A.R.Rahman
2023年03月20日
インド映画音楽いろいろ!(2023年度版)
Radikoのタイムフリーで聞ける期間も終わった頃なので、こないだのJ-WAVEの'SONAR MUSIC'のインド映画音楽特集で紹介した音楽を改め紹介しておきます。
最初に自分の立ち位置をはっきりさせておくと、私はインドのインディー音楽シーンを追いかけている人間なので、メインストリームである娯楽映画に対しては、そのエンタメとしての途方もないパワーに敬意を抱きつつも、なんつうか、ちょっとアンビバレンツな感情を抱いていた。
音楽は映画の奴隷じゃねえぞ、みたいなね。
(注:インド映画というカルチャーをディスるつもりは全くないです。「ミュージシャンが自主的に表現しているものこそが音楽」という先入観に囚われた人間の断末魔として捉えてください)
とはいえ、インディー文化を語るにはメインストリームも知っておかないといけない、と思ってチェックしてみると、映画音楽には、欧米のトレンドを躊躇なく取り入れて、見事にインディアナイズした面白くてかっこいい曲がたくさんある。
さすが巨大産業。
そもそも、誰もが表現者になれるこのご時世、メジャーな枠組みのなかで真摯な表現を追求している人もいれば、完全にインディペンデントでもマーケティング的にバズりを狙っている人もいるのはあたり前な話で、メインストリームとかインディペンデントとか分けて考えること自体が無意味なのかもしれない。
たぶん、自分は「どこで誰かどんな音を鳴らしているか」にこだわり過ぎていたのだ。
単純に音としてカッコいいものを味わうことを忘れていたのかもしれない。
というわけで、だいたい2000年以降のインド映画の音楽からピックアップしたカッコよかったり面白かったりする曲を紹介してみます。
諸般の事情でオンエアすることができなかった曲もたくさんあるので、それはまた別の機会に紹介したい(本当はサウスの曲をもっと入れたかった)。
後半が最近の曲になっています。
映画:『ガリーボーイ』("Gully Boy"/2018年/ヒンディー語)
曲名:"Mere Gully Mein"
このブログで何度も書いている通り、『ガリーボーイ』のこの曲は「映画のために作られた専門の作曲家/作詞家による曲」ではなく、映画のモデルとなったラッパーのDIVINEとNaezyのオリジナル曲。
ストリートラッパーの曲がほぼそのままの形でボリウッド映画に起用されるというのは、前列のない事件だった。
この映画バージョンでは、オリジナル音源で主人公ムラドのモデルNaezyがラップしていたパートを主役を務めたランヴィール・シン自らがラップしている。
相棒のMCシェールのパートは、モデルとなったDIVINEのラップにシッダーント・チャトゥルヴェーディがリップシンク。
アメリカで生まれたヒップホップという文化がインドの階級社会の中でどんな意味を持ち得るのか、それを大衆娯楽であるボリウッドの中で、それをどう表現できるのかという点に果敢に挑んだ意欲作だ。
映画:『カーラ 黒い砦の闘い』("Kaara"/2018年/タミル語)
曲名:"Semma Weightu"
『ガリーボーイ』と同じ年に公開されたタミル語作品で、舞台も同じムンバイのスラム街ダラヴィ。
主演はタミル映画の「スーパースター」ラジニカーントで、監督は自らもダリット(被差別階級)出身のPa. Ranjith.
彼は反カーストをテーマにしたフュージョンラップグループCasteless Collectiveの発起人でもある。
ダラヴィといえばヒップホップという共通認識があるのか、特段ヒップホップ要素のないこの作品でも、サウンドトラックはラップの曲が多く採用されていて、実際にダラヴィ出身のタミル系ラッパーがミュージカルシーンにも出演している。
タミル映画となると、同じダラヴィが舞台のラップでもボリウッド(ヒンディー語作品)と違って、映像も音楽もこんなに濃くなる。
映画:『君が気づいていなくても』"Jaane Tu Ya…Jaane Na"(2008年/ヒンディー語)
曲名:"Pappu Can't Dance"
映画音楽特集ということで、現代インド映画音楽の最大の偉人、A.R.ラフマーンの曲を何かひとつ紹介したいと思って選曲したのがこの曲。
ラフマーンといえば、1997年に日本で大ブームを巻き起こした『ムトゥ 踊るマハラジャ』の音楽を手掛けたタミル出身の音楽家で、ミック・ジャガー、ダミアン・マーリー、ジョス・ストーン、デイヴ・スチュアート(元Eurhythmics)と結成したプロジェクトSuperheavyを覚えている人もいるだろう。
ラフマーンはインド古典音楽から西洋クラシック、クラブミュージックまで幅広い音楽的素養のある人で、映画の内容によってその作風は千変万化する。
今回はとくにインドに興味のないリスナーの方にも面白いと思ってもらえそうな曲を選んでみた。
この曲は2008年の映画に使われた曲で、お聴きいただいて分かる通り、ビッグビート的なテクノサウンドをインド映画音楽に違和感なく導入した、彼の才能と大衆性が伝わる一曲だと思う。
2008年といえば、日本ではPerfumeの『ポリリズム』がヒットした頃で、J-Popにクラブミュージックを取り入れる方法論が提示された年でもあったわけだが、同じようなことがじつはインドでも起こっていたのだ。
ローカルな音楽シーンにクラブミュージック的な高揚感を導入する様式が確立する時代だったのか。
他の地域に関しては分からんけど。
この曲が使われた"Jaane Tu Ya...Jaane Na"は、今現在(2023年3月)Netflixで『君が気づいていなくても』という邦題で日本語字幕で見られるようなので、興味がある方はチェックしてみてください。
アーミル・カーンの甥のイムラーン・カーン主演のロマンチック・コメディとのこと。
映画:"Gangubai Kathiawadi"(2022年/ヒンディー語) 曲名:"Dholida"
番組後半からは、最近の映画の曲を厳選して紹介しています。
前半で紹介したのがヒップホップとかエレクトロニック系の曲ばかりだったので、オールドスクールなインドっぽい曲を紹介しようと思って選んだのがこの曲。
欧米のダンスミュージックを取り入れなくても、インドの伝統的なパーカッションと歌だけでこんなにかっこいいグルーヴが出せるということを示したかった。
インド音楽的には、ベースが入っているところとコーラスがハーモニーになっているところが現代的なアレンジと言えるだろうか。
インドの音楽にはもともと通奏低音や和声といった概念がなく、例えば90年代頃でも、伝統的なアレンジの映画音楽にはベースが入っていなかった。
映画はNetflix制作の"Gangbai Kathiawadi".
『RRR』や『ガリーボーイ』でもヒロインを務めていたアーリヤー・バットが実在したムンバイの娼館の女ボスを演じている。
映画としては、主人公を性産業で働く女性たちの権利のために立ち上がる存在として描いているところに現代的な味付けがあると言えるか。
Netflixの言語設定を英語にすると英語字幕で見ることができる。
映画:『ダマカ テロ独占生中継』(2021年/ヒンディー語) 曲名:"Kasoor (Acoustic)"
こちらもNetflix映画の曲で、この作品(『ダマカ テロ独占中継』)は日本語字幕で見ることができる。
面白いのは、この映画が韓国映画の『テロ、ライブ』という作品のリメイクだということ。
それが、海外資本によるネット配信作品として公開されるという、新しいタイプのインド映画だと言えるだろう。
この曲はインドのインディー音楽シーンで最高のシンガーソングライターと言っても過言ではないPrateek Kuhadの既発曲で、映画のために作られた曲ではなくて既存の曲が起用されたという点でも新しい。
"Kasoor"はこのブログでも何度も紹介してきた名曲中の名曲。
映画に使用されているのはそのアコースティックバージョンだ。
映画:"Pathaan"(2023年/ヒンディー語) 曲名:"Besharam Rang"
EDM的かつラテン的という近年のボリウッドのトレンドをばっちり取り入れた曲ということで選んだのがこの曲。
ヒンディー語の歌以外のトラック部分は、欧米のヒットチャートに入っていても全く違和感のない音作りで、そういう意味では日本よりも「進んでいる」とも言える。
ヨーロッパロケのミュージカルシーンも、ディーピカー・パードゥコーンが披露するヒップホップ的な挑発的セクシーさも、今のボリウッド現代劇を象徴しているかのようだ。
音楽を手掛けているのは2000年代以降のボリウッドに洋楽的な洗練を持ち込んだ二人組Vishal-Shekhar.
メンバーのVishal Dadlaniは1994年に結成されたインダストリアル・メタルバンドPentagramでのメンバーでもあった。
映画は今年1月に公開されたシャー・ルク・カーン4年ぶりの主演作である国際スパイ・アクション"Pathaan".
(3月27日追記:2月に公開、5年ぶりと書いてしまってましたが、コメント欄でご指摘いただいて修正しました)
日本公開が待たれる作品である
今回紹介できなかった曲は、また改めて書きたいと思ってます!
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
goshimasayama18 at 23:32|Permalink│Comments(2)
2023年03月14日
スヌープ・ドッグ! カイリー・ミノーグ! Akon! Nas! 世界的スターを起用したボリウッド映画の曲を紹介
3月13日(月)のJ-WAVE 'SONAR MUSIC'「インド映画音楽特集」でいろいろ紹介してきました!
本当はもうちょっとヒンディー語(=ボリウッド)以外の曲ももっと紹介したかったのですが、オンエアするためのいろいろな条件が合わず、ちょっと偏っちゃったかな、とも思ってます。
サウスを期待していたみなさん、ゴメンネ。
あと、ラジオ映えする曲に絞って選曲したので「なんであの曲がないんだ!」とか「なんであの映画の話がないんだ!」という方も、ゴメンナサイ。
今回は番組では紹介しきれなかったテーマでお届けします。
いまや経済成長著しいインドのエンタメのメインストリームである映画のもつ資金力はすさまじく、インド最大の制作本数を誇るヒンディー語のエンタメ映画(いわゆるボリウッド)では、ミュージカルシーンに使われる楽曲に、世界的に有名なアメリカやイギリスのシンガー/ラッパーが起用されることもある。
というわけで、今回は、あっと驚くようなアーティストが参加したボリウッドの曲を紹介!
まずは、言わずと知れたウェッサイの大物、Snoop Doggが起用された、2008年の映画"Singh is Kinng"のテーマ曲。
Snoop Dogg, RDB & Akshay Kumar "Singh is Kinng"
アクシャイ・クマール主演(彼の名前はこの曲にもクレジットされている)、カトリーナ・カイフがヒロインを務めたこの映画は、オーストラリアの裏社会で暗躍するシク教徒のマフィアのボスと、パンジャーブの田舎街に住む彼の純朴な弟との関係を軸にしたアクション・コメディということらしい。
監督は「コメディの帝王」と呼ばれているというアニース・アズミー。
映画の情報は、arukakatさんこと高倉嘉男に詳しく記載されている。
ターバン姿で知られるシク教徒は、イギリスやカナダ、アメリカへの移住者も多い。
彼らは'90年代に伝統音楽の「バングラー」とヒップホップを結びつけたスタイルを生み出し、それはやがてインドのメインストリーム・ラップの原型となった。
この曲でスヌープと共演しているのは、そうした英国産インド系ヒップホップのオリジネイターのひとつであるRDB.
楽曲制作もスヌープとRDBの共作で行われたようだ。
アッパーなビートとスヌープのレイドバックしたフロウが生むギャップが面白い。
曲はまあ、ラップとしてもバングラーとしても弱いが(そもそもバングラーではないし)、映画のラストとかに流れたらちょっと面白いかな、とは思う。
スヌープ起用の理由は今ひとつわからないが、彼のギャングスタ・ラッパーとしてのイメージがマフィアをテーマにしたこの映画とマッチしたからだろうか。
2008年といえば、インド国内のヒップホップシーンはまだ極めてアンダーグラウンドだった。
というか、この時期から活動していたラッパーはほとんどおらず、シーンと呼べるものが存在していたかどうかすら怪しい。
当然、ヒップホップ界のスーパースターであるスヌープの認知度もインドでは低かったはずで、そう考えると大金を投じて彼を起用する理由は見当たらないが、もしかしたら、海外在住のシク教徒のマーケットを見据えたものだったのかもしれない。
イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアには、合わせて200万人弱のシク教徒が在住している。
ちなみにRDBはシク教徒のホッケー選手を主人公としたカナダ映画"Break Away"でリュダクリスとも共演している。
ラップとヒンディーポップの融合という意味では"Singh is Kinng"と同じスタイルだが、インド映画とカナダ映画でのサウンドの違いを味わってみるのも一興。
Ludacris, RDB "Shera Di Kaum"
ちなみにこの映画には現在カナダ国籍を持っている前述のアクシャイ・クマールがプロデューサーとして名を連ねており、カメオ出演もしているとのこと。
この映画は"Speedy Singh"というタイトルでヒンディー語に吹き替えられてインドでも公開された。
続いては、2009年の映画"Blue"からの曲。
起用されているのは1980年台から活躍するイギリスの人気シンガー、カイリー・ミノーグ。
Kylie Minogue, Sonu Nigam "Chiggy Wiggy"
この映画はサンジャイ・ダット主演の海洋アクションで、共演にさっきの"Singh is Kinng"にも出演していたアクシャイ・クマールも名を連ねている。
監督はアントニー・デスーザという人で、当時としてはかなりの予算をかけて作られた作品のようだが、前述のarukakatさんによると、出来はイマイチだったようだ。
音楽を担当しているのは現代のインド映画音楽界の第一人者A.R.ラフマーン。
彼のポピュラー音楽作家としての力量を存分に感じることができる出来栄えだ。音楽を担当しているのは現代のインド映画音楽界の第一人者A.R.ラフマーン。
中盤以降にバングラー/ヒンディーポップ的なアレンジを入れてちゃんとインドの観客を喜ばせることを忘れないのもプロフェッショナル。
この曲におけるカイリー・ミノーグの起用理由は、おそらくカリブの海を舞台にした作品の雰囲気に合うこと、そして中産階級をターゲットにした映画としても適切な人選だからといったところだろう。
インド都市部の英語で教育を受けた人々は、いわゆる洋楽嗜好が強い。
また、'00年代初頭に再燃したカイリーの人気がちょっと落ち着いた時期で、オファーしやすかったということもあったかもしれない。
Akon(エイコン)が英語混じりのヒンディー語で歌うのは、シャー・ルク・カーン主演の2011年のSFアクション映画"Ra.One"の曲。
Akon, Vishal Dadlani, Shruti Pathak "Criminal"
arukakatさんによる映画情報はこちらからどうぞ。
Akon, Vishal Dadlani, Shruti Pathak "Criminal"
arukakatさんによる映画情報はこちらからどうぞ。
この映画の楽曲を手掛けているのは、Vishal-Shekhar.
英語ヴォーカルで歌うムンバイのヘヴィロックバンドPentagramのヴォーカリストVishal Dadlaniと、映画音楽作家のShekhar Ravjianiによるコンビで、この2人は2000年以降のボリウッド作品に洋楽的センスを持ち込んで人気を博している。
'00年代に"Locked Up"や"Lonely"などいくつものヒット曲をリリースし、レディ・ガガの才能を見出したことでも知られるAkonだが、この曲にはキツめのオートチューンがかかっているし、劇中のミュージカルシーン(ミュージックビデオ)では最初にちょっと出演しただけでシャー・ルクの口パクになってしまうというし、けっこうひどい扱いをされている。
Akon "Chammak Challo"
"Ra. One"ではこの曲もAkonが歌っているが、今度は映像にもいっさい登場せず、はっきりいってほとんどAkonの無駄遣いともいえる。
でもYouTubeのコメントを見る限り、彼が流暢なヒンディー語で歌っていることに対してインドのリスナーは概して好意的に受け止めているよう出し、まあいいのか(この曲にはタミル語も混じっているようで、タイトルはパンジャービー語で「セクシー・ガール」の意味とのこと)。
この映画にAkonが起用された理由はやはり謎だが、この映画をリリースした2011年当時、彼は少しずつ「往年の人気シンガー」になりつつあり、ここでも「知名度の割に起用しやすかった」という理由はあったものと思われる。
また、この映画がかなりハリウッドを意識した作風であったことから、もしかしたら世界市場を見据えての起用だったのかもしれない。
それはともかく、"Ra.One"のサウンドトラックでは、"Stand By Me"を引用した"Dildara"が白眉だった(この曲にはAkon不参加)。
Shafqat Amanat Ali "Dildaara"
そういえばボリウッドではロイ・オービソンの"Oh, Pretty Woman"を引用した曲もあった。
Shankar Mahadevan & Ravi 'Rags' Khote "Pretty Woman"
こちらは2003年に公開された、アメリカが舞台のヒット映画"Kal Ho Naa Ho"に使用された曲。
音楽を手掛けているのは90年代のボリウッドに洋楽的センスを持ち込んだトリオShankar-Ehsaan-Loy.
ちょうどVishal-Shekharの一昔前に同じようなことをやった人たちと言えるが、Vishal-ShekharにしてもShankar-Ehsaan-Loyにしても、その気になればオールドスクール・ボリウッド的な楽曲を作ることもできるというのがやはり人気の秘密なのだろう。
もちろん、ラフマーンも然りである。
ちなみにShankar-Ehsaan-LoyのひとりLoy Mendonsaの息子Warren Mendonsaは、ピンク・フロイドのデイヴ・ギルモアみたいなスタイルのギタリストとして、映画音楽ではなくインディー音楽シーンで活躍している。
話がそれた。
洋楽を引用した曲の紹介じゃなくて、洋楽のスターが参加した曲の紹介をしていたんだった。
次はこれ。
Nasが起用された2018年のヒップホップ映画"Gully Boy"のエンディングテーマで、映画のモデルになったムンバイのラッパーたちとの共演。
Nas feat. DIVINE, Naezy, Ranveer Singh "NY se Mumbai"
劇中にこそ出演しないものの、この映画はムンバイで行われるNasのライブの前座を目指すラップバトルがクライマックスになっていて、Nasの名前は映画のエグゼクティブ・プロデューサーとしてもクレジットされている。
とはいっても、これは映画制作にはかかわっていない「名誉職」で、Nasは試写を見て感動して自らの名前をエグゼクティブ・プロデューサーとして冠することを申し出たという。
このエピソード、てっきり映画のプロモーションのために作られた話かと思っていたのだが、この曲はサントラには収録されておらず、少し遅れてリリースされているから、もしかしたら本当なのかもしれない。ビートを手掛けているのはトロントのインド系デュオXD Proとジャマイカ人のIll Wayno.
90年代のニューヨークの雰囲気と、ムンバイのガリーラップのノリを兼ね備えたいい感じのビートだと思う。
映画については、公開当時にかなり血圧高めの記事をたくさん書いたので繰り返さない。
今でも大好きな映画である。
余談となるが、ヒンディー語以外の言語の映画に海外の歌手を起用するだけの予算がないわけではなく、例えばヒンディー語映画に次ぐ制作本数を誇り、『バーフバリ』や『RRR』を生み出したテルグ語映画でも、その気になれば世界的に有名な(かつての)人気シンガーを起用することも可能だろう。
おそらくだが、ヒンディー語(ボリウッド)映画以外でこうした傾向が見られない理由は、海外在住のインド系住民や、あわよくば外国人にも売り込もうという意識の強いボリウッドと、ローカル色を重視するサウスの映画の傾向の違いなのではないかと思う。
しかし映画には詳しくないので、実際のところはよく分からない。
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay
Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり
goshimasayama18 at 00:00|Permalink│Comments(0)
2021年04月12日
インドで発見!日本語で歌うシンガーソングライター Drish T
日本人にとってうれしいことに、アニメや漫画といった日本のカルチャーは、インドのインディー音楽シーンでも一定の存在感を放っている。
Kraken, Komorebi, Riatsuなど、これまで何度も日本の影響を受けたアーティストを紹介してきたが、ここにきて、新たな次元で日本にインスパイアされたシンガーソングライターを見つけてしまった。
彼女の名前はDrish TことDrishti Tandel.
ムンバイ育ち、若干20歳の彼女は、他のアーティストのように、曲に日本語のタイトルを付けたり、日本のアニメ風のミュージックビデオを作ったりしているだけではない。
なんと、彼女は日本語で歌っているのだ。
まずは彼女の曲"Convenience Store(コンビニ)"を聴いてもらおう。
(ちなみに、カタカナの「コンビニ」までがタイトルの一部だ)
大貫妙子を思わせる透明感のある声のキュートなポップス!
日本語の発音もとてもきれいだし、わざとなのかどうか分からないが、「忘れものはいないの?」という表現がユニークでかわいらしい。
彼女がすごいのは、この1曲だけ日本語で歌っているのではなく、「これまでに発表した全ての曲を日本語で歌っている」ということだ。
考えてみてほしい。
日本にも英語で歌うアーティストはいるが、全ての曲を日本語でも英語でもない、母語ではない言語で歌うアーティストがいるだろうか?
Drish Tは他のアーティストの楽曲にゲストヴォーカルとして参加することも多く、iTooKaPillと共演した"Portal"は、なんと日本語の「語り」から始まるエレクトロニック・バラードだ。
声質やトラックのせいもあると思うが、この曲はちょっと宇多田ヒカルっぽく聴こえる。
Animeshというアーティストとコラボレーションした"血の流れ(Blood Flow)"では、アンビエントっぽいトラックに乗せたメロウなヴォーカルを披露している。
インドの音楽シーンに突如現れた日本語シンガー、Drish T, 彼女はいったい何者なのか?
さっそくTwitterのダイレクトメッセージを通じてインタビューを申し込んでみたところ、「日本でインドの音楽のブログを書いている人がいるなんて思わなかった。喜んで質問に答えます!」とすぐに快諾の返事が来た。
それではさっそく、インド生まれの日本語シンガー、Drish Tインタビューの模様をお届けしよう。
ーまず最初に、あなたの経歴を教えてください。あなたはムンバイ在住の二十歳のシンガーソングライターで、カレッジで音楽を学んでいる、ってことであってますか?
「もちろんです!私はムンバイで育ったんですが、でも今はチェンナイにあるA.R.ラフマーンの音楽学校に通っていてディプロマ課程の2年目です」
ーということは、現在はチェンナイに住んでいるんですか?
「はい。ここで学んで3年になります。でもロックダウンでみんな家に帰っていたから、最近になってやっと最終学年がスタートしたところです」
ー学校が再開してよかったですね。いつ、どうやって作曲や歌を始めたんですか?
「最初は8年生(中学2年)のときにアコースティックギターを弾き始めました。叔父さんの古いギターを直して使ったんです。でもすぐに歌うほうが好きだって気がつきました。それで西洋風のヴォーカルを始めて、トリニティ(ロンドンの名門音楽カレッジ)のグレード5の試験を受けることにしました。それから、KM音楽学院(KM Music Conservatory:前述のA.R.ラフマーンの音楽学校)を見つけて、芸術系の学校で12学年(日本でいう高校3年)を終えたあとに、ここに来たんです」
ーギターを始めた頃は、どんな音楽をプレイしていたんですか?
「そのころはポップ・パンクに夢中だったから、ポップ・パンクから始めました」
ー例えばGreen Dayとかですか?古くてすみません、あなたよりだいぶ年上なので(笑)。
「(笑) そう。6年生と7年生(中1)の頃、Green Dayの"Boulevard of Broken Dreams"がすごく人気だった。でもPanic! At The DiscoとかTwenty One Pilots, 5 Seconds To Marsの曲なんかも弾いてました!」
ーいいですね!私はGreen DayでいうとBasket Case世代でした。じゃあ、彼らがあなたに影響を与えたアーティストということですか?
「ええ。最初は彼らの曲をたくさん聴いていた。それからママの古いCDのコレクションで、ブライアン・メイとかマイケル・ジャクソンとかABBAとかQueenも!
それから、ちょっとずつ日本や韓国の音楽も聴くようになって、いまではそういう音楽から影響を受けています!あとはカレッジの友達が作る音楽にも」
ーあなたが日本語でとても上手に歌っているので驚きました。日本語も勉強しているんですか?(ここまで英語でインタビューしていたのだが、この質問に彼女は日本語で答えてくれた)
ーすごい!漢字もたくさん知ってますね。どうやって日本語で歌詞を書いているのですか?
「ありがとうございます(日本語で)!
日本語の歌をたくさん聴いているし、アニメとかインタビューとかポッドキャストとか、いろんなメディアを通して、言葉の自然な響きを学ぼうと努力してる。それで、歌詞を書こうと座ったら、考えなくても言葉が浮かんでくるようになりました。今では日本語が私の内面の深い感情をもっともうまく表現できる言語です。英語よりもね」
ーいつ、どうやって日本のカルチャーを見つけたんですか?
「9年生(中3)と10年生(高1)の頃、YouTuberをたくさん見ていたんだけど、ある時突然彼らが『デスノート』と『進撃の巨人』の話をするようになった(笑)。それですごく興味を持って、最初に見始たのが『四月は君の嘘』。音楽に関する話だったので。それからもっとたくさんアニメを見続けて、とても印象的で美しい言葉だから、日本語も勉強したいって思いました。そういうわけで、Duolingoで独学を始めて、日本の文化に関する本もたくさん読みました。
日本の文化でいちばん好きなのは、礼儀正しさと敬意です。私はすべての人が敬意を持って扱われるべきだと信じているから、すぐに日本の文化に共感ました。
2019年には日本語能力試験(JLPT)のN4(4級)に合格したんです!」
ーおめでとうございます!あなたの言ってること、分かる気がします。僕の場合は19歳のときにインドを旅して、それからずっとインドが好きなので。インドの好きなところは、活気があるところと文化の多様性ですね。僕の場合は、インドの言葉ができないってのが違うけど。勉強するべきだったかな…。
「それは素晴らしい!ヒンディー語はとても簡単だし、北インドで最も共通して話されている言語です。私は南インドの言語を知らないから、今住んでいるチェンナイではちょっと苦労することもあります」
ーお気に入りのアニメや日本のミュージシャンを教えてもらえますか?
「私のお気に入りの日本のアニメは、なんといってもジブリの映画!『ハウルの動く城』はお気に入りの一つです。『ハイキュー!!』も大好き。登場人物たちを見てると、あたたかくてハッピーな気持ちになれます。もちろん、『鬼滅の刃』『進撃の巨人』『僕のヒーローアカデミア』、最近では『呪術廻戦』も」
ージブリの作品はどれも素晴らしいですよね。もう『呪術廻戦』もご存知なんですね!日本では去年『鬼滅の刃』の映画が大ヒットして、次は『呪術廻戦』が来るんじゃないかってみんな話してますよ。
「ええ。『呪術廻戦』はインドでも私たちの世代にとても人気です!
『NARUTO!』みたいなクラシックな作品ももちろん好き。
日本の音楽に関して言えば、大橋トリオ、久石譲、林ゆうき、Tempalay、Burnout Syndromes、Radwimps、米津玄師、神山羊、King Gnuをたくさん聴いているし、他にもお気に入りは大勢います。挙げればきりがないです(笑)」
ー(凄い…。知らないアーティストもいる…)韓国の音楽も聴いているって言ってましたよね。今ではK-Popは世界中で人気がありますが、日本の音楽と韓国の音楽の違いはどんなところだと思いますか?
「あ、百景を挙げるのを忘れてた!最近ではマスロックやプログレッシブロックもたくさん聴いています。
そうです、K-Popはインドでも大人気です。もちろん、BTSはとくに。私も彼らの音楽は大好きです。なにより、いろんな意味で盛り上げてくれるので。でも、彼らみたいなグループはとても商業的だってことにすぐに気がついて、もっとインディー・ミュージックを聴くようになった。そう、日本の音楽のほうが、より誠実な感じがします。
あっ!toeとu-zhaanのことも言い忘れてました!」
ーK-Popは国際的なマーケットに向けたビッグビジネスって感じですよね。日本の方が人口が多いからかもしれませんが、日本のアーティストはもっと国内マーケット向けに音楽を作っていて、そのことがユニークなサウンドを生み出しているようにも思います。どっちのほうが良いということではなく、どちらも面白いですよね。
プログレッシブロックやマスロックが好きなら、デリーのバンドKrakenは知ってますか? 彼らも日本のカルチャーから影響を受けているバンドです。
「そう、日本の音楽はとてもユニークで、ほとんどの人がなかなかそのことを理解していない。でもインドの人たちも、少しずつ東アジアのカルチャーに対してオープンになってきています。
Krakenのことはちょっと前に知ったのだけど、彼らは本当にクール。私は日本とインドが私たちの文化を超えてつながるのが大好き!」
ーところで、iTooKaPill, Animesh, Ameen Singhなどのたくさんのミュージシャンと共演していますよね。彼らのことは知りませんでしたが、とても才能があるミュージシャンたちで驚きました。どうやって彼らと知り合って、コラボレーションすることになったんですか?
「ええ(笑)、彼らはミュージックカレッジの同級生なんです。ここでたくさんの面白くて才能のある人たちと会えて、素晴らしいです」
ー最高ですね。ところで、これまでずっと日本語で楽曲をリリースしてきましたが、インドの人々のリアクションはどうでしたか?彼らにとっては、意味がわからない言語だと思うのですが。
「そうですね、実際、私の音楽をリリースすることにはためらいがあったのですが、でもK-Popもインドで人気があるし、人々が新しい文化やカルチャーを受け入れるようになってきたって気付きました。それで、みんなが歌詞を理解できるように、リリックビデオを作りました。みんなのリアクションには、とても満足しています。日本語で歌っているから、音楽業界のインフルエンサーたちも注目してくれた。インドではとても珍しいことだから!」
ー『コンビニ』みたいな曲はどうやって書いたんですか?あの曲、すごく気に入っているのですが、日本の暮らしを想像しながら書いたんですか?
「ありがとうございます(日本語で)。私はよくパンケーキを焼くし、日本のコンビニに行くvlogをたくさん見てたから、自分でちょっとした世界を作ってみたくなりました」
ー歌詞の中で「忘れ物はいないの?」っていうところが好きです。「いない」って、人に対して使う言葉だから、なんだか詩的でかわいらしく聞こえるんです。まるで卵とかバターを友達みたいに扱っている気がして。
「歌をレコーディングした後に気が付いたんですが、そのままにしました!それはすごくキュートな見方ですね」
ー間違いだったんですか?わざとそうしているのかと思いました。
「はい、間違いなんです。でもそのままにしておいてよかった(笑)」
ー他の曲は、もっと心の状態を表したものが多そうですね。" Let's Escape (Nigeyo)"(逃げよう)も気に入っています。ギターが素晴らしくて。この曲は何から逃げることを歌っているのですか?
「そう、他の曲は心の状態について歌っています。親友のAmeenがすごくクールなリフを弾いてくれて、共演しようって言ってくれたんです。歌詞を書こうと思って座ったら、すぐに『逃げよう』って言葉が浮かんできた。歌詞全体は、宿命論的な心のあり方から逃げることについて書いているけど、いろんな解釈ができます。何らかの感情、場所、人からエスケープするとかね」
現時点の最新曲"Let's Escape(Nigeyo)"はAmeen Singhのマスロック的なギターをフィーチャーした楽曲で、彼女の新しい一面を見ることができる。
「本当は、2020年の夏に両親といっしょに日本を訪れて、いくつかの音楽大学をチェックする予定でした。でもパンデミックが起こってしまって…。本当に、いつか日本で学んでみたいと思ってます」
ー日本にはまだ来たことがないんですか?
「ええ、まだないんです。チケットも予約していたのに、全てキャンセルしなければならなりませんでした」
と、最後まで日本への思いを語ってくれたDrish T.
彼女が安心して日本に来ることができる日が訪れることを、心から願っている。
彼女がコラボレーションしていたiTooKaPillやAnimeshも才能あるミュージシャンで、インドの若手アーティストの(というか、A.R.ラフマーンのKM音楽学院の)レベルの高さを思い知らされる。
というわけで、今回は「インドで日本語で歌うインド人シンガー」Drish Tを紹介しました!
次回は「インドでヒンディー語で歌う日本人シンガー」です !
Kraken, Komorebi, Riatsuなど、これまで何度も日本の影響を受けたアーティストを紹介してきたが、ここにきて、新たな次元で日本にインスパイアされたシンガーソングライターを見つけてしまった。
彼女の名前はDrish TことDrishti Tandel.
ムンバイ育ち、若干20歳の彼女は、他のアーティストのように、曲に日本語のタイトルを付けたり、日本のアニメ風のミュージックビデオを作ったりしているだけではない。
なんと、彼女は日本語で歌っているのだ。
まずは彼女の曲"Convenience Store(コンビニ)"を聴いてもらおう。
(ちなみに、カタカナの「コンビニ」までがタイトルの一部だ)
大貫妙子を思わせる透明感のある声のキュートなポップス!
日本語の発音もとてもきれいだし、わざとなのかどうか分からないが、「忘れものはいないの?」という表現がユニークでかわいらしい。
彼女がすごいのは、この1曲だけ日本語で歌っているのではなく、「これまでに発表した全ての曲を日本語で歌っている」ということだ。
考えてみてほしい。
日本にも英語で歌うアーティストはいるが、全ての曲を日本語でも英語でもない、母語ではない言語で歌うアーティストがいるだろうか?
Drish Tは他のアーティストの楽曲にゲストヴォーカルとして参加することも多く、iTooKaPillと共演した"Portal"は、なんと日本語の「語り」から始まるエレクトロニック・バラードだ。
声質やトラックのせいもあると思うが、この曲はちょっと宇多田ヒカルっぽく聴こえる。
Animeshというアーティストとコラボレーションした"血の流れ(Blood Flow)"では、アンビエントっぽいトラックに乗せたメロウなヴォーカルを披露している。
インドの音楽シーンに突如現れた日本語シンガー、Drish T, 彼女はいったい何者なのか?
さっそくTwitterのダイレクトメッセージを通じてインタビューを申し込んでみたところ、「日本でインドの音楽のブログを書いている人がいるなんて思わなかった。喜んで質問に答えます!」とすぐに快諾の返事が来た。
それではさっそく、インド生まれの日本語シンガー、Drish Tインタビューの模様をお届けしよう。
ーまず最初に、あなたの経歴を教えてください。あなたはムンバイ在住の二十歳のシンガーソングライターで、カレッジで音楽を学んでいる、ってことであってますか?
「もちろんです!私はムンバイで育ったんですが、でも今はチェンナイにあるA.R.ラフマーンの音楽学校に通っていてディプロマ課程の2年目です」
ーということは、現在はチェンナイに住んでいるんですか?
「はい。ここで学んで3年になります。でもロックダウンでみんな家に帰っていたから、最近になってやっと最終学年がスタートしたところです」
ー学校が再開してよかったですね。いつ、どうやって作曲や歌を始めたんですか?
「最初は8年生(中学2年)のときにアコースティックギターを弾き始めました。叔父さんの古いギターを直して使ったんです。でもすぐに歌うほうが好きだって気がつきました。それで西洋風のヴォーカルを始めて、トリニティ(ロンドンの名門音楽カレッジ)のグレード5の試験を受けることにしました。それから、KM音楽学院(KM Music Conservatory:前述のA.R.ラフマーンの音楽学校)を見つけて、芸術系の学校で12学年(日本でいう高校3年)を終えたあとに、ここに来たんです」
ーギターを始めた頃は、どんな音楽をプレイしていたんですか?
「そのころはポップ・パンクに夢中だったから、ポップ・パンクから始めました」
ー例えばGreen Dayとかですか?古くてすみません、あなたよりだいぶ年上なので(笑)。
「(笑) そう。6年生と7年生(中1)の頃、Green Dayの"Boulevard of Broken Dreams"がすごく人気だった。でもPanic! At The DiscoとかTwenty One Pilots, 5 Seconds To Marsの曲なんかも弾いてました!」
ーいいですね!私はGreen DayでいうとBasket Case世代でした。じゃあ、彼らがあなたに影響を与えたアーティストということですか?
「ええ。最初は彼らの曲をたくさん聴いていた。それからママの古いCDのコレクションで、ブライアン・メイとかマイケル・ジャクソンとかABBAとかQueenも!
それから、ちょっとずつ日本や韓国の音楽も聴くようになって、いまではそういう音楽から影響を受けています!あとはカレッジの友達が作る音楽にも」
ーあなたが日本語でとても上手に歌っているので驚きました。日本語も勉強しているんですか?(ここまで英語でインタビューしていたのだが、この質問に彼女は日本語で答えてくれた)
ーすごい!漢字もたくさん知ってますね。どうやって日本語で歌詞を書いているのですか?
「ありがとうございます(日本語で)!
日本語の歌をたくさん聴いているし、アニメとかインタビューとかポッドキャストとか、いろんなメディアを通して、言葉の自然な響きを学ぼうと努力してる。それで、歌詞を書こうと座ったら、考えなくても言葉が浮かんでくるようになりました。今では日本語が私の内面の深い感情をもっともうまく表現できる言語です。英語よりもね」
ーいつ、どうやって日本のカルチャーを見つけたんですか?
「9年生(中3)と10年生(高1)の頃、YouTuberをたくさん見ていたんだけど、ある時突然彼らが『デスノート』と『進撃の巨人』の話をするようになった(笑)。それですごく興味を持って、最初に見始たのが『四月は君の嘘』。音楽に関する話だったので。それからもっとたくさんアニメを見続けて、とても印象的で美しい言葉だから、日本語も勉強したいって思いました。そういうわけで、Duolingoで独学を始めて、日本の文化に関する本もたくさん読みました。
日本の文化でいちばん好きなのは、礼儀正しさと敬意です。私はすべての人が敬意を持って扱われるべきだと信じているから、すぐに日本の文化に共感ました。
2019年には日本語能力試験(JLPT)のN4(4級)に合格したんです!」
ーおめでとうございます!あなたの言ってること、分かる気がします。僕の場合は19歳のときにインドを旅して、それからずっとインドが好きなので。インドの好きなところは、活気があるところと文化の多様性ですね。僕の場合は、インドの言葉ができないってのが違うけど。勉強するべきだったかな…。
「それは素晴らしい!ヒンディー語はとても簡単だし、北インドで最も共通して話されている言語です。私は南インドの言語を知らないから、今住んでいるチェンナイではちょっと苦労することもあります」
ーお気に入りのアニメや日本のミュージシャンを教えてもらえますか?
「私のお気に入りの日本のアニメは、なんといってもジブリの映画!『ハウルの動く城』はお気に入りの一つです。『ハイキュー!!』も大好き。登場人物たちを見てると、あたたかくてハッピーな気持ちになれます。もちろん、『鬼滅の刃』『進撃の巨人』『僕のヒーローアカデミア』、最近では『呪術廻戦』も」
ージブリの作品はどれも素晴らしいですよね。もう『呪術廻戦』もご存知なんですね!日本では去年『鬼滅の刃』の映画が大ヒットして、次は『呪術廻戦』が来るんじゃないかってみんな話してますよ。
「ええ。『呪術廻戦』はインドでも私たちの世代にとても人気です!
『NARUTO!』みたいなクラシックな作品ももちろん好き。
日本の音楽に関して言えば、大橋トリオ、久石譲、林ゆうき、Tempalay、Burnout Syndromes、Radwimps、米津玄師、神山羊、King Gnuをたくさん聴いているし、他にもお気に入りは大勢います。挙げればきりがないです(笑)」
ー(凄い…。知らないアーティストもいる…)韓国の音楽も聴いているって言ってましたよね。今ではK-Popは世界中で人気がありますが、日本の音楽と韓国の音楽の違いはどんなところだと思いますか?
「あ、百景を挙げるのを忘れてた!最近ではマスロックやプログレッシブロックもたくさん聴いています。
そうです、K-Popはインドでも大人気です。もちろん、BTSはとくに。私も彼らの音楽は大好きです。なにより、いろんな意味で盛り上げてくれるので。でも、彼らみたいなグループはとても商業的だってことにすぐに気がついて、もっとインディー・ミュージックを聴くようになった。そう、日本の音楽のほうが、より誠実な感じがします。
あっ!toeとu-zhaanのことも言い忘れてました!」
ーK-Popは国際的なマーケットに向けたビッグビジネスって感じですよね。日本の方が人口が多いからかもしれませんが、日本のアーティストはもっと国内マーケット向けに音楽を作っていて、そのことがユニークなサウンドを生み出しているようにも思います。どっちのほうが良いということではなく、どちらも面白いですよね。
プログレッシブロックやマスロックが好きなら、デリーのバンドKrakenは知ってますか? 彼らも日本のカルチャーから影響を受けているバンドです。
「そう、日本の音楽はとてもユニークで、ほとんどの人がなかなかそのことを理解していない。でもインドの人たちも、少しずつ東アジアのカルチャーに対してオープンになってきています。
Krakenのことはちょっと前に知ったのだけど、彼らは本当にクール。私は日本とインドが私たちの文化を超えてつながるのが大好き!」
ーところで、iTooKaPill, Animesh, Ameen Singhなどのたくさんのミュージシャンと共演していますよね。彼らのことは知りませんでしたが、とても才能があるミュージシャンたちで驚きました。どうやって彼らと知り合って、コラボレーションすることになったんですか?
「ええ(笑)、彼らはミュージックカレッジの同級生なんです。ここでたくさんの面白くて才能のある人たちと会えて、素晴らしいです」
ー最高ですね。ところで、これまでずっと日本語で楽曲をリリースしてきましたが、インドの人々のリアクションはどうでしたか?彼らにとっては、意味がわからない言語だと思うのですが。
「そうですね、実際、私の音楽をリリースすることにはためらいがあったのですが、でもK-Popもインドで人気があるし、人々が新しい文化やカルチャーを受け入れるようになってきたって気付きました。それで、みんなが歌詞を理解できるように、リリックビデオを作りました。みんなのリアクションには、とても満足しています。日本語で歌っているから、音楽業界のインフルエンサーたちも注目してくれた。インドではとても珍しいことだから!」
ー『コンビニ』みたいな曲はどうやって書いたんですか?あの曲、すごく気に入っているのですが、日本の暮らしを想像しながら書いたんですか?
「ありがとうございます(日本語で)。私はよくパンケーキを焼くし、日本のコンビニに行くvlogをたくさん見てたから、自分でちょっとした世界を作ってみたくなりました」
ー歌詞の中で「忘れ物はいないの?」っていうところが好きです。「いない」って、人に対して使う言葉だから、なんだか詩的でかわいらしく聞こえるんです。まるで卵とかバターを友達みたいに扱っている気がして。
「歌をレコーディングした後に気が付いたんですが、そのままにしました!それはすごくキュートな見方ですね」
ー間違いだったんですか?わざとそうしているのかと思いました。
「はい、間違いなんです。でもそのままにしておいてよかった(笑)」
ー他の曲は、もっと心の状態を表したものが多そうですね。" Let's Escape (Nigeyo)"(逃げよう)も気に入っています。ギターが素晴らしくて。この曲は何から逃げることを歌っているのですか?
「そう、他の曲は心の状態について歌っています。親友のAmeenがすごくクールなリフを弾いてくれて、共演しようって言ってくれたんです。歌詞を書こうと思って座ったら、すぐに『逃げよう』って言葉が浮かんできた。歌詞全体は、宿命論的な心のあり方から逃げることについて書いているけど、いろんな解釈ができます。何らかの感情、場所、人からエスケープするとかね」
現時点の最新曲"Let's Escape(Nigeyo)"はAmeen Singhのマスロック的なギターをフィーチャーした楽曲で、彼女の新しい一面を見ることができる。
「本当は、2020年の夏に両親といっしょに日本を訪れて、いくつかの音楽大学をチェックする予定でした。でもパンデミックが起こってしまって…。本当に、いつか日本で学んでみたいと思ってます」
ー日本にはまだ来たことがないんですか?
「ええ、まだないんです。チケットも予約していたのに、全てキャンセルしなければならなりませんでした」
と、最後まで日本への思いを語ってくれたDrish T.
彼女が安心して日本に来ることができる日が訪れることを、心から願っている。
彼女がコラボレーションしていたiTooKaPillやAnimeshも才能あるミュージシャンで、インドの若手アーティストの(というか、A.R.ラフマーンのKM音楽学院の)レベルの高さを思い知らされる。
というわけで、今回は「インドで日本語で歌うインド人シンガー」Drish Tを紹介しました!
次回は「インドでヒンディー語で歌う日本人シンガー」です !
goshimasayama18 at 20:43|Permalink│Comments(0)
2020年05月17日
ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その1) ヒップホップから『負けないで』まで
今回の世界的な新型コロナウイルス禍に対して、インドは3月25日から全土のロックダウン(必需品購入等の必要最低限の用事以外での外出禁止)に踏み切った。
これは、日本のような「要請」ではなく、罰則も伴う法的な措置である。
インド政府はかなり早い時期から厳しい方策を取ったのだ。
当初、モディ首相によるこの速やかな判断は高く評価されたものの、都市部で出稼ぎ労働者が大量に職を失い、故郷に帰るために何百キロもの距離を徒歩で移動したり、バスに乗るために大混雑を引き起こしたりといった混乱も起きている。
貧富の差の激しいインドでは、ロックダウンや経済への影響が弱者を直撃しており、多様な社会における対応策の困難さを露呈している。
こうした状況に対し、政府は28兆円規模の経済対策を発表し、民間でもこの国ならではの相互扶助がいたるところで見られているが、なにしろインドは広く、13億もの人口のすみずみまで支援が行き渡るのは非常に難しいのが現実だ。
当初3週間の予定だったインドのロックダウンは、その後2度の延長の発表があり、現時点での一応の終了予定は5月17日となっているが、おそらくこれで解除にはならず、もうじき3度目の延長が発表される見込みである。
インド政府は感染者数によって全インドをレッド、グリーン、オレンジの3つのゾーンに分け、それぞれ異なる制限を行なっているが、ムンバイ最大のスラム街ダラヴィ(『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』の舞台になった場所だ)などの貧困地帯・過密地帯でもコロナウイルスの蔓延が確認されており、日本同様に収束のめどは立っていない。
このような状況下で、インドのミュージシャンたちもライブや外部でのスタジオワーク等の活動が全面的に制限されてしまっているわけだが、それでも多くのアーティストが積極的に音楽を通してメッセージを発表している。
デリーを代表するラッパーPrabh Deepの動きはかなり早く、3月26日にこの "Pandemic"をリリースした。
デリーに暮らすシク教徒の若者のリアリティーをラップしてきた彼は、これまでもストリートの話題だけではなく、カシミール問題などについてタイムリーな楽曲を発表してきた。
彼の特徴である、どこか達観したような醒めた雰囲気を感じさせるリリックとフロウはこの曲でも健在。
ロックダウン同様の戒厳令が続いているカシミールに想いを馳せるラインがとくに印象に残る。
以前は名トラックメーカーのSez on the Beatとコラボレーションすることが多かったPrabh Deepだが、Sezがレーベル(Azadi Records)を離れたため、今作は自身の手によるビートに乗せてラップしている。
Prabh Deepはラッパーとしてだけではなく、トラックメーカーとしての才能も証明しつつあるようだ。
ムンバイの老舗ヒップホップクルーMumbai's FinestのラッパーAceは、"Stay Home Stay Safe"というタイトルの楽曲をリリースし、簡潔にメッセージを伝えている。
かなり具体的に手洗いやマスクの重要性を訴えているこのビデオは、ストリートに根ざしたムンバイのヒップホップシーンらしい率直なメッセージソングだ。
シーンの重鎮である彼が若いファン相手にこうした発信をする意味は大きいだろう。
バンガロールを拠点に活動している日印ハーフのラッパーBig Dealは、また異なる視点の楽曲をリリースしている。
彼はこれまでも、少数民族として非差別的な扱いを受けることが多いインド北東部出身者に共感を寄せる楽曲を発表していたが、今回も北東部の人々がコロナ呼ばわりされていること(このウイルスが同じモンゴロイド系の中国起源だからだろう)に対して強く抗議する内容となっている。
Big Dealは東部のオディシャ州出身。
小さい頃から、その東アジア人的な見た目ゆえに差別を受け、高校ではインド北東部にほど近いダージリンに進学した。
しかし、彼とよく似た見た目の北東部出身者が多いダージリンでも、地元出身者ではないことを理由に、また差別を経験してしまう。
こうした幼少期〜若者時代を過ごしたことから、偏見や差別は彼のリリックの重要なテーマとなっているのだ。
インドでの(そして世界での)COVID-19の蔓延はいっこうに先が見えないが、こうした状況下でも、インドのヒップホップシーンでは、言うべき人が言うべきことをきちんと発言しているということに、少しだけ安心した次第である。
ヒップホップ界以外でも、パンデミックやロックダウンという未曾有の状況は、良かれ悪しかれ多くのアーティストにインスピレーションを与えているようだ。
ムンバイのシンガーソングライターMaliは、"Age of Limbo"のミュージックビデオでロックダウンされた都市の様子をディストピア的に描いている。
タイトルの'limbo'の元々の意味は、キリスト教の「辺獄」。
洗礼を受けずに死んだ人が死後にゆく場所という意味だが、そこから転じて忘却や無視された状態、あるいは宙ぶらりんの不確定な状態を表している。
この曲自体はコロナウイルス流行の前に作られたもので、本来は紛争をテーマにした曲だそうだが、期せずして歌詞の内容が現在の状況と一致したことから、このようなミュージックビデオを製作することにしたという。
ちなみにもしロックダウンが起きなければ、Maliは別の楽曲のミュージックビデオを日本で撮影する予定だったとのこと。
状況が落ち着いたら、ぜひ日本にも来て欲しいところだ。
ロックダウンのもとで、オンライン上でのコラボレーションも盛んに行われている。
インドの古典音楽と西洋音楽の融合をテーマにした男女デュオのMaati Baaniは、9カ国17人のミュージシャンと共演した楽曲Karpur Gauramを発表した。
インド音楽界の大御所中の大御所、A.R.Rahmanもインドを代表する17名のミュージシャンの共演による楽曲"Hum Haar Nahin Maanenge"をリリース。
古典音楽や映画音楽で活躍するシンガーから、B'zのツアーメンバーに起用されたことでも有名な凄腕女性ベーシストのMohini Deyまで、多彩なミュージシャンが安定感のあるパフォーマンスを見せてくれている。
以前このブログで紹介した日印コラボレーションのチルホップ"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)を発表したムンバイ在住の日本人ダンサー/シンガーのHiroko Sarahさんも、以前共演したビートメーカーのKushmirやデリーのタブラ奏者のGaurav Chowdharyとの共演によるZARDのカバー曲『負けないで』を発表した。
インドでも、できる人ができる範囲で、また今だからこそできる形で表現を続けているということが、なんとも心強い限り。
次回は、Hirokoさんにこのコラボレーションに至った経緯やインドのロックダウン事情などを聞いたインタビューを中心に、第2弾をお届けします!
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
軽刈田 凡平のプロフィールはこちらから
凡平自選の2018年のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
凡平自選の2019年のおすすめ記事はこちらから!
ジャンル別記事一覧!
goshimasayama18 at 15:14|Permalink│Comments(0)
2020年03月28日
『世界はリズムで満ちている』("Sarvam Thaala Mayam")は音楽映画の傑作!
先日、タミル映画『世界はリズムで満ちている』(原題"Sarvam Thaala Mayam", 英語では"Madras Beats"というタイトルがつけられている)の日本語字幕つきDVD発売記念試写会に行く機会があった。
この映画は2018年の東京国際映画祭ワールドプレミア上映されたものの、その後日本での一般公開はされていない、いわば「幻の名作」。
私も映画祭のときに見ることができず、今回が初見だったのだが、これが大変素晴らしかった!
監督はラージヴ・メーナン(Rajiv Menon. 以下、日本語表記は東京国際映画祭のときの表記で記載)。
メーナンは1995年のマニ・ラトナム監督の名作映画『ボンベイ』や日本でも撮影が行われた2020年公開予定の"SUMO"など多くの作品で撮影監督を務めている人物で、総監督としては前作からほぼ20年ぶりの3作目となる。
--------------------------------------
この映画は2018年の東京国際映画祭ワールドプレミア上映されたものの、その後日本での一般公開はされていない、いわば「幻の名作」。
私も映画祭のときに見ることができず、今回が初見だったのだが、これが大変素晴らしかった!
監督はラージヴ・メーナン(Rajiv Menon. 以下、日本語表記は東京国際映画祭のときの表記で記載)。
メーナンは1995年のマニ・ラトナム監督の名作映画『ボンベイ』や日本でも撮影が行われた2020年公開予定の"SUMO"など多くの作品で撮影監督を務めている人物で、総監督としては前作からほぼ20年ぶりの3作目となる。
主演のG.V.プラカーシュ・クマール(G.V. Prakash Kumar)は、この映画の音楽監督であるA.R.ラフマーン(A.R.Rahman)の姉の息子で、映画のプレイバック・シンガーなども務める音楽畑出身(自作曲も歌う)の俳優。この映画で国内のいくつかの映画賞の主演男優賞にノミネートされるなど、高い評価を得た。
主人公の師匠役には数多くの出演作品・受賞歴を誇るベテラン俳優ネドゥムディ・ヴェーヌ(Nedumudi Venu)、ヒロイン役にアパルナー・バーラムラリ(Aparna Balamurali)。
ちなみにこの作品はタミル語映画だが、監督はタミル・ナードゥではなくケーララ州出身であり、ヴェーヌとバーラムラリもケーララ出身でマラヤーラム語映画をメインに活躍しているようだ。
…と、さも詳しそうに書いているものの、インド映画に疎い私は、ラフマーン以外は全くの初耳。
主人公の師匠役には数多くの出演作品・受賞歴を誇るベテラン俳優ネドゥムディ・ヴェーヌ(Nedumudi Venu)、ヒロイン役にアパルナー・バーラムラリ(Aparna Balamurali)。
ちなみにこの作品はタミル語映画だが、監督はタミル・ナードゥではなくケーララ州出身であり、ヴェーヌとバーラムラリもケーララ出身でマラヤーラム語映画をメインに活躍しているようだ。
…と、さも詳しそうに書いているものの、インド映画に疎い私は、ラフマーン以外は全くの初耳。
全くよく分からない状態で見たのだが、どの役者も素晴らしく、とくに演奏シーンはまったく違和感なく超絶技巧を演じていて圧巻の一言。
私同様、インド映画に疎い人も安心して見てほしい。
今回発売されるDVDの日本語字幕は、南インドの映画やカルチャーの発信拠点としても有名なインド料理店「なんどり」さんと、南インド研究者の小尾淳(おび・じゅん)さんによるもので、DVDは「なんどり」さんで購入できる。
通販でも買えるが、このお店、南インド料理も絶品で、そしてお酒の品揃えも素晴らしいので、お近くの方はぜひ直接お店を訪れることをお勧めする。
(「なんどり」さんはJR宇都宮線/高崎線の「尾久駅」から徒歩5分、都電荒川線(さくらトラム)「荒川遊園地前」「荒川車庫前」停留所から徒歩3分。)
※と思っていたら、大好評につき初回入荷分はすでに売り切れとのこと!今後の入荷予定はなんどりさんからの情報をチェックしてみてください!
タミル語の予告編はこちら。
この予告編、個人的にはこの映画の魅力を全然伝えきれていないと思うのだけど、一応貼り付けておきます。
私はインド映画だけでなくインド古典音楽にも疎いので、もしついていけなかったらどうしようと少しだけ心配していたのだが、その心配は全くの無用だった。
試写会場が音響に定評のあるチュプキ・タバタだったのも幸運が重なった。
というのも、この映画の実質的な「主役」は、カルナーティック音楽で使用される両面太鼓「ムリダンガム」の大迫力かつ繊細なリズムそのものだからだ。
古典音楽というと小難しく聞こえるが(そして、実際にインド古典音楽は極めて複雑で深淵な理論に基づくものだが)、この映画を見るためにそうした知識は全く必要ない。
日頃、電子音楽やロックやヒップホップを中心に聴いている耳にも、ムリダンガムのリズムはとにかくめちゃくちゃ凄くてカッコいい。
かつて、タブラの演奏を指して「人力ドラムンベース」という表現がよく使われていたが、この映画を見れば、インド古典楽器のリズムはドラムンベース以上のダイナミズムと繊細さを持ち、そして打ち込みのリズムを上回る恐るべき音数と正確さで組み立てられていることがわかるはずだ。
音楽が好きな人だったら、必ず楽しめるし、素晴らしい音楽映画だけが与えてくれる爽快感が味わえる作品である。
【あらすじ】
主人公のピーター・ジャクソンは、ムリダンガム職人の家の一人息子の大学生。
タミル映画の大スター、「ヴィジャイ」の熱狂的なファンで、映画に入れ込むあまり、勉強にも打ち込めずに過ごしていた。
ある時、ピーターはムリダンガムの巨匠ヴェンブ・アイヤルの演奏を間近で見たことで、この楽器の素晴らしさに開眼する。
ピーターはヴェンブへの弟子入りを熱望するが、伝統音楽のカルナーティックはもともと寺院で演奏される神聖な音楽であり、低いカースト出身の彼は、ブラーミン(バラモン)中心の師匠や弟子たちに拒絶されてしまう。
やがて、そのたぐいまれなセンスと熱意をヴェンブに認めてもらい、なんとか弟子入りを許されたピーターだったが、彼の弟子入りを快く思わない先輩から嫌がらせを受けることになる。
ヴェンブはテレビのショーや映画音楽を認めない、伝統を重んじる演奏家だった。
ところが、ちょっとした行き違いからピーターはテレビの古典音楽のリアリティー・ショーに出ることになり、そこで起こしたトラブルから破門されてしまう。
音楽家としての夢を否定され、家庭にも居場所をなくしたピーターは、失意に陥るが…。
はっきり言ってストーリーはツッコミどころ満載だし(インド映画にこれを言ってもしょうがないが)、映画スターへの信仰にも似た崇拝や、恋人へのストーカーっぽい愛情表現など、インド映画にありがちな「クセの強さ」にちょっと引いてしまう人もいるかもしれない。
さらにはカースト差別というインド特有の社会問題も描かれており、多様な側面のある作品なのだが、この映画の本質をあえて一言で表すとしたら、それは「音楽や芸術の普遍性」ということになるだろう。
その話をする前に、映画のストーリーの中で匂わされるものの、明言はされない設定について、少し書いておきたい。
(この先、ストーリーの一部に触れているところがある。すでに書いた通り、この映画の実質的な主人公は音楽そのものであり、ネタバレが作品の楽しみを損なうタイプの映画ではないと思っているが、気にされる方はここでお引き返しを。)
主人公のピーター・ジャクソンというインド人らしからぬ名前や、冒頭の教会のシーンからも分かる通り、彼の一家はクリスチャンである。
両面太鼓のムリダンガム作りは、動物の皮を材料として扱う。
動物の皮革、すなわち動物の「死」と関わる彼らの生業は、「汚れた仕事」とされ、カーストの最底辺のひとつとされている。
ヒンドゥー教に基づく序列であるカーストのくびきから逃れるために、おそらくピーターの一家はキリスト教に改宗したのだろう。
主人公の名前がピーター・ジャクソンで、彼の父の名がジャクソンというのがなんだか紛らわしいが、これはタミルには伝統的に苗字という概念がなく、父親の名前が苗字のように使われているからである。
(父の名前には苗字にあたる部分がないので、ひょっとしたら父の代にチェンナイに出てきて改宗したという設定なのかもしれない)
大都市チェンナイの生活では、表向きはカースト差別はないことになっているのだろう。
病院で献血すれば手放しで喜ばれるし、屋台でも他のお客とおなじようにコーヒーを提供してくれる。(輸血の相手がカースト的概念を持つヒンドゥー教徒ではなくムスリムだったのが意味深な気がしないでもないが)
クリスチャンのコミュニティで成長してきたピーターは、これまで理不尽な差別をさほど経験せずに暮らしてきたようでもある。
だが、一歩保守的な世界に足を踏み入れると、ピーターはその差別に直面することになる。
師ヴェンブのもとでは、伝統主義にこだわる兄弟子に疎まれ、父の故郷の屋台では、ガラスではなくプラスチックのコップでチャイを出されてしまう。
いくらキリスト教に改宗したといっても、カーストの呪縛から逃れることはできないのだ。
タミルのブラーミン(バラモン)は、伝統を重んじていることで知られている。
今なお菜食主義を守り、酒も口にせず、掟に忠実に「清浄に」生きている人々も多く、映画に出てくる伝統音楽の演奏者たちも、そのような暮らしを守っている。
いっぽうで、クリスチャンにとっては、肉食(ヒンドゥー教の聖なる動物である牛肉も含めて)も罪ではないし、アルコールも嗜むことができる。
ピーターが先輩のマニに、「酔っぱらい」と見下されたり、師匠から菩提樹の実をもらったときに「これを身につけているときは酒や肉を口にするな」と言われたりするのは、こういう理由からである。
とにかく、この映画のなかで彼が会う苦難は、ほぼ全てが「低いカースト出身である」ということに基づいている。
話を本題に戻すと、彼の才能に嫉妬した元兄弟子の奸計と、カーストに対する偏見への怒りから、ピーターは大きなトラブルを起こし、破門されてしまう。
師匠からも家族からも見放された失意のピーターは、あるきっかけから、リズムは師匠からだけではなく、森羅万象から学ぶことができると気づく(このあたり、かなり強引な展開だったが、まあいい)。
旅に出たピーターは、インド北東部(メガラヤ、ナガランドあたりか)の音楽や、パンジャーブのバングラー、ラージャスタンのマンガニヤール音楽、ケーララの太鼓チェンダなど、インド各地のリズムを学んでゆく。
私同様、インド映画に疎い人も安心して見てほしい。
今回発売されるDVDの日本語字幕は、南インドの映画やカルチャーの発信拠点としても有名なインド料理店「なんどり」さんと、南インド研究者の小尾淳(おび・じゅん)さんによるもので、DVDは「なんどり」さんで購入できる。
通販でも買えるが、このお店、南インド料理も絶品で、そしてお酒の品揃えも素晴らしいので、お近くの方はぜひ直接お店を訪れることをお勧めする。
(「なんどり」さんはJR宇都宮線/高崎線の「尾久駅」から徒歩5分、都電荒川線(さくらトラム)「荒川遊園地前」「荒川車庫前」停留所から徒歩3分。)
※と思っていたら、大好評につき初回入荷分はすでに売り切れとのこと!今後の入荷予定はなんどりさんからの情報をチェックしてみてください!
タミル語の予告編はこちら。
この予告編、個人的にはこの映画の魅力を全然伝えきれていないと思うのだけど、一応貼り付けておきます。
私はインド映画だけでなくインド古典音楽にも疎いので、もしついていけなかったらどうしようと少しだけ心配していたのだが、その心配は全くの無用だった。
試写会場が音響に定評のあるチュプキ・タバタだったのも幸運が重なった。
というのも、この映画の実質的な「主役」は、カルナーティック音楽で使用される両面太鼓「ムリダンガム」の大迫力かつ繊細なリズムそのものだからだ。
古典音楽というと小難しく聞こえるが(そして、実際にインド古典音楽は極めて複雑で深淵な理論に基づくものだが)、この映画を見るためにそうした知識は全く必要ない。
日頃、電子音楽やロックやヒップホップを中心に聴いている耳にも、ムリダンガムのリズムはとにかくめちゃくちゃ凄くてカッコいい。
かつて、タブラの演奏を指して「人力ドラムンベース」という表現がよく使われていたが、この映画を見れば、インド古典楽器のリズムはドラムンベース以上のダイナミズムと繊細さを持ち、そして打ち込みのリズムを上回る恐るべき音数と正確さで組み立てられていることがわかるはずだ。
音楽が好きな人だったら、必ず楽しめるし、素晴らしい音楽映画だけが与えてくれる爽快感が味わえる作品である。
【あらすじ】
主人公のピーター・ジャクソンは、ムリダンガム職人の家の一人息子の大学生。
タミル映画の大スター、「ヴィジャイ」の熱狂的なファンで、映画に入れ込むあまり、勉強にも打ち込めずに過ごしていた。
ある時、ピーターはムリダンガムの巨匠ヴェンブ・アイヤルの演奏を間近で見たことで、この楽器の素晴らしさに開眼する。
ピーターはヴェンブへの弟子入りを熱望するが、伝統音楽のカルナーティックはもともと寺院で演奏される神聖な音楽であり、低いカースト出身の彼は、ブラーミン(バラモン)中心の師匠や弟子たちに拒絶されてしまう。
やがて、そのたぐいまれなセンスと熱意をヴェンブに認めてもらい、なんとか弟子入りを許されたピーターだったが、彼の弟子入りを快く思わない先輩から嫌がらせを受けることになる。
ヴェンブはテレビのショーや映画音楽を認めない、伝統を重んじる演奏家だった。
ところが、ちょっとした行き違いからピーターはテレビの古典音楽のリアリティー・ショーに出ることになり、そこで起こしたトラブルから破門されてしまう。
音楽家としての夢を否定され、家庭にも居場所をなくしたピーターは、失意に陥るが…。
はっきり言ってストーリーはツッコミどころ満載だし(インド映画にこれを言ってもしょうがないが)、映画スターへの信仰にも似た崇拝や、恋人へのストーカーっぽい愛情表現など、インド映画にありがちな「クセの強さ」にちょっと引いてしまう人もいるかもしれない。
さらにはカースト差別というインド特有の社会問題も描かれており、多様な側面のある作品なのだが、この映画の本質をあえて一言で表すとしたら、それは「音楽や芸術の普遍性」ということになるだろう。
その話をする前に、映画のストーリーの中で匂わされるものの、明言はされない設定について、少し書いておきたい。
(この先、ストーリーの一部に触れているところがある。すでに書いた通り、この映画の実質的な主人公は音楽そのものであり、ネタバレが作品の楽しみを損なうタイプの映画ではないと思っているが、気にされる方はここでお引き返しを。)
主人公のピーター・ジャクソンというインド人らしからぬ名前や、冒頭の教会のシーンからも分かる通り、彼の一家はクリスチャンである。
両面太鼓のムリダンガム作りは、動物の皮を材料として扱う。
動物の皮革、すなわち動物の「死」と関わる彼らの生業は、「汚れた仕事」とされ、カーストの最底辺のひとつとされている。
ヒンドゥー教に基づく序列であるカーストのくびきから逃れるために、おそらくピーターの一家はキリスト教に改宗したのだろう。
主人公の名前がピーター・ジャクソンで、彼の父の名がジャクソンというのがなんだか紛らわしいが、これはタミルには伝統的に苗字という概念がなく、父親の名前が苗字のように使われているからである。
(父の名前には苗字にあたる部分がないので、ひょっとしたら父の代にチェンナイに出てきて改宗したという設定なのかもしれない)
大都市チェンナイの生活では、表向きはカースト差別はないことになっているのだろう。
病院で献血すれば手放しで喜ばれるし、屋台でも他のお客とおなじようにコーヒーを提供してくれる。(輸血の相手がカースト的概念を持つヒンドゥー教徒ではなくムスリムだったのが意味深な気がしないでもないが)
クリスチャンのコミュニティで成長してきたピーターは、これまで理不尽な差別をさほど経験せずに暮らしてきたようでもある。
だが、一歩保守的な世界に足を踏み入れると、ピーターはその差別に直面することになる。
師ヴェンブのもとでは、伝統主義にこだわる兄弟子に疎まれ、父の故郷の屋台では、ガラスではなくプラスチックのコップでチャイを出されてしまう。
いくらキリスト教に改宗したといっても、カーストの呪縛から逃れることはできないのだ。
タミルのブラーミン(バラモン)は、伝統を重んじていることで知られている。
今なお菜食主義を守り、酒も口にせず、掟に忠実に「清浄に」生きている人々も多く、映画に出てくる伝統音楽の演奏者たちも、そのような暮らしを守っている。
いっぽうで、クリスチャンにとっては、肉食(ヒンドゥー教の聖なる動物である牛肉も含めて)も罪ではないし、アルコールも嗜むことができる。
ピーターが先輩のマニに、「酔っぱらい」と見下されたり、師匠から菩提樹の実をもらったときに「これを身につけているときは酒や肉を口にするな」と言われたりするのは、こういう理由からである。
とにかく、この映画のなかで彼が会う苦難は、ほぼ全てが「低いカースト出身である」ということに基づいている。
話を本題に戻すと、彼の才能に嫉妬した元兄弟子の奸計と、カーストに対する偏見への怒りから、ピーターは大きなトラブルを起こし、破門されてしまう。
師匠からも家族からも見放された失意のピーターは、あるきっかけから、リズムは師匠からだけではなく、森羅万象から学ぶことができると気づく(このあたり、かなり強引な展開だったが、まあいい)。
旅に出たピーターは、インド北東部(メガラヤ、ナガランドあたりか)の音楽や、パンジャーブのバングラー、ラージャスタンのマンガニヤール音楽、ケーララの太鼓チェンダなど、インド各地のリズムを学んでゆく。
(とくに説明のないシーンなので、分からなくても問題はないのだが、風景や民族衣装からこうした背景を理解できれば、この映画の味わいはさらに増すことになる)
こうしてインドじゅうで学んだリズムが、クライマックスで大きな意味を持ってくる。
この映画は、カースト差別という社会問題をモチーフにしながら、芸術の真髄とは伝統を守ってゆくことなのか、それとも芸術は万人に開かれ時代とともに更新されてゆくべきものなのか、という問いをメインテーマとして扱っている。
クリスチャンで、なおかつアウトカーストであるピーターが伝統に基づいたカルナーティック音楽にインドじゅうで学んだリズムを取り入れてゆくクライマックスは、音楽の「普遍性」は保守的な伝統(差別的な因習を含む伝統)を上回り、それこそが芸術の本来あるべき姿である、というメッセージを伝えている。
クライマックスまでに伝統的なカルナーティック音楽のリズムの素晴らしさがたっぷりと描かれているから、多少強引なストーリー展開であっても、このメッセージは単なる伝統の軽視ではなく、じゅうぶんな説得力を持って我々に刺さってくる。
さらに言うと、この映画の序盤に出てくる映画スターへの異常なほどの崇拝や、好きになった女性や師匠へのストーカーのような愛情表現、そして、音楽に対する果てしのない求道心といった様々な要素は、宗教を超えて南アジアに共通する「究極的な存在(例えば神)に近づこうとする気持ち」のひたむきさともつながっているようにも思える。
こうしてインドじゅうで学んだリズムが、クライマックスで大きな意味を持ってくる。
この映画は、カースト差別という社会問題をモチーフにしながら、芸術の真髄とは伝統を守ってゆくことなのか、それとも芸術は万人に開かれ時代とともに更新されてゆくべきものなのか、という問いをメインテーマとして扱っている。
クリスチャンで、なおかつアウトカーストであるピーターが伝統に基づいたカルナーティック音楽にインドじゅうで学んだリズムを取り入れてゆくクライマックスは、音楽の「普遍性」は保守的な伝統(差別的な因習を含む伝統)を上回り、それこそが芸術の本来あるべき姿である、というメッセージを伝えている。
クライマックスまでに伝統的なカルナーティック音楽のリズムの素晴らしさがたっぷりと描かれているから、多少強引なストーリー展開であっても、このメッセージは単なる伝統の軽視ではなく、じゅうぶんな説得力を持って我々に刺さってくる。
さらに言うと、この映画の序盤に出てくる映画スターへの異常なほどの崇拝や、好きになった女性や師匠へのストーカーのような愛情表現、そして、音楽に対する果てしのない求道心といった様々な要素は、宗教を超えて南アジアに共通する「究極的な存在(例えば神)に近づこうとする気持ち」のひたむきさともつながっているようにも思える。
(劇中歌の歌詞にも注目)
憧れや崇拝や愛情といった「思慕」、そして音楽や芸術の普遍性というテーマが、冒頭からラストまで、この作品には通底しているのである。
この映画の「本当の主役」であるムリダンガムという楽器については、この動画でわかりやすく説明されている。
シンプルだが無限とも言える可能性のある楽器なのだ。
なにやら理屈っぽいことをいろいろと書いたが、この映画のそこかしこに出てくるムリダンガムの超絶のリズムを全身で浴びれば、それだけでもう十二分にこの作品を楽しめるはず。
同じ「打楽器師弟もの」 の映画として、『セッション』(原題"Whiplash",2014年米)あたりと比較してみるのも面白いと思う。
なかなか外に出られない昨今、鬱々と過ごすことも多い毎日に、とくにオススメの作品です。
見るべし!憧れや崇拝や愛情といった「思慕」、そして音楽や芸術の普遍性というテーマが、冒頭からラストまで、この作品には通底しているのである。
この映画の「本当の主役」であるムリダンガムという楽器については、この動画でわかりやすく説明されている。
シンプルだが無限とも言える可能性のある楽器なのだ。
なにやら理屈っぽいことをいろいろと書いたが、この映画のそこかしこに出てくるムリダンガムの超絶のリズムを全身で浴びれば、それだけでもう十二分にこの作品を楽しめるはず。
同じ「打楽器師弟もの」 の映画として、『セッション』(原題"Whiplash",2014年米)あたりと比較してみるのも面白いと思う。
なかなか外に出られない昨今、鬱々と過ごすことも多い毎日に、とくにオススメの作品です。
--------------------------------------
goshimasayama18 at 20:59|Permalink│Comments(0)
2019年03月01日
早すぎたインド系ラッパーたち アジアのPublic Enemyとインドの吉幾三、他
先日の記事で、南アジア系移民たちによるDesi hiphopを起点としたインドのヒップホップシーンの歴史について書いてみたが、Desi hiphop以前にも南アジア系のラッパーがいなかったわけではない。
まずイギリスに目を向けると、パキスタン系イギリス人Aki Nawazを中心に1991年に結成されたFun-Da-Mentalというグループがいる。
彼らは1992年に"Janaam", "Gandhi's Revenge"の2枚のシングルをリリースしてシーンに登場した。
Desi hiphopの第一人者といわれるBohemiaのデビューが2002年だから、彼よりも10年も早かったということになる。
中心人物のAkiは、Fun-Da-Mental結成以前、のちのゴシックロックバンドThe Cult(念のため書くと、イアン・アストベリーのあのThe Cultだ!) の前身Southern Death Cultのドラマーを務めていたというから、Queenのフレディ・マーキュリーのように、南アジア系移民の中でも若い頃からロックに親しんだ暮らしを送っていたのだろう。
しかし、その後の活動は、南アジア系のルーツから距離を置いてブリティッシュ・ハードロックの道に進んだフレディとは大きく異なっている。
Fun-Da-Mentalは、アメリカの急進的な黒人運動ブラック・パンサーの影響を受けた反人種差別や、イスラームの擁護、反アメリカ主義をテーマにラップする非常に政治的・社会的なバンドで、そうした姿勢から、アメリカの政治的ヒップホップユニットになぞらえて、'Asian Public Enemy'とも呼ばれた。
1994年のファーストアルバムのタイトルトラック"Seize the Time".
今聴くとちょっととっちらかった印象だが、伝統音楽のサンプリングという後年の南アジア系ヒップホップのスタイルがこの時点ですでに確立されていることが分かる。
1998年にリリースされたアルバム"Erotic Terrorism"からの"Ja Sha Taan"はカッワーリーとヒップホップとロックの融合!貴重なライブ映像を見つけた。
彼らに続くUKの南アジア系政治的ラップ・バンドとしては、よりダンサブルで音楽的ミクスチャーを進めたAsian Dub Foundation(1995年デビュー)が日本でも人気だが、だんだんヒップホップから離れてくるので今回は割愛。
この系統のアーティストは、その強すぎる政治性からか、その後大きな潮流とはなっていないようだが、南アジア系の音楽と社会運動が結びついた初期の例としても大きな意味があるように思う。
さて、本国インドはどうかというと、こちらもまた強烈なアーティストがいる。
Fun-Da-Mentalよりもさらに早い1990年にデビューしたBaba Sehgal(本名Harjeet Singh Sehgal)は、ウッタル・プラデーシュ州ラクナウ出身の「インドで最初のラッパー」とも「最初のヒンディー・ラッパー」とも言われるアーティストだ。
インド本国でバングラー系ラップが流行しだすのが2010年頃からであることを考えると、いかに彼が早かったかが分かるだろう。
彼は在英インド系レゲエ・アーティストのApache Indianの影響で音楽活動を開始したというが、後進的というか保守的なウッタル・プラデーシュでどうやって海外の音楽に触れたのかとか、機材の使い方や音楽の作り方をどう学んだのかとか、そのキャリアの初期にはよくわからない部分が多い。
そもそも、Apache Indianに影響を受けて音楽を始めたと言っているのに、そのApache Indianと同じ年にデビューしているのも解せない。
名前を見ると彼もまたパンジャーブ系のようなので(Apache Indianもだ)、移民と本国とをつなぐパンジャーブ・コネクションがあって、彼に誰よりも早く最先端の音楽をもたらしたのだろうか。
とにかく、彼は大学卒業後、デリーで電気技師として働きながら本格的に音楽活動を始めた。
1990年にリリースした"Dilruba"、1991年にリリースした"Alibaba"が思うようにヒットしなかった彼は、一念発起してムンバイに拠点を移すと、1992年にリリースしたサードアルバムの"Thanda Thanda Pani"が大ヒット。
一躍スターとなった彼だが、当時はまだ電話のない家に住んでいたため、隣の通りのパーン(インドの噛みタバコ)ショップが連絡先で、電話が来ると店の子供が彼を呼びに来ていたという。
(もとの記事では"Gully"という言葉が使われていた。そういう意味では、彼は最初のHiphop Gully Boyと呼べるかもしれない。いずれにしてもインドのヒップホップはムンバイのGullyで生まれたのだ)
"Thanda Thanda Pani"から、'Cool Cool Water'という意味のタイトルトラック。
Queen & David Bowieの"Under Pressure"をサンプリングしたVanila Iceの"Ice Ice Baby"をさらにパクったというなんだかすごい楽曲。
このアルバムの売上枚数については、記事によって3万枚から50万枚までかなり開きがあるが、とにかく当時の大ヒットとなったことは間違いないようだ。
同じアルバムから"Dil Dhadke".
当時のインドにしてはえらくかっこいいトラックが始まったと思ったら、曲が始まった途端に吉幾三みたいな感じでずっこける。
いろんな記事を読むと、どうも彼は今のインドのオシャレな音楽ファンからは、古いというかダサいというか、あまり好意的に受け止められていないようで、このブログで連載している「インドのインディー音楽史」にも入っていないし、まさに日本のラップ史における吉幾三の「おら東京さ行くだ」的な存在なのかもしれない。
その後、映画音楽を含めた何枚かのアルバムをリリースした後にヒンディー語圏の音楽シーンから姿を消した彼は、南インド(テルグ語)映画のプレイバックシンガーに活動の場を移した。
すっかり過去の人となっていた彼は、2015年に自身のYoutubeチャンネルを開設してカムバックすると、この"Going To The Gym"が久しぶりのヒットとなり、フェスティバル等にも出演するようになる。
ちょっと松平健にも似ているような気がするが、ちょうどマツケンサンバのように、彼の音楽をキッチュなものとして楽しめる土壌がインドにできてきた、といったところだろうか。
(Baba Sehgalの半生については主にこれらのサイトを参考にしました。
http://www.vervemagazine.in/people/mapping-the-unique-trajectory-of-baba-sehgals-success
https://www.indiatoday.in/magazine/society-the-arts/story/19921130-thanda-thanda-pani-hots-up-the-hindi-rap-scene-767167-2012-12-21)
映画音楽の分野では、A.R.Rahmanが1994年のタミル語映画"Kadhalan"のために作った"Pettai Rap"あたりがインドで最初のラップ・ソングということになりそうだ。
こちらもインド音楽の要素を取り入れたオールドスクール風の曲で、これはこれで結構かっこよく、さすがRahmanといった出来栄え。
バンガロールのラッパー、Brodha Vが初めて聴いたラップとして挙げているこの曲は、世界初のタミル語ラップでもあるかもしれない。
まさか当時はインド各地にストリートラップシーンができ、ボリウッドスター主演のヒップホップ映画が大ヒットする時代が来るとは誰も思っていなかったことだろう。
インドではちょうど昨日、世界最大手の音楽ストリーミングサービスSpotifyが使用できるようになり、音楽メディアはその話題で持ちきりだ。
よりいっそう世界の音楽にアクセスしやすくなったインド。
きっともう5年、10年したらシーンの様相もまたすっかり変わっているのだろうなあ。
ますます楽しみになってきた。
それでは今回はこのへんで!
--------------------------------------
凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
まずイギリスに目を向けると、パキスタン系イギリス人Aki Nawazを中心に1991年に結成されたFun-Da-Mentalというグループがいる。
彼らは1992年に"Janaam", "Gandhi's Revenge"の2枚のシングルをリリースしてシーンに登場した。
Desi hiphopの第一人者といわれるBohemiaのデビューが2002年だから、彼よりも10年も早かったということになる。
中心人物のAkiは、Fun-Da-Mental結成以前、のちのゴシックロックバンドThe Cult(念のため書くと、イアン・アストベリーのあのThe Cultだ!) の前身Southern Death Cultのドラマーを務めていたというから、Queenのフレディ・マーキュリーのように、南アジア系移民の中でも若い頃からロックに親しんだ暮らしを送っていたのだろう。
しかし、その後の活動は、南アジア系のルーツから距離を置いてブリティッシュ・ハードロックの道に進んだフレディとは大きく異なっている。
Fun-Da-Mentalは、アメリカの急進的な黒人運動ブラック・パンサーの影響を受けた反人種差別や、イスラームの擁護、反アメリカ主義をテーマにラップする非常に政治的・社会的なバンドで、そうした姿勢から、アメリカの政治的ヒップホップユニットになぞらえて、'Asian Public Enemy'とも呼ばれた。
1994年のファーストアルバムのタイトルトラック"Seize the Time".
今聴くとちょっととっちらかった印象だが、伝統音楽のサンプリングという後年の南アジア系ヒップホップのスタイルがこの時点ですでに確立されていることが分かる。
1998年にリリースされたアルバム"Erotic Terrorism"からの"Ja Sha Taan"はカッワーリーとヒップホップとロックの融合!貴重なライブ映像を見つけた。
彼らに続くUKの南アジア系政治的ラップ・バンドとしては、よりダンサブルで音楽的ミクスチャーを進めたAsian Dub Foundation(1995年デビュー)が日本でも人気だが、だんだんヒップホップから離れてくるので今回は割愛。
この系統のアーティストは、その強すぎる政治性からか、その後大きな潮流とはなっていないようだが、南アジア系の音楽と社会運動が結びついた初期の例としても大きな意味があるように思う。
さて、本国インドはどうかというと、こちらもまた強烈なアーティストがいる。
Fun-Da-Mentalよりもさらに早い1990年にデビューしたBaba Sehgal(本名Harjeet Singh Sehgal)は、ウッタル・プラデーシュ州ラクナウ出身の「インドで最初のラッパー」とも「最初のヒンディー・ラッパー」とも言われるアーティストだ。
インド本国でバングラー系ラップが流行しだすのが2010年頃からであることを考えると、いかに彼が早かったかが分かるだろう。
彼は在英インド系レゲエ・アーティストのApache Indianの影響で音楽活動を開始したというが、後進的というか保守的なウッタル・プラデーシュでどうやって海外の音楽に触れたのかとか、機材の使い方や音楽の作り方をどう学んだのかとか、そのキャリアの初期にはよくわからない部分が多い。
そもそも、Apache Indianに影響を受けて音楽を始めたと言っているのに、そのApache Indianと同じ年にデビューしているのも解せない。
名前を見ると彼もまたパンジャーブ系のようなので(Apache Indianもだ)、移民と本国とをつなぐパンジャーブ・コネクションがあって、彼に誰よりも早く最先端の音楽をもたらしたのだろうか。
とにかく、彼は大学卒業後、デリーで電気技師として働きながら本格的に音楽活動を始めた。
1990年にリリースした"Dilruba"、1991年にリリースした"Alibaba"が思うようにヒットしなかった彼は、一念発起してムンバイに拠点を移すと、1992年にリリースしたサードアルバムの"Thanda Thanda Pani"が大ヒット。
一躍スターとなった彼だが、当時はまだ電話のない家に住んでいたため、隣の通りのパーン(インドの噛みタバコ)ショップが連絡先で、電話が来ると店の子供が彼を呼びに来ていたという。
(もとの記事では"Gully"という言葉が使われていた。そういう意味では、彼は最初のHiphop Gully Boyと呼べるかもしれない。いずれにしてもインドのヒップホップはムンバイのGullyで生まれたのだ)
"Thanda Thanda Pani"から、'Cool Cool Water'という意味のタイトルトラック。
Queen & David Bowieの"Under Pressure"をサンプリングしたVanila Iceの"Ice Ice Baby"をさらにパクったというなんだかすごい楽曲。
このアルバムの売上枚数については、記事によって3万枚から50万枚までかなり開きがあるが、とにかく当時の大ヒットとなったことは間違いないようだ。
同じアルバムから"Dil Dhadke".
当時のインドにしてはえらくかっこいいトラックが始まったと思ったら、曲が始まった途端に吉幾三みたいな感じでずっこける。
いろんな記事を読むと、どうも彼は今のインドのオシャレな音楽ファンからは、古いというかダサいというか、あまり好意的に受け止められていないようで、このブログで連載している「インドのインディー音楽史」にも入っていないし、まさに日本のラップ史における吉幾三の「おら東京さ行くだ」的な存在なのかもしれない。
その後、映画音楽を含めた何枚かのアルバムをリリースした後にヒンディー語圏の音楽シーンから姿を消した彼は、南インド(テルグ語)映画のプレイバックシンガーに活動の場を移した。
すっかり過去の人となっていた彼は、2015年に自身のYoutubeチャンネルを開設してカムバックすると、この"Going To The Gym"が久しぶりのヒットとなり、フェスティバル等にも出演するようになる。
ちょっと松平健にも似ているような気がするが、ちょうどマツケンサンバのように、彼の音楽をキッチュなものとして楽しめる土壌がインドにできてきた、といったところだろうか。
(Baba Sehgalの半生については主にこれらのサイトを参考にしました。
http://www.vervemagazine.in/people/mapping-the-unique-trajectory-of-baba-sehgals-success
https://www.indiatoday.in/magazine/society-the-arts/story/19921130-thanda-thanda-pani-hots-up-the-hindi-rap-scene-767167-2012-12-21)
映画音楽の分野では、A.R.Rahmanが1994年のタミル語映画"Kadhalan"のために作った"Pettai Rap"あたりがインドで最初のラップ・ソングということになりそうだ。
こちらもインド音楽の要素を取り入れたオールドスクール風の曲で、これはこれで結構かっこよく、さすがRahmanといった出来栄え。
バンガロールのラッパー、Brodha Vが初めて聴いたラップとして挙げているこの曲は、世界初のタミル語ラップでもあるかもしれない。
まさか当時はインド各地にストリートラップシーンができ、ボリウッドスター主演のヒップホップ映画が大ヒットする時代が来るとは誰も思っていなかったことだろう。
インドではちょうど昨日、世界最大手の音楽ストリーミングサービスSpotifyが使用できるようになり、音楽メディアはその話題で持ちきりだ。
よりいっそう世界の音楽にアクセスしやすくなったインド。
きっともう5年、10年したらシーンの様相もまたすっかり変わっているのだろうなあ。
ますます楽しみになってきた。
それでは今回はこのへんで!
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
goshimasayama18 at 23:10|Permalink│Comments(0)