プリー
2021年03月15日
ヒップホップで食べ歩くインドの旅
インドのヒップホップを聴いていて、気がついたことがある。
それは、「インドのラッパーは、やたらと地元の食べ物のことを扱う」ということだ。
ヒップホップにはレペゼンというカルチャーがあり、生まれ育った街やストリート、そして仲間たちを誇り、自慢するのが流儀とされているが、普通、食べ物はあんまり出てこない。
日本のヒップホップで例えるなら、愛知県出身のAK-69が味噌煮込みうどんやきしめんのことをラップしたり、横浜出身のMACCHO(OZROSAURUS)が崎陽軒のシウマイや家系ラーメンについてラップしたりするなんてことはまずないだろう。
本場アメリカでも、ニューヨークのJay-ZやNASとシカゴのカニエ・ウエストやコモンが「俺の街のピザのほうがうまい」とビーフを繰り広げるなんてことはありえないわけだが(当たり前だ)、インドのラッパーたちは、やたらと地元の食べ物のことをラップし、ミュージックビデオに登場させるのである。
まずは、私がこれまで見てきたなかでの「ベスト食べ歩きビデオ」に認定できる作品、ベンガルールのラッパーNEX(2021.12.15追記。このブログの記事を書いた時はNEXというアーティスト名だったのだが、のちにPasha Bhaiに改名したようだ)の"Kumbhakarna"のミュージックビデオを見てほしい。
ソフトウェア企業のビルが立ち並ぶ国際都市としてのベンガルールではなく、庶民が集う飲食街を活写した映像は、インドの下町の食レポとしても十分に楽しめる。
ケバブ系の焼き物や、よくわからない炒め物、揚げ物などの屋台から始まり、味のあるカフェでタバコを燻らせながらチャイを飲む。
撮影場所はストリートフードの店が軒を連ねるShivaj Nagarという場所。
Twitterでこの曲を紹介したところ、なんと近所に住んでいるという方からリアクションがあった。
「ゴキブリと猫とネズミだらけだけど旨い」
…なかなかに気合の入ったエリアだ。
牛肉料理をふんだんに提供しているということ、イスラームの装束に身を包んだ人の姿が多く見られることから、この地域自体もムスリムが多く暮らす場所のようである。食べ物屋以外にも、雑貨屋や生地屋など、下町のリアルな空気感がびんびん伝わってくる。
このNEX、よほどストリートフードが好きなようで、この'Eid Ka Chaand'では、牛の足を調理しているシーンから始まる。
Shivaj Nagar情報を教えてくれたBari Bari Bari Kosambariさんに伺ったところ、牛の足の煮込み「ビーフ・パヤ」の仕込みではないかとのこと。
ビーフ・パヤは「まだ日の出ぬ内から仕込んで市場の人が朝に食べる定番というイメージ」だそうで、こちらもリアルな地元感がたまらない。
3:20頃からは、今度は鶏肉を調理している様子が映される。
2本とも南アジアのイスラーム庶民の肉食文化の豊かさが感じられ、つい食べ物にばかり目が行ってしまうが、どちらもビートもラップもかなりかっこいい。
NEX, 今後もミュージックビデオともども注目のラッパーだ。
次の食べ歩きの舞台はハイデラーバード。
映画『バーフバリ』で有名になったテルグー語圏の中心都市で、インド料理好きにはビリヤニ(ビリヤーニー)の街として知られている。
この街のラッパーのミュージックビデオに登場するのももちろんビリヤニだ。
まず紹介するのは、Nawab Gangという地元のクルーから、AsurA, Lil Gunda, P$Ychloneの3人による"Flirt With Hyd".
いかにもハイデラーバードらしいイスラーム建築が目立つ街並みを練り歩き、リクシャーにハコ乗りしながらラップするビデオは地元感覚満載!
撮影場所にヒップホップっぽいアメリカ的な「ストリート」ではなく、本当の意味で地元をレペゼンする場所を選ぶインドのラッパーたちのセンスにはいつもながら敬服する。
2:00過ぎからはピザ・ドーサ、2:30過ぎからはニハーリー(肉の煮込み)といったストリートフードの屋台が映され、3:10には満を持してビリヤニが登場!
一瞬だが、リリックでも確かに「チキン・ビリヤーニー、マトン・ナハーリー(ニハーリー)」と言っている。
彼らのユニット名の'Nawab'はかつて南アジアを支配していたイスラーム王朝の「太守」を意味する言葉だ。
ムガール帝国、ニザーム王国といったイスラーム王朝の都市だったこの街にふさわしい名前で、ロゴマークはムンバイのDIVINEのGully Gangを意識しているようでもある。
ハイデラーバードからビリヤニ・ラップをもう1曲。
Ruhaan Arshadというラッパーの"Miya Bhai Hyderabad".
チャイから始まり、ニハーリー(0:45頃)、そしてビリヤニは1:58頃に登場。(そのすぐ後にはケバブも出てくる)
これまでのミュージックビデオとはうってかわって、陽気な地元の兄ちゃんたちが盛り上がってるって感じの垢抜けない映像がほほえましい。
タイトルの'miya bhai'は'my brother'という意味の仲間に呼びかけるスラングらしい。(ウルドゥー語。ここまで紹介したラッパーが使用している言語は、よく分からんけどおそらくデカン高原一帯のムスリムに話されているデカン・ウルドゥーと思われる)
「みーや、みーや、みーやばーい」というサビが印象に残るこの曲は、2018年にリリースされて以来、なんと4億4000回以上も再生されている。
ハイデラーバードの人口が700万人弱であることを考えると、異常なまでの愛されっぷりだ。
たしかに耳の残る曲ではあるが、インド人の心を掴む特別な何かが込められているのだろうか…。
続いては、インド東岸、オディシャ州の海辺の町プリー。
これまでもたびたび紹介している日印ハーフのラッパーBig Dealによる世界初のオディア語(オディシャ州の言語)ラップ"Mu Heli Odia".
内陸部のベンガルールやハイデラーバードとはぐっと異なる、ひなびた海辺の街ならではの風景が楽しめる。
また、近くにジャガンナート寺院という大きなヒンドゥー寺院があるからか、サドゥー(ヒンドゥーの世捨て人的な行者)の姿が目立つのも印象的だ。
注目してほしいのは、2:20過ぎからの'Let 'em know that Rosogolla is from Odisha'(Rosogollaはオディシャで生まれたものだとやつらに分らせてやれ)という英語字幕で表されているリリック。
ここでRosogolla(おそらくオディア語の表記)と呼ばれているのは、ヒンディー語ではラスグッラー(Rasgulla)として知られている牛乳と小麦粉と砂糖で作られた甘いお菓子のこと。
初めてこのミュージックビデオを見た時から「地元の菓子をラップで自慢するなんて、いかにもインドらしいなあ」と思っていたのだが、小林真樹さんの『食べ歩くインド 北・東編』を読んで、ここには単なる郷土自慢以上の意味が込められていることに気づいた。
このラスグッラーの発祥をめぐって、オディシャ州とウエストベンガル州との間で裁判になるほどの論争があったというのだ。
ラスグッラーは一般的にはウエストベンガル州コルカタのKC Dasという菓子店によって有名になったとされているが、オディシャ州側は、もともとはプリーのジャガンナート寺院の供物として作られていたものだと主張(古くは15世紀の文献にRasagolaという菓子の記述があるという)。
ウエストベンガル側も、今日のラスグッラーは19世紀にDasが改良して普及したものだと主張し、一歩も譲らなかった。
結果、2017年にラスグッラーはウエストベンガル州に帰属する(ただし、オディシャ州でも製造方法や独自の特徴を明記すればラスグッラーの名称を使用可能とする)という判決が下されたという。
この曲がリリースされたのはその判決が出る直前で、つまりBig Dealはこのリリックを通じてラスグッラーの正統なルーツを主張していたのだ。
これに対してコルカタのラッパーが「ラスグッラーは俺たちのものだ」とアンサーしたりするとなお面白かったのだが、今のところそうした動きはない模様。
コルカタ愛の強いCizzyあたりに、ぜひ仕掛けてもらいたいものである。
続いては、インド西部に足を延ばし、タール砂漠が広がるラージャスターン州を食べ歩こう。
こちらも以前紹介したことがある曲だが、青く塗られた石造りの家が立ち並ぶ「ブルーシティ」ことジョードプルのラップユニットJ19 Squadによる"Mharo Jodhpur".
1:00頃に出てくる料理に注目。
真ん中に置かれたボール状の食べ物が置かれたターリーは、ダール・バーティーと呼ばれるもので、チャパティと同じ生地を団子状にして加熱したバーティーと豆カレーのダールを合わせたもの(リリックでも確かに「ダール・バーティー」とラップしている)。
この地方を代表する料理で、「食べ歩くインド 北・東編」によると、大量の乾燥牛糞を燃やした中にバーティーの生地を投入してローストし、灰や土で蓋をして焼き上げ、最後にギー(精製した発酵バター)をくぐらせて作るこの地方独特の食べ物だという。
その後に出てくるのはミルチ・バダと呼ばれるジョードプル名物のストリートフードで、青唐辛子とジャガイモやカリフラワーをスパイスやバターを合わせた生地でくるんで揚げたものだ。
J19 Squadは他のミュージックビデオでは銃をぶっぱなしたりしているかなりコワモテな連中だが、やはり地元の食べ物には人一倍の誇りを持っているのだろう。
探せばまだまだありそうだが、今回の食べ歩きの旅はここまで。
地域や食文化はさまざまだが、いずれの楽曲からも、「これが俺たちの血や肉を作っているんだ」という誇りと自負が感じられるのがお分かりいただけただろう。
他にも、ヒップホップではないが、ケーララ州には地元の名物料理の名前を冠したAvialというバンドもいるし、とにかくインドのミュージシャンの地元料理愛には驚かされるばかり。
コロナ禍でなかなか旅に出られない状況が続くけれど、また面白い食べ歩きミュージックビデオがあったら紹介してみたい。
ところで、今回の記事を書くにあたって、どんなにタイトルを考えても、小林真樹さんの名著「食べ歩くインド」(旅行人)に似てしまって仕方なかったので、この際リスペクトを込めて、思いっきりパクらせていただきました。
南アジアの食文化を、ここまで広く、深く、そして面白く紹介した本は世界中を探しても他にないはず。
ジャンルは違えどインドのカルチャーを掘る者としても、大いに刺激をいただいた一冊です。
未読の方は、ぜひ。
ジャンル別記事一覧!
それは、「インドのラッパーは、やたらと地元の食べ物のことを扱う」ということだ。
ヒップホップにはレペゼンというカルチャーがあり、生まれ育った街やストリート、そして仲間たちを誇り、自慢するのが流儀とされているが、普通、食べ物はあんまり出てこない。
日本のヒップホップで例えるなら、愛知県出身のAK-69が味噌煮込みうどんやきしめんのことをラップしたり、横浜出身のMACCHO(OZROSAURUS)が崎陽軒のシウマイや家系ラーメンについてラップしたりするなんてことはまずないだろう。
本場アメリカでも、ニューヨークのJay-ZやNASとシカゴのカニエ・ウエストやコモンが「俺の街のピザのほうがうまい」とビーフを繰り広げるなんてことはありえないわけだが(当たり前だ)、インドのラッパーたちは、やたらと地元の食べ物のことをラップし、ミュージックビデオに登場させるのである。
まずは、私がこれまで見てきたなかでの「ベスト食べ歩きビデオ」に認定できる作品、ベンガルールのラッパーNEX(2021.12.15追記。このブログの記事を書いた時はNEXというアーティスト名だったのだが、のちにPasha Bhaiに改名したようだ)の"Kumbhakarna"のミュージックビデオを見てほしい。
ソフトウェア企業のビルが立ち並ぶ国際都市としてのベンガルールではなく、庶民が集う飲食街を活写した映像は、インドの下町の食レポとしても十分に楽しめる。
ケバブ系の焼き物や、よくわからない炒め物、揚げ物などの屋台から始まり、味のあるカフェでタバコを燻らせながらチャイを飲む。
撮影場所はストリートフードの店が軒を連ねるShivaj Nagarという場所。
Twitterでこの曲を紹介したところ、なんと近所に住んでいるという方からリアクションがあった。
あら!プロモに出てくるShivaji Nagarはうちから歩いていける距離でSavera CafeもHamza Hotelも何度か行ったことある。辺りの屋台料理はインドだけど牛肉がほとんどで、マトンパヤはゴキブリと猫とネズミだらけだけど旨い。 ヤバい空気がたっぷりで最高。Makkah cafeはRichmond townな。ノンベジ。 https://t.co/vMP2XVSQIX
— Bari Bari Bari Kosambari (@nekoyamashingo) March 11, 2021
「ゴキブリと猫とネズミだらけだけど旨い」
…なかなかに気合の入ったエリアだ。
牛肉料理をふんだんに提供しているということ、イスラームの装束に身を包んだ人の姿が多く見られることから、この地域自体もムスリムが多く暮らす場所のようである。
このNEX、よほどストリートフードが好きなようで、この'Eid Ka Chaand'では、牛の足を調理しているシーンから始まる。
Shivaj Nagar情報を教えてくれたBari Bari Bari Kosambariさんに伺ったところ、牛の足の煮込み「ビーフ・パヤ」の仕込みではないかとのこと。
ビーフ・パヤは「まだ日の出ぬ内から仕込んで市場の人が朝に食べる定番というイメージ」だそうで、こちらもリアルな地元感がたまらない。
3:20頃からは、今度は鶏肉を調理している様子が映される。
2本とも南アジアのイスラーム庶民の肉食文化の豊かさが感じられ、つい食べ物にばかり目が行ってしまうが、どちらもビートもラップもかなりかっこいい。
NEX, 今後もミュージックビデオともども注目のラッパーだ。
次の食べ歩きの舞台はハイデラーバード。
映画『バーフバリ』で有名になったテルグー語圏の中心都市で、インド料理好きにはビリヤニ(ビリヤーニー)の街として知られている。
この街のラッパーのミュージックビデオに登場するのももちろんビリヤニだ。
まず紹介するのは、Nawab Gangという地元のクルーから、AsurA, Lil Gunda, P$Ychloneの3人による"Flirt With Hyd".
いかにもハイデラーバードらしいイスラーム建築が目立つ街並みを練り歩き、リクシャーにハコ乗りしながらラップするビデオは地元感覚満載!
撮影場所にヒップホップっぽいアメリカ的な「ストリート」ではなく、本当の意味で地元をレペゼンする場所を選ぶインドのラッパーたちのセンスにはいつもながら敬服する。
2:00過ぎからはピザ・ドーサ、2:30過ぎからはニハーリー(肉の煮込み)といったストリートフードの屋台が映され、3:10には満を持してビリヤニが登場!
一瞬だが、リリックでも確かに「チキン・ビリヤーニー、マトン・ナハーリー(ニハーリー)」と言っている。
彼らのユニット名の'Nawab'はかつて南アジアを支配していたイスラーム王朝の「太守」を意味する言葉だ。
ムガール帝国、ニザーム王国といったイスラーム王朝の都市だったこの街にふさわしい名前で、ロゴマークはムンバイのDIVINEのGully Gangを意識しているようでもある。
ハイデラーバードからビリヤニ・ラップをもう1曲。
Ruhaan Arshadというラッパーの"Miya Bhai Hyderabad".
チャイから始まり、ニハーリー(0:45頃)、そしてビリヤニは1:58頃に登場。(そのすぐ後にはケバブも出てくる)
これまでのミュージックビデオとはうってかわって、陽気な地元の兄ちゃんたちが盛り上がってるって感じの垢抜けない映像がほほえましい。
タイトルの'miya bhai'は'my brother'という意味の仲間に呼びかけるスラングらしい。(ウルドゥー語。ここまで紹介したラッパーが使用している言語は、よく分からんけどおそらくデカン高原一帯のムスリムに話されているデカン・ウルドゥーと思われる)
「みーや、みーや、みーやばーい」というサビが印象に残るこの曲は、2018年にリリースされて以来、なんと4億4000回以上も再生されている。
ハイデラーバードの人口が700万人弱であることを考えると、異常なまでの愛されっぷりだ。
たしかに耳の残る曲ではあるが、インド人の心を掴む特別な何かが込められているのだろうか…。
続いては、インド東岸、オディシャ州の海辺の町プリー。
これまでもたびたび紹介している日印ハーフのラッパーBig Dealによる世界初のオディア語(オディシャ州の言語)ラップ"Mu Heli Odia".
内陸部のベンガルールやハイデラーバードとはぐっと異なる、ひなびた海辺の街ならではの風景が楽しめる。
また、近くにジャガンナート寺院という大きなヒンドゥー寺院があるからか、サドゥー(ヒンドゥーの世捨て人的な行者)の姿が目立つのも印象的だ。
注目してほしいのは、2:20過ぎからの'Let 'em know that Rosogolla is from Odisha'(Rosogollaはオディシャで生まれたものだとやつらに分らせてやれ)という英語字幕で表されているリリック。
ここでRosogolla(おそらくオディア語の表記)と呼ばれているのは、ヒンディー語ではラスグッラー(Rasgulla)として知られている牛乳と小麦粉と砂糖で作られた甘いお菓子のこと。
初めてこのミュージックビデオを見た時から「地元の菓子をラップで自慢するなんて、いかにもインドらしいなあ」と思っていたのだが、小林真樹さんの『食べ歩くインド 北・東編』を読んで、ここには単なる郷土自慢以上の意味が込められていることに気づいた。
このラスグッラーの発祥をめぐって、オディシャ州とウエストベンガル州との間で裁判になるほどの論争があったというのだ。
ラスグッラーは一般的にはウエストベンガル州コルカタのKC Dasという菓子店によって有名になったとされているが、オディシャ州側は、もともとはプリーのジャガンナート寺院の供物として作られていたものだと主張(古くは15世紀の文献にRasagolaという菓子の記述があるという)。
ウエストベンガル側も、今日のラスグッラーは19世紀にDasが改良して普及したものだと主張し、一歩も譲らなかった。
結果、2017年にラスグッラーはウエストベンガル州に帰属する(ただし、オディシャ州でも製造方法や独自の特徴を明記すればラスグッラーの名称を使用可能とする)という判決が下されたという。
この曲がリリースされたのはその判決が出る直前で、つまりBig Dealはこのリリックを通じてラスグッラーの正統なルーツを主張していたのだ。
これに対してコルカタのラッパーが「ラスグッラーは俺たちのものだ」とアンサーしたりするとなお面白かったのだが、今のところそうした動きはない模様。
コルカタ愛の強いCizzyあたりに、ぜひ仕掛けてもらいたいものである。
続いては、インド西部に足を延ばし、タール砂漠が広がるラージャスターン州を食べ歩こう。
こちらも以前紹介したことがある曲だが、青く塗られた石造りの家が立ち並ぶ「ブルーシティ」ことジョードプルのラップユニットJ19 Squadによる"Mharo Jodhpur".
1:00頃に出てくる料理に注目。
真ん中に置かれたボール状の食べ物が置かれたターリーは、ダール・バーティーと呼ばれるもので、チャパティと同じ生地を団子状にして加熱したバーティーと豆カレーのダールを合わせたもの(リリックでも確かに「ダール・バーティー」とラップしている)。
この地方を代表する料理で、「食べ歩くインド 北・東編」によると、大量の乾燥牛糞を燃やした中にバーティーの生地を投入してローストし、灰や土で蓋をして焼き上げ、最後にギー(精製した発酵バター)をくぐらせて作るこの地方独特の食べ物だという。
その後に出てくるのはミルチ・バダと呼ばれるジョードプル名物のストリートフードで、青唐辛子とジャガイモやカリフラワーをスパイスやバターを合わせた生地でくるんで揚げたものだ。
J19 Squadは他のミュージックビデオでは銃をぶっぱなしたりしているかなりコワモテな連中だが、やはり地元の食べ物には人一倍の誇りを持っているのだろう。
探せばまだまだありそうだが、今回の食べ歩きの旅はここまで。
地域や食文化はさまざまだが、いずれの楽曲からも、「これが俺たちの血や肉を作っているんだ」という誇りと自負が感じられるのがお分かりいただけただろう。
他にも、ヒップホップではないが、ケーララ州には地元の名物料理の名前を冠したAvialというバンドもいるし、とにかくインドのミュージシャンの地元料理愛には驚かされるばかり。
コロナ禍でなかなか旅に出られない状況が続くけれど、また面白い食べ歩きミュージックビデオがあったら紹介してみたい。
ところで、今回の記事を書くにあたって、どんなにタイトルを考えても、小林真樹さんの名著「食べ歩くインド」(旅行人)に似てしまって仕方なかったので、この際リスペクトを込めて、思いっきりパクらせていただきました。
南アジアの食文化を、ここまで広く、深く、そして面白く紹介した本は世界中を探しても他にないはず。
ジャンルは違えどインドのカルチャーを掘る者としても、大いに刺激をいただいた一冊です。
未読の方は、ぜひ。
ジャンル別記事一覧!
goshimasayama18 at 20:41|Permalink│Comments(0)
2018年02月17日
レペゼン俺の街! 各地のラッパーと巡るインドの旅
以前、DIVINEさんを紹介したときにもちょっと触れたけど、洋の東西を問わず、ラッパーの人たちっていうのは、レペゼンの精神っていうんですか?仲間を引き連れて、地元を練り歩くビデオを撮るのが大好きなんですなあ。
ヤンキーは地元が好き、みたいなのに通じるものがあるのかもしれない。
その気質はインドでも全く同じ。
州ごとに言語も違えば文化も違う、そんなインドのラッパー達がお国自慢のラップをやらないわけがない!
ということで、インド中のいろんな街でラッパーが地元の街を練り歩いてるビデオをYoutubeで探してみたら、出てくる出てくる。
今回はインド各地の街をラッパーが練り歩くビデオをみながら、いろんな街を巡ってみましょう。
街の名前言われたって違いが分かんねえよ、って人も、こうして比べて見てみれば、それぞれの街の個性を楽しんでいただけると思います)。
まずは地図、載っけときますね。
スタートはDIVINEさんの地元、マハーラーシュトラ州のムンバイ(旧ボンベイ)から!
曲の名前も"Yeh mera Bombay" (This is my Bombay)!!
インド西部、アラビア海に面したムンバイは、インド最大の都市にして商業の中心地。
でもこのビデオは、高層ビルや高級ホテルが立ち並び、ビジネスマンが行き交う大都会ではなく、庶民的っていうか下町っていうか、ギリギリスラムまで行かないくらいの地区で撮影しているところが肝心。
街のオヤジ達(一部カワイコちゃん)が「これが俺たちのボンベイだぜ」ってキメまくる。
「街の名前は変わったって、ここは何も変わらない俺たちのボンベイさ」っていうのは以前書いた通り。
満員のバスや電車、お祭りの人間ピラミッド、タージマハルホテルといったムンバイの象徴的な風景も挟み込まれるけど、最新のオフィス街なんかは一切出てこないのが逆に粋ってもんでしょう。
この曲、州の公用語マラーティー語ではなくてヒンディーでラップされているんだけど、それも多文化・他言語都市のムンバイならではと言える。
続いてはムンバイからインド亜大陸を北東に横断して、オディシャ州(旧名オリッサ州)へ。
ここの州都ブバネシュワールにほど近い、プリーという街出身のラッパー、Big Dealで、"Mu Heli Odia"
Big Dealは日本人のお母さんとインド人のお父さんとの間に生まれた日印ハーフのラッパーで、歌詞の最初のほうにもそのことが出てくる。今ではバンガロールを拠点として活躍しているようだ。
いずれきちんと紹介してみたいアーティストのひとりです。
プリーは漁民たちが暮らす小さな街で、映像も小さな漁船の上から始まる。
"Mu Heli Odia"は、この州で話されているオディア語で「俺はオディシャ人だぜ!」といった意味合いらしい。
プリーのオヤジ達が「俺はオディシャ人。オディア語を話すオディア野郎たちさ」とやるのはムンバイのDIVINEとほぼ同じだけど、映像は大都会のムンバイと比べると、ずいぶん鄙びた感じがするよね。
近くにジャガンナート寺院という大きなヒンドゥーの寺院があるせいか、サードゥー(ヒンドゥー行者)がちょくちょく出てくるところも見所。
海、海辺のラクダ、祭礼用の仮面、寺院、飛び立つ海鳥やクジラとローカル色がいっぱい。
俺やったるぜ的なリリックだけど、2:20くらいのところで、「インド中で食べられてるRosagolla(お菓子の名前)って、もとはオディシャのなんだぜ」なんてフレーズが入ってくるところも地元愛を感じる。
この曲は初のオディア語ラップソングということらしいが、オディア人としてのプライドが詰まった1曲なのだ。
では続きましてはプリーからぐーっと南へ下ってチェンナイ(旧名マドラス)へ。
チェンナイのあるタミル・ナードゥ州は、保守的というか真面目な州らしくて、夜更かししないようにナイトクラブのかわりにアフタヌーンクラブというのがあるとか、英語で落語をやる噺家が浮気の小噺をしても全然うけなかったとか、って話もあるところ。
それだけに、ラッパーもあんまりいないようではあるのだけど、見つけました。練り歩きビデオを。
MC Valluvarで「Thara Local」。言語はもちろんタミル語です。
チェンナイは、ムンバイ、デリー、コルカタと並び称されるインド第4の都市のはずなんだけど、撮影された地区の問題か、これまた今まで以上にド下町。
垢抜けない感じのラッパーと、映画音楽かなんかからサンプリングしたと思われるトラックがいい味出してる!
南インドに入って、街行く人々の肌の色がぐっと濃くなり、彫りの深い北インド系とはまた違ったドラヴィダ系の顔立ちになったのがお分かりいただけるだろうか。
最初と最後に出てくる屋外集会所、クリケット、おばちゃんが作るローカルフードに洗濯物干してる路地裏と、溢れ出る地元感がたまんない。
路地を練り歩いてると子供達がついてくるのも素敵だ。なんかかっこいいことやってる近所のあんちゃんって感じなんだろうね。
2分過ぎから急に路地裏ダンス対決が始まるところも、"Straight Outta Madras"っていうTシャツもイカす!
さて、最後はチェンナイからぐーっと北北西に移動して、タール砂漠の州、ラージャスタンへ。
地図に記載のあるジャイプルのもっと西、旧市街の街並みが美しい青色に塗られていることでも有名な「ブルーシティ」ことジョードプルのラッパー集団、J19 Squadで、"Mharo Jodhpur"。聴いてみてください。
男らしいラージャスターニー語のラップと、16世紀頃に建てられた青い街並みが非常にいい感じだ。
ワルってことのアピールなのか、砂漠の街なのにみんな革ジャンを着ているが、暑くないのだろうかと若干心配ではある。
あとどうでもいいけど、インドのミュージックビデオって、空撮が好きだよね。
ドローンあるから使おうぜ!ってノリなんだろうか。
ヒゲの先をツンと上に向けた男達がたくさん出てくるが、これは戦士として名高いこの地方特有の身だしなみ。途中で出てくる先のとがった靴や、色鮮やかなターバンもラージャスタン独特のものだ。
あとこれまた地元の食べ物が出てくるけど、世界中どこでも郷土のうまいものってのは自慢なんだろうね。
ここで出てくるのは、地元スタイルのカレーとカチョリという揚げ菓子で、あくまでも庶民的なのがストリート感ってとこでしょうか。
青い旧市街の真ん中の小高い丘の上にそびえるのは、いまでは美術館になっている古城メヘラーンガル砦。
最後の方にはこの地方のマハラジャが住んでいたウメイド・バワン・パレス(今では高級ホテルになっている)も出てきて、これまたお国自慢色満載!
というわけで、今回は大都会から海辺や砂漠の街まで、ヒップホップで巡ってみました。
こうして見てみてつくづく思うのは、インドの人たちはラップを黒人文化のコピーではなくて、完全に自分たちのものにしちゃってるんだなあってこと。
ヒップホップのビデオに地元の普通のおばちゃんとかそのへんの子どもを出そうってのは、日本人の感覚だと「あえて」的な考え方でもしない限り、なかなか出ない発想だろう。
日本語ラップの黎明期なんかだと、みんな東京にニューヨークみたいな「ヤバいストリート」っぽいイメージを重ねて、そっちに寄せた表現をしていたように思う。
もちろん、当時とはラップの国際化の度合いが全然違うっちゃ違うのだけれども、なんというか、インド人は、自分たちが黒人文化に寄っていくのではなくて、ラップのほうを無理やり自分たち側に構わず引き寄せちゃっている感じがする。
そしてそれが結果的にものすごく面白い表現になっている。
これだけ多様な言語や文化を持つインドの、どこに行ってもちゃんとその傾向があるってのが、なんつうかソウルを感じるじゃございませんか。
日本であえて似たテイストを探すなら、この曲かなー。
また他の街で練り歩きラップを見つけたら紹介します!
それでは今日はこのへんで。
ヤンキーは地元が好き、みたいなのに通じるものがあるのかもしれない。
その気質はインドでも全く同じ。
州ごとに言語も違えば文化も違う、そんなインドのラッパー達がお国自慢のラップをやらないわけがない!
ということで、インド中のいろんな街でラッパーが地元の街を練り歩いてるビデオをYoutubeで探してみたら、出てくる出てくる。
今回はインド各地の街をラッパーが練り歩くビデオをみながら、いろんな街を巡ってみましょう。
街の名前言われたって違いが分かんねえよ、って人も、こうして比べて見てみれば、それぞれの街の個性を楽しんでいただけると思います)。
まずは地図、載っけときますね。
スタートはDIVINEさんの地元、マハーラーシュトラ州のムンバイ(旧ボンベイ)から!
曲の名前も"Yeh mera Bombay" (This is my Bombay)!!
インド西部、アラビア海に面したムンバイは、インド最大の都市にして商業の中心地。
でもこのビデオは、高層ビルや高級ホテルが立ち並び、ビジネスマンが行き交う大都会ではなく、庶民的っていうか下町っていうか、ギリギリスラムまで行かないくらいの地区で撮影しているところが肝心。
街のオヤジ達(一部カワイコちゃん)が「これが俺たちのボンベイだぜ」ってキメまくる。
「街の名前は変わったって、ここは何も変わらない俺たちのボンベイさ」っていうのは以前書いた通り。
満員のバスや電車、お祭りの人間ピラミッド、タージマハルホテルといったムンバイの象徴的な風景も挟み込まれるけど、最新のオフィス街なんかは一切出てこないのが逆に粋ってもんでしょう。
この曲、州の公用語マラーティー語ではなくてヒンディーでラップされているんだけど、それも多文化・他言語都市のムンバイならではと言える。
続いてはムンバイからインド亜大陸を北東に横断して、オディシャ州(旧名オリッサ州)へ。
ここの州都ブバネシュワールにほど近い、プリーという街出身のラッパー、Big Dealで、"Mu Heli Odia"
Big Dealは日本人のお母さんとインド人のお父さんとの間に生まれた日印ハーフのラッパーで、歌詞の最初のほうにもそのことが出てくる。今ではバンガロールを拠点として活躍しているようだ。
いずれきちんと紹介してみたいアーティストのひとりです。
プリーは漁民たちが暮らす小さな街で、映像も小さな漁船の上から始まる。
"Mu Heli Odia"は、この州で話されているオディア語で「俺はオディシャ人だぜ!」といった意味合いらしい。
プリーのオヤジ達が「俺はオディシャ人。オディア語を話すオディア野郎たちさ」とやるのはムンバイのDIVINEとほぼ同じだけど、映像は大都会のムンバイと比べると、ずいぶん鄙びた感じがするよね。
近くにジャガンナート寺院という大きなヒンドゥーの寺院があるせいか、サードゥー(ヒンドゥー行者)がちょくちょく出てくるところも見所。
海、海辺のラクダ、祭礼用の仮面、寺院、飛び立つ海鳥やクジラとローカル色がいっぱい。
俺やったるぜ的なリリックだけど、2:20くらいのところで、「インド中で食べられてるRosagolla(お菓子の名前)って、もとはオディシャのなんだぜ」なんてフレーズが入ってくるところも地元愛を感じる。
この曲は初のオディア語ラップソングということらしいが、オディア人としてのプライドが詰まった1曲なのだ。
では続きましてはプリーからぐーっと南へ下ってチェンナイ(旧名マドラス)へ。
チェンナイのあるタミル・ナードゥ州は、保守的というか真面目な州らしくて、夜更かししないようにナイトクラブのかわりにアフタヌーンクラブというのがあるとか、英語で落語をやる噺家が浮気の小噺をしても全然うけなかったとか、って話もあるところ。
それだけに、ラッパーもあんまりいないようではあるのだけど、見つけました。練り歩きビデオを。
MC Valluvarで「Thara Local」。言語はもちろんタミル語です。
チェンナイは、ムンバイ、デリー、コルカタと並び称されるインド第4の都市のはずなんだけど、撮影された地区の問題か、これまた今まで以上にド下町。
垢抜けない感じのラッパーと、映画音楽かなんかからサンプリングしたと思われるトラックがいい味出してる!
南インドに入って、街行く人々の肌の色がぐっと濃くなり、彫りの深い北インド系とはまた違ったドラヴィダ系の顔立ちになったのがお分かりいただけるだろうか。
最初と最後に出てくる屋外集会所、クリケット、おばちゃんが作るローカルフードに洗濯物干してる路地裏と、溢れ出る地元感がたまんない。
路地を練り歩いてると子供達がついてくるのも素敵だ。なんかかっこいいことやってる近所のあんちゃんって感じなんだろうね。
2分過ぎから急に路地裏ダンス対決が始まるところも、"Straight Outta Madras"っていうTシャツもイカす!
さて、最後はチェンナイからぐーっと北北西に移動して、タール砂漠の州、ラージャスタンへ。
地図に記載のあるジャイプルのもっと西、旧市街の街並みが美しい青色に塗られていることでも有名な「ブルーシティ」ことジョードプルのラッパー集団、J19 Squadで、"Mharo Jodhpur"。聴いてみてください。
男らしいラージャスターニー語のラップと、16世紀頃に建てられた青い街並みが非常にいい感じだ。
ワルってことのアピールなのか、砂漠の街なのにみんな革ジャンを着ているが、暑くないのだろうかと若干心配ではある。
あとどうでもいいけど、インドのミュージックビデオって、空撮が好きだよね。
ドローンあるから使おうぜ!ってノリなんだろうか。
ヒゲの先をツンと上に向けた男達がたくさん出てくるが、これは戦士として名高いこの地方特有の身だしなみ。途中で出てくる先のとがった靴や、色鮮やかなターバンもラージャスタン独特のものだ。
あとこれまた地元の食べ物が出てくるけど、世界中どこでも郷土のうまいものってのは自慢なんだろうね。
ここで出てくるのは、地元スタイルのカレーとカチョリという揚げ菓子で、あくまでも庶民的なのがストリート感ってとこでしょうか。
青い旧市街の真ん中の小高い丘の上にそびえるのは、いまでは美術館になっている古城メヘラーンガル砦。
最後の方にはこの地方のマハラジャが住んでいたウメイド・バワン・パレス(今では高級ホテルになっている)も出てきて、これまたお国自慢色満載!
というわけで、今回は大都会から海辺や砂漠の街まで、ヒップホップで巡ってみました。
こうして見てみてつくづく思うのは、インドの人たちはラップを黒人文化のコピーではなくて、完全に自分たちのものにしちゃってるんだなあってこと。
ヒップホップのビデオに地元の普通のおばちゃんとかそのへんの子どもを出そうってのは、日本人の感覚だと「あえて」的な考え方でもしない限り、なかなか出ない発想だろう。
日本語ラップの黎明期なんかだと、みんな東京にニューヨークみたいな「ヤバいストリート」っぽいイメージを重ねて、そっちに寄せた表現をしていたように思う。
もちろん、当時とはラップの国際化の度合いが全然違うっちゃ違うのだけれども、なんというか、インド人は、自分たちが黒人文化に寄っていくのではなくて、ラップのほうを無理やり自分たち側に構わず引き寄せちゃっている感じがする。
そしてそれが結果的にものすごく面白い表現になっている。
これだけ多様な言語や文化を持つインドの、どこに行ってもちゃんとその傾向があるってのが、なんつうかソウルを感じるじゃございませんか。
日本であえて似たテイストを探すなら、この曲かなー。
また他の街で練り歩きラップを見つけたら紹介します!
それでは今日はこのへんで。
goshimasayama18 at 18:20|Permalink│Comments(0)