FlameC

2023年07月18日

ベンガル語ヒップホップがどんどんかっこよくなっている! バングラデシュとコルカタのラッパー特集 2023年度版




インディーズ系音楽を扱うインドのメディアをちょくちょくチェックしているのだが、そうしたメディアに掲載されるのは、デリーやムンバイといったヒンディー語圏のアーティストや楽曲が多く、東インドのベンガル語圏(コルカタあたり)はめったに取り上げられない。
(あと南インドの言語で歌うアーティストの情報もあまり掲載されない傾向がある。インドの大まかな言語分布についてはこの地図を見てみてください)



そんなわけで、コルカタあたりのベンガル語のラップについても、こちらから情報を取りにいかないかぎり、なかなかチェックできないわけだが、以前のベンガリラップ特集からはや3年。
ここに来て、ちょっと垢抜けなかったベンガル語ラップが、かなりかっこよくなっていることに気がついた。
しかも、そのかっこよさの質は、例えばインドの言語の最大勢力であるヒンディー語ラップとは、まったく異なる方向性のものなのだ。

比較対象としたヒンディー語ラップに関して言えば、2010年代中頃にストリートラップのムーブメントが発生し、そのシーンは2019年のボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』以降、爆発的な成長を見せている。
20年遅れの90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったヒンディー語ストリートラップは、10年足らずの間のトラップやオートチューンやローファイなどの要素を取り入れ、世界のヒップホップのメインストリームに3倍速で追いついている。
今のヒンディー語ラップシーンを代表するMC STΔNやSeedhe Mautを聴けば、彼らがこの時代の世界標準的なサウンドを鳴らしていることが分かるはずだ。

ところが、ベンガル語ラップの発展過程はヒンディー語とは大きく異なる。
2010年代中頃に90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったところまではヒンディー語ラップと同様だったものの、その後、積極的に新しい要素を取り入れることなく、今も90年代的なスタイルを核に持ち続けており、進化というよりも深化しているのだ。


前置きが長くなった。
さっそく最近のベンガル語ラップを紹介してみたい。

ベンガル語ラップで真っ先にチェックすべきレーベルが、コルカタのJingata Musicだ。
Jingata Musicはインドにおけるジャジー・ラップの金字塔、Cizzyの"Middle Class Panchali"などをリリースしてきた、コルカタを代表するヒップホップレーベルである。
このレーベルが、最近同じベンガル語圏である隣国バングラデシュのラッパーたちをリリースし始めているのだが、これがかなり良い。

バングラデシュといえば、Jalali Setをはじめとする90年代スタイルのラッパーを多く抱えている国だが(なんてことをチェックしているのは俺だけか…)、バングラデシュよりも少し進んだコルカタからの目線で選ばれたバングラデシュのラッパーたちは、なんだかすごくいい感じなのである。


Shonnashi x The Melodian "Gonna BE Alright"


あごひげ長めのムスリムスタイルのラッパーShonnashiと、スムースなファルセットを聴かせてくれるThe Melodianのコラボレーション。
コルカタのレーベルからのリリースだが、全てバングラデシュの首都ダッカの制作陣によって作られた楽曲のようだ。

Shonnashiのラップは、こんなふうに↓英語混じりのベンガル語(何を言っているのかは分からないが)。

ঠিক ঠাক সব will be fine / যত থাকুক সীমানা wanna cross the line
হোক ভুল its cool তাতে কার কি যায় / প্রতিদিন নোয়া feel এই মনটা চায়

90’s的なヴァイブを持ちながらも、K-Popにも近いようなポップ感覚を備えていてとても今っぽい。
ラッパーのShonnashiと楽曲を手掛けたsleekfreqは、Underrated Bangladeshというクルーに所属しているらしいが、まさにunderrated(過小評価、というより存在自体知られていないのかもしれないが)なバングラデシュのヒップホップシーンにふさわしいクルー名と言える。


Critical Mahmood "Life Goes On"



バングラデシュらしいストリート・スタイルで気を吐くのはCritical Mahmood.
ストリートのリアルを子どもたちとともに訴えるスタイルは、インドでは初期の「ガリーラップ」(ムンバイスタイルのストリートラップ)以降、あまり見かけなくなってしまったが、バングラデシュではまだまだ健在。
インドでもバングラデシュでも、経済成長の一方で、格差のしわ寄せが子どもや弱者に行ってしまう現実は今も変わらない。
このコンシャスネスはバングラデシュのラップシーンの美徳のひとつと言えるだろう。



Critical, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashi, UHR, SleekFreq "Bat Ey Ball Ey"



Critical Mahmood, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashiら、バングラデシュのラッパー総出演の"Bat Ey Ball Ey"は、どうやら国民的スポーツであるクリケットをテーマにした楽曲。
ムンバイあたりだと、どうせ知らないだろうにメジャーリーグの野球チームのシャツやキャップでキメたラッパーもちらほら見かけるが、バングラデシュでは「クリケットってあんまりヒップホップっぽくないんじゃないか」なんてことは気にせずに、ナショナルチームのユニフォームでマイクリレー!

ムンバイ的なスタイルも嫌いではないが、やっぱりこういう音楽においてはリアルであることがいちばん大事なんじゃないだろうか。
この衒いなく素直な感じ、最高じゃないですか。

ちなみにここまでに紹介した3曲のビートを手掛けたのはすべてsleekfreq.
Jingata Musicからリリースされているバングラデシュのラッパーの曲は軒並み彼が手掛けているようで、シーンのカラーを作るのって、ラップのスタイルだけじゃなくてビートメーカーの存在もかなり大きいんだなあ、というヒップホップ初心者としての感慨を新たにした次第です。

Jingata Music以外にもかっこいい曲はたくさんある。
この"NEW IN DHAKA"のミュージックビデオは、4月にリリースされたのち、現在まで2000万回近く再生されている大ヒット。

Siam Howlader, Mr. Rizan "NEW IN DHAKA"

 
ベンガルの伝統楽器ドタラを使ったビートと会話に近いラップのフロウは、口上っぽい感じもあるが、これはこれでかなりかっこいい。
それにしても、Jingata Musicのミュージックビデオの再生回数が軒並み10万回程度なのに比べると、この曲の人気は文字通り桁違い。
バングラデシュでは、やはりこうした伝統的な要素を持った曲のほうが受け入れられやすいのだろうか。


ここで少しベンガル語圏全体についての話をしてみたい。
バングラデシュとインドの西ベンガル州で話されているベンガル語の話者数は、統計によって差があるが2億5千万人前後いることになっている。
地域別に見ると、ベンガル語話者はインド東部に位置する西ベンガル州が9,000万人強で、バングラデシュが1.7億人弱。

インド東部にあるのに「西ベンガル州」というのは分かりにくいが、それは西ベンガル以東、つまり「東ベンガル」に相当する地域がバングラデシュという別の国になっているためだ。
イギリスから独立するときに、ヒンドゥー教徒が多い西ベンガルはインドの一部となり、ムスリムが多い東ベンガルは、東パキスタンとなったのちに、パキスタンから再び独立してバングラデシュになった。


西ベンガル州の中心都市、コルカタのラッパーたちも、ここ数年でめちゃくちゃかっこよくなってきている。
コルカタを代表するラッパーCizzyの最近のリリースでしびれたのはこの曲。

Cizzy & AayondaB "Number One Fan"


冒頭とアウトロの歌メロ以外は英語ラップだが、このビートといいコード進行といいリリックといい、超エモい。
「自分の最高のファンは自分自身。金や名誉のためじゃなく、自分自身のために音楽を作っているんだ」というメッセージは普遍的で、自身でラップしている通り("Middle Class Panchali")ミドルクラスのアーティストの創作態度としてもっとも誠実なものだろう。
ビートメーカーはAayondaB.
おそらく彼は今コルカタでもっとも勢いのあるビートメーカーで、彼が手掛けた曲はあとでまたちょっと紹介する。

話をCizzyに戻すと、最近の彼はJingata Musicからでなく、完全インディペンデント体制でリリースをしているようだが、その楽曲のクオリティはまったく落ちていない。
コルカタのラッパーShreadeaとAvikと共演したこの曲では、三人ともリラックスした雰囲気ですごい勢いのラップを吐き出している。

Cizzy, Shreader, Avik "Baad De Bhai"


地元で仲間とつるみながらラップスキルの腕比べしてる感じがすごくいい。
ベンガル語ラップはイスラーム圏であるバングラデシュのみならず、コルカタでも女の子が全然出てこないのが特徴で(ムンバイとかデリーのパンジャービー・ラッパーだと、インドで可能な限りのセクシーな女性ダンサーが出てくることがよくある)、このミュージックビデオだと橋のたもとで垢抜けない女の子が二人いっしょにわいわいやってるのがなんだかほほえましい。
この曲のオールドスクールなビートはCizzy自身によるもの。


Cizzyが最高なのは、いつも地元コルカタのことをラップしていることで、タイトルも最高な"Make Calcutta Relevent Again"はローカルなポッドキャストのテーマ曲として作られた曲らしい。
カルカッタは言うまでもなくコルカタの旧名(2001年に改称)で、訳すなら「またコルカタをいい感じにしようぜ」だろうか。


Cizzy "Make Calcutta Relevant Again"


英語とベンガル語で自在に韻をふむフロウもかっこいいが、何より粋なのは彼らが着ているチャイの柄のTシャツだ。


ここで目下コルカタのNo.1ビートメーカーと目されるAayondaBが手がけたCizzy以外の曲をいくつか紹介したい。

WhySir "Macha Public"


曲は1:15頃から。
Cizzyの"Number One Fan"とはうってかわって無骨でヘヴィなビートにWhySirのフロウがいい感じに絡む。
コルカタとはまた違う郊外を映したミュージックビデオがいい感じだ。
西ベンガルのラッパーは、デリーやムンバイと違って、ギャングスタ気取りのコワモテではなくじつに楽しそうにラップしている人が多くて、そこがまたなんか好感度が高い。


 Flame C "DA VINCI"


これはまた違った感じの面白いビートの曲。
このFlame Cというラッパーもまた相当なスキルで、ヒンディー語圏だったらもっと有名になっていても良いはずだが、2年前のこの曲の再生回数はたったの1万回くらい。
ベンガル人、もっとラップを聴くべきだ。

AayondaBはYouTubeチャンネルでは地道にタイプビート(有名アーティストに似せたビート)を発表したりしているが、その再生回数は決して多くはない(数十回とか)。
ヒンディー語圏だったらもっともてはやされて良い才能だと思うが、やはりこうしたところにも都市や地域や言語の格差が出てきてしまうのが、インドの面白いところでもあり、少し悲しいところでもある。

ずいぶん長くなった。
この記事もそろそろ終わりに近づいてきたので、CizzyとAayondaBのコラボレーションをもう1曲紹介したい。

Cizzy "Good Morning, India"


ベンガル語ラップの響きも最高だが、この二人によるポップな英語ラップのエモさはちょっと尋常じゃないな。
"I REP"みたいだって言ったら言い過ぎだろうか。
コルカタをはじめとするインド各地を映した映像も最高にエモい。
それにしても、2年前にリリースされたこの曲の再生回数が3,700回以下って、ほんともっとみんなベンガルのラップを聴くべき!(耳ヲ貸スベキ)


さっきもちょっと書いたが、ベンガル語ラップのシーンは話者数のわりにまだまだ小さくて、相当かっこいい曲でも数十万回くらいしか再生されていなかったりすることが多い。
ヒンディー語でラップされてたら10倍から100倍くらい再生されてもおかしくないクオリティの曲でも、なかなか日の目を浴びない現実があるのだ。


今回はバングラデシュと西ベンガルに分けてラッパーを紹介したが、両地域のヒップホップシーンには、国境を越えた交流が存在している。
上述のようにコルカタのJingata Musicはバングラデシュのラッパーもリリースしているし、雑誌TRANSITのベンガル特殊号(TRANSIT59号 東インド・バングラデシュ 混沌と神秘のベンガルへ)に掲載されているCizzyのインタビュー(インタビュアーはU-zhaanさん)でも、彼はバングラデシュにお気に入りのラッパーがいると語っている。

実際に両地域のラッパーによるコラボレーションも行われている。
コルカタのWhySirは、佐々木美佳監督のドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』にも登場したダッカのラッパーNizam Rabbyと共演していて、プロデューサーはなんとCizzy!

WhySir "Shomoy" ft. Nizam Rabby


宗教の違いや経済格差など、さまざまな理由によって、共通する文化や言語を持ちながらも微妙な関係の西ベンガルとバングラデシュだが、こうしてヒップホップという新しいカルチャーによる交流が進んでいるのだとしたら、こんなに美しいことはない。
ベンガル語ラップシーンについては、またちょくちょく紹介してみたいと思います。



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