FrappeAsh

2024年12月23日

2024年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10



インドのシーンを長くチェックしていると、あまりの急成長っぷりに、今後どんなに面白い曲がリリースされても、もう以前みたいに驚かないかな、なんていう勝手な心配をしてしまうときがある。
幸運なことに、今年もそれは完全な杞憂に終わった。

2024年もインドのインディーズ音楽シーンは大豊作。
例によって、シングルだったりアルバムだったりミュージックビデオだったりいろいろ取り混ぜて、今年のインドのインディーズ・シーンを象徴していると思える10作品を紹介する。



Hanumankind “Big Dawg”(シングル)


今年のインドのインディーズ音楽シーンの話題のひとつだけ選ぶとしたら、どう考えてもこの曲をおいて他にない。
マラヤーリー系(ケーララ州にルーツを持つ)でテキサス育ち、ベンガルールを拠点に活動しているHanumankindは、インドでは少なくない英語でラップをするラッパーの一人だ。
ヒップホップをアメリカの音楽として捉えれば英語ラップこそが正統派ということになるのだが、今更いうまでもなくヒップホップのグローバル化はとっくに完了しいて、このジャンルは世界中でローカル化のフェーズに入っている。
インドでも人気が高いのはヒンディー語やパンジャーブ語などのローカル言語のラップで(ベンガルールならカンナダ語)、インドの英語ラップはローカル言語の人気ラッパーと比べるとYouTubeの再生回数が2ケタくらい低い通好みな存在にとどまっていた。
そこから一気に世界的ヒットへと躍り出てしまったというところにHanumankindのミラクルがある。
今では“Big Dawgs”の再生回数は、彼がリリックの中でリスペクトを込めてネームドロップしたProject Patすらはるかに上回っている。
Kalmiの強烈なビート、ふてぶてしい本格的な英語ラップ、インド人という意外性、そしてCGなしで撮影されたミュージックビデオ(「死の井戸」を意味する'maut ka kuan'というインドの見世物)など、全ての条件がこの奇跡を呼び起こした。
年末にはNetflixの"Squid Game2"(イカゲーム2)の楽曲も手がけ、Habumankindはますます波に乗っている。
今後、彼は一発屋以上の成功を手に入れることはできるのか。
他のインドのラッパーたちは彼の成功に続くことができるのか。
1年後に彼が、インドのヒップホップシーンがどういう状況になっているのか今から楽しみだ。



Paal Dabba “OCB”(シングル)

インドのヒップホップのビートを時代別に見ていくと、黎明期とも言える2010年代前半は、90年台USラップの影響が強いブーンバップ的なビートが多く、2020年前後からはいわゆる「トラップ以降」のビートが目立つようになってきた。(超大雑把かつ独断によるくくりで、例外はいくらでもあります)
それが、ここにきてディスコっぽいファンキーなビートが目立つようになってきた。
その代表格として、このタミルの新進ラッパーを挙げたい。
ラップ良し、ダンス良し。
タミル語らしい響きのフロウやいかにもタミルっぽいケレン味たっぷりのセンスと、世界中のどこの国でも通用する現代的なクールさを兼ね備えた彼は、この地域の人気ラッパーの常として、映画音楽でも引っ張りだこだ。
インドのヒップホップのトレンドが、ディスコ化といういかにもインド的なフェーズに入ってきたということ、そしてそれがカッコいいということが最高だ。
ミュージックビデオもタミルらしさとヒップホップっぽさ(2Pacみたいな人物が出て来たりする)、ブルーノ・マーズ以降っぽい感覚が共存していて今のインドって感じで痺れる。

この記事を書いた後のリリースでは、Maalavika Sundarのタミル・ファンク"Poti"もかっこよかった。



Frappe Ash “Junkie”(アルバム)

Frappe Ashはデリーから北に250キロ、ウッタラカンド州デヘラードゥーンという音楽シーンではあまり存在感のない街出身のラッパー。
(以前はデラドゥンと書かれることが多かったと思うが、都市名は言語に忠実な表記をするのがスタンダードになってきているので、ここではデヘラードゥーンとしておく)
調べてみると学園都市であるデヘラードゥーンにはそれなりにラッパーがいるみたいで、若者が多い街には若者文化が栄えているという法則はここでもあてはまるようだ。
彼が今年6月にリリースしたアルバム“Junkie”が素晴らしかった。
このアルバムはディスコ調ありポップなトラックありと、スタイル的にも多様で、かつセンスの良いアルバムなのだが、その1曲目にこのフュージョントラックを入れてきたのにはめちゃくちゃしびれた。
新人ラッパーかと思ったら、音源のリリース時期をチェックしてみると2016年には活動を始めているそこそこのベテラン。
インドの地方都市の音楽シーンも本当にあなどれなくなってきた。
Sez on the Beat、Seedhe Mautらのデリーの人脈やアーメダーバードのDhanjiなど、北インドのかっこいいラッパーとは軒並み繋がっているようで、今作にはゲスト陣も多数参加。
Spotify Indiaによると、インドのヒップホップでもっとも成長が著しい言語はハリヤーンウィー語(デリーにほど近いハリヤーナー州に話者が多い)だそうだが、これまでヒンディー語の音楽シーンに回収されてしまっていた北インド各地の音楽シーンが、自らの言語をビートに乗せる術を得て目覚め始めているのかもしれない。
ハリヤーナーのフュージョンラップでは年末にデリーの名匠Sez on the BeatプロデュースによるRed Bull 64 Barsで衝撃的な"Kakori Kaand"を発表したMC SQUAREもやばかった。



Kratex, Shreyas “Taambdi Chaamdi”

マラーティー語は大都市ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の公用語だが、ムンバイで作られる「ボリウッド映画」がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街のエンタメはインド最大の市場を持つヒンディー語作品に偏りがちで、音楽シーンでもマラーティー語はそこまで存在感がない。
そんな中で「マラーティー語のハウス」というかなりニッチなジャンルに特化して取り組んできたのがムンバイ出身のDJ/プロデューサーのKratexだ。
そのセンスとクオリティには以前から注目していたが、彼とプネー出身のマラーティー語ラッパーShreyasと共演したこの曲でついに大きな注目を得るに至った。
オランダの名門Spinnin Recordsからリリースされたこの曲は、ユーモアと洒脱さを兼ね備えた音楽性でこれまでにYouTubeで2,000万回に迫る再生回数を叩き出している。
Kratexの曲はBPM130くらいで揃えられていて、サブスクで流しっぱなしにしておくのも楽しい。



Prabh Deep “DSP”(アルバム)

デリーのストリートを代表するラッパーとして彗星のように現れたPrabh Deepだが、じつは数年前に首都から引っ越しており、現在はゴアを拠点に活動している。
街のイメージそのままに、デリー時代は苛立ちを感じさせる殺伐とした曲が多かったが、陽光が降り注ぐ海辺のゴアに越してからの彼はなんか吹っ切れたような印象がある。
日本で言うと、ちょうどKOHHが千葉雄喜になった感じと似ている。
もうひとつKOHHと共通しているのが、Prabh Deepもまたリリックよりも声の良さだけで聴かせる力を持っているということ。
この“Zum”なんて、ほとんど中身がなさそうなリリックだが(超深いことを言っている可能性もなくはないが)、力を抜いた発声でもここまで聴かせる緊張感がある。
タイ在住のアメリカ人ラッパーとの共演というわけがわからない意外性も彼らしい。
バングラーかギャングスタ的なスタイルに偏りがちな他のパンジャービー・シクのラッパーとは一線を画し、自由なヒップホップを追求する姿勢は拠点を移しても変わらない。
Prabh Deepはこれまでも年間ベストで選んでいるので、よほどの作品でなければ選出しないつもりでいたのだが、2021年の"Tabia"とはまったく別の方向性でこれだけのアルバムを作られたら選ばないわけにはいかない。
しかも彼は今年、よりリラックスした作風の"KING Returns"というアルバムもリリースしている。
あいかわらずすごい創作意欲だ。



Wazir Patar “Barks(feat. Azaad 4L)”他(楽曲)

定点観測している、パンジャーブ系のバングラー・ラッパーのヒップホップ化について、今年しびれたのはこの曲。
このジャンルではオンビートで朗々と歌うバングラーのフロウからタメの効いたヒップホップ的なリズムへの以降が進みつつあるが、その2024年的スタイルを聴かせてくれるのがWazir Patarだ。
“Barks”のバングラー的な張りのある発声とラップのスピットの融合に、ギャングスタ的アティテュードをバングラーでどう表現するかという問いに対するひとつの答えが出ている。(そんな問いは俺以外だれもしてないが)
ビートがトラップ系ではなくブーンバップなのも良くて、パンジャービーでシクでギャングスタという彼の個性(いささかありふれていると思わなくもないが)が存分に感じられる。
Sidhu Moose Wala亡き後のシーンはKaran AujlaやShubhらの人気ラッパーがしのぎを削っているが、Wazir Patarもその中で存在感を増しつつある一人だ。



Sambata “Hood Life”(楽曲)

国籍を問わずラッパーの進化というのは割と似たような過程を辿るのかもしれない。
ムンバイ、プネーあたり(マハーラーシュトラ州西側)のストリート系ラッパーのわずか10年あまりの歴史の教科書があるとしたら、DIVINEが1ページ目に載るはずだろう。
彼はハスキーな声で歯切れの良いラップをスピットする、日本で言うとZeebraみたいなスタイルで「ストリートの声」となった。
その後に進化系として的確なラップ技術と”Firse Macheyange”に象徴されるポップさなどを兼ね備えたEmiway Bantaiが登場。他のラッパーをディスりまくって名を挙げた。
続いてシーンを賑わせたのは、エモ/マンブル系のMC STANだ。
そこからさらに進化して、2024年の雰囲気を感じさせてくれるラッパーがこのSAMBATAだ。
SAMBATAのラップには、日本でいうとWATSONとかDADAと通じるような雰囲気がある。
ちょっとやさぐれたような、
彼もまたマラーティー語ラッパー。まさかこのトップ10にマラーティー語の曲を2曲も選ぶ日が来るとは思わなかったな。
パンジャービー語ラッパー(バングラーではない)のRiar Saabとの共演という視野の広さも良い。
プロデュースはKaran Kanchan. 今回もいい仕事をしている。



Raman “Dekho Na”(シングル)

新世代R&Bアーティストもどんどんかっこいい人が出てきている。
その中でもとくに印象に残ったのがこのRaman.
彼は日本でいうと藤井風みたいな雰囲気がある。
ヴォーカリストとしてもソングライターとしても資質があって、声にも色気がある。
このままインディーズでやり続けていても良いし、映画音楽方面に進出しても面白そうだ。
この手のシンガーについては以前この記事で特集している。




Karun, Lambo Drive, Arpit Bala & Revo Lekhak “Maharani”


以前から注目していたインドでたびたび見られるラテン風ラップ/ポップスの一つの到達点とも言える曲。
このテーマで書くなら、よりビッグネームなYo Yo Honey Singhの"Bonita"とか、Badshahが参加した"Bailamos"を挙げてもよかったのだが、彼らは以前からレゲトンなどのラテンの要素を取り入れていたことを知っていたので、今回はサンタナみたいな伝統的ラテンなこの曲をセレクトしてみた。
独特の歌い回しのどこまでがインド要素でどこからがラテン要素なのかが分からなく
ラテン風の楽曲ではタミルのAasamyも良かった。



Dohnraj “Gods & Lowlife”(アルバム)

ロックアーティストとしては唯一の選出となったDohnrajは、デリーを拠点に80年代的なロックサウンドを奏でているシンガーソングライター。
ジャンルの多様性を確保するためにロックから選ぶようなことはしたくなかったし、彼にことは2022年にも年間Top10に選出しているのでそんなに推すつもりはなかったのだが、 9月にリリースされた“Gods & Lowlife”の充実度を考えたら、リストに入れないという選択肢はなかった。
そう来たか!のプログレ風の”If That Don’t Please Ya (Nothing Ever Will)”に始まり、80〜90年代の洋楽的要素をふんだんに取り入れた万華鏡的音世界は、世代のせいかもしれないがとても魅力的だった。
先日の記事にも書いたが、インドのアーティストの過去の洋楽オマージュっぷりはかなり面白く、今後も注目していきたい分野だ。




というわけで、いつも年末ぎりぎりに発表していた年間ベスト10を今年はちょっと早めに発表してみました。
今ムンバイにいて、その様子はとある媒体で書きますが、とても刺激的な出会いと経験を重ねています。
みなさんも良いお年を!



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goshimasayama18 at 13:58|PermalinkComments(0)

2024年09月08日

ディスコ化するインドのヒップホップは新次元に突入したのか


最近インドのヒップホップシーンで、同時多発的にこれまでになかったテイストの曲がリリースされている。
それは何かというと、どこか懐かしさを感じるディスコ風のビートなのである。

2010年代に始まったインドのストリートラップは、2019年の映画『ガリーボーイ』でNasが大きくフィーチャーされていたことからも分かるように、当初90年代のUSヒップホップに大きな影響を受けていた。
以降、インドのラッパー/ビートメーカーたちは、トラップ、ドリル、ローファイ、マンブルラップなどのサブジャンルを次々と自分のものとし、今日のインドのヒップホップには、世界中の他の地域と比べて遅れをとっていると感じられる部分はほとんどなくなった。
インドのストリートラップの幕開けを2013年のDIVINEの"Yeh Mera Bombay"あるいは2014年のNaezyの"Aafat!"だと仮定すると、わずか10年ほどの間に、インドのシーンは90年代から今日までのヒップホップの歴史に駆け足で追いついたということになる。
そして、2024年。
突如としてインドに現れたディスコ・ラップは、インドのヒップホップがあっという間に同時代のヒップホップを捕捉したその勢いのまま到達した、新しい領域(ジャンル)なのかもしれない。


例えばデリー出身の若手人気ラッパーChaar Diwaariが7月にリリースしたこの曲。
(往年のマイケル・ジャクソンばりに曲が始まるまでが長いが、せっかちな方は2:35あたりまで飛ばしてください)

Chaar Diwaari "LOVESEXDHOKA"


タメの効いたブーンバップでも緊張感のあるトラップでもなく、性急で享楽的なエレクトロ的ディスコビートに、80年代ボリウッド(例えば"Disco Dancer")を思わせるコミカルなダサかっこよさを融合した曲だが、半笑いで聴いているとアレンジの妙に唸らされる。
タイトルのDhokaは「裏切り」「偽り」を意味するヒンディー語らしい。
Charli XCXっぽさも感じられるが、それよりももっと生々しくて、インドっぽい。
(そういえば、あまり音楽的ルーツには関係なさそうだが、Charli XCXはお母さんがインド系とのこと)
「インド的であること」とアメリカ生まれのポップミュージックの融合が、また新しい段階に突入したことを感じさせられる。


他のアーティストも聴いてみよう。
たとえばムンバイの新進ラッパーYashrajが7月にリリースしたアルバム"Meri Jaan Pehle Naach"には、全編に渡ってディスコサウンドが散りばめられている。


Yashraj, PUNA "GABBAR"


ダンスミュージックとしての強度、ルーツを感じさせるインド的な要素(ボリウッドのサンプリング?)、ファンク的な洒脱さ。盛りだくさんすぎる要素を持ちつつも、きちんとヒップホップとして聴かせるサウンドに仕上がっている。

かと思えば、こんなソウルっぽい雰囲気を持った曲も収録されていて、これがまたかっこいい。

"Kaayda / Faayda"


こういう16ビートっぽいトラックはインドのヒップホップではこれまでほとんどなかった気がする。
個人的にはこの曲はちょっと日本語ラップっぽい雰囲気があると思っていて、例えば田我流の2012年の名盤『B級映画のように』あたりに近い質感を感じる(たとえば「Straight Outta 138」とか)。
Yashrajのシブい声は、やはりインドではとても珍しかったジャズ/ソウル的なビートの"Takiya Kalaam"(2022)の路線に非常にハマっていたが、まさかこう来るとは思わなかった。


このディスコ・ラップはインド各地にまで浸透していて、ウッタラカンド州ルールキー(Roorkee)出身のラッパーFrappe Ashのこの曲は、もしDJだったらさっきの"Kaayda / Faayda"と繋げてプレイしたいところ。

Frappe Ash "CHAI AUR MEETHA"


「イノキ・ボンバイエ」みたいなこういうビートもやっぱりインドのヒップホップではこれまであまりなかったように思う。
タイトルの意味は「チャイとスイーツ」(つまりチャイラップでもある)。
この曲が収録されたアルバム"Junkie"はSez on the BeatやSeedhe MautのEncore ABJなどのデリー勢、アーメダーバードの新生Dhanjiなども客演しており、ここまで聴いた中では今年のベストアルバム候補に挙げられるほどの完成度なので、ぜひチェックしてみてほしい。


この手のディスコ・ラップは南インドでも散見されていて、チェンナイの新進ラッパーPaal Dabbaが3月にリリースしたこの曲も、ビートのタイプこそ違うが、ディスコ路線と十分に呼べるものだろう。
(イントロ部分も非常にかっこよくできたミュージックビデオだが、せっかちな方は曲が始まる0:55からどうぞ)

Paal Dabba "OCB"


ミュージックビデオの群舞はインド的とも言えるけど、むしろブルーノ・マーズあたりの影響を受けていそう。
古典舞踊のダンサーとか2Pacのそっくりさんが出てくるなど、見どころ盛りだくさんだ。
ファンキーなギターやサックスの音色が印象的で、インドのラップのディスコ化の一因には、ビートに生楽器が多く使われるようになってきたことも関係しているような気がする。
タイトルの"OCB"はタバコの巻紙のことで、一応One Costly Bandana(高価なバンダナ。ちなみにバンダナはインド由来の言葉)とのダブルミーニングということになっているが、大麻と関係があるのだろう。


このようにインド各地で見られるようになったディスコ・ラップだが、その究極とも言えるのが、ムンバイを拠点にマラーティー語のハウス(!)のプロデューサーとして活動しているKratexとマラーティー語ラッパーのShreyasが共演したこの曲。
なんとダンスミュージックの名門であるオランダのSpinnin' Recordsからリリースされている。

Kratex, Shreyas "Taambdi Chaambdi"


インド風ハウスのビートと、マラーティー語の不思議なフロウのラップ、そして「ラカラカラカラカ…」という耳に残って離れないフレーズにもかかわらず、キワモノと紙一重のところでかっこよく仕上がっている。
冒頭のChaar Diwaariの"LOVESEXDHOKA"と同様に、ステレオタイプのインド人らしさや少しのノスタルジーをコミカルかつクールに描いたミュージックビデオも最高だ。
タイトルの意味はマラーティー語で「茶色い肌」。
つまり、インド人の肌の色を表している。
(余談だが、Yo Yo Honey SinghやSidhu Moose Walaも英語とヒンディー語を混ぜて「茶色」を表す"Brown Rang"という曲をリリースしている。インド人の肌の色はさまざまだが、彼らのアイデンティティを表す言葉なのだろう)

マラーティー語はインド最大の都市ムンバイが位置するマハーラーシュトラ州の公用語だ。
だが、ムンバイの旧名であるボンベイから取られた「ボリウッド」(ハリウッド+ボンベイ)がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街で作られるエンタメは、映画にしろ音楽にしろ、圧倒的多数の話者を持つヒンディー語の作品がほとんどだった。
そういった事情もあり、「ムンバイの母語」とはいえ、マラーティー語にはなんとなくちょっと垢抜けない印象を持っていたのだが、まさかそこからこんな曲が出てくるとは思わなかった。


というわけで、今回はインドのあらゆる地域に出現したディスコ・ラップを特集してみた。
この傾向は「アメリカで生まれたヒップホップのサブジャンルをインドで実践する」というテーマから解き放たれてきたことを表しているのかもしれない。
この「ディスコ化」は、インドのポピュラーソング(つまり映画音楽)がもともと持っていた「ディスコ性」とも関係がありそうで、そう考えるとKaran KanchanがプロデュースしたDIVINEの"Baazigar"(2023年)あたりから始まった流れと見ることもできそうだ。


と、ここで終わりにしようと思っていたのだけど、デリーのSeedhe Mautが最近リリースしたEP "SHAKTI"のこの曲もボリウッドとエレクトロ・ディスコの融合みたいなビートが導入されていて非常にかっこいいので聴いてみて!

Seedhe Maut "Naksha"


この"SHAKTI"も年間ベストクラスの名盤で、インドのヒップホップシーンはますます多様化し、面白くなりそうだ。



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2024年07月04日

インドの最近のヒップホップで気になった曲


気がつけば6月は1本しか記事を書いていなかった。
書きたいネタはたくさんあるのだけど、ここのところ忙しくてじっくり書く時間がない。
そんなことを言っても進化し続けているインドの音楽シーンは待ってくれないので、今回はあんまり深掘りせずに、最近かっこいいなあと思ったインド各地のヒップホップを何曲か紹介してみます。


Wazir Patar "Udda Adda"


まずはこれぞインドなバングラー・ラップから。
パンジャーブ州アムリトサル出身のWazir Patarは、90'sのUSギャングスタラップの影響を受けたラッパーで、2019年頃から本格的に音楽活動をしているようだ。
2021年に射殺された伝説的バングラー・ラッパーSidhu Moose Walaに見出されて複数の曲で共演し、死の2週間前にも遺作となった"The Last Ride"でのコラボレーションを果たした。
Sidhuの死後は彼の音楽的遺産を引き継ぐべく活動しているという。


ミュージックビデオではシク教徒のギャングスタ風若者グループが、バスケのボール、金属バット、でかいラジカセ、銃を持ってウエストサイドストーリーみたいに煽りあっているが、いったいどういう状況なのだろうか。
クリケット大国インドで野球のバットが出てくるというのは珍しい。

この曲ではバングラー的なアクの強さはだいぶ抑えられ、かなりヒップホップ化したフロウを披露している。
聴きやすいとも言えるし、もっと濃いほうがいいような気もする、飲みやすい芋焼酎みたいな曲。



Yashraj "Kaayda / Faayda"


ムンバイ出身のYashrajは若手らしからぬ貫禄の持ち主で、2022年のアルバム"Takiya Kalaam"で注目を集め、一気に人気ラッパーの仲間入りをした。
最近ではNetflix制作の映画"Murder Mubarak"のサウンドトラックに参加するなど活躍の幅を広げている。
この曲はフロウといい、70年代和モノグルーヴみたいなビートといい、どこか日本のヒップホップ(田我流の"Straight Outta 138"とか)を思わせる雰囲気がある。
ヒンディー語はたまに日本語っぽく聞こえる時がある言語だが、その謎の親和性はラップでも健在っぽい。



Frappe Ash "Chai Aur Meetha"


「イノキ・ボンバイエ」みたいなビートは、今紹介したYashrajの"Kaayda / Faayda"にも通じるが、こういう16ビートっぽいリズムはインドのヒップホップでは珍しい。
もしDJをやってたら繋げてプレイしてみたいところ。
タイトルの意味は「チャイと菓子」。
Frappe Ashはウッタラカンド州のルールキー(Roorkee)という小さな街出身のラッパーで、私は最近発見したのだけど、じつは2011年(当時17歳!)からキャリアを重ねているというから、インドのヒップホップシーンではかなりのベテランに入るキャリアの持ち主。
ルールキーという街は聞いたことがなかったが、調べてみるとアジアで最初の工科大学が設立された街らしい。
インドでは、デラドゥンとか、それこそプネーとか、大学や有名な学校がある街にはセンスの良いミュージシャンが多い印象で、充実した若者文化があるってことなのだろうか。
Frappe Ashは現在はデリーを拠点に活動中。
やはりここ数年でよく名前を聞くようになったアンダーグラウンドラッパーのYungstaとFull Powerというユニットを結成している。
例えばSeedhe Mautであるとか、名ビートメーカーSez on the Beatまわりの人脈との交流が深いようだ。

Frappe Ashが今年6月にリリースした"Junkie"は、一時期ほどコワモテじゃなくなった今のデリーの雰囲気が分かる良作で、ヒップホップアルバムとして高い完成度を保ちつつ、1曲目が思いっきり古典フュージョンで最高。

Frappe Ash "Ishqa Da Jahan"


力強く波打つような古典のヴォーカルからリズミカルに刻むラップへの展開が最高にスリリング!
2番目のヴァースはデリーを代表するラップデュオSeedhe Mautの一人Encore ABJをゲストに迎えている。


Dhanji, Siyaahi, ACHARYA, Full Power "Vartamaan"


グジャラート州アーメダーバード(最近カナ表記アフマダーバードが多いかも)の新進ラッパーDhanji, SiyaahiとプロデューサーのACHARYAが共作したアルバム"Amdavad Rap Life: 2 Heavy On 'Em, Vol. 2"もなかなか良い作品だった。
この曲にはさっき紹介したばかりのFrappe Ashが所属するFull Powerが参加。
この曲はフロウにヒンディー語(グジャラート語?)らしさを残しつつ、パーカッシブに子音の発音を強調して、ラップとして非常にかっこよく仕上げているのが痺れるポイント。

Dhanjiは音楽的影響としてFunkadelic(ジョージ・クリントン)やIce Cubeを挙げていて、この曲はもろにP-Funk風。

Dhanji, Circle Tone, Neil CK "THALTEJ BLUES"


この曲が収録されている"Ruab"はRolling Stone Indiaが選ぶ昨年のベストアルバムにも選出されている。
インスピレーションの源となるアートは?との質問には「プッシー、インターネット、ルイCK(米コメディアン)、LSD、ドストエフスキー、そして野心」と回答するセンスの持ち主で、LSDに関しては「ごく普通のやつ。第3の目を開いてくれる」とのこと。
シニカルさ、不良性、文学性、インドらしさが混在した満点の回答じゃないだろうか。



Dhanjiとの共演が多い同じくアーメダーバード出身のビートメーカーAcharyaを調べてみたところ、再生回数が多かったのがこの曲。

GRAVITY x Acharya "Matchstick"


2021年の5月にリリースされているので、最近の曲というわけではないけど、このシンプルかつ深みのあるビートは、Acharyaのビートメーカーとしての実力が分かる一曲だと思う。
ラッパーはムンバイのGravity.
彼もキャリアの長いラッパーだが、近年めきめき評価を上げている。


最後に英語のラップを紹介。
ゴアの若手、Tsumyokiという不思議なMCネームは日本語(何?)から取られているそうで、略称はYokiらしい。

Tsumyoki "HOUSEPHULL!"


ムンバイのDIVINEのレーベルGully Gangと契約するなど、評価も注目も十分だが、インド国内では地元言語ほど聞かれない英語ラップでどこまで一般的な人気を得ることができるか。
彼くらいラップが上手ければ、もっと海外で注目されても良さそうなものだが、ヒップホップという音楽が基本的にローカルを指向するものだからか、インドのラッパーの海外進出(インド系移民以外への人気獲得)というのはなかなかハードルが高いのが現状だ。


Tsumyoki "WORK4ME!"


Tsumyokiはビートメイクも自身で手がける才人。
最新EPの"Housephull"では、ビートにインド的な要素を取り入れたり、多彩なセンスを見せつけている。
EPにはさっき紹介したAcharyaと共演していたムンバイのGravityも参加していて、新しい世代のラッパーは横のつながりも強いみたいだ(まあ全員インドの北から西の方ではあるけど)。


どんどん若手ラッパーがインドの音楽シーン。
今年も半年が過ぎたが、すでに大豊作で、年末にはベスト10を選ぶのに悩むことになるだろう。
まあでも、DIVINEが出てきてスゲーと思った頃の衝撃をちょっと懐かしく思ったりしないでもない。



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