ロックンロール

2022年09月22日

早すぎたロックンロールのパイオニア ターバン姿の「インドのエルヴィス」 Iqbal Singh Sethi


インドの ポップミュージック史をひもといてゆくと、まるでオーパーツのような、その時代には存在しなかったはずの「早すぎる音楽」と出会うことがある。
欧米の流行をあまりにも早く導入したがゆえに、あとになって振り返ったときに「なぜこの時代にこんな音楽が?」と思ってしまうような曲のことだ。
ヒップホップ(風の音楽)で言えば、1992年のBaba Sehgalによるスマッシュヒット"Thanda Thanda Pani"や、1994年のタミル語映画"Khadalan"の劇中歌"Pettai Rap"がそれにあたる。
日本でいうと、吉幾三による『俺ら東京さ行ぐだ』(1984年)である。
最新の音楽を取り入れてみたものの、その珍奇さばかりを誇張したために、なんだかコミックソングみたいになってしまっているのも、これらの楽曲の共通点だ。

今回紹介するIqbal Singh Sethiの"Beautiful Baby of Broadway"も、インドのポピュラー音楽史のなかで、そんなオーパーツ的な輝きを放っている曲である。



最近では、サルマン・カーンの主演映画"Tubelight"(2017)でも使用されたこの曲は、もともと1960年のボリウッド映画、"Ek Phool Char Kante"(「ひとつの花、四つの棘」の意味)の挿入歌だった。

しかし、強烈な印象を残すターバン姿のロックンロール・シンガー、Iqbal Singh Sethiは、この1曲のみを残して、オーパーツを生み出した超古代文明のように、インドの音楽シーンから忽然と姿を消してしまう。
(今回、なんでかオーパーツとか超古代文明とか、やたらと「学研ムー」的な表現が多くなってしまっている。よくわからない人は適宜ググりつつ読んでください。わからないままでも何の問題もないですが)

ターバンとロックンロールというコミカルな組み合わせに反して、彼のエルヴィス・スタイルの歌唱、そしてツイストっぷりはかなり本格的だ。
当時インドには、ロックバンドなどまったく存在しなかったにもかかわらず、である。
早すぎたロックンロールを完璧に歌いこなし、踊りこなす彼は、いったい何者だったのだろうか?

「インドのエルヴィス」こと、Iqbal Singh Sethiは、1934年の元日に、現在はパキスタン領であるパンジャーブ地方の街、ラーワルピンディーで生まれた。
プネーの学校を卒業後、若くして海軍に士官。
1953年には、インド海軍の軍艦乗組員として、英ポーツマスで行われたエリザベス女王の戴冠記念観艦式に参加した。
その時に出会ったというイギリス人のガールフレンドから、スイングに合わせて踊る「ジャイヴ」というダンスを教わると、踊り好きのパンジャービーの血のせいか、めきめきと上達。
イギリス滞在中に、ロックンロール・ダンスコンテスト(そういうものが当時あったらしい)で優勝するまでになったという。

帰国後に同郷の女性と結婚。
だが、イギリスでロックンロールに出会ってしまった彼が、一般的なインド人のよう(そのまま落ち着くことはなかった。
ボンベイ(現ムンバイ)のSalome Roy Kapur(現代のボリウッド俳優Aditya Roy Kapurの母)のもとで本格的に歌と踊りを習うと(これはおそらくインドの伝統的スタイルのものだろう)、海軍勤務のかたわら、芸能活動を開始する。
やがて彼は「シク教徒のエルヴィス」として、デリーやカルカッタのナイトクラブやレストランからも呼ばれ、もてはやされるようになったという。
こうした経歴をふまえると、上述の映画のワンシーンは、案外リアルなものだったのかもしれない。
インドでは真新しかった彼の歌とダンスは、海の向こうからやってきた刺激的な音楽に夢中になった上流階級の若者たちに、ばっちりはまったのだろう。


1960年には、ついに"Beautiful Baby of Broadway"で銀幕デビュー。
しかし、スターダムにのし上がったのも束の間、海軍当局から無断で映画に出演したことを問題視され、映画界を去るか、軍法会議かという究極の選択を迫られてしまう。
歌やダンスや映画を崇拝(worship)の対象と呼ぶほどに愛していたが、彼はそれにも増して軍人として国に尽くすことを義務だと感じていた。
Iqbalは、殺到する映画のオファーを断り、軍人として生きることを選んだのだ。

こうして「インドのエルヴィス」の短すぎるキャリアは、あっけなく幕を閉じた。
晩年のインタビューで、彼は「後悔はしていない。海軍は私に多くのものを与えてくれた。1953年のエリザベス女王の戴冠式に出席し、機関士としての訓練を受け、勲章も授与されたんだ」と語っている。

彼の人生のモットーは、「幸せであれ、楽しめ、決して振り返るな。空を見上げていたら転ぶこともあるが、足元を見ていれば前に進むことができる」。
常にポジティブでありつづけたIqbal Singh Sethiは、2021年11月27日、88歳でその生涯を終えた。

歌と踊りが得意で、パーティーライフを愛しつつも、実直な軍人として生きた彼は、パンジャーブ生まれのシク教徒の典型のような人物だったのかもしれない。
(一般的にパンジャーブ人は歌好き、踊り好き、パーティー好きと思われるふしがあり、またシク教徒の男性は戦士であるという教義を持つため、軍隊勤務者が多い)
ヒップホップ同様に、ロックンロールをインドに持ち込んだのもパンジャービーだったと思うと、それもまた感慨深い。


ちなみに、"Beautiful Baby of Broadway"は、当初"Bombshell Baby of Bombay"というタイトルだったそうだが、Bombshell(「爆弾」という意味とは別に「セクシーで魅力的な女性」という俗語でもある)という言葉が問題視されたのか、当局の許可が降りずに改題されたそうだ。

改めて考えてみると、この曲に関しては、インドのインディーミュージック史の「オーパーツ」と解釈するよりも、当時インドのみならず世界中で娯楽の王道だった、ミュージカル映画の潮流に位置付けて考えるほうが妥当なのかもしれない。
日本でも、ロックンロール(ロカビリー)は、1958年の美空ひばり主演のミュージカル時代劇『花笠若衆』でも取り上げられるなど、いわゆる「反骨精神を含んだ若者の音楽」的な解釈とは異なる扱われ方をしていた時代があった。
(趣旨から外れるのでここでは取り上げないが、美空ひばりの「ロカビリー剣法」という曲はなかなかイカすので、興味がある方はYouTubeで検索してみてください)

もうひとつ余談になるが、"Ek Phool Char Kante"には、同じくパンジャーブ出身のムスリムの歌手、Mohammed Rafiによる"O Meri Baby Doll"なるロックンロールナンバーも取り入れられている。


Mohammed Rafiは、Iqbalとは異なり、その後もプレイバックシンガーとしての活動を続けたものの、1980年に55歳の若さで生涯を終えた。
古き良きボリウッドの伝説的歌手として称される彼は、そのキャリアのなかで他にもロックンロールを歌っており、とくに"Gumnaam"(1965)で歌われた"Jaan Pehchan Ho"は、2001年のアメリカ映画『ゴーストワールド』(これもまた名作!)で取り上げられるなど、その後もたびたび注目されている。


(直接動画が貼り付けられなかったので、このリンクからどうぞ)

インドの原始インディー音楽とは異なる、王道エンタメ映画のなかでのロックンロールというのも、今後リサーチしてみたいテーマのひとつではある。


(参考サイト)
https://homegrown.co.in/article/805962/indias-elvis-presley-the-incredible-life-of-iqbal-singh-sethi

https://www.hindustantimes.com/chandigarh/a-sikh-rock-n-roller-from-60s-who-earned-sobriquet-indian-elvis/story-ByBe9NFOyZONECqBlc0OQL.html

https://upperstall.com/features/an-indian-elvis-in-bollywood/






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goshimasayama18 at 22:50|PermalinkComments(0)

2018年04月14日

ついに発見!ロックンロールバンド!Girish and the Chronicles! Rocazaurus

何度も書いてきた通り、インドでロックバンドができる層は人口全体から見るとまだまだごく一部。
エレキギター、ベース、アンプ、ドラムセットと買い集めて、インドに練習用のスタジオがあるのか自宅のガレージでやるのかしらないけど、バンドでリハーサルするだけで結構な出費になることだろう。
そんなことができる彼らは必然的にいわゆる富と教養がある層ということになるので、インドではロックバンドといえばメタルやプログレハードのようなジャンルで技巧を競ったり、ポストロックでセンスと音響を磨いたりというのが主流になっている。
逆に、メタル/ハードロック系で言えばAC/DCやガンズアンドローゼス、パンクで言えばラモーンズのような、愚直こそが美学というような、直球のロックンロール系のバンドというのは極めて少ない。
パンク系のバンドでも、社会風刺的なやつだったりするしね(それはそれで良いのだけど)。

ところで、小生は愚直なロックが大好きだ。
そりゃあ、難しいことも深遠なことも表現できるのがロックの素晴らしさではあるけれども、本質的なことを言えばスリーコード、エイトビート、それさえあれば十分じゃねえか。
インド人はなぜそれが分からないのか!と歯がゆく思っていたところ、ついに見つけました。ロックンロール系のバンドを。

どちらかというとメタル寄りのバンドではあるけれども、こまっしゃくれた変拍子とか早弾きや早叩き(って言わないけど)なんてしない。彼らの目指すところは間違いなくロックンロール。
インド北東部シッキム州のバンド、Girish and the Chronicles、略称GATC!
まずは1曲聴いてください。じゃなくて聴きやがれ!その名も"Born with a Big Attitude"


GATCは2009年にヴォーカリスト兼ギタリストでソングライターのGirish Pradhanを中心にインド北東部のシッキム州結成された(シッキムは以前紹介したラッパーのUNBの故郷です)。
シッキム州で最初にして唯一の全インドツアーと海外でのライブ(調べた限り、香港や韓国、ヨーロッパのモンテネグロのイベントに参加したようだ)を成功させたバンドだという。
バンド名の頭にGirishの名前が入っていることからも分かる通り、とにかく強烈なのはそのヴォーカル!
この曲ではかなりガンズのアクセルっぽく聴こえるが、他の曲も聴いてみてもらおう。
80年代のアメリカのバンドを思わせるスケールの大きい””The Endless Road"


トラックの荷台で演奏するメンバー、バイクで旅する長髪の若者、壮大なコーラス。
インドらしからぬ非常にアメリカンな世界観。
砂漠から手を振るとそこにはオート三輪のトラックに乗ったインドの人々が!アメリカンロックとインドの遭遇といった感じのこのビデオ、好きだなあ。
こういうビデオが撮れる場所があるっていうのも、インドの広さを改めて感じる。

続いてアップテンポなナンバーはどうだ!その名も"Ride to Hell".
前奏が長いぞ。歌は2分あたりからだ!

この曲はヴォーカルも含めてMr.Bigみたいな雰囲気!

元ネタになってるバンドが分かってしまうところがちょっと微笑ましくて、次はツェッペリン風の"Revolving Barrel"


こういうバンドに欠かせないバラードもちゃんとある。"Yesteryears"


なんだろう、このまるでインドを感じさせない、中高生のころに聴いてたバンドみたいな感覚は。
彼らはカヴァー曲のセンスも最高で、AC/DC、エアロスミス、ガンズなんかを完コピしている。

全部貼ってるときりがないので、ここはアタクシが敬愛してやまないAC/DCのマルコム・ヤングに捧げるメドレーを。


ヴォーカルを含めて完コピ!
リズムでちょっとオリジナルとの違和感を感じるところもあって、それはそれで本家の偉大さを感じる。
インタビュー記事によると、影響を受けたバンドとしてLed Zappelin, Deep Purple, Black Sabbath, Iron Maiden, Judas Priest, Aerosmith, Guns and Roses, AC/DCといった70年代〜80年代のハードロックやメタル系のバンドの名前を挙げていた。(ちなみにインド国内のバンドではParikrama、Soulmateとのこと)

インド北東部の最果ての地、シッキムにこんなロックンロールバンドがいるなんてなあ、と感激していたら、おや、Youtubeの右側んとこにまた別のロックンロールっぽいインドのバンドが出てきているではないか。

彼らの名前はRocazaurus.
さっそく聴いてみようじゃないか。"The Punk". 曲はメタルだけど。


おお!これはまたゴキゲンな。
さっそく調べてみたら、彼らのFacebook のページにはこんなことが書かれていたよ。

Rocazaurus is a unique rock band. Just like dinosaurs, the genre pure rock is also getting extinct. We are not going to stand aside watch it turn into fossil. So Rocazaurus is the few among the last to keep up the spirit of rock. Musically upfront with hard rock and general metal. The band is enjoying the good times of music wonders and rediscovering process of rocking out. 
Rocazaurusはユニークなロックバンドだ。恐竜のように、ピュアなロックもまた絶滅しかけている。俺たちはロックが化石になってゆくのをただ黙って見ているつもりはない。そう、Rocazaurusはロックの魂を伝えるために選ばれし者たちなのだ。音楽的にいうと、俺たちはストレートなハードロックや王道のメタルだ。俺たちは音楽に奇跡があった良き時代とロックンロールの素晴らしさを再発見して楽しんでいるぜ。

いいなあ!なんて暑苦しい所信表明なんだ!
次は、すばらしすぎるタイトルの曲"All I Want Is Rock And Roll".


Rocazaurusはインド南部のケララ州出身のバンド。
メンバーの名前(Vocals/Lead guitar - Fredy JohnBass/Vocals - Lesley Rodriguez, Drums - Alfred Noel)を見ると全員クリスチャンのようでもある。
そうした彼らの出自がこのアメリカンなサウンドと何か関係があるのだろうか。

余談だが、ケララは大航海時代から栄えた港町のコチン(コチ)を擁する州ではあるが、この土地のキリスト教の歴史はザビエルら大航海時代の伝道師の来訪よりもはるかに古く、なんと12使徒の1人、聖トマスが西暦52年ごろにキリスト教を伝えたと言われている。
india_map州都入り
それ故に、ケララのキリスト教はもはやインド文化の一つといった様相を体していて、北東部のように特段西洋文化の受け入れに積極的といったイメージも無い土地なんだけど。
ただ、古くから教育に力を入れていた州であり、これといった産業が無いにもかかわらず安定した成長を続けた州の体制は「ケララ・モデル」として知られており、ある種の文化的近代化が(とくに人口は多いが保守的な北部の州に比べて)なされていると言えるのかもしれない。

それにしても、遠く離れたインドの北の果て(ネパールの西側)のシッキムと南の果て(最南部の西側)のケララで、インドでは珍しいロックンロール系のバンドが見つかるっていうのが面白い。
北東部の音楽的な先進性はメタルやヒップホップを通して見てきたけれども、南部ではケララにもこの手のインドらしからぬバンドがいるというのは注目に値する。
ケララは先日紹介したスラッシュメタルバンドのChaosとか、他にも気になるバンドが満載の地で、ちょっと深掘りしてみたいところだ。 

それはまたいずれ書きたいと思います。
では! 

goshimasayama18 at 21:39|PermalinkComments(0)