Cizzy

2023年07月18日

ベンガル語ヒップホップがどんどんかっこよくなっている! バングラデシュとコルカタのラッパー特集 2023年度版




インディーズ系音楽を扱うインドのメディアをちょくちょくチェックしているのだが、そうしたメディアに掲載されるのは、デリーやムンバイといったヒンディー語圏のアーティストや楽曲が多く、東インドのベンガル語圏(コルカタあたり)はめったに取り上げられない。
(あと南インドの言語で歌うアーティストの情報もあまり掲載されない傾向がある。インドの大まかな言語分布についてはこの地図を見てみてください)



そんなわけで、コルカタあたりのベンガル語のラップについても、こちらから情報を取りにいかないかぎり、なかなかチェックできないわけだが、以前のベンガリラップ特集からはや3年。
ここに来て、ちょっと垢抜けなかったベンガル語ラップが、かなりかっこよくなっていることに気がついた。
しかも、そのかっこよさの質は、例えばインドの言語の最大勢力であるヒンディー語ラップとは、まったく異なる方向性のものなのだ。

比較対象としたヒンディー語ラップに関して言えば、2010年代中頃にストリートラップのムーブメントが発生し、そのシーンは2019年のボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』以降、爆発的な成長を見せている。
20年遅れの90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったヒンディー語ストリートラップは、10年足らずの間のトラップやオートチューンやローファイなどの要素を取り入れ、世界のヒップホップのメインストリームに3倍速で追いついている。
今のヒンディー語ラップシーンを代表するMC STΔNやSeedhe Mautを聴けば、彼らがこの時代の世界標準的なサウンドを鳴らしていることが分かるはずだ。

ところが、ベンガル語ラップの発展過程はヒンディー語とは大きく異なる。
2010年代中頃に90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったところまではヒンディー語ラップと同様だったものの、その後、積極的に新しい要素を取り入れることなく、今も90年代的なスタイルを核に持ち続けており、進化というよりも深化しているのだ。


前置きが長くなった。
さっそく最近のベンガル語ラップを紹介してみたい。

ベンガル語ラップで真っ先にチェックすべきレーベルが、コルカタのJingata Musicだ。
Jingata Musicはインドにおけるジャジー・ラップの金字塔、Cizzyの"Middle Class Panchali"などをリリースしてきた、コルカタを代表するヒップホップレーベルである。
このレーベルが、最近同じベンガル語圏である隣国バングラデシュのラッパーたちをリリースし始めているのだが、これがかなり良い。

バングラデシュといえば、Jalali Setをはじめとする90年代スタイルのラッパーを多く抱えている国だが(なんてことをチェックしているのは俺だけか…)、バングラデシュよりも少し進んだコルカタからの目線で選ばれたバングラデシュのラッパーたちは、なんだかすごくいい感じなのである。


Shonnashi x The Melodian "Gonna BE Alright"


あごひげ長めのムスリムスタイルのラッパーShonnashiと、スムースなファルセットを聴かせてくれるThe Melodianのコラボレーション。
コルカタのレーベルからのリリースだが、全てバングラデシュの首都ダッカの制作陣によって作られた楽曲のようだ。

Shonnashiのラップは、こんなふうに↓英語混じりのベンガル語(何を言っているのかは分からないが)。

ঠিক ঠাক সব will be fine / যত থাকুক সীমানা wanna cross the line
হোক ভুল its cool তাতে কার কি যায় / প্রতিদিন নোয়া feel এই মনটা চায়

90’s的なヴァイブを持ちながらも、K-Popにも近いようなポップ感覚を備えていてとても今っぽい。
ラッパーのShonnashiと楽曲を手掛けたsleekfreqは、Underrated Bangladeshというクルーに所属しているらしいが、まさにunderrated(過小評価、というより存在自体知られていないのかもしれないが)なバングラデシュのヒップホップシーンにふさわしいクルー名と言える。


Critical Mahmood "Life Goes On"



バングラデシュらしいストリート・スタイルで気を吐くのはCritical Mahmood.
ストリートのリアルを子どもたちとともに訴えるスタイルは、インドでは初期の「ガリーラップ」(ムンバイスタイルのストリートラップ)以降、あまり見かけなくなってしまったが、バングラデシュではまだまだ健在。
インドでもバングラデシュでも、経済成長の一方で、格差のしわ寄せが子どもや弱者に行ってしまう現実は今も変わらない。
このコンシャスネスはバングラデシュのラップシーンの美徳のひとつと言えるだろう。



Critical, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashi, UHR, SleekFreq "Bat Ey Ball Ey"



Critical Mahmood, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashiら、バングラデシュのラッパー総出演の"Bat Ey Ball Ey"は、どうやら国民的スポーツであるクリケットをテーマにした楽曲。
ムンバイあたりだと、どうせ知らないだろうにメジャーリーグの野球チームのシャツやキャップでキメたラッパーもちらほら見かけるが、バングラデシュでは「クリケットってあんまりヒップホップっぽくないんじゃないか」なんてことは気にせずに、ナショナルチームのユニフォームでマイクリレー!

ムンバイ的なスタイルも嫌いではないが、やっぱりこういう音楽においてはリアルであることがいちばん大事なんじゃないだろうか。
この衒いなく素直な感じ、最高じゃないですか。

ちなみにここまでに紹介した3曲のビートを手掛けたのはすべてsleekfreq.
Jingata Musicからリリースされているバングラデシュのラッパーの曲は軒並み彼が手掛けているようで、シーンのカラーを作るのって、ラップのスタイルだけじゃなくてビートメーカーの存在もかなり大きいんだなあ、というヒップホップ初心者としての感慨を新たにした次第です。

Jingata Music以外にもかっこいい曲はたくさんある。
この"NEW IN DHAKA"のミュージックビデオは、4月にリリースされたのち、現在まで2000万回近く再生されている大ヒット。

Siam Howlader, Mr. Rizan "NEW IN DHAKA"

 
ベンガルの伝統楽器ドタラを使ったビートと会話に近いラップのフロウは、口上っぽい感じもあるが、これはこれでかなりかっこいい。
それにしても、Jingata Musicのミュージックビデオの再生回数が軒並み10万回程度なのに比べると、この曲の人気は文字通り桁違い。
バングラデシュでは、やはりこうした伝統的な要素を持った曲のほうが受け入れられやすいのだろうか。


ここで少しベンガル語圏全体についての話をしてみたい。
バングラデシュとインドの西ベンガル州で話されているベンガル語の話者数は、統計によって差があるが2億5千万人前後いることになっている。
地域別に見ると、ベンガル語話者はインド東部に位置する西ベンガル州が9,000万人強で、バングラデシュが1.7億人弱。

インド東部にあるのに「西ベンガル州」というのは分かりにくいが、それは西ベンガル以東、つまり「東ベンガル」に相当する地域がバングラデシュという別の国になっているためだ。
イギリスから独立するときに、ヒンドゥー教徒が多い西ベンガルはインドの一部となり、ムスリムが多い東ベンガルは、東パキスタンとなったのちに、パキスタンから再び独立してバングラデシュになった。


西ベンガル州の中心都市、コルカタのラッパーたちも、ここ数年でめちゃくちゃかっこよくなってきている。
コルカタを代表するラッパーCizzyの最近のリリースでしびれたのはこの曲。

Cizzy & AayondaB "Number One Fan"


冒頭とアウトロの歌メロ以外は英語ラップだが、このビートといいコード進行といいリリックといい、超エモい。
「自分の最高のファンは自分自身。金や名誉のためじゃなく、自分自身のために音楽を作っているんだ」というメッセージは普遍的で、自身でラップしている通り("Middle Class Panchali")ミドルクラスのアーティストの創作態度としてもっとも誠実なものだろう。
ビートメーカーはAayondaB.
おそらく彼は今コルカタでもっとも勢いのあるビートメーカーで、彼が手掛けた曲はあとでまたちょっと紹介する。

話をCizzyに戻すと、最近の彼はJingata Musicからでなく、完全インディペンデント体制でリリースをしているようだが、その楽曲のクオリティはまったく落ちていない。
コルカタのラッパーShreadeaとAvikと共演したこの曲では、三人ともリラックスした雰囲気ですごい勢いのラップを吐き出している。

Cizzy, Shreader, Avik "Baad De Bhai"


地元で仲間とつるみながらラップスキルの腕比べしてる感じがすごくいい。
ベンガル語ラップはイスラーム圏であるバングラデシュのみならず、コルカタでも女の子が全然出てこないのが特徴で(ムンバイとかデリーのパンジャービー・ラッパーだと、インドで可能な限りのセクシーな女性ダンサーが出てくることがよくある)、このミュージックビデオだと橋のたもとで垢抜けない女の子が二人いっしょにわいわいやってるのがなんだかほほえましい。
この曲のオールドスクールなビートはCizzy自身によるもの。


Cizzyが最高なのは、いつも地元コルカタのことをラップしていることで、タイトルも最高な"Make Calcutta Relevent Again"はローカルなポッドキャストのテーマ曲として作られた曲らしい。
カルカッタは言うまでもなくコルカタの旧名(2001年に改称)で、訳すなら「またコルカタをいい感じにしようぜ」だろうか。


Cizzy "Make Calcutta Relevant Again"


英語とベンガル語で自在に韻をふむフロウもかっこいいが、何より粋なのは彼らが着ているチャイの柄のTシャツだ。


ここで目下コルカタのNo.1ビートメーカーと目されるAayondaBが手がけたCizzy以外の曲をいくつか紹介したい。

WhySir "Macha Public"


曲は1:15頃から。
Cizzyの"Number One Fan"とはうってかわって無骨でヘヴィなビートにWhySirのフロウがいい感じに絡む。
コルカタとはまた違う郊外を映したミュージックビデオがいい感じだ。
西ベンガルのラッパーは、デリーやムンバイと違って、ギャングスタ気取りのコワモテではなくじつに楽しそうにラップしている人が多くて、そこがまたなんか好感度が高い。


 Flame C "DA VINCI"


これはまた違った感じの面白いビートの曲。
このFlame Cというラッパーもまた相当なスキルで、ヒンディー語圏だったらもっと有名になっていても良いはずだが、2年前のこの曲の再生回数はたったの1万回くらい。
ベンガル人、もっとラップを聴くべきだ。

AayondaBはYouTubeチャンネルでは地道にタイプビート(有名アーティストに似せたビート)を発表したりしているが、その再生回数は決して多くはない(数十回とか)。
ヒンディー語圏だったらもっともてはやされて良い才能だと思うが、やはりこうしたところにも都市や地域や言語の格差が出てきてしまうのが、インドの面白いところでもあり、少し悲しいところでもある。

ずいぶん長くなった。
この記事もそろそろ終わりに近づいてきたので、CizzyとAayondaBのコラボレーションをもう1曲紹介したい。

Cizzy "Good Morning, India"


ベンガル語ラップの響きも最高だが、この二人によるポップな英語ラップのエモさはちょっと尋常じゃないな。
"I REP"みたいだって言ったら言い過ぎだろうか。
コルカタをはじめとするインド各地を映した映像も最高にエモい。
それにしても、2年前にリリースされたこの曲の再生回数が3,700回以下って、ほんともっとみんなベンガルのラップを聴くべき!(耳ヲ貸スベキ)


さっきもちょっと書いたが、ベンガル語ラップのシーンは話者数のわりにまだまだ小さくて、相当かっこいい曲でも数十万回くらいしか再生されていなかったりすることが多い。
ヒンディー語でラップされてたら10倍から100倍くらい再生されてもおかしくないクオリティの曲でも、なかなか日の目を浴びない現実があるのだ。


今回はバングラデシュと西ベンガルに分けてラッパーを紹介したが、両地域のヒップホップシーンには、国境を越えた交流が存在している。
上述のようにコルカタのJingata Musicはバングラデシュのラッパーもリリースしているし、雑誌TRANSITのベンガル特殊号(TRANSIT59号 東インド・バングラデシュ 混沌と神秘のベンガルへ)に掲載されているCizzyのインタビュー(インタビュアーはU-zhaanさん)でも、彼はバングラデシュにお気に入りのラッパーがいると語っている。

実際に両地域のラッパーによるコラボレーションも行われている。
コルカタのWhySirは、佐々木美佳監督のドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』にも登場したダッカのラッパーNizam Rabbyと共演していて、プロデューサーはなんとCizzy!

WhySir "Shomoy" ft. Nizam Rabby


宗教の違いや経済格差など、さまざまな理由によって、共通する文化や言語を持ちながらも微妙な関係の西ベンガルとバングラデシュだが、こうしてヒップホップという新しいカルチャーによる交流が進んでいるのだとしたら、こんなに美しいことはない。
ベンガル語ラップシーンについては、またちょくちょく紹介してみたいと思います。



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2022年08月28日

急速に現代化するインドのヒップホップ インディアン・オールドスクールはどこへ行くのか



たびたび書いていることだが、インドのヒップホップ・シーンが発展したのは2010年代以降。
ムンバイをはじめ各地で同時多発的に発生したインドのストリート・ラップは、同時代のヒップホップよりも90年代USラップの影響が強いのが特徴だった。

よりストリート色が強く、「抑圧されたゲットーの人々の音楽」という色彩が強かった90年代のヒップホップのほうが、都市部のロウワーミドルクラスを中心としたインドのラッパーたちに「刺さる」ものだったのだろう。
音楽的な面では、ラップが始まったばかりのインドで、ビートもフロウもシンプルだった90年代のスタイルのほうが彼らの言語を乗せやすかった、ということもあったかもしれない。

2020年前後から、インドのヒップホップはようやく同時代的な、少なくとも2010年代以降のサウンドが、目立つようになってきた。
マンブルラップ的な手法やオートチューンを駆使して傷ついた心情を表現するMC STANや、トラップ以降のビートに乗せて超絶スキルのラップを吐き出すSeedhe Mautがその筆頭だ。

ここ数年で、インドのヒップホップは世界のシーンが30年かけて歩んだ道を一気に駆け抜けたわけだが、それでは、その急速な変化の中で、骨太なラップを聞かせてくれていたオールドスクールなラッパーたちはどうなったのだろうか?

最近のベテランラッパー(といってもデビュー後のキャリアは10年程度だが)たちの新曲を聴く限り、彼らは自らの矜持を貫き、かたくなにそのスタイルを守り抜いていた。
…なんてことは一切なかった。
2010年代に今のヒップホップ流行の礎を築いた先駆者たちは、面白いくらいに今風のスタイルに変節してしまっていたのだ。
別にそれをいいとか悪いとか言うつもりはないのだが、これはこれでなんだかインドっぽいような気もするので、今回はそんなラッパーたちの過去と現在を紹介してみたいと思います。


まずは、このブログの記念すべき第1回でも紹介したラッパーであるBrodha V.
インドのストリート系ラップ普及の立役者であるムンバイの帝王DIVINE曰く「インドで最も最初にメジャーレーベルと契約したストリートラッパー」であるというベンガルールのラッパーだ。

Brodha V "Aatma Raama"


2012年という、インドのストリート系ヒップホップではかなり早い時期にリリースされたこの曲は、2PacやEminemを思わせるフロウでヒンドゥー教の神ラーマへの帰依を歌う、クリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップだ。


インドのラッパーたちは、インド各地の諸言語でラップするようになる前は英語でラップしていた(ちなみにベンガルールの公用語はカンナダ語)。
彼のこなれた英語ラップはインド人の英語力の高さをあらためて感じさせられる。
まあそれはともかく、2012年にしては古いスタイルでラップしていた彼は、今どうなったのか。

2022年8月にリリースしたばかりの曲を聴いてみよう。


Brodha V "Bujjima"


いきなりのオートチューンに3連のフロウ。
今となっては決して最新のスタイルではないが、それでも2012年の"Aatma Raama"から比べると、90年代から一気に20年くらい進んだ感じがする。
Brodha Vはけっこうエンタメ精神に溢れているラッパーで、この曲のミュージックビデオでは裁判所を舞台にジョーカーやハーレイ・クイン風のキャラクターが出てきて、壁にはなぜかノトーリアスB.I.G.らヒップホップスターの写真が飾られている。
なんだか詰め込み過ぎな印象もあるが、それもまたインドらしくて面白い。



続いて紹介するのはコルカタのベンガル語ラップシーンをリードするCizzy.
2019年にリリースされたこの曲では、90年代のNYを思わせるジャジーでクールなラップを披露していた。

Cizzy "Middle Class Panchali"


かっこいいけど、今の音ではまったくないよな。
ちなみにタイトルにあるPanchali(パンチャリ)というのはベンガル語の詩の形式らしく、ミドルクラスの悲哀を歌ったというこの曲のラップはちょっとそのパンチャリっぽい雰囲気になっているらしい。
そのCizzyがやはりこの8月にリリースした曲がこちら。


Cizzy "Blessed"


またオートチューン!
そしてダークな雰囲気のフロウとか言葉の区切り方に、彼もまた20年くらいの進化を一気に遂げたことを感じさせる。
Brodha VにしろCizzyにしろ、元のスタイルで十分に個性的でかっこよかったのに、躊躇なくスタイルを変えてくる(それも、むしろ無個性な方向に)フットワークの軽さがすごい。
国籍を問わず、ベテランラッパーが「俺だってこれくらいできるんだぜ」的に新しいスタイルを取り入れた曲をリリースするってのはよくあると思うが、ここまで節操ないのは珍しいんじゃないだろうか。



続いては、ターバン・トラップという謎ジャンル(レーベル?)を代表するビートメーカーのGurbaxが、パンジャービー系のラッパー/シンガーのBurrahとムンバイのストリートラッパーMC Altafと共演した曲を紹介。

Gurbaxはこのブログの初期に紹介したことがあるトラップ系のクリエイター。
意図的にインド的な要素を強く打ち出したそのサウンドは、この国の刺激的な音楽を探していた当時の自分にめちゃくちゃ刺さったのをよく覚えている。



Burrahはまだほとんど無名だが、伝統音楽っぽい歌い回しとラップの両方ができるラッパー/シンガーで、面白いのがかなりローファイ/チルな音作りを志向しているということ。
何かと派手でマッチョな方向に行きがちなパンジャービー系シンガーのなかでは稀有な存在で、今後も注目したい。

フィーチャリングされているMC Altafは映画『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイのスラム街ダラヴィ出身のラッパー。
2019年にリリースしたこの"Code Mumbai 17"をアトロク(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)で紹介したところ、宇多丸さんのリアクションは「2019年代とは思えない!90年代の音!」というものだった。
ほんとそうだよね。

MC Altaf "Code Mumbai 17"


この動画のトップコメントは、
'Thats the Classic Old school flow and beat 90s vibes... thats what we needed in Indian rap culture 🔥'
というもの。
なんでインドに90年代のヴァイブスが必要なのかは分からないが、ファンには好意的に受け入れられていることが分かる。

まあとにかく、インド風トラップのGurbaxとローファイ・パンジャービーのBurrah、そしてオールドスクール・ヒップホップのMC Altafが共演するとどうなるのかというと、こうなる。


Gurbax, Burrah "Bliss"feat. MC Altaf


トラップのヘヴィさもオールドスクールの硬派さも鳴りを潜め、ギターのアルペジオとざらついたビートの、完全にローファイ的サウンドになってる。
Burrahの色が強くなってるとも言えるけど、Gurbax、芸の幅が広いな。
MC AltafはBrodha VやCizzyと比べるとそこまでスタイルを変えてきているわけではないが、これまでに彼がリリースしてきたいろんな曲と比べても、ここまでの伝統色とメロウさは異色ではある。


さて、ここまでいわゆるストリート系のラッパーについて紹介してきたが、それじゃあインドにストリートラップが生まれる前から人気だったパーティー系コマーシャル・ラッパーたちはどうなっているのだろう。
彼らは2019年の映画『ガリーボーイ』公開以降、リアルなストリート系ラップの台頭と、自分達が時代遅れになってしまうことへの危惧からか、急速にスタイルをストリート化させ、かえって昔からのファンの反発を招いていた(とくにYo Yo Honey Singh)。
そろそろ彼らのスタイルにも新しい展開があるのではないか、と思ってチェックしてみたら、Honey Singhと並び称されるパンジャービー系パーティーラップの雄、Badshahの新曲がなかなか面白かった。

まずは、過去の曲を聴いてみましょう。
2015年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、YouTubeで4億再生もされている大ヒット曲。

Badshah "DJ Waley Babu"



酒、女、パーティー、でかい車。
これぞパンジャービー系パーティーラップの世界観。

1年前にリリースした曲がこれ。

Badshah, Uchana Amit "Baawla ft. Samreen Kaur"



酒、女、パーティーという価値観はそのままに(でかい車の代わりに飛行機になってる!)、ぐっとビートは落ち着いてきた。
それが最新曲ではこうなる。


Badshah "Chamkeela"


逆に一気にエンタメ寄りに振り切ってきた!
Badshahもちょっと前にストリート寄りっぽい、派手さ抑えめの曲をやっていた時期があったのだけど、もとがド派手な彼らがそういうことをやると、単に地味になったみたいな感じになっちゃうんだよな。
そこで今度はもうラップ的な部分を一気に無くしちゃって、超ポップな路線に転換してみたのがこの曲、ということらしい。
「銀行のマネージャー(Badshah本人)と女銀行強盗の恋」というバカみたいなストーリーは頭を空っぽにして楽しめるものだし(もちろん褒め言葉)、いかにもインド映画っぽいミュージックビデオの演出(美女の髪がファサーッ、殴られた男が一回転、等)も最高だ。

今回とくに注目したいのはバックダンサーを従えたダンスシーンで、この展開だといかにもボリウッドぽくなりそうなところを、なんかK-Popっぽく仕上げている!
(竹林が舞台なのも東アジアのイメージ?)

これまでレゲトンとかラテン系の音楽を参照することが多かったパンジャービー系ポップ勢のなかでは、これはかなり新鮮な感覚だ。
K-Popはインドでもかなり人気があるが、これまで音楽的あるいは映像的引用というのはあまりなかったような気がする。
ポップなダンスミュージックという意味では、K-Popも現代パンジャービー音楽とは別のベクトルで機能性をとことんまで追求したジャンルと言えるわけで、この融合はかなり面白いと感じた次第。

進化と変化と多様化を絶え間なく繰り返しているインドのヒップホップシーン。
次はどうなるのかまったく予想がつかず、ますます目が離せない状況になってきた。




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goshimasayama18 at 14:15|PermalinkComments(0)

2022年04月16日

アトロク出演!「インドのヒップホップ スタイルウォーズ」

先日4月13日(水)に、TBSラジオの「アフター6ジャンクション」こと通称アトロクに出演してきました。
今回のテーマは「インド・ヒップホップのスタイルウォーズ」。
こんな日本国内で興味を持っているのはほぼ自分一人なんじゃないか、みたいな内容を特集してくれて、公共の電波に乗せてしゃべらせてもらえるっていうのはもう本当にありがたい限りです。

 アトロクに声をかけていただいたのは昨年6月の「ボリウッドだけじゃない!今、世界で一番面白いのはインドポップスだ!」特集に続いて二度目。
今回も8時台の「ビヨンド・ザ・カルチャー」のコーナーで、たっぷりと語らせてもらいました。
それにしても、自分みたいなヒップホップの知識の薄くて浅い人間が、あの宇多丸さんの前でヒップホップを語るっていうのは毎度冷や汗が出る。

個人的には、宇多丸さんが「普通にかっこいい曲が多かった」と言ってくれたのが感慨無量でした。
「インドのヒップホップ」っていうと、イロモノ的音楽ジャンル、あるいは社会学or文化人類学的案件(アメリカの黒人文化が南アジアでどう受容/実践されているか的な)として扱われがちななかで、日本におけるヒップホップカルチャーの生き字引的な宇多丸さんに「音楽として」という部分で評価してもらえたというのは、紹介者としてめちゃくちゃうれしかった。

というわけで、今回は、BGMとして流れた曲も含めて、番組では分からなかった面白い&かっこいいミュージックビデオ(曲によるが)とともに改めて紹介。
カッコ良かったり、インド的クールネスに溢れていたりする楽曲とミュージックビデオの世界観を楽しんでもらえたらと思います。


MC STAN "Insaan"

インドのヒップホップ新世代を代表するラッパー。
この「弱々しさ」をかっこよさとして見せる感覚はインドでは完全に新しい。
SFなんだかファンタジーなんだかわからないこの感覚も、わかりやすいヒップホップが多かったインドでは斬新すぎるくらい斬新。
ちなみにタイトルの意味は「人間」とのこと。


MC STAN "How To Hate"

アトロクではBGMとしてかかった曲。
トラックも自ら手掛けるMC STANの最新アルバム"INSAAN"は全曲オートチューンがかかった現代的ヒップホップ 。
まさにふつうに「今」だし、かっこいい。


Punjabi MC (Ft. Jay-Z) "Beware of Boys (Mundian To Bach Ke)"

全てはここから始まった。
インド系イギリス人のPanjabi MCは、自らのルーツであるパンジャーブ州の伝統音楽バングラーをヒップホップ的に解釈したこの曲で1998年に一発屋的にブレイク。
一時期世界的に流行したバングラー・ビートは、インドに逆輸入されて、今日に至るまで売れ続けているパーティー系ラップミュージックの基礎となった。
2003年にはJay-Zがリミックスしたこのバージョンはバングラーブームの世界的到達点だった。


Seedhe Maut Feat. MC STAN "Nanchaku"

この曲もBGMとしてかかった曲で、とくに紹介しなかったけど、トラップを取り入れた新感覚インド・ヒップホップを象徴する名曲。(これまた普通にかっこいい)
世界中のラッパーが取り入れている三連を基調にしたフロウをヒンディー語のラップに導入。
インドのヒップホップシーンの中で、言葉をラップに乗せる技法が猛烈な勢いで進化していることを感じる。
Seedhe Mautはデリーのラップデュオ。
歯切れの良い二人のラップと、フィーチャー参加のMC STANとのマンブルラップ的スタイルの違いも楽しめる(どっちもスキル高い)。


Badshah, Aastha Gill "Abhi Toh Party Shuru Hui Hai"

インドでいわゆるストリート的なヒップホップが認知される前の時代、ラップはインドではエンタメ的ダンスミュージックとしてもてはやされていた。
この曲は2014年のボリウッド映画に使われた曲で、YouTubeで6億再生!
BadshahはYo Yo Honey Singhと並んでエンタメ系ラップを代表するアーティストの一人。
いつもヒップホップを「抑圧された人々の声なき声を届ける音楽」みたいな切り口で紹介しがちになってしまうが、パーティーミュージックや拝金主義だってこのジャンルを形成する大事な一要素なわけで、このチャラさもきちんと評価したい(ような気もする)。



MC Altaf "Code Mumbai 17"

2010年代後半に勃興したムンバイ発のストリートヒップホップ「ガリーラップ」(Gullyはヒンディー語で狭い路地を表し、すなわちストリートの意)を代表する曲のひとつ。
2019年の曲だが、宇多丸さん曰く「1997年くらいの音」。まさに。
17(ヒンディー語で「サトラ」と読む)はムンバイにあるアジア最大のスラム、ダラヴィの郵便番号。
日本で言うとOzrosaurusが提唱していた横浜の「045エリアみたいな」という話になったので、以前から思っていた「"AREA AREA"と繋げたらいい感じになりそう」と言ったら、宇多丸さんが「めっちゃ合う!」ってリアクションしてくれたのはうれしかったな。
この曲ね。
このビートとラップの感じ!
2001年のヨコハマの日本語ラップと2019年のムンバイのヒンディー語ラップが邂逅するこの奇跡!



Rapperiya Baalam feat. J19Squad, Jagirdar RV, Anuj "Raja"

「インド各地・各言語のラップを紹介!」というコーナーの最初にBGMでかかった曲。
インド西部の砂漠が広がるラージャスターン州のヒップホップ。
ローカル色あふれる移動遊園地みたいなところを練り歩くラッパーたちが最高。
着飾ったラクダの上に民族衣装で得意げにまたがるRapperiya Baalamは、ロウライダーをこれ見よがしに乗り回すウェッサイのラッパーのインド的解釈(のつもりはないだろうが、意味的には同じだと思う)。


Brodha V "Aatma Raama"

インドにおけるヒップホップ黎明期である2012年に、南インドのIT都市ベンガルールのラッパーBrodha Vがリリースした曲。
インドのヒップホップは本家を真似た英語ラップから始まった。
この曲は、不良の道からヒップホップに出会って更生したことと、ヒンドゥー教の神ラーマへの祈りがテーマになっていて、つまりクリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップというわけだ。
アメリカ文化のインド的解釈が秀逸で、かつ曲としてもかっこいい。
Brodha Vはこのブログで最初に紹介したラッパーでもある。


Rahul Dit-O, S.I.D, MC BIJJU "Lit Lit"

こちらは同じベンガルールだが、地元言語カンナダ語のラップ。
サウス(南インド)の言語は、単語の音節が多いという特徴からか、こういうマシンガンラップ的なフロウのラッパーが多いという印象がある。


Santhosh Narayanan, Hariharasudhan, Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan "Semma Weightu"

続いて南インドのタミルナードゥ州の言語、タミル語のラップを紹介。
この曲は『ムトゥ 踊るマハラジャ』で有名なタミル映画のスーパースター、ラジニカーントが主演した2018年の映画"Kaala"に使われた曲。
映画のストーリーは、ムンバイ(マハーラーシュトラ州というところにある)のスラム街のなかのタミル人コミュニティが、ヒンドゥー・ナショナリズムや地元文化至上主義の横暴に対して立ち上がるというもの。
マサラワーラーの武田尋善さんが以前言っていた「ラジニカーントはタミルのJBみたいなところがある」という説を軸に紹介したんだが、この曲のラジニは、街のB-BOYたちを「若いやつらもなかなかやるね」と見守る、まさにゴッドファーザー・オブ・ソウルの貫禄。
ファンク的なサウンドとともに、ブラックパワー・ムーブメントとの共鳴を感じる。
あとラジオでは言い忘れたけど、この曲(というか映画)で、ヒンドゥーとムスリムなど、異なる信仰・文化を持った人たちのスラムでの共生が、ナショナリズムと対比して描かれているところは特筆すべきところだ。



Cizzy "Middle Class Panchali"

番組ではBGMに合わせて紹介した、インド東部の都市コルカタのラップ。
ベンガル語を公用語とするこの街は、アジア人初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや、あの黒澤明が「彼の映画を見たことがないのは、この世で太陽や月を見たことがないのと同じ」と評したという往年の名監督サタジット・レイを輩出した文化都市としての一面も持っている。
さらには、古典音楽の中心地のひとつでもあり、イギリス統治時代には首都が置かれていた、西洋と東洋が交わる街という歴史も持つ。
ジャジーで落ち着いたビートにやわらかなベンガル語のラップが乗るこの曲は、まさにコルカタのそうした歴史にふさわしいサウンドだ。


Hiroko & Ibex - Aatmavishwas "Believe in Yourself"
ここからインドの古典音楽/伝統音楽とヒップホップの融合、というコーナー。
番組でもちょっとだけ触れましたが、この曲はムンバイ在住のインド古典舞踊カタック・ダンサーで、シンガーとしても活動しているHiroko Sarahさんが地元のラッパーIbexと共演している曲。
Hirokoさんはインドの古典舞踊に出会う前、日本に住んでいたときはクラブで踊りまくってたそうで、インド人ではないけれど、インド古典と西洋音楽を融合している人。
この曲は、タブラ奏者が口でリズムを表現(bolという)した後、同じリズムをタブラで叩くソロパートや、レゲエをルーツに持つIbexのダンスホール的なフロウのラップも聴きどころ。


Viveick Rajagopalan feat.Swadesi  "Ta Dhom"

南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanが、古典のリズムと現代音楽の融合を試みたBandish Projektの曲。
ムンバイのストリートラップデュオSwadesiとの共演で、南インド古典音楽のリズムが徐々にラップになってゆくという妙味が味わえる。
古典音楽という確立した伝統を持つ世界のアーティストが若いラッパーと共演したり、ヒップホップというインドではまだ新しいジャンルのアーティストが自分たちの伝統文化との融合を意識したり、インドのヒップホップシーンははヨコ軸(ヒップホップ的スタイルの違い)とタテ軸(自分たちの歴史)どちらの多様性も広がっているところが面白い。

この曲を紹介するときに引用させてもらった「西のベスト、東のベスト」が融合している、というのは、このRHYMSTER feat.ラッパ我リヤの『リスペクト』から。



Young Stunners, KR$NA  "Quarentine"


最後に紹介したのはこの曲。
パキスタンはカラチのラップデュオ、Young StunnersとデリーのベテランラッパーKR$NAが、インド全土がCOVID-19のためにロックダウンしていた2020年にコラボレーションしてリリースされた"Quarantine"だ。
ご存知のようにインドとパキスタンは歴史的な経緯や領土問題で対立関係にあり、核ミサイルを向け合っている非常に緊張した状況にある。
パキスタンはイスラームを国教とし、インドはヒンドゥー教徒がマジョリティであって、さまざまな考えの人がいるとはいえ、控えめに言っても、両国の国民に融和的な雰囲気が強いとは言い難い(この曲でコラボレーションしているラッパーたちもムスリムとヒンドゥーだ)。

そんな両国間の対立の中、ロックダウンで外出もままならなかったであろう彼らが、おそらくはインターネットで音源のやりとりをしながら作成したのがこの曲だ。
YouTubeのコメント欄には両国のヒップホップファンからの絶賛のコメントが並んでいて、読んでいて胸が熱くなる。

ロシアによるウクライナ侵攻以来、国と国との対立や侵略や市民の殺戮など、殺伐としたニュースが続くが、ヒップホップというサブカルチャー(世界的にはメインカルチャーでは、南アジアではまだサブカルチャーという意味で)が、政治や宗教の対立を超えて、この二つの国のアーティストと国民を結びつけたということに、希望を感じている。



と、いろんなスタイルに溢れたインドのヒップホップを紹介させてもらいました!
番組内でもお伝えした通り、次回があれば、インドの女性ラッパーたちを紹介できたらと思っています。

また出られたらいいなー。


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2020年12月26日

2020年を振り返る コルカタの音楽シーン特集

先日に続いて、2020年を振り返る記事。
昨年(2019年)は、映画『ガリーボーイ』 の公開もあって、ムンバイのホップシーンに注目した1年だったが、今年(2020年)は佐々木美佳監督の『タゴール・ソングス』や、川内有緒さんの『バウルを探して 完全版』の影響で、ベンガルの文化に惹きつけられた1年だった。

もうすでに耳にタコの人もいるかもしれないが、ベンガルとはインドの西ベンガル州とバングラデシュを合わせた、ベンガル語が話されている地域のこと。
ベンガルmap
(この地図は『タゴール・ソングス』のウェブサイトからお借りしました)

イギリスによる分割統治政策によって多くのムスリムが暮らしていたベンガル地方の東半分は、1947年のインド・パキスタン分離独立時に、イスラームを国教とするパキスタンに帰属する「東パキスタン」となった。
しかし、言語も異なる東西のパキスタンを、大国インドを挟んだ一つの国として統治することにはそもそも無理があった。
西パキスタンとの格差などを原因として、東パキスタンは1971年にバングラデシュとして再び独立を果たすことになるのだが、それはまた別のお話。
(バングラデシュの音楽シーンについても、最近かなりいろいろと分かってきたので、また改めて紹介する機会を持ちたい)
私にとっての2020年は、分離独立前からこの地方の中心都市だった、インドの西ベンガル州の州都コルカタの音楽シーンが、とにかく特徴的で面白いということに気付づいてしまった1年だった。

コルカタのシーンの特徴を2つ挙げるとしたら、「ベンガル地方独特の伝統文化(漂泊の歌い人にして修行者でもあるバウルや、タゴールに代表される詩の文化)の影響」と「イギリス統治時代に首都として栄えた歴史から来る欧米的洗練」ということになる。
さらには、独立運動の中心地であり、また独立後も社会運動が盛んだったこの街の政治性も、アーティストたちに影響を与えているようだ。


まずは、近年インドでの発展が著しいヒップホップから紹介したい。
地元言語のベンガル語でラップされるコルカタのヒップホップの特徴は、落ち着いたセンスの良いトラックと強い郷土愛だ。
コルカタを代表するラッパー、Cizzyの"Middle Class Panchali"聴けば、ムンバイのストリート・ラップ(例えばDivine)とも、デリーのパンジャーブ系エンターテインメント・ラップ(例えばYo Yo Honey Singh)とも違う、コルカタ独自の雰囲気を感じていただけるだろう。

ジャジーなビートにモノクロのスタイリッシュな映像は、まさにコルカタならでは。
タイトルのPanchaliは「民話」のような意味のベンガル語らしい。

CizzyがビートメーカーのSkipster a.k.a. DJ Skipと共演したこの曲"Change Hobe Puro Scene"('The scene will change'という意味)では、インド最古のレコードレーベル"Hindusthani Records"の音源をサンプリングしたビートを使った「温故知新」な一曲。

コルカタのランドマークであるハウラー・ブリッジから始まり、繁華街パークストリート、タゴール、リクシャー(人力車)といったこの街の名物が次から次へと出てくる。

MC Avikの"Shobe Cholche Boss"もコルカタらしい1曲。

コルカタのアーティストのミュージックビデオには、かなりの割合でハウラー・ブリッジが登場するが、サムネイル画像のワイヤーで吊られている橋は、コルカタのもうひとつのランドマーク、ヴィディヤサガル・セトゥ。
ハウラー・ブリッジと同じく、この街を縦断するフーグリー河にかかっている橋だ。
コルカタにはまだまだ優れたヒップホップアーティストがたくさんいるので、チェックしたければ、彼らが所属しているJingata Musicというレーベルをチェックしてみるとよいだろう。



コルカタといえば、歴史のあるセンスの良いロックシーンがあることでも知られている。
その代表的な存在が、ドリームポップ・デュオのParekh & Singh.
イギリスの名門インディーレーベルPeacefrog Recordsと契約している彼らは、インドらしさのまったくない、欧米的洗練を極めたポップな楽曲と映像を特徴としている。

ウェス・アンダーソン的な映像センスと、アメリカのバークリー音楽大学で培われた趣味の良い音楽性は、世界的にも高い評価を得ており、日本では高橋幸宏も彼らを絶賛している。

「ドリームフォーク・バンド」を自称するWhale in the Pondも、インドらしからぬ美しいメロディーとハーモニーを聴かせてくれる。

今年リリースされたコンセプト・アルバム"Dofon"では、地元の伝統音楽(民謡)なども取り入れた、ユニークな世界観を提示している。

過去に目を向けると、コルカタは1960年代から良質なロックバンドを輩出し続けていた。
なかでも70年代に結成されたHighは、インドのロック黎明期の名バンドとして知られている。

この曲はカバー曲だが、彼らはインドで最初のオリジナル・ロック曲"Love is a Mango"を発表したバンドでもある。

同じく70年代に結成された伝説的バンドがこのMohiner Ghoraguli.
ベンガルの詩やバウルなどの伝統とピンク・フロイドのような欧米のロックを融合した音楽性は、インド独自のロックのさきがけとなった。

彼らの活動期間中は知る人ぞ知るバンドだったが、2006年にボリウッド映画"Gangster"でこの曲がヒンディー語カバーされたことによって再注目されるようになった。
中心人物のGautam Chattopadhyayは、共産主義革命運動ナクサライト(のちにインド各地でのテロを引き起こした)の活動に関わったことで2年間州外追放措置を受けたこともあるという硬骨漢だ。

こうした政治運動・社会運動との関連は、今日のコルカタの音楽シーンにも引き継がれている。
例えばインドで最初のラップメタルバンドと言われるUnderground AuthorityのヴォーカリストEPRは、ソロアーティストとしてリリースしたこの曲で、農民たちがグローバリゼーションが進む社会の中で貧しい暮らしを強いられ、多くが死を選んでいるという現実を告発している。
タイトルの"Ekla Cholo Re"は「ひとりで進め」という意味のタゴールの代表的な詩から取られている。 


ブラックメタル/グラインドコアバンドのHeathen Beastは、無神論の立場から、宗教が対立し、人々を傷つけあう社会を痛烈に糾弾している。

この曲では、ヒンドゥー教徒たちからラーマ神の出生の地と信じられているアヨーディヤーで、イスラームのモスクがヒンドゥー至上主義者たちによって破壊された事件をテーマとしたもの。
あまりにも過激な表現を行うことから、保守派の襲撃を避けるために覆面バンドとして活動する彼らは、今年リリースされた"The Revolution Will Not Be Televised, But Heard"でもヒンドゥー・ナショナリズムや腐敗した政治に対する激しい批判を繰り広げた。


電子音楽/エレクトロ・ポップのジャンルでもコルカタ出身の才能あるアーティストたちがいる。
今年リリースした"Samurai"で日本のアニメへのオマージュを全面に出したSayantika Ghoshは、郷土愛を歌ったこの"Aami Banglar"では、伝統楽器の伴奏に乗せて、バウルやタゴール、地元の祝祭や、ベンガルのシンボルとも言える赤土の大地を取り上げている。

一見、歴史や伝統には何の興味もなさそうな現代的なアーティストが、地元文化への愛着をストレートに表現しているのもコルカタならではの特徴と言える。

コルカタ音楽シーンの極北とも言えるのが、ノイズ・アーティストのHaved Jabib.
これまで数多くのノイズ作品を発表してきた彼の存在は以前から気になっていたのだが、そのあまりにも前衛的すぎる音楽性から、このブログでの紹介をためらっていた。
今年彼がリリースした"Fuchsia Dreamers"は、ムンバイのノイズ/アンビエントユニットComets in Cardigansとコラボレーションで、混沌とした音像のなかに叙情的な美しさを湛えた、珍しく「音楽的」な作品となった。
これまでに彼がリリースした楽曲のタイトルやアートワークを見る限り、動物愛護や宗教紛争反対などの思想を持ったアーティストのようだが、彼はインターネット上でも自身のプロフィールや影響を受けたアーティストなどを一切公表しておらず、その正体は謎につつまれている。

と、気になったアーティストのほんのさわりだけを紹介してみたが、とにかくユニークで文化的豊穣さを感じさせるコルカタのシーン。
来年以降もどんな作品が登場するのか、ますます楽しみだ。

最後に、これまでに書いたベンガル関連の記事をまとめておきます。













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2020年03月17日

コルカタ&バングラデシュ ベンガルのラッパー特集!




前回、前々回とコルカタのロックシーン特集をお届けした。
今回は、満を持してヒップホップ特集!
それも、インド領ウエストベンガル州のコルカタだけではなく、バングラデシュを含めたベンガル地方のヒップホップアーティストを紹介します。

ふだんチェックしているインドの音楽メディアでは、どうしてもヒンディー語圏のアーティストが紹介されることが多く、ベンガルの音楽シーンの情報というのはほとんど入ってこない。
とくにヒップホップに関しては、映画『ガリーボーイ』 の舞台にもなったインドのシーンの中心地ムンバイや、インド随一のヒップホップレーベル'Azadi Records'を擁するデリーが全国的に注目されており、ベンガルのラッパーはインド国内でもほとんど取り上げられていない。
多言語国家インドのこの状況は、例えばここ日本で欧米の音楽情報を入手しようとしたときに、アメリカ・イギリス以外の地域や、英語以外の言語で歌うアーティストの情報がなかなか入ってこないのと同じようなものだと考えれば分かりやすいだろう。
ところが、ベンガル語圏は、ロックバンドだけでなく、ヒップホップにおいてもセンスの良いアーティストの宝庫なのだ。

まずは、コルカタを代表するラッパー、Cizzyを紹介。

このジャジーなビートと落ち着いたラップは、パーカッシブなビートにたたみかけるようなラップが特徴のムンバイのガリーラップとは趣を異にする、じつにコルカタらしいサウンドだ。

Cizzyの存在に最初に気がついたのは、ジャールカンドのヒップホップアーティストTre Essによる7人のラッパーのマイクリレー"New Religion"のトップバッターを務めていたのを聴いた時だった。

メディアへの露出こそ少ないベンガリ・ラッパーたちだが、どうやら北インドの言語圏のラッパー同士の交流は行われているようである。

彼のリリックのテーマはコルカタのライフスタイルのようで、この曲のタイトルはそのままずばりの"Kolkata".
ここでは抑制の効いたビートに乗せて、ムンバイのDivineのスタイルに似たアッパーなラップを披露している。
コルカタのシンボルのひとつ、人力車も出てくるミュージックビデオの見所は、デリーやムンバイとは雰囲気の違うコルカタのガリー(裏路地)だ。
イギリス統治時代に作られた街並みなのだろうか。

このCizzyの曲をリリースしているJingata Musicは、コルカタのヒップホップシーンを代表するレーベル。
Jingata MusicのYouTubeチャンネルでは、他にもイキのいいウエストベンガルのラッパーたちをチェックすることができる。

Old BoyとWhy Sirによる"Nonte Fonte"には、ダンサーやラッパーたちが大勢出演したコルカタのシーンの勢いが感じられる楽曲。
 
Mumbai's Finestの"Beast Mode"と比較してみるのも面白いだろう。
ラップのスキルやセンスはともかく、コルカタのほうがちょっと垢抜けない感じなのも微笑ましい。

このOld Boyによる"Case Keyeche"のリリックは『ガリーボーイ』ブームに便乗して出てきたギャングスタ気取りのエセラッパー(誰のことだ?)を揶揄するもののようだ。

そのくせ、彼自身も動画のタイトルに、コラボレーションしているわけでもないDivineやNaezy(いずれも『ガリーボーイ』のモデルになった人気ラッパー)を入れており、そういうオマエも便乗してるじゃん!と突っ込みたくなってしまう。
とはいえ、この曲を聴けば彼が確かなスキルを持ったラッパーであることが分かるだろう。
この曲のビートにはBraveheartsの"Oochie Wally"が使われているが、ベンガル語混じりのラップが乗ると一気にインド的な雰囲気になってしまうのが面白い。

前回の記事で紹介したラップメタルバンドUnderground AuthorityのヴォーカリストEPR Iyerは、有名なタゴール・ソングからタイトルを拝借した"Ekla Cholo Re"(ひとりで進め)という曲を発表している。

この曲は、貧しい生活を余儀なくされ、自殺者が相次いているインドの農民たちがテーマとなっている。
EPR曰く「これは単なる歌ではなく、雄叫び(Warcry)だ。誰にも気にされずに死んでゆく人々のための、戦いの叫びである。」
こうした強い社会意識はインドのラッパー全体に広く見られるものだが、そこにタゴール・ソングの曲名を引用してくるというセンスはベンガルならではのものだ。
トラックを担当しているGJ Stormはコルカタを代表するビートメーカーのひとり。

色鮮やかなクルタに身を包んだMC HeadshotとAvikのデュオによる"Tubri"は、オールドスクールなビートにインドっぽい音色も入ったトラックに乗せて、確かなスキルのラップを聞かせてくれる一曲。


ストリートのリアルを直接的に表現することが多いムンバイのシーンと比較すると、コルカタのシーンはどこか知性や批評性を感じさせるラッパーが多いように感じられる(ムンバイのラッパーに知性がないと言いたいわけではない。念のため)。
かつてのアメリカのヒップホップになぞらえると、ムンバイは西海岸に、コルカタはニューヨークのシーンに似ていると言えるかもしれない。
(面白いことに、それぞれの街の位置もアメリカの西海岸とニューヨークにあたる場所にある)


ベンガルで優秀なラッパーが多いのはコルカタだけではない。
国境を越えたバングラデシュにも、また数多くの優れたラッパーたちがいる。

バングラデシュを代表するラッパーの一人、Nizam Rabbyはドキュメンタリー映画『タゴール・ソング』にもフィーチャーされ、映画の中で郷土の大詩人タゴールへの思いを語っている。

たとえ言葉はわからなくても、彼のラップを聴けば、その高いスキルを感じることができるはずだ。
現代ストリートカルチャーの最先端のラッパーが、100年前の詩人からつながるカルチャーを持っていることこそ、ベンガルのシーンの豊饒さと言うことができるだろう。

Bhanga Banglaは「バングラデシュで最初のトラップアーティスト」という触れ込み。
 
ミュージックビデオに描かれているベンガル風の近未来的ディストピアが面白い。

本場アメリカで活動しているベンガル系ラッパーもいる。
この"Culture"で国旗を振り回してラップしているSha Vlimpseは、ニュージャージー出身のバングラデシュ系ラッパー。
いわゆる狭義の'Desi Hip-Hop'(在外南アジア系アーティストによるディアスポラ市場向けヒップホップ)ということになるが、その中でも彼のリリックのテーマは、「バングラデシュ系としてアメリカで生きること」のようだ。
 
彼のフロウにはエミネムの強い影響が感じられる。
インドでは、バンガロールのラッパーBrodha Vもかなりエミネムっぽいフロウを聞かせているが、南アジア系のラッパーがエミネムから受けた影響の大きさをあらためて感じさせられる。

ベンガルのラッパーの情報は、インドのインディー音楽シーンのメインストリームばかり追いかけているとなかなか入ってこないが、センス、スキルともに高いアーティストが多く、ムンバイともデリーとも異なる雰囲気のシーンが形成されている。
インド領のコルカタとバングラデシュでもまた違った空気があるようで、今後とくに注目してゆきたい地域である。

ベンガルにはまだまだ優れたラッパーたちがいるが、今回紹介するのはひとまずここまで!


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