DeeMC
2019年09月20日
『ガリーボーイ』がきっかけで生まれた傑作!新進プロデューサーAAKASHが作るインドのヒップホップの新潮流!
ムンバイのヒップホップシーンから、また新しい傑作アルバムが登場した。
プロデューサーのAAKASHが先日自身の名義でリリースしたデビュー作"Over Seas"は、MC Altaf, Dopeadelicz, Ace(Mumbai's Finest), Dee MCといったムンバイのヒップホップシーンを代表するラッパーたちをフィーチャーした意欲作だ。
これまでのインドのヒップホップとは異なるトラップ以降のトレンドを意識したサウンドは、グローバルな同時代性を感じさせる内容となっている。
AAKASH(本名:Aakash Ravikrishnan)は、クウェートで生まれ、米国インディアナ州の大学で音楽やパフォーミングアーツを学んだ、典型的なNRI(在外インド人)だ。
マルチプレイヤーでもあり、アメリカのドキュメンタリー番組のサウンドエンジニアとしてエミー賞(テレビ界の最高峰の賞)を受賞したことがあるというから、本場米国仕込みの実力派と呼べるだろう。
昨年アメリカからムンバイに移住してきた彼が最初にコラボレーションしたのは、まだ10代の若手ラッパーMC Altafと31歳の(ムンバイのシーンでは)ベテランのD'Evilだ。
ミュージックビデオの舞台は、インドでもヒップホップ・ブームと並行して人気が高まっているスニーカーショップ。
この"Wazan Hai"を皮切りに、AAKASHは次々とムンバイのラッパーたちとのコラボレーションを進めていった。
トラックもメロディックなフロウもインドらしからぬ"Obsession/Bliss"は14歳からラッパーとして活躍しているPoetik Justisとのコラボレーション。
ミュージックビデオはなぜか中国語の字幕付きだ。
米国からムンバイに移住してきたAAKASHは、映画『ガリーボーイ』を見て当地のヒップホップシーンのむき出しのパワーに触発され、インスタグラムを通じて地元のラッパーたちにコンタクトを取ったという。
ストリートヒップホップは、巨大なショービジネスの中で作られた映画音楽や高度に様式化された古典音楽とは違い、都市部の若者たちから自発的に誕生した、インドでは全く新しいタイプの音楽だ。
欧米では60年代のロック以降あたりまえだった「労働者階級が自分たちのリアルな気持ちを吐き出すことができる音楽」が、インドでは2010年代に入ってようやく誕生したわけだ。
欧米文化に慣れ親しんだ国際的なアーティストが、インドのヒップホップ誕生をもろ手を上げて歓迎するのは、むしろ当然のことなのだ。
Rolling Stone Indiaの特集記事でのAAKASHの言葉が、在外アーティストから見たインドのシーンを端的に表わしている。
「インドのヒップホップは現代のL.A.やアトランタやシカゴのヒップホップとは対照的に、よりオールドスクールでリアルなヒップホップの影響を受けているね」
MC Altafとのコラボレーションについてはこう語っている。
「彼は俺の音楽をチェックした後に、D'Evilとのレコーディングのために俺のホームスタジオまで来てくれたんだ。俺たちはいろんなビートを試してみたんだけど、その中のひとつを選んでその日のうちに仕上げたよ。それが"Wazan Hai"になった。この曲が、ムンバイで最高のヒップホップアーティストたちをフィーチャーした"Over Seas"というアルバムを作るきっかけになったんだ。これは、彼らにフレッシュな2019年や2020年のサウンドを提供して、世界にプロモートするためのアルバムだよ」
ヒップホップ(ラップ)は言葉の音楽だが、トラック/ビートもまた重要な要素である。
とくに世界的な市場で評価されるためには、サウンド的にも新しくクールであることが求められる。
これまで、インドのヒップホップは、オールドスクールヒップホップやインドの音楽文化の影響のもとでガラパゴス的な発展を遂げてきた。
インドのヒップホップシーンには、この一年だけでも、才能豊かで、シーンを刷新するようなアーティストがあまりにも多く登場している。
AAKASH(本名:Aakash Ravikrishnan)は、クウェートで生まれ、米国インディアナ州の大学で音楽やパフォーミングアーツを学んだ、典型的なNRI(在外インド人)だ。
マルチプレイヤーでもあり、アメリカのドキュメンタリー番組のサウンドエンジニアとしてエミー賞(テレビ界の最高峰の賞)を受賞したことがあるというから、本場米国仕込みの実力派と呼べるだろう。
昨年アメリカからムンバイに移住してきた彼が最初にコラボレーションしたのは、まだ10代の若手ラッパーMC Altafと31歳の(ムンバイのシーンでは)ベテランのD'Evilだ。
ミュージックビデオの舞台は、インドでもヒップホップ・ブームと並行して人気が高まっているスニーカーショップ。
この"Wazan Hai"を皮切りに、AAKASHは次々とムンバイのラッパーたちとのコラボレーションを進めていった。
トラックもメロディックなフロウもインドらしからぬ"Obsession/Bliss"は14歳からラッパーとして活躍しているPoetik Justisとのコラボレーション。
ミュージックビデオはなぜか中国語の字幕付きだ。
米国からムンバイに移住してきたAAKASHは、映画『ガリーボーイ』を見て当地のヒップホップシーンのむき出しのパワーに触発され、インスタグラムを通じて地元のラッパーたちにコンタクトを取ったという。
『ガリーボーイ』にも、スラムのラッパーの才能に引き寄せられるアメリカ帰りのトラックメーカーが登場するが、それと全く同じようなエピソードだ。
そもそも『ガリーボーイ』自体が、ボリウッドの名門一家に生まれ、ニューヨークで映画製作を学んだゾーヤー・アクタル監督がムンバイのヒップホップシーンの熱気に魅了されて製作された映画である。
ムンバイのヒップホップシーンはものすごい求心力で世界中に拡散したインド系の才能を惹きつけているのだ。
ストリートヒップホップは、巨大なショービジネスの中で作られた映画音楽や高度に様式化された古典音楽とは違い、都市部の若者たちから自発的に誕生した、インドでは全く新しいタイプの音楽だ。
欧米では60年代のロック以降あたりまえだった「労働者階級が自分たちのリアルな気持ちを吐き出すことができる音楽」が、インドでは2010年代に入ってようやく誕生したわけだ。
欧米文化に慣れ親しんだ国際的なアーティストが、インドのヒップホップ誕生をもろ手を上げて歓迎するのは、むしろ当然のことなのだ。
Rolling Stone Indiaの特集記事でのAAKASHの言葉が、在外アーティストから見たインドのシーンを端的に表わしている。
「インドのヒップホップは現代のL.A.やアトランタやシカゴのヒップホップとは対照的に、よりオールドスクールでリアルなヒップホップの影響を受けているね」
MC Altafとのコラボレーションについてはこう語っている。
「彼は俺の音楽をチェックした後に、D'Evilとのレコーディングのために俺のホームスタジオまで来てくれたんだ。俺たちはいろんなビートを試してみたんだけど、その中のひとつを選んでその日のうちに仕上げたよ。それが"Wazan Hai"になった。この曲が、ムンバイで最高のヒップホップアーティストたちをフィーチャーした"Over Seas"というアルバムを作るきっかけになったんだ。これは、彼らにフレッシュな2019年や2020年のサウンドを提供して、世界にプロモートするためのアルバムだよ」
ヒップホップ(ラップ)は言葉の音楽だが、トラック/ビートもまた重要な要素である。
とくに世界的な市場で評価されるためには、サウンド的にも新しくクールであることが求められる。
これまで、インドのヒップホップは、オールドスクールヒップホップやインドの音楽文化の影響のもとでガラパゴス的な発展を遂げてきた。
このアルバムは、高いスキルとリアルなスピリットを持ったムンバイのラッパーたちに、現代的な最新のビートをぶつけてみるという、非常に野心的な試みでもあるのだ。
インドのローカル言語でラップされるこのアルバムは、先日紹介した英語ラッパーたちの作品と比べると、馴染みがない響きに少し戸惑うかもしれない。
だが、気にすることはない。
AAKASH自身もこう言っている。
「俺はヒンディー語で育ったわけじゃないから、ヒンディー語が本当に分からないんだ。だからレコーディングが終わって、彼らにヴァースの意味を聞くまで、誰が何を言っているのか全く分からなかったんだよ」
彼もまた、リリックの中身は分からなくても、シーンの熱気とラップのスキルやフロウのセンスに魅せられた一人なのだ。
AAKASHは、アメリカでヒップホップだけでなくメタル、ポップ、ジャズ、ロックなど様々な音楽の影響を受けており、この"Over Seas"にはジャズ、R&B、クラシックギター、フォーク、ボサノヴァの要素が込められているという。
Sid J & Bonz N Ribzをフィーチャーしたこの"Udh Chale"はBlink182のようなポップなパンクバンドの要素を取り入れているそうだ。
ダラヴィのラッパーDopeadeliczをフィーチャーしたトラップナンバー"Bounce"は、ヘヴィーなサウンドと緊張感で聴かせる一曲。
"Aadatein"は、いつもは歯切れのよいラップを聴かせるDee MCのメランコリックな新境地だ。
インドのローカル言語でラップされるこのアルバムは、先日紹介した英語ラッパーたちの作品と比べると、馴染みがない響きに少し戸惑うかもしれない。
だが、気にすることはない。
AAKASH自身もこう言っている。
「俺はヒンディー語で育ったわけじゃないから、ヒンディー語が本当に分からないんだ。だからレコーディングが終わって、彼らにヴァースの意味を聞くまで、誰が何を言っているのか全く分からなかったんだよ」
彼もまた、リリックの中身は分からなくても、シーンの熱気とラップのスキルやフロウのセンスに魅せられた一人なのだ。
AAKASHは、アメリカでヒップホップだけでなくメタル、ポップ、ジャズ、ロックなど様々な音楽の影響を受けており、この"Over Seas"にはジャズ、R&B、クラシックギター、フォーク、ボサノヴァの要素が込められているという。
Sid J & Bonz N Ribzをフィーチャーしたこの"Udh Chale"はBlink182のようなポップなパンクバンドの要素を取り入れているそうだ。
ダラヴィのラッパーDopeadeliczをフィーチャーしたトラップナンバー"Bounce"は、ヘヴィーなサウンドと緊張感で聴かせる一曲。
"Aadatein"は、いつもは歯切れのよいラップを聴かせるDee MCのメランコリックな新境地だ。
インドのヒップホップシーンには、この一年だけでも、才能豊かで、シーンを刷新するようなアーティストがあまりにも多く登場している。
もちろん今回紹介したAAKASHもその中の一人だ。
アンダーグラウンドで発展してきたヒップホップシーンは、『ガリーボーイ』という起爆装置によって、ものすごい勢いで進化と多様化を進めており、一年後がどうなっているか、全く想像がつかないほどだ。
AAKASHの次のアルバムはすでに完成しており、"Homecoming"というタイトルのジャズ・ヒップホップだという。
AAKASHの次のアルバムはすでに完成しており、"Homecoming"というタイトルのジャズ・ヒップホップだという。
リリースは彼が米国に帰国した後になるそうだ。
今度はどんな新しいサウンドを聴かせてくれるのか、今から非常に楽しみである。
参考記事:
Rolling Stone India "Aakash Delivers a Cutting-Edge Debut Hip-Hop LP ‘Over Seas’"
The Indian Music Diaries "AAKASH Moved to Mumbai, and Made One of the Most Groundbreaking Indian Hip-Hop Albums"
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(2019.9.23加筆)
ムンバイ在住の友人がAAKASHに近しい人物から聞いた話によると、彼のインドへの帰国はトランプ大統領の排外的な移民政策によるものだったという。
まさかトランプの政策がインドのヒップホップシーンに影響を及ぼすとは思わなかった。
アメリカの移民排斥によって、最新のヒップホップサウンドがインドに持ち込まれることになったのだ。
これがまさにグローバリゼーションというやつだなあ、と非常に感慨深く感じた次第。
今度はどんな新しいサウンドを聴かせてくれるのか、今から非常に楽しみである。
参考記事:
Rolling Stone India "Aakash Delivers a Cutting-Edge Debut Hip-Hop LP ‘Over Seas’"
The Indian Music Diaries "AAKASH Moved to Mumbai, and Made One of the Most Groundbreaking Indian Hip-Hop Albums"
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(2019.9.23加筆)
ムンバイ在住の友人がAAKASHに近しい人物から聞いた話によると、彼のインドへの帰国はトランプ大統領の排外的な移民政策によるものだったという。
まさかトランプの政策がインドのヒップホップシーンに影響を及ぼすとは思わなかった。
アメリカの移民排斥によって、最新のヒップホップサウンドがインドに持ち込まれることになったのだ。
これがまさにグローバリゼーションというやつだなあ、と非常に感慨深く感じた次第。
状況は不明だが、AAKASHは既報の通り再びアメリカに戻ることも考えているようだ。
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goshimasayama18 at 23:10|Permalink│Comments(0)
2019年04月30日
インド女性のエンパワーメントをラップするムンバイのフィーメイル・ラッパーDee MC
ストリートラッパーを扱ったボリウッド映画"Gully Boy"のヒットからも分かるとおり、インドでは近年アンダーグラウンドなヒップホップシーンの成長が著しい。
このヒップホップブームによって、ポピュラー音楽が娯楽映画に付随するものでしかなかったインド社会においても、市井に暮らす人々(とくにストリートの若者)のリアルな声(ラップ)がエンターテインメント産業として成立するということが証明されつつある。
(ここでいう「アンダーグラウンド」は、「非映画音楽」という意味と理解してほしい。結果的にボリウッド映画によってこのブームが広まったというのが皮肉だが)
映画会社がプロのソングライターに作らせた楽曲ではなく、一般の人々が、ラップを通して自分の言葉を広く社会に届けることができる、あわよくば、それを職業とすることができる(少なくともそれを夢見ることができる)ようになったという意味で、インドのエンターテインメント界では、今まさに大変革が起きているというわけだ。
"Gully Boy"の舞台となったムンバイでは、ヒップホップは既にスラムに暮らす若者や子ども達が自尊心を獲得するための手段として機能している。
ムンバイ最大のスラム地区ダラヴィには、ダンスを通して子どもたちが賞賛を浴びられる場を提供する無料のヒップホップダンススクールが開かれているし、7 BantaiZに代表される多くのラッパーたちがリアルな声を発信し、支持されているのだ。
他の国々同様に、インドでも、ヒップホップは抑圧された都市の人々の声を代弁するものとして、その存在感を日に日に増してきている。
インドで抑圧された存在といえば、女性たちのことを忘れるわけにはいかない。
政治の分野では70年代にはネルーの娘であるインディラ・ガーンディーが中央政府の首相を務め、地方でも南部タミルナードゥ州では元女優のジャヤラリタが何度も州政権の座につくなど、一見すると女性の社会進出が進んでいるようにも見えるインドだが、一般的にはまだまだ「女性は結婚して家庭に入り、子どもを産み育てることを生きがいとすべし」という考え方が強い。
悲惨なレイプ被害や、カーストの掟を破った恋愛の果ての名誉殺人(女性が下位カーストと関係を持ったことによる家族の不名誉を清算するため、当事者の女性を殺害するという悪習)のニュースを聞いたことがある人も多いだろう。
(都市と地方では全く状況が違うので、一括りに考えられない状況ではあるが)
そんな中で、インド人女性として、女性であることの社会的障壁に対して声を上げているヒップホップアーティストがいる。
彼女の名前はDeepa Unnikrishnan.
Dee MCの名前で活動するムンバイで暮らす若干24歳の若手ラッパーだ。
彼女が昨年の'Menstrual Hygiene Day(月経衛生デー)'に合わせてリリースした楽曲"No More Limits".
だが、ラッパーとしての活動をし始めた彼女に対して、家族は理解を示さなかった。
Gully Boyのヒット以前のインド社会では、古い世代はヒップホップのことを全く知らなかったし、イベントのために夜に外出することも反対されたという。
アメリカのヒップホップで彼女が唯一好きになれなかったのが、女性蔑視(ミソジニー)的な傾向だ。
インドの社会や家庭で女性がおかれた立場とあいまって、女性のエンパワーメントや社会的障壁を壊してゆくことが、彼女のリリックのテーマとなってゆく。
音楽情報サイトRadioandmusic.comのインタビューで彼女が語ったところによると、女性の地位が決して高いとは言えないインド社会であっても、ヒップホップシーンで彼女が女性であるという理由で困難に直面したことは無かったという。
「女性ラッパーだからって困難を感じたことはないわ。でも、この国で女性でいることに関しては、いつも困難に直面していると感じてるの。他の女の子たちが困難に直面しているのと同じようにね。私はずいぶん若い頃、19歳のときにラップを始めた。今じゃもう引っ越したけど、その頃私は(ムンバイ郊外の)Kalyanに住んでいたから、ほとんどのイベントは私の家から離れたところで、夜に行われることになるの。私が感じた困難はそれだけよ。シーンにフィーメイル・ラッパーは多くないわ。だから、私がシーンに参加したとき、みんな『この新しい子は誰?』って感じだったの。私が何か助けてほしいときは、みんなが手伝ってくれた。もちろん、いつだって才能を疑う人はいたけど、それは性別とは関係の無いことよ」
(Radioandmusic.com "I didn't face challenges as a female rapper but I have faced challenges, being a female in this country: Dee MC")
このヒップホップブームによって、ポピュラー音楽が娯楽映画に付随するものでしかなかったインド社会においても、市井に暮らす人々(とくにストリートの若者)のリアルな声(ラップ)がエンターテインメント産業として成立するということが証明されつつある。
(ここでいう「アンダーグラウンド」は、「非映画音楽」という意味と理解してほしい。結果的にボリウッド映画によってこのブームが広まったというのが皮肉だが)
映画会社がプロのソングライターに作らせた楽曲ではなく、一般の人々が、ラップを通して自分の言葉を広く社会に届けることができる、あわよくば、それを職業とすることができる(少なくともそれを夢見ることができる)ようになったという意味で、インドのエンターテインメント界では、今まさに大変革が起きているというわけだ。
"Gully Boy"の舞台となったムンバイでは、ヒップホップは既にスラムに暮らす若者や子ども達が自尊心を獲得するための手段として機能している。
ムンバイ最大のスラム地区ダラヴィには、ダンスを通して子どもたちが賞賛を浴びられる場を提供する無料のヒップホップダンススクールが開かれているし、7 BantaiZに代表される多くのラッパーたちがリアルな声を発信し、支持されているのだ。
他の国々同様に、インドでも、ヒップホップは抑圧された都市の人々の声を代弁するものとして、その存在感を日に日に増してきている。
インドで抑圧された存在といえば、女性たちのことを忘れるわけにはいかない。
政治の分野では70年代にはネルーの娘であるインディラ・ガーンディーが中央政府の首相を務め、地方でも南部タミルナードゥ州では元女優のジャヤラリタが何度も州政権の座につくなど、一見すると女性の社会進出が進んでいるようにも見えるインドだが、一般的にはまだまだ「女性は結婚して家庭に入り、子どもを産み育てることを生きがいとすべし」という考え方が強い。
悲惨なレイプ被害や、カーストの掟を破った恋愛の果ての名誉殺人(女性が下位カーストと関係を持ったことによる家族の不名誉を清算するため、当事者の女性を殺害するという悪習)のニュースを聞いたことがある人も多いだろう。
(都市と地方では全く状況が違うので、一括りに考えられない状況ではあるが)
そんな中で、インド人女性として、女性であることの社会的障壁に対して声を上げているヒップホップアーティストがいる。
彼女の名前はDeepa Unnikrishnan.
Dee MCの名前で活動するムンバイで暮らす若干24歳の若手ラッパーだ。
彼女が昨年の'Menstrual Hygiene Day(月経衛生デー)'に合わせてリリースした楽曲"No More Limits".
生理を迎えても、誰もそのことに向き合おうとしないという内容の1番のヴァースに続いて、2番はこんなふうに続く。
That's the first mistake それが最初の間違いよ
Hushing your inner voice that's been trying to debate. 議論すべき内なる声を閉じ込めるなんて
Tell me now is it late? もう遅すぎるっていうの?
To fix what they broke first they got to relate? 壊されたものを治すために、まず説明してくれないと
My body, my problem, nobody can solve them. 私の体、私の問題、誰も解決してはくれない
They tell me not pure enough trying to keep me far from, みんなは私が清浄じゃないから
The kitchen, the temple, the house that they live in. 台所にも寺院にも、住んでる家にも近づくなって言う
Banished from all cause she's naturally bleeding. 生理だから、何にも近づくなって
This is your limit, better be in it too. そういう決まりだと、仕方ない事だと
Traditions don't change now don't be a fool. 伝統は今更変えられない バカな真似はやめろ
Keep it all aside what you're taught in the school. 学校で教わったことは忘れろ
This is not the city we don't play by your rules. ここはお前のルールが通用する場所じゃない、って
When I was a kid I was locked in a room, まだ小さかったのに、部屋に閉じ込められた
Can't touch or feel my own people I'm doom. 誰とも触れあえず、ひどい仕打ちだった
Now I wish I had asked them 'why?' 「どうして?」って聞けたらよかったわ
Why treat me different from the scientific views? どうして私に非科学的な扱いをするの?
All the anxiety, questions unanswerd, 不安にも心配にも答えは返ってこない
Bleeding lady silence she captures. 生理中の女性には沈黙しか返ってこない
とまどいを歌った1番のヴァースはヒンディー語で、それに対する抗議を歌った2番のヴァースは英語でラップされているというのが意味深な気がしないでもない。
清浄と不浄の概念を重要視するヒンドゥー教では、生理や出産は不浄なものとされてきた。
このリリックにあるように、生理中の女性は汚れているとして寺院に入れなかったり、家から隔離されて過ごさなければならないといった伝統があり、そのために地方では女性が隔離小屋で蛇に噛まれるなどして命を落とすという不幸な出来事も起きている。
都市部の開かれた人々からすれば、こうした伝統は過去のものなのだろうし、科学的見地から批判もされているわけだが、それでもなお因襲にとらわれている人々を、このラップは糾弾する内容というわけなのだ。
他の楽曲でも、女性であるがゆえの偏見や制限に抵抗するという彼女のテーマは揺るがない。
この"Talk My Way", "Taking My Time"の2曲をプロデュースしているKru172は、北インドのチャンディーガルのヒップホップデュオ。
この曲はデリーのラッパーSun Jとの共演。
インドのニュースサイトRediff.comの記事で、彼女は自身の生い立ちを語っている。
(Rediff.com "Dee MC: The badass rapper girl")
ケーララ州で生まれ、ムンバイ郊外で育ったDeepaは典型的なマラヤーリー(ケーララ系)の家庭で育った。
父は海外で出稼ぎをしており、彼女の家庭は父が稼ぐ海外からの送金で暮らしていたという。(マラヤーリーはペルシャ湾岸諸国などの海外に出稼ぎに出る人が多い)
5歳から古典舞踊バラタナティヤムをしていた彼女は、大学に入りヒップホップと出会う。
父が家にいないために、誰にも注意されずに家で自由にPCから音楽をダウンロードできる環境が、彼女の音楽への興味を育てていたのだ。
彼女の両親は、Deepaに公認会計士のような手堅い仕事や裕福な家庭との結婚というような平凡な人生を望んでいたが、彼女はどんどんヒップホップにのめり込んでゆく。
初めはダンサーを目指していた彼女は、本格的にヒップホップダンスを志すには遅すぎたと気づいてラッパーに転向。
アメリカのラッパーたちの影響のものとリリックを書き始めた。
That's the first mistake それが最初の間違いよ
Hushing your inner voice that's been trying to debate. 議論すべき内なる声を閉じ込めるなんて
Tell me now is it late? もう遅すぎるっていうの?
To fix what they broke first they got to relate? 壊されたものを治すために、まず説明してくれないと
My body, my problem, nobody can solve them. 私の体、私の問題、誰も解決してはくれない
They tell me not pure enough trying to keep me far from, みんなは私が清浄じゃないから
The kitchen, the temple, the house that they live in. 台所にも寺院にも、住んでる家にも近づくなって言う
Banished from all cause she's naturally bleeding. 生理だから、何にも近づくなって
This is your limit, better be in it too. そういう決まりだと、仕方ない事だと
Traditions don't change now don't be a fool. 伝統は今更変えられない バカな真似はやめろ
Keep it all aside what you're taught in the school. 学校で教わったことは忘れろ
This is not the city we don't play by your rules. ここはお前のルールが通用する場所じゃない、って
When I was a kid I was locked in a room, まだ小さかったのに、部屋に閉じ込められた
Can't touch or feel my own people I'm doom. 誰とも触れあえず、ひどい仕打ちだった
Now I wish I had asked them 'why?' 「どうして?」って聞けたらよかったわ
Why treat me different from the scientific views? どうして私に非科学的な扱いをするの?
All the anxiety, questions unanswerd, 不安にも心配にも答えは返ってこない
Bleeding lady silence she captures. 生理中の女性には沈黙しか返ってこない
とまどいを歌った1番のヴァースはヒンディー語で、それに対する抗議を歌った2番のヴァースは英語でラップされているというのが意味深な気がしないでもない。
清浄と不浄の概念を重要視するヒンドゥー教では、生理や出産は不浄なものとされてきた。
このリリックにあるように、生理中の女性は汚れているとして寺院に入れなかったり、家から隔離されて過ごさなければならないといった伝統があり、そのために地方では女性が隔離小屋で蛇に噛まれるなどして命を落とすという不幸な出来事も起きている。
都市部の開かれた人々からすれば、こうした伝統は過去のものなのだろうし、科学的見地から批判もされているわけだが、それでもなお因襲にとらわれている人々を、このラップは糾弾する内容というわけなのだ。
他の楽曲でも、女性であるがゆえの偏見や制限に抵抗するという彼女のテーマは揺るがない。
この"Talk My Way", "Taking My Time"の2曲をプロデュースしているKru172は、北インドのチャンディーガルのヒップホップデュオ。
この曲はデリーのラッパーSun Jとの共演。
インドのニュースサイトRediff.comの記事で、彼女は自身の生い立ちを語っている。
(Rediff.com "Dee MC: The badass rapper girl")
ケーララ州で生まれ、ムンバイ郊外で育ったDeepaは典型的なマラヤーリー(ケーララ系)の家庭で育った。
父は海外で出稼ぎをしており、彼女の家庭は父が稼ぐ海外からの送金で暮らしていたという。(マラヤーリーはペルシャ湾岸諸国などの海外に出稼ぎに出る人が多い)
5歳から古典舞踊バラタナティヤムをしていた彼女は、大学に入りヒップホップと出会う。
父が家にいないために、誰にも注意されずに家で自由にPCから音楽をダウンロードできる環境が、彼女の音楽への興味を育てていたのだ。
彼女の両親は、Deepaに公認会計士のような手堅い仕事や裕福な家庭との結婚というような平凡な人生を望んでいたが、彼女はどんどんヒップホップにのめり込んでゆく。
初めはダンサーを目指していた彼女は、本格的にヒップホップダンスを志すには遅すぎたと気づいてラッパーに転向。
アメリカのラッパーたちの影響のものとリリックを書き始めた。
だが、ラッパーとしての活動をし始めた彼女に対して、家族は理解を示さなかった。
Gully Boyのヒット以前のインド社会では、古い世代はヒップホップのことを全く知らなかったし、イベントのために夜に外出することも反対されたという。
アメリカのヒップホップで彼女が唯一好きになれなかったのが、女性蔑視(ミソジニー)的な傾向だ。
インドの社会や家庭で女性がおかれた立場とあいまって、女性のエンパワーメントや社会的障壁を壊してゆくことが、彼女のリリックのテーマとなってゆく。
音楽情報サイトRadioandmusic.comのインタビューで彼女が語ったところによると、女性の地位が決して高いとは言えないインド社会であっても、ヒップホップシーンで彼女が女性であるという理由で困難に直面したことは無かったという。
「女性ラッパーだからって困難を感じたことはないわ。でも、この国で女性でいることに関しては、いつも困難に直面していると感じてるの。他の女の子たちが困難に直面しているのと同じようにね。私はずいぶん若い頃、19歳のときにラップを始めた。今じゃもう引っ越したけど、その頃私は(ムンバイ郊外の)Kalyanに住んでいたから、ほとんどのイベントは私の家から離れたところで、夜に行われることになるの。私が感じた困難はそれだけよ。シーンにフィーメイル・ラッパーは多くないわ。だから、私がシーンに参加したとき、みんな『この新しい子は誰?』って感じだったの。私が何か助けてほしいときは、みんなが手伝ってくれた。もちろん、いつだって才能を疑う人はいたけど、それは性別とは関係の無いことよ」
(Radioandmusic.com "I didn't face challenges as a female rapper but I have faced challenges, being a female in this country: Dee MC")
因習にとらわれたインド社会よりも、ミソジニー的と思われていたヒップホップシーンのほうがずっとオープンだったのだ。
(これは、インドでヒップホップに興味を持つ層が、外国文化に触れることができるような開かれた環境の者に限られており、教養の程度が高いことも影響しているだろう)
同じインタビューの記事での彼女の言葉をもう少し翻訳して引用したい。
(最初に紹介した"No More Limits"や他の楽曲について)「これはこの時代の人々に目をさましてもらうためのものよ。私の曲には社会的なメッセージがあるの。ヒップホップへの愛を表現した楽しい曲もあるわ。そういう全てをミックスしたものが私の音楽ってことになるわね」
「私はヒップホップというジャンルには人々の心を開く力があると信じている。インドみたいな場所だと、人々がお金を払うエンターテインメントはボリウッドだけでしょ。みんなが求めているのはボリウッドだけだって言われている。この状況がヒップホップで変わることを願っているわ。私たちがいつもラップしているような社会問題については、誰も歌っていない。だから私たちのラップを聞くことで、人々は絆を感じることができるの。これは最初にアメリカで起こったことで、その後で世界中に広まったことよ。インドでももっとシーンは成長してゆくと思うわ」
「ラップを始めた時には、正直言ってそれがキャリアになるなんて考えてなかったわ。単に楽しかったから始めたの。自分自身でもびっくりしているんだけど、もっと早くからラップを始めていた人たちと比べて、自分がどこまでやれるか試してみたかっただけだったの。その様子を見て、応援してくれた人たちがたくさんいたわ。つまり、ヒップホップはビジネスみたいなものではなくて、コミュニティのようなものだったのよ。以前は誰もヒップホップなんて気にかけていなかったけど、その後、過去3〜4年の間に、人々はそれを職業として認識するようになったわ。2年くらい前から収入が得られるようになったの。今後5年くらいの間に、人々はもっとヒップホップを認識するようになるでしょうね」
「最も大事なことの一つは、私がラップで伝えたいのは、この国に存在する偽善についてだということ。誰もがインドは非常に近代的な国家だし、私たちの生活も近代化したと考えている。でも誰もがいまだに根深い偏見と迷信にとらわれていて、女性たちはいつもそのことについて怒りを感じているの。どのトピックも、私が個人的に経験したことに基づいているわ」
彼女だけではなく、インドのヒップホップの中心地ムンバイでは、フィーメイルラッパーたちも増えつつある。
彼女たちは「女の子がラップなんかするもんじゃない」という家族からの偏見とも戦いながらヒップホップアーティストとしてのキャリアを重ねている。
"Gully Boy"のヒットを受けて、続編の制作が決まったとのニュースを読んだが、続編を作るのであれば、今度は女性ラッパーが主人公の映画が見てみたい。
同じインタビューの記事での彼女の言葉をもう少し翻訳して引用したい。
(最初に紹介した"No More Limits"や他の楽曲について)「これはこの時代の人々に目をさましてもらうためのものよ。私の曲には社会的なメッセージがあるの。ヒップホップへの愛を表現した楽しい曲もあるわ。そういう全てをミックスしたものが私の音楽ってことになるわね」
「私はヒップホップというジャンルには人々の心を開く力があると信じている。インドみたいな場所だと、人々がお金を払うエンターテインメントはボリウッドだけでしょ。みんなが求めているのはボリウッドだけだって言われている。この状況がヒップホップで変わることを願っているわ。私たちがいつもラップしているような社会問題については、誰も歌っていない。だから私たちのラップを聞くことで、人々は絆を感じることができるの。これは最初にアメリカで起こったことで、その後で世界中に広まったことよ。インドでももっとシーンは成長してゆくと思うわ」
「ラップを始めた時には、正直言ってそれがキャリアになるなんて考えてなかったわ。単に楽しかったから始めたの。自分自身でもびっくりしているんだけど、もっと早くからラップを始めていた人たちと比べて、自分がどこまでやれるか試してみたかっただけだったの。その様子を見て、応援してくれた人たちがたくさんいたわ。つまり、ヒップホップはビジネスみたいなものではなくて、コミュニティのようなものだったのよ。以前は誰もヒップホップなんて気にかけていなかったけど、その後、過去3〜4年の間に、人々はそれを職業として認識するようになったわ。2年くらい前から収入が得られるようになったの。今後5年くらいの間に、人々はもっとヒップホップを認識するようになるでしょうね」
「最も大事なことの一つは、私がラップで伝えたいのは、この国に存在する偽善についてだということ。誰もがインドは非常に近代的な国家だし、私たちの生活も近代化したと考えている。でも誰もがいまだに根深い偏見と迷信にとらわれていて、女性たちはいつもそのことについて怒りを感じているの。どのトピックも、私が個人的に経験したことに基づいているわ」
彼女だけではなく、インドのヒップホップの中心地ムンバイでは、フィーメイルラッパーたちも増えつつある。
彼女たちは「女の子がラップなんかするもんじゃない」という家族からの偏見とも戦いながらヒップホップアーティストとしてのキャリアを重ねている。
"Gully Boy"のヒットを受けて、続編の制作が決まったとのニュースを読んだが、続編を作るのであれば、今度は女性ラッパーが主人公の映画が見てみたい。
彼女たちはまぎれもない本物のヒップホップ・アーティストだ。
インドのGully Girlたちに、最大限のリスペクトを!
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goshimasayama18 at 15:10|Permalink│Comments(0)