GirishAndTheChronicles
2021年01月02日
Rolling Stone Indiaが選ぶ2020年ベストアルバム10選!
毎年新年に紹介しているRolling Stone Indiaが選ぶ年間ベスト紹介シリーズ、今回はベストアルバム部門の紹介!
(元の記事はこちら↓)
面白いもので、これが昨年末に紹介した軽刈田セレクトの年間ベストとは1作しか重なっていない!
それだけインドのインディーシーンの多様化が進んでいる証拠とも言えそうだけど、Rolling Stone Indiaの年間ベストも数人のジャーナリストだけで選出しているようなので、単に音楽の好みや注目するポイントの違いなのかもしれない。
(私の選んだ年間ベスト10はこちら↓。ただし、アルバムに限らず、楽曲やミュージックビデオも含めた10作品の選出)
私のTop10は「2020年にその音が鳴らされる必然性」を重視して選出したつもりだったけど、Rolling Stone Indiaは、毎年ながら同時代性を全く無視したセレクトになっていて、これはこれで面白いランキングになっている。
今年はいつになく前時代的なロックバンドが多い印象で、また違った「インド音楽」が楽しめると思います。
それではさっそく!
1. Thermal And A Quarter "A World Gone Mad"
Thermal and a Quarterは96年に結成されたベンガルールのベテランロックバンド。
このアルバムのサウンドを簡単に説明するなら、「ピンク・フロイド的な詩情と70年代ハードロック的なダイナミズムの融合」ということになる。
要はクラシックなプログレッシブ・ロックで、曲によっては90年代USのグランジっぽく聴こえることもある。
プログレといっても、個々のプレイヤーの技巧ではなく、ヴォーカルハーモニーを含めたバンドのアンサンブルで聴かせるタイプの作品なので、聴いていて疲れないのも◎。
とはいえ、この作品が2020年のインドのインディーミュージックの最高到達点を示すものかと言われると、個人的にはちょっと疑問符を付けたくなる。
インドのインディー音楽のリスナーは「インテリっぽいロック」を好む傾向があって、このランキングにもそうした好みが反映されている可能性がある。
以下、その点に留意して聴いてみてください。
2. Soulmate "Give Love"
Soulmateはインド北東部のメガラヤ州シロンを拠点に活動する2003年結成のベテランブルースロックバンド。
インド北東部はこのブログでも何度も紹介している通り、キリスト教信仰の影響もあって、かなり古い時代からロック等の欧米の音楽が受け入れられてきた。
このアルバムも彼ららしいハードなブルースが堪能できる作品で、とくに女性ヴォーカリストTipriti Kharbangarのソウルフルな歌い回しと、Rudy Wallangのツボを抑えたギタープレイ(チョーキングのトーンコントロールが素晴らしい)は絶品。
やはり2020年らしさは皆無なサウンドだが、この手の音楽の愛好家は世界中にいるはずなので、もっと多くの国で評価されてもいいはずだ。
3. Saby Singh "Yahaan"
これまで全くノーチェックだったカシミール出身のシク教徒のシンガー・ソングライター。
Rolling Stone Indiaの記事によると、前作の"Ouroboros"は実験的な電子音楽だったようだが(奇妙なことに、この作品は現在YouTubeでも音楽ストリーミングサービスでも聴くことができない)、今作はシンプルなギターの弾き語りとなっている。
こういう音楽は歌詞が分からないとしんどいが、深みと表現力のある歌声は聴きごたえがある。
ときに情感過多で演歌っぽい歌い回しになってしまうのは、シク/パンジャービーのルーツゆえか。
4. aswekeepsearching "sleep"
この作品が唯一、私が選んだ年間トップ10と重なっていた。
海外のレーベルからアルバムをリリースしたこともあるポストロックバンドによるアンビエント作品。
インド西部グジャラート州のアーメダーバード出身で、ベンガルールを拠点していると思っていたのだが、Rolling Stone Indiaによると、現在はムンバイで活動しているらしい。
Rolling Stone Indiaは、この作品の楽曲を「催眠術的(hypnotic)」("How I Suppose to Know")、「瞑想的(meditative)」("Let Us Try")、「平和的(peaceful)」("Sleep Again")、「未来的(futuristic)」("Glued")、「アコースティックギターが傑出(acoustic guitar prominence)」("Dreams are Real")、「憂鬱(melancholy)」("Sleep Now")と評している。
5. Lojal "Phase"
メガラヤ州シロンのMartin J. Haokipによるソロ・プロジェクト。
どこか近未来的なトラックにR&B的なコーラスやラップが乗る。
感情を抑えたヴォーカルは、雰囲気で聴かせるところもあるが、2020年のインドを感じさせるサウンドではある。
Frank Ocean, Bon Iver, Kanye Westの影響を受けているとのこと。
このランキングで「今っぽさ」を感じさせられるのは4位のaswekeepsearchingと、このLojalくらい。
6. The Earth Below "Nothing Works Vol. 2: Hymns for Useless Gods"
これまたノーチェックなアーティストだったが、ベンガルール出身で、ムンバイを拠点に活動しているドラマー兼ヴォーカリストのDeepak Raghuを中心としたバンドのようだ。
サウンドは90年代のグランジ/オルタナティブ・ヘヴィロックの影響を強く感じさせるもので、歪んだギターと憂鬱さを帯びたヴォーカルが虚無的な情熱とでも呼ぶべき感情を喚起する。
"Come to Me"のような曲のメロディーセンスもとても良い。
アルバムタイトルに"Vol.2"とあるが、"Vol.1"は検索してもどこにも見当たらないのが謎。
虚無感をテーマにした曲が多いようで、アルバムの副題からも、我々がよく知る信仰心に厚くバイタリティーあふれるインドとはかけ離れているが、これもまた現代のインドのリアル。
7. Serpents of Pakhangba "Serpents of Pakhangba"
おそらくこのランキング中最大の問題作がこのアルバムだろう。
ムンバイのマルチプレイヤーVishal J. Singh(プログレッシブ・メタルバンドAmogh Symphonyの中心人物としても有名)が率いるSerpents of Pakhangbaの音楽性は、単純に言えばやはりプログレということになるのだろうが、エキセントリックな女性ヴォーカル(伝統音楽に由来しているのか?)、メタル、ジャズ、アンビエント的なサウンドを内包した実験的なもので、なんとも形容し難い。
ものすごい作品のような気もするし、単にとっ散らかっているようにも聴こえるが、アルバム全体を通して異常な緊張感が張りつめており、演奏力も高くて飽きさせない。
バンド名はインドの蛇神ナーガの北東部マニプル州のメイテイ族に伝わる呼び名で、Vishal J. Singhのルーツにも関わっているようだ。
なんと彼らへのインタビューを日本語で紹介しているウェブサイトを見つけたので(さすが日本が誇るメタルマガジン'Burrn!')、詳しくはこちらを参照してほしい。
8. Swadesi "Chetavni"
Rolling Stone Indiaが2020年のヒップホップを代表する作品として選んだのがこの作品。
Swadesiはムンバイを拠点に活動する多言語ラッパー集団で、これまでも古典音楽/伝統音楽との融合などを試みつつ、さまざまな社会問題や政治問題を扱った作品をリリースしてきた。
今回は伝統音楽の要素はあまり入れずに、オールドスクールっぽいフロウのラップを聞かせてくれている。
サウンドや内面的な表現ではなく、社会的な要素を重視しての選出だったようで、そうなるとリリックが分からないのが非常にもどかしい。
意外なことにこの作品がデビューアルバム。
9. Girish And The Chronicles "Rock the Highway"
Girish And The Chroniclesは、インド北東部シッキム州出身のヘヴィーメタルバンド。
ヴォーカリストのGirish Pradhanは、Chris Adler (ex. Megadeth)らとのプロジェクトFirstBorurneでも知られている実力派。
これもまた2020年らしさの全くないヘヴィ・ロックンロールで、彼らが時代に関係なく、本当に好きな音楽を追求しているのだということが分かるサウンド。
13曲入りというのも聴きごたえがある。
アップテンポでもヘヴィなグルーヴを失わないリズムセクションと、確かな腕を持っているギタリストを擁していて、楽曲のクオリティーも高い(曲によっては、Sammy Hager在籍時のVan Halenを思わせる)。
35年前のアメリカでこの音を鳴らしていたら、世界的に評価されていたかもしれない。
10. Protocol "Friar’s Lantern"
ムンバイ出身のプログレッシブロックバンド。
これまた2020年らしからぬサウンドで、ヘヴィな要素もあるが、欧風のフォークミュージックっぽい雰囲気も濃厚。
女性ヴォーカリストの表現力がもう少しあると良いのだが…。
というわけで、全10枚を紹介してみました。
今年は例年になく70〜90年代風のヘヴィ・ロックが目立つ結果となった。
おそらくだが、インドのインディー・ミュージック界は、日本でいうとバンドブーム〜渋谷系の時代なのだろう。
何が言いたいのかというと、同時代的な表現や新しい音を追求することよりも、過去の音楽を咀嚼して、あるときはお手本に忠実に、またあるときはそれを自分なりのセンスで表現した音楽が好まれる傾向があるのではないか、ということだ。
もちろん彼らが単なるコピーだと言いたいわけではない。
Soulmateにしろ、Girish and the Chroniclesにしろ、Serpents of Pakhanbaにしろ、それぞれのジャンルの紛れもない「本物」だし、とくに英語詞での表現については、日本のアーティストよりもずっと「本場」に近いところにいる。
まあ、単に選者の好みなのかもしれないけれども。
いずれにしても、このサブスク全盛で、1曲が2分台の曲が多いこのご時世に、Thermal and a Quarter, Serpents of Pakhangba, Protocolのように1曲が6分以上あるようなアルバムを平気で選んでくるセンスは結構好きだ。
また、Soulmate, Lojal, Girish and the Chroniclesのような北東部のアーティストが目立っているのも印象的。
おそらくは評価基準の一つになっている「欧米的な音楽」をやらせたら、やはり一日の長がある地域なのだろう。
これまで知らなかった面白いアーティストも知れたし、なかなか興味深いランキングでした!
次回はRolling Stone Indiaが選ぶミュージックビデオTop10を紹介したいと思います。
あ、正月ということで、以前書いたガネーシャと正月をテーマにした落語も貼り付けておきます!
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2018年05月03日
Girish and the Chronicles インドのロックシーンを大いに語る!
以前予告していたように、インド北東部シッキム州出身のハードロックンロールバンドGirish and the Chronicles(以下「GATC」)にインタビューを申し込んだところ、ありがたいことに二つ返事で引き受けてくれた。
今回はその様子をお届けします。
ちょうど彼らがドバイへのツアー中だったので、メールインタビューという形になったのだが、音楽への愛、インドやシッキムのロックシーンについて、存分に語ってくれた。(そして例によってそれがまたいろいろと考えさせられる内容だった)
インタビューに移る前に、
Girish and the Chronicleの音楽を紹介したページはこちら
インド北東部のヘヴィーメタルシーンについてはこちら
(今回のGATCの故郷シッキムは、ここで紹介している「北東部7姉妹州」には含まれていないが、地域的にも非常に近く、非アーリア系の東アジア系の人種が多いこと、いわゆるインド文化の影響が比較的薄いことなど、7姉妹州とよく似た状況にある。デスメタルバンドAlien Nation, Sacred SecrecyのTanaや、Third SovereignのVedantへのインタビュー記事も良かったらどうぞ)
シッキム州と7姉妹州との位置関係はご覧の通り。南北に長いウエスト・ベンガル州に隔てられているが、一般的には7姉妹州同様に「インド北東部」(地図上の赤く塗られた部分)として扱われる。ちなみにシッキムと7姉妹州の間の空白には、ブータンがある。
前置きが長くなった。
インタビューに答えてくれたのは、バンドの創設者にしてフロントマン(ギター/ヴォーカル)のGirish.
質問に答える前に、こんなありがたいメッセージを寄せてくれた。
「まず最初に、コンタクトしてくれてありがとう。
何よりも、日本は僕にとってもバンドのメンバーにとっても、ずっと夢の場所だったってことを言わないといけないね。僕らはブリーチやNARUTO、ドラゴンボールZみたいなアニメの大ファンなんだ。
このインタビューのおかげで君の美しい国と僕らが近づける気がしてうれしいよ。」
とのこと。
ありがとう!
それではさっそくインタビューの様子をお届けします!
凡「今プレイしているような音楽には、いつ、どんなふうに出会ったの?Facebookでは、レッド・ツェッペリン、AC/DC、ディープ・パープル、ガンズ・アンド・ローゼス、エアロスミス、ブラックサバス、ジューダス・プリースト、アイアン・メイデンをお気に入りとして挙げているよね。最初に聞いたバンドはどれだった?
G「最初に音楽に真剣に向き合おうって気持ちにさせてくれたバンドはイーグルスだな。とくに彼らの曲”Hotel California”だよ。そのあと、もっといろんな音楽とかもっとヘヴィーな音楽を聴くようになった。Bon Jovi、Aerosmith、Iron Maiden、Judas Priestとか、もっと他にもたくさんあるけど、彼らには歌うことに関しても影響を受けたよ。そのあとでもっとブルース色のある音楽を聴くようになった。たとえばツェッペリンとか」
イーグルスから80年代のメタル、ハードロックに進んだあと、さらに現代的な方向には進まずに、また70年代のツェッペリンに戻ったってのが面白い。
また、Girishの好みが一貫してメロディーを大事にするバンドにあるということも印象的だ。GATCの音楽性からも分かることだが、「スラッシュメタル以降」のヘヴィーミュージックは好みでは無いようだ。
次に、以前から気になっていた、シッキムはロックが盛んなのか?という質問をしてみた。
凡「地元シッキムのロックシーンについて教えて。じつは20年前にシッキム州のガントクやルムテクに行ったことがあるんだ。その頃、インドの中心地域(メインランド)ではロックファンなんて一人も会わなかったけど、シッキムにはロック好きが何人かいたのを覚えてる。シッキムではメインランドよりもロックが盛んなの?」
G「そうだな。20年前はその傾向がより顕著だったと言えるかもしれない。子どもの頃、素晴らしいロックのカセットを何本か持ってたってこととか、Steven Namchyo Lepcha率いるお気に入りのバンドCRABHのライブを見たのを覚えてるよ。
僕が思うに、シッキムだけってよりも、シッキムを含む北東部全体について考える必要があるんじゃないかな。シッキムよりも、メガラヤ州とか、ナガランド州にはこういう音楽の有名なプロモーターがいて、すごくいいフェスティバルを開催していたりするよ。
でも最近はエレクトロニック・ミュージックやボリウッドに国じゅうが侵略されてしまっていて、悲しいことにこういうタイプの音楽はずいぶん減ってしまったよ。僕の周りで今でもこういう音楽に携わっている場所はほんの一握りになってしまって、シッキムでさえも、崖っぷちだよ。いくつかの熱心なアーティストやバンドがシーンを生き長らえさせているって感じさ。僕らもそのうちのひとつだけど、実をいうと僕ら最近はバンドとしては拠点をバンガロールに移しているんだ。裕福な街だし、優れたロックミュージシャンや大勢のオーディエンスもいるからね」
これは皮肉な話だ。
インターネットの発達で音楽を取り巻く状況は大きく変わり、どこにいてもいろんな場所の音楽に触れられるようになった。
だからこそ、日本にいながらこうしてインドのロックを聴くことができて、「インド北東部は昔も今もロックが盛んだなあ!」なんてことを見つけることができるのだけど、当のインド北東部では、いろいろな音楽を聴けるようになったことで、かえってインド中心部の音楽文化の影響が強くなり、地元のシーンは風前の灯火になってしまった。そして彼らは北東部を離れ、南部の大都市に拠点を移した。
グローバリゼーションによる文化の均質化の光と闇といったら大げさだろうか。
次に、インドではとても珍しいと感じていた、彼らのようなハードロックのシーンについて尋ねてみた。
凡「最近インドのメタルバンドをいろいろ聴いているんだけど、デスメタルタイプのバンドが多いよね。GATCみたいなハードロックンロールタイプのバンドは他にもいる?ケララのRocazaurusは知ってるんだけど」
G「僕が知ってるのは、Still Waters(シッキム州ガントク)、Gingerfeet(ウェストベンガル州コルカタ)、Thermal and a Quarter(カルナータカ州バンガロール)、Skrat(タミルナードゥ州チェンナイ)、Soulmate(メガラヤ州シロン)、Mad Orange Fireworks(バンガロール)、 Perfect Strangers(バンガロール)、Junkyard Groove(チェンナイ)。もっと古いバンドだと、Parikrama(デリー、91年結成)、Motherjane(ケララ州コチ、96年結成)、Baiju Dharmajan(コチ出身のギタリストで元Motherjaneのメンバー)Syndicate(ゴア?)、Pentagram(マハーラーシュトラ州ムンバイ、1994年結成)、Indus Creed(ムンバイ、1984年結成!)がいる。最近じゃもっといろんなバンドがいるよ。
と、たくさんのバンドを挙げてくれた。
チェックしてみたところ、これらのすべてがGATCのようなハードロックというわけではなく、レッチリやデイヴ・マシューズ・バンドに影響を受けたバンドもいれば、ファンク系、ブルースロック系のバンドもいる。
共通しているのはいずれも「90年代以前の洋楽」的なサウンドを志向しているバンドだということだ。Baiju Dharamjanだけはもっとインド古典色の強いプレイスタイルだが、GirishとはSweet Indian Child of Mineというガンズのインド風カバーで共演している。
凡「楽曲を書くとき、特定の昔のバンドをイメージしてたりする?たとえばGATCの曲のなかで”Revolving Barrel”はツェッペリンっぽいし、”Born with a Big Attitude”はガンズみたいに聴こえるよね。パクリだって言いたいわけじゃなくて、影響を受けたバンドへのオマージュってことなの?」
G「うん、まさにそうだよ!アルバム全体が(註:2014年にリリースしたアルバム”Back on Earth”のこと)小さい頃に聴いてきたバンドへのトリビュートなんだ。実際、アルバムカバーのイメージはアイアン・メイデンへのオマージュで、タイトルそのものはオジー・オズボーンの曲から取ったんだ。
最近のキッズはこういったバンドを全然しらないからびっくりしていたんだ。だから僕らがこういう音楽に夢中になったように、彼らにも素晴らしい気分を味わってもらうっていうのはいいアイデアだと思った」
なるほど。確かにアイアン・メイデンのマスコット的キャラクター、エディーを思わせるジャケットだ。
オジーの曲で“Back on Earth”というのは聞いたことないぞと思って調べてみたら、1997年リリースのベスト盤”Ozzman Cometh”収録の未発表曲だった。マニアックなところから持ってくるなあー。
引き続き、彼らが影響を受けたバンドについて聞いてみよう。
凡「オリジナル曲も素晴らしいけど、GATCのカバー曲もとても良いよね。とくに、AC/DCのマルコム・ヤングのトリビュート・メドレーは最高!今じゃマルコムは亡くなってしまって、ブライアン(ヴォーカリスト)はツアーから引退してしまったけど、AC/DCの思い出があったら聞かせてくれる?
G「AC/DCから逃れる方法はひとつも無いみたいだな。ハハハ。最近のバカテクなギタリストやバンドは、彼らのヴォーカルやギターのスタイルがすごく難しいことを理解しようとしないで、彼らがやっていることを単純だと思って無視してるみたいだけどね。僕が言いたいのは、僕らの世代にとって初めて聴くハードロック・アンセムは、いつだって「Highway to Hellだってことさ。
実際、2009年から僕らはAC/DCをシンプルでタイトなリフのお手本にし始めた。昼も夜もホテルの部屋でずっとAC/DCの曲をジャムセッションしていたものさ!」
まわりの部屋の人たちはさぞうるさくて迷惑だったはずだ。
ちなみに「バカテクなギタリスト」と訳した部分、実際はGuiter Shredderという言葉を使っていた。
”Highway to Hell”は1979年にリリースされたAC/DCのアルバムのタイトル曲だから、世代的には彼らのリアルタイムであろうはずがないが、それだけ長く聞かれ続けてきた曲ということなのだろう。
インドのメインランドが自国の映画音楽ばっかり聴いている一方で、北東部では70年代の名曲をアンセムとするロックシーンが存在していたのだ。
凡「インドやいろんな国をツアーしてるよね。オーディエンスやリアクションに違いはある?」
G「うん。簡単に言うと、本当のロックファンはステージに立てばすぐに分かる。ロックを全く知らない人もいるけど、彼らもすぐにフルタイムのロックリスナーに変わるね」
凡「これは聴くべき、っていうインドのバンドやミュージシャンを教えてくれる?どんなジャンルでも構わないよ」
G「さっき挙げたようなバンドだな。他には、Kryptos(バンガロール)、Avial(コチ)もいる。ヴォーカリストとしては、僕のお気に入りのロックシンガーをチェックすることをお勧めするよ。Abhishek Lemo Gurung(Gingerfeet/Still Waters)、Siddhant Sharma(コルカタ)、SoulmateのTipriti、Alobo Naga(ナガランド)だね。あんまり他のアーティストを知らないんだけど。ハハハ。”Bajai De”ていうのも聴いてみるといいよ。これはインドじゅうのいろんな地域のギタリストのコラボレーション動画なんだ」
Kryptosは、Girishが挙げたバンドの中で唯一スラッシュ/デスメタル的なスタイルの(つまり、ヴォーカルが歌い上げるのではなく、がなるようなスタイルの)バンドだが、リフやサウンドそのものは「スラッシュメタル以前」の非常にクラシックなスタイルのユニークなバンドだ。ドイツのヴァッケン・オープンエアー・フェスティバルでの演奏経験もある実力派でもある。
AvialはMotherjaneを脱退したギタリストが作ったバンド。
“Bajai De”、これはギターをやっている人には面白いかもしれない。
凡「インドのライブハウスとかお店とかで、ロックファンは絶対行かなきゃ、って場所を教えてくれる?バンガロールでもガントク(シッキム州の州都)でも他の街でもいいんだけど」
G「知ってるのはライブハウスくらいだけど、お気に入りを挙げるなら、こんな感じかな。
バンガロール: B flat、Take 5、 Hard Rock Café、The Humming Tree
ガントク: Gangtok groove、 cafe live and loud
コルカタ: Some Place Else
シリグリー: Hi spirits
プネー: Hi spirits、 Hard Rock Cafe
インドで見るべき素晴らしいフェスティバルとしては、どこの街でもいいけどNH7 Weekender(註:このフェスはいろんな街で行われている)、Bangalore Open Air、ナガランドのHornbill Festivalかな」
インドを訪れる機会があればぜひ立ち寄ってみてほしい。
NH7 WeekenderはOnly Much Louderというプロモーターがインドじゅうのいろいろな街で行っているフェスで、洋楽ハードロック/ヘヴィーメタルではスティーヴ・ヴァイ、メガデス、フィア・ファクトリー等が出演してきた。他のジャンルでも、モグワイ、マーク・ロンソン、ベースメント・ジャックス、ウェイラーズ等、多様なジャンルのトップアーティストを招聘している。Hornbill Festivalは、伝統行事やスポーツやファッションやミスコンなどを含めた、毎年12月に10日間にわたって開催されるお祭りで、その一環としてHornbill International Rock Festivalが行なわれている。80年代〜90年代に活躍した欧米のバンドも多く参加しており、非常に面白そうなので、このブログでも改めて取り上げる機会を持ちたい。
凡「今のインドのロックシーンについて教えてくれる? 僕が思うに、多くのバンドが自分たちで音楽をリリースしているよね。インディーズレーベルと契約するようなこともしないみたいだけど、実際どう?」
G「そうだね。とくに英語でパフォームするバンドについてはそうだと言える。もしレーベルとの契約にサインしたとしても、なにかメリットがあるとは思えないしね。実際、熱心なバンドにとっては支障になるだけだよ。うん、誰もレーベルと契約することなんて気にしちゃいないね。
僕らはしたいことをするだけだし、それでどうなるかも分かってる。英語じゃなくて、地元の言語とかヒンディー語で歌ってるバンドについてはもちろん別の話だと思うけど」
なるほど。レーベルというのは形のあるCDやカセットテープを流通させるためのもの。
より地域に根ざした地域言語で歌うアーティストならともかく、インド全土や世界中をマーケットとすることができる(=英語で表現する)アーティストにとっては、自分たちでインターネットを通じて楽曲をリリースするほうが効率的かつ効果的なのだろう。
物流が未成熟であるというインドの弱点が、インディーズレーベルさえも不要という超近代的な音楽流通形態を生み出しているのかもしれない。
実際、GATCのような70〜80年代的なハードロックというのは、現代のシーンの主流ではないし、また今後ふたたび主流になることも難しいジャンルだとは思うが、インドじゅう、世界中を見渡せばそれなりに愛好者はいるジャンルだ。
レーベルを介することで物流に制限が生じたり、自分たちの利益が減ってしまうより、自分たちで音楽を配信するほうがメリットが大きいというのはうなずける。
最後にGirishはこんなことを言ってくれた。
G「アリガトウゴザイマス!夢は叶うっていうけど、僕らの夢は日本でライブをすることなんだ。それから次のアルバムはヒマラヤのエスニックな要素とロックが合わさったものになるってことも伝えたいよ」
どこまでもロックを愛する好青年なGirishなのだった。
ところで、Girishが教えてくれたバンドを1つ1つチェックしてみて、感じたことがある。
それは、インターネットの発展とロックの普及がほぼ同時に起こったインドでは、「ロックは時代とともに変化してゆくジャンルでは無い」ということ。
どういうことかというと、プレスリーやビートルズから樹形図のように表される発展を経て「今のロック」があるのではなく、インドのシーンではこれまでの時代に生まれて(そして消えて)きた様々なジャンルが並列に、平等に並べられているということだ。
インドではロックの歴史は流れずに積み重なっている(ちょうど「百年泥」のように!)。
70年代のロックも、90年代のロックも、2000年以降にインターネットといっしょに同時にやってきたからだ。
その積み重なったロックを横から眺めて、めいめいのバンドやミュージシャンが、自分の気に入った音楽を選び取って演奏している。
そのことは、例えばRolling Stone Indiaのような尖った雑誌が選んだ2017年のベストアルバムのうち、1位がヒップホップアーティスト、2位がジェフ・ベック風ギターインスト、6位がデスメタルというラインナップであることからも伺える。
「その時代のサウンド」であるかどうかよりも、「良いものは良い」として評価されているのだ。
もちろん、過去のロックに非常に忠実なサウンドを演奏するバンドは他の国にもいるが、欧米や日本では、彼らはよりマニアックなシーンに属している。
でも、インドの場合、シーンがまだ小さいが故に、ひとつの大きな枠組みの中であらゆるバンドを見ることができる。
欧米の音楽シーンとは地理的にも文化的にも距離があるということも、こうしたシーンの特殊性の理由のひとつだろう。
そして、インドの地理的な広大さ、文化的な多様さが、80年代の享楽的なロックに共感する人も、90年代の退廃的なロックに共感する人も、2000年代以降のよりモダンな音楽に惹かれる人も共存しうる稀有なシーンを作り出している。
外から眺めると、それはむしろ健全なことのようにも思えるのだけど、その中で演奏するアーティストにとっては、依然としてメインストリームである映画音楽などの存在が大きく、厳しい状況であるようだ。
GATCもまた、自分たちが大好きな音楽をただひたすらに演奏するミュージシャン。
バンドメンバー、とくにヴォーカルのGirishの力量は非常に高いものを感じる。
彼らが演奏しているようなジャンルがインドでも世界中でも主流ではないとしても、愛好家はあらゆる国にいるだろう。
ドバイ等のツアーも成功させている彼らではあるが(ドバイはインド系の移民労働者も多く、ドバイでのオーディエンスが地元の人中心だったのか、インド系移民中心だったのかは気になるところだ)、より多くの国や地域の人々に受け入れられることを願わずにはいられない。
それでは今日はこのへんで!