Dreamhour

2024年01月30日

Rolling Stone Indiaが選んだ2023年インドのいろいろ!


気がついたらもう1月も終わりに差し掛かっている!

12月頃によく「来年のことを話すと鬼が笑う」とか言うが、この時期に去年の話をすると鬼はどうなるんだろうか。
泣くとか呆れるとか?

おととしまでRolling Stone India誌が選んだインドのベストアルバム、ベストシングル、ベストミュージックビデオをそれぞれ別々の記事で10選ずつ紹介していたけど、今年(ていうか去年)はそこまで詳細に書くのはやめる。
この企画を5年くらい続けた結果、選ばれる作品の傾向もなんとなく分かってきてしまったので(後述)、今回は、これぞという作品だけをピックアップすることにします。


まずは2023年のミュージックビデオTop10から。
(元記事のリンクはこちらからどうぞ)


このブログで取り上げていない作品のなかから面白かったものを挙げると、まずはこの曲。

Anchit Magee "This Is Our Life"


アナログビデオ風のノイズ混じりの映像は、ここ数年のインドの(ていうか世界中の?)ミュージックビデオの定番で、そこにレトロかつチープなSF風のストーリーを合わせているのが面白い。
曲調はいかにもRolling Stone India好みの品のいいインディーズ系ギターポップ。
デリー近郊の新興都市ノイダのシンガーソングライターAnchit Mageeは、John MayerやPrateek Kuhadの影響を受けているそうで、Prateekと同様に英語とヒンディー語で楽曲をリリースしている。
この"This is Our Life"は、彼の曲のなかではかなりロック色の強い楽曲だ。


Irfana  “Sheila Silk” 


タミルナードゥ州コダイカナル出身の女性ラッパー。
Raja Kumariのスタイルをさらにセクシーな方向に推し進めたような、インドらしさとヒップホップを融合した衣装がかっこいい。
(地元言語ではない)英語のラップで、ここまでセクシーさに寄せた作品がインドでどう受け入れられるのか気になるところだが、2023年5月23日にアップされたこのミュージックビデオは、2024年1月30日現在でまだ9100再生ほど。
以前から指摘している通り、インドのインディーズシーンにはこういった「洋楽志向」なアーティストが結構いるが、インドのリスナーの多くは母語の曲を好んで聴いている。(彼女が活動しているタミルナードゥ州でいえばタミル語)
もちろん英語のポップスが好きなリスナーはインドにもそれなりにいるが、彼らは国内のアーティストにはあまり注目せず、本場であるアメリカやイギリスの音楽を好む傾向が強い。
結果的に、英語で歌い、洋楽的なスタイルで活動しているインドのアーティストは、ちょうど嗜好のエアポケットに入ってしまう形になる。
IrfanaはDef Jam Indiaと契約しており、タミルナードゥのみならずインド全土のヒップホップファンに注目されるチャンスは手に入れているわけだが、多士済々のインドのヒップホップシーンで、今後人気ラッパーの座を手に入れることができるだろうか。


KING  “Crown” 


KINGはMTV Indiaのヒップホップ番組'Hustle'出身のラッパー。
彼のスタイルであるキャッチーな歌メロと、エレクトロニックやロックの要素も入った音楽性は、世界的なヒップホップの現在地と呼応している。
きちんとインドらしさを残しながらも、自由自在に変化するフロウもビートもとてもかっこいい。
Chaar Diwaari同様に新しい時代のインドのヒップホップシーンを象徴するラッパーと言えそうだ。
『ガリーボーイ』公開から5年。
インドのヒップホップシーンはどんどん新しくなってきている。


そういえば、Karan KanchanがプロデュースしたDIVINEの"Baazigar"もこのブログでは取り上げていなかった。

DIVINE "Baazigar feat. Armani White"


イントロにサンプリングされているのは1993年のシャー・ルク・カーン主演のヒンディー語映画"Baazigar"のテーマ曲。
時代を感じさせる古いスタイルのボリウッドソング(原曲)をここまでかっこよく仕上げる手腕が冴えている。
Karan Kanchan曰く、サンプリングの権利取得にかなり時間と労力がかかったとのこと。
ヒップホップの文脈でインドの人々のソウルクラシックである往年の映画音楽がたくさんサンプリングされるようになったら面白いと思うが、現状では許諾面でのハードルがかなり高いようだ。
後半のヴァースではアメリカの中堅ラッパーArmani Whiteを起用。
海外を拠点としていない、インド生まれでインドで活動しているラッパーが「本場」のラッパーをフィーチャーする例は珍しい。
ムンバイの、いやインドのヒップホップ界の帝王DIVINEらしい演出と言えるだろう。

ミュージックビデオのTop10では、Chaar DiwaariとGravityが共演した"Violence"とKomorebiが軽刈田選出のTop10と重複していた。



続いてはアルバム。
アルバムに関しては例年同様、かなりマニアックな作品や時代性をまったく無視した作品が結構入っていて、なかなか面白いセレクトになっている。
ランキング全体はこちらのリンクをご覧いただくとして、いくつか気になった作品を紹介する。



妙にくせになる作品が、ランキング6位のDhanji "RUAB".
なんとも形容しがたい音楽性で、無理やり形容するならエクスペリメンタルで、ローファイで、ファンキーかつジャジーなラップということになるだろうか。
ちょっと語りっぽいヒンディー語、グジャラーティー語、英語混じりのラップも独特で唯一無二。
あらゆる方面に成長と拡張を続けるインドのヒップホップシーンが生み出した新しい傑作のひとつだ。

Dhanji "1 Khabri / 2 Numbari"


Dhanjiはアーメダーバード出身のラッパー。
アーメダーバードのヒップホップシーンはまったくチェックしていなかったが、ポストロックのAswekeepsearchingやセンスの良いファンクポップを作るChirag Todiなど、才能あふれるアーティストを輩出しているこの街のシーンはいちどきちんと掘ってみたい。
この楽曲にはラクノウのCircle Tone、デリーのEBEという2人のプロデューサーがクレジットされており、他にもアルバムにはSeedhe MautのメンバーやテクノアーティストのBlu Atticが参加している。


つい耳が離せなくなってしまったのが、Jamna Paarというデリーの電子音楽デュオのアルバム"Strangers from Past Life".
タイトルの通り、テクノ、ドラムンベース、エレクトロニカといった既存のさまざまな電子音楽とインドの伝統音楽が融合したスタイルで、次々と変わってゆく音像が聴き手を飽きさせない。
いろいろなジャンルが入っているものの、全体を通してポップに仕上がっているのも良い。

Jamna Paar, Dhruv Bedi "Samara"


メンバーの一人はベテランハードロックバンドParikramaのベーシスト。
このようにまったく別のジャンルで活躍しているアーティストはインドでは結構いるのだが、日本を含めた他の国だとあんまり聞かないような気がする。

電子音楽のアルバムとしては、3位にランクインしたムンバイのSandunesの"The Ground Beneath Her Feet"もとても良い作品だった。
BonoboやPretty Lightsとのツアーも実現している彼女のことはいつかちゃんと紹介したい。


例年のこのアルバムランキングの特徴として、国籍も時代も関係ないような音楽が選ばれるということが挙げられるのだが、今回はネパール国境の街シリグリーのレトロウェイヴ/シンセウェイヴアーティストDreamhourの"Now That We are Here"と、ムンバイのブルータルデスメタルバンドGutslitの"Carnal"が選出されている。
前者から1曲紹介。

Dreamhour "It's a Song"

Dreamhourはいつもレトロフューチャー感あふれるアートワークを完璧に作り込んでいるので、こう言ってはなんだがこんなに垢抜けない兄ちゃんたちが作っているとは思わなかった。
アルバムジャケットを見ながら聴くとまったく印象が違うのも一興。


ちなみにアルバム部門で1位に選出されていたのはSeedhe Mautのミックステープ。
確かにすごいボリュームの力作だったが、個人的には前作"Nayaab"、前々作"न"(Na) のほうがインパクトが強かったので、今作はブログで取り上げなかった。


結構面白い作品が多かったアルバムに比べて、シングル部門はいわゆる洋楽ポップス的に手堅く作った曲がまとまっていて、例年の傾向ながらあんまり面白くはなかった。
(かと思えばメタル/ハードコア的なBhauanak Mautが選出されていたり、よく分からない選曲でもある)

詳細はこちらのリンクからどうぞ。


シングル部門で気になったのはこの辺の曲。

Meera, Raag Sethi  “Mango Milkshake”


Sanjeeta Bhattacharya, Prabhtoj Singh  “X Marks the Spot”


Tejas "Some Kind of Nothing"



どれもインドのインディーズのシンガーソングライターのレベルの高さを感じさせる曲だし、都市部のミドルクラスの若者が主な読者層であろうRolling Stone Indiaという媒体がこういうのを好むのもよく分かるのだが、前述の通り、インドではこの手の楽曲は需要に対して完全に供給過剰状態にある。
(シングル部門で1位だったデリーのシンガーDot.の"Indigo"という曲も同様の路線)

音楽の質とはまた別の問題として、この路線アーティストたちは、今後インドで、あるいは海外で、どう受容されてゆくのだろうか。
世界中のちょっとセンスの良いお店で流れていても全く違和感がないクオリティの楽曲ばかりだが、ここからさらにブレイクするにはさらなる個性が必要なような気がする。


--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから
2022年の軽刈田's Top10はこちら
2023年の軽刈田's Top10はこちら



goshimasayama18 at 18:52|PermalinkComments(0)

2023年02月09日

インドのアンダーグラウンド電子音楽シーンの現在


ここ数年ですっかり耳にすることが少なくなったジャンル名といえば、EDMだろう。
2010年代、ド派手かつキャッチーなサウンドで世界中を席巻したEDMの波は、もちろん踊ることが大好きな国インドにも到達した。
ゴアやプネーでは世界で3番目の規模のEDMフェスティバルSunburnが開催され、数多くの世界的DJが招聘されてインドの若者たちを踊らせた。
インド国内にもLost StoriesやZaedenのように海外の大規模フェスに出演するアーティストが現れ、シーンはにわかに盛り上がりを見せた。




ところが、アヴィーチーが亡くなった2018年ごろからだろうか。
世界中の他の地域と同様に、インドでもEDMブームは下火になってゆく。
Lost Storiesは派手さを排除したポップ路線へと転向、Zaedenに至っては、なんとアコースティック寄りのシンガーソングライターへと転身してしまった。
(どうでもいい話だが、アヴィーチーというアーティスト名はインドと縁があり、「無間地獄」を意味するサンスクリット語から取られているらしい)

一応ことわっておくと、ここで言っているEDMというのは、KSHMR(彼はインド系メリカ人だ)とかアヴィーチーみたいないわゆる「狭義のEDM」の話で、インドを含めた英語圏で使われる「踊れる電子音楽全般」という意味ではない。
広義のEDMはもちろんまだ生きていて、以前も書いた「印DM」(軽刈田命名)のように、インドで独自に進化しているのだが、その話はまた今度。




今回書きたいのは、こうしたポップ路線からは離れたところに存在する、もうちょっとアンダーグラウンドな音楽シーンのことだ。
2000年ごろから活躍するパイオニアMidival Punditzをはじめ、インドは数多くの電子音楽アーティストを輩出した国でもある。
当たり前だが、巨大フェスのメインステージだけがシーンではない。
今回は、インドの面白い「草の根的」電子音楽をいろいろと紹介してみたい。
(古典音楽の要素を融合したフュージョン系エレクトロニカも非常に面白いのだけど、面白すぎるのでこれもまた機会を改めることにして、今回は無国籍なサウンドの電子音楽アーティストを特集する)


Dreamhour "Light"


シンセウェイヴのDreamhourは、インド東部ベンガル州の北のはずれ、シリグリー出身のDobojyoti Sanyalによるソロプロジェクト。
西にネパール、東にブータンがあり、北には1975年まで独立国だったシッキム州をのぞむシリグリーは、私の記憶にある25年前は、これといった面白みのない辺境の田舎街だった。
あの街からまさかこんな拗らせたスタイルのアーティストが出てくるとは思わなかったなあ。

Dreamhour "Until She"


DreamhourはニューヨークのNew Retro Waveというレトロ系シンセウェイヴ専門のレーベルから作品をリリースしていて、この手のマニアックなサウンドになるともう国境も国籍も全く関係ないという好例と言えるだろう。
Sanyalは女性ヴォーカリストをフィーチャーしたDokodokoというプロジェクトでも活動している。


OAFF "Perpetuate"


大阪アジアン映画祭と同じ名前のアーティストOAFFは、ムンバイのKabeer Kathpaliaによるソロプロジェクト。
音のセンスもさることながら、このシンプルながら独特の美しさを持つミュージックビデオが素晴らしい。

OAFF x Lanslands "Grip"


Landslandsなる人物と共演した"Grip"のミュージックビデオもまた強烈で、こちらはフランス人映像作家Thomas Rebourが手掛けている。



Three Oscillators "Hypnagogia"


ムンバイのDJ/プロデューサーBrij Dalviによるソロプロジェクト。
当方ロック上がりにつき、この手の音楽には全く詳しくないのだが、ちょっとドラムンベースっぽくもあるこういうジャンルは何ていうの?IDM?
彼が所属するQuilla Recordsはこの手の電子音楽の要注目レーベルだ。
大都市の喧騒の中からこの静謐かつ知的なサウンドが生まれてくるところに、ムンバイの奥深さを感じる。


Oceantied "Reality"



ベンガルールのKetan Behiratによるソロ・プロジェクト。
彼もまた、ただアゲて踊らせるだけじゃねえぞ、というセンスを感じる音使い。


Cash "Longing"


詳細は不明だが、ボストンとニューヨークとムンバイを拠点にしているらしいCashというアーティスト。
いわゆる典型的なアンビエントだが、とにかく心地よく浸れるサウンドだ。
"Hatsuyuki""Sentaku"といった日本語タイトルの曲もあって、それがまた美しい。


Neeraj Make "Last Taxi"


チェンナイとロンドンを拠点に活動するNeeraj Makeが2021年にリリースした"Art House"の最後を飾る曲、Last Taxiも電子音楽としての美しさにあふれた一曲だ。


この手のエレクトロニカ/アンビエント系の音楽は、インドでも決してメジャーなジャンルではないが、そのわりにかなり多くのアーティストやレーベルが存在している。
若干ステレオタイプ的な話になるが、深淵な音の響きを追求する古典音楽や、瞑想の伝統を持つインドで、こうした「踊らせるだけではない」音にこだわった電子音楽が好んで作られるのは必然とも言えるのかもしれない。
(そう考えると、今回紹介した中ではレトロウェイヴ系のDreamhourはかなり異質だが)




この手のアーティストはインドにほんとうにたくさんいるので、今後もいろんな角度から紹介してみたい。





--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから
2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから
2022年の軽刈田's Top10はこちら

ジャンル別記事一覧!




goshimasayama18 at 22:40|PermalinkComments(0)

2020年07月05日

インディー音楽の新潮流「レトロ風かつマサラ風」はインドのヴェイパーウェイヴか?

インドのインディー音楽の歴史は、エンターテインメントのメインストリームである「ボリウッド的なもの」への反発の歴史だった。
…とまで言ったら言い過ぎかもしれないが、「ボリウッド的なものを避けてきた」歴史だったことは確かだろう。

かつて日本のインディーズバンドが「歌謡曲」的なベタさを仮想敵としてきたように、インドのインディー音楽も、ドメスティックな大衆文化であるボリウッドとは距離を置いた表現(例えば「洋楽的」なクールさを持つもの)を追求してきた。
例えば、近年成長著しいインドのストリートラップは、早くからボリウッドに取り入れられてきたバングラー・ビート(インド北西部パンジャーブ州をルーツとするバングラーのリズムや歌を取り入れたダンスミュージック)ではなく、よりアメリカのブラックミュージックに近いスタイルを取ることが多い。
新しい表現衝動には、既存の商業音楽とは異なるスタイルが必要なのだ。

ところが、ここ最近、インドのインディーミュージックシーンで、「あえて」ドメスティックど真ん中の往年のボリウッド的なビジュアルやサウンドを取り入れて、「ダサかっこいい」演出をするアーティストが増えてきている。
これは、以前からインドで見られた「古典音楽と西洋音楽のフュージョン」とか、「伝統衣装を現代風におしゃれに着こなす」といったものとは似て非なる、全く新しい風潮だ。
簡単に言うと、古いもののかっこよさの再発見・再評価ではなく、古くてダサいものを、古くてダサいまま愛でよう、という、より高度に屈折した見せ方ということだ。

こうした傾向は、2010年代に爆発的な広がりを見せたヴェイパーウェイヴなどのレトロフューチャー的なムーブメントの、インド的な発展とも言える。
(ヴェイパーウェイヴを定義するならば「80年代的な大量生産/大量消費の大衆文化を、ノスタルジーと皮肉と空虚さを込めて再編集した音楽と映像」。検索するとくわしい解説記事がたくさんヒットします)。
成長著しいインドの若手アーティストにとって、20年以上前の娯楽映画や大衆音楽は、もはや避けるべきダサいものではなく、別の時代、別の世界の作品であり、格好の「ネタにすべき素材」になっているのだ。
インドのポピュラーミュージック市場では、まだまだ映画音楽の市場規模が圧倒的に大きいとはいえ、インディーミュージックも急速に発展を続けており、メインストリームを面白がる余裕が出てきたとも言えるだろう。

まず紹介するのは、Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストミュージックビデオ10選にも選ばれた、チャンディーガル出身のガレージロックバンドThat Boy Robyの"T".
サイケデリックなサウンドに合わせて中途半端に古い映画の画像が繰り返される、無意味かつシュールで中毒性の高い映像になっている。

本来の映画の内容から離れて、インド映画の強烈な映像センスを「サイケデリックなもの」として扱う感覚が、インド国内でも育ってきているのだ。


続いて紹介するのは、ネパール国境にほど近い西ベンガル州の街シリグリー(Siliguri)出身のレトロウェイヴ・アーティストのDreamhourが先ごろリリースしたアルバム"PROPSTVUR"から、"Until She".
このレトロなシンセサウンドも驚愕だが、よくこんなにレトロフューチャー的なインド人女性の画像(時代を感じさせるメイクと衣装のラメ感!)を探してきたなあ、ということに感心した。

ムンバイやバンガロールのような国際的な大都市ではなく、「辺境の片田舎」であるシリグリーでこの音楽をやっているというのも味わい深い。
彼のセンスが地元の人々にはどう受け入れられているのか、若干気になるところではある。
彼のアルバムは全編通してレトロなテイストが満載で、まるで冷凍睡眠から覚めた80年代のダンスミュージックのプロデューサーが作り上げたかのような面白さがある。


ムンバイとバンガロールを拠点とするトラックメーカーのMALFNKTIONとRaka Ashokは、タミル語映画を中心に1970年代から活躍する映画音楽家Illaiyaraaja(イライヤラージャ)の音源をベースミュージックにリミックスした"Raaja Beats"を発表。

イライヤラージャは、電子音楽などを導入して、当時としては非常に斬新なサウンドを作り上げた音楽家だ。
今となってはレトロなそのサウンドを新しいビートで生まれ変わらせたこの試みは、意外性を狙っただけではなく、彼らの音楽的ルーツを振り返るものでもあるのだろう。


同じような試みをしているのは彼だけではない。
このP.N.D.A.というアーティストは、詳細は不明だが、Bollywood LofiとかDesi Waveというジャンル名で、古い映画音楽をヴェイパーウェイヴ的に再編集した作品をたくさんYouTubeにアップしている。

ヴェイパーウェイヴのアーティストたちの音楽的ルーツの深層に80年代の商業音楽があるように、現在インドの音楽シーンで活躍しているミュージシャンたちも、インディーミュージックに目覚める前の原体験として、このような映画音楽が刻み込まれているのだろう。
そうした音楽は、個々のインディペンデントな表現衝動とは何の関係もない、むしろ商業的で空虚なものなのだが、だからこそノスタルジーと自分自身を含めた時代への皮肉を込めた表現として両立するのである。

この「インド版ヴェイパーウェイヴ」は、例えば「インド最古の音楽レーベル」であるHindusthani Recordsの音源をヒップホップのビートに流用したコルカタのSkipster aka DJ SkipとラッパーCizzyのような、自身のルーツへの直接的なリスペクトの表明ともまた違う。

これはこれで、温故知新的なかっこよさがたまらない。

今回紹介したような屈折した表現の登場に、インドの音楽シーンの成熟を改めて感じさせられた。
そして、80年代の日本や欧米のカルチャーと比べても、格段にアクの強いサウンドやビジュアルを、よくもまあクールに再定義したものだと、大いに感心した次第である。

こうした傾向はこれからも続きそうで、まだまだ面白いサウンドが登場しそうなので、要注目です!
それでは!


--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!


軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

凡平自選の2018年のおすすめ記事はこちらからどうぞ! 
凡平自選の2019年のおすすめ記事はこちらから

ジャンル別記事一覧!
 


goshimasayama18 at 17:29|PermalinkComments(0)

2019年08月10日

今年も日本のバンドが出演!Ziro Festivalのラインナップが面白い!

昨年も紹介したインド北東部の最果ての地、アルナーチャル・プラデーシュ州で行われる究極の音楽フェスZiro Festival of Musicが今年も面白そうだ。

(昨年の記事↓)

インド北東部の玄関口アッサム州のグワハティから8時間近く鉄道に揺られ、最寄駅からジープで3時間半かけてやっと到着するアルナーチャル・プラデーシュ州のZiro Valleyで行われるこのフェスには、インド北東部を中心に、インド全土、そして世界中の先鋭的なミュージシャンが毎年出演することで知られている。
この辺境の地で行われるイベントがどれだけピースフルで素晴らしいものなのかは、昨年のアフタームービーを見れば分かるはずだ。

大自然のなかで行われるこのフェスティバルは、いまや数々の音楽フェスが開催されるようになったインドでも、究極の音楽好きが集うイベントとして一目置かれている。

先日、今年のラインナップが発表され、日本のサイケデリック・ロックバンドAcid Mothers Templeが出演することが明らかになった。
zirofestival2019

アルファベット順に記載されているようなので、彼らがヘッドライナーかどうかは分からないが、一昨年はジャーマンロックバンドCanのヴォーカリストとして有名なダモ鈴木、昨年はポストロックのMONOがトリを務めており、いずれにしても3年連続で日本人アーティストが出演することになる。


インドからの出演者も非常にユニークで、いずれもインディーズシーンでも知る人ぞ知る存在のアーティストばかりだが、知名度よりもサウンドの面白さを追求して選んでいるようだ。
西ベンガル州北部シリグリー出身のDreamhourは80年代サウンドを追求するエレクトロニックアーティスト。

この楽曲にはKrakenのギター/ヴォーカルのMoses Koulが参加している。

パンジャーブ州のThat Boy RobyはRolling Stone India誌が選ぶ2018年のミュージックビデオ10選にも選ばれたガレージロックバンド。


New DelhiのZokovaはスリーピースのインストゥルメンタル・ポストロックバンド。


ウッタラカンド州のKarmaは歯切れの良いラップを聴かせるラッパー。


エレクトロニック、ロック、ヒップホップといった現代音楽でインドじゅうから個性的なラインナップを揃えたかと思えば、伝統音楽にも目配りが効いており、カルナータカ州のJyoti Hegdeは古典楽器ヴィーナの奏者だ。

HarmoNOniumは、こちらも伝統音楽で使われる鍵盤楽器ハーモニウム奏者兼ヴォーカリストのOmkar Patilが率いるフュージョンロックバンド。


出演者のなかでもっとも知名度が高いのは、カルナータカ出身で、映画音楽なども歌うシンガーのLucky Aliだろう。

地元のインド北東部からは、今年はシッキム州ガントクのベテランハードロックバンドStill Waters(2001年結成)や、ナガランドのポップロックバンドTrance Effectらが出演する。

この曲はAC/DCを彷彿させるナンバー。



海外から招聘しているアーティストも、国際的スターではなくても、面白そうなバンドばかりだ。
リトアニアのAntikvariniai Kašpirovskio Dantysはジプシー的な要素も入ったローカル歌謡ロック。


イスラエルのOuzo Bazookaは、来日経験があり、サラーム海上さんも推している中東サイケデリックロックバンド。


日本から参加するAcid Mothers Temple

いったいZiro Valleyの地でどんなライブを見せてくれるのだろうか。

昨年のZiro FestivalでのMONOのライブを見てみよう。


都会を遠く離れ、インドの山奥の大自然のなかでこの美しい轟音に身を委ねることができたらどんなに素晴らしい体験だろう。

この個性的すぎるラインナップのフェスを主催しているのは、アルナーチャルのプロモーターBobby Hanoと、首都デリーのロックバンドMenwhopauseのギタリストで、かつてはジャーナリストとしても活躍していたAnup Kutty.
きっかけは、Anupがバンドでインド北東部をツアーしたとき、プロモーターをしていたBobby Hanoが故郷のZiro ValleyにAnupを招待したことだった。
自然に囲まれ、独自の文化を保っているこの地に惹かれたAnupは、滞在中にBobbyとZiroで音楽フェスティバルを開催する構想を話し合った。
デリーに戻ってもそのアイデアが頭を離れなかったAnupは、アルナーチャル・プラデーシュ州の観光局に企画を持ち込んだところ、州は全面的なサポートを彼に約束し、この世界でも稀な辺境の地での先進的音楽フェスティバルが開催されることとなった。
(参考記事:https://rollingstoneindia.com/menwhopause-guitarist-anup-kutty-on-setting-up-ziro-festival/) 
第1回Ziro Festival of Musicの開催はは2012年。
当初から全国的な人気を誇るインディーアクトと、開催地に近い北東部諸州のミュージシャンの両方を出演させる方針が取られ、フェスが軌道に乗ってからは、海外のアーティストも招聘されるようになった。
これまでに前述のMONOやダモ鈴木に加え、Sonic YouthのLee RanaldやSteve Shelleyなども出演したことがある。

Anupが所属するMenwhopauseは2001年に結成されたベテランバンドで、これまでに2007年に米国でのSXSW(South by South West)出演や、複数のヨーロッパツアーの経験がある、インドで最も早く国際的に評価されたバンドのひとつだ。




彼らのSNSはここ1年ほどSNSの更新もなく、目立った活動はしていないようだが、彼ら功績は後続のアーティストたちにとって、確かな道標となっている。

Ziro Festival of Musicは、今年は9月26日から29日にかけて開催。
美しい自然の中にすばらしいラインナップのアーティストたちを集めるだけではなく、プラスチックを極力排除し、環境への配慮も意識するなど、様々な面で理想的な音楽フェスティバルだ。
フェスティバルが単なる音楽鑑賞ではなく、特別なエクスペリエンスであることを最大限に重視した、私が今、世界で一番行きたいフェスである。

--------------------------------------

「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!


凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ! 

ジャンル別記事一覧!


goshimasayama18 at 16:14|PermalinkComments(0)