インド系イギリス人
2018年11月04日
インドのインディーズシーンの歴史その9 UKエイジアン・トリップホップ Nitin Sawhney
インドのインディーズシーンを紹介するこの企画。
これまでインド国内のシーン黎明期のミュージシャンと、在外インド人ミュージシャンをほぼ交互に紹介してきたが、今回はこの在外ミュージシャンを紹介。

イギリス国籍のインド系ミュージシャン、Nitin Sawhney。
Nitin Sawhneyは1964年にイギリスはロチェスター生まれのインド系ミュージシャンで、ジャンルとしてはトリップホップやアシッドジャズに分類されることが多いようだ。
音楽的ルーツとしてはピアノ、クラシックギターに加えてタブラとシタール。
これまで見てきた在外インド系ミュージシャン同様に、当時の先端の音楽にインド古典の要素を加えた音楽性で高い評価を得た。
個人的にも、彼の名前は90年代から00年代にかけて人気を博した、Buddha BarやCafe Del Marといったアンビエント系コンピレーションでよく名前を見かけた記憶がある。
今回のリストで選出された楽曲は、1999年にリリースされた'Letting Go'.
90年代末らしさ全開のセンスの良い叙情的なトリップホップを聴かせてくれる。
途中までPortishead風のサウンドだったところに、1:38からの間奏で突然インド風のヴォーカリゼーションとバイオリン(サーランギ?)が入ってくるけど、この曲のインドの要素はごくわずか。
このミクスチャーはちょっと唐突で隠し味程度のものだけど、ロンドンで育ったNitinの心象風景はこんな感じなのだろうかと思わせる。
じつは今回初めてアルバムを通して聴いたのだけど、トリップホップ調、インド風に加えて、ヒップホップからドラムンベースまで、音楽的な引き出しの多さと組み合わせのセンスの良さにびっくりした。
インド的な要素で欧米的に「センスが良い」とされる音楽をどこまで作れるかという見本市のようなアルバムだ。
反核実験のメッセージを持ったアルバムでもあるが、同じ時代にインドを訪れた私にとっては、98年の核実験を大国化への前進と位置付けて歓喜しているインドの人々と、この都会的なアルバムを作ったイギリスのインド系移民との「断絶」をかえって感じてしまう。
'Homelands'ではカッワーリーと叙情的なガットギターのコンビネーションに、北インドから中近東を飛び越えてスペインのフラメンコにまでつながるロマの音楽の始点と終点が何の違和感もなく同居しているし、'Nadia'の伝統的なインドの歌唱へのドラムンベースの合わせ方も凄い。
アルバムを通して映画音楽的なピアノやストリングスも効いている。
インドの伝統音楽の要素を、オーガニックなものとしてではなく、都会的な音像のなかで使っているのが印象的だ。
今聴いても全く色あせないこのアルバムは、20世紀末のロンドンのインド系移民にしか作れないサウンドのひとつの到達点。
このあと、ムンバイやバンガロールがどんどん栄えて、センスの良い印欧フュージョンの音楽がたくさん作られるようになっても、出てくる音がまた全然違うんだから面白い。
そのへんは追ってこの企画で紹介することになるでしょう。
それでは今日はこのへんで。
これまでインド国内のシーン黎明期のミュージシャンと、在外インド人ミュージシャンをほぼ交互に紹介してきたが、今回はこの在外ミュージシャンを紹介。

イギリス国籍のインド系ミュージシャン、Nitin Sawhney。
Nitin Sawhneyは1964年にイギリスはロチェスター生まれのインド系ミュージシャンで、ジャンルとしてはトリップホップやアシッドジャズに分類されることが多いようだ。
音楽的ルーツとしてはピアノ、クラシックギターに加えてタブラとシタール。
これまで見てきた在外インド系ミュージシャン同様に、当時の先端の音楽にインド古典の要素を加えた音楽性で高い評価を得た。
個人的にも、彼の名前は90年代から00年代にかけて人気を博した、Buddha BarやCafe Del Marといったアンビエント系コンピレーションでよく名前を見かけた記憶がある。
今回のリストで選出された楽曲は、1999年にリリースされた'Letting Go'.
90年代末らしさ全開のセンスの良い叙情的なトリップホップを聴かせてくれる。
途中までPortishead風のサウンドだったところに、1:38からの間奏で突然インド風のヴォーカリゼーションとバイオリン(サーランギ?)が入ってくるけど、この曲のインドの要素はごくわずか。
このミクスチャーはちょっと唐突で隠し味程度のものだけど、ロンドンで育ったNitinの心象風景はこんな感じなのだろうかと思わせる。
じつは今回初めてアルバムを通して聴いたのだけど、トリップホップ調、インド風に加えて、ヒップホップからドラムンベースまで、音楽的な引き出しの多さと組み合わせのセンスの良さにびっくりした。
インド的な要素で欧米的に「センスが良い」とされる音楽をどこまで作れるかという見本市のようなアルバムだ。
反核実験のメッセージを持ったアルバムでもあるが、同じ時代にインドを訪れた私にとっては、98年の核実験を大国化への前進と位置付けて歓喜しているインドの人々と、この都会的なアルバムを作ったイギリスのインド系移民との「断絶」をかえって感じてしまう。
'Homelands'ではカッワーリーと叙情的なガットギターのコンビネーションに、北インドから中近東を飛び越えてスペインのフラメンコにまでつながるロマの音楽の始点と終点が何の違和感もなく同居しているし、'Nadia'の伝統的なインドの歌唱へのドラムンベースの合わせ方も凄い。
アルバムを通して映画音楽的なピアノやストリングスも効いている。
インドの伝統音楽の要素を、オーガニックなものとしてではなく、都会的な音像のなかで使っているのが印象的だ。
今聴いても全く色あせないこのアルバムは、20世紀末のロンドンのインド系移民にしか作れないサウンドのひとつの到達点。
このあと、ムンバイやバンガロールがどんどん栄えて、センスの良い印欧フュージョンの音楽がたくさん作られるようになっても、出てくる音がまた全然違うんだから面白い。
そのへんは追ってこの企画で紹介することになるでしょう。
それでは今日はこのへんで。
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goshimasayama18 at 18:53|Permalink│Comments(0)
2018年09月24日
インドのインディーズシーンの歴史その6 フュージョン・エレクトロニカの先駆け Talvin Singh

VH1 Sound Nationが選んだインドのインディーズミュージックを作ったアーティスト72組を時代順に巡る旅の第6弾。
ここまで、インドの国内のアーティストが海外の流行の模倣から、少しずつオリジナリティーを獲得してゆく過程と、海外在住のインド系アーティストが欧米の音楽にインドのサウンドやリズムを取り入れることで、世界的な人気を獲得してゆくさまを見てきた。
今回紹介するのは、再び海外のインド系アーティスト、Talvin Singhが1998年に発売したアルバム「OK」。
彼がここで表現しているサウンドは、今日まで行われてきたインドのルーツと流行のサウンドが融合されてきた数多くの試みの中でも、ひとつの到達点とも言えるものだ。
Talvin Singhは、前々回にお届けしたのApache Indianに続いて、90年代の音楽シーンに馴染んでいた人には懐かしい名前のはず。
当時、インドにはまっていた学生だった私は「インド好きなの?Talvin Singh聴いた?超かっこいいよ」とこの曲が入っているアルバムを先輩に教えてもらった記憶がある。
Talvin Singhは1970年にロンドンで生まれたインド系イギリス人。
イギリス国籍とはいえ、文化的ルーツを大事にする家庭に育ったようで、幼少期からタブラに親しみ、16歳でパンジャーブ派のタブラを学びにインドに2年間の留学をした。
古典音楽を本格的に学んだTalvinだが、しかし彼はそのまま古典音楽の世界の中で生きることを選ばなかった。
彼は当時イギリスやカナダの南アジア系移民の間で勃興してきていた、電子音楽と伝統音楽をミクスチャーしたジャンル、「エイジアン・アンダーグラウンド」のシーンの中で、めきめきと頭角を現してゆく。
1991年にはニューウェーブバンドのSiouxsie and The Bansheesのメンバーとして"Kiss Them for Me"のレコーディングとその後のツアーに参加。
93年にはBjorkのアルバム「Debut」にパーカッショニストとして参加するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を始める。
90年代も後半に入る頃になると、パンク/ダブ/レゲエのジャンルではAsian Dub Foundationらの台頭もあり、インド系サウンドは「どこか垢抜けないダンスミュージック」から、一躍時代の最先端に躍り出ることになった。
当時インドをバックパッカーとして旅していた私は、電気などのインフラの整備もままならず、抜け目がないけどまだまだ朴訥としたインド国内のインド人と、垢抜けたサウンドを奏でる在外インド系移民たちがどうしても繋がらず、呆然としてしまったのを覚えている。
(今日では、インド国内と在外アーティストのサウンドの差は、こと電子音楽に関して言えばほぼ完全に縮まったと言える)
そんな時代背景のなか、Talvinが98年に発売した記念碑的なソロデビューアルバムが「OK」だ。
例のランキングで紹介されているのはそのタイトルトラック。
前置きが長くなりましたが、聴いてみましょう。
聴いていただいて分かる通り、謎の沖縄テイストのある楽曲で、コーラスはなんとネーネーズ!
当時聴いたときには、アルバム全体の無国籍感の中でさして気にも留めていなかったのだけど、まさかインドのインディー音楽の歴史を辿るなかで日本の、それも沖縄のアーティストに出会うことになるとは思わなかった。
この曲ではアジアごった煮的なお祭り風サウンドを聴かせているが、アルバム全体はかなり二枚目風な質感に仕上がっていて、例えば2曲めの"Butterfly"はこんな感じ。
こうやって聴くと、タブラの細かくタイトなリズムがドラムンベースに、浮遊感のあるバーンスリー(横笛)とシタールがトリップホップにそれぞれ似た質感を持っており、Talvin Singhのインド由来のサウンドが90年代のクラブカルチャーが持っていた空気感に激しく呼応していたということが改めて分かる。
在英インド系移民によって、インドの伝統音楽と時代の最先端のサウンドが、ちょうど90年代後半に出会うことになったというわけだ。
もちろん、単なる時代のせいというだけではなく、そこにTalvin Singh個人の類稀なセンスが働いていたことは言うまでもない。
その後のTalvin.
2011年にシタール奏者のNiladri Kumarと発表した"Together"では、インド古典音楽にダブ的な手法を取り入れることで近未来的な質感を与えることに成功している。
日本のタブラ奏者、Asa-Chang&巡礼による「12節」のRemixを手掛けたりもしている。
インドのインディーズ音楽史を紐解くこのシリーズ、第6回目にしていきなり時代の最先端に躍り出てしまったが、果たしてこの先どうなるのか?
乞うご期待を!
goshimasayama18 at 18:49|Permalink│Comments(0)