インド古典音楽

2019年01月20日

バークリー出身の才媛が日本語で歌うオーガニックソウル! Sanjeeta Bhattacharya

その言語でないと表現することが難しい言葉というものがある。
例えば、インドの言葉で代表的なのはサンスクリット語の「シャンティ(Shanti)」。
これは平和・静寂・至福などを表す言葉で、ヨガの世界などで使われる。
ピースフルな状態を表すこの言葉は、あのマドンナも曲名にしたことがある。
日本語で代表的なのは、ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイが提唱したことでも有名な「Mottainai=もったいない」だろう。

今回紹介する曲のタイトルも、日本語でないと表現が難しい感覚と言っていいのだろうか。
インドの若手女性シンガー、Sanjeeta Bhattacharyaが先ごろ発表した曲のタイトルは、なんと"Natsukashii(懐かしい)"
 
ホーリーの粉、サイクルリクシャー、ブランコにシャボン玉。
タイトルの通り懐かしい雰囲気の映像に乗せて、過ぎ去った恋の思い出の甘さと苦さがポップに歌われる。
決して後悔しているわけでもあの頃に帰りたいわけでもないが、束の間、過去を思い返して思い出に浸る。
確かに「懐かしい」はノスタルジックとも違う日本語独特の表現なのかもしれない。

これまで、日本の文化に影響を受けたアーティスト(ロック編エレクトロニカ編)とか、日本語の名前を持つアーティストというのは紹介してきたけど、冒頭だけとはいえインドではほとんどの人が知らない日本語で歌うアーティストというのは珍しい。
しかも、サウンドは心地よいオーガニックソウルで、曲名以外これといって日本的なわけでもないし。
いったい彼女はどこで「懐かしい」という日本語を見つけたのだろうか。

Sanjeeta Bhattacharyaを語る上で、もうひとつ注目すべき点は、彼女がアメリカの名門音楽学校、バークリー音楽院の出身だということだ。
このブログでなんども書いてきたように、インドのインディーミュージックシーンは2000年代から急速な発展を遂げた。
映画音楽一辺倒だったインドにロックやダンスミュージックなどの新しい音楽を紹介したのは、欧米に暮らす在外インド人や、海外で青春時代を過ごした「帰国子女」たちだった。
今ではそこからさらに発展して、海外の名門音楽学校に留学したアーティストが帰国して活躍する時代を迎えたというわけだ。


インドのウェブサイトIndianwomenblog.orgに掲載されたインタビューによると、Sanjeethaはインドの多くのシンガー同様、幼少期からインドの古典音楽(ヒンドゥスターニー、カタック)を学んでいたそうだ。
バークリーでは世界中の音楽を学んだが、それでも彼女の音楽のルーツはインド古典だと語っている。
最近のオーガニックソウル調の曲からはあまり古典の要素は伺えないが、ヒンディーで歌った曲からは、そんな彼女のルーツが十分に感じられる。

古典音楽風の繊細な節回しとジャズ/ソウル的な抑揚が魅力的なこの曲は、トルコ系イギリス人の女性作家、Elif Shafaqの本'40 Rules of Love'にインスパイアされたもの。
曲のタイトル'Shams'はこの本に出てくるスーフィー(イスラーム神秘主義の行者)の名前で、歌の内容は「私に必要なのは師匠でも弟子でもなく、友であり仲間だ。ともに座ってみれば、私たちの内面には見た目以上に多くの調和があるはずだ」という、現代社会で深い意味を持つメッセージ。

バークリーでは、ジャズだけでなくバルカン音楽やフラメンコ、ラテン音楽など世界中の音楽を学んだという彼女がスペイン語で歌うこの曲は'Menos es mas'

インド人である彼女がスペイン語の歌い回しを見事にものにしているのを聴いて、フラメンコの担い手であるロマ(ジプシー)のルーツはインドのラージャスタン州のあたりに遡るということを、ふと思い出したりもした。

彼女が尊敬するミュージシャンとして挙げるのはエリス・レジーナとビリー・ホリデイ。
ブラジル音楽とジャズの、伝説的なシンガーだ。
ジャズとインド古典音楽は即興において似た部分があると話す彼女は、今までに触れたあらゆる文化や音楽の影響を、自分なりに咀嚼して表現している。
そのアンテナに、きっと日本語の「懐かしい」もひっかかったのだろう。
おそらくは、世界中からミュージシャンの卵が集まるバークリーで、日本人から耳にした言葉だったのではないだろうか。

ちなみにバークリーで学ぶインド人アーティストは多く、女性シンガーではパティ・スミスを連想させるグランジ系フォークロックのAlisha Batthや、日本で活動しているジャズ/ソウルシンガーのTea (Trupti)などが活躍している。
彼女たちもそれぞれ独特の世界観をもっている興味深いミュージシャンなので、いずれ紹介したいと思います。

それでは!



(追記)
彼女が2020年10月にリリースした"Red"では、なんとラップを披露!
ミュージックビデオもこれまでのナチュラルなイメージからぐっと変わって、妖艶な雰囲気を感じさせるものになっている。
しかもマダガスカルのシンガーNiu Razaとの共演という話題もあり、この曲はRolling Stone Indiaが選ぶ2020年のベストミュージックビデオの1位に輝いた。



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goshimasayama18 at 14:34|PermalinkComments(0)

2018年08月12日

プログレッシブ・古典ミクスチャー・メタル? Pineapple Express!

どうもこんにちは。
軽刈田 凡平です。
さて、今回紹介しますのは、バンガロールのとにかく面白いバンド、Pineapple Express.
彼らは今年4月にデビューEPを発売したばかりの新人バンドなんですが、このブログの読者の方から、ぜひ彼らのことをレビューをしてほしい!とのリクエストをいただきました。
どなたかは知らぬが、おぬし、やるな。

Pineapple ExpressはDream TheaterやPeripheryのようなヘヴィー寄りのプログレッシブ・ロックやマスロックを基本としつつ、エレクトロニカからインド南部の古典音楽カルナーティック、ジャズまでを融合した、一言では形容不能な音楽性のバンド。
百聞は一見に如かず(聴くだけだけど)、まず聴いてみてください。彼らの4曲入りデビューEP、"Uplift".

01 - Cloud 8.9 0:00
02 - As I Dissolve 2:58
03 - The Mad Song 7:50
04 - Uplift 14:00

どうでしょう。
プログレッシブ・メタル的な複雑な変拍子を取り入れながらも、メタル特有のヘヴィーさやダークさだけではなく、EDMや民族音楽的なグルーヴ感や祝祭感をともなったごった煮サウンドは、形容不能かつ唯一無二。
結果的にちょっとSystem of a Downみたいに聴こえるところもあるし、トランスコアみたいに聴こえるところもある。
Pineapple Expressは中心メンバーでキーボード奏者のYogeendra Hariprasadを中心に結成された、なんと8人組。
バンド名の由来は、おそらくは2008年にアメリカ映画のタイトルにもなった極上のマリファナのことと思われる。

メンバーは、「ブレイン、キーボード、プロダクション」とクレジットされているYogeendraに加えて、
Arjun MPN(フルート)、
Bhagav Sarma(ギター)、
Gopi Shravan(ドラムス)、
Jimmy Francis John(ヴォーカル。Shubhamというバンドでも歌っている)、
Karthik Chennoji Rao(ヴォーカル。元MotherjaneのギタリストBhaiju Dharmajanのバンドメンバーでもある)、
Ritwik Bhattacharya(ギター)、
Shravan Sridhar(バイオリン。Anand Bhaskar Collectiveも兼任ということらしいが、あれ?以前ABCのことを記事に書いたときから違う人になってる)の8人。

8人もいるのにベースがいなかったり、ボーカルが2人もいたりするのが気になるが、2013年に結成された当初はトリオ編成だったところに、 Yogheendraの追求する音楽を実現するためのメンバー交代を繰り返した結果、この8人組になったということらしい。

1曲めの"Cloud 8.9"はプログレ的な変拍子、カルナーティック的なヴォーカリゼーション、ダンスミュージック的な祝祭感に、軽やかに彩りを添えるバイオリンやフルートと、彼らの全てが詰め込まれた挨拶代わりにぴったりの曲。
2曲めの"As I Dissolve"はぐっと変わって明快なアメリカンヘヴィロック的な曲調となる。
この曲では古典風のヴォーカルは影を潜めているが、彼ら(どっち?)が普通に歌わせてもかなり上手いヴォーカリストことが分かる。アウトロでEDMからカルナーティックへとさりげなくも目まぐるしく変わる展開もニクい。
3曲めはその名も"The Mad Song". 分厚いコーラス、ラップ的なブリッジ、さらにはジャズっぽいソロまでを詰め込んだ凄まじい曲で、このアルバムのハイライトだ。
途中で彼らの地元州の言語、カンナダ語のパートも出てくる。
こうして聴くとプログレ的な変拍子とカルナーティック的なリズムのキメがじつはかなり親和性の高いものだということに改めて気づかされる。
考えてみればインド人はジャズやプログレが生まれるずっと前からこうやってリズムで遊んでいたわけで、そりゃプログレとかマスロックとかポストロックみたいな複雑な音楽性のバンドがインドに多いのも頷けるってわけだ。
4曲めのタイトルトラック"Uplift"はフォーキーなメロディーが徐々に激しさと狂気を増してゆくような展開。

たった4曲ながらも、彼らの才能の豊かさと表現の多彩さ、演奏能力の確かさを証明するのに十分以上な出来のデビュー作と言える。

デビューEP発売前に出演していたケララ州のミュージックチャンネルでのライブがこちら。

よりEDM/ファンク的な"Money"という曲。
メンバー全員のギークっぽいいでたちが原石感丸出しだが、奏でる音楽はすでに素晴らしく完成されている。

日本でも公開されたボリウッド映画(武井壮も出てる)「ミルカ」ののテーマ曲のカバー、"Zinda"はライブでも大盛り上がり。



Yogheendraはこのバンド以外にも少なくとも2つのプロジェクトをやっていて、そのひとつがこのThe Yummy Lab.
インド音楽とキーボードオリエンテッドなプログレ的ロックサウンドの融合を目指す方向性のようだ。

演奏しているのは"Minnale"という映画の曲で、古典楽器ヴィーナの音色がどことなくジェフ・ベックのギターの音色のようにも聴こえる。

もうひとつのプロジェクトが"Space Is All We Have"というバンド。

このバンドはメンバー全員で曲を共作しているようで、Pineapple Expressとは違いインド音楽の要素のないヘヴィーロックを演奏している。


Pineapple Expressのヴォーカリスト、Jimmy Francis Johnと二人で演奏しているこの曲では、変拍子やテクニックを封印して、叙情的で美しいピアノを披露している。

どうだろう、とにかく溢れ出る才能と音楽を持て余しているかのようじゃないですか。
Yogeendra曰く、インドの古典音楽とプログレッシブ・ロックを融合させることは、意識しているというよりごく自然に出来てしまうことだそうで、また一人、インドのミュージックシーンにアンファン・テリーブル(恐るべき子供)が現れた、と言うことができそうだ。

今後の予定としては、スラッシュメタルバンドのChaosやロックンロールバンドのRocazaurus等、ケララシーンのバンドと同州コチのイベントで共演することが決定している模様。
kochirocks

Pineapple Expressが、少なくともインド国内での成功を収めるのは時間の問題だろう。
彼らのユニークな音楽性からして、インド以外の地域でももっと注目されても良いように思うが、プログレッシブ・メタル、インド伝統音楽、エレクトロニカというあまりにも対極な音楽性を融合したバンドを、果たして世界の音楽シーンは適切に受け止めることができるだろうか。
この点に関しては、試されているのは彼らではなくて、むしろ我々リスナーであるように感じる。
海外のフェスに出たりなんかすれば、一気に盛り上がって知名度も上がるんじゃないかと思うんだけど、どうでしょう。

Pineapple ExpressとYogheendraがこれからどんな作品を作り出すのか、インドや世界はそれにどんなリアクションを示すのか。
それに何より、この極めてユニークな音楽性のルーツをぜひ直接聞いてみたい。
これからもPinepple Express、注目してゆきたいと思います!
それでは! 

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goshimasayama18 at 23:38|PermalinkComments(2)

2018年06月06日

タブラ奏者Arunangshu Chaudhury来日公演を観てきた!

今日は早稲田の東京コンサーツラボというところでインドのタブラ奏者アルナングシュ・チョウドリィ(Arunangshu Chaudhury)氏のコンサートを見に行ってきた。
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今回のライヴは日本人のシタール奏者、ヨシダダイキチさんと、チョウドリィ師の弟子の日本人タブラプレイヤーのキュウリくんとのトリオ編成。

いつも最近のインドの音楽のことを偉そうに書いているアタクシですが、古典音楽の知識はさっぱり。
今回はライブの前にヨシダ師によるインド古典音楽(北インドのヒンドゥスターニー音楽)の解説というのもあったのだが、要約するとこういうことらしい。

・インド音楽の根底にはインド哲学があり、それは無の境地、「サマディ(三昧)」を目指すものである。

・インドの音階とされる「ラーガ」は1オクターブが西洋音楽のような12音階ではなく、22音階に分けられる。微妙な音階は、シタールの場合、ギターのチョーキングのような音程のなめらかな変化(揺らぎ)として表される。但し、ラーガ=音階(スケール)という意味ではなく、ラーガはメロディーの規則なども含む概念である。

・インドのリズムとされる「ターラ」は、西洋音楽のように例えば「4拍子で前に進んで行く」ようなイメージのものではなく、循環する概念として考えられる。例えば16拍子だったら、16拍子の中に陰と陽があり、1〜8拍は陽、9〜12拍は陰、13〜16拍は始点に戻るためのものと捉えられたりする(正直、よくわかりませんでした)。

・そもそも音楽を言葉で表そうとすること自体に無理があり、ただ楽しめば良い。

最後のやつ以外は理解できたのかどうか甚だ疑問ではあるのだけれども、コンサート自体は素晴らしかった。
おだやかなさざなみが徐々に彩られながらリズムとメロディーの大波となって自在に形を変えてゆくアンサンブルはまるでひとつのストーリーを見ているよう。
コルカタ出身のチョウドリィ氏のタブラはファルカバード・ガラナ(流派)だそうだが(これも何やらよく分かってないけど)、激速かつ緩急自在にして千変万化なプレイは圧巻の一言だった。
三昧の境地といってもダメなサイケデリックロックみたいな独りよがりの恍惚みたいなものではなく、すべての音が完全にコントロールされた上での到達点。
3人の演奏は絶頂に至る大波(しかも毎回、形が違う)を何度も繰り返しながらノンストップで1時間近く続き、知識はなくとも楽しめば良いの言葉通り、誰もが満喫できる内容だった。

同じ3人による昨年のライブの模様がこちら。
 
たまにあるキメの部分はどれくらい事前に決まっているんだろう、とか気にならないでもないが、そういうことは考えずにただ音を楽しむべし! 
生ならともかく、映像だと静かな前半がかったるい、という方は19分あたりから聴くとよいかもしれない。
即興演奏が中心で楽器同士で会話しているかのようなセッション的な部分があったりするのはジャズ的と言えるし、一つのフレーズやリズムを様々に変化させ、音を重ねながら盛り上げてゆくさまはむしろテクノ的とも言えるかもしれない。
詳しくないジャンルのことを書いているので、語尾が「かもしれない」ばかりになっているかもしれない。
あとカタカナ表記がチョードリーじゃなくてチョウドリィなのはどうして?とか、いろいろ思わないでもないけど、まあ細かいことは気にしないで楽しむべし! 

goshimasayama18 at 23:57|PermalinkComments(0)