EPR

2020年06月07日

6/7(日)『タゴール・ソングス』オンライントークご報告!

というわけで、先ほどポレポレ東中野さんで『タゴール・ソングス』佐々木監督とのトークイベントを行ってきました。
このご時世なので私、軽刈田はオンラインで画面上に登場してお話させてもらいました。
(まさか自分の人生で、映画館のスクリーンに映されることがあるとは思わなかった…)

トークのなかで紹介した曲の動画をご案内します。
まずは、タゴール・ソングのさまざまなカバーバージョンから。

最初に紹介するのは、ムンバイの4人組ポップロックバンド、Sanamが演奏する"Tumi Robe Nirobe".
この曲は、『タゴール・ソングス』の中では『あなたが居る』という翻訳で歌われている曲ですが、インドの極甘イケメン風バンドが演奏するとこんなふうになります。

SanamはYouTubeにアップした動画がきっかけで人気を得たという現代的なバンドですが、オリジナル曲だけでなく、懐メロのカバーにも積極的に取り組んでいます。
インド人の懐メロといえば、それは当然、往年の名作映画を彩った劇中歌。
そうした名曲を現代風にアップデートした彼らのカバーバージョンは、YouTubeで大人気となり、中には1億回を超える再生回数のものもあります。
そんな彼らは、映画音楽だけでなく、こうしてタゴール・ソングもカバーしているのです。
このことからも、大文学者タゴールが作った曲が、インドのエンターテインメントの王道である映画の名曲と同じように親しまれているということがよく分かります。
この"Tumi Robe Nirobe"は4,000万回を超える再生回数を叩き出して、まるで現代のヒットソングのよう。
彼らは他にも"Boro Asha Kore Easechi"や"Noy Noy Modhur Khela"といったタゴール・ソングをカバーしています。
興味のある方はYouTubeで検索してみてください。


続いて紹介したのは、バンガロールのフュージョンロックバンドSwarathmaが、ベンガルの放浪詩人「バウル」と共演した"Ekla Cholo Re".

「バウル」とは、ベンガル地方(インドの西ベンガル州およびバングラデシュ)に何百年も前から存在している行者とも詩人とも言える人たちのことです。
ヒンドゥーやイスラームの信仰を超えた存在である彼らは、タゴールにも大きな影響を与えていると言われていますが、ここでは逆にそのバウルがタゴール作の歌"Ekla Chalo Re"(映画の中でも何度も登場している『ひとりで進め』)を歌っています。
歌っているのはLakhan Das Baul.
映画にも同名のバウルが登場しますが、このLakhanは映画に出てきたのとは別の人物です。

ここまで紹介した2組は、ベンガルではなく、それぞれインド西部のムンバイと南部のバンガロールのバンド(Lakhan Das Baulはベンガルのバウルですが)、つまり、ベンガル語を母語としない人たちです。
映画では、タゴールがベンガルの人々にいかに身近に愛されているかが綴られていましたが、ベンガル以外の人々にとっても、タゴールは深く敬愛されているのでしょう。
アカペラ・グループのPenn Masalaが、インドの各言語を代表する名曲をメドレーにした動画があるのですが、その動画でも、ほとんどの言語の曲が映画音楽だったのに対して、ベンガル語からはタゴール・ソング(この"Ekla Chalo Re")が選ばれていました。

(グジャラーティー、ヒンディーに続いてベンガル語で歌われる2曲めが"Ekla Chalo Re".一瞬ですが)


同じ"Ekla Cholo Re"をコルカタのロックバンドOporinotoが壮大なアレンジでカバーしているのがこちら。

同じ『ひとりで歩け』でもアレンジ次第でいろんな印象になるということが分かります。
タゴール・ソングは、このように様々な現代的なアレンジがされている一方で、正統派の歌い方というものがはっきりと確立されている音楽でもあります。
映画の中で、オミテーシュさんとプリタさんの師弟が歌っているのが正統派のタゴール・ソングです。
ベンガルには、新しいアレンジが施されたタゴール・ソングは邪道と考え、正統派の歌のみを愛してやまないリスナーもたくさんいます。
このへんは、歌舞伎や落語のような日本の古典芸能にも近い感覚かもしれません。

ところで、これを言ってはおしまいなんですが、ベンガル語が全くわからない我々にとって、ここまで紹介してきたカバーバージョンは、あまり魅力的に響かなかったのではないでしょうか。
それはなぜかと言うと、「歌詞がわからないから」ということに尽きると思います。
そもそもロックのアレンジと、4拍子ではなく、とらえどころのないタゴール・ソングのメロディーの相性があんまりよくないということもあるのですが、その最大の原因は、タゴール・ソングのなによりの魅力である歌詞が伝わってこない事でしょう。
何が歌われているか分からないと、タゴール・ソングの良さは、ほとんど伝わらないのではないでしょうか。
仮に、タゴール・ソングのCDを買ってきて、歌詞の対訳を読みながら聴いたとしても、歌われているのがどの部分の歌詞なのかが分からないと、やっぱり良さはあまり伝わらないはずです。
その点、歌にあわせて字幕を出すことのできる「映画」という表現方法は、我々のようにベンガル語が分からない人々にタゴール・ソングを紹介するのにはぴったりです。
歌を聴きながら歌詞を読むことで、たとえば「ひとりで歩け」という歌詞が、メロディーによって、寂しげに聞こえたり、奮い立たせるように聞こえたりすることが分かります。
そういう意味でも、映画という形でタゴール・ソングを紹介してくれた佐々木監督の発想は素晴らしかったと言えるでしょう。

これはタゴール・ソングではありませんが、"Ekla Cholo Re"というタイトルを借用したラップの曲。
映画の中にもバングラデシュのラッパーが出てきましたが、南アジアではここ最近ヒップホップの人気が非常に高まっており、どこの街にもラッパーがいて、その街のリアルな様子をラップしています。
これはUndergrount AuthorityというコルカタのラップメタルバンドのヴォーカリストであるEPRというラッパーのソロ作品で、厳しい生活を余儀なくされ、死を選ぶしか道のない農村の人々の辛さを訴えた曲です。


こちらもタゴールとは直接関係ありませんが、Purna Das Baulというバウルがボブ・ディランをカバーした楽曲で、"Mr. Tambourine Man".

 このPurna Das Baulはディランと親交があり、彼の音楽にも大きな影響を与えた人物です。
バウルはタゴールとボブ・ディランという二人のノーベル文学賞受賞者に影響を与えているということになるのです。



と、まあこんな感じでポップミュージックの視点から、タゴール・ソングとベンガルの音楽をほんの少し紹介させてもらいました。
本日は、30分という限られた時間のなかで、トークのみでのご案内でしたが、実際にみなさんを前に佐々木監督とトークしながらミュージックビデオをごらんいただくイベントの開催が決まりました!

6月20日(土)ポレポレ東中野1階の「space & cafe ポレポレ坐」にて、夕方〜夜にかけて開催予定です。
正式に決まり次第、改めてご案内します!

というわけで、本日はお越しいただいた方も、お読みいただいた方も、ありがとうございましたー!



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goshimasayama18 at 23:25|PermalinkComments(0)

2020年03月17日

コルカタ&バングラデシュ ベンガルのラッパー特集!




前回、前々回とコルカタのロックシーン特集をお届けした。
今回は、満を持してヒップホップ特集!
それも、インド領ウエストベンガル州のコルカタだけではなく、バングラデシュを含めたベンガル地方のヒップホップアーティストを紹介します。

ふだんチェックしているインドの音楽メディアでは、どうしてもヒンディー語圏のアーティストが紹介されることが多く、ベンガルの音楽シーンの情報というのはほとんど入ってこない。
とくにヒップホップに関しては、映画『ガリーボーイ』 の舞台にもなったインドのシーンの中心地ムンバイや、インド随一のヒップホップレーベル'Azadi Records'を擁するデリーが全国的に注目されており、ベンガルのラッパーはインド国内でもほとんど取り上げられていない。
多言語国家インドのこの状況は、例えばここ日本で欧米の音楽情報を入手しようとしたときに、アメリカ・イギリス以外の地域や、英語以外の言語で歌うアーティストの情報がなかなか入ってこないのと同じようなものだと考えれば分かりやすいだろう。
ところが、ベンガル語圏は、ロックバンドだけでなく、ヒップホップにおいてもセンスの良いアーティストの宝庫なのだ。

まずは、コルカタを代表するラッパー、Cizzyを紹介。

このジャジーなビートと落ち着いたラップは、パーカッシブなビートにたたみかけるようなラップが特徴のムンバイのガリーラップとは趣を異にする、じつにコルカタらしいサウンドだ。

Cizzyの存在に最初に気がついたのは、ジャールカンドのヒップホップアーティストTre Essによる7人のラッパーのマイクリレー"New Religion"のトップバッターを務めていたのを聴いた時だった。

メディアへの露出こそ少ないベンガリ・ラッパーたちだが、どうやら北インドの言語圏のラッパー同士の交流は行われているようである。

彼のリリックのテーマはコルカタのライフスタイルのようで、この曲のタイトルはそのままずばりの"Kolkata".
ここでは抑制の効いたビートに乗せて、ムンバイのDivineのスタイルに似たアッパーなラップを披露している。
コルカタのシンボルのひとつ、人力車も出てくるミュージックビデオの見所は、デリーやムンバイとは雰囲気の違うコルカタのガリー(裏路地)だ。
イギリス統治時代に作られた街並みなのだろうか。

このCizzyの曲をリリースしているJingata Musicは、コルカタのヒップホップシーンを代表するレーベル。
Jingata MusicのYouTubeチャンネルでは、他にもイキのいいウエストベンガルのラッパーたちをチェックすることができる。

Old BoyとWhy Sirによる"Nonte Fonte"には、ダンサーやラッパーたちが大勢出演したコルカタのシーンの勢いが感じられる楽曲。
 
Mumbai's Finestの"Beast Mode"と比較してみるのも面白いだろう。
ラップのスキルやセンスはともかく、コルカタのほうがちょっと垢抜けない感じなのも微笑ましい。

このOld Boyによる"Case Keyeche"のリリックは『ガリーボーイ』ブームに便乗して出てきたギャングスタ気取りのエセラッパー(誰のことだ?)を揶揄するもののようだ。

そのくせ、彼自身も動画のタイトルに、コラボレーションしているわけでもないDivineやNaezy(いずれも『ガリーボーイ』のモデルになった人気ラッパー)を入れており、そういうオマエも便乗してるじゃん!と突っ込みたくなってしまう。
とはいえ、この曲を聴けば彼が確かなスキルを持ったラッパーであることが分かるだろう。
この曲のビートにはBraveheartsの"Oochie Wally"が使われているが、ベンガル語混じりのラップが乗ると一気にインド的な雰囲気になってしまうのが面白い。

前回の記事で紹介したラップメタルバンドUnderground AuthorityのヴォーカリストEPR Iyerは、有名なタゴール・ソングからタイトルを拝借した"Ekla Cholo Re"(ひとりで進め)という曲を発表している。

この曲は、貧しい生活を余儀なくされ、自殺者が相次いているインドの農民たちがテーマとなっている。
EPR曰く「これは単なる歌ではなく、雄叫び(Warcry)だ。誰にも気にされずに死んでゆく人々のための、戦いの叫びである。」
こうした強い社会意識はインドのラッパー全体に広く見られるものだが、そこにタゴール・ソングの曲名を引用してくるというセンスはベンガルならではのものだ。
トラックを担当しているGJ Stormはコルカタを代表するビートメーカーのひとり。

色鮮やかなクルタに身を包んだMC HeadshotとAvikのデュオによる"Tubri"は、オールドスクールなビートにインドっぽい音色も入ったトラックに乗せて、確かなスキルのラップを聞かせてくれる一曲。


ストリートのリアルを直接的に表現することが多いムンバイのシーンと比較すると、コルカタのシーンはどこか知性や批評性を感じさせるラッパーが多いように感じられる(ムンバイのラッパーに知性がないと言いたいわけではない。念のため)。
かつてのアメリカのヒップホップになぞらえると、ムンバイは西海岸に、コルカタはニューヨークのシーンに似ていると言えるかもしれない。
(面白いことに、それぞれの街の位置もアメリカの西海岸とニューヨークにあたる場所にある)


ベンガルで優秀なラッパーが多いのはコルカタだけではない。
国境を越えたバングラデシュにも、また数多くの優れたラッパーたちがいる。

バングラデシュを代表するラッパーの一人、Nizam Rabbyはドキュメンタリー映画『タゴール・ソング』にもフィーチャーされ、映画の中で郷土の大詩人タゴールへの思いを語っている。

たとえ言葉はわからなくても、彼のラップを聴けば、その高いスキルを感じることができるはずだ。
現代ストリートカルチャーの最先端のラッパーが、100年前の詩人からつながるカルチャーを持っていることこそ、ベンガルのシーンの豊饒さと言うことができるだろう。

Bhanga Banglaは「バングラデシュで最初のトラップアーティスト」という触れ込み。
 
ミュージックビデオに描かれているベンガル風の近未来的ディストピアが面白い。

本場アメリカで活動しているベンガル系ラッパーもいる。
この"Culture"で国旗を振り回してラップしているSha Vlimpseは、ニュージャージー出身のバングラデシュ系ラッパー。
いわゆる狭義の'Desi Hip-Hop'(在外南アジア系アーティストによるディアスポラ市場向けヒップホップ)ということになるが、その中でも彼のリリックのテーマは、「バングラデシュ系としてアメリカで生きること」のようだ。
 
彼のフロウにはエミネムの強い影響が感じられる。
インドでは、バンガロールのラッパーBrodha Vもかなりエミネムっぽいフロウを聞かせているが、南アジア系のラッパーがエミネムから受けた影響の大きさをあらためて感じさせられる。

ベンガルのラッパーの情報は、インドのインディー音楽シーンのメインストリームばかり追いかけているとなかなか入ってこないが、センス、スキルともに高いアーティストが多く、ムンバイともデリーとも異なる雰囲気のシーンが形成されている。
インド領のコルカタとバングラデシュでもまた違った空気があるようで、今後とくに注目してゆきたい地域である。

ベンガルにはまだまだ優れたラッパーたちがいるが、今回紹介するのはひとまずここまで!


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