オディシャ州

2024年08月05日

オディシャのお祭りラップ


インド全土のインディーズ音楽情報を網羅したいと思っているこのブログだが、インドはあまりにも広大で、いつも北インドのヒンディー語圏のアーティストについて書くことがが多くなってしまっている。
それじゃいかんということで、今回はインド東部のオディシャ州のラッパーたちに注目したい。
オディシャ州はベンガル湾に面した東インドの北側、コルカタの南のほうに位置している。
州の公用語はオディア語、州都はブバネーシュワル。
なお、州や言語の表記に関しては、オディシャ/オリッサ、オディア/オリヤーという揺れが見られるが、ここではオディシャとオディアとさせていただく。
オディシャには「コナーラクの太陽寺院」という世界遺産があるものの、ムンバイやベンガルールのような国際的な都市があるわけではなく、どちらかというと鄙びた田舎の州といった趣の地方である。

Odisha-India
(画像出典:https://www.britannica.com/place/Odisha/Economy)


以前「インドのラッパーたちはやたらと独立記念日(8月15日)をテーマにしたラップをする」とか「色のついた粉や水をぶっかけ合うお祭り『ホーリー』に合わせてラップの曲がリリースされている」という記事を書いたことがあるが、こうした記念日ソング、祭ソングの傾向は、ここオディシャでも変わらない。




オディシャ州といえば、海辺の街プリー出身の日印ハーフのラッパーBig Dealのことを思い出す人も多いだろう。
オディシャ州の言語であるオディア語と英語の両方でラップする彼に「ラップの言語はどうやって選んでいるの?」と聞いてみたところ、「オディア語でラップするときはお祝いのようなより楽しい雰囲気にしていて、英語でラップするときは議論を呼ぶようなものにしている」という答えが返ってきた。

(↑インタビュー詳細はこちらから)

「お祝いのような」と訳した部分は、cerebratoryという英単語を使っていた。
パーティーラップっぽい曲のことを言っているのかなと思っていたのだけど、オディア語ラップを詳しくチェックしてゆくと、むしろそれよりも「オディシャのお祭りについてラップをする」という意味のほうが強かったのかもしれない。
彼も、他のオディシャのラッパーも、オディア語でやたらと地元の祭りについてラップしているのだ。

「祭」といえばさぶちゃん(北島三郎)。
演歌とヒップホップは、ローカル色(地元レペゼン意識)が強く、カタギじゃない雰囲気を持ち、型にはまった生き方よりもタフで自由な生き方を志向するという点で共通点があると思うのだが、日本ではヒップホップが受容される過程で、演歌的なドメスティックな要素はほとんど排除されてしまった。
本場アメリカに寄せることこそがヒップホップ的にリアルという価値観が強かったためだろう。
それに反して、インドでは、そしてもちろんここオディシャでも、地元の祭りとヒップホップが思いっきり繋がっているのである。
ローカルこそがリアル、というわけだ。

例えば、Big Dealの曲に、生まれ故郷プリーで行われるRath Yatraという大きなお祭りをテーマにした"Choka Dolia"という曲がある。
(Rath Yatraについてもラート・ヤートラとかラト・ヤトラとか日本語での表記が定まっていないようなので、ここはアルファベット表記でいきます)

Rapper Big Deal "Chaka Dolia(Rath Yatra 2024 Special) " ft. ‪SatyajeetJena‬ 


タイトルにRath Yatra 2024 Specialとあるように、この曲は7月に行われるRath Yatraに合わせてリリースされた曲で、英語字幕を見れば分かる通り、ヒンドゥーの神への帰依がラップされている。
アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドにはヒンドゥー・ラップ(とはあまり呼ばれていないが、ヒンドゥーの信仰をテーマにしたラップ)が存在している。
ベンガルールのBrodha Vの初期の代表曲"Aatma Raama"あたりがその代表曲と言えるだろう。

Big Dealがラップするのは、もっぱら地元で強く信仰されている神様「ジャガンナート」のことだ。
最初のほうに別の神様であるクリシュナの名前も出てくるが、ヒンドゥー教は多神教かつ様々な文化の集合体であるため、この地域ではクリシュナとジャガンナートは同じ神だと捉えられている部分もあるようだ。
真っ黒な顔に丸い目をしたマンガのキャラクターみたいなジャガンナートと、ヒンドゥーの神々のなかでもとりわけイケメンに描かれるクリシュナが同一というのはよそ者には理解しがたいが、本来は目に見えない信仰の対象である神が、別の形象で現されているということなのだろう。

ところで、以前Big Dealから「自分は神を信じて入るけど、特定の信仰は持っていない」という言葉を聞いたことがある。
この曲ではヒンドゥーの神への信仰を語っていて、言ってることと違うじゃん、とつっこみたくなってしまうところだが、私が思うに、おそらく彼の中でジャガンナートに帰依することと、特定の宗教を選ばないことは矛盾していない。
彼にとって、あるいはもしかしたら地元の多くの人たちにとって、ジャガンナートへの信仰は、地域に根ざしたあまりにも日常的な存在で、誰かが枠組みや教義を作った宗教よりも、はるかに普遍的なことなのだろう。

この曲の後半では、ムスリムとして生まれたサラベガ(17世紀のオディア語詩人)がジャガンナートに帰依したというエピソードがラップされている。
これは昨今インドで盛んなヒンドゥーナショナリズム的な「イスラム教よりヒンドゥーのほうが立派なんだ」という主張をしているのではなくて、ジャガンナートは宗教の垣根なんて関係なくありがたい神様なんだよ、と言っているのだと思う。
このあたりは、日本人が初詣で地元の寺や神社にお参りする時に、いちいち自分は仏教徒とか神道の信者とか考えないのと同じような感覚なのかもしれない。
彼は"Kalia"と題したジャガンナートと地元への愛に満ちたラップのシリーズを発表していて、この"Kalia3"では珍しく英語でジャガンナートへの感謝と帰依がラップされている。

Big Deal "Kalia 3"


彼は世界中にジャガンナートの素晴らしさを伝えるべく、この曲を英語でラップしているとのこと。
それがちゃんとオディシャの人々に支持されているのが素晴らしい。
そして、この曲でも「カーストも宗教も関係なく、誰もが平等」とラップされている。

調べてみると、Big Deal以外にも、Rath Yatraについてオディア語でラップした曲はたくさんリリースされているようだ。

Rapper Rajesh "Jay Jagannath 2"


これはRapper Rajeshによる"Jai Jagannath 2"という曲。
Jai Jagannathという言葉はBig Dealもよく発しているが、ジャガンナート神を讃える祈りのことばで、オディシャでは挨拶のようにも使われているようだ。

最初に笛を吹いている人物が演じているのはクリシュナなので、やはりここでもクリシュナとジャガンナートが同一視されている。
この宗教歌謡っぽい曲が、ヴァースに入ると当然のようにラップになるところに、今のインドでのヒップホップの定着っぷりが感じられる。

あと関係ないけど、オディシャのラッパーにはMC○○じゃなくて、Rapper○○って名乗っている人が多いような気がする。
Big Dealも正式にはRapper Big Dealの名義で活動しているし、ダリット(カースト制度の枠外に置かれた被差別民)出身のラッパーでRapper Dule Rockerという人もいる。
インドでも他の地域でラッパー○○というMCネームは見た記憶がないので、なんでだかちょっと気になるところだ。

続いてこちらはUstaadというラッパーの"Re Kalia"という曲

Ustaad "Re Kalia"


これもインドのラッパーの曲によくあることなのだが、"Re Kalia"という曲名とは別に、タイトル欄にいろんなサブタイトル(?)が書かれていて、Jai JagannathやShri Jagannathというジャガンナート神への賛美に加えて、やはりRath Yatra Songとお祭りソングであることが明記されている。
Big Dealもタイトルに使っていたKaliaという言葉は、ググってみた限りでは、「黒みがかった美」すなわちクリシュナを讃える言葉らしい。
青い姿で描かれることが多いクリシュナ神だが、シヴァやクリシュナのように青い肌で書かれるヒンドゥーの神は、もともとは黒い肌だったことを表していると言われる。
このKaliaは、クリシュナを讃えるのと同時に、おそらく真っ黒い肌で描かれるジャガンナートとも関係している言葉という意味を持っているのではないかと思う。


Subham Riku "Jaga Kalia"


こちらはSubham Rikuというラッパーの"Jaga Kalia"という曲。
ここでもタイトルにKaliaという言葉が使われ、Rath Yatra Rap Songというサブタイトルがつけられている。
昨年リリースされて700回程度しか再生されていない曲だが、なかなかちゃんとしている。
数年前にオディア語のラップをチェックしたときには、率直に言ってかなり垢抜けない感じだったのが、すごい勢いで進化しているようだ。

オディア語ラップ、ご覧の通りムンバイやデリーとはまた別の方向性で成熟してきている。
オディシャのリアルというのが、伝統的なお祭りや信仰と地続きになっているというのが、なんとも最高ではないですか。



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goshimasayama18 at 22:42|PermalinkComments(0)

2019年06月04日

Big Dealがラップで訴える故郷オディシャ州のサイクロン被害からの復興

5月3日、20年ぶりとなる猛烈な強さのサイクロン'Fani'がインド東岸とバングラデシュを直撃した。
インド東部オディシャ州の政府は事前に各種メディアを通じて120万人以上の人々に避難を指示し、43,000人のボランティアを準備してサイクロンに備えた。
この'Fani'によって、インドでは同州を中心に72名が亡くなったが、10,000人を超える死者・行方不明者を出した1999年のサイクロンと比べると大幅に犠牲者数を減らすことができたのは、事前の準備と対策が功を奏したからだと言えるだろう。
odisha_map
オディシャ州の位置(出典:Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_districts_of_Odisha

だが、喜んでばかりはいられない。
過去の大災害と比べて人的被害が少なかったせいか、サイクロン通過後の状況は、海外でも、そしてインド国内でもほとんど報道されていないようなのだ。
'Fani'が過ぎ去ると、インドのニュースは、ほとんど下院選挙一色となってしまった。

しかし、最大風速毎時250キロ、再低気圧937ヘクトパスカルに達した'Fani'の被害は甚大だった。
被害の中心地は州沿岸部のプリー地区、コルダ地区で、12世紀に建築された有名なジャガンナート寺院も被害を受けた。
被災者数は1,700万人弱にのぼり、オディシャ州内の物的損害の推定額は17.4億米ドルに達するという。
'Fani'の被害を受けたインフラ再建のためには、24億6,000万ドルが必要とされている。

甚大な被害にも関わらず、その後の支援が不十分な状況に対して、同州プリー出身の日印ハーフのラッパーBig Dealは、さらなる支援を呼びかける楽曲をYouTubeで公開した。

"I am Odisha".

豊かな自然のもとで暮らすオディシャの人々にとって、日本同様に自然災害の脅威は避けられないものだ。
1999年に続き、2013年の'Phailin'、さらには今年の'Fani'と、オディシャ州は度重なるサイクロンの被害に見舞われており、そのたびに住民たちはそこから立ち直ってきた。
このビデオにも出てくるように、過去の被災経験から、オディシャ州には数多くの避難施設(シェルター)が建設され、今回の'Fani'上陸の際には、適切な避難行動によって人的被害を最小限にとどめることができた。

とはいえ、生活基盤が破壊された状況からの再建は容易ではなく、オディシャ州は多くの支援を必要としている。
とくに沿岸部には貧しい漁民が多く暮らしており、住まいや漁船を破壊されたりした者も少なくないようだ。
私も20年ほど前にプリーを訪れたことがあるが、海岸沿いに掘っ立て小屋のような漁民の住居がひしめきあうように建てられていたのを覚えている。
もし彼らの生活が20年で大幅に改善していなければ、彼らが生命以外のほぼ全てを失ってしまったであろうことは想像に難くない。

Big Dealはオディア語(オディシャ州の言語)でラップした最初のラッパーであり、"Mu Heli Odia"(俺はオディシャ人)という曲をリリースしたこともある、名実ともにオディシャを代表するヒップホップアーティストだ。
日印ハーフの彼は、少年時代には、顔立ちの違いからいじめを受けたこともあったそうだが、それでもオディシャ州をレペゼンするアーティストになり、活動拠点を南部の大都市バンガロールに移した今も、オディシャ人であることを誇る楽曲をリリースしている。
このビデオでは、自身のラップスキルと報道の映像、そして美しいオディシャの自然や文化を織り交ぜながら、報道が途絶えた今も苦しんでいる被災者に代わって支援を訴えている。

オディシャのニュースサイトMyCityLinksにBig Dealが語ったところによると、この曲は、過去20年で5つのサイクロンに見舞われたオディシャが、決して打ちのめされず、そのたびに立ち上がってきたことを示すものだという。
この曲は地元言語オディア語ではなく、英語とヒンディー語でラップされているが、インド国内で少しでも多くの人に今回の被災への意識を高めるために、話者数の多い言語を選んだそうだ。
彼は'Fani'襲来の2日後に曲を書き始め、2週間でこの曲を完成させた。
(mycitylinks.in "Big Deal’s “I am Odisha” tells the resilience of disaster-prone State"

いつものように、Big Dealのラップから感じられるのは、ファッション的な暴力性や露悪性ではなく、真摯で誠実なメッセージであり、問いかけである。
自分のコミュニティーをレペゼンし、抑圧された人々の声なき声を代弁し、社会的なメッセージを発信する。
ここには、ヒップホップの美徳の全てがある。

'Fani'の被害を受ける前の美しいオディシャを取り戻すためにも、彼のこの活動をシェアしたいと思う。
Big Dealによる世界初のオディア語ラップ、"Mu Heli Odia"で、この土地の美しさを改めてご覧いただきたい。


過去のBig Dealに関する記事はこちらから。
「レペゼンオディシャ、レペゼン福井、日印ハーフのラッパー Big Deal」
「律儀なBig Deal」(インタビュー)
「インド独立記念日にラップを聴きながら考える」(彼が独立記念日に寄せて作った曲について)
「"Gully Boy"と『あまねき旋律』をつなぐヒップホップ・アーティストたち」(彼がインド北東部への差別について作ったプロテストラップについて)


"I am Odisha"の動画の最後に出てくる州政府首相による基金のウェブサイト(cmrfodisha.gov.in)では、日本からの支援は難しいようなので、日本で支援を受けつけている団体を紹介する。
NPO法人JAPAN INDIA CLUB」という、プリー在住のロックドラマーの宮原"ナチョス"剛さんが代表を務める団体だ。
同団体は2014年からプリーで日本とインドのミュージシャンによる音楽フェス「オディシャジャパンフェスティバル」を開いており、日本からはモーモールルギャバンなどのバンドが出演している。

現地プリーに拠点のあるこの団体が、緊急支援プロジェクトを立ち上げており、詳細は以下のリンクから確認できる。

サイクロンへの支援についてはこちらから:
JAPAN INDIA CLUB 【緊急】『インドオディシャ州プリー2019サイクロン災害救援プロジェクト』

JAPAN INDIA CLUBについてはこちらから:
JAPAN INDIA CLUBとは?活動理念



団体のウェブサイトからのメッセージを引用して紹介します。

【緊急】
救援金の受付を開始いたします。

5月3日プリーを襲った巨大サイクロンによる災害について

2019年5月3日、インド東部オディッシャ州プリーに巨大サイクロン「Fani -ファニ-」が上陸しました。

「ファニ」の勢力はプリー至上最大級のサイクロンで、現在も120万人以上が避難生活を送っていると報道があります。

想像を絶する暴風雨が人々や家を襲い、停電、断水、通信手段断絶等の甚大な被害をもたらしています。

現在はインド政府の対応や近隣の週からのサポートもあり少しずつ、復旧に向かってはおりますが、

依然として猛暑等も重なり、この過酷な状況は続いています。

今現在、我々が把握している現地からの被災情報は
「プリーの学校、民家、商店、ホテル等の崩壊」
「ライフライン断絶、復旧の見通しがたたない」
「多くの方が避難している」
「漁村の船も家屋もすべてなくなり、漁村が村ごとなくなったこと」

そして、甚大な被災に遭われた現地では

人々が協力し合い、過酷な状況下で復興を目指し、
「前向きにがんばっている」
ということです。

しかし連絡手段が限られている中、実際の被災状況などが少しづつ明らかになってきてはいますが、最新の被災情報を入手することは困難を極めています。

この甚大な被害に一刻も早く対応をするために、
日本国内での救援金の募金による支援のお願いを開始することと致しました。

この度のみなさまからお寄せいただきました救援金は、
当NPO法人が責任を持ち、2019サイクロン災害救援金として、
被災した方々への支援活動及び復興活動のために使用させて頂くことをお約束致します。

(引用以上)
JAPAN INDIA CLUBが行なっているODISHA JAPAN FESTIVALの様子はこちら!

JAPAN INDIA CLUBでは、来年もプリーのペンタコタ地区でこのフェスティバルの開催を考えているとのことで、そのためにも1日もはやく現地の生活が健やかになるよう願っているというメッセージをいただいた。

Let's help rebuild Odisha!


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goshimasayama18 at 23:24|PermalinkComments(0)

2018年02月28日

レペゼンオディシャ、レペゼン福井、日印ハーフのラッパー Big Deal

こんちわ、凡平です。
前回
のミゾラム州のデスメタルバンド、Third Sovereignへのインタビューでは、このブログ始まって以来の「いいね」をいただきまして、ありがとうございやす。
インド北東部のデスメタルなんてこの日本で自分しか興味持ってないんじゃないかと思ってたんですけど、しがねえウィーバー、じゃなかった、それはエイリアンの主演の女優さんだった、しがねえブログ書きのアタクシですが、とても励みになりましたよ。

で、気づいたんですけど、どうもこのブログの傾向として、デスメタルのことを書くと非常にたくさんの「いいね」がついて、ヒップホップやなんかのことを書くとあんまり「いいね」がつかないみたいなんですよ。
この際、いっそのこと毎回インドのデスメタルバンドの紹介とインタビューにしちゃおうかとも思ったんだけど、「今のインドのいろんな音楽を紹介する」っていう初心を思い出して、デスメタル好きのみんな、ごめん。今日はヒップホップっす。
とはいえ、非常に面白いはず(とアタクシが勝手に思っている)なので、ぜひおつきあいを。

いつもこのブログでは、基本的に日本で紹介されていないミュージシャンについて書くことにしているのだけれども、今回紹介するラッパーは、なんと珍しいことに日本の新聞で紹介されたことがある。
彼の名はBig Deal.
え?知らない?
それも無理のない話。
日本の新聞といっても、彼が紹介されたのは福井新聞だしな…。
(福井の方、ごめんなさい)

じつは彼のことは、以前「各地のラッパーと巡るインドの旅」という記事でも触れたことがあるのだが、まあ覚えている人はいないでしょう。
長いこと温めて書いた記事だったのに、1つも「いいね」がつかなかったから(泣)。
自分で言うのもなんだけど、なかなか面白い記事だったと思うので、興味のある方はぜひご一読を。

彼は、福井新聞では「インドで5本の指に入るラッパー」として紹介され、このブログでも取り上げた人気ラッパーのBrodha Vに「インドのトップ3に入るラッパー」として名を挙げられるほどの(ちなみに他の2人はDIVINEとNaezy)実力派ラッパー。

Big Dealはインド東部のオディシャ州はプリーという街(コルカタから夜行列車で南に一晩くらいの場所)の出身で、インド人の父と日本人の母との間に生まれた。
(だから福井新聞に取り上げられてたんだね)

まず紹介したいのは、以前の記事でも取り上げた、オディア(オディシャ人)としての誇りをラップしたこの曲。"Mu Heli Odia"
 

オディシャ州はとりたてて大きな都市があるわけでもなく、どちらかというと鄙びたところではあるのだが、だからこそというか、「俺はオディアだ!」というプライドを全面に出した曲になっている。
ちなみにこの曲はインドで(っていうか世界で)最初のオディア語ラップでもあるという。

この曲は、全体を通してオディシャ州の文化への賛歌になっているんだが、冒頭で
「俺のことをコリアンだと思うかもしれないけど、親父はヒンドゥー、Odia Japさ。この2つをミックスして、今じゃ俺みたいな奴は誰もいないのさ」
というリリックが出てくる。
自分のルーツをラップしたよくあるリリックのようだけど、次の曲を聴けば、もっと深い意味があることが分かるだろう。
そして、彼の「俺はオディシャ人だ」という言葉の重みにも気がつくはずだ。

彼はプリーで生まれ育ったのち、13歳からはウエストベンガル州北部のダージリン(コルカタからプリーとは逆方向の北に列車で一晩)の寄宿舎学校(男子校)に通った。
その後、進学のために向かった南インド・カルナータカ州のバンガロールでラッパーになり、今もバンガロールを拠点に活躍している。
(地図、載っけときます)
india_map州都入り


その半生をラップした曲がこの"One Kid"だ。

よりインド色の強いトラックではあるけれども、さっきのオディア語とはうって変わって、切れ味の良い英語のラップがとても印象的。
リリックの冒頭はこんな感じで始まる(リリック全体はこちらからどうぞ)

Growing up in Puri, I felt so confused プリーで育った小さい頃、俺はとても混乱していた
Why do I look like no one else in the school? どうして俺は学校の他のみんなと違うのか
I mean I got small eyes, also a flat nose 小さな目に低い鼻のことさ
Which is why all guys happened to crack jokes そのせいでみんなは俺をからかった
Even the teachers treated me like a foreigner 先生まで俺を外国人のように扱った

While all I ever wanted to be was an Oriya 俺はただただオディシャ人になりたかった

以前取り上げた北東部トリプラ州出身のBorkung Hrankhawlもラップしていたように、典型的なインド人の外見でないことに対する差別というのは結構根深いものがあるのだろう。
典型的なインド人であれば、マイノリティーであってもコミュニティーや居場所があるけれど、インドの外部や周縁部からやって来た人には所属すべき場がない。
だが、彼は家族や叔父、叔母の愛情を感じ、死ぬまで彼らをレペゼンしてラップし続けると宣言する。
というのがヴァース1の内容。

続くヴァース2は13歳から通っているダージリンでの男子校生活について。
ひょっとしたら、インド北東部のダージリンの学校に通ったのも、同じように東アジア系の見た目の生徒たちが多数いるということが関係しているのかもしれない。
だが、ここでも遠く離れたオディシャからきた彼は、からかいやいじめの対象になる。
辛い4年間の学園生活の中で、彼はエミネムのラップに出会い、ラッパーになるという夢を見つける。
「あのころファックユーって言ってきた同じ奴が今じゃ『Big Deal、尊敬してるよ』だってよ」というのがこのヴァースのクライマックスだ。

ヴァース3の舞台はインド南部カルナータカ州の大都市、バンガロール。
ITを学びにこの街に出て来て、学問を修めることができたが、彼は安定して稼げる道よりもラッパーになるという夢を選ぶ。
就職すれば金持ちになれる。だがラッパーになれる望みは皿の上のドーサより薄い。
dosa
(ドーサ)

それでも彼は自分の夢に忠実に生きることを選んだ。
最後のラインでBig Dealはこうラップする。
「君たちをエンターテインするためだけにラップしてるわけじゃない。君たちのマインドを鍛えて、道のりを変えたいんだ。さあ、キッズたち、俺たちには証明しなきゃならないことがある。父さん母さん、俺は夢を叶えたよ」
この曲が収録されたアルバムタイトルは「One Kid with a Dream」
BKに勝るとも劣らないポジティブなメッセージの1曲だ。

彼のことを取り上げた福井新聞の記事でも、彼は自らの半生を語っている。
その記事にも取り上げられているお母さんの故郷、福井への愛をラップした曲がこちら。


シリアスな曲のあとで、このまったり感。
すごい落差で申し訳ない。
トラックはちょっと「和」な感じを意識しているのだろうか。
この曲も、お母さんの故郷へのリスペクトって意味で、シリアスにやっているんだと思うが、田園地帯、恐竜(福井は化石が発掘されたことで有名)、和食、日本酒、親戚のおじさん達と英語のラップとのミスマッチがなんとも。
鄙びてるってことで言えば、インドの中のオディシャと日本の中の福井って、ちょうど同じくらいのような気がしないでもない
最後のパートで、おそらくはオディア語でラップしたのと同じような動機で、日本語で「福井 イイトコ イチドハオイデ(中略)福井ダイスキ」とラップしているのだが、それがまたいい感じの朴訥感だ。
(オディシャ・ラップのさらなる朴訥の世界というのがあるのだが、それはまたいずれ)

この福井新聞のインタビューだと、もう完全に地元の観光大使って感じで、もはやヒップホップのルードボーイっぽさはゼロなのだけど、この素朴な「真っ直ぐさ」が彼の大きな魅力の一つでもあるように思う。


ちなみに彼のお母さんは「モハンティ三千江」という名前で活躍している小説家でもある。 
いつか彼女の小説もブログで取り上げてみたいと思っています。
最新の曲はオディア語でお母さんのことを取り上げた曲、"Bou".

こういう曲をやられちゃあ、お母さんうれしいだろうね。
彼は英語だけでなくヒンディーでラップすることもあるけど、やっぱりこの曲にはオディア語の素朴な響きが合っていて、とても素敵に感じられる。
エミネムみたいなアーティストに影響を受けつつも、結果的に家族愛みたいな普遍的な価値観に表現が落ち着くあたり、やっぱり育ちの良さなんだろうなあ。

彼のご両親はプリーで「Love&Life」という名前のホテルを経営していて、この宿はアタクシが20年以上前にプリーを訪れた時にもあったのをなんとなく覚えている。
結局その時は別の宿に宿泊したのだけど、もしLove&Lifeに泊まったら、小さいころのBig Dealに会うことが出来ていたかもしれない。

今回はこのへんで! 

goshimasayama18 at 23:28|PermalinkComments(0)