BorkungHrankhawl
2019年03月09日
"Gully Boy"と『あまねき旋律』をつなぐヒップホップ・アーティストたち
ここ日本での自主上映でもかなり評判が良いようで、今までになくインドのヒップホップが注目を集めている。
残念ながらSpace Boxさんによる英語字幕の自主上映は本日がラストとのことだが、これまでに日本でヒットしてきたインド映画とはまた違う毛色の本作、改めて正式な劇場公開が待たれる。
(Gully Boyについては不肖、軽刈田も大絶賛しております。「映画"Gully Boy"のレビューと感想(ネタバレなし)」)
この映画はムンバイのラッパーNaezyとDivineをモデルにしているが、インドではここ数年、大都市ムンバイのみならず、様々な都市や地域でアンダーグラウンドなヒップホップシーンが形成されている。
それはインドのなかでも独自の文化を持つインド北東部も例外ではない。
インド北東部のナガランド州を舞台にしたドキュメンタリー映画『あまねき旋律』をご覧になった方は、ナガの地に駐留するインド軍が映し出された、重苦しい無音のシーンを覚えていることだろう。
かつて村が焼き払われ、この土地の独立運動が徹底的に弾圧された歴史が、字幕で伝えられる場面だ。
山あいの農村に暮らすチャケサン・ナガ族のみずみずしい歌声にあふれたこの映画の中で、そこだけ生気が失せたような沈黙がとても印象的なシーンだった。
(ナガランドについては何度も書いているが、『あまねき旋律』についてはこちらから:「特集ナガランドその1 辺境の山岳地帯に響く歌声 映画『あまねき旋律』」)
(地図出展:Wikipedia)
インド北東部は、ヒンドゥー/イスラームの二大宗教や、アーリア/ドラヴィダの二大民族に代表される典型的なインド文化とは全く異なるルーツを持つため、周縁的な存在であることを余儀なくされ、差別や偏見の対象となってきた。
そのため、北東部ではナガランド以外でも多くの州で、独立運動や権利を求める闘争が行われてきた。
そうした運動を牽制するため、インド北東部の多くの地域が、前回紹介したカシミール同様にAFSPA(Armed Force Special Power Act. 軍事特別法と訳されることがある)の対象地域とされ、軍や警察による令状なしの捜査・逮捕・資産の収奪が認められている。
そして残念なことにその特権は必ずしも正義のために行使されているわけではなく、これまでに多くの一般市民が権力を持つ側の犠牲になっており、それゆえに権利や自由を求める意識はさらに高まってきたという歴史がある。
このブログでも紹介してきたとおり、インド北東部は典型的なインド文化の影響が少なく、クリスチャンが多いこともあって相対的に欧米文化の影響が大きいため、インドのなかでもかなり洗練されたポピュラー音楽文化を持っている地域だ。
当然ながらアンダーグラウンドヒップホップシーンにも数多くの素晴らしいアーティストがいる。
インド北東部では多くのラッパーが差別や偏見に抵抗し、民族の誇りを掲げたラップをリリースしているが、その代表格がトリプラ州のBorkung Hrankhawl(BK)だ。
"Fighter ft. Meyi"
"Roots (Chini Haa)"
ヒップホップというよりはEDMに近いビートに乗せてポジティブなリリックを吐き出す姿勢がとても印象的なBorkung Hrankhawlについては、以前も詳しく紹介した。(「トリプラ州の“コンシャス”ラッパー Borkung Hrangkhawl」)
メガラヤ州からは、この地に暮らすカシ族の名を取ったKhasi Bloodzが、「インドのロックの首都」とも言われるほどインディーミュージックが盛んな州都シロン(Shillong)を拠点に活動している。
この曲はその名も"Hip Hop"
メンバーのBig-Riは同郷の女性R&BシンガーMeba Ofiliaとコラボレーションしたこの楽曲でMTV Europeの2018年Best India Actに選ばれた(こちらの記事でも特集)。
"Done Talking"
と、ここまではイントロダクション(いつも長くて申し訳ない)。
今回は奇しくも3人のラッパーが似たタイトルの楽曲を発表していることを紹介します。
まずは北東部でも最北の地、アルナーチャル・プラデーシュ州のラッパーK4 Kekhoが昨年リリースした"I am an Indian"から。
「北東部出身者が、インドの主要部で中国人やネパール人に間違えられて経験する真実に基づいている」というメッセージから始まるこのミュージックビデオは、インド国内でも十分に認識されず、高等教育を受けるために進んだ主要都市では外見や文化の違いから差別と偏見にさらされる過酷な現実を訴えている。
それでもなお「俺もまたインド人だ」と主張するラップは、ある意味独立を訴えるよりも悲しみを感じさせるものだ。
後半では主要都市の大学で差別や暴力によって北東部出身者が命を落とした事件に対する抗議の様子が出てくるが、これはBorkung Hrankhawlもフリースタイルのスポークンワードで訴えていた深刻な問題だ。
続いて紹介するのはインドに併合される1975年まで独立国だったシッキム州のラッパー、UNBが2014年に紹介した"Call Me Indian".
彼のことも以前ブログで取り上げたのを覚えている方もいるかもしれない(そのときの記事)。
ユーモラスなフロウでラップされているが、インド人としての誇りを持っていてもインド人して見られず、見た目を馬鹿にされ、声をあげれば暴力さえ振るわれるというリリックの中身は悲痛なものだ。
そして3曲めに取り上げるのは、オディシャ州出身のラッパー、Big Deal.
オディシャ州は地図を見ればわかる通りインド北東部ではないが、インド人の父と日本人の母のもとに生まれた彼は外見的に北東部出身者にうりふたつで、彼もまた幼少期に外見ゆえの差別を受けてきたという。
(地図出展:Wikipedia)
彼が昨年リリースした楽曲のタイトルは"Are You Indian".
"I Am Indian", "Call Me Indian", "Are You Indian"と、奇しくも3曲が3曲とも「外見からインド人みなされず差別にさらされる北東部出身者が、自分も同じインド人だと抗議する」というテーマを掲げているのがお分かりいただけるだろう。
これらの曲は、北東部出身者は、インドの主要地域出身者に比べて、同等の尊厳が認められていないという状況を表している。
Big Dealのこの"Are You Indian"はアメリカのラッパーJoyner Lucasの"I'm Not Racist"という曲にインスパイアされて書かれたものだという(この曲もアメリカの黒人の心情が非常に分かるものになっているので、興味があればぜひビデオを見てほしい)。
前半では、ヒンドゥー、ムスリム、南部出身者ら、多様ではあるがインド主要部を構成する人々からの北東部への偏見が吐き出される。
それに対して後半は北東部出身者からの返答という構成になっている。
これがかなり面白いので、相当長くなるがリリックの訳を載せてみます。
まずは前半、インドのメインランドからの偏見はこんな内容だ。
お前らの女どもは早いって聞くが
処女を失ったみたいに尊厳も無くしちまったのか?ひどいもんだ
まずはここでも中国人に似ていることや外見に対する差別から歌詞が始まり、ヒンドゥーやイスラーム的な価値観とは異なる彼らへの偏見が続く。
今回紹介した3曲全てに北東部の食文化に対する差別が入っているのも興味深い。
インドのマジョリティーであるヒンドゥー文化は菜食を清浄なものとし、肉食を忌避する傾向があるが、北東部出身者は伝統的に肉をよく食べることから、差別の対象となりやすい。
「犬肉を食べているんだろう」というのは、典型的な北東部出身者への偏見の一例だ。
指定部族(Scheduled Tribe=STという。ちなみに不可触民などの指定カーストはScheduled Caste=STと略される)優遇制度の恩恵を受けていることや、テロリズム的独立運動というのも北東部のステレオタイプへの批判と言ってよいだろう。
最後の方に出てくるメアリー・コムというのは北東部のマニプル州出身の女子ボクシング世界チャンピオンのこと。
彼女はモンゴロイドだが、彼女の半生が映画化された際には、典型的なインド美人の女優、プリヤンカ・チョープラーが彼女の役を演じた。
さて、前半の偏見に対する北東部からの反論はこんなふうに続く。
(※国境の右側は中国ということだろう)
女性たちへの差別的な感性
あんた達の服だって思ってるほど立派じゃない
正義のための道に毎日集まるんだ
ムスリムへの差別も止めろ
(※この4行のヒンディー語部分は機械翻訳なのであやしいです)
メアリーを讃えろ
男どもは毛深くてクソみたいな匂いがする
俺たちは俺たちのプライドの奴隷
そんな人生なら、生きる意味はいったいどこにある?
俺たちは人間でいよう 人間らしく共感しよう
無知や見た目による差別への反論がこれでもかと畳みかけられる。
逆差別との批判も受けがちな優遇制度も、独立運動にも、彼ら自身さえうんざりしているテロ行為にさえ、それに値するだけの理由があるのだという主張には、犠牲者でありつづけてきた悲痛が込もっている。
リリックはさらに激しさを増し、かつてインド人を差別したイギリス人と同じことをしている差別主義者や、差別することで自尊心を満たす彼らの生き方を糾弾する。
ここまで聞くと、やはり差別される側である北東部出身者の声に一部の理があるように思える。
Youtubeのコメント欄には、この曲に対して北東部出身者からの共感の声と、メインランドの理解者からの賞賛の声が並んでいるが、その中にいくつか気になるものがあった。
「こういう音楽を作ることで、かえって分断を強調してしまうのではないか」とか「北東部にもメインランドから移住した者に対する差別がある」といったものだ。
正直にいうと、私も北東部の人々のおかれた状況に同情しつつも、この曲の後半のかなり過激な糾弾に対しては、差別主義者の心に届くのなあ、と疑問に感じていた。
北東部出身者でないBig Dealのリリックが、実際の当事者であるK4 KekhoやUNBの表現よりも赤裸々で激しいことも気になる。
Big Dealは、当事者が反発を招かないために、あえて越えないようにしていたラインを越えてしまったのではないか。
こうした表現方法では、共感者の理解は得られても、そうでない人(例えばST制度反対論者)の気持ちを変えることはできないのではないか。
その点に対して、Big Dealは、この曲について解説した動画の中で非常に興味深い話を語っている。
オディシャ州の小さな街プリーで育った彼は、幼少期に東アジア的な見た目ゆえの差別を経験した。
プリーの街にはそんな顔の人間は誰もいなかったからだ。
インド北東部にほど近いウエストベンガル州ダージリンの寄宿舎学校進むと、そこには彼によく似た見た目の同級生たちがいた。
ところが、今度こそよく似た仲間たちに溶け込めたのかというと、そうではなかった。
そこで会った北東部出身者は、見た目は似ていてもよその地域から彼をやはり差別したのだという。
(そこからラップに出会ったことで自信を得てゆく過程は彼の"One Kid"という曲に詳しく表現されている)
こうした経験を通して、彼は偏見というものが決して一方向だけのものではないことを知る。
偏見とは双方向的なもので、それぞれが「正しい」と思っていることの中に含まれているのだ。
それがマジョリティーとマイノリティーに分断されたときに、差別という問題になって表出する。
これは「差別される側にも原因がある」というような意味ではなく、人間の本質についての話だ。
この曲は北東部への差別を扱った楽曲ではあるが、メインテーマは前半と後半、それぞれのヴァースの最後の部分なのだ。
そんな人生なら、生きる意味はいったいどこにある?
俺たちは人間でいよう 人間らしく共感しよう
「差別する側の言い分」である前半のラストにも理解を求める言葉があるのは、無知や偏見ゆえに差別する人々も、心の底では相互理解の必要性を分かっているということを表しているのだろう。
この曲が扱っているのはインドだけの問題ではなく、世界中の誰にとっても普遍的なテーマなのだ。
本日はこのへんまで!
今回はずいぶん長い記事を読んでいただいてありがとうございました!
Big Dealのことも以前書いていたので興味のある方はこちらからどうぞ。
「レペゼンオディシャ、レペゼン福井、日印ハーフのラッパー Big Deal」2018.2.28
「律儀なBig Deal」(インタビュー)2018.3.24
--------------------------------------
凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
2018年02月18日
以前紹介したアーティストの近況
トリプラ州のアイデンティティーとポジティブなメッセージを英語でラップするBorkung Hrankhawl(BK)は地元のラッパーやシンガーと共演した新曲をYoutubeにアップ。
共演はポップシンガーのParmita Reang、ロックバンドLadybirdのヴォーカリストのNuai、ポップロックシンガーのAben、ラッパーのZwing Lee。
この曲は州議会選挙の前にトリプラ人の意識を高めるためにジャンルを超えたアーティストが集まって作った作品とのことで、今回もメッセージ色の強い曲になっているようだ。
BKのいつものパートナー、Inaによるロック/EDM色の強いトラックは相変わらずだが、歌の部分がちょっと弱いかな。
共演のZwing LeeはBKと同じような北東部出身者への人種差別反対の主張をラップしているようで、メッセージ色の強い"Mere Geet"のミュージックビデオは一見の価値がある。
同じく英語ラッパーではインドNo.1とも称されることの多いバンガロールのBrodha Vも新曲をYoutubeにアップ。
今回はインド音楽が入ってくるのは最後の方のみで、全体的にEminemっぽいフロウが印象的に仕上がっている。
以前インタビューを行ったアルナーチャル・プラデーシュ州のデスメタルギタリスト、Tanaは、自身のバンドSacred Secrecyのニューアルバムのレコーディングを終えたところとのこと。
現在ミキシング中でリリースは夏頃だそうなので、完成したらまたみなさんに紹介できると思います。
ところで、先日のインタビューの結論として、インド北東部でもデスメタルはやっぱりアングラな音楽だった、という話になっていたけれど、彼のFacebook を見ていたら、非常に気になるものを見つけた。
それがこれ。
Feestival of Arunachalっていう、かなりちゃんとした地元のお祭りっていうか公式行事にタナのデスメタルバンドSacred Secrecyが出演するという。
他の出演者は地元のオーディション番組の優勝者、伝統音楽や映画音楽のシンガー、政治家など。
午後7:40からのわりといい時間に出してもらえるみたいだけど、日本だとこういうイベントに地元のデスメタルバンドが出演ってないよね。
やっぱりインド北東部、デスメタルが市民権を得てるんじゃないだろうか。
と思って本人に確認してみたら、「運営スタッフと知り合いで出演させてもらったんだよ。主催のお役人にはただの地元のロックバンドって言ってあるんだ。連中は演奏するまでどんな音楽か知らないんだよ。いつもこんなふうに騙してるんだけど、オーディエンスには楽しんでもらってるよ。騒音だって思う奴も、俺たちの音楽のパワーを感じてくれてるはずだね」とのこと。
なんだよそれ、最高じゃないか。
2018年02月02日
トリプラ州の"コンシャス"ラッパー Borkung Hrankhawl その2
前回、EDM/ロック的なトラックにポジティブ言葉を乗せてラップするBorkung Hrankhawlの音楽と彼の故郷トリプラ州について書いたので、今回はBorkungその人に迫ってみたいと思います。
そう、わざわざ2回に分けて書くってことは、これは相当面白い(とアタクシが勝手に思ってる)ってことでございます。
さて、Borkung Hrankhawl.
彼はトリプラ民族主義を掲げる政党”Indigenous Nationalist Party of Twipra”(トリプラ先住民民族主義党)の党首、Bijoy Kumar Hrangkhawlの一人息子として生まれた。父はトリプラ人の権利のための武力闘争を経て政治家になった人物で、Borkungにも大きな影響を与えた。
2つのサイト(HindusthanTimes, FirstPost)のインタビューから、Borukungの半生と音楽観、人生観を見てみよう。
彼のラップ同様、インタビューで語る言葉も熱くストレートだ。
「クラブや酒や女性についてラップするのは好みじゃない。ラップは神様からの贈り物なんだ。僕はラップを使って世の中をより良くしたい」
トリプラ先住民のために尽力する父を見て育った彼は、ラップを通してトリプラ人のことや彼らをとりまく環境を伝えたいという意識を持っている。
「トリプラの人々は人口が少ないせいで無視されてきた。僕たちはトリプラ人としての権利が得たいんだ。暴力や、人間性を脅かすようなことを煽るんじゃなく、僕はただ、平等と平和を広めたいんだ」
ここでは「トリプラの人々」と訳したけど、彼はTribal people in Tripuraという言葉を使っている。
インドでTribalという言葉は、一般的にはインドの主な宗教や文化とは別の伝統のもとに暮らす先住民族や少数民族のことを表している。
そして、彼らの多くは今なお被差別的・後進的な生活を強いられている。
前回も触れたように、都市部で差別的な扱いを受け、ときに命を落とす北東部出身者も後を絶たない。
Borkungもまた、学生時代にデリーでネパール人と間違えられて強盗にあった経験があると語る。
北東部出身の人間がデリーで暮らすうえで、このような危険は常にあるという。
多くの北東部の州で、ときにテロリズムにまで及ぶ独立運動が行われているのには、こうした背景がある。
だが、暴力ではなく平和を訴える彼は、こうした差別や無理解に対してこう語る。
「僕たちはみんな同じインド人だ。僕はこのギャップを埋める架け橋が必要だと感じたんだ。彼ら(大多数のインド人)は僕たちの文化を知らないだけで、他の点では彼らはいい人たちなんだよ」
彼のデビュー曲の名は”The Roots”。
より直接的に差別反対とトリプラ人の権利を主張し、自身のルーツを誇る楽曲だ。
いくつかの印象的なリリックを書き出してみる。
(しかも調子に乗って途中まで訳でも韻を踏んでみた)
I ain’t no politician though I’m vicious 俺は凶暴だけど政治家じゃない
Never worshipped on a path of a wrath 怒りへの道を崇めたりしない
I’m from Tripura you fakers 俺はトリプラ生まれだ イカサマ師たち
That’s the first thing you ought know これは最初に覚えとけお前たち
I did grow from Dhalai district and I need no passport インドに来るのにパスポートはいらない ダライ地区育ち
TNV and INPT could be the last soul TNVとINPTが最期の魂
(TNV,INPTは彼の父が率いていた武装組織と政党の名前)
How can you feed the poor when you bribe what has been reissued? 与えられたものを賄賂にしてしまうならどうやって貧しい人たちを食わせる?
All the rights given to us were misused 俺たちに与えられた権利はすべて悪用されてる
'Cause we the indigenous people have been spoofed out of our own land 俺たち先住民は自分たちの土地を追い出されてる
Though we minority, we hold hands マイノリティーでも手を携える
You ain't a component to extinct our clan 我々一族を絶やすことはできない
We fight till accomplishment 俺たちは成し遂げるまで戦う
I gotta give it, a salute to my roots yo. I gotta lift it up and never loose my roots yo.
さあ、俺は自分のルーツを讃える、絶対にルーツを失ったりしない
さらにメッセージ色の強いこのフリースタイルも非常に印象的だ。
ライムになっているだけでなく、全体が起承転結のある素晴らしいメッセージになっている全文はYoutubeの「もっと見る」から読むことができるので、ぜひチェックしてほしい。
ちなみに最後に出てくるRichard Loitam、Danna Sangma、Reingamphi Awungshi、Nido Taniaの4人は、いずれもデリーやバンガロールといった大都市で死に追いやられ、満足な捜査さえも行われなかった北東部出身の学生の名前だ。
リアルでストレートな表現と主張。あまり軽薄な言葉は使いたくないが、ものすごくかっこいい。
本物の表現者だなって感じる。
小さい頃からラップに夢中だった彼は、ライムしながらメッセージを伝えることが何よりも好きだったようだ。
ラッパーとしては、EminemやFat Joe、Fort Minorに大きな影響を受けたという。
極めてシリアスな表現者でありながら、ポップな曲への参加にも抵抗がないようで、意外なところではデリーの城みちるみたいなポップシンガーの曲にゲスト参加していたりもする。
インタビューで今後の目標を聴かれた彼は、グラミー賞を取ることだと答えた。
「僕は仲間を代表して、インドを代表してグラミーを勝ち取ってこう言いたいんだ。僕はトリプラ人だ。僕はインド人だと。自分がどこから来たのかを、自分のストーリーを伝えたいんだ」
こう言ってはなんだけど、ポップミュージックの辺境インドの中のさらに辺境の北東部のインディーズアーティストが、こんな大きな夢とメッセージを持っているということに、なんというか、またしてもぐっと来てしまった。
こないだのデスメタルバンドのTanaもそうだけど、インド北東部の人、ちょっとぐっと来させすぎじゃないか。
「インドのメインランド(主流文化地域)の友達もたくさんいるよ。彼らはみんないい人たちで親切だ。そうじゃないごく一部の人は、北東部のことを知らないだけなんだと思う。一度人間として受け入れられれば、優しい心の人たちがたくさんいる。僕が言いたいのは、必要なのは親密さを増すことだってこと。北東部とメインランドの親密さを育んでいく責任が僕らにはあるんだ」
人間性への揺るぎない信頼。それこそが彼のポジティブさの根底にある信念なのだろう。
彼はトリプラの人々だけでなく、インド全体の人々にメッセージが届けられるように、英語やヒンディーでラップすることを選んでいるというが、彼の表現の普遍性は、インド北東部や国境を越えて心に響くものがあるように感じる。大げさに言えば、ボブ・マーリーのように。
過酷な環境にも折れないポジティブさは、いつだって音楽を音楽以上のものにしてくれる。
2018年02月01日
トリプラ州の“コンシャス”ラッパー Borkung Hrangkhawl その1
バックパッカーの言葉で、旅の途中でひとつの場所についつい長逗留してしまうことを「沈没」というが、どうやらこのブログもインド北東部に沈没してしまったみたいだ。
正直、インドの中でもあんまり知らないエリアではあったのだけど、面白い音楽が出てくる出てくる。
ってなわけで、今回はデスメタルから離れて、インド北東部トリプラ州のラッパーを紹介します。
それではまず聴いてみてちょうだい。
"Never Give Up"
彼の名はBorkung Hrangkhawl.
と紹介してはみたものの、……読めない…。
ボルクン・ランコウルって感じで良いのかな?
彼の名前はインドの人たちにとってもやっぱり読みにくいようで、BKというシンプルなステージネームも使っている。
まず切れ味のよい英語のラップのスキルにびっくり。
それからヒップホップというよりもロックやEDM色の強いミクスチャー的なトラックも印象的で、ちょっとLinkin Parkにも似た感じがする。
北東部ゆえかインド臭がまったくしないサウンドだ。
Borkungはビデオにも出ているトラックメーカーのDJ InaとギタリストのMoses Raiとのトリオで活動しており、リリックにもRap with EDMとかTrying to blend hip hop with a new musicなんて言葉が出てくるので、かなり意図的にこの音楽性を作り上げているのだろう。
そんでサビだ。
I am not giving up
My dreams, my life, my struggle no, not anymore.
I am not giving in
my dreams, my life not anything it’s never too late I know,
Never give up.
夢も人生も戦いもあきらめないぜ!遅すぎるなんてことはないんだ!絶対にあきらめるな!となんだかやたらにポジティブで力強い言葉が並ぶ。
Borkung、熱い男のようだ。
続いての曲をどうぞ。"Fighter"
それにしても、ムンバイのDIVINEのビデオクリップは地元下町を練り歩くやつばかりだったけど、自然豊かなトリプラで育った彼になると、大自然の中を練り歩くのばかりになるってのは、やはりヒップホップの「レペゼン地元」って感覚によるものなんだろうか。
次はもう少し古い2013年の曲。"Journey"
なんか曲名のセンスがどれもちょっとハウンドドッグみたいではあるけれど、気にせず聴いてみてください。
この曲のサビも「The journey goes on till I make it」とあくまでもポジティブ全開。最後のヴァースはヒンディーで歌われているんだが、その前のヴァースの英語のリリックも印象深い。
Hitting hip hop scene of North East city, No retreat, No surrender, in this life of treachery
Misery is a part of it, to admit that my life was ruined
But look at me now haters! I'm smooth like a fluid
Blessed out beat so thick, with blip music, being Aesthetic
Blinked out the whole crowd and Rap Critics
That's why I opted, I opted
「俺は後退も降伏もしない」「憎しむものたちよ(Haters) 俺を見ろ!音楽でぶちかますぜ なぜなら俺は決めたんだから」と、またしても逆境に負けないポジティブな言葉が続く。
ところで、ここで出てくる”Haters”とは誰を指すのだろうか。
そして、このポジティブ野郎ことBorkung Hrankhawlとはどんなバックグラウンドを持った人物なのか。
彼の出身地であるトリプラ州は、古来からトリプラ王国が栄えた土地で、現在では360万人程度が暮らしている(インド全体の人口の0.3%)。
地図を見てみると、インド北東部の「セブン・シスターズ」の中でもバングラデシュに突き出すような場所に位置しているのが分かるだろう。(ミゾラムから東側はミャンマー)
言語的には、周辺地域で使われるベンガル語とは全く異なるコクバラ語を話し、独自の文化を保ってきた地域である。
ちょっとどんなところか見てみよう。
今では博物館になっているかつての王宮。
自然が豊かな地域もあり、野生の象も見られる。
人々はこんな感じ。顔はいわゆるインドの人たちよりも、ぐっと東アジア。
こんな遺跡も。
それでいて、州都のアガルタラはそれなりに栄えているようでもある。
しかしながら、周辺の諸地域同様に、トリプラの多くの人々も、インド社会の中で軽視され、差別的な扱いをされていると感じているようだ。
実際に、近年になっても、デリーやバンガロールといった都市部では、北東部出身の学生が不審な死を遂げたにも関わらず十分な捜査が行われなかったり、差別的な扱いに耐えかねて命を絶ったりという悲惨な事件が何件も発生している。
たまたまこないだ読んだウダイ・プラカーシの「黄色い日傘の女」という小説でも、地元のマフィアにリンチされて死を選ぶ北東部出身の学生の様子が生々しく描かれていた。今もなお、北東部の人々がインドの中心的地域への反発を抱くのには十分な理由と背景があるのだ。
そうした感情を持つ人々の一部は、以前から「トリプラ民族解放戦線(NLFT)」を組織してゲリラ的な活動を行っており、インド政府によりテロ組織にも指定されている。
そう、この地域が豊かな自然と文化にもかかわらず、ツーリストにあまり馴染みがなかった理由の一つとして、各州の独立派テロリストの活動が長く盛んだったことが挙げられる。
長くなってきたので今回はここまで!
今回は正直言って予告編。
次回はこのトリプラの地でポジティブな言葉を吐く男、Borkung Hrankhawlの人となりに迫ってみます!