フィーメイル・ラッパー
2019年04月30日
インド女性のエンパワーメントをラップするムンバイのフィーメイル・ラッパーDee MC
ストリートラッパーを扱ったボリウッド映画"Gully Boy"のヒットからも分かるとおり、インドでは近年アンダーグラウンドなヒップホップシーンの成長が著しい。
このヒップホップブームによって、ポピュラー音楽が娯楽映画に付随するものでしかなかったインド社会においても、市井に暮らす人々(とくにストリートの若者)のリアルな声(ラップ)がエンターテインメント産業として成立するということが証明されつつある。
(ここでいう「アンダーグラウンド」は、「非映画音楽」という意味と理解してほしい。結果的にボリウッド映画によってこのブームが広まったというのが皮肉だが)
映画会社がプロのソングライターに作らせた楽曲ではなく、一般の人々が、ラップを通して自分の言葉を広く社会に届けることができる、あわよくば、それを職業とすることができる(少なくともそれを夢見ることができる)ようになったという意味で、インドのエンターテインメント界では、今まさに大変革が起きているというわけだ。
"Gully Boy"の舞台となったムンバイでは、ヒップホップは既にスラムに暮らす若者や子ども達が自尊心を獲得するための手段として機能している。
ムンバイ最大のスラム地区ダラヴィには、ダンスを通して子どもたちが賞賛を浴びられる場を提供する無料のヒップホップダンススクールが開かれているし、7 BantaiZに代表される多くのラッパーたちがリアルな声を発信し、支持されているのだ。
他の国々同様に、インドでも、ヒップホップは抑圧された都市の人々の声を代弁するものとして、その存在感を日に日に増してきている。
インドで抑圧された存在といえば、女性たちのことを忘れるわけにはいかない。
政治の分野では70年代にはネルーの娘であるインディラ・ガーンディーが中央政府の首相を務め、地方でも南部タミルナードゥ州では元女優のジャヤラリタが何度も州政権の座につくなど、一見すると女性の社会進出が進んでいるようにも見えるインドだが、一般的にはまだまだ「女性は結婚して家庭に入り、子どもを産み育てることを生きがいとすべし」という考え方が強い。
悲惨なレイプ被害や、カーストの掟を破った恋愛の果ての名誉殺人(女性が下位カーストと関係を持ったことによる家族の不名誉を清算するため、当事者の女性を殺害するという悪習)のニュースを聞いたことがある人も多いだろう。
(都市と地方では全く状況が違うので、一括りに考えられない状況ではあるが)
そんな中で、インド人女性として、女性であることの社会的障壁に対して声を上げているヒップホップアーティストがいる。
彼女の名前はDeepa Unnikrishnan.
Dee MCの名前で活動するムンバイで暮らす若干24歳の若手ラッパーだ。
彼女が昨年の'Menstrual Hygiene Day(月経衛生デー)'に合わせてリリースした楽曲"No More Limits".
だが、ラッパーとしての活動をし始めた彼女に対して、家族は理解を示さなかった。
Gully Boyのヒット以前のインド社会では、古い世代はヒップホップのことを全く知らなかったし、イベントのために夜に外出することも反対されたという。
アメリカのヒップホップで彼女が唯一好きになれなかったのが、女性蔑視(ミソジニー)的な傾向だ。
インドの社会や家庭で女性がおかれた立場とあいまって、女性のエンパワーメントや社会的障壁を壊してゆくことが、彼女のリリックのテーマとなってゆく。
音楽情報サイトRadioandmusic.comのインタビューで彼女が語ったところによると、女性の地位が決して高いとは言えないインド社会であっても、ヒップホップシーンで彼女が女性であるという理由で困難に直面したことは無かったという。
「女性ラッパーだからって困難を感じたことはないわ。でも、この国で女性でいることに関しては、いつも困難に直面していると感じてるの。他の女の子たちが困難に直面しているのと同じようにね。私はずいぶん若い頃、19歳のときにラップを始めた。今じゃもう引っ越したけど、その頃私は(ムンバイ郊外の)Kalyanに住んでいたから、ほとんどのイベントは私の家から離れたところで、夜に行われることになるの。私が感じた困難はそれだけよ。シーンにフィーメイル・ラッパーは多くないわ。だから、私がシーンに参加したとき、みんな『この新しい子は誰?』って感じだったの。私が何か助けてほしいときは、みんなが手伝ってくれた。もちろん、いつだって才能を疑う人はいたけど、それは性別とは関係の無いことよ」
(Radioandmusic.com "I didn't face challenges as a female rapper but I have faced challenges, being a female in this country: Dee MC")
このヒップホップブームによって、ポピュラー音楽が娯楽映画に付随するものでしかなかったインド社会においても、市井に暮らす人々(とくにストリートの若者)のリアルな声(ラップ)がエンターテインメント産業として成立するということが証明されつつある。
(ここでいう「アンダーグラウンド」は、「非映画音楽」という意味と理解してほしい。結果的にボリウッド映画によってこのブームが広まったというのが皮肉だが)
映画会社がプロのソングライターに作らせた楽曲ではなく、一般の人々が、ラップを通して自分の言葉を広く社会に届けることができる、あわよくば、それを職業とすることができる(少なくともそれを夢見ることができる)ようになったという意味で、インドのエンターテインメント界では、今まさに大変革が起きているというわけだ。
"Gully Boy"の舞台となったムンバイでは、ヒップホップは既にスラムに暮らす若者や子ども達が自尊心を獲得するための手段として機能している。
ムンバイ最大のスラム地区ダラヴィには、ダンスを通して子どもたちが賞賛を浴びられる場を提供する無料のヒップホップダンススクールが開かれているし、7 BantaiZに代表される多くのラッパーたちがリアルな声を発信し、支持されているのだ。
他の国々同様に、インドでも、ヒップホップは抑圧された都市の人々の声を代弁するものとして、その存在感を日に日に増してきている。
インドで抑圧された存在といえば、女性たちのことを忘れるわけにはいかない。
政治の分野では70年代にはネルーの娘であるインディラ・ガーンディーが中央政府の首相を務め、地方でも南部タミルナードゥ州では元女優のジャヤラリタが何度も州政権の座につくなど、一見すると女性の社会進出が進んでいるようにも見えるインドだが、一般的にはまだまだ「女性は結婚して家庭に入り、子どもを産み育てることを生きがいとすべし」という考え方が強い。
悲惨なレイプ被害や、カーストの掟を破った恋愛の果ての名誉殺人(女性が下位カーストと関係を持ったことによる家族の不名誉を清算するため、当事者の女性を殺害するという悪習)のニュースを聞いたことがある人も多いだろう。
(都市と地方では全く状況が違うので、一括りに考えられない状況ではあるが)
そんな中で、インド人女性として、女性であることの社会的障壁に対して声を上げているヒップホップアーティストがいる。
彼女の名前はDeepa Unnikrishnan.
Dee MCの名前で活動するムンバイで暮らす若干24歳の若手ラッパーだ。
彼女が昨年の'Menstrual Hygiene Day(月経衛生デー)'に合わせてリリースした楽曲"No More Limits".
生理を迎えても、誰もそのことに向き合おうとしないという内容の1番のヴァースに続いて、2番はこんなふうに続く。
That's the first mistake それが最初の間違いよ
Hushing your inner voice that's been trying to debate. 議論すべき内なる声を閉じ込めるなんて
Tell me now is it late? もう遅すぎるっていうの?
To fix what they broke first they got to relate? 壊されたものを治すために、まず説明してくれないと
My body, my problem, nobody can solve them. 私の体、私の問題、誰も解決してはくれない
They tell me not pure enough trying to keep me far from, みんなは私が清浄じゃないから
The kitchen, the temple, the house that they live in. 台所にも寺院にも、住んでる家にも近づくなって言う
Banished from all cause she's naturally bleeding. 生理だから、何にも近づくなって
This is your limit, better be in it too. そういう決まりだと、仕方ない事だと
Traditions don't change now don't be a fool. 伝統は今更変えられない バカな真似はやめろ
Keep it all aside what you're taught in the school. 学校で教わったことは忘れろ
This is not the city we don't play by your rules. ここはお前のルールが通用する場所じゃない、って
When I was a kid I was locked in a room, まだ小さかったのに、部屋に閉じ込められた
Can't touch or feel my own people I'm doom. 誰とも触れあえず、ひどい仕打ちだった
Now I wish I had asked them 'why?' 「どうして?」って聞けたらよかったわ
Why treat me different from the scientific views? どうして私に非科学的な扱いをするの?
All the anxiety, questions unanswerd, 不安にも心配にも答えは返ってこない
Bleeding lady silence she captures. 生理中の女性には沈黙しか返ってこない
とまどいを歌った1番のヴァースはヒンディー語で、それに対する抗議を歌った2番のヴァースは英語でラップされているというのが意味深な気がしないでもない。
清浄と不浄の概念を重要視するヒンドゥー教では、生理や出産は不浄なものとされてきた。
このリリックにあるように、生理中の女性は汚れているとして寺院に入れなかったり、家から隔離されて過ごさなければならないといった伝統があり、そのために地方では女性が隔離小屋で蛇に噛まれるなどして命を落とすという不幸な出来事も起きている。
都市部の開かれた人々からすれば、こうした伝統は過去のものなのだろうし、科学的見地から批判もされているわけだが、それでもなお因襲にとらわれている人々を、このラップは糾弾する内容というわけなのだ。
他の楽曲でも、女性であるがゆえの偏見や制限に抵抗するという彼女のテーマは揺るがない。
この"Talk My Way", "Taking My Time"の2曲をプロデュースしているKru172は、北インドのチャンディーガルのヒップホップデュオ。
この曲はデリーのラッパーSun Jとの共演。
インドのニュースサイトRediff.comの記事で、彼女は自身の生い立ちを語っている。
(Rediff.com "Dee MC: The badass rapper girl")
ケーララ州で生まれ、ムンバイ郊外で育ったDeepaは典型的なマラヤーリー(ケーララ系)の家庭で育った。
父は海外で出稼ぎをしており、彼女の家庭は父が稼ぐ海外からの送金で暮らしていたという。(マラヤーリーはペルシャ湾岸諸国などの海外に出稼ぎに出る人が多い)
5歳から古典舞踊バラタナティヤムをしていた彼女は、大学に入りヒップホップと出会う。
父が家にいないために、誰にも注意されずに家で自由にPCから音楽をダウンロードできる環境が、彼女の音楽への興味を育てていたのだ。
彼女の両親は、Deepaに公認会計士のような手堅い仕事や裕福な家庭との結婚というような平凡な人生を望んでいたが、彼女はどんどんヒップホップにのめり込んでゆく。
初めはダンサーを目指していた彼女は、本格的にヒップホップダンスを志すには遅すぎたと気づいてラッパーに転向。
アメリカのラッパーたちの影響のものとリリックを書き始めた。
That's the first mistake それが最初の間違いよ
Hushing your inner voice that's been trying to debate. 議論すべき内なる声を閉じ込めるなんて
Tell me now is it late? もう遅すぎるっていうの?
To fix what they broke first they got to relate? 壊されたものを治すために、まず説明してくれないと
My body, my problem, nobody can solve them. 私の体、私の問題、誰も解決してはくれない
They tell me not pure enough trying to keep me far from, みんなは私が清浄じゃないから
The kitchen, the temple, the house that they live in. 台所にも寺院にも、住んでる家にも近づくなって言う
Banished from all cause she's naturally bleeding. 生理だから、何にも近づくなって
This is your limit, better be in it too. そういう決まりだと、仕方ない事だと
Traditions don't change now don't be a fool. 伝統は今更変えられない バカな真似はやめろ
Keep it all aside what you're taught in the school. 学校で教わったことは忘れろ
This is not the city we don't play by your rules. ここはお前のルールが通用する場所じゃない、って
When I was a kid I was locked in a room, まだ小さかったのに、部屋に閉じ込められた
Can't touch or feel my own people I'm doom. 誰とも触れあえず、ひどい仕打ちだった
Now I wish I had asked them 'why?' 「どうして?」って聞けたらよかったわ
Why treat me different from the scientific views? どうして私に非科学的な扱いをするの?
All the anxiety, questions unanswerd, 不安にも心配にも答えは返ってこない
Bleeding lady silence she captures. 生理中の女性には沈黙しか返ってこない
とまどいを歌った1番のヴァースはヒンディー語で、それに対する抗議を歌った2番のヴァースは英語でラップされているというのが意味深な気がしないでもない。
清浄と不浄の概念を重要視するヒンドゥー教では、生理や出産は不浄なものとされてきた。
このリリックにあるように、生理中の女性は汚れているとして寺院に入れなかったり、家から隔離されて過ごさなければならないといった伝統があり、そのために地方では女性が隔離小屋で蛇に噛まれるなどして命を落とすという不幸な出来事も起きている。
都市部の開かれた人々からすれば、こうした伝統は過去のものなのだろうし、科学的見地から批判もされているわけだが、それでもなお因襲にとらわれている人々を、このラップは糾弾する内容というわけなのだ。
他の楽曲でも、女性であるがゆえの偏見や制限に抵抗するという彼女のテーマは揺るがない。
この"Talk My Way", "Taking My Time"の2曲をプロデュースしているKru172は、北インドのチャンディーガルのヒップホップデュオ。
この曲はデリーのラッパーSun Jとの共演。
インドのニュースサイトRediff.comの記事で、彼女は自身の生い立ちを語っている。
(Rediff.com "Dee MC: The badass rapper girl")
ケーララ州で生まれ、ムンバイ郊外で育ったDeepaは典型的なマラヤーリー(ケーララ系)の家庭で育った。
父は海外で出稼ぎをしており、彼女の家庭は父が稼ぐ海外からの送金で暮らしていたという。(マラヤーリーはペルシャ湾岸諸国などの海外に出稼ぎに出る人が多い)
5歳から古典舞踊バラタナティヤムをしていた彼女は、大学に入りヒップホップと出会う。
父が家にいないために、誰にも注意されずに家で自由にPCから音楽をダウンロードできる環境が、彼女の音楽への興味を育てていたのだ。
彼女の両親は、Deepaに公認会計士のような手堅い仕事や裕福な家庭との結婚というような平凡な人生を望んでいたが、彼女はどんどんヒップホップにのめり込んでゆく。
初めはダンサーを目指していた彼女は、本格的にヒップホップダンスを志すには遅すぎたと気づいてラッパーに転向。
アメリカのラッパーたちの影響のものとリリックを書き始めた。
だが、ラッパーとしての活動をし始めた彼女に対して、家族は理解を示さなかった。
Gully Boyのヒット以前のインド社会では、古い世代はヒップホップのことを全く知らなかったし、イベントのために夜に外出することも反対されたという。
アメリカのヒップホップで彼女が唯一好きになれなかったのが、女性蔑視(ミソジニー)的な傾向だ。
インドの社会や家庭で女性がおかれた立場とあいまって、女性のエンパワーメントや社会的障壁を壊してゆくことが、彼女のリリックのテーマとなってゆく。
音楽情報サイトRadioandmusic.comのインタビューで彼女が語ったところによると、女性の地位が決して高いとは言えないインド社会であっても、ヒップホップシーンで彼女が女性であるという理由で困難に直面したことは無かったという。
「女性ラッパーだからって困難を感じたことはないわ。でも、この国で女性でいることに関しては、いつも困難に直面していると感じてるの。他の女の子たちが困難に直面しているのと同じようにね。私はずいぶん若い頃、19歳のときにラップを始めた。今じゃもう引っ越したけど、その頃私は(ムンバイ郊外の)Kalyanに住んでいたから、ほとんどのイベントは私の家から離れたところで、夜に行われることになるの。私が感じた困難はそれだけよ。シーンにフィーメイル・ラッパーは多くないわ。だから、私がシーンに参加したとき、みんな『この新しい子は誰?』って感じだったの。私が何か助けてほしいときは、みんなが手伝ってくれた。もちろん、いつだって才能を疑う人はいたけど、それは性別とは関係の無いことよ」
(Radioandmusic.com "I didn't face challenges as a female rapper but I have faced challenges, being a female in this country: Dee MC")
因習にとらわれたインド社会よりも、ミソジニー的と思われていたヒップホップシーンのほうがずっとオープンだったのだ。
(これは、インドでヒップホップに興味を持つ層が、外国文化に触れることができるような開かれた環境の者に限られており、教養の程度が高いことも影響しているだろう)
同じインタビューの記事での彼女の言葉をもう少し翻訳して引用したい。
(最初に紹介した"No More Limits"や他の楽曲について)「これはこの時代の人々に目をさましてもらうためのものよ。私の曲には社会的なメッセージがあるの。ヒップホップへの愛を表現した楽しい曲もあるわ。そういう全てをミックスしたものが私の音楽ってことになるわね」
「私はヒップホップというジャンルには人々の心を開く力があると信じている。インドみたいな場所だと、人々がお金を払うエンターテインメントはボリウッドだけでしょ。みんなが求めているのはボリウッドだけだって言われている。この状況がヒップホップで変わることを願っているわ。私たちがいつもラップしているような社会問題については、誰も歌っていない。だから私たちのラップを聞くことで、人々は絆を感じることができるの。これは最初にアメリカで起こったことで、その後で世界中に広まったことよ。インドでももっとシーンは成長してゆくと思うわ」
「ラップを始めた時には、正直言ってそれがキャリアになるなんて考えてなかったわ。単に楽しかったから始めたの。自分自身でもびっくりしているんだけど、もっと早くからラップを始めていた人たちと比べて、自分がどこまでやれるか試してみたかっただけだったの。その様子を見て、応援してくれた人たちがたくさんいたわ。つまり、ヒップホップはビジネスみたいなものではなくて、コミュニティのようなものだったのよ。以前は誰もヒップホップなんて気にかけていなかったけど、その後、過去3〜4年の間に、人々はそれを職業として認識するようになったわ。2年くらい前から収入が得られるようになったの。今後5年くらいの間に、人々はもっとヒップホップを認識するようになるでしょうね」
「最も大事なことの一つは、私がラップで伝えたいのは、この国に存在する偽善についてだということ。誰もがインドは非常に近代的な国家だし、私たちの生活も近代化したと考えている。でも誰もがいまだに根深い偏見と迷信にとらわれていて、女性たちはいつもそのことについて怒りを感じているの。どのトピックも、私が個人的に経験したことに基づいているわ」
彼女だけではなく、インドのヒップホップの中心地ムンバイでは、フィーメイルラッパーたちも増えつつある。
彼女たちは「女の子がラップなんかするもんじゃない」という家族からの偏見とも戦いながらヒップホップアーティストとしてのキャリアを重ねている。
"Gully Boy"のヒットを受けて、続編の制作が決まったとのニュースを読んだが、続編を作るのであれば、今度は女性ラッパーが主人公の映画が見てみたい。
同じインタビューの記事での彼女の言葉をもう少し翻訳して引用したい。
(最初に紹介した"No More Limits"や他の楽曲について)「これはこの時代の人々に目をさましてもらうためのものよ。私の曲には社会的なメッセージがあるの。ヒップホップへの愛を表現した楽しい曲もあるわ。そういう全てをミックスしたものが私の音楽ってことになるわね」
「私はヒップホップというジャンルには人々の心を開く力があると信じている。インドみたいな場所だと、人々がお金を払うエンターテインメントはボリウッドだけでしょ。みんなが求めているのはボリウッドだけだって言われている。この状況がヒップホップで変わることを願っているわ。私たちがいつもラップしているような社会問題については、誰も歌っていない。だから私たちのラップを聞くことで、人々は絆を感じることができるの。これは最初にアメリカで起こったことで、その後で世界中に広まったことよ。インドでももっとシーンは成長してゆくと思うわ」
「ラップを始めた時には、正直言ってそれがキャリアになるなんて考えてなかったわ。単に楽しかったから始めたの。自分自身でもびっくりしているんだけど、もっと早くからラップを始めていた人たちと比べて、自分がどこまでやれるか試してみたかっただけだったの。その様子を見て、応援してくれた人たちがたくさんいたわ。つまり、ヒップホップはビジネスみたいなものではなくて、コミュニティのようなものだったのよ。以前は誰もヒップホップなんて気にかけていなかったけど、その後、過去3〜4年の間に、人々はそれを職業として認識するようになったわ。2年くらい前から収入が得られるようになったの。今後5年くらいの間に、人々はもっとヒップホップを認識するようになるでしょうね」
「最も大事なことの一つは、私がラップで伝えたいのは、この国に存在する偽善についてだということ。誰もがインドは非常に近代的な国家だし、私たちの生活も近代化したと考えている。でも誰もがいまだに根深い偏見と迷信にとらわれていて、女性たちはいつもそのことについて怒りを感じているの。どのトピックも、私が個人的に経験したことに基づいているわ」
彼女だけではなく、インドのヒップホップの中心地ムンバイでは、フィーメイルラッパーたちも増えつつある。
彼女たちは「女の子がラップなんかするもんじゃない」という家族からの偏見とも戦いながらヒップホップアーティストとしてのキャリアを重ねている。
"Gully Boy"のヒットを受けて、続編の制作が決まったとのニュースを読んだが、続編を作るのであれば、今度は女性ラッパーが主人公の映画が見てみたい。
彼女たちはまぎれもない本物のヒップホップ・アーティストだ。
インドのGully Girlたちに、最大限のリスペクトを!
凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
インドのGully Girlたちに、最大限のリスペクトを!
--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
goshimasayama18 at 15:10|Permalink│Comments(0)
2018年03月04日
逆輸入フィーメイル・ラッパーその1 Raja Kumari
これまでに何度かインドのラッパーを記事にしてきたが、ここ数年のインドのヒップホップシーンの成長は著しいものがあり、メインストリームのボリウッドのラップだけでなく、ストリート色の強い各地のローカルなラップシーンがどんどん形成されてきている。(というのは以前書いた通り)
ところが、活躍しているのはまだまだ男性が中心で、女性ラッパーの数は非常に少なく、その数少ない女性ラッパーも、インド育ちというわけではなくて、イギリスやアメリカで生まれたり育ったりしたアーティストだ。
(インド国内でもこの現状を気にしている人がいるみたいで、こんな記事も見つけた)
今回紹介するRaja Kumariもその中の一人で、彼女はカリフォルニア生まれのテルグ系(つまりアーンドラ・プラデーシュ州あたり)インド人。
インド人といっても国籍はアメリカ合衆国なのでインド人というよりもインド系アメリカ人と呼ぶべきか。
いわゆる「在外インド人」のことをインドではNRI(Non-Resicent Indians)と呼ぶが、彼女のように外国籍の場合はPIO(Persons of Indian Origen)と呼ばれたりもする。
Raja Kumariという名前は、本名のSvetha Yellapragada Raoが発音しにくいことからつけられた名前で、サンスクリット語で"Princess"を意味する言葉だ。
Fugeesでヒップホップに出会った彼女はアメリカでラッパーとしての活動を始め、Gwen StefaniやFall Out Boy、Iggy Azaleaといった有名アーティストとのコラボレーションを経た後、活動の中心をインドに移して活躍している。
アメリカ仕込みの本場のラップやR&Bが歌える彼女はインドで引く手数多で、このブログでも紹介してきたDIVINEやBadalとの共演で注目を集めている。
確かに、都市部の若者の価値観が変わってきているとはいえ、インド生まれでここまでタフな女性像が表現できる人材はなかなかいないだろうから、重宝されるのも納得。
一方で、やはりというか、Youtubeのコメント欄を見ると「彼女はインドの文化を破壊している」みたいなコメントもあったりする。
ソロで出している曲はこんな感じ。
格好はインドっぽいけど、曲や歌は極めてアメリカの女性ラッパー/R&Bシンガー的だ
続いての「Believe in you」では子供時代の映像も入って、インド色が大幅に増加。
アメリカのR&B側から見ると、リズムとかトラックにインドを感じるのかもしれないけど、インドの音楽ばっかり聴いている側から言わせてもらうと、やっぱり歌は完全にアメリカのR&Bのものだと感じる。
さらに曲調でもインド色をぐっと出してきた「Meera」
R&B的な歌い回しとインドっぽい歌い回しが交互に出てくる面白い曲で、最大の聴きどころは2:40頃から始まるインドのリズムとラップの融合!
欧米のアーティストとの共演はこんな感じだ。
デトロイトの女性シンガー、Janine the Machineとの共演。High Placesという曲。
カリフォルニアの女性シンガーソングライター、Eden XOとの共演。
多少ださいが気にしないで聴いていただくと、途中で1:30頃から、ここでもインドっぽい節回しの英語ラップが始まる。このラップについては後で詳述。
踊りながら演奏するフュージョンバイオリニストとして一部で有名らしい、Lindsey Stirlingという人との共演。
ビデオには出てこないが後ろのスキャットがRaja Kumariと思われ、一瞬バイオリンとの掛け合いもある。これもこういう音楽の常で曲がださいのはご愛嬌。
ソングライティングでのコラボはWikipediaから曲目のリストが見られるので、興味のある方はYoutubeなどで聴いてみてください。
ちなみにIggy AzaleaとかFall Out Boyとの共作曲は1億ビュー越えとなっている。
ところで、こうして続けて見てみると、彼女はインドでの作品ではアメリカの本場のR&B的要素を、欧米のミュージシャンとの共演ではインド的な要素を求められていて、それぞれのケースでそれが彼女の強みになっていることが分かる
さらに、彼女が「本場色」の強いラップ/R&Bを歌ってきているにも関わらず、ビジュアル的なイメージでは常に非常にインドの要素を強く打ち出していることもとても印象に残る。
ストリートっぽい格好をしているときもアクセサリーやなんかでインド色を加えていて、インドのラッパー達が、服装の面では完全に欧米化しているのとは非常に対照的だ。
DIVINEと共演している"City Slums"の歌詞では、こんなフレーズも出てくる。
I go harder than anybody 私は誰よりも強烈
Daughter of the king American dream キング・アメリカン・ドリームの娘
Phir bhi dil mein hindustani でも心はインド人のまま(※ここのみヒンディー語)
So don't misunderstand me だから誤解しないで
I do it for the people 私はみんなのために歌ってる
Yes I do it for my family, mainly そう、主に私のファミリーたちのために
"king American dream"っていうのは、自分の芸名(王の娘)とかけて、アメリカでミュージシャンとしてのキャリアをスタートしたことを表現しているんだろう。
でも心までアメリカに染まってしまったわけではないよ、心はインド人だし、インドのみんなのために歌ってるんだよ、ってことを言っている。
こうしたリリックや彼女のビジュアルイメージは、アメリカではアイデンティティの表明として、インドでは「私はアメリカ人になってしまったのではなく、あなたたちの仲間」というメッセージとして機能していると見ることもできるだろう。
というのも、アメリカに移住するインド人は、時として成功の象徴としてインドでのやっかみの対象になったり、頭脳流出として社会問題として捉えられることもあるからだ。
もっとも、彼女の「インドアピール」はマーケットのために作られたものというわけではなく、実際にアメリカ生まれながらインドの伝統を大事にする家庭に育てられたようで、このドキュメンタリーを見ると彼女のバックグラウンドがよく分かる。
とくに面白いのは1:30あたりからの部分。
彼女が幼い頃に習ったインドの伝統舞踊のリズムに英語を乗せるとラップになる!というところ。
彼女が言う通り、我々日本のリスナーにとってもSo exciting!な発見だ。
バンガロールでBrodha Vがヒンドゥーの讃歌のラップ性を見つけたのと同じことを地球の反対側から発見したとも言えるかもしれなくて、インドのヒップホップの固有性を考える上でもとても重要な視点ではないだろうか。
インドのリズムとラップのミクスチャーというのは非常に面白いテーマなので、いずれもっと掘り下げて書いてみることにします。
このRaja Kumariさん、今後インドではますます活躍することと思うけど、アメリカ生まれである彼女がアメリカに再逆輸入されて、国籍上の母国でもこの個性が評価されてほしいな、と切に願っています。
さて、今回のタイトルで「その1」と書いたけど、じつは思い当たる人は他にもう1人しかいなくて、それはイギリス育ちのHard Kaurさんという人。
それはまた別のお話、ということで、今日はこのへんで!
ところが、活躍しているのはまだまだ男性が中心で、女性ラッパーの数は非常に少なく、その数少ない女性ラッパーも、インド育ちというわけではなくて、イギリスやアメリカで生まれたり育ったりしたアーティストだ。
(インド国内でもこの現状を気にしている人がいるみたいで、こんな記事も見つけた)
今回紹介するRaja Kumariもその中の一人で、彼女はカリフォルニア生まれのテルグ系(つまりアーンドラ・プラデーシュ州あたり)インド人。
インド人といっても国籍はアメリカ合衆国なのでインド人というよりもインド系アメリカ人と呼ぶべきか。
いわゆる「在外インド人」のことをインドではNRI(Non-Resicent Indians)と呼ぶが、彼女のように外国籍の場合はPIO(Persons of Indian Origen)と呼ばれたりもする。
Raja Kumariという名前は、本名のSvetha Yellapragada Raoが発音しにくいことからつけられた名前で、サンスクリット語で"Princess"を意味する言葉だ。
Fugeesでヒップホップに出会った彼女はアメリカでラッパーとしての活動を始め、Gwen StefaniやFall Out Boy、Iggy Azaleaといった有名アーティストとのコラボレーションを経た後、活動の中心をインドに移して活躍している。
アメリカ仕込みの本場のラップやR&Bが歌える彼女はインドで引く手数多で、このブログでも紹介してきたDIVINEやBadalとの共演で注目を集めている。
確かに、都市部の若者の価値観が変わってきているとはいえ、インド生まれでここまでタフな女性像が表現できる人材はなかなかいないだろうから、重宝されるのも納得。
一方で、やはりというか、Youtubeのコメント欄を見ると「彼女はインドの文化を破壊している」みたいなコメントもあったりする。
ソロで出している曲はこんな感じ。
格好はインドっぽいけど、曲や歌は極めてアメリカの女性ラッパー/R&Bシンガー的だ
続いての「Believe in you」では子供時代の映像も入って、インド色が大幅に増加。
アメリカのR&B側から見ると、リズムとかトラックにインドを感じるのかもしれないけど、インドの音楽ばっかり聴いている側から言わせてもらうと、やっぱり歌は完全にアメリカのR&Bのものだと感じる。
さらに曲調でもインド色をぐっと出してきた「Meera」
R&B的な歌い回しとインドっぽい歌い回しが交互に出てくる面白い曲で、最大の聴きどころは2:40頃から始まるインドのリズムとラップの融合!
欧米のアーティストとの共演はこんな感じだ。
デトロイトの女性シンガー、Janine the Machineとの共演。High Placesという曲。
カリフォルニアの女性シンガーソングライター、Eden XOとの共演。
多少ださいが気にしないで聴いていただくと、途中で1:30頃から、ここでもインドっぽい節回しの英語ラップが始まる。このラップについては後で詳述。
踊りながら演奏するフュージョンバイオリニストとして一部で有名らしい、Lindsey Stirlingという人との共演。
ビデオには出てこないが後ろのスキャットがRaja Kumariと思われ、一瞬バイオリンとの掛け合いもある。これもこういう音楽の常で曲がださいのはご愛嬌。
ソングライティングでのコラボはWikipediaから曲目のリストが見られるので、興味のある方はYoutubeなどで聴いてみてください。
ちなみにIggy AzaleaとかFall Out Boyとの共作曲は1億ビュー越えとなっている。
ところで、こうして続けて見てみると、彼女はインドでの作品ではアメリカの本場のR&B的要素を、欧米のミュージシャンとの共演ではインド的な要素を求められていて、それぞれのケースでそれが彼女の強みになっていることが分かる
さらに、彼女が「本場色」の強いラップ/R&Bを歌ってきているにも関わらず、ビジュアル的なイメージでは常に非常にインドの要素を強く打ち出していることもとても印象に残る。
ストリートっぽい格好をしているときもアクセサリーやなんかでインド色を加えていて、インドのラッパー達が、服装の面では完全に欧米化しているのとは非常に対照的だ。
DIVINEと共演している"City Slums"の歌詞では、こんなフレーズも出てくる。
I go harder than anybody 私は誰よりも強烈
Daughter of the king American dream キング・アメリカン・ドリームの娘
Phir bhi dil mein hindustani でも心はインド人のまま(※ここのみヒンディー語)
So don't misunderstand me だから誤解しないで
I do it for the people 私はみんなのために歌ってる
Yes I do it for my family, mainly そう、主に私のファミリーたちのために
"king American dream"っていうのは、自分の芸名(王の娘)とかけて、アメリカでミュージシャンとしてのキャリアをスタートしたことを表現しているんだろう。
でも心までアメリカに染まってしまったわけではないよ、心はインド人だし、インドのみんなのために歌ってるんだよ、ってことを言っている。
こうしたリリックや彼女のビジュアルイメージは、アメリカではアイデンティティの表明として、インドでは「私はアメリカ人になってしまったのではなく、あなたたちの仲間」というメッセージとして機能していると見ることもできるだろう。
というのも、アメリカに移住するインド人は、時として成功の象徴としてインドでのやっかみの対象になったり、頭脳流出として社会問題として捉えられることもあるからだ。
もっとも、彼女の「インドアピール」はマーケットのために作られたものというわけではなく、実際にアメリカ生まれながらインドの伝統を大事にする家庭に育てられたようで、このドキュメンタリーを見ると彼女のバックグラウンドがよく分かる。
とくに面白いのは1:30あたりからの部分。
彼女が幼い頃に習ったインドの伝統舞踊のリズムに英語を乗せるとラップになる!というところ。
彼女が言う通り、我々日本のリスナーにとってもSo exciting!な発見だ。
バンガロールでBrodha Vがヒンドゥーの讃歌のラップ性を見つけたのと同じことを地球の反対側から発見したとも言えるかもしれなくて、インドのヒップホップの固有性を考える上でもとても重要な視点ではないだろうか。
インドのリズムとラップのミクスチャーというのは非常に面白いテーマなので、いずれもっと掘り下げて書いてみることにします。
このRaja Kumariさん、今後インドではますます活躍することと思うけど、アメリカ生まれである彼女がアメリカに再逆輸入されて、国籍上の母国でもこの個性が評価されてほしいな、と切に願っています。
さて、今回のタイトルで「その1」と書いたけど、じつは思い当たる人は他にもう1人しかいなくて、それはイギリス育ちのHard Kaurさんという人。
それはまた別のお話、ということで、今日はこのへんで!
goshimasayama18 at 20:07|Permalink│Comments(0)