シタール

2019年05月19日

混ぜるな危険!(ヘヴィーメタルとインド古典音楽を) インドで生まれた新ジャンル、シタール・メタルとは一体何なのか


突然だが、みなさんは「インド音楽」と聞いて何を想像するだろうか。
今日では歌って踊る映画音楽が広く知られているが、インド映画が広く知られるようになる前であれば、インドの音楽といえば、古典楽器シタールの調べを思い浮かべる人が多かったはずである。
悠久の時間を感じさせるゆるやかなリズムの上を、異国情緒たっぷりの音色がたゆたうような旋律を奏でる。
そんなシタールの響きは、当時の人々がインドに抱いていた神秘的なイメージにぴったりだった。
(実際はインドの古典音楽は結構激しかったりするんだけど)

シタールは、古参のロックファンにとっては、60年代にジョージ・ハリスンやブライアン・ジョーンズがバンドサウンドにサイケデリックな響きを導入するために演奏した楽器としても有名だ。

1967年のモントレー・ポップでのラヴィ・シャンカルの演奏を聴けば、インド古典音楽(これはヒンドゥスターニー音楽)がロックファンをも魅了するダイナミズムと美しさ、そして即興の妙を持っていることが分かるだろう。

モントレー・ポップ・フェスティバルから五十余年。
いつもこのブログに書いているように、インドの音楽シーンも激変した。
そして今、かつてロックファンを虜にしたシタールの音色を、あろうことかロックのなかでも最も激しくうるさい音楽であるヘヴィーメタルと融合したバンドが登場したのである。
それも、1バンドだけではなく、複数のバンドがほぼ同時に出てきたというから驚かされる。
というわけで、今回は、インドだけが成し得た究極のキメラ・ミュージック、「シタール・メタル」を紹介します。

まず最初に紹介するバンドはMute The Saint.
古典音楽一家に生まれたシタール奏者Rishabh Seenを中心とするプロジェクトである。
2016年にリリースされたファーストアルバムから、"Sound of Scars".(曲は45秒あたりから)
 
ものすごいインパクト。
 速弾きから始まり、リフを弾いているあたりまでは、ギター風のフレーズを単にシタールで弾いているだけのような印象を受けるが、シタール特有の大きなベンディングやビブラートが入った旋律を演奏し始めると、曲の雰囲気は激変する。
硬質なメタルサウンドのうえで波打つようなシタールの響きが、唯一無二な音世界を作り上げているのが分かるだろう。
直線的なギターの音色と大きな波を描くシタールの対比も面白い。
この1曲だけで、シタールという楽器の特性と可能性を十分すぎるほどに理解できるはずだ。 

インド人のリズム隊とアメリカ人のギタリストに声をかけて制作されたこのアルバムは、なんとメンバーが一度も顔を合わせずに作られたという。
それぞれの場所で演奏するメンバー4人を映したこの"The Fall Of Sirius"では、より古典音楽色の強いシタールを聴かせてくれている。


Rishabh Seenは、もともと大好きだったMeshuggahやAnimals As Leadersといったテクニカルなメタルバンドの曲をシタールでカバーして、インターネット上で注目を集めていた。

Rishabhは、ムンバイのシンフォニック・デスメタルバンドDemonic Resurrectionによるヴィシュヌ神の転生をテーマにしたアルバム"Dashavatar"でもシタールを披露している。
インド広しと言えども、ヘヴィーメタルに合わせてシタールを弾くことに関しては間違いなく彼が第一人者だろう。
「メタルdeクッキング!メキシコ料理編(しかも健康に良い) Demonic Resurrection!」この記事で紹介している"Matsya"のシタールがRishabによるものだ。余談だがDemonic ResurrectionのヴォーカリストDemonstealerは料理番組の司会者兼料理人も務めている変わり種。興味がある方はご一読を)

そんなRishabが、満を持して自分のやりたい音楽、すなわちシタールとヘヴィーメタルの融合のために始めたプロジェクトが、このMute The Saintということになる。
彼らについては、日本の音楽サイト"Marunouchi Muzik Magazine"が非常に丁寧に紹介とインタビューを行なっているので、詳しく知りたい方はぜひこちらを参照してほしい。
Marunouchi Muzik Magazine 'NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【MUTE THE SAINT : MUTE THE SAINT】'
彼が「音楽的にはメロディック、リズム的にはダイナミック」と指摘するインド古典音楽とプログレッシブ・メタルの共通点は、インドでプログレッシブ系のロック(ポストロックやマスロックなどを含めて)が盛んな理由を読み解く鍵といえるかもしれない。
例えば、ソロの応酬や変拍子のキメ、深遠な精神性など、インドの古典音楽とプログレッシブ・ロックには、意外にも共通する特徴がいくつもあるのだ。
余談だが、このMarunouchi Muzik Magazineはヘヴィーミュージックを中心に多くのアーティストを紹介しており、以前当ブログでも紹介したプログレッシブメタル/インド古典音楽/ジャズ/EDMを融合した超絶バンドPineapple Expressにもインタビューを行うなど、インド方面にもかなり目配りが効いた内容になっている。
この手の音楽が好きな方はぜひチェックしてみるとよいだろう。

Rishabhが現在取り組んでいるバンドの名前は、その名もずばりSitar Metal.
音源のリリースこそまだしていないが、アメリカの技巧派インストゥルメンタル・ロックバンドPolyphiaのインド公演のサポートを務めるなど、早くも注目を集めている。

「リミットレスなインドの楽器シタールをフロントに据え、ヒンドゥスターニー音楽とヘヴィーメタルの融合を目指す世界初のバンド」というコンセプトのもと、今回は遠隔地のミュージシャンたちによるプロジェクトではなく、ライブパフォーマンスも行うバンドとして活動をしてゆくようだ。

古典音楽のエリートがここまでヘヴィーメタルに入れ込むというのはかなり突飛な印象を受けるが、Talvin SinghやKarsh Kaleといったタブラ奏者たちが「究極のリズム音楽」であるドラムンベース的なアプローチでエレクトロニカに挑戦したことを考えれば、シタール奏者が「究極の弦楽器音楽」であるヘヴィーメタルに取り組むというのも十分に理解できるような気がしないでもない。
(ここでいう「究極」は「音数が多い」という意味と理解してください。ちなみにRishabhはそのTalvin Singhとの共演を行うなど、メタル界にとどまらないジャンルレスな活躍をしている)
Sitar Metalは2019年にはアルバムリリースも予定されており、今年もっとも活躍が楽しみなアーティストのひとつだ。


もうひとつ紹介するバンドはParatra.
Samron Jude(2003年結成のムンバイの重鎮スラッシュメタルバンドSystemHouse 33のギタリスト)によって2012年に結成された、シタール奏者Akshat Deoraとの二人組ユニットである。
シタールの音色だけでなくエレクトロニック的なサウンドも取り入れた、これまた唯一無二な音楽を演奏している。
 
Akshatのプレイスタイルは、エキゾチックな音階を弾いてはいるものの、Rishabh Seenとは異なりファンキーなリズムを感じさせるより現代的な印象のものだ。

彼らが2017年にリリースしたアルバム"Genesis"(vol.1とvol.2の同時リリース)では、同じ楽曲をエレクトロニック・バージョンとメタル・バージョンでそれぞれ発表するという非常に面白い試みをしている。
エレクトロニック・バージョンのほうは、欧米の音楽シーンでサイケデリックを表す記号として長年いいように使われて来たインドからの、なんというかお礼参りみたいな印象を受ける音楽だ。

ビデオ・ドラッグ(古すぎるか)みたいな映像と合わせて彼らのサウンドを聴いていると、オールドスクールな感じのトリップ感覚が味わえて、なかなかに気持ちがいい。

彼らはメタルバンドであるにも関わらず、アジア最大(そして世界で3番目!)のエレクトロニック・ミュージックのフェスであるプネーのSunburn Festivalへの出演経験もあり、古典とメタルだけでなく、ダンスミュージックとの間にある壁も軽々と乗り越えている。

DJブースにはシタール奏者とヘヴィーメタルギタリスト、さらに脇には生ドラムという、なんだかもうわけが分からない状況だが、観客は大盛り上がりだ。

昨年はシッキム州出身の実力派ハードロックヴォーカリストGirish Pradhanをフィーチャーしたヨーロッパツアー(ノルウェーのゴシックメタルバンドSireniaのサポートとして)も行なっており、一部では世界的な注目を集めているようだ。

タイプこそ異なるが、唯一無二であることに関しては甲乙つけがたいインドのシタール・メタルバンド2組。
いずれもが、古典音楽とさまざまな音楽のフュージョンを躊躇なく行ってきたインドが生んだ新たなる傑作と呼ぶにふさわしく、ぜひとも日本でもその雄姿を見てみたいものである。
フェスとかで来日したら盛り上がると思うんだけどなあ。


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goshimasayama18 at 20:35|PermalinkComments(0)

2018年06月06日

タブラ奏者Arunangshu Chaudhury来日公演を観てきた!

今日は早稲田の東京コンサーツラボというところでインドのタブラ奏者アルナングシュ・チョウドリィ(Arunangshu Chaudhury)氏のコンサートを見に行ってきた。
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今回のライヴは日本人のシタール奏者、ヨシダダイキチさんと、チョウドリィ師の弟子の日本人タブラプレイヤーのキュウリくんとのトリオ編成。

いつも最近のインドの音楽のことを偉そうに書いているアタクシですが、古典音楽の知識はさっぱり。
今回はライブの前にヨシダ師によるインド古典音楽(北インドのヒンドゥスターニー音楽)の解説というのもあったのだが、要約するとこういうことらしい。

・インド音楽の根底にはインド哲学があり、それは無の境地、「サマディ(三昧)」を目指すものである。

・インドの音階とされる「ラーガ」は1オクターブが西洋音楽のような12音階ではなく、22音階に分けられる。微妙な音階は、シタールの場合、ギターのチョーキングのような音程のなめらかな変化(揺らぎ)として表される。但し、ラーガ=音階(スケール)という意味ではなく、ラーガはメロディーの規則なども含む概念である。

・インドのリズムとされる「ターラ」は、西洋音楽のように例えば「4拍子で前に進んで行く」ようなイメージのものではなく、循環する概念として考えられる。例えば16拍子だったら、16拍子の中に陰と陽があり、1〜8拍は陽、9〜12拍は陰、13〜16拍は始点に戻るためのものと捉えられたりする(正直、よくわかりませんでした)。

・そもそも音楽を言葉で表そうとすること自体に無理があり、ただ楽しめば良い。

最後のやつ以外は理解できたのかどうか甚だ疑問ではあるのだけれども、コンサート自体は素晴らしかった。
おだやかなさざなみが徐々に彩られながらリズムとメロディーの大波となって自在に形を変えてゆくアンサンブルはまるでひとつのストーリーを見ているよう。
コルカタ出身のチョウドリィ氏のタブラはファルカバード・ガラナ(流派)だそうだが(これも何やらよく分かってないけど)、激速かつ緩急自在にして千変万化なプレイは圧巻の一言だった。
三昧の境地といってもダメなサイケデリックロックみたいな独りよがりの恍惚みたいなものではなく、すべての音が完全にコントロールされた上での到達点。
3人の演奏は絶頂に至る大波(しかも毎回、形が違う)を何度も繰り返しながらノンストップで1時間近く続き、知識はなくとも楽しめば良いの言葉通り、誰もが満喫できる内容だった。

同じ3人による昨年のライブの模様がこちら。
 
たまにあるキメの部分はどれくらい事前に決まっているんだろう、とか気にならないでもないが、そういうことは考えずにただ音を楽しむべし! 
生ならともかく、映像だと静かな前半がかったるい、という方は19分あたりから聴くとよいかもしれない。
即興演奏が中心で楽器同士で会話しているかのようなセッション的な部分があったりするのはジャズ的と言えるし、一つのフレーズやリズムを様々に変化させ、音を重ねながら盛り上げてゆくさまはむしろテクノ的とも言えるかもしれない。
詳しくないジャンルのことを書いているので、語尾が「かもしれない」ばかりになっているかもしれない。
あとカタカナ表記がチョードリーじゃなくてチョウドリィなのはどうして?とか、いろいろ思わないでもないけど、まあ細かいことは気にしないで楽しむべし! 

goshimasayama18 at 23:57|PermalinkComments(0)