ケララ
2019年05月04日
インドのインディーズシーンの歴史その13 ケーララから登場!カルナーティック・メタルバンド、Motherjane!
インドのインディー音楽シーンの歴史的名曲を辿ってゆくこの企画、13回めの今回は、ケーララ州出身のロック/ヘヴィーメタルバンドMotherjaneを紹介します。
これまで、この企画で紹介して来たアーティストは、在外インド人アーティストが6組、ムンバイを拠点とするアーティストが5組。
残りの1組はデリー出身なので、ここで初めて南インド出身のバンドが登場して来たことになる。
以前紹介した通り、ここケーララ州はインドのなかでもロックが盛んな土地。
(「ケーララ州のロックシーン特集!」)
伝統的に州政府が教育に力を入れてきたケーララ州は、インドの中でも高い識字率、インターネット普及率を誇る。
ケーララ州の都市コチで結成されたMotherjaneは、カレッジでのフェスティバルなどで演奏活動を開始した。
1999年にBaijuが加入すると、バンドは活躍の場を広げてゆき、2002年にデビューアルバムの"Insane Biography"を発表する。
このアルバムに収録された"Soul Corporations"という楽曲は、日本のヘヴィーメタル評論家の和田“キャプテン”誠が監修した「劇的メタル」というコンピレーションにも収録されており、さらに2003年にはAsian Rock Rising Festivalというイベントでなんと来日公演も実現している。
今回彼らのことを調べてみるまで、昨年来日したデスメタルバンドのGutslit以前に来日公演を行ったインドのメタルバンドがいたとは全く知らなかった。
そのコンピレーション盤に収録されていた、おそらくは日本に紹介された最初のインドのヘヴィーメタルということになる、"Soul Corporations".
この楽曲ではカルナーティック的な要素はギターソロに少し見られるくらいで、QueensrycheやDream Theaterの影響が感じられるプログレッシブ・メタル的な曲調だ。
彼らがカルナーティック音楽の要素を大きく取り入れたのは2008年にリリースされたセカンドアルバム"Maktub"から。
このアルバムではBaijuの独特のカルナーティック的ギターフレーズとともに、ケーララ州の伝統的な太鼓であるチェンダを取り入れるなどローカル色を全面的に打ち出し、彼らの個性を開花させた作品となった。
"Maktub"収録の"Mindstreet"では、正統派プログレッシブ・メタル的な音楽性を維持しながら随所にカルナーティック的な旋律が散りばめられている。
このアルバム発表後、彼らはインドを代表するメタルバンドとして、MegadethやMachine Head, Opethといった海外のバンドのインドでの公演のオープニング・アクトを務めるなど、さらに活躍の場を広げることになった。
その後、2010年にBaijuは自身のバンドWrenz Unitedを結成するためにバンドを脱退したが、その後も本家Motherjaneともども活躍を続けている。
Wrenz Unitedが5拍子のカルナーティック的フレーズが入ったリフを導入したKing and Pawn.
2:28からのギターソロも、他のギタリストでは思いつかないようなフレーズが飛び出してくる。
Baijuが以前紹介した北東部シッキム州のハードロック・ヴォーカリストGirish Pradhanと共演したGuns and Rosesの"Sweet Child of Mine"のカルナーティック風カバー。
インド南北の実力派ヴォーカリスト/ギタリストによる素晴らしいコラボレーションだ。
本家Motherjaneが昨年リリースした楽曲"Namaste"のビデオは二人組ダンサーUllas and Bhoomiをフィーチャーしたもの。
すっかりオーセンティックなハードロックに回帰しており、彼らが持っていたカルナーティックの要素はBaijuによってもたらされたものだったことが分かる。
2000年代、インドのインディーミュージックシーンは北部の大都市のみならず、全土に広がってゆく。
これまで、この企画で紹介して来たアーティストは、在外インド人アーティストが6組、ムンバイを拠点とするアーティストが5組。
残りの1組はデリー出身なので、ここで初めて南インド出身のバンドが登場して来たことになる。
以前紹介した通り、ここケーララ州はインドのなかでもロックが盛んな土地。
(「ケーララ州のロックシーン特集!」)
伝統的に州政府が教育に力を入れてきたケーララ州は、インドの中でも高い識字率、インターネット普及率を誇る。
また、伝統的に海外への出稼ぎ労働者も多い地域であるため、欧米文化へのアクセスが他州に比べて容易な環境でもあった。
こうした背景が、州の規模に不釣り合いなロック普及の要因となったようだ。
インド北東部の諸州と同様にキリスト教文化が根付いていることも、欧米文化との親和性の高さの一因と言えるかもしれない。
(ただし、北東部は20世紀に入ってから布教されたプロテスタントの信者が多いのに対して、ケーララ州は早くも1世紀には聖トマスによってキリスト教が伝来したと伝えられており、また大航海時代にポルトガルの貿易拠点であった歴史もあることから、カトリックの信者が多い)
今回紹介するのは、1996年結成のMotherjaneが2007年に発表した楽曲"Broken".
インドロック界の名ギタリストと称されるBaiju Dharmajanによる古典音楽由来のフレーズが全編に散りばめられた楽曲だ。Motherjaneは南インドの伝統音楽とロックの融合に関しても先駆的なバンドである。
インド北東部の諸州と同様にキリスト教文化が根付いていることも、欧米文化との親和性の高さの一因と言えるかもしれない。
(ただし、北東部は20世紀に入ってから布教されたプロテスタントの信者が多いのに対して、ケーララ州は早くも1世紀には聖トマスによってキリスト教が伝来したと伝えられており、また大航海時代にポルトガルの貿易拠点であった歴史もあることから、カトリックの信者が多い)
今回紹介するのは、1996年結成のMotherjaneが2007年に発表した楽曲"Broken".
インドロック界の名ギタリストと称されるBaiju Dharmajanによる古典音楽由来のフレーズが全編に散りばめられた楽曲だ。Motherjaneは南インドの伝統音楽とロックの融合に関しても先駆的なバンドである。
ケーララ州の都市コチで結成されたMotherjaneは、カレッジでのフェスティバルなどで演奏活動を開始した。
1999年にBaijuが加入すると、バンドは活躍の場を広げてゆき、2002年にデビューアルバムの"Insane Biography"を発表する。
このアルバムに収録された"Soul Corporations"という楽曲は、日本のヘヴィーメタル評論家の和田“キャプテン”誠が監修した「劇的メタル」というコンピレーションにも収録されており、さらに2003年にはAsian Rock Rising Festivalというイベントでなんと来日公演も実現している。
今回彼らのことを調べてみるまで、昨年来日したデスメタルバンドのGutslit以前に来日公演を行ったインドのメタルバンドがいたとは全く知らなかった。
そのコンピレーション盤に収録されていた、おそらくは日本に紹介された最初のインドのヘヴィーメタルということになる、"Soul Corporations".
この楽曲ではカルナーティック的な要素はギターソロに少し見られるくらいで、QueensrycheやDream Theaterの影響が感じられるプログレッシブ・メタル的な曲調だ。
彼らがカルナーティック音楽の要素を大きく取り入れたのは2008年にリリースされたセカンドアルバム"Maktub"から。
このアルバムではBaijuの独特のカルナーティック的ギターフレーズとともに、ケーララ州の伝統的な太鼓であるチェンダを取り入れるなどローカル色を全面的に打ち出し、彼らの個性を開花させた作品となった。
"Maktub"収録の"Mindstreet"では、正統派プログレッシブ・メタル的な音楽性を維持しながら随所にカルナーティック的な旋律が散りばめられている。
このアルバム発表後、彼らはインドを代表するメタルバンドとして、MegadethやMachine Head, Opethといった海外のバンドのインドでの公演のオープニング・アクトを務めるなど、さらに活躍の場を広げることになった。
その後、2010年にBaijuは自身のバンドWrenz Unitedを結成するためにバンドを脱退したが、その後も本家Motherjaneともども活躍を続けている。
Wrenz Unitedが5拍子のカルナーティック的フレーズが入ったリフを導入したKing and Pawn.
2:28からのギターソロも、他のギタリストでは思いつかないようなフレーズが飛び出してくる。
Baijuが以前紹介した北東部シッキム州のハードロック・ヴォーカリストGirish Pradhanと共演したGuns and Rosesの"Sweet Child of Mine"のカルナーティック風カバー。
インド南北の実力派ヴォーカリスト/ギタリストによる素晴らしいコラボレーションだ。
本家Motherjaneが昨年リリースした楽曲"Namaste"のビデオは二人組ダンサーUllas and Bhoomiをフィーチャーしたもの。
すっかりオーセンティックなハードロックに回帰しており、彼らが持っていたカルナーティックの要素はBaijuによってもたらされたものだったことが分かる。
2000年代、インドのインディーミュージックシーンは北部の大都市のみならず、全土に広がってゆく。
次回のこの企画で紹介するThermal and a Quarterは南部カルナータカ州のバンガロール出身。
お楽しみに!
お楽しみに!
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「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
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goshimasayama18 at 00:16|Permalink│Comments(0)
2019年01月30日
ケーララのブラックメタルバンド"Willuwandi"が叫ぶ「アンチ・カースト」!
以前特集したケーララの音楽シーンのなかで、また面白いバンドを見つけた。
2009年に結成された同州の都市コチのブラックメタルバンド"Willuwandi"だ。
前にも説明したが、ブラックメタルはヘヴィーメタルをさらに過激にした音楽だ。
ヴォーカルはもはや音程を放棄してひたすら絶叫し、ドラムはブラストビートと呼ばれるやけっぱち的な高速のリズムを叩き、ギターはそれにあわせて不穏なメロディーを奏でるという、大衆性皆無なヘヴィーメタル界の極北ともいえるジャンルだ。
音楽性よりもさらに特異なのはその思想で、ブラックメタルはヘヴィーメタルが演出として取り入れていたオカルトや悪魔崇拝に本気 (マジ)で傾倒することを趣旨とし、なかには教会に放火したり殺人を犯すようなとんでもない連中もいるのだ。
最近はブラックメタラーによる凶悪犯罪のニュースはあまり聞かなくなったし、さすがに馬鹿らしくなったのか、悪魔崇拝をテーマにしたバンドも減っているようだが、今でも多くのブラックメタルミュージシャンが反キリスト教、反宗教のスタンスを表明している。
今回紹介するこのWilluwandi、歴史的にクリスチャンの多いケーララ州でアンチキリスト的な音楽とはおだやかでないが、彼らはいったいどんなことをアピールしているバンドなのか。
インドのなかでは教育がゆきとどき、貧富の差も少ないとされるケーララで、彼らはいったい何を主張しているのだろうか。
これがそのWilluwandiのアーティスト写真。
禍々しくも馬鹿馬鹿しい、ブラックメタル特有の白塗りのメイクは「コープスペイント」と呼ばれ、死体を模したものとされる。
どうして死体を模したメイクで反宗教を歌わなければいけないのかよく分からないかもしれないが、とにかくブラックメタルとはそういうものなのだ。
彼らの音楽性も正統派のブラックメタルのそれだ。
ブラックメタルをよく知らない人からしたら、何が正統派なのか分からないかもしれないが、まあこういうのが正統派なわけである。
(どうでもいいが、テレキャスターでブラックメタルを演奏するバンドを見たのは初めてかもしれない)
彼らのバンド名のWilluwandiとは、ケーララ州の言語マラヤーラム語で「牛車」を意味する言葉だ。
なぜブラックメタルバンドの名前が「牛車」なのかというと、それには少し長い説明が必要となる。
まず最初に「カースト制度」から話を始めることになるのだが、この浄・不浄の概念をもとにした身分制度は、インドの歴史の中で、いつ始まったか分からないほどの大昔から続いてきた。
司祭階級であったブラーミン(バラモン)を最も清浄な存在とし、以下、武士階級(クシャトリヤ)、商人階級(ヴァイシャ)、職人階級(シュードラ)と続くこの4つの階級を、ヴァルナ(四姓制度)と呼ぶ。
この4つの身分の下に、さらに最下層の身分として「アウトカースト」や「不可触民(英語でUntouchable)」と呼ばれる被差別階級が存在している。
汚れを扱うとされる仕事(屠畜、皮革加工、掃除夫、洗濯屋など)を生業としていた人々などがこれにあたり、今日では「抑圧された者」を意味する「ダリット(Dalit)」という名称で呼ばれることが多い。
彼らは共同体の井戸の使用や寺院への立ち入りを禁じられ、カーストヒンドゥーと同じ場所にいることや、ブラーミンの視界に入ることすら禁じられるなどの激しい差別を受け、虐げられてきた。
もちろん現在のインドではこうした差別は憲法で禁止されており、今日では彼らは法のもとで指定カースト(Scheduled Caste)と位置づけられ、進学や就職で一定の優遇枠を維持されるなど保護の対象となっている。
じつは、Willuwandiは、メンバー全員がこのダリット出身のバンド。
そう、彼らは、あの過激な音楽で、この伝統的な身分制度や、その基盤となった宗教に基づく社会制度への反対を訴えているというわけなのだ。
先ほど紹介した"Black God"も、曲の内容はダリットから身を起こし、コロンビア大学への留学を経てインドの憲法を起草した、初代法務大臣にまで登りつめた英雄的人物ビームラーオ・アンベードカル博士を讃えるものだという。
オカルティックなメイクをして悪魔主義的な音楽を演奏してるが、彼らはRage Against The Machineに影響を受けた、極めて真面目な社会派バンドなのである。
せっかくの社会派の歌詞も、あんな歌い方じゃあ何を言っているか分からないじゃないか、という至極まっとうな意見もあるかもしれないが、それはひとまず置いておく。
バンドの創立者でギター&ヴォーカルのSethuは語る。
「インドは俺たちの土地でもある。俺たちはそれを取り戻したいんだ。俺たちの最大の夢は、NagpurのDeeksha Bhoomiで演奏することさ」
カースト制度による差別の由来は諸説あるが、インドにもともと住んでいた色黒のドラヴィダ人をペルシア方面から侵入した色白のアーリア人が支配する過程で生み出されたものだという説がある。
彼らが代弁する「抑圧されたもの」はダリットに限らない。
「俺たちのバンドは闘争そのものだ。ダリットや他のマイノリティー、最近じゃムスリムたちもひどい差別を受けている」
とSethuは語る。
今回紹介した曲からも分かる通り、彼らはインドに蔓延するヒンドゥー至上主義的な空気に異議を唱えているのだ。
とはいえ、彼らは信仰としてのイスラム教や仏教に肩入れしているというわけではない。
「俺たちの音楽はどんな宗教とも関係ない。人々に、自分の神は自分自身なんだと伝えることを目的にしているんだ」とは、宗教を否定するブラックメタルミュージシャンらしい言葉だ。
それにしても、この思想も主義主張も、極めてノイジーな演奏と絶叫ではなかなか社会に伝わらないのではないかと心配になってしまうが(余計なお世話か)、彼らの活動を見ていると「誰が、どんなことを、どんな方法で主張しても構わない」という表現の自由の本質を感じさせられるのもまた確かだ。
それに、長年にわたり被抑圧者として虐げられてきた彼らの絶望や憤りは、このブラックメタルというジャンルこそふさわしいようにも感じる。
今回紹介したWilluwandiは、これまでに紹介してきたアーティストのなかでも極めてマイナーかつローカルで異色な存在だが、富裕層やエリートが多いインドのインディーミュージックシーンで、抑圧された者たちの怒りや苦痛を代弁するという、非常に「ロック的に正しい」姿勢に感銘を受け、紹介してみた次第です。
最後はこの言葉で締めくくりたい。
Jai Bhim!
(「ビームラーオ・アンベードカル万歳!」といった意味で、インドの平等主義者のかけ声として使われる言葉)
参考サイト:
Round Table India 'Willuwandi Band-A Musical Revolt From Kerala Against Brahminism'
Homegrown 'Meet The Black Metal Band From Kerala Fighting Against India's Casteism'
Financial Express: 'A different tune'
凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ!
2009年に結成された同州の都市コチのブラックメタルバンド"Willuwandi"だ。
前にも説明したが、ブラックメタルはヘヴィーメタルをさらに過激にした音楽だ。
ヴォーカルはもはや音程を放棄してひたすら絶叫し、ドラムはブラストビートと呼ばれるやけっぱち的な高速のリズムを叩き、ギターはそれにあわせて不穏なメロディーを奏でるという、大衆性皆無なヘヴィーメタル界の極北ともいえるジャンルだ。
音楽性よりもさらに特異なのはその思想で、ブラックメタルはヘヴィーメタルが演出として取り入れていたオカルトや悪魔崇拝に本気 (マジ)で傾倒することを趣旨とし、なかには教会に放火したり殺人を犯すようなとんでもない連中もいるのだ。
最近はブラックメタラーによる凶悪犯罪のニュースはあまり聞かなくなったし、さすがに馬鹿らしくなったのか、悪魔崇拝をテーマにしたバンドも減っているようだが、今でも多くのブラックメタルミュージシャンが反キリスト教、反宗教のスタンスを表明している。
今回紹介するこのWilluwandi、歴史的にクリスチャンの多いケーララ州でアンチキリスト的な音楽とはおだやかでないが、彼らはいったいどんなことをアピールしているバンドなのか。
インドのなかでは教育がゆきとどき、貧富の差も少ないとされるケーララで、彼らはいったい何を主張しているのだろうか。
これがそのWilluwandiのアーティスト写真。
禍々しくも馬鹿馬鹿しい、ブラックメタル特有の白塗りのメイクは「コープスペイント」と呼ばれ、死体を模したものとされる。
どうして死体を模したメイクで反宗教を歌わなければいけないのかよく分からないかもしれないが、とにかくブラックメタルとはそういうものなのだ。
彼らの音楽性も正統派のブラックメタルのそれだ。
ブラックメタルをよく知らない人からしたら、何が正統派なのか分からないかもしれないが、まあこういうのが正統派なわけである。
(どうでもいいが、テレキャスターでブラックメタルを演奏するバンドを見たのは初めてかもしれない)
彼らのバンド名のWilluwandiとは、ケーララ州の言語マラヤーラム語で「牛車」を意味する言葉だ。
なぜブラックメタルバンドの名前が「牛車」なのかというと、それには少し長い説明が必要となる。
まず最初に「カースト制度」から話を始めることになるのだが、この浄・不浄の概念をもとにした身分制度は、インドの歴史の中で、いつ始まったか分からないほどの大昔から続いてきた。
司祭階級であったブラーミン(バラモン)を最も清浄な存在とし、以下、武士階級(クシャトリヤ)、商人階級(ヴァイシャ)、職人階級(シュードラ)と続くこの4つの階級を、ヴァルナ(四姓制度)と呼ぶ。
この4つの身分の下に、さらに最下層の身分として「アウトカースト」や「不可触民(英語でUntouchable)」と呼ばれる被差別階級が存在している。
汚れを扱うとされる仕事(屠畜、皮革加工、掃除夫、洗濯屋など)を生業としていた人々などがこれにあたり、今日では「抑圧された者」を意味する「ダリット(Dalit)」という名称で呼ばれることが多い。
彼らは共同体の井戸の使用や寺院への立ち入りを禁じられ、カーストヒンドゥーと同じ場所にいることや、ブラーミンの視界に入ることすら禁じられるなどの激しい差別を受け、虐げられてきた。
もちろん現在のインドではこうした差別は憲法で禁止されており、今日では彼らは法のもとで指定カースト(Scheduled Caste)と位置づけられ、進学や就職で一定の優遇枠を維持されるなど保護の対象となっている。
だが、長年の人々の心に染み付いた汚れの意識、差別意識は簡単にはぬぐえず、今なお差別感情に基づく暴力や殺人事件、嫌がらせの犠牲となるダリットは少なくない。
指定カーストとされる人々は、実にインドの人口の16.6%にものぼる。
指定カーストとされる人々は、実にインドの人口の16.6%にものぼる。
じつは、Willuwandiは、メンバー全員がこのダリット出身のバンド。
そう、彼らは、あの過激な音楽で、この伝統的な身分制度や、その基盤となった宗教に基づく社会制度への反対を訴えているというわけなのだ。
先ほど紹介した"Black God"も、曲の内容はダリットから身を起こし、コロンビア大学への留学を経てインドの憲法を起草した、初代法務大臣にまで登りつめた英雄的人物ビームラーオ・アンベードカル博士を讃えるものだという。
オカルティックなメイクをして悪魔主義的な音楽を演奏してるが、彼らはRage Against The Machineに影響を受けた、極めて真面目な社会派バンドなのである。
せっかくの社会派の歌詞も、あんな歌い方じゃあ何を言っているか分からないじゃないか、という至極まっとうな意見もあるかもしれないが、それはひとまず置いておく。
バンドの創立者でギター&ヴォーカルのSethuは語る。
「インドは俺たちの土地でもある。俺たちはそれを取り戻したいんだ。俺たちの最大の夢は、NagpurのDeeksha Bhoomiで演奏することさ」
カースト制度による差別の由来は諸説あるが、インドにもともと住んでいた色黒のドラヴィダ人をペルシア方面から侵入した色白のアーリア人が支配する過程で生み出されたものだという説がある。
(そのせいか、今もインドでは色白こそ美の条件とされ、ご存知のように美男美女の映画俳優にはかなり色白な人が多い)
「俺たちの土地を取り戻す」という言葉や、"Black God"の冒頭に出てきた"Real History of India is the war between Aryans and Dravids"というフレーズは、このことを念頭においているものと思われる。
Deeksha Bhoomiとは、アンベードカルがヒンドゥーの因習であるカーストのくびきから脱却すべく、60万人のダリットたちと仏教へ集団改修した聖地のこと。
こんな音楽を演奏されちゃあアンベードカルもさぞびっくりすると思うが、彼らはいたって真面目なのだ。
彼らのバンド名、Willuwandi(牛車)は地元ケララのダリット解放の英雄、Ayyakaliへのオマージュとしてつけられたものだ。
かつて、彼らの土地では牛車を使うことができるのは豊かなカースト・ヒンドゥーに限られ、ダリットは彼らが乗る牛車が来ると道を譲らなければならなかった。
その状況に抗議すべく、Ayyakaliはダリットであるにも関わらず、自ら牛車を手に入れて市場などへ乗りつけることで、差別への反対を表明した。
彼の勇気ある行動のおかげで、20世紀初めごろまでには、地元のほとんどの道をダリットも使うことができるようになったという。
このWilluwandi(牛車)こそが高位カーストの無慈悲さへの抗議の象徴であり、社会運動を推進させるものとして、彼らは自らのバンドに命名しているのだ。
「俺たちの土地を取り戻す」という言葉や、"Black God"の冒頭に出てきた"Real History of India is the war between Aryans and Dravids"というフレーズは、このことを念頭においているものと思われる。
Deeksha Bhoomiとは、アンベードカルがヒンドゥーの因習であるカーストのくびきから脱却すべく、60万人のダリットたちと仏教へ集団改修した聖地のこと。
こんな音楽を演奏されちゃあアンベードカルもさぞびっくりすると思うが、彼らはいたって真面目なのだ。
彼らのバンド名、Willuwandi(牛車)は地元ケララのダリット解放の英雄、Ayyakaliへのオマージュとしてつけられたものだ。
かつて、彼らの土地では牛車を使うことができるのは豊かなカースト・ヒンドゥーに限られ、ダリットは彼らが乗る牛車が来ると道を譲らなければならなかった。
その状況に抗議すべく、Ayyakaliはダリットであるにも関わらず、自ら牛車を手に入れて市場などへ乗りつけることで、差別への反対を表明した。
彼の勇気ある行動のおかげで、20世紀初めごろまでには、地元のほとんどの道をダリットも使うことができるようになったという。
このWilluwandi(牛車)こそが高位カーストの無慈悲さへの抗議の象徴であり、社会運動を推進させるものとして、彼らは自らのバンドに命名しているのだ。
彼らのバンドのロゴには、'wagon of justice, freedom and enlightenment'(正義と自由と啓蒙の乗り物)とある。
Willuwandiの楽曲は、全てが差別や迫害に対する強烈なプロテストだ。
激しいアジテーションのあとに演奏されるこの曲"Eat Me Brother"はデリーの名門大学JNU(Jawaharlal Nehru University)で、ヒンドゥー原理主義団体に所属する学生たちとの口論の後、行方不明となったダリットの学生のことを歌ったもの。
Willuwandiの楽曲は、全てが差別や迫害に対する強烈なプロテストだ。
激しいアジテーションのあとに演奏されるこの曲"Eat Me Brother"はデリーの名門大学JNU(Jawaharlal Nehru University)で、ヒンドゥー原理主義団体に所属する学生たちとの口論の後、行方不明となったダリットの学生のことを歌ったもの。
この"From Shadows To Light"は、ハイデラバード大学の研究者として"Caste Is Not A Rumour"を著したのち、やはり同じヒンドゥー原理主義団体からの抗議を受け、自殺したダリットに捧げたものだ。
どこかの公民館のようなところで演奏する映像はあまりに粗く、もともとまっとうな音楽の形態から大きく逸脱した彼らの演奏を伝えるには不十分なものだが、その活動の雰囲気を味わうことは十分にできる。
過激なブラックメタルのライブ映像にいきなり子どもが出てきてびっくりするが、これも彼らの音楽が「既存の倫理や社会に反抗する若者たちのためだけの音楽」ではなく、「コミュニティーの怒りを代弁する音楽」であることの証と見ることができるだろう。
どこかの公民館のようなところで演奏する映像はあまりに粗く、もともとまっとうな音楽の形態から大きく逸脱した彼らの演奏を伝えるには不十分なものだが、その活動の雰囲気を味わうことは十分にできる。
過激なブラックメタルのライブ映像にいきなり子どもが出てきてびっくりするが、これも彼らの音楽が「既存の倫理や社会に反抗する若者たちのためだけの音楽」ではなく、「コミュニティーの怒りを代弁する音楽」であることの証と見ることができるだろう。
彼らが代弁する「抑圧されたもの」はダリットに限らない。
「俺たちのバンドは闘争そのものだ。ダリットや他のマイノリティー、最近じゃムスリムたちもひどい差別を受けている」
とSethuは語る。
今回紹介した曲からも分かる通り、彼らはインドに蔓延するヒンドゥー至上主義的な空気に異議を唱えているのだ。
とはいえ、彼らは信仰としてのイスラム教や仏教に肩入れしているというわけではない。
「俺たちの音楽はどんな宗教とも関係ない。人々に、自分の神は自分自身なんだと伝えることを目的にしているんだ」とは、宗教を否定するブラックメタルミュージシャンらしい言葉だ。
それにしても、この思想も主義主張も、極めてノイジーな演奏と絶叫ではなかなか社会に伝わらないのではないかと心配になってしまうが(余計なお世話か)、彼らの活動を見ていると「誰が、どんなことを、どんな方法で主張しても構わない」という表現の自由の本質を感じさせられるのもまた確かだ。
それに、長年にわたり被抑圧者として虐げられてきた彼らの絶望や憤りは、このブラックメタルというジャンルこそふさわしいようにも感じる。
今回紹介したWilluwandiは、これまでに紹介してきたアーティストのなかでも極めてマイナーかつローカルで異色な存在だが、富裕層やエリートが多いインドのインディーミュージックシーンで、抑圧された者たちの怒りや苦痛を代弁するという、非常に「ロック的に正しい」姿勢に感銘を受け、紹介してみた次第です。
最後はこの言葉で締めくくりたい。
Jai Bhim!
(「ビームラーオ・アンベードカル万歳!」といった意味で、インドの平等主義者のかけ声として使われる言葉)
参考サイト:
Round Table India 'Willuwandi Band-A Musical Revolt From Kerala Against Brahminism'
Homegrown 'Meet The Black Metal Band From Kerala Fighting Against India's Casteism'
Financial Express: 'A different tune'
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2018年10月08日
ケーララ州のロック・シーン特集!
先日ケーララ州出身の英国風フォークロックバンド、When Chai Met Toastを紹介したが、ケーララといえば、他にもこのブログで紹介してきたスラッシュメタルバンドのChaosや、ハードロックバンドRocazaurusを生んだ、インドでも有数の「ロックどころ」だ。
有名なバンドの数ではデリーやムンバイ、バンガロールのような大都市のほうが多いかもしれないが、前回も書いたように、人口や都市の規模と比較すると、相当多くのロックバンドがケララにいるということになる。
(ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の人口1.1億人、バンガロールを擁するカルナータカ州の6,500万人に対し、ケーララ州は3,500万人。デリーは州ではなく連邦直轄領だが、限られた都市部にケララの半分以上の2,000万人もの人口を抱えている)
今回はそんなケララ州のロックシーンを紹介することにします。
州や街ごとの音楽シーン特集は前々からやりたかった企画。
例によって情報過多ぎみかもしれないけど、じっくりお楽しみください。
ケーララ州のロック史で最初に語られるべきバンドは13AD.
その結成はなんと1977年にまでさかのぼる。
Glen La Rive(ヴォーカル)、Eloy Isaacs(ギター)、Paul KJ(ベース)、Jackson Aruja(キーボード)、Pinson Correia(ドラム)の5人からなる彼らが1990に発表したデビューアルバム、'Ground Zero'のタイトルトラックがこちら。
ヨーロッパのバンドを思わせる翳りあるメロディーのメタルサウンドは結構日本人好みなんじゃないだろうか。
当時のBurrn!の輸入版コーナーで80点くらいを獲得しそうな印象。
彼らは以前紹介したムンバイのRock Machine(Indus Creed)やカルカッタのShivaらと並んでインドのロック創成期を作ってきたバンドとされている。
1995年に一度解散したのち、2008年にこの代表曲のタイトルであるGround Zeroという名前で再結成し、今ではドバイを拠点に活動している。
ドバイは人口の半分が出稼ぎによるインド系で、その多くをケーララ人が占めている。
現在も国内で活躍するケーララ出身の大御所バンドとしては、Motherjaneが挙げられる。
彼らは1996年にClyde Rozario(ベース)、John Thomas(ドラム)、Mithun Raju(ギター)らで結成。
やがてMithunが脱退し、古典音楽的なフレーズを得意とし、インドロックシーンの名ギタリストとして名を馳せるBaiju Dharmajanが加入。
ヴォーカリストとしてSuraj Maniを加えた体制で、2001年にデビューアルバムInsane Biographyをリリースした。
2008年に発表したアルバム'Maktub'からの曲、'Chasing the Sun'.
コナッコル(声でリズムを取る南インドの唱法)で始まり、かの有名な北インドの聖地ヴァラナシの映像を取り入れたビデオはいかにもインドのバンドといった印象。
変拍子の入った演奏とハイトーンヴォーカルはDream Theaterのようなプログレッシブ・メタルを想起させる曲調だ。
よりヘヴィーなバンドとしては、2009年結成のThe Down Troddenceがいる。
彼らはツインギターにキーボードを要する6人組で、スラッシュメタルやグルーヴメタルにケーララの伝統音楽を取り入れた音楽性を特徴としている。
英語で歌うことが多い彼らがマラヤラム語で歌っている、'Shiva'.
この曲でもギターがときどきラーガ的なフレーズを奏でている。
ビデオはもうなにがなんだか分からない。
以前紹介したバンドもおさらい。
社会派スラッシュメタルバンドのChaosの'Game'.
3ピースのロックンロール系ヘヴィーメタルバンドの'Rocazaurus'.
ここまで紹介してきたバンドは、主に英語で歌うヘヴィーメタル系のバンドたち。
メタル以外のジャンルで英語で歌うケーララのバンドとしては、先日紹介したWhen Chai Met Toastのほかには、ポストロックのBlack Lettersがいる。
Rolling Stone誌が選ぶ2017年のベストミュージックビデオの第8位に選ばれた曲'Falter'.
コチ出身の彼らは、今では活動の拠点をバンガロールに移している。
When Chai Met Toast同様、国籍を感じさせないセンスのバンドだ。
こういった主に英語で歌うバンドたちとは別に、地元の言語マラヤーラム語で歌うロックバンドというのもたくさんいて、彼らの多くがケーララの伝統音楽とのフュージョン的な音楽性で人気を博している。
彼らのパイオニアかつ代表格と言えるバンドが2003年に結成されたAvial.
Avialとはヨーグルトとココナッツで野菜を煮込んだケララ州の郷土料理で、バンド名からも彼らの強い地元愛が伺える。
彼らはDJを含んだ5人組で、モダンな演奏にケーララ民謡風のヴォーカルがかなり個性的。
'Nada Nada'
ステージ衣装としてルンギー(男性用巻きスカートとも言えるインドの民族衣装)を着用するなど、見た目の面でも地元の要素を強く打ち出している。
2013年に結成されたThaikkudam Bridgeは、こちらも地元の食文化からとった'Fish Rock'を標榜している。
この'Navarasam'はケーララの伝統舞踊のカタカリ・ダンスをフィーチャーしたビデオだ。
インドのバンドがインド要素をロックに取り入れるとき、演奏ではなくヴォーカルによりインドの要素を取り入れる傾向があるというのは以前分析してみた通り。
彼らのテーマ曲とも言える'Fish Rock'のライブはすごい盛り上がりだ。
より伝統文化の影響の強いバンドとしては、この'Masala Coffee'がいる。
これは「自分自身のために生きる女性を讃える」というテーマの曲。
2014年に結成された彼らは、ソニーミュージックと契約し、映画の楽曲も手がけるなどメジャーに活躍の場を移している。
今回は便宜的に英語で歌うバンドと、マラヤーラム語で歌う地元の伝統音楽の要素が強いバンドに分けて紹介したが、多くのバンドが英語と地元言語の両方を取り入れているし、ロック色の強いバンドでもケーララの伝統要素が顔を出すことが少なからずある。
ケーララの音楽シーンでは「伝統/ローカル」から「モダン/西洋」までがグラデーションのように分け目なく繋がっているといった印象。
ここまで強いローカル文化の影響というのは、デリーやムンバイやバンガロールのような都市部では見ることのできないケーララならではの特徴だ。
なぜここまでケーララでロックが盛んなのかという疑問を持つ人は他にもいるようで、質問サイトのQuoraでも、同じような質問をしている人がいた。
「なぜケーララには都市文化がないのに、バンドがたくさんいるのか?」
その回答がなかなか興味深かったので、以下にまとめてみたい。
1.ケーララには地元のバンドがたくさんいるし、高い識字率(93%)、インターネット普及率から、海外の音楽に接する機会も多いから。
2.インドに都市文化がないなんてことはなくて、ケーララはインドの中でも発展している州だから(ナイトライフが充実していないとしても、コンサートなんて夜9時に終われば十分)。
3.ケーララ州から海外に出稼ぎにいっている人が多いので、彼らが海外の音楽や文化を持って帰ってくるから。
4.若者たちが新しい文化を取り入れることに積極的だから。
5.インターネットだけでなく、テレビの普及率も高く、地元メディアで音楽が取り上げられることも多いから(Youtubeでもケーララのテレビ局、Kappa TVのMusic Mojoという番組が見られるが、相当な数の個性的なミュージシャンを紹介している)。
6.他の州に比べて、ダンスよりも音楽(歌手とか)に注目する傾向があるから。
いずれもなるほどと頷けるものばかりだ。
ほとんどが現地のインド人による回答なので、おそらく正しい答えと言ってよいのだろう。
3について補足すると、ケーララ州は教育に力を入れ優秀な人材を多く輩出しているものの、週内に大きな都市や産業がないため、他の州や海外に出稼ぎに行く人が多いという背景があることを表している。
今回紹介した13AD(Ground Zero)がドバイに、Black Lettersがバンガロールに拠点を移したのも、より大きなマーケットを求めてのことだろう。
また、個人的に気になったのが1.
高い識字率やインターネット普及率から、海外のバンドに接する機会が多いというのも、地元にすでに多くのバンドがいるので、ローカルのシーンに接する機会が多いというのも分かる。
では、そのもとからいる地元のバンドたちは、どうして音楽を始めることになったのか。
パイオニアとなったバンドが結成された時点では、地元のバンドはいなかったはずだし、インターネットもなかったはずだ。
ここから先は完全に筆者の想像だが、ケーララ州がキリスト教文化の強い土地であるということが影響しているのではないだろうか。
以前も紹介した通り、キリスト教徒の割合は、インド全体では2%程度だが、ケーララ州では20%にものぼる。
しかも、ケーララ州は大航海時代にポルトガルやスペインによって伝えらえるはるか以前、1世紀に聖トマスによってキリスト教が伝えられたとされるほどにキリスト教の伝統の根強い土地だ。
ケーララ同様に、大都市を擁さないにもかかわらず、ロックやメタルが盛んな北東部も、クリスチャンの割合が高い地域だというのは何度も書いている通り。
セブン・シスターズ・ステイトと呼ばれる北東部7州のキリスト教徒の割合は、ケーララ同様20%を占め、ナガランド州やミゾラム州ではキリスト教徒の割合は9割にも達する。
(ただし、インド北東部ではカトリックが多いケーララとは異なり、プロテスタントの割合が高いという特徴がある)
こうした背景から、同じキリスト教文化圏である欧米の文化への親和性がより高くても不思議はない。
現に、名前を見る限り、ケーララのロックのパイオニア13ADはメンバー全員がクリスチャンのようだし、ベテランのMotherjaneも4人中2人がクリスチャンだ。
キリスト教文化のバックグラウンドや、高い教育水準や識字率、インターネット環境、リベラルな意識といった複合的な要素がケーララ州でこれだけ多くのロックバンドを育んでいるのだろう。
最後に、そんなケーララの多様性を美しく歌ったThaikkudam Bridgeの楽曲"One"を。
ケララの自然や文化を美しくとらえたビデオがとても印象的だ。
素朴な漁村、屈託のない笑顔、手つかずの自然、さまざまな信仰と豊かな文化。
これを見たらケーララに行きたくなること請け合いの素晴らしいビデオだ。
というわけで、今回はケーララのロックシーンを特集してみました。
またいずれ同じように地域ごとのシーンを切り取った記事も書いてみたいと思います。
それでは!
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「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
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goshimasayama18 at 21:16|Permalink│Comments(0)
2018年09月29日
ケララ州の良質英国風フォーク・ポップ! When Chai Met Toast
こんにちは、軽刈田 凡平です。
今回紹介するのは、先日、ニューEP"Believe"を発売したばかりのケララ州コチ出身の4人組アコースティックロックバンド、その名もWhen Chai Met Toast!
彼らのBandcampのプロフィールによると、この素敵なバンド名はどうやら"When four Indian boys meet English folk"という意味の様子。
ではさっそく、彼らの新曲、"Believe".
彼らは2014年にギター、バンジョーを担当するAchyut Jaigopalとヴォーカル/ギターのAshwin Gopakumarの二人組として結成され、その後、キーボードのPalee FrancisとドラムのPai Saileshを加えて4人編成のバンドとなった。
サウンドだけ聴くとインドのバンドだと分からないようなサウンドがとても印象的だが、実際に彼らの高品質なポップミュージックは国際的な評価も高く、すでに日本のウェブサイトでも紹介されている。
サウンドもクオリティーが高いが、映像もとても美しく、昨今のインドのミュージックビデオのレベルの高さを感じさせる出来だ。
お気に入りのバンドとしてMumford and SonsやLumineersのようなバンドを挙げている彼ら。
少し前のアルバムでは、よりイギリスっぽいサウンドを聴かせてくれている。
ゴキゲンなバンジョーが印象的な、彼らの英国フォーク愛が伝わってくるような楽曲だ。
若手とは思えない洗練されたサウンドを聴かせてくれる彼らだが、まだ決して長くはないその活動期間がずっと順調だったわけではない。
2015年にはAshwinのアメリカへの引越しによってバンドは活動休止状態となり、その間Achyutは一時期カルナータカ州出身の伝統音楽的ポップシンガー、Raghu Dixitのツアーに参加していた。
しかし自分たちの音楽を表現したい情熱には抗えなかったのか、Achyutのツアーの終了とAshwinの帰国にともない、彼らはWhen Chai Met Toastとしての活動を再開。
今回はPaleeとPaiを加えた4人組としての再始動となり、ますますその評価を高めていった。
2017年に発表されたアルバムから、"Beautiful World"
同じアルバムから、Rolling Stone Indiaの2017年度ベストミュージックビデオ第9位に選ばれた曲、"Fight"
この曲ではよりロック色が強いサウンドを聴かせてくれているが、いずれにしてもインドのバンドらしさを全く感じさせないポップチューンだ。
その後も彼らの国際的な評価は高まるばかりで、つい先ごろも彼らのFacebookではニューEPからの楽曲"Khoj"がAppleのチャートにランクインしたことが喜びとともに報告されていたばかりだ。
ここで、そんな彼らの出身地であるケララ州を少しだけ紹介したい。
彼らの出身地ケララは、マラヤラム語を公用語とするインド最南部の州で、彼らの出身地コチは大航海時代から栄える歴史ある港町だ。
キリスト教徒(カトリック)が多い州として知られ、その割合は州の人口の20%にのぼる(インド全体ではクリスチャンの割合は2%程度)。
伝統的に州議会で力を持っていた共産党系の政党が教育や富の分配に力を入れ、低いGDPにもかかわらずインド全国の中で最も高い識字率(94%)、最も長い平均寿命(77歳)、最も低い人口増加率(3.4%)を達成しており、その政策は「ケララ・モデル」として高く評価されている。
ムンバイやデリー、バンガロールのような大都市もなければ、人口規模もそこまで大きくはない州だが、このような背景からか良質なミュージシャン、とくにロックバンドを数多く排出している。
80年代から活躍しているMotherjane, 13AD(現Ground Zero)をはじめ、Downtroddence, Chaos, Rocazaurusのようなヘヴィーメタル勢や、Avial, Agam, Thaikkudam Bridgeのようなマラヤラム語ヴォーカルのインドフュージョンロックなど、興味深いバンドが非常に多いので、改めて紹介する機会を持ちたい。
ちなみにケララ州を始めとするインド南部では、紅茶よりもコーヒーが好まれており、Facebookのプロフィールによると、Chaiの名を冠したバンド名にもかかわらず、彼らもチャイではなくコーヒーを飲んでいるとのこと。
どっちにしても、チャイのスパイシーさを全く感じさせないバンドのWhen Chai Met Toastでした。
それでは今日はこのへんで!
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今回紹介するのは、先日、ニューEP"Believe"を発売したばかりのケララ州コチ出身の4人組アコースティックロックバンド、その名もWhen Chai Met Toast!
彼らのBandcampのプロフィールによると、この素敵なバンド名はどうやら"When four Indian boys meet English folk"という意味の様子。
ではさっそく、彼らの新曲、"Believe".
彼らは2014年にギター、バンジョーを担当するAchyut Jaigopalとヴォーカル/ギターのAshwin Gopakumarの二人組として結成され、その後、キーボードのPalee FrancisとドラムのPai Saileshを加えて4人編成のバンドとなった。
サウンドだけ聴くとインドのバンドだと分からないようなサウンドがとても印象的だが、実際に彼らの高品質なポップミュージックは国際的な評価も高く、すでに日本のウェブサイトでも紹介されている。
サウンドもクオリティーが高いが、映像もとても美しく、昨今のインドのミュージックビデオのレベルの高さを感じさせる出来だ。
お気に入りのバンドとしてMumford and SonsやLumineersのようなバンドを挙げている彼ら。
少し前のアルバムでは、よりイギリスっぽいサウンドを聴かせてくれている。
ゴキゲンなバンジョーが印象的な、彼らの英国フォーク愛が伝わってくるような楽曲だ。
若手とは思えない洗練されたサウンドを聴かせてくれる彼らだが、まだ決して長くはないその活動期間がずっと順調だったわけではない。
2015年にはAshwinのアメリカへの引越しによってバンドは活動休止状態となり、その間Achyutは一時期カルナータカ州出身の伝統音楽的ポップシンガー、Raghu Dixitのツアーに参加していた。
しかし自分たちの音楽を表現したい情熱には抗えなかったのか、Achyutのツアーの終了とAshwinの帰国にともない、彼らはWhen Chai Met Toastとしての活動を再開。
今回はPaleeとPaiを加えた4人組としての再始動となり、ますますその評価を高めていった。
2017年に発表されたアルバムから、"Beautiful World"
同じアルバムから、Rolling Stone Indiaの2017年度ベストミュージックビデオ第9位に選ばれた曲、"Fight"
この曲ではよりロック色が強いサウンドを聴かせてくれているが、いずれにしてもインドのバンドらしさを全く感じさせないポップチューンだ。
その後も彼らの国際的な評価は高まるばかりで、つい先ごろも彼らのFacebookではニューEPからの楽曲"Khoj"がAppleのチャートにランクインしたことが喜びとともに報告されていたばかりだ。
ここで、そんな彼らの出身地であるケララ州を少しだけ紹介したい。
彼らの出身地ケララは、マラヤラム語を公用語とするインド最南部の州で、彼らの出身地コチは大航海時代から栄える歴史ある港町だ。
キリスト教徒(カトリック)が多い州として知られ、その割合は州の人口の20%にのぼる(インド全体ではクリスチャンの割合は2%程度)。
伝統的に州議会で力を持っていた共産党系の政党が教育や富の分配に力を入れ、低いGDPにもかかわらずインド全国の中で最も高い識字率(94%)、最も長い平均寿命(77歳)、最も低い人口増加率(3.4%)を達成しており、その政策は「ケララ・モデル」として高く評価されている。
ムンバイやデリー、バンガロールのような大都市もなければ、人口規模もそこまで大きくはない州だが、このような背景からか良質なミュージシャン、とくにロックバンドを数多く排出している。
80年代から活躍しているMotherjane, 13AD(現Ground Zero)をはじめ、Downtroddence, Chaos, Rocazaurusのようなヘヴィーメタル勢や、Avial, Agam, Thaikkudam Bridgeのようなマラヤラム語ヴォーカルのインドフュージョンロックなど、興味深いバンドが非常に多いので、改めて紹介する機会を持ちたい。
ちなみにケララ州を始めとするインド南部では、紅茶よりもコーヒーが好まれており、Facebookのプロフィールによると、Chaiの名を冠したバンド名にもかかわらず、彼らもチャイではなくコーヒーを飲んでいるとのこと。
どっちにしても、チャイのスパイシーさを全く感じさせないバンドのWhen Chai Met Toastでした。
それでは今日はこのへんで!
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「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
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goshimasayama18 at 13:29|Permalink│Comments(0)
2018年04月14日
ついに発見!ロックンロールバンド!Girish and the Chronicles! Rocazaurus
何度も書いてきた通り、インドでロックバンドができる層は人口全体から見るとまだまだごく一部。
エレキギター、ベース、アンプ、ドラムセットと買い集めて、インドに練習用のスタジオがあるのか自宅のガレージでやるのかしらないけど、バンドでリハーサルするだけで結構な出費になることだろう。
そんなことができる彼らは必然的にいわゆる富と教養がある層ということになるので、インドではロックバンドといえばメタルやプログレハードのようなジャンルで技巧を競ったり、ポストロックでセンスと音響を磨いたりというのが主流になっている。
逆に、メタル/ハードロック系で言えばAC/DCやガンズアンドローゼス、パンクで言えばラモーンズのような、愚直こそが美学というような、直球のロックンロール系のバンドというのは極めて少ない。
パンク系のバンドでも、社会風刺的なやつだったりするしね(それはそれで良いのだけど)。
ところで、小生は愚直なロックが大好きだ。
そりゃあ、難しいことも深遠なことも表現できるのがロックの素晴らしさではあるけれども、本質的なことを言えばスリーコード、エイトビート、それさえあれば十分じゃねえか。
インド人はなぜそれが分からないのか!と歯がゆく思っていたところ、ついに見つけました。ロックンロール系のバンドを。
どちらかというとメタル寄りのバンドではあるけれども、こまっしゃくれた変拍子とか早弾きや早叩き(って言わないけど)なんてしない。彼らの目指すところは間違いなくロックンロール。
インド北東部シッキム州のバンド、Girish and the Chronicles、略称GATC!
まずは1曲聴いてください。じゃなくて聴きやがれ!その名も"Born with a Big Attitude"
GATCは2009年にヴォーカリスト兼ギタリストでソングライターのGirish Pradhanを中心にインド北東部のシッキム州結成された(シッキムは以前紹介したラッパーのUNBの故郷です)。
シッキム州で最初にして唯一の全インドツアーと海外でのライブ(調べた限り、香港や韓国、ヨーロッパのモンテネグロのイベントに参加したようだ)を成功させたバンドだという。
バンド名の頭にGirishの名前が入っていることからも分かる通り、とにかく強烈なのはそのヴォーカル!
この曲ではかなりガンズのアクセルっぽく聴こえるが、他の曲も聴いてみてもらおう。
80年代のアメリカのバンドを思わせるスケールの大きい””The Endless Road"
トラックの荷台で演奏するメンバー、バイクで旅する長髪の若者、壮大なコーラス。
インドらしからぬ非常にアメリカンな世界観。
砂漠から手を振るとそこにはオート三輪のトラックに乗ったインドの人々が!アメリカンロックとインドの遭遇といった感じのこのビデオ、好きだなあ。
こういうビデオが撮れる場所があるっていうのも、インドの広さを改めて感じる。
続いてアップテンポなナンバーはどうだ!その名も"Ride to Hell".
前奏が長いぞ。歌は2分あたりからだ!
この曲はヴォーカルも含めてMr.Bigみたいな雰囲気!
元ネタになってるバンドが分かってしまうところがちょっと微笑ましくて、次はツェッペリン風の"Revolving Barrel"
こういうバンドに欠かせないバラードもちゃんとある。"Yesteryears"
なんだろう、このまるでインドを感じさせない、中高生のころに聴いてたバンドみたいな感覚は。
彼らはカヴァー曲のセンスも最高で、AC/DC、エアロスミス、ガンズなんかを完コピしている。
全部貼ってるときりがないので、ここはアタクシが敬愛してやまないAC/DCのマルコム・ヤングに捧げるメドレーを。
ヴォーカルを含めて完コピ!
リズムでちょっとオリジナルとの違和感を感じるところもあって、それはそれで本家の偉大さを感じる。
インタビュー記事によると、影響を受けたバンドとしてLed Zappelin, Deep Purple, Black Sabbath, Iron Maiden, Judas Priest, Aerosmith, Guns and Roses, AC/DCといった70年代〜80年代のハードロックやメタル系のバンドの名前を挙げていた。(ちなみにインド国内のバンドではParikrama、Soulmateとのこと)
インド北東部の最果ての地、シッキムにこんなロックンロールバンドがいるなんてなあ、と感激していたら、おや、Youtubeの右側んとこにまた別のロックンロールっぽいインドのバンドが出てきているではないか。
彼らの名前はRocazaurus.
さっそく聴いてみようじゃないか。"The Punk". 曲はメタルだけど。
おお!これはまたゴキゲンな。
さっそく調べてみたら、彼らのFacebook のページにはこんなことが書かれていたよ。
Rocazaurus is a unique rock band. Just like dinosaurs, the genre pure rock is also getting extinct. We are not going to stand aside watch it turn into fossil. So Rocazaurus is the few among the last to keep up the spirit of rock. Musically upfront with hard rock and general metal. The band is enjoying the good times of music wonders and rediscovering process of rocking out.
Rocazaurusはユニークなロックバンドだ。恐竜のように、ピュアなロックもまた絶滅しかけている。俺たちはロックが化石になってゆくのをただ黙って見ているつもりはない。そう、Rocazaurusはロックの魂を伝えるために選ばれし者たちなのだ。音楽的にいうと、俺たちはストレートなハードロックや王道のメタルだ。俺たちは音楽に奇跡があった良き時代とロックンロールの素晴らしさを再発見して楽しんでいるぜ。
いいなあ!なんて暑苦しい所信表明なんだ!
次は、すばらしすぎるタイトルの曲"All I Want Is Rock And Roll".
Rocazaurusはインド南部のケララ州出身のバンド。
メンバーの名前(Vocals/Lead guitar - Fredy John, Bass/Vocals - Lesley Rodriguez, Drums - Alfred Noel)を見ると全員クリスチャンのようでもある。
そうした彼らの出自がこのアメリカンなサウンドと何か関係があるのだろうか。
余談だが、ケララは大航海時代から栄えた港町のコチン(コチ)を擁する州ではあるが、この土地のキリスト教の歴史はザビエルら大航海時代の伝道師の来訪よりもはるかに古く、なんと12使徒の1人、聖トマスが西暦52年ごろにキリスト教を伝えたと言われている。
それ故に、ケララのキリスト教はもはやインド文化の一つといった様相を体していて、北東部のように特段西洋文化の受け入れに積極的といったイメージも無い土地なんだけど。
ただ、古くから教育に力を入れていた州であり、これといった産業が無いにもかかわらず安定した成長を続けた州の体制は「ケララ・モデル」として知られており、ある種の文化的近代化が(とくに人口は多いが保守的な北部の州に比べて)なされていると言えるのかもしれない。
それにしても、遠く離れたインドの北の果て(ネパールの西側)のシッキムと南の果て(最南部の西側)のケララで、インドでは珍しいロックンロール系のバンドが見つかるっていうのが面白い。
北東部の音楽的な先進性はメタルやヒップホップを通して見てきたけれども、南部ではケララにもこの手のインドらしからぬバンドがいるというのは注目に値する。
ケララは先日紹介したスラッシュメタルバンドのChaosとか、他にも気になるバンドが満載の地で、ちょっと深掘りしてみたいところだ。
それはまたいずれ書きたいと思います。
では!
エレキギター、ベース、アンプ、ドラムセットと買い集めて、インドに練習用のスタジオがあるのか自宅のガレージでやるのかしらないけど、バンドでリハーサルするだけで結構な出費になることだろう。
そんなことができる彼らは必然的にいわゆる富と教養がある層ということになるので、インドではロックバンドといえばメタルやプログレハードのようなジャンルで技巧を競ったり、ポストロックでセンスと音響を磨いたりというのが主流になっている。
逆に、メタル/ハードロック系で言えばAC/DCやガンズアンドローゼス、パンクで言えばラモーンズのような、愚直こそが美学というような、直球のロックンロール系のバンドというのは極めて少ない。
パンク系のバンドでも、社会風刺的なやつだったりするしね(それはそれで良いのだけど)。
ところで、小生は愚直なロックが大好きだ。
そりゃあ、難しいことも深遠なことも表現できるのがロックの素晴らしさではあるけれども、本質的なことを言えばスリーコード、エイトビート、それさえあれば十分じゃねえか。
インド人はなぜそれが分からないのか!と歯がゆく思っていたところ、ついに見つけました。ロックンロール系のバンドを。
どちらかというとメタル寄りのバンドではあるけれども、こまっしゃくれた変拍子とか早弾きや早叩き(って言わないけど)なんてしない。彼らの目指すところは間違いなくロックンロール。
インド北東部シッキム州のバンド、Girish and the Chronicles、略称GATC!
まずは1曲聴いてください。じゃなくて聴きやがれ!その名も"Born with a Big Attitude"
GATCは2009年にヴォーカリスト兼ギタリストでソングライターのGirish Pradhanを中心にインド北東部のシッキム州結成された(シッキムは以前紹介したラッパーのUNBの故郷です)。
シッキム州で最初にして唯一の全インドツアーと海外でのライブ(調べた限り、香港や韓国、ヨーロッパのモンテネグロのイベントに参加したようだ)を成功させたバンドだという。
バンド名の頭にGirishの名前が入っていることからも分かる通り、とにかく強烈なのはそのヴォーカル!
この曲ではかなりガンズのアクセルっぽく聴こえるが、他の曲も聴いてみてもらおう。
80年代のアメリカのバンドを思わせるスケールの大きい””The Endless Road"
トラックの荷台で演奏するメンバー、バイクで旅する長髪の若者、壮大なコーラス。
インドらしからぬ非常にアメリカンな世界観。
砂漠から手を振るとそこにはオート三輪のトラックに乗ったインドの人々が!アメリカンロックとインドの遭遇といった感じのこのビデオ、好きだなあ。
こういうビデオが撮れる場所があるっていうのも、インドの広さを改めて感じる。
続いてアップテンポなナンバーはどうだ!その名も"Ride to Hell".
前奏が長いぞ。歌は2分あたりからだ!
この曲はヴォーカルも含めてMr.Bigみたいな雰囲気!
元ネタになってるバンドが分かってしまうところがちょっと微笑ましくて、次はツェッペリン風の"Revolving Barrel"
こういうバンドに欠かせないバラードもちゃんとある。"Yesteryears"
なんだろう、このまるでインドを感じさせない、中高生のころに聴いてたバンドみたいな感覚は。
彼らはカヴァー曲のセンスも最高で、AC/DC、エアロスミス、ガンズなんかを完コピしている。
全部貼ってるときりがないので、ここはアタクシが敬愛してやまないAC/DCのマルコム・ヤングに捧げるメドレーを。
ヴォーカルを含めて完コピ!
リズムでちょっとオリジナルとの違和感を感じるところもあって、それはそれで本家の偉大さを感じる。
インタビュー記事によると、影響を受けたバンドとしてLed Zappelin, Deep Purple, Black Sabbath, Iron Maiden, Judas Priest, Aerosmith, Guns and Roses, AC/DCといった70年代〜80年代のハードロックやメタル系のバンドの名前を挙げていた。(ちなみにインド国内のバンドではParikrama、Soulmateとのこと)
インド北東部の最果ての地、シッキムにこんなロックンロールバンドがいるなんてなあ、と感激していたら、おや、Youtubeの右側んとこにまた別のロックンロールっぽいインドのバンドが出てきているではないか。
彼らの名前はRocazaurus.
さっそく聴いてみようじゃないか。"The Punk". 曲はメタルだけど。
おお!これはまたゴキゲンな。
さっそく調べてみたら、彼らのFacebook のページにはこんなことが書かれていたよ。
Rocazaurus is a unique rock band. Just like dinosaurs, the genre pure rock is also getting extinct. We are not going to stand aside watch it turn into fossil. So Rocazaurus is the few among the last to keep up the spirit of rock. Musically upfront with hard rock and general metal. The band is enjoying the good times of music wonders and rediscovering process of rocking out.
Rocazaurusはユニークなロックバンドだ。恐竜のように、ピュアなロックもまた絶滅しかけている。俺たちはロックが化石になってゆくのをただ黙って見ているつもりはない。そう、Rocazaurusはロックの魂を伝えるために選ばれし者たちなのだ。音楽的にいうと、俺たちはストレートなハードロックや王道のメタルだ。俺たちは音楽に奇跡があった良き時代とロックンロールの素晴らしさを再発見して楽しんでいるぜ。
いいなあ!なんて暑苦しい所信表明なんだ!
次は、すばらしすぎるタイトルの曲"All I Want Is Rock And Roll".
Rocazaurusはインド南部のケララ州出身のバンド。
メンバーの名前(Vocals/Lead guitar - Fredy John, Bass/Vocals - Lesley Rodriguez, Drums - Alfred Noel)を見ると全員クリスチャンのようでもある。
そうした彼らの出自がこのアメリカンなサウンドと何か関係があるのだろうか。
余談だが、ケララは大航海時代から栄えた港町のコチン(コチ)を擁する州ではあるが、この土地のキリスト教の歴史はザビエルら大航海時代の伝道師の来訪よりもはるかに古く、なんと12使徒の1人、聖トマスが西暦52年ごろにキリスト教を伝えたと言われている。
それ故に、ケララのキリスト教はもはやインド文化の一つといった様相を体していて、北東部のように特段西洋文化の受け入れに積極的といったイメージも無い土地なんだけど。
ただ、古くから教育に力を入れていた州であり、これといった産業が無いにもかかわらず安定した成長を続けた州の体制は「ケララ・モデル」として知られており、ある種の文化的近代化が(とくに人口は多いが保守的な北部の州に比べて)なされていると言えるのかもしれない。
それにしても、遠く離れたインドの北の果て(ネパールの西側)のシッキムと南の果て(最南部の西側)のケララで、インドでは珍しいロックンロール系のバンドが見つかるっていうのが面白い。
北東部の音楽的な先進性はメタルやヒップホップを通して見てきたけれども、南部ではケララにもこの手のインドらしからぬバンドがいるというのは注目に値する。
ケララは先日紹介したスラッシュメタルバンドのChaosとか、他にも気になるバンドが満載の地で、ちょっと深掘りしてみたいところだ。
それはまたいずれ書きたいと思います。
では!
goshimasayama18 at 21:39|Permalink│Comments(0)
2018年04月05日
ケララのスラッシュメタルバンドChaosが映画音楽に進出!
前回書いたジョードプルのギャングスタラップ集団、J19 Squadにインタビューを申し込んだ件、コンタクトはできて返事は来たのだけど、具体的なアポイントには至らなくて、ひとまず「ミュージックビデオにあるようなギャングスタライフはリアルなのか、フィクションなのか」といったような質問事項を送って返事を待っているところです。
果たして進展はあるのでしょうか。
ということで今回はまた別の話題。
「哲学は神学の婢(はしため)」と言えば中世ヨーロッパの学問の序列を表した言葉だが、同じようにインドのエンターテインメントの世界を表現するとしたら、「音楽は映画の婢」ということになるだろうか。
Brodha VがFacebook上で、音楽よりも映画ばかりが注目される状況を痛烈に批判していた通り、インドの音楽シーンは、「映画音楽=メジャー」「非映画音楽=インディー」と言ってほぼさしつかえない構図になっている。
この状況下では、映画とは無関係に、ほんとうに自分の表現したいものを追求している作家性の強いミュージシャンは、いくら質が高い作品を作ってもなかなか注目されないわけで、アーティストたちが怒るのも無理のないことだろう。
ただ、だからこそというか、そうしたアーティストたちは、SoundcloudやBandcampといったサイトを通じて積極的に音楽を発信しており、またライブの場も大都市では増えてきているようで、急速に面白いシーンが形成されているのは今まで見てきた通り。
一方で、映画の側から、活気づいている音楽シーンにアプローチする例も見られ、いまやムンバイの大スターと言えるDIVINEの半生をもとにした映画が作られたり、Brodha Vにも映画の曲が発注されたりしている。
こうした傾向は、とくに人気が著しいヒップホップだけかと思っていたらそうでもないようで、映画音楽からは最も遠そうなヘヴィーメタルシーンにも映画業界が触手を伸ばしているようだ。
つい先日、インド最南端のケララ州のスラッシュメタルバンドChaosが、Facebookでマラヤラム語(彼らの地元ケララ州の公用語)映画のための音楽を作ったぜ!と言っていたのでさっそくその曲とビデオを見てみた。
Chaos "Vinodha Jeevitham" .
いつもは英語で歌っている(っていうかがなっているっていうか)バンドだが、今回は映画に合わせてマラヤラム語の歌詞で、作詞も外部の人が手がけたようだ。
映画の曲ということで、メタルに合わせて大勢でダンスしたりしていたらどうしようと思っていたが、幸か不幸かそういうことにはなっておらず、ちょっと安心したというか残念というか、なんとも複雑な気持ちにちょっとだけなった。
この映画は犯罪映画かホラー映画のようで、不穏な感じの映像には確かに彼らの音楽が合っているように感じる。
調べてみるとS DurgaというのはSexy Durgaという意味のようだが(ドゥルガーはヒンドゥー教の戦いの女神で、この映画のヒロインの名前でもある)、Sexyという単語を使わないのは保守的な市民感情に配慮してのことだろうか。
インドでもメタルやヒップホップの歌詞では、かなり過激な表現もされているが、あくまで大衆向けのエンターテインメントである映画では、このレベルの配慮が必要ということなのかもしれない。
この映画からもう1曲。Olicholaakasham.
Chaosは「Rolling Stone Indiaが選ぶ2017年度ベストビデオ」の10位に選ばれた "All Against All"という曲が印象に残っているバンドで、泥の中で荒くれた男たちが取っ組み合う映像に「いかにもなメタルだなあ」という感想を持ったものだけれども、歌詞やなんかを調べてみると、社会の分断や抗争といった真面目なテーマを扱っているバンドだということが分かった。
これがいつもの英語で社会を歌う(っていうかガナる)Chaos.
生まれた場所や肌の色を理由として、国の中に差別や断絶が生まれ、全てが対立する。
というのがこの曲の歌詞の趣旨。
こうした硬派で激しい表現をするバンドに映画業界が着目したというのはなかなか面白いように思う。
余談だけど、インド映画を紹介する際によく使われる「ボリウッド」という言葉は、ハリウッドのHの代わりに映画製作の中心地ムンバイの旧名ボンベイのBを頭文字につけたことから来ていて、一般的にはヒンディー語の映画を指している。
首都デリーを含む地域で話され、インドで最も話者が多いヒンディー語映画は製作本数も多いためにボリウッドという言葉が有名になっているけれども、南インドのタミル語映画は「コリウッド」、東インドのベンガル語映画は「トリウッド」、マラヤラム語映画は「モリウッド」と、それぞれの州の都市名をもじって呼ばれることもあるようだ。あんまり聞いたことないけどね。
インドの映画と音楽をめぐる関係はまだまだ面白くなりそうなので、また気になるトピックがあったら紹介します!
果たして進展はあるのでしょうか。
ということで今回はまた別の話題。
「哲学は神学の婢(はしため)」と言えば中世ヨーロッパの学問の序列を表した言葉だが、同じようにインドのエンターテインメントの世界を表現するとしたら、「音楽は映画の婢」ということになるだろうか。
Brodha VがFacebook上で、音楽よりも映画ばかりが注目される状況を痛烈に批判していた通り、インドの音楽シーンは、「映画音楽=メジャー」「非映画音楽=インディー」と言ってほぼさしつかえない構図になっている。
この状況下では、映画とは無関係に、ほんとうに自分の表現したいものを追求している作家性の強いミュージシャンは、いくら質が高い作品を作ってもなかなか注目されないわけで、アーティストたちが怒るのも無理のないことだろう。
ただ、だからこそというか、そうしたアーティストたちは、SoundcloudやBandcampといったサイトを通じて積極的に音楽を発信しており、またライブの場も大都市では増えてきているようで、急速に面白いシーンが形成されているのは今まで見てきた通り。
一方で、映画の側から、活気づいている音楽シーンにアプローチする例も見られ、いまやムンバイの大スターと言えるDIVINEの半生をもとにした映画が作られたり、Brodha Vにも映画の曲が発注されたりしている。
こうした傾向は、とくに人気が著しいヒップホップだけかと思っていたらそうでもないようで、映画音楽からは最も遠そうなヘヴィーメタルシーンにも映画業界が触手を伸ばしているようだ。
つい先日、インド最南端のケララ州のスラッシュメタルバンドChaosが、Facebookでマラヤラム語(彼らの地元ケララ州の公用語)映画のための音楽を作ったぜ!と言っていたのでさっそくその曲とビデオを見てみた。
Chaos "Vinodha Jeevitham" .
いつもは英語で歌っている(っていうかがなっているっていうか)バンドだが、今回は映画に合わせてマラヤラム語の歌詞で、作詞も外部の人が手がけたようだ。
映画の曲ということで、メタルに合わせて大勢でダンスしたりしていたらどうしようと思っていたが、幸か不幸かそういうことにはなっておらず、ちょっと安心したというか残念というか、なんとも複雑な気持ちにちょっとだけなった。
この映画は犯罪映画かホラー映画のようで、不穏な感じの映像には確かに彼らの音楽が合っているように感じる。
調べてみるとS DurgaというのはSexy Durgaという意味のようだが(ドゥルガーはヒンドゥー教の戦いの女神で、この映画のヒロインの名前でもある)、Sexyという単語を使わないのは保守的な市民感情に配慮してのことだろうか。
インドでもメタルやヒップホップの歌詞では、かなり過激な表現もされているが、あくまで大衆向けのエンターテインメントである映画では、このレベルの配慮が必要ということなのかもしれない。
この映画からもう1曲。Olicholaakasham.
Chaosは「Rolling Stone Indiaが選ぶ2017年度ベストビデオ」の10位に選ばれた "All Against All"という曲が印象に残っているバンドで、泥の中で荒くれた男たちが取っ組み合う映像に「いかにもなメタルだなあ」という感想を持ったものだけれども、歌詞やなんかを調べてみると、社会の分断や抗争といった真面目なテーマを扱っているバンドだということが分かった。
これがいつもの英語で社会を歌う(っていうかガナる)Chaos.
生まれた場所や肌の色を理由として、国の中に差別や断絶が生まれ、全てが対立する。
というのがこの曲の歌詞の趣旨。
こうした硬派で激しい表現をするバンドに映画業界が着目したというのはなかなか面白いように思う。
余談だけど、インド映画を紹介する際によく使われる「ボリウッド」という言葉は、ハリウッドのHの代わりに映画製作の中心地ムンバイの旧名ボンベイのBを頭文字につけたことから来ていて、一般的にはヒンディー語の映画を指している。
首都デリーを含む地域で話され、インドで最も話者が多いヒンディー語映画は製作本数も多いためにボリウッドという言葉が有名になっているけれども、南インドのタミル語映画は「コリウッド」、東インドのベンガル語映画は「トリウッド」、マラヤラム語映画は「モリウッド」と、それぞれの州の都市名をもじって呼ばれることもあるようだ。あんまり聞いたことないけどね。
インドの映画と音楽をめぐる関係はまだまだ面白くなりそうなので、また気になるトピックがあったら紹介します!
goshimasayama18 at 00:21|Permalink│Comments(0)