Ikka
2023年12月28日
2023年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10
今年もインドのインディペンデント音楽シーンがどんどん大きく、面白くなった1年でした。
もはやとても一人の力で掘り続けるのは無理なほどに巨大化してしまったシーンのなかで、これこそが注目すべきトピック(シングル、アルバム、ミュージックビデオ、出来事)だと思ったものを、10個ほど選んで紹介させてもらいます。
10個並べてるけど、順位はとくになし。
ジャンル的にも地理的にも多様化しまくっているインドのシーンから10個トピックを選ぶのはとても難しかったけど、5年後、10年後に振り返った時に、「そうそう!あのときがこのブームのきっかけだったよね」とか「そういえばあんなことあったなあ」と思えそうなものを選んでみたつもり。
Bloodywood来日
まさか去年に続いて今年もBloodywoodの来日を10大トピックの筆頭に挙げることになるとは思わなかった。
彼らが今年6/28に大阪(梅田TRAD)、6/29に渋谷(Spotify O-EAST)で開催したワールドツアーのファイナル公演は凄まじかった。
去年のフジロックの「誰だかよく分からないけど、こいつらスゲエ!」という状態とは異なり、誰もがBloodywoodことを知っていて、高い期待を抱いているという状況の中で、彼らはその予測を軽々と上回るパフォーマンスを披露した。
ギターソロはなく、ドラムセットもバスドラ1つ、タム1つと極めてシンプルな音楽性とステージセットで観客を熱狂させた彼らのスタイルは、新世代ヘヴィミュージックのひとつの雛形としても注目に値するものだった。
JATAYU来日
今年のフジロックでもインドのバンドが優れたパフォーマンスを見せた。
チェンナイのカルナーティック・ジャムバンドJATAYUは前夜祭とField of Heavenに出演。
去年のBloodywoodのような大規模ステージやド派手な音楽性ではなかったこともあり、大きなセンセーションを巻き起こすには至らなかったが、JATAYUは日本のリスナーがこれまで聴いたことがない浮遊感溢れるフレーズとタイトなグルーヴで確かな爪痕を残した。
インタビューによると、彼らはシンガポールのショーケースイベントに出演したときに関係者の目に留まり、フジロックの出演につながったとのこと。
今年リリースした台湾のバンド「漂流出口」との共演曲"The Wild Kids"も、アジア的な混沌をロックで表現した出色の作品だった。
(漂流出口もすごく面白くて良いバンドです)
Sid Sriram "Sidharth"(アルバム)
今年はメインストリームのど真ん中で活躍している映画のプレイバックシンガー(吹き替え歌手)が、相次いで充実したオリジナル(非映画)アルバムを発表した年でもあった。
インドにおいて「インディーズ音楽」とは、「映画音楽ではない音楽」を指す概念だと言っても過言ではない。
メジャーの真ん中で活躍しているアーティストがインディペンデントを志向する時代がインドにやってきたのだ。
カリフォルニア在住のSid Sriramが、現地の(インド系ではない)ミュージシャンと制作した現代的R&Bスタイルのこのアルバムを「インドのインディー音楽」として扱うべきかどうかは悩んだが、こうした背景と内容の素晴らしさを考えれば、この10選から外すわけにはいかないだろう。
カルナーティック音楽をルーツに持つ彼の歌声は信仰に根差した聖性を湛えていて、結果的にゴスペルのような美しさが感じられる。
以前の記事でも紹介したので今回は別の曲をピックアップしたが、アルバム中の"Dear Sahana"と"Do the Dance"はとくにその傾向が強く、涙が出そうなくらい感動した。
他に今年リリースされたプレイバックシンガーのインディペンデント作品としては、Armaan Malikの"Only Just Begun"も現在進行形のヒンディーポップスのが楽しめる佳作だった。
この作品にはヒップホップビートメイカーKaran Kanchanも参加していて、インディペンデントとメジャーの垣根がますます低くなってきていることを感じさせられた。
KSHMR "Karam"
KSHMRのインドのヒップホップ界への参入は、成長と拡大の一途を辿るシーンへの黒船来航とも言える出来事だった。
世界的に高い評価を得るインド系アメリカ人のEDMプロデューサーである彼は、今作では個々のラッパーの良さを引き出すビートメーカーの役割に徹し、ラテンやインド映画音楽の要素をスパイスとしたトラックの数々に彩られた名作を生み出した。
インドの音楽シーンが国内に閉じているのではなく、グローバルにつながっていることを感じさせるアルバムだ。
Chaar Diwaari X Gravity "Violence"
6月に旅行で来日していたビートメーカーのKaran Kanchanが注目アーティストとして名前を挙げていたのがこのChaar Diwaariだった。
ニューデリー出身のこのラッパーはまだ20歳(!)。
アンダーグラウンドの空気感を濃厚にまとった"Barood"や"Garam"といった個性的なトラックだけでなく、ギタリスト/ソングライターのBhargと共演したポップな"Roshini"など、アクの強さだけではない豊かな才能を示す楽曲を2023年に多数リリースした。
今後の活躍がもっとも期待されるアーティストの一人である。
KSHMRの"Karam"のような話題作から、彼のような超新星の出現まで、今年もインドのヒップホップシーンは非常に豊作だったと言える。
Ikka Ft.MC STAN "Urvashi"
Ikkaはパンジャービー系パーティーラップシーンで一世を風靡したYo Yo Honey SinghとBadshahを擁したデリーの伝説的ヒップホップクルーMafia Mundeer出身のラッパー。
ド派手で商業的なスタイルで人気を博したHoney SinghやBadshahとは異なり、ヒップホップのルーツに忠実な活動を重ねているIkkaが、マンブルラップ的な新世代フロウをインドに持ち込んだMC STANと共演したのがこの曲。
サウンドの印象としてはIkkaがかなりMC STANに寄せているように聴こえるが、ミュージックビデオを見るとMC STANがパーティーラップ的なスタイルに接近しているようにも見える。
プロデュースはアメリカで活躍するバングラデシュ出身のプロデューサーのSanjoy.
ボリウッドソングのマッシュアップをきっかけに在外南アジア系コミュニティから人気に火がついた彼の起用は、メジャー/インディー、国内/国外の垣根が意味を失いつつあるインドのシーンを象徴する人選だ。
そういえば、今年はHoney Singhがムンバイのストリート出身のスターEmiway Bantaiのプロデュースした楽曲もリリースされた(曲としてはイマイチ)。
ますますボーダレス化が進むインドのヒップホップシーンの今後がますます楽しみだ。
Diljit Dosanjh X SIA "Hass Hass"(シングル) "Ghost"(アルバム)
最近ずっと思っているのが、そろそろバングラーというジャンルを再評価すべき時期が来ているのではないか、ということ。
バングラーは、世界的にはPanjabi MCらが活躍した'00年代前半にブームを迎え、ほどなく下火になったジャンルかもしれないが、北インドでは今日に至るまで継続的に高い人気を誇っている。
インドのみならず、パンジャーブ系住民の多いオーストラリアや北米では、昨今バングラーシンガーがアリーナ規模のライブを成功させている(ただし観客はほぼ南アジア系だが)。
ジャマイカンにとってのレゲエやアフリカ系アメリカ人にとってのヒップホップのように、バングラーはパンジャービーたちの魂の音楽として愛され続けているのだ。
バングラーの特筆すべきところは、愛され続けているだけではなく進化しつづけていることで、Diljit Dosanjhがオーストラリア出身の人気シンガーSIAをフィーチャーしたこの曲は2023年度版バングラーを象徴する楽曲と言えるだろう。
Diljitが今年リリースしたアルバム"Ghost"も23曲入りというとんでもないボリュームで、現代型バングラーラップの理想系を示した作品だった。
昨年Sidhu Moose Walaの死という悲劇を迎えたバングラー界だが、それでもシーンは希望と意欲に満ちており、明るい未来が期待できる。
The Yellow Diary "Mann"
上質なヒンディー語のインディーポップを作り続けているムンバイのバンドThe Yellow Diaryは、この新曲"Mann"で変わらぬセンスの良さを見せつけた。
ボリウッド映画に使われても良さそうなキャッチーなヒンディー語ポップスだが、ジャジーなピアノやギターに彼ら独自の個性が光る。
音楽スタイル的にメジャーとインディーズの中間に位置するバンドであり、洋楽志向に偏りがちなインドのインディーポップシーンでインドらしさ溢れるサウンドを作る彼らは稀有な存在だ。
Sunflower Tape Machine "Rosemary"
インディーロック勢ではチェンナイを拠点に活動するAryaman SinghのソロプロジェクトSunflower Tape Machineがリリースした"Rosemary"の繊細な美しさも素晴らしかった。
楽曲ごとにアンビエント、シューゲイザー、80’s風ポップと作風を変えながら、1年に1、2曲のみリリースするという非常にマイペースな活動を続けている彼の最新作は、アコースティックギター1本で聴かせるフォークポップ。
シンプルこの上ない楽曲をメロディーとハーモニーで聴かせるセンスに痺れた。
日本からインドの音楽シーンをチェックしていて、彼のような完全にインディペンデントな才能に出会えたときの感動はひとしおだ。
Komorebi "The Fall"(アルバム)
デリーを拠点に活動しているKomorebiは、アニメなど日本の文化の影響を受けているTarana Marwahによるソロプロジェクト。
以前からポップなエレクトロニカを聴かせてくれていたが、今作ではぐっとスケール感を増してノルウェーのAURORAのような幻想的で美しい作品を作り上げた。
Easy Wanderlings, Dhruv Visvanath, Blackstratbluesといったインドのインディーズシーンを代表するアーティストのコラボレーションも作品に華を添えている。
こうした無国籍で高品質な楽曲がリリースされているということもインドの音楽シーンの誇るべき部分であり、もっと世界が注目してくれたらいいのにといつも思っている。
というわけで2023年の10選はこんな感じでした。
今年は秋以降のヨギ・シン来日騒動(騒いでいたのは自分だけだが)もあり、シーンをあまり細かくチェックできていなかったので、きっとここに挙げた以外の素晴らしい作品や出来事もたくさんあったことと思う。
次点はムンバイのロックバンドThe Lightyear Explodeのアルバム"Suburban Prose".
80’s〜90年代前半の雰囲気のあるポップでキャッチーな曲がたくさん入ったアルバムなので、興味がある人はぜひチェックしてみてほしい。
あとコルカタのラッパーCizzyは今年クラシック級の名曲を何曲もドロップしていた。
(例えば"Number One Fan", "Baad De Bhai")
注目されることが少ないベンガル語ラップに正当な評価を与えるためにも選びたかったのだが、ジャンルのバランスを考えて泣く泣く選外とした。
過去2年分の軽刈田セレクトによる年間トップ10もいちおう貼っておきます。
毎年面白くなり続けているインドの音楽シーン、来年はどんな作品がリリースされるのか、ますます楽しみだ。
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goshimasayama18 at 15:03|Permalink│Comments(0)
2022年03月04日
インドのラッパー第三世代 MC STANはヒップホップの地図を塗り替えるか
プネー出身のラッパーMC STANがニューアルバム"Insaan"をリリースした。
…と書いている今は2022年。
彼についてはもっと早く書くべきだった!
もたもたしているうちに、MC STANはインドのヒップホップ地図を塗り替えつつある。
彼はインドのヒップホップに、同時代の世界と共通する新しい空気感を持ち込み、ほとんどたった一人でシーンの雰囲気を刷新してしまった。
MC STANを発見したのは2020年11月に実施したオンライン・イベント'STRAIGHT OUTTA INDIA'のためのネタ探しをしていたときのこと。
このイベントでパキスタンのラッパーを紹介してくれたちゃいろさんが、「なんかすごいラッパーがいる!」と教えてくれたのが、今にして思えばMC STANらしからぬ、宗教的なテーマのこの曲だった。
"Astaghfirullah" (2020)
このジャジーなビートと内省的なラップ!
タイトルの"Astaghfirullah"とは、イスラーム教徒が己の過ちを認め、神に許しを乞うときに使う言葉だそう。
あまりにイスラーム色の強い内容に、最初はパキスタンのラッパーかと思っていたのだが、よくよく調べてみると、ムンバイと同じインドのマハーラーシュトラ州の街、プネー出身のムスリムの若手ラッパーだということが分かった。
ここまで宗教的な内容ながらも、隠しきれないワルっぽさがまた魅力的だ。
すぐに他の曲もチェックしてみたのだが、じつはこの"Astaghfirullah"は極めて例外的な曲で、ふだんのMC STANは、どうしようもない悪童だということが分かった。
2018年にリリースしたデビュー曲はこんな曲。
"Wata" (2018)
当時、MC STANは18歳。
タイトルの'Wata'というのはおそらくプネーのスラング(ヒンディー?マラーティー?はたまたムスリムだからウルドゥー?)で、'fxxk off'という意味らしい。
同時期にリリースした"Samaj Meri Baat Ko"では、人気ラッパーのEmiway Bantaiをディスっていたようで、それに対してEmiwayは"Samajh Mein Aaya Kya?"でSTANのモノマネを交えて痛烈にアンサー。
(余談だが、Emiwayはこの曲でムンバイの大御所DIVINEとデリーのRaftaarにもビーフを仕掛けている。その詳細はこちらの記事でどうぞ)
そのEmiwayに対するSTANからのさらなるアンサーがこの"Khuja Mat"という曲らしい。
"Khuja Mat"(2019)
さっきの"Wata"もこの曲も字幕をオンにするとリリックの英訳が読めるのだが、その言葉づかいの汚ねえこと!
まあとにかく、これだけの実力とインパクトのあるラッパーが、知らないところで登場していたということに驚いた。
自分はインドの音楽メディアはそれなりにチェックしているつもりだが、"STRAIGHT OUTTA INDIA"を開催した2020年11月の時点で、MC STANについて書かれた記事を見た記憶はなかった。
あとになって分かったことだが、どうやらMC STANは、メディア先行型ではなく、YouTubeやソーシャルメディアを通して名声と人気を獲得した、新しいタイプのラッパーだったのだ。
"Wata"や"Khuja Mat"のような曲でラッパーとしての「悪名」を高めた彼は、そこで方向転換して信仰をテーマとした"Astaghfirullah"をリリースし、一気にファンの支持を集めたようだ。
ネット上で見る限り、初期の楽曲に対する反応は、「生意気なガキ」といったものが目立っていたが、"Astaghfirullah"へのリアクションはほとんどが好意的なものだった。
STANはインドではマイノリティであるムスリムだが、この国では信心深いことは宗教を問わず美徳とされている。
信仰をテーマにした曲は、端的に言ってディスりづらいし、共感も得やすい。
どこまで狙ってやったのかはわからないが、インドで名を売る手段としては、非常によく考えられている。
もちろん、彼が非常に高いスキルとセンスを兼ね備えたラッパーであるということが前提である。
"Astaghfirullah"で神に向かって悔い改めたSTANは、その後悪事から足を洗って改心したのかというと、そんなことは一切なく、再び不道徳路線に回帰。
この"Ek Din Pyaar"(2020)では「俺のことが嫌いなんだろう?」と挑発的なリリックを披露している。
"Hosh Mai Aa"(2020)
この曲の3:10くらいからのシーン、今のインド社会ではギリギリの表現(というか、YouTubeというメディア以外ではアウト?)。
"Ek Din Pyaar"冒頭の女性たちの同性愛的なシーンも、彼がムスリムであることを考えるとかなり挑発的な描写だ。
いずれも2020年にリリースされたアルバム"Tadipaar"に収録されている曲。
内容の過激さばかりが目についてしまうが、ここに来て、ミュージックビデオもかなり洗練されてきていることにも注目。
当初は典型的なガリーラップ(インド版ストリートラップ)的だった映像が、どんどんスタイリッシュになってきている。
スタイリッシュといえば、STANのもうひとつの特徴といえるのが、彼のヨレヨレした独特のフロウ、そしてスキニーなシルエットを取り入れたファッションだ。
このスタイルは、もちろん世界的なヒップホップシーンの潮流に沿ったものなのだが、男らしさを前面に押し出すことが多かったインドのシーンのなかで、彼はひときわ新しく、異物感を感じさせるほどに目立っている。
彼のことを「インドのヒップホップ第三世代」と名付けた所以である。
あくまで私見だが、インドのヒップホップの第一世代を定義づけるとするならば、それは2010年代前半からデリーを中心に勃興したパンジャービー系のラッパーたちということになるだろう。
彼らはパンジャーブ州の伝統音楽バングラーの流れをくむド派手で成金趣味なパーティーラップ的スタイルを特徴とし、ヒップホップの成り上がり的側面を模して人気をあつめた。
その中心となったのは、Yo Yo Honey Singh, Badshah, Raftaar, Ikkaら、Mafia Mundeerというユニットのメンバーたちで、彼らについてはこの記事で詳述している。
第二世代にあたるのが、2015年以降に登場したムンバイのガリーラッパーたちだ。
(「ガリー」はヒンディー語で、「路地」を意味する言葉)
より等身大な「ストリートの音楽」としてのヒップホップに焦点をあてた彼らは、もともとメジャーとは無関係なアンダーグラウンドな存在だったが、ムンバイのシーンをテーマにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』(2019)によって、一気に注目を集めるようになった。
その代表を挙げるとすれば、やはり同作のモデルとなったDIVINEとNaezyということになるだろう。
この頃から、インドでは多くの都市で同時多発的にストリートラップのシーンが形成され、各地域・各言語で活躍するラッパーたちが誕生した。
だが、いずれの世代にしても、インドのラッパーたちは、アディダスのジャージやオーバーサイズのTシャツ、ゴールドのチェーンで男らしさやワイルドさを誇る、90年代的なセンスとスタイルを特徴としていた。
これは、インド社会が持つ保守性や、男性のマッチョ的な魅力を賛美する傾向とも無関係ではないだろう。
(たとえばボリウッドの男性スターたちは、そのほとんどが現実離れしているほどの筋肉質の肉体美を誇っている)
まあとにかく、MC STANは、同時代のグローバルなヒップホップシーンが持つ、ただワルっぽいだけでなく、ちょっとナードというか病みっぽいというか反マッチョ的というか、そういうひねくれた雰囲気をインドに持ち込んだパイオニアなのだ。
GQ Indiaの記事では、彼のことを評した記事に、第三世代ならぬ'Indian Hip Hop 2.0'というタイトルが付けられていた。
じつは、MC STANがフェイバリットとして挙げているのは2Pac, Eminem, Lil wayne, Rakim, 50Cent, LL Cool Jといった90年代を中心としたヒップホップアーティストたちであり、そのあたりはインドの第2世代ラッパーたちとほとんど変わらないのだが、彼はインタビューで「俺はニュースクールなことををやり続けたいね。スキニージーンズにマンブルラップみたいなヴァイブで、メロディーもあるやつだよ」と語っている通り、かなり意図的に新しいスタイルを取り入れているようだ。
それが自然にできているのは、1999年生まれという世代的な理由もあるだろう。
彼の才能はラップやファッションにとどまらない。
じつは、ここまで紹介してきた曲を含めて、彼の楽曲のトラックは全て彼自身の手によるものなのだ。
ビートメイクとラップの両方にここまで才能を発揮しているアーティストは、インドでは他にデリーのPrabh Deepくらいしか思い当たらない。
また、ヨレヨレしたフロウが特徴的な彼だが、ラップスキルの高さは相当で、例えばデリーの新世代ラップデュオSeedhe Mautと共演したこの"Nanchaku"では、3番目のヴァースで登場した瞬間に楽曲の空気を一変させ、気怠さと鋭さをあわせ持つその個性を存分に見せつけている。
Seedhe Maut "Nanchaku ft MC STAN"(2021)
今回も前置きが長くなってしまったが、MC STANのニューアルバム"Insaan"は、彼の持つメランコリックかつ危うげな魅力がより強く打ち出された作品となっている。
"Insaan"(2022)
芯が細く頼りなさすら感じさせるラップやオートチューンを使った歌メロ、叙情的なストリングスに不安定さを感じさせる不規則なビート。
マッチョな世界観とは完全に決別したエモでメロウなサウンドは、世界的なヒップホップのトレンドともシンクロしたものだ。
驚くべきはゲスト陣で、なんとこのアルバムには、「インドのヒップホップ第一世代」であるデリーのRaftaarとIkkaが参加している。
"How to Hate Ft. Raftaar"(2022)
"Maa Baap ft. IKKA"(2022)
RaftaarもIkkaも、すでにパーティーラップ的な路線から硬派なスタイルに転向して久しいが、ここでは完全にSTANのスタイルに合わせたフロウを披露している。
彼らの新しいスタイルへの適応力にも驚かされるが、インドのヒップホップシーンの重鎮をここまで自分の色に染めてしまうSTANも凄い。
それにしても、STANはデリーのラッパーとの共演が目立つ。
今ではプネーからムンバイに活動の拠点を移しているようだが、スタイルの違いやかつてのビーフから、ムンバイのラッパーたちとは関係がよくないのだろうか。
地元のラッパーとはつるまない孤独感も彼らしいといえば彼らしい。
彼はこれまで、レコード会社やレーベルに頼らず、完全にインディペンデントな立場で楽曲をリリースしてきたが、このアルバムからSTAN本人が設立したHindi Recordsというレーベルからのリリースという体裁を取っている。
このレーベルが彼のためだけのものなのか、他のアーティストのリリースも行うのか、現時点では不明だが、いずれにしても楽しみな動きではある。
ちなみにMC STANの表記は、Aの代わりにデルタの記号を使ってMC STΔNと書くのが正式なようだが、サブスクなどでは検索のしやすさを考えてか、アルファベットのSTANという表記を採用しており、この記事でもアルファベット表記とした。
というわけで、今回はインドのヒップホップ新世代を象徴するラッパー、MC STANをたっぷりと紹介してみた。
彼に続く世代がどんなサウンドを作ってゆくのか、インドのヒップホップシーンはますます面白くなってきた。
参考記事:
https://www.gqindia.com/entertainment/content/indian-hip-hop-20-mc-stans-tadipaar-from-pune-to-mumbai
https://rollingstoneindia.com/mc-stan-talks-debut-album-tadipaar-new-direction/
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goshimasayama18 at 22:06|Permalink│Comments(0)
2021年09月01日
あらためて、インドのヒップホップの話 (その2 デリー&パンジャービー・ラッパー編 バングラー系パーティー・ラップと不穏で殺伐としたラッパーたち)

例えばラジオ番組とかで、「インドのヒップホップを3曲ほど選曲してほしい」なんて言われると、ついムンバイのラッパーの曲ばかり挙げてしまうことが多い。
ムンバイの曲ばかりになってしまう理由は、やはり映画『ガリーボーイ』をめぐる面白いストーリーが話しやすいのと、抜群にポップで今っぽい曲を作っているEmiway Bantaiの存在が大きい。
とはいえ、州が違えば言葉も文化も違う国インドでは、あらゆる都市に個性の異なるヒップホップシーンがある。
というわけで、今回は首都デリーのヒップホップシーンについてざっと紹介します!
ご覧の通り、デリーという街は北インドのほぼ中央に位置している。
(まずはちょっとお勉強っぽい話が続くが辛抱だ)

(画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Delhi)
ここで注目すべきは、デリーの北西にあるパキスタンと国境を接したパンジャーブ州。
インドとパキスタンの両国にまたがる地域であるパンジャーブは、男性信徒のターバンを巻いた姿で知られるシク教の発祥の地として知られている。
1947年、インドとパキスタンがイギリスからの分離独立を果たすと、パキスタン側に住んでいたシク教徒やヒンドゥー教徒たちは、イスラームの国となるパキスタンを逃れて、インド領内へと大移動を始めた。
同様にインド領内からパキスタンを目指したムスリムも大勢いて、大混乱の中、多くの人々が暴力にさらされ、命が奪われる悲劇が起きた。
それが今日に至る印パ対立の大きな原因の一つになっているのだが、今はその話はしない。
パキスタン側から逃れてきたパンジャーブの人々は、その多くがパンジャーブに比較的近い大都市であるデリーに住むこととなった。
結果として、デリーのシーンは、パンジャービー(パンジャーブ人)の音楽が主流となったのである。
パンジャービーには、北米やイギリスに移住した者も多い。
彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックと彼らの伝統音楽であるバングラー(Bhangra)を融合し、バングラー・ビートと呼ばれるジャンルを作り上げた。
2003年に"Mundian To Bach Ke"を世界的に大ヒットさせたPanjabi MCはその代表格だ。
Karma "Beat Do"
パンジャービーの影響以外の点で、デリーのヒップホップシーンの特徴を挙げるとすれば、このどこか暗く殺伐とした雰囲気ということになるだろうか。
デリーのラッパーのミュージックビデオは、なぜか夜に撮影されたものが多く、内容も暴力や犯罪を想起させるものが少なくない。
他の都市と比較して、自分の街への愛着や誇りをアピールした曲が少ないのも気になる要素だ。
デリーの若者は自分たちの街にあんまりポジティブなイメージを持っていないのだろうか。
とはいえ、こうしたダークなラップがまた魅力的なのもまた事実で、独特な個性を持ったデリーのシーンには今後も注目してゆきたい。
(ムンバイ編はこちら)
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2003年に"Mundian To Bach Ke"を世界的に大ヒットさせたPanjabi MCはその代表格だ。
デリーのパンジャービーたちは、本国に逆輸入されたバングラー・ビートを実践し、インドのヒップホップの第一世代となった。
この世代を代表しているのが、Mafia Mundeerというユニット出身のラッパーたちだ。
キャリアなかばで空中分解してしまったMafia Mundeerの詳細はこれらの記事を参照してもらうことにして、ここでは、その元メンバーたちの楽曲をいくつか紹介することとしたい。
彼らの中心人物だったYo Yo Honey SinghとBadshahは、その後、バングラービートにEDMやラテン音楽を融合したパーティーミュージックで絶大な人気を誇るようになった。
Yo Yo Honey Singh "Loka"
Badshah "DJ Waley Babu"
オレ様キャラのHoney Singhはリリックが女性蔑視的だという批判を浴びることもあり、アルコール依存症になったり、少し前には妻への暴力容疑で逮捕されたりもしていて、悪い意味で古いタイプの本場のラッパーっぽいところがある(USと違って銃が出てこないだけマシだが)。
この二人はヒット曲ともなるとYouTubeの再生回数が余裕で億を超えるほどの大スターだが、その商業主義的な姿勢ゆえに、ガリーラップ世代のヒップホップファンから仮想敵として扱われているようなところがある。
(一時期、インドのストリート系のラッパーの動画コメント欄は「Honey Singhなんかよりずっといい」みたいな言葉で溢れていた)
Mafia Mundeerの元メンバーの中でも、より正統派ヒップホップっぽいスタイルで活動しているのがRaftaarとIkkaだ。
Raftaar "Sheikh Chilli"
この曲は前回のムンバイ編で紹介したEmiway BantaiとのBeefのさなかに発表した彼に対する強烈なdissソング。
RaftaarとEmiwayのビーフについては、この記事に詳しく書いている。
IKKA Ft. DIVINE Kaater "Level Up"
Mafia Mundeerの中ではちょっと地味な存在だったIkkaは、今ではDIVINEとともにNASのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、本格派ラッパーとしてのキャリアを追求している。
もちろん、デリーにパンジャーブ系以外のラッパーがいないわけではなく、その代表としては'00年代なかばから活動しているベテランラッパーのKR$NAが挙げられる。
KR$NA Ft. RAFTAAR "Saza-E-Maut"
ちなみにこの曲でKrishnaと共演しているRaftaarも、バングラー・ラップのシーン出身ではあるが、もとはと言えばパンジャービーではなく南部ケーララにルーツを持つマラヤーリー系だ。
パンジャービー・シクのラッパーといえばバングラー・ラップというイメージを大きく塗り変えたのが2017年に"Class-Sikh"で鮮烈なデビューを果たしたPrabh Deepだ。
黒いタイトなターバンをストリート・ファッションに合わせ、殺伐としたデリーのストリートライフをラップする彼は、相棒のSez on the Beat(のちに決裂)のディープで不穏なトラックとともにシーンに大きな衝撃を与えた。
Prabh Deep "Suno"
彼が所属するAzadi Recordsは、デリーのみならずインド全土のアンダーグラウンドな実力派のラッパーを擁するレーベルで、デリーでは他にラップデュオのSeedhe Mautが所属している。
Seedhe Maut "Nanchaku" ft MC STAN
この曲はプネー出身の新鋭ラッパーMC STANとのコラボレーション。
彼らは意外なところでは印DM(軽刈田が命名したインド風EDM)のRitvizとも共演している。
Ritviz "Chalo Chalein" feat. Seedhe Maut
インドのインディーミュージックシーンでは、こうしたジャンルを越えたコラボレーションも頻繁に行われるようになってきた。
デリーのレーベルでは、他にはRaftaarが設立したKalamkaarにも注目すべきラッパーが多く所属している。
Prabh Deep以降、パンジャーブ系シク教徒でありながら、バングラーではないヒップホップ的なラップをするラッパーも増えてきている。
例えばこのSikander Kahlon.
Sikander Kahlon "100 Bars 2"
その一方で、このSidhu Moose Walaのように、バングラーのスタイルを維持しながら、ヒップホップ的なビートを導入しているアーティストも存在感を増している。
Sidhu Moose Wala "295"
Deep Kalsi Ft. KR$NA x Harjas x Karma "Sher"
Siddu Moose Walaはカリスタン独立派(シク教徒の国をパンジャーブに建国するという考えを支持している)という少々穏やかならぬ思想の持ち主だが、彼の人気はすさまじく、Youtubeでの動画再生回数は軒並み数千万〜数億回に達している。
パンジャービー、バングラーとヒップホップの関係は、一言で説明できるものではなくなってきているのだ。(ちなみにSikander KahlonもSiddu Moose Walaも、デリー出身ではなくパンジャーブ州の出身)
最後に、デリー出身のその他のラッパーをもう何人か紹介したい。
Sun J, Haji Springer "Dilli (Delhi)"
この世代を代表しているのが、Mafia Mundeerというユニット出身のラッパーたちだ。
キャリアなかばで空中分解してしまったMafia Mundeerの詳細はこれらの記事を参照してもらうことにして、ここでは、その元メンバーたちの楽曲をいくつか紹介することとしたい。
彼らの中心人物だったYo Yo Honey SinghとBadshahは、その後、バングラービートにEDMやラテン音楽を融合したパーティーミュージックで絶大な人気を誇るようになった。
Yo Yo Honey Singh "Loka"
Badshah "DJ Waley Babu"
オレ様キャラのHoney Singhはリリックが女性蔑視的だという批判を浴びることもあり、アルコール依存症になったり、少し前には妻への暴力容疑で逮捕されたりもしていて、悪い意味で古いタイプの本場のラッパーっぽいところがある(USと違って銃が出てこないだけマシだが)。
この二人はヒット曲ともなるとYouTubeの再生回数が余裕で億を超えるほどの大スターだが、その商業主義的な姿勢ゆえに、ガリーラップ世代のヒップホップファンから仮想敵として扱われているようなところがある。
(一時期、インドのストリート系のラッパーの動画コメント欄は「Honey Singhなんかよりずっといい」みたいな言葉で溢れていた)
Mafia Mundeerの元メンバーの中でも、より正統派ヒップホップっぽいスタイルで活動しているのがRaftaarとIkkaだ。
Raftaar "Sheikh Chilli"
この曲は前回のムンバイ編で紹介したEmiway BantaiとのBeefのさなかに発表した彼に対する強烈なdissソング。
RaftaarとEmiwayのビーフについては、この記事に詳しく書いている。
IKKA Ft. DIVINE Kaater "Level Up"
Mafia Mundeerの中ではちょっと地味な存在だったIkkaは、今ではDIVINEとともにNASのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、本格派ラッパーとしてのキャリアを追求している。
もちろん、デリーにパンジャーブ系以外のラッパーがいないわけではなく、その代表としては'00年代なかばから活動しているベテランラッパーのKR$NAが挙げられる。
KR$NA Ft. RAFTAAR "Saza-E-Maut"
ちなみにこの曲でKrishnaと共演しているRaftaarも、バングラー・ラップのシーン出身ではあるが、もとはと言えばパンジャービーではなく南部ケーララにルーツを持つマラヤーリー系だ。
パンジャービー・シクのラッパーといえばバングラー・ラップというイメージを大きく塗り変えたのが2017年に"Class-Sikh"で鮮烈なデビューを果たしたPrabh Deepだ。
黒いタイトなターバンをストリート・ファッションに合わせ、殺伐としたデリーのストリートライフをラップする彼は、相棒のSez on the Beat(のちに決裂)のディープで不穏なトラックとともにシーンに大きな衝撃を与えた。
Prabh Deep "Suno"
彼が所属するAzadi Recordsは、デリーのみならずインド全土のアンダーグラウンドな実力派のラッパーを擁するレーベルで、デリーでは他にラップデュオのSeedhe Mautが所属している。
Seedhe Maut "Nanchaku" ft MC STAN
この曲はプネー出身の新鋭ラッパーMC STANとのコラボレーション。
彼らは意外なところでは印DM(軽刈田が命名したインド風EDM)のRitvizとも共演している。
Ritviz "Chalo Chalein" feat. Seedhe Maut
インドのインディーミュージックシーンでは、こうしたジャンルを越えたコラボレーションも頻繁に行われるようになってきた。
デリーのレーベルでは、他にはRaftaarが設立したKalamkaarにも注目すべきラッパーが多く所属している。
Prabh Deep以降、パンジャーブ系シク教徒でありながら、バングラーではないヒップホップ的なラップをするラッパーも増えてきている。
例えばこのSikander Kahlon.
Sikander Kahlon "100 Bars 2"
その一方で、このSidhu Moose Walaのように、バングラーのスタイルを維持しながら、ヒップホップ的なビートを導入しているアーティストも存在感を増している。
Sidhu Moose Wala "295"
Deep Kalsi Ft. KR$NA x Harjas x Karma "Sher"
Siddu Moose Walaはカリスタン独立派(シク教徒の国をパンジャーブに建国するという考えを支持している)という少々穏やかならぬ思想の持ち主だが、彼の人気はすさまじく、Youtubeでの動画再生回数は軒並み数千万〜数億回に達している。
パンジャービー、バングラーとヒップホップの関係は、一言で説明できるものではなくなってきているのだ。(ちなみにSikander KahlonもSiddu Moose Walaも、デリー出身ではなくパンジャーブ州の出身)
最後に、デリー出身のその他のラッパーをもう何人か紹介したい。
Sun J, Haji Springer "Dilli (Delhi)"
Karma "Beat Do"
パンジャービーの影響以外の点で、デリーのヒップホップシーンの特徴を挙げるとすれば、このどこか暗く殺伐とした雰囲気ということになるだろうか。
デリーのラッパーのミュージックビデオは、なぜか夜に撮影されたものが多く、内容も暴力や犯罪を想起させるものが少なくない。
他の都市と比較して、自分の街への愛着や誇りをアピールした曲が少ないのも気になる要素だ。
デリーの若者は自分たちの街にあんまりポジティブなイメージを持っていないのだろうか。
とはいえ、こうしたダークなラップがまた魅力的なのもまた事実で、独特な個性を持ったデリーのシーンには今後も注目してゆきたい。
(ムンバイ編はこちら)
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goshimasayama18 at 20:27|Permalink│Comments(0)
2021年01月31日
インド・ヒップホップ夜明け前(その2)Mafia Mundeerの物語・前編
(前回の記事)
今日のインドのメジャーヒップホップシーンを築いた立役者であるYo Yo Honey Singh, Badshah, Raftaar, Ikka.
インド以外での知名度は高いとは言えない彼らだが、その人気は我々の想像を大きく上回っている。
Yo Yo Honey SinghとBadshahは、パンジャーブの伝統のリズムであるバングラーとヒップホップを融合し、さらにラテンやEDMの要素を取り入れたド派手な音楽性が大いに受け、YouTubeでの動画再生回数はともに20億回をゆうに超えている。
Raftaarは、よりヒップホップ的な表現を追求してシーンの支持を集め、やはり億単位の動画再生回数を誇っている。
Ikkaは、知名度こそ他の3人には劣るが、確かなスキルを評価されて、アメリカの超有名ラッパーNasのレーベルのインド部門であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、さらなる活躍が期待されている。
この曲で、IkkaはMass Appeal Indiaのレーベルメイトでもあるムンバイのヒップホップシーンの帝王DIVINEとの共演を果たした。
このインドのメジャーヒップホップ界の大スターたちは、いずれもかつてMafia Mundeerというユニットに所属していた。
しかし、この「インドのメジャーヒップホップ梁山泊」的なグループについて、今我々が得られる情報は、決して多くはない。
その理由が、Mafia Mundeerが本格的にスターダムにのし上がる前に解散してしまったからなのか、それとも彼らにとってあまり振り返りたくない過去だからなのかは分からないが…。
いずれにしても、彼らこそが現在までつながるインドのメインストリーム・ヒップホップのスタイルを定着させた最大の功労者であることに、疑いの余地はない。
このMafia Mundeerの中心人物は、彼らの中で最年長のこの男だった。
Hirdesh Singh - 1983年3月15日、パンジャーブ州、ホシアルプル(Hoshiarpur)生まれ。
ステージネーム、Yo Yo Honey Singh.
彼はラッパーとしてのキャリアをスタートさせる前にロンドンの音楽学校Trinity Schoolに留学していたというから、かなり裕福な家庭の出身だったのだろう。
時代的に考えて、留学先のイギリスでは、2000年台前半の最も勢いがあったころのバングラー・ビートやデシ・ヒップホップを体験したはずだ。
前回の記事で書いたとおり、イギリスに渡ったパンジャーブ系移民は、90年代以降、彼らの伝統音楽バングラー(Bhangra)を最新のダンスミュージックと融合させ、バングラー・ビートと呼ばれるジャンルを作り上げた。
デシ・ヒップホップ(Desi HipHop)とは、インド系(南アジア系)移民によるヒップホップを指す言葉で、移民にパンジャーブ系の人々が多かったこともあり、デシ・ヒップホップにはバングラーの要素が頻繁に取り入れられていた。(現在では、デシ・ヒップホップという言葉は、インド、パキスタン、バングラデシュなどの国内も含めた、南アジア系ヒップホップ全般を指して使われることもある)
デリーに戻ってきたHirdeshは、同じような音楽を愛する友人と、Mafia Mundeerを結成する。
その友人の名は、Aditya Prateek Singh Sisodia.
1985年、11月19日生まれ。
ハリヤーナー系の父と、パンジャーブ系の母の間にデリーで生まれた彼のステージネームは、Badshah.
'Badshah'とはペルシア語由来の「皇帝」を意味する言葉だが、おそらく英語の'Bad'が入っていることからラッパーらしい名前として選んだのだろう。
彼もまた、名門バナーラス・ヒンドゥー大学とパンジャーブ工科大学を卒業したエリートである。
数年後、Honey Singhは、同じくヒップホップを愛する"Black Wall Street Desis"という3人組のクルーに出会い、彼らにMafia Mundeer加入を呼びかけた。
彼らのリーダー格は、RaftaarことDilin Nair.
1988年11月17日生まれ。
バングラーなどのパンジャービー音楽との関わりが深いインドのメインストリーム・ヒップホップ界において、彼はパンジャーブのルーツをいっさい持たないケーララ出身のマラヤーリー(ヒンディー語やパンジャーブ語とはまったく異なる言語形態のケーララの言語マラヤーラム語を母語とする人)だ。
とはいえ、彼は学生時代を北インドのハリヤーナー州の寮でデリーやパンジャーブ州から来た仲間と過ごしていたそうで、インタビューで「自分にとってマラヤーリーなのは名字だけ」と語るほど北インド文化に馴染んでいるようだ。
もともとダンサーとしてコンテストに入賞するなど活躍していたが、やがてラッパーに転向したという経歴の持ち主でもある。
Raftaarの仲間の一人は、IkkaことAnkit Singh Patyal.
1986年11月16日生。
彼はパンジャーブの北に位置するヒマーチャル・プラデーシュ州の出身で、当時はYoung Amilというステージネームを名乗っていた。
もう一人の仲間は、Lil Golu.
彼は、自身が表に出るよりも、プロデューサー的な役割を担うことが多かったようで、Yo Yo Honey Singhの"Blue Eyes", "Stardom", "One Thousand Miles"といった曲を共作している。
マハーラーシュトラ州ムンバイ出身のラージプート(ラージャスターンにルーツを持つコミュニティ)一家の出身とされており、彼のみ1990年代生まれのようだ。
Black Wall Street Desisは、自分たちでリリックを書き、曲を作ってポケットマネーでレコーディングをしたりしていたという。
多くの地名が出てきたので、ここでインドの地図を貼り付けておく。

(画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Tourism_in_India_by_state)
Ikkaの故郷ヒマーチャル・プラデーシュや、Badshahの父の故郷でRaftaarが学生時代を過ごしたハリヤーナーがパンジャーブ州に隣接しているのに対し、Lil Goluが生まれたムンバイや、Raftaarのルーツであるケーララが地理的にもかなり離れた場所であることが見て取れる。
多様なバックグラウンドを持つMafia Mundeerのメンバーを結びつけたのは、ヒップホップと、そしてやはりもう一つのルーツとしてのバングラー/パンジャーブ音楽だったのだろう。
さまざまな情報を総合すると、Yo Yo Honey SinghとBadshahが出会ったのが2006年、Raftaar, Ikka, Lil Goluが加入したのが2008年のことだったようだ。
インドではまだヒップホップのリスナーもパフォーマーも少ないこの時代、デリーの街角で、5人の若者が、彼らなりのヒップホップを追求し始めた。
もちろん、まだ彼らは誰も、将来「インドのミュージックビジネスで最も稼ぐ男」と呼ばれることも、憧れのNasのレーベルと契約するようになることも想像すらしていなかったはずだ。
彼らのごく初期の楽曲を改めて聴いてみたい。
この曲ではHoney Singhはミュージックビデオには参加しているもののラップはしておらず、Bill Singhというアーティストの作品にプロデューサーとして関わったもののようだ。
もしかしたらHoney Singhがイギリス留学中に関わったものかもしれない。
音楽性はオールドスクールなバングラーとラップのフュージョン。
後ろでDJをしながら踊っているのが若き日のHoney Singhだ。
Honey SinghとBadshahが共演した"Begani Naar"は、Wikipediaによると2006年の楽曲らしい。
この時代の彼らの活動については謎が多く、楽曲のリリース年すら情報が錯綜していてウェブサイトによって異なる記述が見られる。
BadshahがCool Equal名義でRishi Singhと共演した"Soda Whiskey"は2010年の楽曲。
この頃からボリウッドのパーティーソング的な世界観に近づいてきているのが分かる。
Honey Singhが作ったトラックにBadshahのラップを乗せた"Main Aagaya"は2013年にリリースされた曲。
RaftaarとHoney Singhが共演したこの曲は、正確なタイトルすら定かではないが2010年ごろのリリースのようだ。
オールドスクールなフロウにバングラー独特のトゥンビの音色が重なってくるいかにも初期バングラー・ラップらしい楽曲。
面白いのは、彼らはつるんではいても決してMafia Mundeer名義での楽曲は発表せず、仲間同士でのコラボレーションでも名前を併記してのリリースとしていることだ。
少し後の時代にインド版ストリートラップである「ガリーラップ」のブームを巻き起こしたムンバイのDIVINEのGully Gangも同様の活動形態を取っている。
2012年にIkkaがパンジャーブ系シンガーのJSL Singhと共演した"Main Hoon Ikka".
いずれの曲もまだ拙さが目立つが、この先、彼らは加速度的に成功への道を歩んでゆく。
そして、ヒップホップへの情熱で結ばれた彼らの友情にも綻びが生まれてゆくのだが、今日はここまで!
(つづき)
(参考サイト)
https://www.shoutlo.com/articles/top-facts-about-mafia-mundeer
http://www.desihiphop.com/mafia-mundeer-underground-raftaar-yo-yo-honey-singh-badshah-lil-golu-ikka/451958
https://www.hindustantimes.com/chandigarh/punjab-is-not-on-the-cards-anymore/story-Wqt6M1lpsARdwVk3TaSSCM.html
https://www.hindustantimes.com/music/honey-singh-might-call-him-a-nano-but-raftaar-still-thinks-he-is-his-bro/story-IKDAVHj7O14CAziUC8KLBK.html
https://www.hindustantimes.com/music/honey-singh-if-my-music-is-rolls-royce-badshah-is-nano/story-lWlU4baLG2poyzpOTZfDqK.html
https://timesofindia.indiatimes.com/city/kolkata/honey-badshah-and-i-still-love-each-other-raftaar/articleshow/58679645.cms
https://www.republicworld.com/entertainment-news/music/read-more-about-raftaars-first-rap-group-black-wall-street-desis.html
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