エレクトロニカ
2023年02月09日
インドのアンダーグラウンド電子音楽シーンの現在
ここ数年ですっかり耳にすることが少なくなったジャンル名といえば、EDMだろう。
2010年代、ド派手かつキャッチーなサウンドで世界中を席巻したEDMの波は、もちろん踊ることが大好きな国インドにも到達した。
ゴアやプネーでは世界で3番目の規模のEDMフェスティバルSunburnが開催され、数多くの世界的DJが招聘されてインドの若者たちを踊らせた。
インド国内にもLost StoriesやZaedenのように海外の大規模フェスに出演するアーティストが現れ、シーンはにわかに盛り上がりを見せた。
ところが、アヴィーチーが亡くなった2018年ごろからだろうか。
世界中の他の地域と同様に、インドでもEDMブームは下火になってゆく。
Lost Storiesは派手さを排除したポップ路線へと転向、Zaedenに至っては、なんとアコースティック寄りのシンガーソングライターへと転身してしまった。
(どうでもいい話だが、アヴィーチーというアーティスト名はインドと縁があり、「無間地獄」を意味するサンスクリット語から取られているらしい)
一応ことわっておくと、ここで言っているEDMというのは、KSHMR(彼はインド系メリカ人だ)とかアヴィーチーみたいないわゆる「狭義のEDM」の話で、インドを含めた英語圏で使われる「踊れる電子音楽全般」という意味ではない。
広義のEDMはもちろんまだ生きていて、以前も書いた「印DM」(軽刈田命名)のように、インドで独自に進化しているのだが、その話はまた今度。
今回書きたいのは、こうしたポップ路線からは離れたところに存在する、もうちょっとアンダーグラウンドな音楽シーンのことだ。
2000年ごろから活躍するパイオニアMidival Punditzをはじめ、インドは数多くの電子音楽アーティストを輩出した国でもある。
当たり前だが、巨大フェスのメインステージだけがシーンではない。
今回は、インドの面白い「草の根的」電子音楽をいろいろと紹介してみたい。
(古典音楽の要素を融合したフュージョン系エレクトロニカも非常に面白いのだけど、面白すぎるのでこれもまた機会を改めることにして、今回は無国籍なサウンドの電子音楽アーティストを特集する)
Dreamhour "Light"
シンセウェイヴのDreamhourは、インド東部ベンガル州の北のはずれ、シリグリー出身のDobojyoti Sanyalによるソロプロジェクト。
西にネパール、東にブータンがあり、北には1975年まで独立国だったシッキム州をのぞむシリグリーは、私の記憶にある25年前は、これといった面白みのない辺境の田舎街だった。
あの街からまさかこんな拗らせたスタイルのアーティストが出てくるとは思わなかったなあ。
Dreamhour "Until She"
DreamhourはニューヨークのNew Retro Waveというレトロ系シンセウェイヴ専門のレーベルから作品をリリースしていて、この手のマニアックなサウンドになるともう国境も国籍も全く関係ないという好例と言えるだろう。
Sanyalは女性ヴォーカリストをフィーチャーしたDokodokoというプロジェクトでも活動している。
OAFF "Perpetuate"
大阪アジアン映画祭と同じ名前のアーティストOAFFは、ムンバイのKabeer Kathpaliaによるソロプロジェクト。
音のセンスもさることながら、このシンプルながら独特の美しさを持つミュージックビデオが素晴らしい。
OAFF x Lanslands "Grip"
Landslandsなる人物と共演した"Grip"のミュージックビデオもまた強烈で、こちらはフランス人映像作家Thomas Rebourが手掛けている。
Three Oscillators "Hypnagogia"
ムンバイのDJ/プロデューサーBrij Dalviによるソロプロジェクト。
当方ロック上がりにつき、この手の音楽には全く詳しくないのだが、ちょっとドラムンベースっぽくもあるこういうジャンルは何ていうの?IDM?
彼が所属するQuilla Recordsはこの手の電子音楽の要注目レーベルだ。
大都市の喧騒の中からこの静謐かつ知的なサウンドが生まれてくるところに、ムンバイの奥深さを感じる。
Oceantied "Reality"
ベンガルールのKetan Behiratによるソロ・プロジェクト。
彼もまた、ただアゲて踊らせるだけじゃねえぞ、というセンスを感じる音使い。
Cash "Longing"
詳細は不明だが、ボストンとニューヨークとムンバイを拠点にしているらしいCashというアーティスト。
いわゆる典型的なアンビエントだが、とにかく心地よく浸れるサウンドだ。
"Hatsuyuki"や"Sentaku"といった日本語タイトルの曲もあって、それがまた美しい。
Neeraj Make "Last Taxi"
チェンナイとロンドンを拠点に活動するNeeraj Makeが2021年にリリースした"Art House"の最後を飾る曲、Last Taxiも電子音楽としての美しさにあふれた一曲だ。
この手のエレクトロニカ/アンビエント系の音楽は、インドでも決してメジャーなジャンルではないが、そのわりにかなり多くのアーティストやレーベルが存在している。
若干ステレオタイプ的な話になるが、深淵な音の響きを追求する古典音楽や、瞑想の伝統を持つインドで、こうした「踊らせるだけではない」音にこだわった電子音楽が好んで作られるのは必然とも言えるのかもしれない。
(そう考えると、今回紹介した中ではレトロウェイヴ系のDreamhourはかなり異質だが)
この手のアーティストはインドにほんとうにたくさんいるので、今後もいろんな角度から紹介してみたい。
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2020年08月22日
インディアン・アンビエント/エレクトロニカの深淵に迫る!
それも、都会的な洒落たセンスよりも、深遠かつ瞑想的なサウンドを追求している、いかにもインド的なアーティストがじつに多いのである。
あらかじめ正直に言っておくと、私はアンビエントやエレクトロニカには全く詳しくない。
インドといえば古典音楽が有名だが、(またしても詳しくないジャンルを印象で語ることになってしまうが)インドの古典音楽は、声楽にしろ器楽にしろ「全宇宙を内包するような深みがある一音を出すこと」を非常に重視しているように感じられる。
もしかしたら、インド人には、ジャンルに関係なく、深みのある音を追求することが運命づけられているのではないか。
そんないかにもインド的な電子音楽を、ここでは仮にインディアン・アンビエント/エレクトロニカと呼ぶことにする。
YouTubeの再生回数を見る限り、インディアン・アンビエント/エレクトロニカで最も有名なアーティストは、このAeon Wavesだろう。
彼らの楽曲は、この"Into The Lights"をはじめとする数曲が、世界中のアンビエント・ミュージックを紹介しているyoutubeの'Ambient'チャンネルで紹介されており、いずれも再生回数は10万回を超えている。
この"Voices"では民族音楽風のパーカッションとマントラのようなサウンドを導入して、エスニックかつスピリチュアルな雰囲気を醸し出している。
Aeon Wavesは北西部グジャラート州のアーメダーバード出身のKanishk Budhoriによるソロプロジェクト。
アーメダーバードといえば、ポストロックバンドのAswekeepsearchingを輩出した都市だが、なにか音響へのこだわりを育む土壌があるのだろうか。
このPurva Ashadha and Feugoも、いかにもインディアン・アンビエント/エレクトロニカらしいサウンドを聴かせてくれる。
ビートレスのまま長く引っ張ってゆくサウンドは思索の海を漂っているような瞑想的な響きがある。
Purva Ashadhaはアッサム州出身で現在はムンバイを拠点として活動しており、Feugoはクリシュナ寺院の門前町として知られベジタリアン料理で名高いウドゥピ出身でバンガロール育ち。
決して中心部の大都市出身ではないアーティストが多いのもこのシーンの特徴と言えるだろうか。
この二人のユニットには、のちにFlex Machinaという名前がつけられたようだ。
よりダンス・ミュージック的なアプローチをすることもあるが(例えばこの動画の5分半頃〜)、そのサウンドは、あくまでも、深く、柔らかい。
RiatsuはムンバイのメタルバンドPangeaの元キーボーディストという異色の経歴のアンビエント・アーティスト。
不思議なアーティスト名の由来を聞いたところ、日本の漫画/アニメの"Bleech"に出てくる精神的パワー「霊圧」から名前を取ったという。
この曲のタイトルの"Kumo"は日本語で、雲でなく「蜘蛛」。
朝露にきらめく蜘蛛の巣の美しさを思わせるトラックだ。
最近ではアメリカのエクスペリメンタル・トランペッターJoshua Trinidadとのコラボレーションにも取り組んでいる。
ムンバイのThree Oscillatorsも、金属的だが柔らかい反響音が印象的な心地よいトラックを作っている。
彼は今年1月のDaisuke Tanabeのインドツアーのムンバイ公演にも地元のアーティストとしてラインナップされていた。
バンガロールのEashwar Subramanianは、アンビエントというよりも、ニューエイジ/ヒーリングミュージックと言ってもよさそうな優しい音像を作り出すミュージシャンだ。
Shillong Passでは、チベタン・ベルを使って瞑想的なサウンドを作り出している。
同じくバンガロールのAerate Soundはヒップホップカルチャーの影響を受けたビートメーカーだが、そのサウンドはアンビエント的な心地よさに溢れている。
バンガロールはインドのポストロックの中心地でもあり、音響的な魅力のある多くのミュージシャンが拠点としている都市で、アンビエント/エレクトロニカ系のアーティストも多い。
地元言語カンナダ語のかなりワイルドな印象のヒップホップシーンもあるようだが、Aerate SoundはSmokey The Ghostらのよりチルホップ的傾向の強いラッパーとの共演を主戦場としている。
こちらもバンガロールの男女2人組、Sulk Stationは、トリップホップ的なサウンドに古典音楽的なヴォーカルを導入して、インドならではのチルアウト・ミュージックを作り上げている。
彼らはインドで盛んな古典音楽とのフュージョン・ミュージックとして語ることもできそうだ。
先日リリースした"Perpetuate"で、日常にサイケデリアを融合した素晴らしいミュージックビデオをリリースしたOAFFも、インド古典音楽を取り入れた"Lonely Heart"でインド古典声楽を導入している。
OAFFはムンバイを拠点に活動するKabeer Kathpaliaによるエレクトロニック・ポップ・プロジェクトだ。
こちらもムンバイから。
Hedrunの"Chirp"は自然の中にいるかのような心地よさを感じることができるサウンド。
HedrunはPalash Kothariによるエレクトロニカ・プロジェクトで、彼は私のお気に入りでもあるムンバイのアンビエント/エレクトロニカ系レーベル'Jwala'の共同設立者のうちの一人でもある。
ゴア出身のテクノ・アーティストVinayak^Aも、インド声楽を導入したトラックをリリースしている。
トランスの聖地ゴア出身の彼は、早い時期からにテクノ/トランス触れていたようで、この "Losing Myself"のリリースは2011年。
インド系のクラブミュージックとしては2000年ごろに出現したデリーのMidival PunditzやUKエイジアンのTalvin Singh, Karsh Kaleらに続く第二世代にあたる。
彼はSitar MetalのRishabh SeenやTalvin Singh(タブラで参加)と共演して本格的に電子音楽とインド古典音楽の融合に取り組むなど、意欲的な活動をしている。
OAFFやVinayak^Aのサウンドは、前述のインディアン・アンビエント/エレクトロニカの定義には当てはまらないかもしれないが、いずれも欧米のミュージシャンがエスニック・アンビエントやトランスに導入してきたインド的な要素を、インド人の手によって逆輸入した好例と言えるだろう。
最後に紹介するのはデリーのアンビエント・レーベルQilla Recordsを主宰するKohra(このアーティスト名はウルドゥー語で「霧」を意味しているとのこと)。
7月にリリースしたニューアルバム"Akhõ"は、17世紀のグジャラート州の神秘詩人/哲学者の名前から名付けたものだ。
彼がRolling Stone Indiaに語ったインタビューの内容がまた面白い。
なんと彼は、2年前から始めた瞑想の影響で、クラブミュージックから出発したアーティストなのに、「パーティーは完全にやめてしまった」そうだ。
「鍛錬や瞑想を始めから、パーティーみたいなことは完全にやめてしまったんだ。たとえ自分のライブをやっていて、他の人たちがパーティーをしていてもね。おかげで、完全に違う心境にたどり着くことができたよ。自分が作っているような音楽に合った状態でいたかったしね。」
(出典:https://rollingstoneindia.com/kohra-new-album-akho/)
インドのアンビエント/エレクトロニカの独特の音世界には、音楽に楽しさや心地よさ以上のものを込めようとする彼らの哲学が込められているのかもしれない。
今回紹介したアーティストに限らず、インドにはさらに様々なタイプのアンビエント/エレクトロニカ系のアーティストがいる。
もっと聴いてみたければ、手始めにデリーのQilla RecordsやムンバイのJwalaレーベルあたりからチェックしてみると良いだろう。
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2019年04月14日
日本と関わりのあるインドのアーティストの新曲情報と、インディーミュージシャンの懐事情
宮崎駿などの日本のアニメに影響を受けている女性エレクトロニカ・アーティストのKomorebiことTarana Marwahは、2017年のアルバム"Soliloquy"から"Little Ones"のビデオを発表した。
コマ撮りが印象的なこのビデオは、インドのアーティスト向けクラウドファンディングプラットフォーム'Wishberry'を活用して製作されている。
彼女によるとこの曲は自身の弟に捧げられたパーソナルな内容のものとのこと。
叙情的な映像は、Parekh and Singhのミュージックビデオでウェス・アンダーソンへのオマージュ的な画を撮っていたことも記憶に新しいMisha Ghoseによるもの。
今作でもTaranahのノスタルジーと心象風景を美しく映像化することに成功している。
印象的なギターはムンバイのブルースバンドBlackstratbluesで活躍するWarren Mendosaで、ジャンルを超えた心地よい音の共演が実現した。
続いて紹介するのは、日本語の歌詞を持つ"Natsukashii"をリリースしたシンガー・ソングライターのSanjeeta Bhattachrya.
(「バークリー出身の才媛が日本語で歌うオーガニックソウル! Sanjeeta Bhattacharya」)
彼女もまたWishberryを通じたクラウドファンディングで製作した"You Shine"を発表した。
今までのオーガニックソウルやカルナーティック的なルーツを感じさせる楽曲ではなく、ジャジーでメランコリックなこの曲は、2017年に命を絶ったLinkin ParkのChester Benningtonと、やはり同じ年にムンバイで死去したバンガロール出身の若手キーボードプレイヤー、Karan Josephに捧げられたもの。
ミュージックビデオは華やかなショウビズの世界とその裏側の孤独、そこから立ち直るための親しい人々との絆がテーマになっている。
Karan Josephについては日本ではほとんど知られていないと思うが、Sanjeetaと同じくボストンのバークリー音楽院で学んだ若手有望キーボーディストだった。
この動画を見れば彼がいかに才能豊かなミュージシャンであったかが少しでも伝わると思う。
彼の死は自殺とされているが、その背景にはムンバイの有力プロモーターとの確執があるとされ、スキャンダル的な話題にもなったようだ。
いずれにしても、成長著しいインドのミュージックシーンで今後ますます活躍したであろう若い才能の死はあまりにも惜しい。
インドのインディーミュージックは、多くのアーティストの熱意と表現衝動に支えられて急成長をしている最中だが、SanjeetaやKaran Josephのように海外で一流の音楽を学んだミュージシャンがきちんと評価され、活躍できる環境が整備されているとはまだまだ言い難い。
SanjeetaがWishberryのサイトでクラウドファンディングを募るために語っていた内容が興味深いので、ここで少し紹介したい。
「私はインディーミュージックの世界ではやっと1歳になったばかり。毎日素晴らしいミュージシャンや人々に会っているわ。彼らはみんな音楽にハートとソウル、時間やお金やたくさんの努力をつぎ込んでいるの。インディーミュージックシーンは急成長しているけど、もっと大勢の人に注目される必要があるし、もっと多くのスポンサー、後援、リスナーやサポートも必要だわ。あまりにも長い間、インディーミュージックは隅に追いやられていて、ミュージシャンたちは(自分の表現したいものではなくて)大衆が喜ぶような、ラジオでかかるようなコマーシャルな音楽を演奏しなければならなかった。もし誰かアーティストの心の声を聴いてくれる感受性と勇気のある人がいたら、その声をみんなに広めて欲しいの。
私の音楽と同じくらい素晴らしいミュージックビデオを作るためには友達や家族やリスナーのみなさんの協力が必要で、だからクラウドファンディングを募ることを選んだの。今までにやったことはないけど、何だって初めてってことはあるし、これが将来より多くの人たちに音楽を聴いてもらう助けになることを願っているわ。私はインディーミュージシャンだからいつも資金不足に悩んでいるし、これがミュージックビデオを完成させるためにできる最良の方法だと思うの。」
映画音楽や古典音楽以外の音楽マーケットが十分に成長する前にインターネットの時代を迎えたインドでは、インディー・ミュージックを支える構造(レコード会社、プロモーター、演奏の場など)が十分に整備される前に、誰もが動画サイトや音楽ストリーミングサイトを通して自分の演奏したい音楽を発表できる環境が整ってしまった。
優れた楽曲を制作しても、それを収入に結びつけるシステムが圧倒的に不足しているのだ。
そのため、本来はカウンターカルチャーであるはずのロックやクラブミュージックのアーティストも、裕福な若者たちばかりという状況になってしまっている(これは富の不均衡の問題でもあるが)。
このブログで紹介しているように素晴らしいアーティストもたくさんいるのだが、彼らとていつまでも情熱だけで音楽を続けてゆけるわけではない。
作り手の才能をファンの良心が支えるクラウドファンディングは、こうしたインドのインディーミュージックシーンの現状が生み出した新しいサポートの方法だと言える。
(そういえば、昨年来日公演を含むアジアツアーを行ったムンバイのデスメタルバンドGutslitも、ツアーの資金集めにクラウドファンディングを活用していた)
音楽ストリーミングや動画サイトの普及によって、誰もが音楽を自由に発表できるかわりに、音楽はほぼ無料で楽しめるという傾向は、世界中でますます加速してゆくだろう。
インドのインディーミュージックシーンを取り巻く状況は、一週遅れのようでいて、実は世界でもっとも新しいものなのかもしれない。
最後に、Sanjeeta Bhattacharyaの"Natsukashii"をもう一度。
この日本語を大々的にフィーチャーしたポップチューンはもっと日本で聴かれるべきだと思う。
国境を超えてお気に入りのインディーアーティストをサポートしあう世界が、もうすぐそこまで来ている。
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2019年03月15日
インドのインディーズシーンの歴史その11 極上のフュージョン・アンビエント Karsh Kale
今回はとりあげるのはまた在外インド人アーティストによる作品で、Karsh Kaleが2001年に発表した'Anja'.
Karsh Kaleはイギリス出身のインド系タブラプレイヤー/エレクトロニカアーティストで、現在は米国籍を取得している。
彼自身はマラーティー系(ムンバイがあるマハーラーシュトラ州がルーツ)だが、この曲のヴォーカルはどうやらテルグ語(南部アーンドラ・プラデーシュ州の言語)らしく、テルグの民族音楽とのフュージョン(もしくはテルグ系シンガーのコラボレーション)ということのようだ。
Karsh Kaleは以前紹介したTalvin Singh同様、 90年代にイギリスを中心に勃興した「エイジアン・アンダーグラウンド」のシーンで頭角を現した。
このエイジアン・アンダーグラウンドはクラブミュージック(電子音楽)と南アジア(インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ)の伝統音楽を融合したもので、当時、伝統音楽のルーツを持つ多くの移民アーティストが活躍していた。
Talvin Singhがよりドラムンベース的なアプローチだったのに対して、Karsh Kaleはどちらかというとアンビエントっぽい音楽性が特徴。
タブラ奏者には他ジャンルとの共演で名を上げたプレイヤーがとても多くて、タブラ界の最高峰Zakir HussainはGrateful DeadのドラマーMicky HartらとのDiga Rhythm Bandやジャズ・ギタリストJohn MclaughlinとのShaktiをやっているし、Trilok Gurtuもジャズ系のミュージシャンと共演して多くの作品を残している。
Bill Laswellによるタブラと電子音楽の融合プロジェクトであるTabla Beat Scienceにはここに名前を挙げたタブラプレイヤー全員が参加している。
Karsh Kaleの他の曲も紹介する。'Milan'
アンビエントから始まってストリングスも入って盛り上がる構成は映画音楽的でもあるが、Karshは実際に映画音楽のプロデュースなども手がけている。
先日公開になったGully Boyのサウンドトラックから、"Train Song".
デリー出身の国産エレクトロニカ・アーティストの先駆けMidival Punditzとの共作で、ヴォーカルは人気シンガーのRaghu Dixit.
次回のこの企画で紹介するシタール奏者のAnoushka ShankarとあのStingが共演した楽曲もある。
結果的に非常にイギリス的というか、ロンドン的な空気感のサウンドとなったと感じるが、いかがだろうか。
Karsh Kaleのサウンドを聴いていると、まるくて抜けのよいタブラの音色の心地よさが、音の気持ちよさを追求するアンビエント/エレクトロニカ的な音像に見事にはまっていることが分かる。
00年代初期の時代性を感じるサウンドではあるが、音楽としての質の高さ、心地良さは今聞いてもまったく色褪せていない。
現代では、インド本国にもアンビエント/エレクトロニカ系の優れたアーティストが非常にたくさんいるが、インド音楽と電子音楽の「音の心地良さ」を追究する姿勢には本質的な共通点があるのかもしれない。
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2018年06月17日
心地よい憂鬱と叙情…。 Asterix Major
なんたって憂鬱と叙情だからね…。
さて、このブログでは、これまでいろいろなタイプのインドの音楽を紹介してきた。
かっこいい音楽。面白い音楽。いかにもインドらしい音楽。インド社会の知られざる側面がよくわかる音楽。などなど。
今回紹介するのは、何ていったらいいんだろう。
インドとか日本とか、そういう限定的な枠を超えて、すごく、じんとくる音楽だ。
デリーのシンガーソングライター、Asterix Majorの新曲、"Falling Up".
これまでにこのブログで紹介したことがない、ギターの弾き語り中心の穏やかな曲。
決してポップでキャッチーなわけでもない。
でも静かだが、力強く、重く、深いメッセージが伝わってくる曲だ。
ぜひ、歌詞や映像と一緒に味わってみてほしい一曲です。
モノクロ中心の 美しい映像は、インドのことを映しているはずなのに、曲調や歌詞とあいまって、遠く離れた場所に住んでいる我々の胸にも迫ってくる。
美しい映像の中に映される、信じられないほどの格差。路上で暮らす人たち。
豊かな生活と引き換えの環境汚染。農作物への大量の化学薬品の使用。
様々な形での暴力に晒される子供や女性など社会的の弱者。
我々はこうした問題がインド固有のものではなく、日本でも、世界中のあらゆるところでも起きているということを知っている。
また、途上国で起きている深刻な問題が、先進国が主導する世界的な経済システムの中で引き起こされたものだということも知っている。
物質的にも経済的にも発展してきたはずなのに、社会の歪みは大きくなるばかり。
こんなことををこの先ずっと続けていくことができるのだろうか。
でも誰もが、世の中の不安や矛盾から目を背けて、日々を生きている。
この、とてもやっかいで、でもとても大事な真実を、この曲は非常に美しい方法で表現している。
この"Falling Up"について彼は、断罪しているのではなく、ただ我々が暮らしている社会のあり方を描写しているんだと語っている。
こうした超越者的な視点のせいだろうか。
この曲には、絶望というよりも、諦観にも似たやさしさを感じる不思議な味わいがある。
個人的には、この曲が持つ「やさしい虚無感 」みたいな感覚とフォーク的な曲調に、先ごろ亡くなった森田童子を思い出したりもした。
彼の他の楽曲も、また同じように独特の情感をたたえており、美しい映像で綴られている。
エレクトロニカ系のアーティスト、NYNとのコラボレーション、"Desire"
フォーキーな"Falling Up"とはうって変わって、EDM的なトラックに乗せてラップ的な歌唱も披露している。
こちらはもう少しアンビエント寄りな、7 bucksとの曲、"Someday"
彼の音楽の叙情性がより活きた曲調だ。
クオリティーの高い映像は、デリーのShunya Picturesというところが製作しているもの。
Shunyaって日本人の名前みたいにも聴こえるけど、何なんだろう?
このAsterix Majorは、Facebookのプロフィールによると、専業ミュージシャンというわけではなく、現在デリーのマルチ・スズキ(日本のスズキがインドで立ち上げた合弁企業で、インドを含む南アジア全域で高いシェアを誇る)でインターンシップをしているそうだ。
彼の非凡な才能が今後どのような楽曲を生み出すのか、非常に楽しみなミュージシャンである。
最後に、この曲は「人生」についての曲。
多少拙い部分はあるけど、この胸を抉られるような感覚はどこから来るんだろうなあ。
2017年12月25日
愛は心の抵抗です!Su Realのベースミュージック
デリーを拠点に活躍しているEDM/ベースミュージックのサウンドクリエイターでございます。
まずはこちらの曲を聴いてみておくんなまし。
Su Real "Soldiers"
曲もビデオもかっこいい!
日本じゃクリスマスってんで、ジングルベルジングルベルって老いも若きも大変な楽しみようなんでございますが、インドなんかだとヒンドゥー原理主義ってんですか?
西洋の文明がインドに入ってくるのを快く思わない人ってのがいるんですね。
クリスマスなんかお祝いしてると、原理主義が強い地域だと警察に捕まったりする。
毎年バレンタインデーが近くなると、バレンタインデー排斥運動というのが起こって、バレンタインのディスプレイをしているお店が襲撃されたりするってのが毎年のように報じられてます。
別にもてないからってわけじゃなくて、西洋的な価値観や自由な恋愛がインドを堕落させるっていう考え方なわけでございます。
外でキスをしたり抱き合ったりしているだけで「風紀を乱す」的なことで逮捕されることもあるってわけで、この曲はそういう状況に対して、よりモダンな価値観を持った者たちからのプロテストという内容になっているんでございます。
歌詞を訳してみるとこんな感じ。
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警告 警告 全ての愛の戦士たちよ準備せよ
愛の軍隊とともに、怒りを込めてぶっ放せ
この辺をパトロールしているが状況はひどくなるばかり
警察がやってくる音が聞こえる
通りで抱き合ったりキスをしたってだけで刑務所に入れられる
政治家や聖職者の皮をかぶった獣たちの声が聞こえる
過剰な抑圧が攻撃性を呼ぶ
過剰な弾圧が表現を呼び起こす
これは公共の場での愛の表現
ゴアからグワハティまで、愛こそが使命
私たちは愛の戦士 憎しみをもつ者たちは気をつけろ
私たちがキスするのを見ていても構わない
昼でも夜でも 私たちがすべきことをしているのをみていても構わない
私たちは楽しみに来ただけ 彼らが何を言おうと気にしないで盛り上がろう
戦士たちがダンスフロアにやって来た 場所を空けて
ブースのDJ ベースをぶちかまして
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糾弾の対象に「政治家や聖職者」とあるのは、古い価値観の象徴であるヒンドゥーの聖職者と、そうした価値観を持つ者に迎合的な政治家のこと。
現在の政権与党BJP(インド人民党)はヒンドゥー的な考え方を至上とする原理主義組織RSSと強いつながりを持っていることが知られています。
旧弊な価値観に対して愛をもって対抗しようというのがこの曲の趣旨ってえわけだ。
「ゴアからグワハティまで」のゴアは大航海時代から長くポルトガル領だった南インドの都市。グワハティはインドの中でも独特の文化を持つ北東部アッサム州(紅茶で有名なとこ)の州都。
インドの地理的、文化的な広がりを意識したフレーズなわけです。
ついでに言うと、この曲は、ケララ州で発生した「Kiss of Love運動」に触発されて書いた曲とのこと。
このへんでSu Realさんの紹介を。
本名はSuhrid Manchanda.
ニューデリー出身でUAEとマレーシアで育ち、大学はカナダのマギル大学に通ったという。その後、MBAの勉強をしに行ったニューヨークでレコードレーベルで働くようになったことから音楽制作を始め、今ではデリーを拠点に活動しています。
レゲエパートのヴォーカルを担当しているのはGeneral Zooz.
こちらもデリーを拠点に活動しているレゲエバンド「Reggae Rajahs」のヴォーカリストです。
Reggae Rajahsも素晴らしいグループなのでいずれ紹介したいと思います。
こういう音楽が単なるパーティーミュージックではなくて、真摯なメッセージを含んでるってことがとても素晴らしいと感じた次第でございます。
“Soldiers”は2016年に発表のアルバム「Twerkistan」の収録曲。
パキスタンとかの国名につく「-stan」と、ダンスの一種のTwerkをかけたアルバムタイトルで、インドの伝統音楽やカッワーリーとベースミュージックの融合が試みられている曲も多くて、それがまた素晴らしい。
Jay-Zとカニエ・ウエストの「Niggas in Paris」のパロディのこんな曲も入ってます。
それでは今日はこのへんで!