Hashbass

2024年11月10日

ソウルフル&ファンキー! インドの新進R&B系シンガーソングライター特集


これまでにこのブログでは、Prateek Kuhad, Raghav Meattle, Sanjeeta Bhattacharya, Anoushka Maskey, Mali, Topshe,などのインディーズシーン出身のシンガーソングライターを紹介してきた。
いろんな人を紹介してはきたものの、アメリカのバークリー音楽大学出身のSanjeeta Bhattacharya以外は、どちらかというと抒情的な作風のシンガーが多かった。
これは自分の好みもあるだろうけど、インドで音楽を志す若者たちの傾向として、踊れる音楽を作りたい人はEDMを、ストリート的な表現をしたい人はヒップホップを、激しさを求める人はヘヴィメタルを、内省的な表現を好む人がSSWを選ぶという傾向があるからだろうと理解していた。(※ものすごく大雑把な括りです)

そんなインドでも、ここ数年の間に、R&Bっぽい、ポップかつ踊れる曲を作るシンガーソングライターが目につくようになってきた。

例えばこのRamanというシンガーが最近リリースした曲はこんな感じ。

Raman "Dekho Na"


歌良し、メロディー良し、声良しと、3拍子揃った才能を感じさせてくれるRamanはなんとまだ19歳!
ポップだがどこか影のある音楽性は、日本で言うと藤井風あたりに通じる印象だ。
調べてみたが出身地がどこかは分からなかったものの、ヒンディー語で歌っているのでおそらくは北インドのどこかのはず。
世界中どこの国に存在していてもおかしくないR&Bベースのポップだけど、たまに節回しがほんのちょっとだけインド風味になるところがたまらない。(言語の響きに引っ張られているのか?)


Raman "Jadui Pari"


この曲はちょっとボサノヴァっぽいコード進行で、インド人もこういうコード進行をオシャレだと感じるんだなあと思うとなかなか感慨深い。
ミュージックビデオを見る限り、Raman、見た目もなかなかのイケメンだ。
こういうタイプのシンガーが今後インドでどれくらいメジャーになるものか、気になるところではある。



カンナダ語(ベンガルールなどがある南インドのカルナータカ州の公用語)で歌うSanjith Hedgeもちょっと藤井風っぽい感じのあるR&Bスタイルのシンガー。

Sanjith Hegde "Gulaabo"


音楽のスタイルもそうだが、ミュージックビデオの無機質にも有機的にも見える複雑なコレオグラフィーや、現実とシュールが入り混じった世界観もすごく今っぽい。
インドの場合、ヒップホップではローカル色が強く出るけれど、R&Bになるとそうでもなく無国籍な感じ(ミドルクラス趣味というか)になるところも面白いと思う。
これは、楽曲が表現している内容だけでなく、作り手やリスナーの生きている世界、見ている世界の違いによるものと見ていいだろう。
あと関係ないけど、サビがちょっとゲラゲラポーみたいに聴こえる。



もうちょっとクラシックなタイプというか、ジャズっぽいアレンジの歌を歌うこんなシンガーもいる。
デリー出身のVasu Rainaのこの曲は、トランペットのイントロからしてシブい。

Vasu Raina "aag"


こうした生音っぽいグルーヴへの接近は以前特集したヒップホップのビートのディスコ化とも共鳴している感じがする。
ギターやピアノ(インドの場合、気候の影響や調律師の不足からエレピがほとんどらしい)の弾き語り的なスタイルが多かったSSWやDTMっぽいビートに飽きてきたラッパーたちが、反動としてこういうスタイルに寄せてきているのかもしれない。




同様にホーンが効いたレイドバックした曲では、ベンガルールのTushar MathurのEP "Snooze"もかなり良かった。

Tushar Mathur "Snooze"


ぶん殴られたヒゲ面のインド人男性(なぜか絆創膏に花)という、インパクトがありすぎるジャケからは想像もつかないシルキーな感触のR&Bポップスで、どことなく懐古趣味的な音像はデリーのPeter Cat Recording Co.にも通じるものがある。
(そういえば今年リリースされたPeter Cat Recording Co.の"Beta"も「上質な退屈さ」ともいえる独特の音楽性であいかわらずの良作でした)
こうした良質なインド産英語インディーズ音楽は、今のところインド国内ではそこまで市場が広がらなさそうなので、海外のリスナーにもっと見つけられてほしいな、と思うばかり。


以前紹介したSanjeeta Bhattacharyaの新曲もあいかわらずキャッチーな佳曲。
今回はJhalliという女性シンガーとのコラボになっている。

Sanjeeta Bhattacharya x Jhalli "Main Character Energy"


ミュージックビデオも凝っていて、インド女性のシスターフッド賛歌になっているところも素晴らしい。
彼女の音楽には、いつも「女性らしさを女性自身のものとして謳歌する」というテーマが通底している。

あまりインディーズ趣味に走りすぎても「インドのR&Bなんて一部の好事家がやってるだけでしょう」と思われてしまいそうなので(まあそうなんだけど)、ここでメジャーどころを。
さあざまな言語の映画のプレイバックシンガーとしても大活躍しているケーララ出身のBenny Dayalが今年リリースしたマラヤーラム語の曲はこんな感じ。

Benny Dayal & Hashbass Feat. Vivzy "Ith Athyamai"


この曲の言語はマラヤーラム語で、言語の響きに影響を受けた歌い回しが随所に散りばめられているところがまた良い。
共演のHashbassはデリーのベースギター奏者兼ビートメーカーで、VivzyはBennyと同郷のケーララのフィメール・ラッパー。
タミル系アメリカ人のSid Sriramをはじめ、プレイバックシンガーがソロでR&B系の曲をリリースするという例も増えてきたようだ。


南アジアのシンガーは、人種的な特徴からそうなるのか、男女ともにとても甘い声をしている人が多いので、ソウルやR&Bは彼らの良さがもっとも活かせるジャンルのひとつだろう。
今後、さらに魅力的なシンガーや楽曲が生まれてくることを期待したい。



さて、ここから先は記事の本題とは別の話。

最近ブログに「あなたの感覚は古すぎます」「あなたはこのアーティストに気づくのが遅すぎます」という趣旨のコメントをくれた人がいて、「こんなふうにディスられるなんて、まるでいっぱしの音楽評論家になったみたいだな」と笑ってしまったのだけど、「扱うアーティストが偏りすぎ」という指摘もあったので、誤解のないように書いておく。
多くの方はお気付きだと思いますが、このブログはインドの音楽シーン全体をくまなく紹介するものではなく、ヒップホップとかロックとか電子音楽といったジャンルを中心に、インディペンデントな形式で活動しているアーティストを中心に扱っています。

だから偏っていると言われれば、もちろん偏っている。
インドのポピュラー音楽のまだまだ本流である映画音楽もあんまり扱ってません。
理由は、映画についてはすでに優れた紹介者の方がたくさんいるし、個人的に「映画のために作られた音楽」よりも、もっと作家性の強い音楽に興味があるから。
世界最大の国のインディーズシーンが急速な勢いで発展しているということ自体わくわくするし、音楽的にかっこいいと思えるアーティストも、メジャーよりアンダーグラウンドにより多いと感じています。

インドで大衆的な人気がある音楽を知りたかったら、AIに聞くとか、サブスクの各種現地チャートをチェックするとか、インドの情報サイトをグーグル翻訳するとかでほぼ事足りてしまうので、改めて自分の言葉で文章化する必要性をあんまり感じていません。

というわけで、このブログでは、現地でそこまで「売れて」いなくても、面白いと感じたものを積極的に紹介しています。
今回紹介したアーティストも、Benny Dayal以外はインドでもほぼ無名と言っていい存在だと思います。
紹介する基準は、まず何よりも音楽的に面白いこと。かっこいいこと。
ジャンルの解釈や表現が興味深かったり、個性が強かったり、面白いストーリーがあったり、強いメッセージが込められていたり、日本や海外の音楽シーンと共鳴していたり、といったアーティストや楽曲もすすんで取り上げています。
もちろんこの基準にあてはまる音楽は人によって違うし、そもそも音楽の価値を全然違うところに見出している人も多いでしょう。

なんか軽刈田の趣味が合わないな、と思う人がいたら、ぜひSNSなりブログなりで、自分の好きな音楽を発信してみてください。
インドの音楽に注目してくれる人が増えるのは、むしろうれしいことなので。

てなわけで、今後もこのスタンスでやっていくのでよろしくね。



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goshimasayama18 at 23:24|PermalinkComments(2)

2023年03月05日

インドの古典/伝統音楽と電子音楽の融合 2023年版「印DM」!


先日、インドの無国籍風電子音楽と派手めのEDMを紹介する記事を書いたので、今回はいかにもインドらしい、インド要素を多分に含んだ電子音楽を紹介することにしてみたい。




取り扱うジャンルは、テクノ、エレクトロニカ、アンビエント、トラップ、ベースミュージックといったあたり。

何度も書いていることだが、インドでは古典音楽や伝統音楽と西洋音楽を融合したスタイルのことを「フュージョン」と呼ぶ。
フュージョンはジャズやロックやヒップホップなど、あらゆるジャンルで行われていて、もちろん電子音楽も例外ではない。
フュージョン電子音楽で面白いのは、もともとエレクトロニック系のアーティストが古典/伝統音楽を取り入れるのではなくて、古典/伝統音楽系のアーティストが電子音楽に進出している例が見られること。
例えば、コルカタ出身の女性シンガーIsheeta Chakrvarty.
北インドの古典音楽ヒンドゥスターニーの声楽をベースにしたフュージョンシンガーである彼女は、ゴア出身のDJ/プロデューサーのAnyasaと共演して、フュージョンテクノのアルバムを発表している。

Anyasa & Isheeta Chakravarty "Rasiya"


以前紹介したBlu Atticもそうだが、インド人アーティストの電子音楽と古典の融合はものすごく自然で、欧米のアーティストがエキゾチシズムの借用としてインド音楽を引用するときのようなわざとらしさや違和感がまったくない。



まだハタチのReeshabh Purohitは、5歳からヒンドゥスターニー音楽を学び、今ではボストンの名門バークリー音楽大学に通う才能あふれるシンガーだ。
古典風歌謡やボリウッドのカバー曲も歌うReeshabhだが、この"The Flight"はヴォーカルをメインに据えつつも、電子音楽との融合を試みている。

Reeshabh Purohit "The Flight"



もちろんフュージョン電子音楽の可能性は声楽だけでない。
シタール奏者であるRishab Rikhiram Sharmaは、ローファイ・シタールというものすごく気持ちいい新境地を切り開いている。
この"Wyd Tonight?"は、ローファイ系プロデューサーでもあるギタリストのRajと共演。

Rishab Rikhiram Sharma "Wyd Tonight?" feat. Raj


この"Raanjhana"ではヴォーカルも披露.
Rishabは古典音楽一家に生まれ、あのラヴィ・シャンカルの最後の弟子だという本格派。

Rishab Rikhiram "Raanjhana"


ここまでで何が言いたかったのかというと、インド音楽と電子音楽は、もちろん全く別のバックグラウンドから生まれた音楽だが「いかにして心地よい音を出すか」という点で、共通した志向性を持ったものだということだ。(「どのジャンルの音楽もそうじゃないか」と言われそうだが、ここではメロディーやコード進行よりも、一音の鳴り/響きを重視しているということを言っている)
タブラやムリダンガムが人力ドラムベースと言われるように、インド音楽はリズムの面からも電子音楽との親和性がある。
私が「印DM」と呼んでいるインドの電子音楽フュージョンには、つまり根拠と必然性があるのだ。
「フュージョン」は、純粋に古典音楽のみを追求している演奏者やリスナーからは、まがいもの扱いされることもあるのだが、混じり気のない古来の様式からフュージョンまで、幅広く解釈/表現可能なところがインドの音楽の懐の広さと素晴らしさだと、個人的には思っている。

ここから先はクラブミュージック寄りアーティストが作る印DMをいくつか紹介してみたい。


Tech Panda & Kenzani "Sauda"


ニューデリーを拠点に活動しているデュオ、Tech Panda & Kanzaniもフュージョン・テクノをリリースし続けているアーティストで、この"Sauda"は、曰く「ノスタルジーとミニマル・テクノの融合」とのこと。


Rusha & Blizza X Tech Panda & Kenzani "Dilbar"


Tech Panda & Kenzaniこの曲で共演しているRusha & Blizzaもインドを拠点に活動しているフュージョン電子音楽デュオ。
この曲は17世紀のパンジャーブの詩人Bulleh Shahによる歌をアレンジしたもの。
400年前の曲を普通に電子音楽にアレンジできる国というのはなかなかないし、実際にやってしまうのもすごい。


Rusha & Blizza  "Huzur"


この曲は1968年の映画"Kismat"で使われた曲をサンプリングしているそうで、こうして聴いてみると、古典音楽から大衆音楽である映画音楽、そして欧米から来た新しい音楽である電子音楽がシームレスに繋がっていることがよくわかる。

こんなふうにトラップ的なアレンジがされることもあって、本当にインド音楽の解釈は無限大だなあと実感する。

Rusha & Blizza "Saiyaan"



Rusha & Blizza, Gurbax, Rashmeet Kaur "Aja Sawariya"


この曲で共演しているGurbaxは以前も紹介したフュージョン・トラップのアーティスト。
当時なんのことだか分からなかった「ターバン・トラップ」は、どうやら単なるYouTubeチャンネルの名前だったらしい。



もちろんインドの古典楽器はアンビエント的な解釈とも相性が良い。
このHashbassは元ベーシストで、古典音楽とは全く異なるバックグラウンドを持つわけだが、結果的にさっき紹介したシタール奏者のRishab Rikhiram Sharmaと同じようなアプローチになっているのが面白い。

Hashbass "Lotus"


この曲は印DM的な要素はないが、レトロウェイヴ的な感触があってなかなか面白い。
前回の記事で紹介しておけばよかった。

Hashbass "16 Bit"



というわけで、全方位的にまだまだ面白くなりそうなインドの電子音楽シーン、今後もまた定期的に紹介してゆきたいと思います。



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