ポライト・ソサエティ

2024年09月15日

映画『ポライト・ソサエティ』の痛快さと絶妙なセンスについて書く





これから映画『ポライト・ソサエティ』について書くにあたって、この批評的な文章が、かなり蛇足というか無粋なものになるということをあらかじめことわっておく。
『ポライト・ソサエティ』はいろんな側面から「語れる」要素のある作品なのだが、アクション・コメディであるこの映画に対しては、監督や俳優の出自よりも、面白くて痛快でブッ飛んでいて斬新な部分にフォーカスしたほうがが正しいような気がするし、あるいは斜に構えた女の子の映画として、『ゴースト・ワールド』や『ブックスマート』の系譜につらなる作品として論じた方が良いのかなあ、とも思う。
でもそれは私以外に適任な人がいるはずなので、無粋は承知でひとまず軽刈田凡平として書きたくなってしまったことをここに書いておく。

この映画の監督はパキスタン系イギリス人のニダ・マンズールなので、「国籍」で言えば『ポライト・ソサエティ』はイギリス映画ということになる。
だが、監督や主要キャストを軒並み南アジア系(主にパキスタン系)イギリス人が務めたこの作品は、しいて言うならディアスポラ映画ということになるだろうか。
あえてこう書いたのは、この作品が普遍的なエンタメを目指しながらも、彼女たちのルーツを大きくフィーチャーし、それがかなり面白い効果を発揮しているからだ。
「映画の文法」としては、南アジア的な部分はほとんどないし、かといってマジョリティ中心に作られたイギリス映画でもありえない。
例えるなら、南アジアのスパイスが効いたイギリス料理。
そもそもイギリス料理が美味しそうではないので、これでは面白く感じられないかもしれないけど、あえて料理に例えるなら、こういう表現になるだろうか。

とにかく、非常にユニークで面白い映画なのだが、一般の映画好きとインド映画ファンのエアポケット的なところにはまってしまっているのか、そこまで大きな話題にならないまま上映終了になるところも出てきてしまっているようで、それがもったいないのでこうして紹介を書いている。

(以下、斜体の部分はパンフレットに掲載されていたインタビューから抜粋したコメント)


本作を作りたかった理由はたくさんありますが、一番は南アジア系の10代の女の子がアクションヒーローになるのを見たかったからです。私は子供の頃からアクション映画のスペクタクルが大好きでしたが、一方で、どこか取り残されたような気持ちを抱いていました。南アジア系のキャラクターは、たとえ登場しても権力者やテロリストの役だったり、白人の主人公のただの友達役だったり…。欠点もあって、面白くて、クールな南アジア系の女の子をメインに据えることこそ、私がこの映画に懸けるすべてでした。(ニダ・マンズール監督)


この作品のあらすじをごく簡単に紹介すると、
「スタントウーマンを夢見る高校生リアは、アートスクールに通う姉リーナが芸術の道をあきらめ、金持ちのイケメンと結婚すると聞き、ショックを受ける。結婚を破談にするため、友人の協力を得てありとあらゆる手を尽くそうとするなかで、新郎一家の秘密を知ってしまう」
という話。

ストーリーの背景には世代間の価値観の違いや「家父長制に立ち向かう」といった南アジアの映画に通底するテーマがあるものの、社会的かつシリアスな要素は前面に出さず、あくまでもエンタメに振り切っていて、軽やかなコメディに仕上げている。
主人公の姉は親に無理やり結婚させられるわけではないし(むしろ自分から望んでいる)、女性vs家父長制という構図はあくまでも後景に見え隠れする、くらいの匙加減だ。
この映画では男性の存在感は奇妙なほどに薄くて、姉の婚約相手以外、ひたすら姉妹と女友達と母親たちで物語が展開してゆく。
そこに、唐突に荒唐無稽なカンフー的バトルシーンが差し込まれる。
そのほぼ全てが「女vs女」なのだが、これは別に「女の敵は女」みたいなことじゃなくて、いろんな立場や考え方の女性たちが(とくに、移民かつ女性という二重にマイノリティである女性たちが)おのれの望みを果たすため暴れ回るというという構造自体によって、シスターフッドを表している。


「インパクトは重要、セクシーさは不要」をモットーに、これ以上ないほど考え抜きました。映画の中で描かれる女性は未だに超セクシーか、そうでなければ超フェミニストだったりすることが多くて(中略)、でも女性らしさを表現する方法はもっと多様ですよね。(衣装:P.C.ウィリアムズ)


シスターフッドという言葉を男性の自分が使うとちょっと借り物みたいな気持ちになってしまうのだけど、女性だけが共感できて男性が疎外感を感じるような映画ではないということはちゃんと言っておきたい。
もっと男がたくさん出てきたり、南アジア系以外の人たちが前面に出てきてしまっては、この絶妙な爽快感は生まれ得なかった。
前述の衣装担当P.C.ウィリアムズの言葉は、とくにこだわったという高校の制服についてのコメントだが、この感覚は映画全体を通じてずっと流れている。
女性たちはセクシー要員でも主張を伝えるためのアイコンでもなく、ただそれぞれの個性のもと暴れ回る。
展開的にはかなり力技なところもあって、そこは賛否が分かれるかもしれないが、これはたぶんそういうことを評すべき映画ではない。


実は個人的に、こういう映画が私の幼い頃に存在していたらと思う気持ちがあります。私が生まれ育った国のテレビの画面では、私のような見た目の人を観ることができなかった。もし、自分がこういう映画に若い頃に出会えていたら、もっと若いうちから自信を持てたり、違うことは違うと言える女性になれていたと思います。 (主演:プリヤ・カンサラ)


それから、これはいくら特筆してもしすぎることはないと思うのだけど、主演のプリヤ・カンサラがすごく良かった。
きっと彼女はこの後もアクションやコメディや、いろいろな映画で活躍することと思うが、この映画を超えるインパクトを得ることは難しいのではないか、と本気で思ってしまうくらい、役にはまっていた。
「I am the fury」(私は怒りそのもの)という決め台詞がたくさん出てくるのだが、彼女がなんで怒っているのか、じつはよく分からない。
「抑圧された女性たちの怒り」というメッセージもあるのだろうけど、若者が持つ理由のない怒りの戯画的な表現にもなっているような気がする。
コメディエンヌ的なのだが、すっとしたプライドも感じられて卑屈ではない。
反対に凛としたアクションにも、コメディの軽やかさがずっと持続している。
とても良かった。

あと、この映画の衣装やダンスシーンなど、「ボリウッド・リスペクト」として紹介されている部分も多いんだけど、私はむしろ「ボリウッド・サンプリング」と呼びたい。
ソウルクラシックをサンプリングしたヒップホップの曲が、元ネタとは全く違う曲になっているように、衣装やダンスはボリウッドをもとにしていても、質感としてはまったく別のものになっているからだ。
南アジア系の登場人物たちは、南アジアのイスラーム文化を守りながらも、生活様式や価値観に完全に現代イギリスに適応しているように見える。
その彼女たちが、伝統的な衣装に身を包んだり、過去の映画に使われたダンスを踊ったりするとき、ルーツを誇りつつも、そこには微妙な距離感があって、インド国内の映画が過去作にオマージュを捧げるのとは全然違う雰囲気がある。
自然体でもありつつ、少し演じているような感じというか。
そのちょっとした距離感に、すごく今日的なリアルさがあって良い。
日本で言うと、最近リリースされたラッパー千葉雄喜(元Kohh)の“Jameson Ginger”(まさかのムード歌謡)に似た感触を感じた。

このへんの感覚がいつも紹介しているインド本国のインディーミュージシャンが伝統的な要素を取り入れるときにすごく近いような気がして、それもたぶんこの映画に惹かれた理由だと思う。
軽刈田のブログを面白いと思ってくれている方がいたら、『ポライト・ソサエティ』は間違いなく楽しめるはずだ。


それから全編を通して、音楽も素晴らしく良かった。
インド系オーストラリア人を中心に結成され、レトロでモンドなインド歌謡を追求したBombay Royaleを中心に、Dope Saint Jude(南アフリカのフィメールラッパー)、Chemical Brothersから、Shirelles(オールディーズ)、浅川マキ(!)、古いボリウッドまで、東西新旧を問わず映画のテーマに沿ったセンスの良い曲を集め、かつ自分たちのルーツも客観視しつつ大事にしている。
やっぱりこのあたりの感覚はインドのインディーズシーンと非常に近い。

そういうわけで、上映が終わる前にぜひ見ることをおすすめしたい映画です。



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goshimasayama18 at 17:09|PermalinkComments(0)