FakeerAndTheArk
2020年08月26日
『懐かしい』『旅』『認識』『生きがい』『物語』… インドで生まれた日本語タイトルの楽曲たち!
インドの音楽シーンを見ていると、日本語のタイトルを冠した曲を目にすることがたまにある。
アニメやマンガに代表される日本のサブカルチャーは、インドでも刺激的な新しい文化に敏感な都市部の若者を中心に人気があり、サブカルチャー経由で日本に興味を持つアーティストも多い…ということが、この現象の理由のようだ。
それだけでも日本人としてうれしいが、さらにうれしいことに、日本語タイトルの曲は、音的にも興味深い作品が多いので、今回、まとめて紹介してみます。
まず最初に紹介するのは、以前に特集したこともあるニューデリーのオーガニック・ソウルシンガーSanjeeta Bhattacharyaの"Natsukashii".
考えてみれば、「懐かしい」にあたる言葉って外国語にないのかもしれない。
Nostargicとも少し違うし…。
日本語が使われているというだけではなく、曲ポップで歌っているSanjeetaもとてもチャーミングなので、日本でももっと聴かれてほしい1曲だ。
彼女はアメリカの名門バークリー音楽大学の出身。
スペイン語の歌を歌っていたりもするので、おそらくバークリーで世界中の様々な言語やカルチャーに触れ、「懐かしい」という言葉をタイトルにつけるに至ったのだろう。
曲名だけではなく、アーティスト名に日本語を採用しているアーティストもいる。
ジブリ作品など日本のカルチャーの影響を大きく受けているデリーのエレクトロニカ・アーティスト'Komorebi'ことTarana Marwahだ。
先日リリースした、他のアーティストによる彼女の作品のリミックス集のタイトルは"Ninshiki"(認識)。
彼女のFacebookによると、「'Ninshiki'は日本語で'In Dreams'という意味」と語っていて「うーん、ちょっと違う」と言いたいところだが、他人によって解釈された作品を『認識』と名付けるのは間違っていないし、なかなか良いセンスだと思う。
ここでは、"Ninshiki"に収録された"Rebirth(Psychonaut Remix)"と、原曲(アニメになったKomorebiがインドと東京を行ったり来たりするミュージックビデオが面白い!)を両方紹介してみたい。
日本語の名前を持ったアーティストといえば、前回も紹介したムンバイのアンビエント/エレクトロニカアーティストRiatsuも、漫画/アニメの" Bleech"に出てくる霊的エネルギー「霊圧」から名前も取っている。
先日の記事でも触れた"Kumo"(蜘蛛)は朝露に輝く蜘蛛の巣のきらめきを思わせる美しい曲。
彼は"Tabi"(旅)という曲をリリースしたこともある。
新型コロナウイルスによるロックダウン中に発表された"Tabi"は、25分におよぶ、内的宇宙への旅とも言える静かな大曲だ。
バンガロールのジャズ/ヒップホップバンドFakeer and the Arcが今年5月にリリースしたアルバムのタイトルは、"Ikigai".
ちょうどこの記事を書いているときに、「インドのヨガ講師がIkigaiという言葉を使っていた」というツイートを読んだばかり。
'Ikigai'という言葉は、スペイン出身で日本在住の作家Hector Garciaによるベストセラーのタイトルになっており、インドの書店にも平積みされていて、インド制作のNetflix作品『マスカ 夢と幸せの味』(原題"Maska")でも使われているという。(ちなみにHector Garciaは"Ichigo Ichie"という著書も書いている。)
「生きがい」はグローバルな言葉になりつつあるようだ。
コルカタのテクノユニットHybrid Protokolによる"Tetsuo"は、『アキラ』のキャラクターではなく、塚本晋也監督による「日本最初のサイバーパンク映画」である『鉄男』(Tetsuo the Iron Man)から取られたものだという。
コルカタは古くはアジア初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや映画監督のサタジット・レイらを輩出した文化の薫り高い都市だが、現代のテクノアーティストが1989年の日本のカルト映画にまで行き着くとは思わなかった。
どこか90年代テクノの影響を感じさせるサウンドが、映画の世界観にも合致しているように感じられる。
インド北東部のアコースティック・ポップバンドLai Lik Leiによる"Eshei"は、曲名こそ日本語では無いが、"Iriguchi"という映画のテーマ曲として作られている。
マニプル州は、無謀な進軍で多大な犠牲者を出した旧日本軍のインパール作戦の戦場となった土地だ。
この曲に日本語のタイトルが採用されている理由は、こうした悲劇的な歴史によるものかもしれないが、モンゴロイド系の民族が暮らすインド北東部では、ナガランド州で日本のアニメのコスプレがブームになるなど、東アジアのカルチャーへの親和性が高い土地でもある。
民族的にも宗教的にもインドのマジョリティーとは異なる北東部の人々にとって(インド北東部はクリスチャンが多い)、日本や韓国のカルチャーは、ボリウッドなどのインドの現代文化よりも身近に感じられるのかもしれない。
ムンバイのビートメーカーKaran Kanchanは、NaezyやDIVINEなど、インドを代表するラッパーたちのトラックを制作するかたわら、ソロ作品では日本文化の影響を大きく取り入れた'J-Trap'なるジャンルの楽曲を多く発表している。
(このJ-Trapというジャンルは、日本発祥ではなく、このKaran Kanchanが提唱しているものだ)
6月に発表した最新作"Monogatari"では、日本の三味線奏者の寂空(Jack)とのコラボレーションにより、よりユニークな世界観を表現している。
じつは、このコラボレーションのきっかけになったのは、私、不肖軽刈田。
以前インタビューしたことがあるKaran Kanchanから「三味線奏者を紹介してほしい」という相談を受け、SNSで声をかけたところ、世界ツアーの経験もある寂空が応えてくれたのだ。
今作では寂空はナレーションのみの参加だが、今後、三味線でのコラボレーションも計画されているそうで、期待は高まるばかりだ。
インドと日本のコラボレーションとしては、以前このブログでも大々的に紹介したムンバイ在住のダンサー/シンガーのHirokoさんと現地のラッパーIbex, ビートメーカーKushmirによる『ミスティック情熱』も記憶に新しい。
Hirokoさんも現地のミュージシャンとの新しいコラボレーションの計画が進行中だそうで、今後、日印共作による面白い作品がどんどん増えてゆくのかもしれない。
と、ざっと日本語のタイトルを持つ曲や、日本との関わりのある曲を紹介した。
面白いのは、「懐かしい」や「生きがい」といった、日本独特の心のあり方をタイトルに採用した曲が多いということ。
かつて、ヨガやインド哲学に代表されるインドの精神文化は、西洋的な消費文化に対するカウンターカルチャーとして、欧米の若者たちに大きな影響を与えた。
また、インドは仏教のルーツとして、日本文化の源流となった国でもある。
それが今日では、欧米的な生活をするようになったインド都市部の若者たちが、日本の文化をその作品に引用しているというわけで、この現象は、世界的なカウンターカルチャーや精神文化の動向という意味でも、なかなか興味深いものがある。
今後も、極東アジアと南アジアの文化の影響のもとで、どんな素晴らしい作品が生まれてくるのか、興味は尽きない。
また何か面白い作品を見つけたら紹介したいと思います!
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
軽刈田 凡平のプロフィールはこちらから
凡平自選の2018年のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
凡平自選の2019年のおすすめ記事はこちらから!
ジャンル別記事一覧!
goshimasayama18 at 18:40|Permalink│Comments(2)