Blackstratblues
2023年09月06日
意外なコラボレーション!Komorebi, Easy Wanderlings, Dhruv Visvanath, Blackstratbluesが共作したドリームポップ
インドの音楽シーンは、基本的には都市や言語ごとに形成されているのだが、地域や言語の垣根を越えた共演もたびたび行われている。
それがまたお気に入りのアーティストの共演だったりすると、意外な繋がりにうれしくなってしまう。
今回はそんな曲を紹介したい。
今回のお話の主役となるのは、デリーを拠点に活動するエレクトロポップアーティストKomorebi.
彼女の新作に、プネーのドリームポップバンドEasy Wanderlings、デリーのシンガーソングライター/ギタリストのDhruv Visvanath、さらにはムンバイのギタリストBlackstratbluesが参加していて、これがかなり良かった。
Komorebi "Watch Out"
Komorebiは日本語のアーティスト名からも分かる通り、アニメなどの日本のカルチャーに影響を受けている。
ビジュアルイメージにも日本的な要素がしばしば取り入れられていて、このミュージックビデオの冒頭には、パワーパフガールズみたいなアニメっぽいポップ&カワイイテイストのイラストが採用されている。
(パワーパフガールズはアメリカの作品だけど、日本のアニメや特撮のオマージュ的な要素が強い作品ということで。そういえばNewJeansのEP "GetUp" でもパワーパフガールズっぽいイメージが採用されていたが、そろそろああいうテイストが懐かしい感じになっていてきるのか)
Komorebiが2020年にリリースしたEPのタイトルは、日本語で"Ninshiki".
収録曲のミュージックビデオにもやっぱり日本っぽい要素がたくさん出てくる。
最後の方になると、中国とか他の東アジア的要素も出てくるが、まあ日本人もインドとアラビアあたりを誤解したりしがちなので、そこはお互いさまかな。
要は、リアルな日本というわけではなく、アニメの舞台のようなエキゾチックでフィクション的な日本のイメージを借用したいのだろう。
どうぞどうぞ。
Komorebi "Rebirth"
サウンド的にはノルウェーのエレクトロポップアーティストAURORAっぽいようにも感じるが、KomorebiもAURORAもスタジオジブリ作品のファンという点で共通している。
二人とも、電子音楽だけどどこか自然や神秘を感じさせる音作りにジブリ好きっぽさが出ているような気がするが、どうだろうか。
そういえばKomorebiの"Watch Out"に参加しているプネー(ムンバイにほど近い学園都市)のドリームポップバンドEasy Wanderlingsの中心メンバーSanyanth Narothも、以前インタビューでスタジオジブリのファンであると語っていた。
"Watch Out"の美しいメロディーとハーモニーを聴いた時、てっきり楽曲提供もSanyanthだと思ってしまったのだが、作詞作曲はKomorebiことTaranah Marwahで、Easy Wanderlingsの担当はコーラスとフルートとのこと。
ハーモニーのアレンジひとつでここまで曲の雰囲気が変わるのかと驚いた。
Easy Wanderlingsについてはこのブログで何度も紹介しているので、耳にタコの人もいるかもしれないが、念のためあらためて2曲ほど紹介しておく。
Easy Wanderlings "Beneath the Fireworks"
Easy Wanderlings "Enemy"
"Watch Out"にアコースティックギターで参加しているDhruv Visvanath(名前の発音は、たぶんドゥルーヴ・ヴィスワナートでいいはず)は、Komorebiと同じくデリー出身のシンガーソングライター。
ギタリストとしても評価が高く、2014年にアメリカの'Acoustic Guitar'誌で「30歳以下の最も偉大なギタリスト30人」に選出されている。
彼の新曲は、ジャック・ジョンソンみたいに始まって、重厚なコーラスが印象的なダンサブルなポップスに展開する曲で、中年男性の追憶を描いたミュージックビデオもいい感じだ。
Dhruv Visvanath "Gimme Love"
インドには彼のように上質な英語ポップスを作るアーティストが結構いるのだが、国内のリスナーは英語よりも母語(ヒンディー語とかタミル語とか)の曲を好み、海外のリスナーはインド人が歌う英語の曲にほとんど注目していない。
英語で歌うインドのアーティストは、適切なマーケットがないというジレンマを抱えている。
「インターネットで世界中の音楽が聴けるようになった」とか言われているが、情報の流通や受容、そしてリスナーの心の中には、まだまだたくさんの壁があるのだ。
Dhruv Visvanath "Write"
個人的にはDhruv Visvanathに関しては、ギターも曲作りも良いのだけど、スムースすぎて心に引っかかる部分がないのがネックなのかもしれないな、とちょっと思う。
彼の曲をもう一曲だけ紹介。
珍しくエレキギターをフィーチャーした"Fly"は、卵を主人公にしたコマ撮りアニメが面白い。
Dhruv Visvanath "Fly"
Dhruv Visvanathがアコースティックの名ギタリストなら、ギターソロを弾いているBlackstratbluesことWarren Mendonsaは、今どきジェフ・ベックとかデイヴ・ギルモアみたいな(例えが古くてすまん)スタイルのエレキギターの名ギタリストで、ムンバイを拠点に活動している。
Blackstratblues "North Star"
ちなみに彼はボリウッド映画の作曲トリオとして有名なShankar-Ehsaan-Loyの一人Loy Mendonsaの甥でもある。
それにしても、エレクトロポップのKomorebiの作品に、バンドサウンドを基調としたドリームポップのEasy Wanderlings, アコースティックなフォークポップのDhruv Visvanath, 70年代風ギターインストのBlackstratbluesというまったく異なる作風のアーティストが参加しているというのが面白い。
強いて共通点を挙げるとすれば、彼らが全員、洋楽的な、無国籍なサウンドを追求しているということだろうか。
デリー、ムンバイ、プネーというまったく別の土地(ムンバイとプネーは同じ州だけど)のアーティストの共演というのがまた意外性があって良かった。
こういうコラボレーションにはぜひ今後も期待したいところだ。
話をKomorebiの"Watch Out"に戻すと、この作品はニューアルバム"Fall"からの2曲目のシングルで、1曲目はこの"I Grew Up"という曲。
Komorebi "I Grew Up"
冒頭の字幕に出てくるCandylandというのは5年前の彼女の楽曲のタイトルだ(ストーリー的なつながりはなさそうだが)。
この一連のミュージックビデオで、彼女はKianeというキャラクターを演じている。
9月8日リリースのアルバムで、さらにストーリーが展開されてゆくのかもしれない。
Komorebiの新作はかなり良いものになりそうなので、大いに期待している。
もちろん、共演しているアーティストたちの今後の活躍にも期待大だ。
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2022年01月10日
Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストアルバムTop10!
前回の記事ではRolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストシングル10曲を紹介したが、今回特集するのは同誌が選んだ2021年のベストアルバム10選!
これがまた想像をはるかに超えていて、我々が知るインドや今日の音楽シーンのイメージを覆す驚くべき作品が選ばれている!
(元記事はこちら)
それではさっそく紹介してみよう。
1. Blackstratblues "Hindsight2020"
Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストアルバム第1位は、ジェフ・ベックやサンタナを彷彿させる70年代スタイルのロックギタリスト、Warren MendonsaによるBlackstratblues名義のインストゥルメンタル・アルバム"This Will Be My Year".
世界の音楽のトレンドとまったく関係なく、2021年にこのアルバムを選ぶセンスにはただただ吃驚。
彼は派手なテクニックで魅せるタイプのギタリストではなく、チョーキングのトーンコントロールや絶妙なタメで聴かせる通好みなアーティストで、発展著しいインドの音楽シーンのなかでも、なんというか、かなり地味な存在だ。
今作はちょっとスティーヴ・キモックとか、あのへんのジャムバンドっぽい感じもある。
Warrenはじつはこのランキングの常連で、2017年にも前作のアルバム"The Lost Analog Generation"が2位にランクインしている。(単に評者の好みかもしれないが)
このアルバムでは、日本文化からの影響を受けているエレクトロニック・ミュージシャンのKomorebiが2曲に参加している。
ちなみにWarrenはインド映画音楽界のビッグネームである3人組Shankar-Eshaan-Loyの一人、Loy Mendonsaの息子でもある。
2. Prabh Deep "Tabia"
軽刈田も2021年のTop10に選出したデリーのラッパーPrabh Deepの"Tabia"が2位にランクイン。
私からの評はもう十分に書いたのでここでは繰り返さないが、Rolling Stone Indiaは、この作品の多様に解釈できる文学性とストーリーテリングを高く評価しているようだ。
確かに彼のリリックは、英訳で読んでも文豪の詩のような、あるいは宗教的な預言のような深みと味わいがある。
そこに加えてこの声とサウンド(トラックもPrabh Deep自身が手掛けている)。
インドのヒップホップアーティストの中でもただひとり別次元にいる孤高の存在と呼んでいいだろう。
高く評価されないわけがない。
3. Shreyas Iyenagar "Tough Times"
プネー出身のマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーが、新型コロナウイルスのパンデミックにインスパイアされて制作したジャズ・アルバムが3位にランクイン。
こちらもサウンド面での2021年らしさがある作品ではないが、シングル部門で1位のソウルシンガーVasundhara Veeと同様に、インドには珍しい本格志向のサウンドを評価されたのだろう。
4. Tejas "Outlast"
ムンバイのシンガー・ソングライターTejasのダンスポップアルバム。
優れたポップチューンを作るかたわら、一昨年はコロナウイルスによる全土ロックアウトの期間に、前代未聞の「オンライン会議ミュージカル」を作るなど、アイデアと才能あふれるアーティストである。
今作は、ちょっと80年代っぽかったり、K-Popっぽかったりと、現代インドの音楽シーンのトレンドを押さえた作風になっていて、Tejas曰く昨年解散したDaft Punkの影響も受けているとのこと。
言われてみればたしかにそう感じられるサウンドだ。
5. Second Sight "Coral"
このムンバイ出身の5人組は、個人的に今回のランキングの中で最大のめっけもの。
その音楽性は、ジャズ、プログレ、フォーク、R&B、ラップ、サイケなどの多彩な要素を含んでいる。
全編にわたってハーモニーが美しく、プログレッシブ・ロック的な複雑さはあるが、とっつきにくさはなく、とにかくリラックスした音像の作品だ。
2018年にEP "The Violet Hour"でデビュー(当時は男女2人組だったようだ)した彼らのファーストアルバム。
意図的にインド的な要素は入れない主義のようだが、このユニークなサウンドはインドでも世界でも、もっと聴かれて良いはずだ。
6. Godless "State of Chaos"
70’s風ギターインスト、ヒップホップ、ジャズ、ダンスポップと来て、ここにゴリゴリのデスメタルが入ってくるのがこのランキングの面白いところ。
南インドのハイデラーバードとベンガルールを拠点にしているGodlessは、2016年のデビュー以来、メタルシーンでは高い評価を得ていたバンドだ。
サウンドは若干類型的な印象を受けるものの、演奏力は高いし、リフやアレンジのセンスも良いし、インドのメタルバンドのレベルの高さを改めて思い知らされる。
メンバーの名前を見る限り、メンバーにはヒンドゥーとムスリムが混在しているようで、世界のメタルバンドの情報サイトEncyclopaedia Metallumによると、歌詞のテーマは「死、反宗教、紛争、人間の精神」とのこと。
宗教大国インドで、異なる宗教を持つ家庭に生まれた若者たちが、Godlessという名前で一緒に反宗教を掲げてデスメタルを演奏しているところに、どこかユートピアめいたものを感じてしまうのは感傷的すぎるだろうか。
そういう見方を抜きにしても、インド産メタルバンドとして、Kryptos, Against Evil, Gutslit, Demonic Resurrectionらに次いで、海外でも評価される可能性のあるバンドだと言えるだろう。
7. Arogya "Genesis"
デスメタルの次にこのバンドが来るところがまた面白い!
インド北東部シッキム州ガントクで結成されたArogyaは、Dir En Greyやthe GazettEらのビジュアル系アーティストの影響を受けたバンドとして、すでに日本や世界でも(一部で)注目を集めていた。
彼らにアルバム"Genesis"については、例えばこのAsian Rock Risingのレビューですでに日本語で詳しく紹介されている。
これまでネパールやアッサム州グワハティを拠点に、ネパール語の歌詞で活動していたという彼らだが(シッキムあたりにはネパール系の住民も多いので、もともとネイティブ言語だったのだろう)、今作では英語詞を採用し、よりスケールの大きいサウンドに生まれ変わっている。
これまでも、アニメやコスプレや音楽など、インド(とくに北東部)におけるジャパニーズ・カルチャーの影響については紹介してきたが、彼らはインドに何組か存在する日本の影響を受けたバンドの中でも、とくに際立った存在と言える。
小さなライブハウスよりも、巨大なアリーナでこそ映えそうな彼らのバンドサウンドにふさわしい人気と評価を彼らが得られることを、願ってやまない。
(これまでに書いたインドにおける日本文化の記事をいくつかリンクしておきます。ナガランドのコスプレフェス、なぜかJ-Popと呼ばれている北東部ミゾラム州のバンドAvora Records、日本の音楽にやたら詳しいデリーのバンドKraken. どの記事もおすすめです)
8. Mali "Caution to the Wind"
ムンバイ在住のシンガーソングライターMaliが8位にランクインした。
美しいメロディーの英語ポップスを歌うことにかけては以前から高い評価を得ていた彼女のファーストアルバム。
女性シンガーソングライターのなかでは、Sanjeeta Bhattacharyaあたりと並んで、今後もシーンをリードし続ける存在になりそうだ。
アルバム収録曲の"Age of Limbo"のミュージックビデオは、コロナ禍がなければ日本で撮影する予定だったそうで、状況が落ち着いたらぜひ日本にも来てもらいたい。
9. Lifafa "Superpower 2020"
軽刈田による2021年Top10でも選出したLifafaが9位にランクインしている。
Lifafaはヴィンテージなポップスを演奏するデリーのバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物Suryakant Sawhneyによるソロプロジェクト。
そのサウンドのユニークさだけでも十分に評価に値するが、Rolling Stone Indiaは、パスティーシュとウィットに富み、ときに政治的でもある彼の歌詞を高く評していて、Prabh Deep同様、彼についてもその歌詞の内容を詳しく読んでみたいところだ。
(LifafaおよびPeter Cat Recording Co.については、こちらの記事から)
10. Mocaine "The Birth of Billy Munro"
MocaineはデリーのロックアーティストAmrit Mohanによるプロジェクト。
この"The Birth of Billy Munro"は、Nick Cave and the Bad Seeds(80〜90年代にロンドンを拠点に活躍したロックバンド)のオーストラリア人シンガー、ニック・ケイヴによる小説"Death of Bunny Munro"にインスパイアされたコンセプトアルバムとのことで、もはやこの情報だけで面白い。
サウンド的には、ブルース、ハードロック、グランジ等のアメリカン・ロックの影響が強い作風となっている。
2022年には早くもBilly Munroシリーズの続編をリリースする予定とのこと。
というわけで、アルバム10選に関しても、このサブスク全盛、シングル重視の時代にあっても、ジャンルを問わず充実した作品が多くリリースされていたことが分かるだろう。
昨年の10選と比べても、インドの音楽シーンがますます成熟してきていることが一目瞭然。
2022年にはどんな作品に出会えるのか、ますます楽しみだ。
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これがまた想像をはるかに超えていて、我々が知るインドや今日の音楽シーンのイメージを覆す驚くべき作品が選ばれている!
(元記事はこちら)
それではさっそく紹介してみよう。
1. Blackstratblues "Hindsight2020"
Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストアルバム第1位は、ジェフ・ベックやサンタナを彷彿させる70年代スタイルのロックギタリスト、Warren MendonsaによるBlackstratblues名義のインストゥルメンタル・アルバム"This Will Be My Year".
世界の音楽のトレンドとまったく関係なく、2021年にこのアルバムを選ぶセンスにはただただ吃驚。
彼は派手なテクニックで魅せるタイプのギタリストではなく、チョーキングのトーンコントロールや絶妙なタメで聴かせる通好みなアーティストで、発展著しいインドの音楽シーンのなかでも、なんというか、かなり地味な存在だ。
今作はちょっとスティーヴ・キモックとか、あのへんのジャムバンドっぽい感じもある。
Warrenはじつはこのランキングの常連で、2017年にも前作のアルバム"The Lost Analog Generation"が2位にランクインしている。(単に評者の好みかもしれないが)
このアルバムでは、日本文化からの影響を受けているエレクトロニック・ミュージシャンのKomorebiが2曲に参加している。
ちなみにWarrenはインド映画音楽界のビッグネームである3人組Shankar-Eshaan-Loyの一人、Loy Mendonsaの息子でもある。
2. Prabh Deep "Tabia"
軽刈田も2021年のTop10に選出したデリーのラッパーPrabh Deepの"Tabia"が2位にランクイン。
私からの評はもう十分に書いたのでここでは繰り返さないが、Rolling Stone Indiaは、この作品の多様に解釈できる文学性とストーリーテリングを高く評価しているようだ。
確かに彼のリリックは、英訳で読んでも文豪の詩のような、あるいは宗教的な預言のような深みと味わいがある。
そこに加えてこの声とサウンド(トラックもPrabh Deep自身が手掛けている)。
インドのヒップホップアーティストの中でもただひとり別次元にいる孤高の存在と呼んでいいだろう。
高く評価されないわけがない。
3. Shreyas Iyenagar "Tough Times"
プネー出身のマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーが、新型コロナウイルスのパンデミックにインスパイアされて制作したジャズ・アルバムが3位にランクイン。
こちらもサウンド面での2021年らしさがある作品ではないが、シングル部門で1位のソウルシンガーVasundhara Veeと同様に、インドには珍しい本格志向のサウンドを評価されたのだろう。
4. Tejas "Outlast"
ムンバイのシンガー・ソングライターTejasのダンスポップアルバム。
優れたポップチューンを作るかたわら、一昨年はコロナウイルスによる全土ロックアウトの期間に、前代未聞の「オンライン会議ミュージカル」を作るなど、アイデアと才能あふれるアーティストである。
今作は、ちょっと80年代っぽかったり、K-Popっぽかったりと、現代インドの音楽シーンのトレンドを押さえた作風になっていて、Tejas曰く昨年解散したDaft Punkの影響も受けているとのこと。
言われてみればたしかにそう感じられるサウンドだ。
5. Second Sight "Coral"
このムンバイ出身の5人組は、個人的に今回のランキングの中で最大のめっけもの。
その音楽性は、ジャズ、プログレ、フォーク、R&B、ラップ、サイケなどの多彩な要素を含んでいる。
全編にわたってハーモニーが美しく、プログレッシブ・ロック的な複雑さはあるが、とっつきにくさはなく、とにかくリラックスした音像の作品だ。
2018年にEP "The Violet Hour"でデビュー(当時は男女2人組だったようだ)した彼らのファーストアルバム。
意図的にインド的な要素は入れない主義のようだが、このユニークなサウンドはインドでも世界でも、もっと聴かれて良いはずだ。
6. Godless "State of Chaos"
70’s風ギターインスト、ヒップホップ、ジャズ、ダンスポップと来て、ここにゴリゴリのデスメタルが入ってくるのがこのランキングの面白いところ。
南インドのハイデラーバードとベンガルールを拠点にしているGodlessは、2016年のデビュー以来、メタルシーンでは高い評価を得ていたバンドだ。
サウンドは若干類型的な印象を受けるものの、演奏力は高いし、リフやアレンジのセンスも良いし、インドのメタルバンドのレベルの高さを改めて思い知らされる。
メンバーの名前を見る限り、メンバーにはヒンドゥーとムスリムが混在しているようで、世界のメタルバンドの情報サイトEncyclopaedia Metallumによると、歌詞のテーマは「死、反宗教、紛争、人間の精神」とのこと。
宗教大国インドで、異なる宗教を持つ家庭に生まれた若者たちが、Godlessという名前で一緒に反宗教を掲げてデスメタルを演奏しているところに、どこかユートピアめいたものを感じてしまうのは感傷的すぎるだろうか。
そういう見方を抜きにしても、インド産メタルバンドとして、Kryptos, Against Evil, Gutslit, Demonic Resurrectionらに次いで、海外でも評価される可能性のあるバンドだと言えるだろう。
7. Arogya "Genesis"
デスメタルの次にこのバンドが来るところがまた面白い!
インド北東部シッキム州ガントクで結成されたArogyaは、Dir En Greyやthe GazettEらのビジュアル系アーティストの影響を受けたバンドとして、すでに日本や世界でも(一部で)注目を集めていた。
彼らにアルバム"Genesis"については、例えばこのAsian Rock Risingのレビューですでに日本語で詳しく紹介されている。
これまでネパールやアッサム州グワハティを拠点に、ネパール語の歌詞で活動していたという彼らだが(シッキムあたりにはネパール系の住民も多いので、もともとネイティブ言語だったのだろう)、今作では英語詞を採用し、よりスケールの大きいサウンドに生まれ変わっている。
これまでも、アニメやコスプレや音楽など、インド(とくに北東部)におけるジャパニーズ・カルチャーの影響については紹介してきたが、彼らはインドに何組か存在する日本の影響を受けたバンドの中でも、とくに際立った存在と言える。
小さなライブハウスよりも、巨大なアリーナでこそ映えそうな彼らのバンドサウンドにふさわしい人気と評価を彼らが得られることを、願ってやまない。
(これまでに書いたインドにおける日本文化の記事をいくつかリンクしておきます。ナガランドのコスプレフェス、なぜかJ-Popと呼ばれている北東部ミゾラム州のバンドAvora Records、日本の音楽にやたら詳しいデリーのバンドKraken. どの記事もおすすめです)
8. Mali "Caution to the Wind"
ムンバイ在住のシンガーソングライターMaliが8位にランクインした。
美しいメロディーの英語ポップスを歌うことにかけては以前から高い評価を得ていた彼女のファーストアルバム。
女性シンガーソングライターのなかでは、Sanjeeta Bhattacharyaあたりと並んで、今後もシーンをリードし続ける存在になりそうだ。
アルバム収録曲の"Age of Limbo"のミュージックビデオは、コロナ禍がなければ日本で撮影する予定だったそうで、状況が落ち着いたらぜひ日本にも来てもらいたい。
9. Lifafa "Superpower 2020"
軽刈田による2021年Top10でも選出したLifafaが9位にランクインしている。
Lifafaはヴィンテージなポップスを演奏するデリーのバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物Suryakant Sawhneyによるソロプロジェクト。
そのサウンドのユニークさだけでも十分に評価に値するが、Rolling Stone Indiaは、パスティーシュとウィットに富み、ときに政治的でもある彼の歌詞を高く評していて、Prabh Deep同様、彼についてもその歌詞の内容を詳しく読んでみたいところだ。
(LifafaおよびPeter Cat Recording Co.については、こちらの記事から)
10. Mocaine "The Birth of Billy Munro"
MocaineはデリーのロックアーティストAmrit Mohanによるプロジェクト。
この"The Birth of Billy Munro"は、Nick Cave and the Bad Seeds(80〜90年代にロンドンを拠点に活躍したロックバンド)のオーストラリア人シンガー、ニック・ケイヴによる小説"Death of Bunny Munro"にインスパイアされたコンセプトアルバムとのことで、もはやこの情報だけで面白い。
サウンド的には、ブルース、ハードロック、グランジ等のアメリカン・ロックの影響が強い作風となっている。
2022年には早くもBilly Munroシリーズの続編をリリースする予定とのこと。
というわけで、アルバム10選に関しても、このサブスク全盛、シングル重視の時代にあっても、ジャンルを問わず充実した作品が多くリリースされていたことが分かるだろう。
昨年の10選と比べても、インドの音楽シーンがますます成熟してきていることが一目瞭然。
2022年にはどんな作品に出会えるのか、ますます楽しみだ。
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2020年01月26日
Rolling Stone Indiaが選ぶ2019年ベストアルバム10選!
毎年紹介しているRolling Stone India誌が選ぶ年間ベストシリーズ、今回は2019年のベストアルバムを紹介します!
(元の記事はこちら)
同誌の編集者が選ぶこのセレクションは、毎年「ボリウッドのようないかにもインドらしい音楽」ではなく「オシャレで洗練された音楽」を選出してくるのが特徴。
日本にもよくある「歌謡曲やアイドルは取り扱わず、作家性が強くてセンスの良いものを紹介するメディア」みたいな傾向があるので、決してインドの主流ではないものの、「インドの先端的なインディーミュージック」と思って読んでみてください。
(元の記事はこちら)
同誌の編集者が選ぶこのセレクションは、毎年「ボリウッドのようないかにもインドらしい音楽」ではなく「オシャレで洗練された音楽」を選出してくるのが特徴。
日本にもよくある「歌謡曲やアイドルは取り扱わず、作家性が強くてセンスの良いものを紹介するメディア」みたいな傾向があるので、決してインドの主流ではないものの、「インドの先端的なインディーミュージック」と思って読んでみてください。
今回は各アルバムを代表する1曲の動画を貼り付けておきます。
Spotifyなんかでも聴けるので、気に入った楽曲があったらぜひアルバムを通して聴いてみてください。
Peter Cat Recording Co. "Bismillah"
Peter Cat Recording Co.はニューデリーで2009年に結成された、インドのインディーミュージックシーンではベテランにあたるバンド。
この"Bismillah"は彼らの久しぶりのアルバムだ(おそらく前作は2012年リリース)。
以前からジプシー・ジャズやボールルームのようなレトロな音楽の影響を強く受けた作風が特徴としているが、今作でもその路線を踏襲。
Spotifyなんかでも聴けるので、気に入った楽曲があったらぜひアルバムを通して聴いてみてください。
Peter Cat Recording Co. "Bismillah"
Peter Cat Recording Co.はニューデリーで2009年に結成された、インドのインディーミュージックシーンではベテランにあたるバンド。
この"Bismillah"は彼らの久しぶりのアルバムだ(おそらく前作は2012年リリース)。
以前からジプシー・ジャズやボールルームのようなレトロな音楽の影響を強く受けた作風が特徴としているが、今作でもその路線を踏襲。
バート・バカラックみたいに聴こえるところもあれば、曲によってはサイケデリックな要素もある。
過去の優れた音楽をセンスよくまとめるスタイルは、日本でいうと90年代の渋谷系を思わせる。
インドのオシャレ系アーティストの代表格で、フランスのPanache Parisレーベルと契約している。
Parekh & Singh "Science City"
こちらもインドを代表するオシャレアーティストとして有名なコルカタのドリームポップデュオ。
彼らはイギリスのPeacefrogレーベルと契約しており、日本でも高橋幸宏に紹介されたりしている。
今作でもその音楽性は健在で、ウェス・アンダーソン的な世界観ともども確固たる個性を確立している。
The Koniac Net "They Finelly Herd Us"
2011年結成のムンバイのオルタナティブロックバンドで、Stills, Smashing Pumkins, Death Cab For Cutieらに影響を受けているとのこと。
確かに、90年代から2000年ごろのバンドのような質感のあるサウンドで、楽曲も非常によくできている。
Rolling Stone India曰く、「ロックが死んだというやつがいるなら、このアルバムはその復活だ」。
Shubhangi Joshi Collective "Babel Fish"
ギター/ヴォーカルのShubangi Joshi率いるムンバイのインディーポップバンド。
曲はファンクっぽかったりジャズっぽかったり、たまにボサノバっぽかったりする。
ここまで全て英語ヴォーカルの洋楽的サウンドが占めているところがいかにもRolling Stone India的な感じだ。
Blackstratblues "When It's Time"
ムンバイのギタリストWarren Mendonsaが率いるインストゥルメンタルバンド。
2017年のこの企画でもベストアルバム10選に選出されたこのランキングの常連だ。
その時もまったく21世紀らしからぬサウンドで驚かせたが、今作も音楽性は変わらず、ジェフ・ベックのような心地よい音色のフュージョン風サウンドを聴かせてくれている。
ギタリストとしての力量は非常に高いと思うが、音楽の質さえ高ければ、あまり同時代性に関係なく選出されるのがこのランキングの面白いところ。
ちなみにWarren Mendonsaはボリウッド音楽のプロデューサー集団として有名なShankar-Eshaan-LoyのLoy Mendonsaの甥にあたる。
Lifafa "Jaago"
ここにきてようやくインドらしさのあるサウンドが入ってきた。
Lifafaは冒頭で紹介したPeter Cat Recording Co.のヴォーカリスト、Suryakant Sawhneyのソロプロジェクトで、バンドとはうってかわって、こちらではエレクトロニカ的なサウンドに取り組んでいる。
無国籍な音になりがちなエレクトロニカ・アーティストのなかでは珍しく、彼はインド的な要素を大胆に導入して、独特の世界観を築き上げている。
インドのオシャレ系アーティストの代表格で、フランスのPanache Parisレーベルと契約している。
Parekh & Singh "Science City"
こちらもインドを代表するオシャレアーティストとして有名なコルカタのドリームポップデュオ。
彼らはイギリスのPeacefrogレーベルと契約しており、日本でも高橋幸宏に紹介されたりしている。
今作でもその音楽性は健在で、ウェス・アンダーソン的な世界観ともども確固たる個性を確立している。
The Koniac Net "They Finelly Herd Us"
2011年結成のムンバイのオルタナティブロックバンドで、Stills, Smashing Pumkins, Death Cab For Cutieらに影響を受けているとのこと。
確かに、90年代から2000年ごろのバンドのような質感のあるサウンドで、楽曲も非常によくできている。
Rolling Stone India曰く、「ロックが死んだというやつがいるなら、このアルバムはその復活だ」。
Shubhangi Joshi Collective "Babel Fish"
ギター/ヴォーカルのShubangi Joshi率いるムンバイのインディーポップバンド。
曲はファンクっぽかったりジャズっぽかったり、たまにボサノバっぽかったりする。
ここまで全て英語ヴォーカルの洋楽的サウンドが占めているところがいかにもRolling Stone India的な感じだ。
Blackstratblues "When It's Time"
ムンバイのギタリストWarren Mendonsaが率いるインストゥルメンタルバンド。
2017年のこの企画でもベストアルバム10選に選出されたこのランキングの常連だ。
その時もまったく21世紀らしからぬサウンドで驚かせたが、今作も音楽性は変わらず、ジェフ・ベックのような心地よい音色のフュージョン風サウンドを聴かせてくれている。
ギタリストとしての力量は非常に高いと思うが、音楽の質さえ高ければ、あまり同時代性に関係なく選出されるのがこのランキングの面白いところ。
ちなみにWarren Mendonsaはボリウッド音楽のプロデューサー集団として有名なShankar-Eshaan-LoyのLoy Mendonsaの甥にあたる。
Lifafa "Jaago"
ここにきてようやくインドらしさのあるサウンドが入ってきた。
Lifafaは冒頭で紹介したPeter Cat Recording Co.のヴォーカリスト、Suryakant Sawhneyのソロプロジェクトで、バンドとはうってかわって、こちらではエレクトロニカ的なサウンドに取り組んでいる。
無国籍な音になりがちなエレクトロニカ・アーティストのなかでは珍しく、彼はインド的な要素を大胆に導入して、独特の世界観を築き上げている。
そのせいか、不思議な暖かさがあり、妙にクセになるサウンドだ。
Divine "Kohinoor"
2019年はインドのヒップホップ界にとっては飛躍の年だった。
その最大の理由は、映画『ガリーボーイ』のヒットによって、それまでアンダーグラウンドなカルチャーだったヒップホップが広く知られるようになったこと。
Divineはインドのストリートヒップホップ創成期から活躍するムンバイのラッパーで、『ガリーボーイ』の主人公の兄貴分的なキャラクターであるMCシェールのモデルとしても注目された。
今作は自身のレーベル'Gully Gang Entertainment'からのリリースで、同レーベルのShah RuleやD'evilらが参加している。
『ガリーボーイ』のエグゼクティブ・プロデューサーを務めたNasによるインタールードも収録されており、「メジャー感」で他のアーティストと一線を画す内容。
表題曲のイントロや、Chal Bombayのビートなど、レゲエっぽい要素が入ってきているところにも注目したい。
個人的にはダンスホール・レゲエやレゲトンはもっとインドで流行る可能性のある音楽だと思っている。
最近のボリウッド系の曲ではかなりレゲトン的なビートが使われていて、それゆえにアンダーグラウンド・ヒップホップ界隈では敬遠されていたのかもしれないが、今後どうなるだろうか。
このDivine、ムンバイのヒップホップシーンのアニキ的な立ち位置を確立しており、日本でいうとZeebra的な存在、のような気がする。
Arivu x ofRo "Therukaral"
日本語で「浴びる、お風呂」みたいな名前の二人組は、インド南部タミルナードゥ州のヒップホップユニット。
今作は、日本でも映画祭で公開された『カーラ 黒い砦の闘い(原題"Kaala")』の監督パー・ランジットによる音楽プロジェクト、その名もCasteless Collectiveの一員でもあるラッパーArivuと、プロデューサーのofRoによるプロジェクトによるファーストアルバムにあたる。
Casteless Collectiveではカースト制度に反対するメッセージを、タミルの伝統音楽Gaanaとラップを融合した音楽に乗せて発信していたが、このユニットでは、政治的なメッセージはそのままに、よりヒップホップ色の強いスタイルに取り組んでいる。
この"Anti-Indian"は、「タミル人としてのアイデンティティを持っていることが、北インドのヒンドゥー的な価値観のナショナリストにとっては『反インド的』になるのか?」という痛烈なメッセージの曲のようだ。
Taba Chake "Bombay Dreams"
「茶畑」みたいな変わった名前の彼は、インド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州出身のシンガー・ソングライターで、現在ではムンバイを拠点に活動をしている。
ギターやウクレレの音色が心地よいアコースティックな質感のアルバムで、ちょっとジャック・ジョンソンみたいな雰囲気もある。
いわゆる「インドの山奥」であるインド北東部には、この手の南国っぽいアコースティック・サウンドのアーティストが結構いるのだが、地元の伝統音楽との親和性があるのだろうか。
このアルバムは曲によって英語、ヒンディー語、そしてアルナーチャルの言語であるニシ語の3つの言語で歌われており、自身のルーツに対する彼のこだわりも感じられる。
Winit Tikoo "Tamasha"
カシミールのフュージョン・ロック(伝統音楽とロックの融合)バンド。
以前紹介したベストミュージックビデオに続いて、混乱が続くカシミールのアーティストがここにもランクインした。
以前Anand Bhaskar Collectiveを紹介したときにも感じたことだが、北インドの伝統音楽風の歌い方は、グランジ風の演奏に非常に合うようだ。
Pearl JamのEddie Vedderのような声の揺らぎがあるのだ。
そう考えると、かつて映画『デッドマン・ウォーキング』のサウンドトラックでEddy VedderとNusrat Fateh Ali Khanを共演させた人は、ずいぶん早くこのことに気づいていたのだなあ、と思う。
と、ざっと10枚のアルバムを紹介してみた。
「今のインドでかっこいい音」であるのと同時に、地域の多様性やアクチュアルなメッセージ性にも配慮したラインナップであると言えるだろう。
欧米の音楽への憧れが具現化したようなものもあれば、「インド人としてのルーツ」が入っているものもあるのが、いつもながらインドの音楽シーンの面白いところ。
昨年、一昨年のベスト10と比べてみるのも一興です。
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Divine "Kohinoor"
2019年はインドのヒップホップ界にとっては飛躍の年だった。
その最大の理由は、映画『ガリーボーイ』のヒットによって、それまでアンダーグラウンドなカルチャーだったヒップホップが広く知られるようになったこと。
Divineはインドのストリートヒップホップ創成期から活躍するムンバイのラッパーで、『ガリーボーイ』の主人公の兄貴分的なキャラクターであるMCシェールのモデルとしても注目された。
今作は自身のレーベル'Gully Gang Entertainment'からのリリースで、同レーベルのShah RuleやD'evilらが参加している。
『ガリーボーイ』のエグゼクティブ・プロデューサーを務めたNasによるインタールードも収録されており、「メジャー感」で他のアーティストと一線を画す内容。
表題曲のイントロや、Chal Bombayのビートなど、レゲエっぽい要素が入ってきているところにも注目したい。
個人的にはダンスホール・レゲエやレゲトンはもっとインドで流行る可能性のある音楽だと思っている。
最近のボリウッド系の曲ではかなりレゲトン的なビートが使われていて、それゆえにアンダーグラウンド・ヒップホップ界隈では敬遠されていたのかもしれないが、今後どうなるだろうか。
このDivine、ムンバイのヒップホップシーンのアニキ的な立ち位置を確立しており、日本でいうとZeebra的な存在、のような気がする。
Arivu x ofRo "Therukaral"
日本語で「浴びる、お風呂」みたいな名前の二人組は、インド南部タミルナードゥ州のヒップホップユニット。
今作は、日本でも映画祭で公開された『カーラ 黒い砦の闘い(原題"Kaala")』の監督パー・ランジットによる音楽プロジェクト、その名もCasteless Collectiveの一員でもあるラッパーArivuと、プロデューサーのofRoによるプロジェクトによるファーストアルバムにあたる。
Casteless Collectiveではカースト制度に反対するメッセージを、タミルの伝統音楽Gaanaとラップを融合した音楽に乗せて発信していたが、このユニットでは、政治的なメッセージはそのままに、よりヒップホップ色の強いスタイルに取り組んでいる。
この"Anti-Indian"は、「タミル人としてのアイデンティティを持っていることが、北インドのヒンドゥー的な価値観のナショナリストにとっては『反インド的』になるのか?」という痛烈なメッセージの曲のようだ。
Taba Chake "Bombay Dreams"
「茶畑」みたいな変わった名前の彼は、インド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州出身のシンガー・ソングライターで、現在ではムンバイを拠点に活動をしている。
ギターやウクレレの音色が心地よいアコースティックな質感のアルバムで、ちょっとジャック・ジョンソンみたいな雰囲気もある。
いわゆる「インドの山奥」であるインド北東部には、この手の南国っぽいアコースティック・サウンドのアーティストが結構いるのだが、地元の伝統音楽との親和性があるのだろうか。
このアルバムは曲によって英語、ヒンディー語、そしてアルナーチャルの言語であるニシ語の3つの言語で歌われており、自身のルーツに対する彼のこだわりも感じられる。
Winit Tikoo "Tamasha"
カシミールのフュージョン・ロック(伝統音楽とロックの融合)バンド。
以前紹介したベストミュージックビデオに続いて、混乱が続くカシミールのアーティストがここにもランクインした。
以前Anand Bhaskar Collectiveを紹介したときにも感じたことだが、北インドの伝統音楽風の歌い方は、グランジ風の演奏に非常に合うようだ。
Pearl JamのEddie Vedderのような声の揺らぎがあるのだ。
そう考えると、かつて映画『デッドマン・ウォーキング』のサウンドトラックでEddy VedderとNusrat Fateh Ali Khanを共演させた人は、ずいぶん早くこのことに気づいていたのだなあ、と思う。
と、ざっと10枚のアルバムを紹介してみた。
「今のインドでかっこいい音」であるのと同時に、地域の多様性やアクチュアルなメッセージ性にも配慮したラインナップであると言えるだろう。
欧米の音楽への憧れが具現化したようなものもあれば、「インド人としてのルーツ」が入っているものもあるのが、いつもながらインドの音楽シーンの面白いところ。
昨年、一昨年のベスト10と比べてみるのも一興です。
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goshimasayama18 at 14:19|Permalink│Comments(0)
2019年03月17日
コルカタに凄腕ブルースマンがいた!Arinjoy Trio インド・ブルース事情
90年代に初めてインドを訪れたとき、インド社会の格差や不平等、そして人々のバイタリティーと口の達者さに触れて、インド人がラップを始めたらすごいことになるだろうなあ、と思ったものだった。
あれから20年余り、ようやくインドにもヒップホップが根付いてきて、すごいことになりつつある、というのは今まで何度も書いた通り。
あの頃のインドで、「インド人が本気でやりはじめたらすごいことになるんじゃないか」と思ったジャンルがもう一つある。
それはブルースだ。
ブルースは アメリカの黒人の労働歌にルーツを持つ音楽で、その名の通りブルー(憂鬱)な感情をプリミティブかつ強烈に表現してロックなどその後の音楽に大きな影響を与えた。
というのがブルースの一般的な解説になるのだが、 実際のブルースは憂鬱といってもじめじめした暗い音楽ではなく、救いのない日々のやるせなさも恋人と別れたさみしさも痛烈に笑い飛ばしてしまうような豪快な音楽でもある。
ブルースは「辛すぎると泣けるのを通り越して笑えてくるぜ」という悲しくも開き直った感覚と、「俺は精力絶倫だぜ」みたいな下世話さが渾然一体となった音楽なのだ。
レコードとしてブルースが広く流通し始めた1950年代、Muddy Warters, Howlin' Wolf, Buddy Guy, B.B.King, Lightnin' Hopkins, John Lee Hookerら、幾多の伝説的ブルースマンが登場すると、彼らは人種の枠を越えてやがて白人ロックミュージシャンたちにも大きな影響を与えた。
何が言いたいかというと、インドの下町で出会った庶民たち、例えば人力車夫や道端で働く人夫たちから、そうしたいにしえのブルースマン達に通じる、力強さとあきらめが同居した、シブくて強くて明るくて、でもその根底にはやるせない憂鬱があるんだぜ、みたいな印象を受けたということなのである。
この人たちにギターを教えてブルースをやらせたら凄いことになるだろうなあ、なんて感じたものだった。
さてその後、インドの労働者の中からとんでもないブルースミュージシャンが登場したかというと、そんなことはなかった。
そりゃそうだ。
だいたい、ブルースは1950年代くらいまでのアメリカの黒人の文化的・社会的なバックグラウンドと音楽的な流行から発生した音楽なわけで、それを全く状況が異なる現代のインドに求めてもしょうがない。
そもそもアメリカの黒人からして、今ではヒップホップに流行が移ってしまったし、遠く離れたインドで、それもアメリカの音楽なんて知るはずもない労働者階級がブルースをやるわけがないのだ。
いつもながら大変に前置きが長くて申し訳ない。
では、これだけ音楽の趣味が多様化した現代インドで、誰もブルースを聴いていないのだろうか。そして、誰もブルースを演奏していないのだろうか。
と思ったら、いた。
それもかなりの腕前のミュージシャンが。
コルカタを拠点に活動する彼の名前はArinjoy Sarkar.
まずはさっそく、彼が率いるArinjoy Trioが先ごろリリースしたセルフタイトルのデビューアルバムから"Cold, Cold, Cold"という曲を聴いてみてほしい。
言われなければとてもインドのバンドだとは思えない本格的なブルース!
タメの効いたギターのフレージングも、決して上手いわけではないがツボを押さえた歌い回しも、ブルースファンなら「分かってるなあ〜」と膝を打ちたくなるのではないだろうか。
弾き語りスタイルの"Don't You Leave Me Behind"
ブルース一辺倒というわけじゃなくて、レニー・クラヴィッツみたいなロックの曲も。
"Who You Are"
2:28あたりからの急にPink Floydみたいになる展開もカッコイイ!
Bo DiddleyのビートにJeff Beckのトーンのインスト"Beyond The Lines"
こうして聴くと、けっこう引き出しの多い器用なバンドだということが分かる。
Arinjoyが影響を受けたミュージシャンとして名前を挙げているのは、Stevie Ray Vaughan, Buddy Guy, Albert Collins, Larry Carltonとのことで、かなりいろいろなタイプのブルースを聴きこんできたようだ。
コルカタのBlooperhouse Studioでレコーディングしたこのアルバムは、Coldplayのクリス・マーティンやJohn Legendとの仕事で知られるSara Carterがマスタリングを行ってリリースされた。
フロントマンのArinjoy Sarkarは、以前はJack Rabbitという地元言語のベンガリ語で歌うバンドのギタリストだったという。
Arinjoy Trioは2018年にムンバイで行われたMahindra Blues Festivalでのバンド・コンテストで優勝したことで一気に注目を集めた。
このMahindra Blies Festival、じつはアジア最大のブルースフェスティバルとして知られており、これまBuddy Guy, John Lee Hooker, Jimmy Vaughan, Keb Mo, John Mayallといったアメリカやイギリスの大御所ブルースミュージシャンが出演してきた。
2018年のフェスの様子はこんな感じ。
Buddy Guyらが出演した2015年のフェスのトリを飾ったパフォーマンスの様子がこちら。
さすがにこれまで紹介してきたEDM系やロック系の大規模フェスに比べれば落ち着いたものだが、それでもこれだけのオーディエンスを集めることのできるブルース系のフェスティバルは東京でもなかなかできないだろう。
少なくともインドの大都市では、ブルースのリスナーに関してはそれなりにたくさんいるようだ。
では演奏者のほうはどうかというと、Arinjoy Trioのようなコテコテのブルースバンドは数少ないようだが、ブルースロックに関しては優れたバンドがけっこういるので紹介してみたい。
今年のMahindra Blues Festivalのバンドコンテストで優勝したのは、以前Ziro Festivalの記事や2018年インド北東部ベストミュージックビデオ18選でも取り上げたメガラヤ州シロンのBlue Temptation.
同じく「インドのロックの首都」シロンから2003年結成の女性ヴォーカルのベテランバンド、Soulmate.
さらにシロンのバンドが続くが、2009年結成のBig Bang Bluesも渋い。
彼らはブルースベースのハードロックバンドSkyEyesとしても活動をしている。
ムンバイのジェフ・ベックのようなスタイルのギタープレイヤーのWarren Mendosa率いるBlackstratbluesは、インストゥルメンタルながらRolling Stone Indiaが選ぶ2017年ベストアルバムの2位に選出された実力派。
同じくムンバイから、心理学者でもあり、ガンを克服した経験も持つソウルフルな女性ヴォーカリストのKanchan Daniel率いるKanchan Daniel and the Beards.
以前も紹介したジャールカンド州ラーンチーのThe Mellow Turtleはブルースの影響を受けつつもヒップホップなどの要素も取り入れた面白い音楽性。
この曲も同郷の盟友であるラッパーのTre Essとの共演。
と、なにやらほとんどシロンとムンバイのバンドになってしまったが、ざっとインドで活躍するブルースロック系のアーティストを紹介してみた。
こうして聴いてみると、インドのブルースといっても、当初私が期待していたような、「抑圧された境遇から否応なくあふれ出る魂の発露」みたいなものではなく、世界中の他の国々同様、ブルースにあこがれて演奏する中産階級のバンドが多いようだ。
そりゃインドじゃ楽器を買おうにも本当に貧しい層にはなかなか手も届かないだろうし、当然といえば当然なのだけど。
やはりインドでも、「抑圧された人々」の表現は、これからもヒップホップでされてゆくことになるのだろう。
でもなあ。
あれだけの人口がいて、文化の多様性のあるインド。
アメリカの黒人のブルースとは違っても、どこかにブルースみたいに俗っぽくて憂鬱で楽しい音楽があるような気がするのだけど。
これからも探してみることにします。
それでは今日はこのへんで。
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あれから20年余り、ようやくインドにもヒップホップが根付いてきて、すごいことになりつつある、というのは今まで何度も書いた通り。
あの頃のインドで、「インド人が本気でやりはじめたらすごいことになるんじゃないか」と思ったジャンルがもう一つある。
それはブルースだ。
ブルースは アメリカの黒人の労働歌にルーツを持つ音楽で、その名の通りブルー(憂鬱)な感情をプリミティブかつ強烈に表現してロックなどその後の音楽に大きな影響を与えた。
というのがブルースの一般的な解説になるのだが、 実際のブルースは憂鬱といってもじめじめした暗い音楽ではなく、救いのない日々のやるせなさも恋人と別れたさみしさも痛烈に笑い飛ばしてしまうような豪快な音楽でもある。
ブルースは「辛すぎると泣けるのを通り越して笑えてくるぜ」という悲しくも開き直った感覚と、「俺は精力絶倫だぜ」みたいな下世話さが渾然一体となった音楽なのだ。
レコードとしてブルースが広く流通し始めた1950年代、Muddy Warters, Howlin' Wolf, Buddy Guy, B.B.King, Lightnin' Hopkins, John Lee Hookerら、幾多の伝説的ブルースマンが登場すると、彼らは人種の枠を越えてやがて白人ロックミュージシャンたちにも大きな影響を与えた。
何が言いたいかというと、インドの下町で出会った庶民たち、例えば人力車夫や道端で働く人夫たちから、そうしたいにしえのブルースマン達に通じる、力強さとあきらめが同居した、シブくて強くて明るくて、でもその根底にはやるせない憂鬱があるんだぜ、みたいな印象を受けたということなのである。
この人たちにギターを教えてブルースをやらせたら凄いことになるだろうなあ、なんて感じたものだった。
さてその後、インドの労働者の中からとんでもないブルースミュージシャンが登場したかというと、そんなことはなかった。
そりゃそうだ。
だいたい、ブルースは1950年代くらいまでのアメリカの黒人の文化的・社会的なバックグラウンドと音楽的な流行から発生した音楽なわけで、それを全く状況が異なる現代のインドに求めてもしょうがない。
そもそもアメリカの黒人からして、今ではヒップホップに流行が移ってしまったし、遠く離れたインドで、それもアメリカの音楽なんて知るはずもない労働者階級がブルースをやるわけがないのだ。
いつもながら大変に前置きが長くて申し訳ない。
では、これだけ音楽の趣味が多様化した現代インドで、誰もブルースを聴いていないのだろうか。そして、誰もブルースを演奏していないのだろうか。
と思ったら、いた。
それもかなりの腕前のミュージシャンが。
コルカタを拠点に活動する彼の名前はArinjoy Sarkar.
まずはさっそく、彼が率いるArinjoy Trioが先ごろリリースしたセルフタイトルのデビューアルバムから"Cold, Cold, Cold"という曲を聴いてみてほしい。
言われなければとてもインドのバンドだとは思えない本格的なブルース!
タメの効いたギターのフレージングも、決して上手いわけではないがツボを押さえた歌い回しも、ブルースファンなら「分かってるなあ〜」と膝を打ちたくなるのではないだろうか。
弾き語りスタイルの"Don't You Leave Me Behind"
ブルース一辺倒というわけじゃなくて、レニー・クラヴィッツみたいなロックの曲も。
"Who You Are"
2:28あたりからの急にPink Floydみたいになる展開もカッコイイ!
Bo DiddleyのビートにJeff Beckのトーンのインスト"Beyond The Lines"
こうして聴くと、けっこう引き出しの多い器用なバンドだということが分かる。
Arinjoyが影響を受けたミュージシャンとして名前を挙げているのは、Stevie Ray Vaughan, Buddy Guy, Albert Collins, Larry Carltonとのことで、かなりいろいろなタイプのブルースを聴きこんできたようだ。
コルカタのBlooperhouse Studioでレコーディングしたこのアルバムは、Coldplayのクリス・マーティンやJohn Legendとの仕事で知られるSara Carterがマスタリングを行ってリリースされた。
フロントマンのArinjoy Sarkarは、以前はJack Rabbitという地元言語のベンガリ語で歌うバンドのギタリストだったという。
Arinjoy Trioは2018年にムンバイで行われたMahindra Blues Festivalでのバンド・コンテストで優勝したことで一気に注目を集めた。
このMahindra Blies Festival、じつはアジア最大のブルースフェスティバルとして知られており、これまBuddy Guy, John Lee Hooker, Jimmy Vaughan, Keb Mo, John Mayallといったアメリカやイギリスの大御所ブルースミュージシャンが出演してきた。
2018年のフェスの様子はこんな感じ。
Buddy Guyらが出演した2015年のフェスのトリを飾ったパフォーマンスの様子がこちら。
さすがにこれまで紹介してきたEDM系やロック系の大規模フェスに比べれば落ち着いたものだが、それでもこれだけのオーディエンスを集めることのできるブルース系のフェスティバルは東京でもなかなかできないだろう。
少なくともインドの大都市では、ブルースのリスナーに関してはそれなりにたくさんいるようだ。
では演奏者のほうはどうかというと、Arinjoy Trioのようなコテコテのブルースバンドは数少ないようだが、ブルースロックに関しては優れたバンドがけっこういるので紹介してみたい。
今年のMahindra Blues Festivalのバンドコンテストで優勝したのは、以前Ziro Festivalの記事や2018年インド北東部ベストミュージックビデオ18選でも取り上げたメガラヤ州シロンのBlue Temptation.
同じく「インドのロックの首都」シロンから2003年結成の女性ヴォーカルのベテランバンド、Soulmate.
さらにシロンのバンドが続くが、2009年結成のBig Bang Bluesも渋い。
彼らはブルースベースのハードロックバンドSkyEyesとしても活動をしている。
ムンバイのジェフ・ベックのようなスタイルのギタープレイヤーのWarren Mendosa率いるBlackstratbluesは、インストゥルメンタルながらRolling Stone Indiaが選ぶ2017年ベストアルバムの2位に選出された実力派。
同じくムンバイから、心理学者でもあり、ガンを克服した経験も持つソウルフルな女性ヴォーカリストのKanchan Daniel率いるKanchan Daniel and the Beards.
以前も紹介したジャールカンド州ラーンチーのThe Mellow Turtleはブルースの影響を受けつつもヒップホップなどの要素も取り入れた面白い音楽性。
この曲も同郷の盟友であるラッパーのTre Essとの共演。
と、なにやらほとんどシロンとムンバイのバンドになってしまったが、ざっとインドで活躍するブルースロック系のアーティストを紹介してみた。
こうして聴いてみると、インドのブルースといっても、当初私が期待していたような、「抑圧された境遇から否応なくあふれ出る魂の発露」みたいなものではなく、世界中の他の国々同様、ブルースにあこがれて演奏する中産階級のバンドが多いようだ。
そりゃインドじゃ楽器を買おうにも本当に貧しい層にはなかなか手も届かないだろうし、当然といえば当然なのだけど。
やはりインドでも、「抑圧された人々」の表現は、これからもヒップホップでされてゆくことになるのだろう。
でもなあ。
あれだけの人口がいて、文化の多様性のあるインド。
アメリカの黒人のブルースとは違っても、どこかにブルースみたいに俗っぽくて憂鬱で楽しい音楽があるような気がするのだけど。
これからも探してみることにします。
それでは今日はこのへんで。
--------------------------------------
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goshimasayama18 at 19:59|Permalink│Comments(0)