KR$NA

2024年05月13日

インドとラテン風ポップ/ヒップホップ 2024年度版


以前も何度か記事にしたことがあるネタだが、インドのポップスやヒップホップを聴いていると、ラテンっぽい要素が目立つ曲がかなりたくさんあることに気がつく。



インドとラテンが共通して持つ独特の濃くてケレン味たっぷりのノリが、地球を半周して共鳴しているんじゃないかと思っているのだが、本当のところはわからない。
インドの音楽シーンは日本よりもはるかにアメリカのシーンの影響を受けているので、いまやアメリカのメインストリームのひとつとなったラテンポップスが、単にインドでも流行しているだけなのかもしれない。
んなことは考えてもしょうがない。今回は、ラテン風のインドのポップス/ヒップホップの最新版を紹介します。


近年のこのテーマでの重要作としては、インド系アメリカ人の大物EDMプロデューサーKSHMRが昨年11月にリリースしたアルバム"Karam"がまず挙げられる。
インド各地のラッパーをフィーチャーしたこのアルバム、ラテンっぽい曲がかなり目立つ内容だった。


今回は南インドのケーララ出身のラッパーDabzeeとVedanをフィーチャーした"La Vida"と、デリーのベテランKR$NAが参加した"Zero After Zero"を紹介したい。

KSHMR, Dabzee, Vedan "La Vida"



KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"


"La Vida"のほうは歌詞にもスペイン語が取り入れられていて、より本格的なラテン風味になっているのがポイント。
2つめの"Zero After Zero"でラップしているKR$NAはソロ作品でもラテンの要素を導入していて、昨年リリースされた"Prarthana"のビートもラテンっぽいベースラインやメロディーがループされている。

KR$NA "Prathana"


この曲はレゲトンっぽい最近のリズムとは違って、もっと古いタイプのラテン音楽を引っ張ってきているのが面白い。
同郷デリーのラップデュオSeedhe Mautをフィーチャーしたこの"Hola Amigo"(分かりやすすぎるタイトル)は、なんでか知らないが格好までメキシコ人に寄せている。

KR$NA ft. Seedhe Maut "Hola Amigo"


メキシコ人の扮装をすることが、インドでどんな意味があるのか、リリックとは関係があるのか、スペイン語はインド人にとってどう響くのか、いろいろと気になるが、いつもながら彼らのラップはかなりかっこよく仕上がっている。


と、こんなふうにラテンっぽいラップが多いインドでも、「とうとうここまで来たか」と感じたのが、デリーのラッパーKarunが若干18歳のシンガーLambo Driveらと共演したこの曲だ。

Karun, Lambo Drive, Arpit Bala & Revo Lekhak "Maharani"


この曲も今風のレゲトンではなく、もっと古いタイプのラテンっぽいリズムやコードが使われているのだが、後半にはサンタナみたいなギターまで入ってくるラテンっぷり。
映像を見る限りは完全にインドだが、音だけ聴いているとプエルトリコなのかメキシコなのかキューバなのか、どこにいるのか分からなくなってくる。


ラテン風味を楽曲に取り入れているのはヒップホップだけではなくて、最近デビューしたインドの4人組女性ダンスポップグループW.I.S.H.のデビュー曲もかなりラテンっぽかった。

W.I.S.H. "Lazeez"


インドでも人気の高いK-Popガールズグループの雰囲気を取り入れつつ、音楽的にはインドで流行っているっぽいラテンポップに仕上げるというのは、インドではまだ珍しいこの手のガールズグループを成功させようと考えた時に必然的に導き出される結論なのだろう。
結果的に郷ひろみとか西城秀樹がカバーしていた90年代のラテンポップっぽく聴こえないでもないが(もしくはSantanaの"Smooth")、このミュージックビデオも含めたちょっとダサい感じが大衆音楽としてはむしろ肝心な部分なのかもしれない。
W.I.S.H.については、その売り出し方も含めてかなり興味深い存在だと思っているので、いずれ詳しく特集してみたい。


インド本国を離れて、在外インド系シンガーたちもラテン的な要素を積極的に導入している。
例えばカナダで活躍するRaghav.
彼に関しては、全英チャートやカナダチャートでのヒット作品も多いので、「ラテン化するインドポップ」の文脈ではなく単に北米のアーティストの傾向として見るべきかもしれないが。

Raghav "Desperado (feat. Tesher)"


共演のTesherもカナダで活躍するインド系のラッパーだ。
イントロのインドっぽいフレーズからシームレスにラテンっぽいメロディー(ここもサビはスペイン語)につながるのが面白い。
このリズムパターンはインドのポップスでよく使われるやつだが、考えてみればラテンポップスともかなり親和性が高いリズムである。

この分野で、いつかインド人による世界的なヒット曲が生まれたりしたら面白いなあ、と思っているのだけど、その日はそんなに遠くないのかもしれない。



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2024年05月03日

インドからいろんなアーティストが来日しまくっている!

気がつけば1ヶ月以上、新しい記事を書いていなかった。
これはブログを始めて以来はじめてのことだ。
この間、何をしていたのかというと、インドから来たいろんな人たちと会っていた。

まず4月上旬に日本にやってきたのは、オディシャ州プリー出身の日印ハーフのラッパーBig Deal.
彼のことは以前もこのブログで何度か紹介している。

これは6年前に書いたごく簡単なBig Dealの紹介記事なんだが、改めて読み返してみたら、文章があまりにも酷くて驚いた。
でもまあ彼がどんなバックグラウンドを持ったラッパーなのかはとりあえずわかってもらえると思う。

こちらは4年前に書いた記事。
当時公開されていた映画を絡めてどうにか読んでもらおうという浅ましさが感じられてオエッとなったが、それはこっちの問題で、Big Deal がヒップホップという外来の文化にインドならでは状況を真摯に重ねていることがよく理解できるはずだ。


今回Big Dealは関空から来日。
到着翌日に、さっそく大阪を拠点に活動している生ヒップホップバンド「韻シスト」のベーシストShyoudogとドラマーのTarow-Oneを紹介した。
シンガーをやっているかみさんのツテで、Shyoudogとは以前から知り合いだったのだが、Big Dealに彼らの音源を聴かせてみたところ、非常に気に入ったとのことで、予定を調整してもらったのだ。
彼らがやっているお店(チルアウト酒場ネバフ食堂)にて顔合わせ。
好きなラッパーの話とかですぐにうちとけて、ちょうどお客さんが少ない時間帯だったので、MPCとミニキーボードで音を出してBig Dealにフリースタイルをしてもらった。
それにしてもラッパーってすげえなあ、と思ったのは、ちょうどその日休みだったスタッフ兼ラッパーの方がお店に顔を出したときに「ちょっと今インドのラッパーが来てるからフリースタイルやってよ」って言われて、ちゃんと韻踏んでラップしてたってこと。
「え?インド?ラッパー?いいっすよ」って感じであたり前のようにラップしてて、猪木の「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」って言葉を思い出した。
図らずも実現した日印ラッパー&ミュージシャンのセッションを間近に見られたのは最高だった。
Shyoudog, Tarow-One, OneMiさんありがとう。


Big Dealは4月12日には東京で行われたMusic Bridge Tokyoっていう国際音楽イベントに出演したDarthreider & The Bassonsのステージにゲスト出演。オディア語のラップで会場を盛り上げた。

それにしてもこのイベントのダースレイダーさんは凄かったなあ。
客席は外国のお客さんがほとんどだったのだけど、ドラムとベースのみという最小限のバンドに合わせて、ほとんど英語のラップやフリースタイルで沸かせていた。
いろんな国の人がいるし、俺みたいな日本人もいるわけだから、ノンネイティブにも分かるごくシンプルな英語しか使っていないのだけど、言葉の力と場を支配する力でグルーヴを生み出してゆくパフォーマンスは、MCという言葉が本来意味するMaster of Ceremonyという言葉にふさわしいものだった。
Darthreider & The Bassonsが海外のフェスによく呼ばれている理由が分かった気がした。

Big Dealは、その2日後にはダースレイダーさんと仙台を代表するラッパーのHUNGERさん(この2人は国立民族学博物館で密かに行われている「辺境ヒップホップ研究会」のメンバーでもある)と都内でスタジオ入りして1曲レコーディング。
三者三様のフローが楽しめる日本語、英語、オディア語のマイクリレーはそう遠くないうちに世に出るはずなので楽しみにしていてください。
Big Dealはその後も日本各地を満喫してつい先日無事ムンバイに帰ったとのこと。
東京ではダースレイダーさん、HUNGERさんを交えたインタビューも行なっていて、これも近々、たぶん辺境ヒップホップ研究会のウェブサイトで公開されるはずなので、乞うご期待。



4月中旬には、昨年も1ヶ月の日本滞在を楽しんだビートメーカーのKaran Kanchanが再び来日。
今回は2ヶ月間、日本の各地を旅するという。
彼についてはこのブログでもたびたび取り上げているが、最近ではDIVINEのアルバムでの楽曲プロデュースやNetflix映画の音楽を担当したことなどでますます活躍の幅を広げ、なんとSpotifyとYouTubeでのプロデュースした楽曲の合計再生回数が10億回(!)を超えたとのこと。
いまやインドでもっとも勢いのあるプロデューサーと言ってもまったく過言ではなくなった。

過去の記事や辺境ヒップホップ研究会でのインタビューを貼っておきます。





今回の滞在では、前回の来日で関係を構築したアーティストとのコラボレーションにも取り組むそうで、ここでも日印のアーティストの絆が生まれそうだ。
5月4日には京都のBrooklyn Night Bazaarで日本での初DJを披露する予定もある。
日本のヒップホップなんかもかけるそうなので、近くの方はぜひ遊びに行ってみてください。
KKBrooklynBazaar

関東近郊の方は、5月11日(土)の深夜25時から、J-WAVEのM.A.A.D Spinという番組でインタビューが放送されるので、ぜひそちらを楽しみにしてほしい。
ちなみになぜか私が通訳やってます。
自分は留学したり英語を真面目に勉強したりしたことが全くなく、英語でのコミュニケーションは常に「根性英語」でやっている。
今回も電波に乗せるにもかかわらず非常に適当な通訳でたいへん恐縮なのだが、彼が話しているインドの音楽シーンだったり、彼の日本文化への思い入れだったりの話は大変面白いので、ぜひ聴いてみてください。
ナビゲーターのNazwa!のお二人(Naz Chrisさん、Watusiさん)が上手に話をリードしてくれています。

Karan Kanchanはスタジオでたまたま同じ時間に収録していたZeebraさんとも挨拶を交わしていた。
この4枚目の写真、近いうちに「え!あの二人が!」ってなるんじゃないかと思う。


せっかくなので最近彼が出演したビッグステージ、Lollapalooza Indiaのときのダイジェスト映像と、最近リリースした中でとくにかっこいいと思う曲を貼っておきます。




彼は他にもPritamやVishal Shekharといった映画音楽の大御所とコラボレーションしたり、Boiler Roomに出演したりもしていて、インドでも揺るぎないビッグネームになってきている。

Karan Kanchanはこの後も日本にしばらく滞在して、音楽制作(久しぶりのJ-Trapを三味線奏者の寂空-Jack-さんと共演で作るとのこと)や各地の観光をするとのこと。


そういえば、3月にはデリーのベテランラッパーKR$NAも来日していて、銀座の新しいクラブZouk Tokyoでのイベントに出演してたらしい。


デジタル分野での音楽マーケティングなどを手掛けているBelieveの主催企画だったとのこと。
これ全然気が付かなくて、SNSで見つけた時にはもう終わっていたのだけど、日本で本格的なパフォーマンスを行ったインドのラッパーは、彼が初めてだったんじゃないかと思う。

KR$NAは昨年も来日していて、この"Joota Japani"という曲のミュージックビデオを撮影していた。
いつもは日本のヒップホップの映像を撮影しているクルーが手掛けていて、かなりお金をかけた気合いの入った作品に仕上がっている。
(ギャルがガラケーを使っているのが気になるが)



この曲のビートは、1955年の名作ヒンディー語映画"Shree 420"の挿入歌"Mera Joota Hai Japani"(「靴は日本製、ズボンは英国製、帽子はロシア製だけど心はインド製」という歌詞で知られる)をサンプリングしたもの。
インドのオールディーズにあたる映画音楽をヒップホップに転用する手法は、Karan Kanchanが"Bazigaar"で導入して大ヒットさせたのを参考にしたものだろう。
KR$NAはTeriyaki Boyzの"Tokyo Drift"のビートに乗せたフリースタイルを披露していたりもするので、結構日本好きなのかもしれない。



まあこんなわけで、円安の影響もあってかインドのアーティストたちの来日が相次いている昨今。
この来日ラッシュの中で知ったのだけど、Arjun Kunungoっていう日本にも拠点を作って活動している人もいて、この曲では日本のラッパーCyber Ruiと共演している。


これからもいろんなコラボレーションが見られそうだ。


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2023年12月14日

EDMシーンの世界的大物KSHMRがインドのラッパーたちと共演!


ここのところ謎の占い師ヨギ・シンの話ばかり書いていたので、今回は本来の音楽ブログに戻って、個人的に今年のインドの音楽シーンの最大のニュースだと思っている作品について書く。
11月に世界的EDMプロデューサーのKSHMRがインドのラッパーたちを迎えて制作したアルバム"Karam"のことである。

KSHMRことNiles Hollowell-Dharはカシミール生まれのヒンドゥー教徒の父とアメリカ人の母のもと、1988年にカリフォルニア州で生まれた。
ラップデュオCataracsのメンバーとして活動したのち、2014年頃からエレクトロハウスやビッグルームなどのいわゆるEDMに転向。
’10年代後半にはTomorrowlandやUltra Music Festivalなどのビッグフェスで人気を博し、2015年に英国のEDMメディアDJ Magのトップ100DJランキングで23位にランクイン。2016年には同12位に順位を上げ、さらにはベストライブアクトにも選ばれている。
KSHMRというアーティスト名は、日本では一般的にカシミアと読まれているが、ここはインド風にカシミールと読むことにしたい。

彼は1年ほど前からSNSで、Seedhe MautやMC STΔN、KR$NA(彼はクリシュナと読む)といったインドのラッパーたちと制作を進めていることを明らかにしていたが、別ジャンルで活動する彼らのコラボレーションがどんなものになるのか、まったく想像がつかなかった。
いかにインドのヒップホップシーンが急成長を続けているとはいえ、世界的に見ればKSHMRのほうが圧倒的な知名度と成功を手にしており、私はRitviz(デリーの「印DM」プロデューサー)とSeedhe Mautが共演した"Chalo Chalein"のような「ラッパーをフィーチャーしたEDM」に落ち着くと予想していたのだが、ふたを開けてみれば、EDMの要素はほとんどなく、完全にヒップホップに振り切った作品となった。
"Karam"はKSHMRのキャリアを通してみても非常にユニークで意欲的なアルバムと言えるだろう。

先行シングルとしてリリースされたのは、デリーのラップデュオSeedhe Mautと、今年6月に日本滞在を満喫したムンバイのプロデューサーKaran Kanchanが参加したこの"Bhussi".

KSHMR, Seedhe Maut, Karan Kanchan "Bhussi"


2021年の名作「न(Na)」を彷彿とさせるパーカッシブなビートは、完全にSeedhe Mautのスタイルだ。
これはアルバム全体を聴いて分かったことなのだが、どうやらKSHMRは、このアルバムで「自分の楽曲にいろんなラッパーをフィーチャーする」のではなく、「いろんなラッパーに合った多彩なビートをプロデュースする」ということにフォーカスしているようなのである。
華やかな成功を手にしたEDMのソロアーティストではなく、職人気質のヒップホップのビートメーカーに徹しているのだ。
当然ながらKSHMRのビートはクオリティが高く、個性的でスキルフルなラッパー達との化学反応によって、インドのヒップホップ史に新たな1ページを刻むアルバムが完成した。


デリーのベテランラッパーKR$NAを起用した"Zero After Zero"はリラックスしたグルーヴが心地よい。
ラテンのテイストと往年のボリウッドっぽいストリングスが最高だ。
KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"


ラテンの要素はこの作品の特徴のひとつで、この"La Vida"はレゲトンのリズムにEDMっぽいキャッチーなフルートのメロディーとコーラスが印象的。
真夏の夕暮れにコロナビールかモヒートを飲みながら聴きたい曲だ。

KSHMR, Debzee, Vedan "La Vida"


スペイン語混じりのラップを披露しているDabzeeとVedanは南インドのケーララ州出身。
このアルバムにはインドのさまざまな地域のラッパーが起用されており、おそらくKSHMRは特定の都市や地域に偏らない、汎インド的なヒップホップ・アルバムを作るという意図があったのだろう。


アルバムのハイライトのひとつが、ヒップホップシーンでの評価をめきめき上げているYashrajを起用したこの曲。

KSHMR, Yashraj, Rawal "Upar Hi Upar"


Yashrajのシブいラップに90年代的なヒロイズムに溢れた大仰なビートがとても合っている。
終盤のリズムが変わるところもかっこいい。
KSHMRがこれまで手がけたことのないタイプのビートだが、この完成度はさすが。

Yashrajは、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindと共演したこの"Enemies"を含めて、3曲に参加している。

KSHMR, Hanumankind, Yashraj "Enemies"



異色作と言えるのが、バングラーのトゥンビ(シンプルなフレーズを奏でる弦楽器)っぽいビートを取り入れたこの曲。

KSHMR, NAZZ "Godfather"


この手のビートはインドには腐るほどあるのだが、やはりKSHMRの手にかかるとめちゃくちゃかっこよくなる。
NAZZ(Nasと紛らわしい)は、ムンバイのラッパー。
初めて聞く名前だが今後要注目だ。


インド全土のラッパーを起用したこのアルバムに、なんと隣国パキスタンのラッパーも参加している。

KSHMR, The PropheC, Talha Anjum "Mere Bina"


この曲では、カナダ出身のパンジャーブ系バングラーシンガー/ラッパーのThe PropheCに加えて、パキスタンのカラチを拠点に活躍しているラッパーデュオYoung StunnersのTalha Anjumがフィーチャーされている。
これは結構すごいことだと思う。

KSHMRがそのステージネームにもしているカシミール地方は、1947年の印パ分離独立以来、両国が領有権を主張し、テロや弾圧によって多くの血が流されてきた。
カシミールをめぐる問題は、長年にわたって印パ両国、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの間の対立を激化させている。
ヒンドゥー・ナショナリズム的な傾向の強いインドの現モディ政権は、ムスリムがマジョリティを占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して政府の直轄領へと再編するなど強硬な手段を取っており、厳しい状況はまだまだ終わりそうにない。

The PropheCのルーツであるパンジャーブ地方もまた、印パ分離独立時に両国に分断された歴史を持つ。
イスラームの国となったパキスタンを離れてインド側へと向かうヒンドゥー教徒、シク教徒と、インド領内からパキスタンへと向うムスリムの大移動によって起きた大混乱のなか、迫害や暴行によって100万人もの人々が命を奪われた。
これもまた、今日まで続く印パ対立の原因のひとつとなっている。

前述の通り、KSHMRはカシミール出身のヒンドゥー教徒の父を持ち、The PropheCはパンジャーブにルーツを持つシク教徒で、Talha Anjumはパキスタンのムスリムのラッパーである。
異国のリスナーの過剰な思い入れかもしれないが、歴史を踏まえると、この3人がこの時代に共演するということに、なんだか大きな意味があるように感じてしまうのである。
仮にそこに深い意味はなく、かっこいい曲を作るために適任なアーティストを集めただけだったとしても、それができるKSHMRの感性ってなんかすごくいいなと思う。
ちなみにYoung Stunnersはコロナ禍の2020年にデリーのKR$NAとの共演も実現させている。
こういう交流はどんどん進めてほしい。

他に参加しているラッパーは、デリーの元Mafia Mundeer勢からIkkaとRaftaar、プネーのマンブルラッパーMC STAN、カリフォルニアのテルグ系フィメールラッパーRaja Kumariら。

音楽的な部分以外で気になる点としては、このアルバムには、インタールードとしてオールドボリウッド風のスキットが数曲おきに収録されている。
それぞれ"The Beginning", "The Plan", "The Money", "The Girl", "The Revenge"といったタイトルが付けられていて、言葉がわからないので何とも言えないが、今作はコンセプトアルバムという一面もあるようだ。

ここまでインド市場に振り切った(インド人と一部のパキスタン人以外は聴かなそうな)アルバムを作ったKSHMRの最新リリースは、"Tears on the Dancefloor"と題したゴリゴリのEDM。
完全にインドのシーンに拠点を移すつもりはなさそうだが、この振れ幅こそが彼の魅力なのだろう。

KSHMR "Tears on the Dancefloor (feat. Hannah Boleyn)"

Ritvizとのコラボレーション"Bombay Dreams"や、インドのスラム街の子どもたちにインスパイアされたという"Invisible Children"など、近年インド寄りの側面をどんどん出してきているKSHMRは、今後ますますインドのシーンでの存在感を増してゆきそうだ。



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2022年08月09日

Emiway Bantaiと振り返るインドのヒップホップシーンの歴史!

先日、悪童のイメージが強かったムンバイの人気ラッパーEmiway Bantaiが、唐突にインドのヒップホップシーンに名を残した(っていうか今なお活躍中の)ラッパーたちへのリスペクトを表明するツイートを連投していたのを見つけてびっくりした。
彼はもともと、並外れたラップスキルを武器にいろんなラッパーにビーフを仕掛けて名を上げてきた武闘派だった。
そのスキルの高さは、数多くのラッパーがカメオ出演した映画『ガリーボーイ』でも「Emiway Bantai見たか?あいつはやばいぜ」と名指しで称賛されるほど。

荒っぽいビーフで悪名を轟かせていたEmiwayは、注目が高まったところで、いきなり超ポップな"Macheyenge"と題するシリーズの楽曲をリリースして、一気にスターダムに登りつめた。
この"Firse Machayenge"はなんとYouTubeで4.8億再生。



全方位的に失礼な物言いをさせてもらうなら、それまでインドのヒップホップシーンには、センスの悪いド派手なパーティーラッパーか、泥臭いストリート・ラッパーの二通りしかいなかったのだが、このEmiwayの垢抜けたチャラさとポップさは非常に新鮮で、大いに受けたのだった。
Emiwayはその後も、バトルモードとポップモードを自在に行き来しながら、シーンでの名声を確実なものにしていった。

自分の才能とセンスで独自の地位を確立したEmiwayは、他のラッパーとの共演も少なく、さらに上述の通り、毒舌というかビーフ上等なキャラだったので、急に「シーンの人格者」みたいなリスペクトを全面に出したツイートを連発したことに、大いに驚いたというわけである。

というわけで、今回はEmiwayの一連のツイートを見ながら、インドのヒップホップシーンの歴史を振り返ってみたい。
つい先日軽刈田によるインドのヒップホップシーンの概要を書いたばかりではあるけれど、今回はEmiwayによるシーンの内側からの視点ということで、何か新しい発見があるかもしれない。
ではさっそく、7月18日から始まったツイートを時系列順に見てみよう。


「NaezyとEmiwayがAAFATとAUR BANTAIでムンバイ・スタイルを紹介し、インドのヒップホップシーンに脚光をもたらした」

ここに書かれた、"Aafat!"は先日の記事でも紹介したNaezyのデビュー曲で、後にボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』制作のきっかけにもなった歴史に残る楽曲だ。

Emiwayの"Aur Bantai"も同じ時期にリリースされた曲なのだが、はっきり言ってNaezyの"Aafat!"と比べると、相当ダサくて野暮ったい。



ムンバイ・スタイルを決定づけた曲をNaezyの"Aafat!"の他にもう1曲挙げるとしたら、それは間違いなくDIVINEの"Yeh Mera Bombay"だと思うのだが、路地裏が舞台とはいえウェルメイドなミュージックビデオになっているYeh Mera Bombayじゃなくて、"Aur Bantai"のインディペンデント魂こそがムンバイの流儀だぜ、ってことなのかもしれない。
まあとにかく、売れっ子になってもこのミュージックビデオをYouTubeに残したままにして、こういうタイミングでちゃんと取り上げるEmiwayの真摯さは、きちんと評価したいところだ。
ちなみにEmiwayのラッパーネームにも使われているBantaiとはムンバイのスラングで「ブラザー」のような親しい仲間への呼びかけに使われる言葉。
さらに言うと、EmiwayというのはEminemとLil Wayneを組み合わせてつけたという超テキトーな名前だ。



「そしてDIVINEとNaezyの"Mere Gully Mein"(「俺の路地で」の意味)がインドのヒップホップシーンに大きな注目を集め、ボリウッドにまで結びつけた」

映画『ガリーボーイ』でもフィーチャーされたこの曲が果たした役割については、今更言うまでもないだろう。
ヒンディー語で路地を意味する'gully'を「ストリート」の意味で使い、インドの都市生活に根ざしたヒップホップのあり方を広く知らしめた曲である。





「DIVINEはメジャーレーベルと契約し、インドのラッパーたちに『成り上がり』の方法を示した」

これはまさにその通り。
DIVINEこそがインドでストリート発の成功を成し遂げた最初のラッパーだった。
個人的にグッと来たのは次のツイートだ。



「EmiwayとRaftaarのディスはインドのヒップホップを次のレベルへと引き上げた。
このビーフによって誰もがインドのヒップホップについてもっと知ることになった」

ここでEmiwayは、かつての敵に、過去を水に流して称賛を送っているのである。
Raftaarはデリーのラッパーで、ボリウッドなどのコマーシャルな仕事もするビッグな存在だったのだが、その彼がEmiwayに対して「彼みたいなラッパーが大金を稼ぐのは無理だろう」と発言したのがことの発端だった。
インドで最初の、そして最も注目を集めたビーフが幕を開けたのだ。
(その経緯については、この記事に詳しく書いている)
当時EmiwayがRaftaarをディスって作った曲がこちら。




ちなみにこの曲、2番目のヴァースではDIVINEを、3番目のヴァースではモノマネまで披露してMC STANを痛烈にディスっている。
今となっては抗争は終わって、リスペクトの気持ちだけが残ったということなのだろう。
Emiwayは、DIVINEやMC STANに対しても、今回の一連のツイートでリスペクトを表明しており、彼らとのビーフはいずれも手打ちになったようだ。



「映画『ガリーボーイ』がインドのヒップホップシーンをメインストリームに引き上げるために大きな役割を果たした。NaezyとDIVINE、この映画に関わった全てのアーティストにbig upを」

NaezyとDIVINEをモデルにした『ガリーボーイ』については、今読み返すとちょっと恥ずかしくなるくらい熱く紹介してきたので今回は割愛。



この映画によってヒップホップがインドの大衆に一般に広く知られるようになったことを否定する人はいないはずだ。



「MC STANが新世代の音楽をインドのヒップホップシーンにもたらした」

これは遠く日本からシーンをチェックしている私にも明白だった。
それまでマッチョというかワイルド一辺倒だったインドのヒップホップシーンに、細くてエモでメロディアスなラップを導入したMC STANは、シーンの様相を一気に変えたゲームチェンジャーだった。





KR$NAもデリーのラッパー。
2006年にデビュー(といってもMySpaceで最初の楽曲を発表したという意味だが)したかなり古参のラッパーで、かつてはRaftaarと共闘してEmiwayと対立関係にあった。
ここでいう「リリカル・ゲーム」が何を指しているのかちょっと分からないが、ビーフのことか、ライム(韻)以上の面白さを歌詞に取り入れたという意味だろうか。
KR$NAは、最近ではEmiwayの'Machayenge'シリーズを引き継いだ(?)楽曲をリリースしているので、今となっては良好な関係を築いているのかもしれない。


Emiwayの一連の楽曲と比べるとずいぶんとダークでヘヴィだが、この曲が"Macheyenge", "Firse Macheyenge", "Macheyenge 3"と続いたシリーズの正式な続編なのかどうか、ちょっと気になるところではある。

かつての敵たちにリスペクトを表明した後のこの一言がまたナイスだ。


「Emiway Bantaiはインディペンデントなシーンをインドのヒップホップに知らしめ、自分自身の力だけでビッグになれることを万人に示した」

どうでしょう。
「お前じゃ無理とかなんとか言われたけどさ、ま、言ってた奴らもリスペクトに値するアーティストたちだし、根に持っちゃいないよ。でも俺は、大手のレーベルにも所属しないで、自分自身の力だけでここまで成し遂げたんだけどね」ってとこだろうか。
このプライドはヒップホップアーティストとしてぜひ持ち続けていてほしいところ。




かと思えば、今度はインドのヒップホップシーンで古くから活躍していたアーティストたちにまとめてリスペクトを表明している。
Baba Sehgalは1992年に、国内でのヒップホップブームに大きく先駆けて、「インド初のラップ」とされる"Thanda Thanda Pani"をヒットさせたラッパー。


そもそもVanilla Iceの"Ice Ice Baby"をパクッたしょうもない曲なわけだが、それでもここでシーンの元祖の名前を切り捨てずにちゃんと出すところには好感が持てる。
Apache Indianは90年代に一瞬ヒットしたインド系イギリス人のダンスホールレゲエシンガー、Bohemiaはパキスタン系アメリカ人のラッパーで、2000年代初頭から活動しているDesi HipHop(南アジア系ヒップホップ)シーンの大御所だ。
Mumbai's Finest, Outlaws, Dopeadeliczは、いずれも2010年代の前半から活動しているムンバイの老舗クルー。
他にムンバイでは、Swadesi Movement(社会派なリリックと伝統音楽との融合が特徴のグループ)、フィメール・ラッパーのDee MCの名前が挙げられている。
BlaazeやYogi Bはタミルのラッパー、MWAはBrodha VSmokey the Ghostがベンガルールで結成していたユニットで、サウスにも目配りが効いている。

あと、正直に言うとこれまで聞いたことがなかったラッパーの名前も挙げていて、Pardhaan(インド北部ハリヤーナー), KKG(パンジャービーラッパーのSikander Kahlonを輩出したチャンディーガルのグループらしい)、Muhfaad, Raga(どちらもデリーのラッパー)というのは初耳だった。



「Honey Singhこそがインドでコマーシャルラップに脚光を浴びせた張本人だ」


個人的にもう1か所グッと来たのは、Emiwayのようなストリート上がりのラッパーたちが無視・軽蔑しがちなコマーシャルなラッパーたちにもきちんとリスペクトを示しているところ。
Honey Singhはその代表格で、人気曲ともなればYouTubeで数千万〜数億回は再生されているメインストリームの大スターだ。
ただ、あまりにもコマーシャルなパーティーソングばかりのスタイルであるがために反感を買いがちで、5年くらい前、インドのストリート系ラッパーのYouTubeのコメント欄には「Honey Singhなんかよりこの曲のほうがずっとクール」みたいなコメントが溢れていたものだった。
まあでも、彼のような存在がいたからこそ、その後のストリート系ラッパーたちのスタイルが際立ったのも事実で、ド派手なダンスチューンとともにラップという歌唱法をインドに知らしめたその功績はもちろん称賛に値する。






BadshahもHoney Singhと同様のコマーシャル・ラッパーで、Ikkaは彼らと同じグループから出てきたもうちょっとストリート寄りのスタイルのラッパー(ちなみにRaftaarも同じMafia Mundeerというクルーの出身)、Seedhe Mautはこのブログでも何度も取り上げてきた二人組だ(ここまでデリー勢)。
Enkoreはムンバイ、Madhurai Souljourはタミル、Khasi Bloodzは北東部メガラヤ州のラッパー。
ジャンルや地域に関わらずリスペクトするべき相手はちゃんとリスペクトするぜ、ということだろう。
さっきから見ていると、Emiway、デリーのシーンはずいぶんチェックしているようである。



「俺のブラザー、MINTAにもbig upを。彼はインドのヒップホップシーンの一端を担っていたが、俺の成功のために全ての力を注ぎ込んでくれていたから、これまで自分の楽曲をリリースしてこなかった。ようやく彼は自分自身の音楽のフォーカスしているところだ。彼がインドのヒップホップシーンで果たしてきた大きな役割に対してbig upを」

MINTAはEmiwayのレーベルBantai Recordsのラッパーで、このツイートを見る限り、これまでは裏方として彼を支えてきてくれたようだ。
ここで言うブラザーが本当の血縁関係なのか、仲間の意味なのかは分からないが、共演した楽曲をリリースしたばかりなので、いずれにしても彼をフックアップしたいという意図があるのだろう。




パンジャーブ系イギリス人のラッパー/バングラー・シンガーのManj MusikとRaftaarが共演した"Swag Mera Desi"は、自分のルーツを誇ることがテーマの2014年にリリースされた楽曲。





そして先日亡くなったSidhu Moose Walaへの追悼も。
Sidhuが属していたパンジャービー系バングラー・ラップのシーンは、ムンバイのEmiwayとはあまり接点がなさそうだが、それだけ大きな存在だったのだろう。



「そしてシーンにいる全てのアンダーグラウンド・アーティストたちにリスペクトを。君たちはもっと評価されるべきだ。俺もかつては君たちみたいだった。君たちが俺よりもビッグな存在になれることを神に祈っているよ」

Emiway, これをさらりと言えるポジションまで腕ひとつで成り上がってきたところが本当にカッコイイ。
あの垢抜けない"Aur Bantai"を見た後だと、非常に説得力がある。



「俺はみんなに感謝しながらも、自分だけの力でここまでやってきた。だからお前にもできるはずだ。他人に感謝しているからって、萎縮する必要はない。ポジティブさを広めれば、お前にもポジティブなものが返ってくる」

さんざん他のラッパーをディスっていたEmiwayが言うからこその深みのある言葉だ。



そして改めてDesi HipHopのパイオニアであるBohemiaへのリスペクトを表明して、一連のツイートを終えている。
この言動は、彼がシーンの悪童から人格者の大物ラッパーへと脱皮したことを示しているのだろうか。
頼もしさとともに一抹の寂しさも感じてしまうが、きっとEmiwayは、何ヶ月かしたら、何事もなかったかのように他のラッパーをディスりまくる曲をリリースしたりすることだろう。
Emiway Bantaiはそういう男だと思うし、またそれがたまらない魅力だと思う。


最後に、ちょっと意地悪だが、彼が名前を挙げなかったラッパーやシーンについて書いてみたい。
Emiway自身も「誰か忘れていたらゴメン」と書いているし、ビーフの相手にもリスペクトを表明しているくらいだから、単に忘れたか、交流がないというだけだとは思うのだけど、ここから彼の交流関係やシーンの繋がりの有無を見ることができるはずだ。


私が思う「彼が名前を挙げてもよかったラッパー」としては、2000年代前半にバングラー・ラップを世界中に知らしめたパンジャービー系イギリス人Panjabi MCと、シク教徒ながらバングラーらしさ皆無のハードコアなヒップホップスタイルでデリーから彗星のように登場したPrabh Deepだ。
シーンを概観したときに、Panjabi MCはインド系ヒップホップのオリジネイターの一人として、Prabh Deepは新世代のラッパーとして、必ず名前を挙げるべき存在だと思うのだが、Emiwayはやはりパンジャーブ系ラッパーとはあまり接点がないのだろう。

地域でいえば、ベンガル地方のラッパー(Cizzyとか)の名前も挙がっていないし、テルグー語圏(ハイデラーバードあたりとか)やケーララのラッパーにも触れずじまいだったが、これもやはり、地理的・言語的な問題で交流がないからではないかと思う。
「インドのヒップホップ」と一言で言っても、地理的にも言語的にも、距離による隔たりは大きいのだ。
自分自身も、南のほうはあんまり馴染みがないこともあって、ヒンディー語圏中心の話題になりがちなので、ちょっと気をつけないといけないなと思った次第。


いずれにしても、唐突に一皮剥けて大人になった感じのツイートを連投したEmiwayが、このあとどんな楽曲やパフォーマンスを披露してくれるのか、ますます楽しみである。



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2022年04月16日

アトロク出演!「インドのヒップホップ スタイルウォーズ」

先日4月13日(水)に、TBSラジオの「アフター6ジャンクション」こと通称アトロクに出演してきました。
今回のテーマは「インド・ヒップホップのスタイルウォーズ」。
こんな日本国内で興味を持っているのはほぼ自分一人なんじゃないか、みたいな内容を特集してくれて、公共の電波に乗せてしゃべらせてもらえるっていうのはもう本当にありがたい限りです。

 アトロクに声をかけていただいたのは昨年6月の「ボリウッドだけじゃない!今、世界で一番面白いのはインドポップスだ!」特集に続いて二度目。
今回も8時台の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーで、たっぷりと語らせてもらいました。
それにしても、自分みたいなヒップホップの知識の薄くて浅い人間が、あの宇多丸さんの前でヒップホップを語るっていうのは毎度冷や汗が出る。

個人的には、宇多丸さんが「普通にかっこいい曲が多かった」と言ってくれたのが感慨無量でした。
「インドのヒップホップ」っていうと、イロモノ的音楽ジャンル、あるいは社会学or文化人類学的案件(アメリカの黒人文化が南アジアでどう受容/実践されているか的な)として扱われがちななかで、日本におけるヒップホップカルチャーの生き字引的な宇多丸さんに「音楽として」という部分で評価してもらえたというのは、紹介者としてめちゃくちゃうれしかった。

というわけで、今回は、BGMとして流れた曲も含めて、番組では分からなかった面白い&かっこいいミュージックビデオ(曲によるが)とともに改めて紹介。
カッコ良かったり、インド的クールネスに溢れていたりする楽曲とミュージックビデオの世界観を楽しんでもらえたらと思います。


MC STAN "Insaan"

インドのヒップホップ新世代を代表するラッパー。
この「弱々しさ」をかっこよさとして見せる感覚はインドでは完全に新しい。
SFなんだかファンタジーなんだかわからないこの感覚も、わかりやすいヒップホップが多かったインドでは斬新すぎるくらい斬新。
ちなみにタイトルの意味は「人間」とのこと。


MC STAN "How To Hate"

アトロクではBGMとしてかかった曲。
トラックも自ら手掛けるMC STANの最新アルバム"INSAAN"は全曲オートチューンがかかった現代的ヒップホップ 。
まさにふつうに「今」だし、かっこいい。


Punjabi MC (Ft. Jay-Z) "Beware of Boys (Mundian To Bach Ke)"

全てはここから始まった。
インド系イギリス人のPanjabi MCは、自らのルーツであるパンジャーブ州の伝統音楽バングラーをヒップホップ的に解釈したこの曲で1998年に一発屋的にブレイク。
一時期世界的に流行したバングラー・ビートは、インドに逆輸入されて、今日に至るまで売れ続けているパーティー系ラップミュージックの基礎となった。
2003年にはJay-Zがリミックスしたこのバージョンはバングラーブームの世界的到達点だった。


Seedhe Maut Feat. MC STAN "Nanchaku"

この曲もBGMとしてかかった曲で、とくに紹介しなかったけど、トラップを取り入れた新感覚インド・ヒップホップを象徴する名曲。(これまた普通にかっこいい)
世界中のラッパーが取り入れている三連を基調にしたフロウをヒンディー語のラップに導入。
インドのヒップホップシーンの中で、言葉をラップに乗せる技法が猛烈な勢いで進化していることを感じる。
Seedhe Mautはデリーのラップデュオ。
歯切れの良い二人のラップと、フィーチャー参加のMC STANとのマンブルラップ的スタイルの違いも楽しめる(どっちもスキル高い)。


Badshah, Aastha Gill "Abhi Toh Party Shuru Hui Hai"

インドでいわゆるストリート的なヒップホップが認知される前の時代、ラップはインドではエンタメ的ダンスミュージックとしてもてはやされていた。
この曲は2014年のボリウッド映画に使われた曲で、YouTubeで6億再生!
BadshahはYo Yo Honey Singhと並んでエンタメ系ラップを代表するアーティストの一人。
いつもヒップホップを「抑圧された人々の声なき声を届ける音楽」みたいな切り口で紹介しがちになってしまうが、パーティーミュージックや拝金主義だってこのジャンルを形成する大事な一要素なわけで、このチャラさもきちんと評価したい(ような気もする)。



MC Altaf "Code Mumbai 17"

2010年代後半に勃興したムンバイ発のストリートヒップホップ「ガリーラップ」(Gullyはヒンディー語で狭い路地を表し、すなわちストリートの意)を代表する曲のひとつ。
2019年の曲だが、宇多丸さん曰く「1997年くらいの音」。まさに。
17(ヒンディー語で「サトラ」と読む)はムンバイにあるアジア最大のスラム、ダラヴィの郵便番号。
日本で言うとOzrosaurusが提唱していた横浜の「045エリアみたいな」という話になったので、以前から思っていた「"AREA AREA"と繋げたらいい感じになりそう」と言ったら、宇多丸さんが「めっちゃ合う!」ってリアクションしてくれたのはうれしかったな。
この曲ね。
このビートとラップの感じ!
2001年のヨコハマの日本語ラップと2019年のムンバイのヒンディー語ラップが邂逅するこの奇跡!



Rapperiya Baalam feat. J19Squad, Jagirdar RV, Anuj "Raja"

「インド各地・各言語のラップを紹介!」というコーナーの最初にBGMでかかった曲。
インド西部の砂漠が広がるラージャスターン州のヒップホップ。
ローカル色あふれる移動遊園地みたいなところを練り歩くラッパーたちが最高。
着飾ったラクダの上に民族衣装で得意げにまたがるRapperiya Baalamは、ロウライダーをこれ見よがしに乗り回すウェッサイのラッパーのインド的解釈(のつもりはないだろうが、意味的には同じだと思う)。


Brodha V "Aatma Raama"

インドにおけるヒップホップ黎明期である2012年に、南インドのIT都市ベンガルールのラッパーBrodha Vがリリースした曲。
インドのヒップホップは本家を真似た英語ラップから始まった。
この曲は、不良の道からヒップホップに出会って更生したことと、ヒンドゥー教の神ラーマへの祈りがテーマになっていて、つまりクリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップというわけだ。
アメリカ文化のインド的解釈が秀逸で、かつ曲としてもかっこいい。
Brodha Vはこのブログで最初に紹介したラッパーでもある。


Rahul Dit-O, S.I.D, MC BIJJU "Lit Lit"

こちらは同じベンガルールだが、地元言語カンナダ語のラップ。
サウス(南インド)の言語は、単語の音節が多いという特徴からか、こういうマシンガンラップ的なフロウのラッパーが多いという印象がある。


Santhosh Narayanan, Hariharasudhan, Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan "Semma Weightu"

続いて南インドのタミルナードゥ州の言語、タミル語のラップを紹介。
この曲は『ムトゥ 踊るマハラジャ』で有名なタミル映画のスーパースター、ラジニカーントが主演した2018年の映画"Kaala"に使われた曲。
映画のストーリーは、ムンバイ(マハーラーシュトラ州というところにある)のスラム街のなかのタミル人コミュニティが、ヒンドゥー・ナショナリズムや地元文化至上主義の横暴に対して立ち上がるというもの。
マサラワーラーの武田尋善さんが以前言っていた「ラジニカーントはタミルのJBみたいなところがある」という説を軸に紹介したんだが、この曲のラジニは、街のB-BOYたちを「若いやつらもなかなかやるね」と見守る、まさにゴッドファーザー・オブ・ソウルの貫禄。
ファンク的なサウンドとともに、ブラックパワー・ムーブメントとの共鳴を感じる。
あとラジオでは言い忘れたけど、この曲(というか映画)で、ヒンドゥーとムスリムなど、異なる信仰・文化を持った人たちのスラムでの共生が、ナショナリズムと対比して描かれているところは特筆すべきところだ。



Cizzy "Middle Class Panchali"

番組ではBGMに合わせて紹介した、インド東部の都市コルカタのラップ。
ベンガル語を公用語とするこの街は、アジア人初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや、あの黒澤明が「彼の映画を見たことがないのは、この世で太陽や月を見たことがないのと同じ」と評したという往年の名監督サタジット・レイを輩出した文化都市としての一面も持っている。
さらには、古典音楽の中心地のひとつでもあり、イギリス統治時代には首都が置かれていた、西洋と東洋が交わる街という歴史も持つ。
ジャジーで落ち着いたビートにやわらかなベンガル語のラップが乗るこの曲は、まさにコルカタのそうした歴史にふさわしいサウンドだ。


Hiroko & Ibex - Aatmavishwas "Believe in Yourself"
ここからインドの古典音楽/伝統音楽とヒップホップの融合、というコーナー。
番組でもちょっとだけ触れましたが、この曲はムンバイ在住のインド古典舞踊カタック・ダンサーで、シンガーとしても活動しているHiroko Sarahさんが地元のラッパーIbexと共演している曲。
Hirokoさんはインドの古典舞踊に出会う前、日本に住んでいたときはクラブで踊りまくってたそうで、インド人ではないけれど、インド古典と西洋音楽を融合している人。
この曲は、タブラ奏者が口でリズムを表現(bolという)した後、同じリズムをタブラで叩くソロパートや、レゲエをルーツに持つIbexのダンスホール的なフロウのラップも聴きどころ。


Viveick Rajagopalan feat.Swadesi  "Ta Dhom"

南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanが、古典のリズムと現代音楽の融合を試みたBandish Projektの曲。
ムンバイのストリートラップデュオSwadesiとの共演で、南インド古典音楽のリズムが徐々にラップになってゆくという妙味が味わえる。
古典音楽という確立した伝統を持つ世界のアーティストが若いラッパーと共演したり、ヒップホップというインドではまだ新しいジャンルのアーティストが自分たちの伝統文化との融合を意識したり、インドのヒップホップシーンははヨコ軸(ヒップホップ的スタイルの違い)とタテ軸(自分たちの歴史)どちらの多様性も広がっているところが面白い。

この曲を紹介するときに引用させてもらった「西のベスト、東のベスト」が融合している、というのは、このRHYMSTER feat.ラッパ我リヤの『リスペクト』から。



Young Stunners, KR$NA  "Quarentine"


最後に紹介したのはこの曲。
パキスタンはカラチのラップデュオ、Young StunnersとデリーのベテランラッパーKR$NAが、インド全土がCOVID-19のためにロックダウンしていた2020年にコラボレーションしてリリースされた"Quarantine"だ。
ご存知のようにインドとパキスタンは歴史的な経緯や領土問題で対立関係にあり、核ミサイルを向け合っている非常に緊張した状況にある。
パキスタンはイスラームを国教とし、インドはヒンドゥー教徒がマジョリティであって、さまざまな考えの人がいるとはいえ、控えめに言っても、両国の国民に融和的な雰囲気が強いとは言い難い(この曲でコラボレーションしているラッパーたちもムスリムとヒンドゥーだ)。

そんな両国間の対立の中、ロックダウンで外出もままならなかったであろう彼らが、おそらくはインターネットで音源のやりとりをしながら作成したのがこの曲だ。
YouTubeのコメント欄には両国のヒップホップファンからの絶賛のコメントが並んでいて、読んでいて胸が熱くなる。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、国と国との対立や侵略や市民の殺戮など、殺伐としたニュースが続くが、ヒップホップというサブカルチャー(世界的にはメインカルチャーでは、南アジアではまだサブカルチャーという意味で)が、政治や宗教の対立を超えて、この二つの国のアーティストと国民を結びつけたということに、希望を感じている。



と、いろんなスタイルに溢れたインドのヒップホップを紹介させてもらいました!
番組内でもお伝えした通り、次回があれば、インドの女性ラッパーたちを紹介できたらと思っています。

また出られたらいいなー。


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goshimasayama18 at 21:57|PermalinkComments(0)

2021年09月01日

あらためて、インドのヒップホップの話 (その2 デリー&パンジャービー・ラッパー編 バングラー系パーティー・ラップと不穏で殺伐としたラッパーたち)



DelhiRappersラージュ

例えばラジオ番組とかで、「インドのヒップホップを3曲ほど選曲してほしい」なんて言われると、ついムンバイのラッパーの曲ばかり挙げてしまうことが多い。
ムンバイの曲ばかりになってしまう理由は、やはり映画『ガリーボーイ』をめぐる面白いストーリーが話しやすいのと、抜群にポップで今っぽい曲を作っているEmiway Bantaiの存在が大きい。

とはいえ、州が違えば言葉も文化も違う国インドでは、あらゆる都市に個性の異なるヒップホップシーンがある。
というわけで、今回は首都デリーのヒップホップシーンについてざっと紹介します!

ご覧の通り、デリーという街は北インドのほぼ中央に位置している。
(まずはちょっとお勉強っぽい話が続くが辛抱だ)
DelhiMap
(画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Delhi

ここで注目すべきは、デリーの北西にあるパキスタンと国境を接したパンジャーブ州。
インドとパキスタンの両国にまたがる地域であるパンジャーブは、男性信徒のターバンを巻いた姿で知られるシク教の発祥の地として知られている。
1947年、インドとパキスタンがイギリスからの分離独立を果たすと、パキスタン側に住んでいたシク教徒やヒンドゥー教徒たちは、イスラームの国となるパキスタンを逃れて、インド領内へと大移動を始めた。
同様にインド領内からパキスタンを目指したムスリムも大勢いて、大混乱の中、多くの人々が暴力にさらされ、命が奪われる悲劇が起きた。
それが今日に至る印パ対立の大きな原因の一つになっているのだが、今はその話はしない。
パキスタン側から逃れてきたパンジャーブの人々は、その多くがパンジャーブに比較的近い大都市であるデリーに住むこととなった。
結果として、デリーのシーンは、パンジャービー(パンジャーブ人)の音楽が主流となったのである。

パンジャービーには、北米やイギリスに移住した者も多い。
彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックと彼らの伝統音楽であるバングラー(Bhangra)を融合し、バングラー・ビートと呼ばれるジャンルを作り上げた。
2003年に"Mundian To Bach Ke"を世界的に大ヒットさせたPanjabi MCはその代表格だ。
デリーのパンジャービーたちは、本国に逆輸入されたバングラー・ビートを実践し、インドのヒップホップの第一世代となった。
この世代を代表しているのが、Mafia Mundeerというユニット出身のラッパーたちだ。




キャリアなかばで空中分解してしまったMafia Mundeerの詳細はこれらの記事を参照してもらうことにして、ここでは、その元メンバーたちの楽曲をいくつか紹介することとしたい。

彼らの中心人物だったYo Yo Honey SinghとBadshahは、その後、バングラービートにEDMやラテン音楽を融合したパーティーミュージックで絶大な人気を誇るようになった。


Yo Yo Honey Singh "Loka"


Badshah "DJ Waley Babu"

オレ様キャラのHoney Singhはリリックが女性蔑視的だという批判を浴びることもあり、アルコール依存症になったり、少し前には妻への暴力容疑で逮捕されたりもしていて、悪い意味で古いタイプの本場のラッパーっぽいところがある(USと違って銃が出てこないだけマシだが)。

この二人はヒット曲ともなるとYouTubeの再生回数が余裕で億を超えるほどの大スターだが、その商業主義的な姿勢ゆえに、ガリーラップ世代のヒップホップファンから仮想敵として扱われているようなところがある。
(一時期、インドのストリート系のラッパーの動画コメント欄は「Honey Singhなんかよりずっといい」みたいな言葉で溢れていた)

Mafia Mundeerの元メンバーの中でも、より正統派ヒップホップっぽいスタイルで活動しているのがRaftaarとIkkaだ。


Raftaar "Sheikh Chilli"

この曲は前回のムンバイ編で紹介したEmiway BantaiとのBeefのさなかに発表した彼に対する強烈なdissソング。
RaftaarとEmiwayのビーフについては、この記事に詳しく書いている。



IKKA Ft. DIVINE Kaater "Level Up"
Mafia Mundeerの中ではちょっと地味な存在だったIkkaは、今ではDIVINEとともにNASのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、本格派ラッパーとしてのキャリアを追求している。

もちろん、デリーにパンジャーブ系以外のラッパーがいないわけではなく、その代表としては'00年代なかばから活動しているベテランラッパーのKR$NAが挙げられる。

KR$NA Ft. RAFTAAR "Saza-E-Maut"
ちなみにこの曲でKrishnaと共演しているRaftaarも、バングラー・ラップのシーン出身ではあるが、もとはと言えばパンジャービーではなく南部ケーララにルーツを持つマラヤーリー系だ。


パンジャービー・シクのラッパーといえばバングラー・ラップというイメージを大きく塗り変えたのが2017年に"Class-Sikh"で鮮烈なデビューを果たしたPrabh Deepだ。
黒いタイトなターバンをストリート・ファッションに合わせ、殺伐としたデリーのストリートライフをラップする彼は、相棒のSez on the Beat(のちに決裂)のディープで不穏なトラックとともにシーンに大きな衝撃を与えた。

Prabh Deep "Suno"


彼が所属するAzadi Recordsは、デリーのみならずインド全土のアンダーグラウンドな実力派のラッパーを擁するレーベルで、デリーでは他にラップデュオのSeedhe Mautが所属している。


Seedhe Maut "Nanchaku" ft MC STAN


この曲はプネー出身の新鋭ラッパーMC STANとのコラボレーション。
彼らは意外なところでは印DM(軽刈田が命名したインド風EDM)のRitvizとも共演している。

Ritviz "Chalo Chalein" feat. Seedhe Maut
インドのインディーミュージックシーンでは、こうしたジャンルを越えたコラボレーションも頻繁に行われるようになってきた。
デリーのレーベルでは、他にはRaftaarが設立したKalamkaarにも注目すべきラッパーが多く所属している。


Prabh Deep以降、パンジャーブ系シク教徒でありながら、バングラーではないヒップホップ的なラップをするラッパーも増えてきている。
例えばこのSikander Kahlon.

Sikander Kahlon "100 Bars 2"


その一方で、このSidhu Moose Walaのように、バングラーのスタイルを維持しながら、ヒップホップ的なビートを導入しているアーティストも存在感を増している。

Sidhu Moose Wala "295"



Deep Kalsi Ft. KR$NA x Harjas x Karma "Sher"



Siddu Moose Walaはカリスタン独立派(シク教徒の国をパンジャーブに建国するという考えを支持している)という少々穏やかならぬ思想の持ち主だが、彼の人気はすさまじく、Youtubeでの動画再生回数は軒並み数千万〜数億回に達している。
パンジャービー、バングラーとヒップホップの関係は、一言で説明できるものではなくなってきているのだ。(ちなみにSikander KahlonもSiddu Moose Walaも、デリー出身ではなくパンジャーブ州の出身)



最後に、デリー出身のその他のラッパーをもう何人か紹介したい。

Sun J, Haji Springer "Dilli (Delhi)"

Karma "Beat Do"

パンジャービーの影響以外の点で、デリーのヒップホップシーンの特徴を挙げるとすれば、このどこか暗く殺伐とした雰囲気ということになるだろうか。
デリーのラッパーのミュージックビデオは、なぜか夜に撮影されたものが多く、内容も暴力や犯罪を想起させるものが少なくない。
他の都市と比較して、自分の街への愛着や誇りをアピールした曲が少ないのも気になる要素だ。
デリーの若者は自分たちの街にあんまりポジティブなイメージを持っていないのだろうか。

とはいえ、こうしたダークなラップがまた魅力的なのもまた事実で、独特な個性を持ったデリーのシーンには今後も注目してゆきたい。


(ムンバイ編はこちら)




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goshimasayama18 at 20:27|PermalinkComments(0)

2021年03月07日

人気ラッパーEmiway Bantaiとインドのヒップホップの'beef'の話

今回は、インドのヒップホップ界の「ビーフ」の話。
インドのラッパーのビーフに関する記事を最初に見つけた時、私はてっきり、神聖視されている牛の肉を食べたラッパーがヒンドゥー・ナショナリストに襲撃されたとか、そういうニュースかと思ってしまった。
(インドのラッパーにはムスリムやクリスチャンも多いし、そういうことが起きそうな状況が今のインドにはある)
よく読んだら、そうではなくて、あのラッパー同士のディスりあいのほうのビーフだった。
そう、ヒップホップが急速に一般化したインドでも、ビーフは起こっている。
口が達者で議論好きなインド人がラッパーになれば、ビーフが起こらないわけがないのだ。

今回の主役は、インドのヒップホップ界にビーフを定着させた第一人者にして人気ラッパーのEmiway Bantai.
ボリウッドのヒップホップ映画『ガリーボーイ』にカメオ出演していたのを覚えている人もいるだろう。
ビーフで名を挙げたガリー(ストリート)・ラッパーというイメージからは想像しづらいかもしれないが、最近のEmiwayはかなりコマーシャルな路線に転換していて、昨年リリースされた"Firse Machayenge"はYouTubeで3億5000回以上も再生されている。
 
Emiwayはかなり器用なラッパーで、この曲のようなコマーシャル(チャラい)路線からアグレッシブなストリート・ラップまで、曲ごとに巧みにスタイルを使い分けているのだが、まずは彼のこれまでの人生、そしてビーフの戦歴を振り返ってみよう。

Emiway BantaiことBilal Shaikhは1995年、ベンガルールのムスリムのミドルクラス家庭に生まれた。
やがて家族とムンバイに移り住んだBilal少年は、10年生(高校1年)までは成績優秀で医者を目指していたという。
ところが、Eminemの音楽と出会ったことで運命が変わってしまう。
ヒップホップにはまって11年生では見事に落ちこぼれ、趣味で撮影していたたラップビデオの反応良かったという理由で、本気でラッパーを目指すようになったという。
ここまで、なんだか両親を心配させてしまいそうな経歴である。
彼のラッパー ネームの'Emiway'は敬愛するEminemとLil Wayneの名前を組み合わせたもので、Bantaiは'brother'のような意味で使われるムンバイのストリートのスラングだ。

だが、彼は真剣だった。
2013年に英語でラップした"Glint Lock" (feat. Minta)でデビューし(といっても、個人で撮った動画をYouTubeにアップしただけのようだが)、家族のサポートは受けずにHard Rock Cafeで働きながらラッパーとしての活動を続けた。
彼もまた、この時代のインドの多くのインディー・ラッパー同様に英語でラップを始め、やがて北インドのメジャー言語であるヒンディー語へと転向する。
彼の初のヒンディー語ラップは2014年リリースの"Aur Bantai".
この時期の彼の曲やスキルはまだ拙く、改めて紹介するほどのレベルでないものが多いが、逆にいうとそれだけ彼が成長したということ。
今でもYouTubeで手作り感満載の初期のミュージックビデオが見られるので、興味のある人は見てみてください。
公式チャンネルにあえてこの頃の作品を残しているEmiwayも潔くてイイ。

その後、持ち前のセンスを開花させた彼は徐々に人気を獲得し、2016年には、この"Aisa Kuch Shot Nahi Hai"でRadio City Freedom Awardを受賞。
受賞式の会場は、彼がかつて働いていたHard Rock Cafeだった。
ここからEmiwayの快進撃が始まる。
2017年にはデリーの人気ラッパーRaftaarとのコラボレーション"#Sadak"をリリース。
(Raftaarとその仲間たちの紆余曲折については、この記事で紹介しています)

二人の自在なフロウと高いスキルが充分に味わえるこの曲でEmiwayはさらに名声を高め、冒頭部分で聴かれる「まるめなー」('Maloom hai na'=「分かってるな」といった意味)というフレーズは、その後の彼の決め台詞となってゆく。

だが、ボリウッドなどのメインストリームでも活躍しているRaftaarが「彼みたいなラッパーが大金を稼ぐのは無理だろう」という発言したことにEmiwayが反応し、二人の間のビーフが勃発。
Emiwayは2018年10月に、Raftaarに向けたdiss-song "Samajh Mein Aaya Kya"をリリースする。
 
彼のステージネームのルーツであるEminemを思わせる、怒りと苛立ちのこもったフロウが圧巻だ。
Emiwayは、最初のヴァースでRaftaarの発言を痛烈に批判。
ここにインドで最初の、そして最も注目を集めたdiss-warが幕を開けた。

特筆すべきなのは、この曲でEmiwayは、Raftaarだけでなく、ムンバイのストリート・ヒップホップシーンの兄貴分的存在のDIVINEと、プネー出身の新進ラッパー MC STANをも強烈にディスっているということ。
DIVINEに関しては、Emiwayに対して「YouTubeの再生回数を稼ぐのは、SpotifyやGaanaのストリーミング再生されるより簡単なことだ」と発言したことが気に入らなかった様子。
EmiwayはDIVINEに「インドのすべてのラッパーはYouTubeからキャリアをスタートさせている。YouTubeが必要ないっていうなら自分の動画をYouTubeから削除したらどうだ」と反論し、この曲の2番のヴァースでは、ストリート育ちを自認するDIVINEがメジャーレーベルであるソニーミュージックのバックアップを受けていることをバカにして、自分は完全にインディペンデントであることを誇示している。

3番目のヴァースで標的にしているMC STANに対しては、小バカにしたような物真似まで披露していて完全におちょくっている。
MC STANはUSでいうとマンブルラップ以下の世代のような、インドでは新しいタイプのラッパー。
ここ数年で、Emiway同様に敵を作りながらもめきめきと評価を上げている大注目のアーティストで、近いうちに詳しく紹介しようと思っている。

(MC STANについてはこの記事でも紹介しています)

MC STANとの間に何があったのかは分からないが、とにかくEmiwayは、共演したメインストリームラッパー(Raftaar)からストリートシーンの大御所(DIVINE)、そして若手(MC STAN)まで、全方位的にディスを撃ちまくっているわけだ。

話をRaftaarとのビーフに戻すと、この曲を受けてRaftaarはレスポンスとして"Sheikh Chilli"を発表。
「俺は真実を語っただけ/お前は注目を集めたいだけのただのガキ/俺がデリーでホテルから食事からスタジオまで、全て世話してやったことを忘れたのか?/それが今度はdiss-songか/ムスリムなら嘘はつくな/お前がやってることはDIVINEとNaezyがしたことをなぞっているだけ」
と手厳しくEmiwayをこきおろした。

それに対してEmiwayは"Giraftaar"をリリース。
「メインストリームにセルアウトしたRaftaarはアンダーグラウンドじゃ何の存在感もない」とレスポンス。
これに対するRaftaarのレスポンスはなく(通常の楽曲リリースに戻った模様)、またEmiwayも『ガリーボーイ』への出演や、久しぶりに英語でラップした"Freeverse Feast(Daawat)"がMTV Europe Music AwardsでBest India Actを獲得するなど大きく評価を上げ、二人のビーフはどうやら小康状態となっている模様。

MTV EMAを受賞した"Freeverse Feast(Daawat)"は、いつの間にか英語ラップのスキルも上げていたEmiwayのマシンガンラップが圧巻。

いずれにしても、EmiwayはRaftaarとのビーフで知名度を上げ、話題性だけではなく高いスキルをも示して人気アーティストの仲間入りを遂げたというわけだ。
(もちろんそこには彼のスキルだけではなく、コマーシャルな楽曲のセンスもあったことは言うまでもない)
ビーフ当時は生意気な若造のEmiwayよりもRaftaarやDIVINEを支持する声のほうが多かったようだが、今ではすっかり彼らと肩を並べる人気ラッパーとなった。

ところで、"Samajh Mein Aaya Kya"のセカンドヴァースで攻撃されたDIVINEも黙ってはいなかった。
Emiwayが"Hard"で再びYouTubeの再生回数をテーマにした攻撃的なリリックを披露すると、これをさらなる自分へのdissと捉えたDIVINEは、反撃を開始する。

長くなるので詳細は省くが、これに対してDIVINEは"Chabi Wala Bandar"と"Such Bol Patta"の2曲のdiss-trackで応酬。
Emiwayも"Gully Ka Kutta"でリアクションする。

Diss-songのときのEmiwayは本当にアグレッシブでかっこいい。
この曲でもEmiwayは高いラップスキルを存分に発揮していて、一本調子なフロウの多いDIVINEを徹底的にやりこめようとしているかのようだ。

その後、二人は直接話し合って誤解が解け、このビーフは終了。
じつはEmiwayの"Hard"はDIVINEではなくデリーのベテランストリートラッパーKR$NAに向けられたものだったのだが、DIVINEが自分のことだと勘違いして応戦してしまったというのが真相だったらしい。
これはDIVINEがちょっとかっこわるかった。

ちなみにEmiwayがKR$NAを"Hard"でディスったのは、どうやらこの曲で喧嘩を売られたことに対するリアクションだったようだ。

この曲でKR$NA はのっけからEmiwayを名指しすると、彼の決め台詞の「まるめなー」もパクって(1:02くらいのところ)挑発している。
どうやらKR$NAは、Emiwayがリリックの中で「俺こそがmotherclutching(聞いたことがない単語だがmotherfxxkingのインド的言い換え?)ビーフラッパー/インドをレペゼンする唯一の男」とか「俺は小さく見えても超ハード、止められる奴がいるならかかってきな」と表明しているのに対して挑戦したということのようだ。
KR$NAはRaftaarとの交友もあるようなので、Emiwayとのビーフは望むところだったのだろう。


いずれにしても、ビーフによってインドのヒップホップ界がいっそう盛り上がっていることは間違い無いだろう。
Raftaarは、Hindustan Timesのインタビューでビーフについて端的にこう語っている。
(Emiwayとの確執について聞かれて)
「これはヒップホップのdiss-warというもので、お互いを批判するラップを出しあうのさ。ラッパーならよくあることで、俺たちは詩人(poet)なんだ。考えてみなよ。彼と俺との間に問題があるからって、ストリートで殴り合ってたら野蛮人と同じだろ。俺たちは詩人だから代わりに言葉を使う。(中略)(このビーフで)彼の人気が出たんじゃないかな。もししなかったら、彼のことなんて誰も知らなかったと思う。才能がある人なら誰だって、俺との戦いを通して有名になってもいい。これはフェアなんだ。神様がそういうふうに取り計らっているのさ」

EmiwayがRaftaarにビーフを仕掛けて知名度を獲得したように、今度はKR$NAが盟友Raftaarの敵役でもあり、勢いに乗っているEmiwayに挑んで存在感を高めようとしているのかもしれない。
(実際、KR$NAはずっとデリーを拠点に活動しているようなので、ムンバイのEmiwayに喧嘩を売って話題作りをするはプロモーション的にも理にかなっているように思う。)

つまり、人気スターも続々登場しているとはいえ、まだまだメインストリームにはほど遠いインドのヒップホップ界のアーティストたちにとって、ビーフは手軽に注目を集め、スキルとセンスを示すことができる手段になっているのだ。
幸いというか、Raftaarが語ったようなフェアな精神がインドのヒップホップ界には生きていて、ラッパー同士のビーフが暴力的な抗争に発展するようなことは知る限りでは起きていない。


今回の記事の主人公であるEmiwayは、いろんなラッパーとのビーフに励む一方、楽曲のリリースも多作で、ますます評価と知名度を上げているようだ。
1月末にリリースされた英語とヒンディーのバイリンガルの"What Can I Do"は英語字幕もついていて、自身が得意とするビーフ関するリリックも入っている。
冒頭から「まるめなー」も健在。

現時点での最新の楽曲は2月28日にリリースされた"No Love".
共演しているLokaはラッパー以外にモデルや俳優もこなす人物のようだ。
お聴きの通りこちらはかなりコマーシャルな路線。
この曲のプロデュースはNRI(在外インド人)のAAKASHが手掛けている。


硬派路線のDIVINEや、メインストリーム路線だった頃からの反動で急速にストリート路線に振り戻しつつあるRaftaarと違い、Emiwayは天性の「センスの良いチャラ」さみたいなものがあって、それがボリウッド系の売れ線ラップとも違う、彼の独特の魅力になっている。
多くのラッパーが、有名になるにつれて、リアルなストリート路線と派手なエンターテインメント路線の間で右往左往しているのに対して、Emiwayはどんなときも自然体でいるように見える。

彼はいまだに大手のレーベルやプロダクションには所属しておらず、完全にインディペンデントなチームで活動しているようで、そのせいか大手メディアにもほとんど掲載されないし、情報発信はもっぱらSNSやYouTubeなどで自ら行なっているようだ。
(再生回数億超えのラッパーなのに、2021年3月7日現在、いまだにWikipediaの項目すら作られていない!)

こうした彼のスタンスは、まさにインドの新世代を代表するアーティストにふさわしいと言ってよいだろう。
スキルとセンスと軽さを兼ね備えたEmiway Bantaiの快進撃は、まだまだ終わりそうもない。


(参考サイト)
https://wikibio.in/emiway-bantai-rapper/

https://genius.com/Emiway-bantai-samajh-mein-aaya-kya-lyrics

https://www.quora.com/Why-did-Divine-diss-Emiway-Bantai

https://www.hotfridaytalks.com/music/emiways-spits-fire-in-his-new-diss-track-samajh-mein-aaya-kya/ 

https://www.indilyrics.in/2018/10/sheikh-chilli-raftaar-song-lyrics-english-translation-real-meaning.html
 
https://www.hindustantimes.com/music/raftaar-on-diss-war-with-emiway-he-is-a-misguided-kid-i-am-the-mature-one/story-vu2MIDfWPCDCzZZ0GJWOGK.html

https://www.quora.com/Why-did-Krsna-diss-Emiway-Do-you-think-what-he-said-about-him-in-the-diss-is-correct 




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goshimasayama18 at 17:35|PermalinkComments(0)