはバングラーラップにリアルなギャングスタのアティテュードと本格的なヒップホップのビートを持ち込み、そして最期は対立するギャングの凶弾に倒れるという、まるで2Pacを地で行く生き様(そして死に様)を残した。




念のためあらためて触れておくと、バングラーはインド北西部の穀倉地帯パンジャーブ地方の音楽であり、コブシの効いた独特の歌い回しを特徴とする音楽だ。
パンジャーブは海外への移住者が多い地域であるという歴史的経緯もあり、バングラーは早くからラップと融合し、海外のディアスポラを含めた北インド系ポピュラー音楽シーンで高い人気を誇ってきた。
シーンに革命をもたらしたSidhuの死後も、バングラーラップシーンはさまざまな才能あふれるアーティストによって発展が続いている。
ここ日本では全く注目されることのないバングラーラップだが、パンジャーブ系移民の多いイギリスやカナダやオーストラリアではかなり高い人気を持っている。

例えば現在のシーンの第一人者Diljit Dosanjhは海外でアリーナクラスの会場をソールドアウトにして、コーチェラ・フェスティバルにも呼ばれるほどの集客と知名度を誇る。
まあ観客のほとんどは南アジア系だろうが、それにしてもこれだけ人気のあるジャンルが日本で全く知られていないのはもったいない。

Diljitが昨年リリースしたアルバム"Ghost"は現代バングラーの魅力がたっぷりつまっている。
同郷パンジャーブ出身のラッパー(バングタースタイルでない)Sultaanを起用した"Lalkaara"は、ビートのセンスやバングラー部分のコード/ベースの解釈など、随所に新世代のセンスを感じることができる。

Diljit Dosanjh "Lalkaara"



"Chandelier"や"Alive"などのヒット曲で知られるオーストラリアのシンガーSiaを起用した"Hass Hass"はぐっとポップな曲調。単調になりがちなバングラーだが、このスタイルの多様性こそが彼の魅力のひとつだ。

Diljit Dosanjh "Hass Hass" (Diljit X Sia)



かなりトラディショナルなビートを使っている曲もある。
ドール(両面太鼓)とトゥンビ(シンプルな高音フレーズを奏でる弦楽器)による典型的なバングラーのリズムだが、ヘヴィーなベースの入れ方に今っぽさを感じる"Case".

Diljith Dosanjh "Case"


パンジャービー・シクの美学が炸裂したミュージックビデオも最高。


近年バングラーラップに見られる特徴のひとつが、バングラー部分のフロウというかリズムの取り方に、かなりヒップホップ的なタメが効いたものになってきたということ。
以前紹介したShubh同様にヒップホップ的なフロウを聴かせてくれるのが、Karan Aujlaのこの曲。


Karan Aujla "Softly"


スーパーカーを前に踊る美女たちが、露出の多い格好でなくパンジャービー・ドレス姿なのが逆に小粋だ。
もちろんパンジャーブ生まれ(1997年生)のKaran Aujlaは、カナダに移住したのち、ソングライターとしてキャリアをスタートさせ、2018年の"Don't Worry"で注目を集めた。
数多くのシングルをリリースしたのち、2021年にリリースしたアルバム"Bacthafucup"はカナダやニュージーランドでもチャートに入っている。
彼は生前のSidhu Moose Walaとはビーフ関係にあって、お互いに曲を通じて攻撃し合っていたが(Sidhuの死には無関係)、Sidhuの死後に追悼曲"Maa"をリリースし、リスペクトの気持ちを表明した。
面白いのは、彼自身ソングライターでありながらも、ソロ作品には他のソングライターを起用していることで、この"Softly"はIkkyというアーティストの作品。
オランダの超有名DJ、Tiëstoによるリミックスも人気を集めている。

IkkyプロデュースによるKaran Aujlaの曲をもう少し紹介してみよう。

Karan Aujla "Try Me"


「車好き」はパンジャービー音楽のミュージックビデオの大きな特徴の一つで、ヒップホップとの親和性を感じさせる部分だが、街中で高級車を乗り回すのではなくサーキットが舞台というのは珍しい。
ていうかアルファロメオのF1チームが協力してるのってすごくない?

Karan Aujka "52 Bars"


Karan Aujlaのうしろでピアノを弾いているのがIkky.
こういうヒップホップっぽいビートのバングラーのフロウは、ダンスホールレゲエのフロウみたいに味わうと楽しめる。
もっと普通にいろんな音楽にフィーチャーされてもいいのになあと思うのだが、ネックになるのはやはり言語がパンジャービー語だということ(英語じゃない)だろうか。


カナダ出身のIkkyはパンジャービー音楽を刷新し続けている才能の一人で、SidhuやDiljit Dosanjh, Shubhなど、パンジャービーの大物の楽曲はプロデュース軒並みプロデュースした経験を持つ。 
作風はルーツの要素を取り入れながらもヒップホップからポップまで幅広く、例えばエレクトロなビートにタブラのサウンドを導入したこの曲なんて相当かっこいいと思うのだけど。

Ikky "Ishk Hua(Love happened)"



前述のShubhはあいかわらずビートもミュージックビデオもタイトルも見事にヒップホップマナー。
逆にここまでヒップホップに寄せても歌い方とターバンはかたくなにパンジャービー・シクというところにルーツへの誇りを感じさせられる。

Shubh "Hood Anthem"


気になるのは、彼の現在の活動拠点はカナダのはずだが、フッド(地元)アンセムと言っているのにロケ地がカリフォルニア(LA?)っぽいこと。
彼のヒップホップ部分のスタイルがウェストコーストに影響を受けているからだろうか。

バングラー的ヒップホップという観点からはDef Jam IndiaからリリースされたラッパーFotty Sevenの曲も要注目だ。
この曲はビートがバングラー風でラップがヒップホップ風という、Shubhとは逆の方法論が面白い。

Fotty Seven "OK Report"



デリー郊外の新興都市グルガオン出身の彼は、KR$NAやBadshahらデリーのラッパーとの共演も多く、なぜか「荒城の月」をサンプリングしたこの曲も印象に残っている。

Fotty Seven Feat. Badshah "Boht Tej"



こちらの曲は、デリーのパンジャービーラップらしいエンタメ路線の演出も面白い。

Fotty Seven "Banjo"



ところで、インドでは大正琴がバンジョーとかブルブル・タラング(Bulbul Tarang)という名前で古典音楽にも使われているが、この曲のタイトルの"Banjo"も大正琴のことっぽい。
途中Fotty Sevenの後ろに大正琴を持った2人の男が出てくるが、おそらく海外のラップのミュージックビデオに大正琴が取り入れられた最初の例だろう。
曲のテーマは「人生で実質的な成果を何も達成していないにもかかわらず、自分が誰よりも優れていると考える高飛車な男」とのこと。
そういえば、さっきの曲でサンプリングされていた「荒城の月」も大正琴だったのかもしれない。


冒頭で触れたSidhu Moose Walaは、今でも未発表の音源がリリースされ続けている。

Sidhu Moose Wala, Mxrci, AR Paisley "Drippy"


あらためて聴くと、彼の天まで突き抜けてゆくようなヴォーカルはやはりバングラーシンガー/ラッパーの中でも唯一無二だったなあと感じさせられる。
最後に銃声の演出が入っているが、死すらもエンタメにするギャングスタラップ的な感覚はこの手のバングラーラップならではだ。

ちょっと驚いたのは、Sidhuの曲は、以前は英語のコメント(もしくは、ヒンディー語でもアルファベット表記)が多かったのが、久しぶりに見たらデーヴァナーガリー文字のヒンディー語やグルムキー文字のパンジャービー語ばかりになっていたということ。
さすがに死後2年近く経っても聴いているのはガチなローカル勢ばかりになってきたのだろうか。

トップコメントのヒンディー語をグーグル翻訳で英訳してみたところ、
Brother, after you left we forgot to be happy, but whenever your song comes, it becomes a festival for us. May God continue your progress.
「ブラザー、あなたがいなくなってから幸せになることを忘れてたけど、いつでもあなたの曲がリリースされると俺たちはフェスティバルみたいに感じるんだ。神があなたの進歩を続けてくれますように」
とのこと。
ファンの愛の深さにちょっと感動してしまった。

バングラーラップがヒップホップやエレクトロニックと融合してからずいぶん経つが、それでもこのジャンルはいまだに進化し続けている。
今後、どんな刺激的なサウンドが生まれてくるのか非常に楽しみだ。
日本でももうちょっと聴かれるようになるといいんだけどなあ。





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goshimasayama18 at 13:07|PermalinkComments(0)

2023年05月22日

最近のバングラーがかなりかっこよくなってきている件


最近、バングラーがどんどんかっこよくなってきている。

バングラーというのは、インド北西部からパキスタン東部に位置するパンジャーブ地方の伝統音楽だ。
ドールという両面太鼓とトゥンビというごくシンプルな弦楽器のリズムに乗せて歌う、独特のコブシを効かせた節回しを特徴としている。

欧米に移住したパンジャービーたち(とくにターバンを巻いた姿で知られるシク教徒たち)は、1980〜90年代頃になると、バングラーに当時流行していたダンスミュージックやヒップホップを融合して、「バングラービート」と呼ばれる新しいジャンルを作り出した。
'00年代前半、バングラービートは世界的にも大きな注目を集め、Panjabi MCの"Mundian To Bach Ke"は世界各国でヒットチャートを席巻した。
(一例を挙げると、イタリアで1位、ドイツで2位、イギリスで5位。Jay-ZをフィーチャーしたリミックスはUSビルボードチャートで33位に達し、カナダで10位、オーストラリアで12位を記録している)

…という話はこれまでこのブログに何度となく書いているが、この「バングラー・ビッグバン」は現代インドの音楽シーンを語るうえで、何度書いても語り足りないくらいの超重要トピックなのである。

バングラーを聴いたことがないという人は、ひとまずリンクから"Mundian To Bach Ke"を聴いていただければ、'00年代初頭のバングラービートの雰囲気がわかっていただけるはずだ。
(ちなみに、この「バングラー」'Bhangra'は、日本では「バングラ」と伸ばさずに表記されることが多いが、詳しい人から「バングラー」と伸ばして表記するのが正しいと伺ったのと、「バングラ」と書くとバングラデシュのBanglaと混同しやすいことから、このブログでは「バングラー」と表記している)



バングラーは、世界的には'00年代前半以降、忘れ去られてしまった一発屋的なジャンルだが、北インドではその後も(というかそれ以前から)ずっと人気を維持し続けている。
移り気な海外のリスナーに忘られた後も、バングラーは時代とともに、さまざまな流行を吸収しながら進化を続けているのだ。
近年のバングラー界での最大の功労者を挙げるとすれば、それは間違いなく昨年5月に凶弾に倒れたSidhu Moose Walaだろう。

インドではヒップホップのいちジャンルとして扱われることが多い現代風バングラーに、トラップ以降のビートとガチのギャングスタのアティテュードを導入し、そしてその精神に殉じた(ギャングの抗争に巻き込まれ射殺された)彼は、死後、まるで2Pacのように神格化された存在になりつつある。


そのSidhu Moose Walaの死から1年が経とうとしているが、その間にもバングラーはとどまることなく進化を続けている。
吉幾三のような独特なコブシのせいで、日本人(少なくとも私)にはどうにも垢抜けなく聴こえてしまうバングラーだが、最近はビートの進化と、そしてフロウの微妙な変化によって、掛け値なしに相当かっこいい音楽になってきている(ような気がする)のだ。

その進化をまざまざと感じさせられたのは、Def Jam Indiaからリリースされたこの曲を聴いた時だった。


GD 47 X H$ "Mic Naal"



この曲で共演しているGD 47とH$は、いずれも本場パンジャーブのバングラーラッパーだ。
ちょっとローファイっぽいビートもかっこいいが、まずはそこに乗るGD 47のラップに注目してほしい。
あきらかにバングラー由来のメロディーがついたフロウではあるものの、バングラー特有のコブシはかなり抑えられていて、そしてリズムの取り方が、かなりヒップホップ的な後ノリになってきている!
バングラー界の革命児だったSidhu Moose Walaでさえ、トラップやドリルをビートに導入しても、歌い方そのものはかなりトラディショナルなスタイルだった。
時代と共にバングラーのビートの部分がどれだけ変化しても、この歌い方だけは絶対に変わらないと思い込んでいたのだが、ここに来てバングラーのフロウが少しずつ変わり始めているのである。

それにしても、このGD 47、見た目のインパクトがすごい。
シク教には、本来、神からの賜り物である髪の毛や髭を切ったり剃ったりしてはならないという戒律があるが(ターバンはもともと伸びた髪の毛をまとめるためのものだ)、今でもこの戒律を厳格に守っている信者は少ない。
スタイル的にはかなりモダンなバングラーラップをやっている彼に、いったいどんな思想的・信仰的バックグラウンドがあるのだろうか。


次の曲を聴いてみよう。
90年代リバイバル風のスタイルはインドの音楽シーンでも目立っているが、バングラーラップでもこんな曲がリリースされている。
やはりパンジャーブを拠点に活動しているShubhが2022年の9月にリリースしたこの"Baller"は、ビートもミュージックビデオももろに90's!

Shubh "Baller"


シーンを長くチェックしている人の中には、「90年代風のバングラーラップなんて当時からいくらでもあったじゃん」と思う人もいるかもしれないが、例えばRDB(パンジャービー・シクのインド系イギリス人によるラップグループ)あたりの老舗のバングラーラップ勢は、ビートもフロウももっとトラディショナルなバングラーの影響が強かったし、映像もこんなに同時代のヒップホップに寄せてはいなかった。
この"Baller"の面白いところは、映像処理とかファッションの細かいところまで90年代を再現しているにもかかわらず、音楽的には当時のサウンドを踏襲するのではなく、「2020年代から見た90'sヒップホップ風バングラー」を作り上げているということだ。

このShubh、つい先日、インドのなかで独立運動が存在しているカシミール地方、北東部、そしてパンジャーブ地方を除いた形のインドの地図をインスタグラムに上げて「パンジャーブのために祈る」とのコメントを発表し、バッシングを浴びている。
インドの統一を脅かす不穏分子として扱われたということである。
批判を受けて投稿を撤回したようだが、おそらく彼は故Sidhu Moose Walaと同様にパンジャーブにシク教徒の独立国家建国を目指す「カリスタン運動」を支持しているのだろう。
Shubhは地元パンジャーブ以外にも、Sidhu Moose Walaと同じカナダのオンタリオ州ブランプトンも活動拠点としているという。
カナダとインドで暗躍するパンジャーブ系ギャングは、違法薬物の売買などのシノギを通して、カリスタン独立運動に資金を提供していると言われている。
考えすぎなのかもしれないが、彼もまたパンジャービー・ナショナリズムとギャングスタ的なアティテュードを持ったラッパーである可能性がある。
(このあたり、リリックが分かればすぐに判明するんだろうけど、私はパンジャービー語はまったく分かりません)

そう考えると、さっきのGD 47の原理主義的なまでの髭の長さもすこしキナ臭く見えてくる、ような気もする。


Sidhu Moose WalaやShubhに限らず、インドに暮らすパンジャービーたちは、多くがカナダに親戚などのコネクションを持っているが、当然ながら、そのカナダにも新しいタイプのパンジャービー音楽を作っているアーティストがいる。
AP DhillonはYouTubeの合計再生回数が10億回を超え、Lollapalooza Indiaではインド系のなかでもっともヘッドライナーに近い位置(初日のトリImagine Dragonsに次ぐ2番目)にラインナップされていたアーティストだ。
彼が昨年8月にリリースした"Summer High"という曲がまた面白かった。


AP Dhillon "Summer High"


Weekndを彷彿させるポップなサウンドに、バングラー的とまでは言えないかもしれないが、パンジャービー特有の歌い回しを載せたサウンドはじつに新鮮。
在外パンジャービーたちは独自のマーケットを形成しており、バングラービートの時代から、インド本国の流行をリードしてゆく存在でもあった。


パンジャーブ出身で今ではカナダを拠点に活動しているバングラーラッパーとしては、このKaran Aujlaも注目株。
活動期間はまだ5年に満たないが、YouTubeで数千万回再生される曲もある実力派だ。

Karan Aujla "52 Bars"


ここでも、もろヒップホップなビートと、フロウのリズム感に注目してほしい。
最近のシーンでは、以前のバングラーシンガーほど声を張り上げず、あまり高くない音域で歌い上げるのがトレンドのようだ。
例えば少し前のシーンで旋風を巻き起こしていたSidhu Moose Walaは、歌い方に関してはもっとトラディショナルで、より高い音域で張り上げて歌うスタイルだった。


そろそろ視点をまた本国のパンジャーブに戻したい。
在外パンジャービーたちが作る音楽と本国のシーンとのタイムラグは、インターネットが完全に普及した今日では、ほぼゼロに近くなってきている。
Laddi Chahalが2022年11月にリリースした"Rubicon Drill"もまた、バングラーのスタイルながらも、ビートとフロウ(というかリズムの取り方)に新しさを感じる曲だ。

Laddi Chahal "Rubicon Drill"


女性シンガーのGurlez Akhtarもそうだが、バングラー色のかなり濃い歌い回しにもかかわらず、リズムの取り方や途中で3連になるところなどに、ヒップホップの影響が強く感じられる。



と、ここまで、バングラーがかなりかっこよくなってきている現状を書いてきたわけだが、正直にいうと、バングラーがかっこよくなってきているというより、私がバングラーを聴き続けた結果、独特の歌い回しに対するアレルギーがだんだん薄れてきて、かっこよく思えるようになってきただけなのかもしれない、ともちょっと思っている。
そういえば、初めてボブ・マーリィを聴いた時も、「レゲエは反逆の音楽」とか言われているわりにずいぶん呑気な音楽だなあと感じたものだった。
ライブだと「オヨヨー」とかコール&レスポンスしたりしてるし、本当にふざけているんじゃないかとも思ったものだが、聴いているうちにそのかっこよさや主張の激しさがだんだん分かってきた。

何が言いたいのかというと、本題からそれる上にちょっと大きすぎる話になるが、そんなふうにかっこいいと思える音楽が増えるというのは、音楽を聴く喜びのかなり本質的な部分のような気がする、ということだ。
(だからバングラーのかっこよさが現時点で分からなかったら、分かるまで聴いてみてください)

一方で「オールドスクールなバングラーこそが最高」という人にとっては、最近のバングラーのスタイルの変化は、歌い方もギャングスタ的なアティテュードも、受け入れ難いものなのかもしれない。

ともかく、ここ最近、バングラーとヒップホップの垣根はますます低くなってきて、シーンがさらに面白くなってきているというのは間違いない。
'00年代前半のPanjabi MCのように、そろそろまたバングラーシーンからあっと驚くグローバルなヒット曲が生まれてもいいと思っているのだけど、どうだろう。




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