インドのヒップホップ

2025年09月25日

2025年秋〜冬 インドのフェス情報!


2026年の1月24-25日に行われるLollapalooza India、2025年11月22日-23日に行われるRolling Loud Indiaのラインナップが相次いで発表された。
会場はどちらもムンバイで、Rolling Loudのほうは正確にはムンバイの20キロほど東に位置するナヴィ・ムンバイで開催される。
どちらも発表されたのは結構前なのだが、忙しさにかまけて記事にするのが遅くなってしまった。
これがかなり面白い顔ぶれだったので、あらためてここに書いてみたい。


LollaIndia2026

先に発表されたLollapalooza IndiaのヘッドライナーはLinkin ParkとPlayboi Carti.
Linkin Parkは30代くらいのインドの洋楽ファンにはかなり人気があるようで、私の記憶だと、キャリア10年以上のインドのラッパーには、ヒップホップではなくLinkin Parkでラップに目覚めたという人が結構いたりする。
Linkin Parkは言うまでもなく2000年代を代表するロックバンドだが、インドでの公演は初めて。
これは絶対に盛り上がるだろう。

Playboi Cartiはアトランタ出身のラッパーで、2010年代終盤以降のUSヒップホップのサウンド、雰囲気、ファッションなどを決定づけた一人。
インドのヒップホップは多様化、ローカル化がかなり進んでいて、Playboi Cartiのような新しいタイプのUSヒップホップのファンがどれくらいいるのか想像がつかないが、英語による教育が盛んで、ネイティブ同様に英語を理解する人が多いインド(とくにムンバイ)には、英語でラップを聴いて理解して楽しめるヒップホップファンも多い。
ジャンルもスタイルも時代背景もまったく異なる二人のヘッドライナーがどんなパフォーマンスにムンバイのオーディエンスがどんな反応を見せるのか、かなり興味深いところだ。

日本人として気になるのはセカンド・ヘッドライナー扱いで藤井風の名前が挙がっていること!
藤井風はヨーロッパツアーを成功させるなど、海外での評価も非常に高い。
インドでの彼の知名度は、さすがにヘッドライナーの2組には及ばないだろうが、彼とインドには特別な関係がある。
Lollapalooza Indiaの公式インスタグラムでの彼の紹介がとても面白かった。

スクリーンショット 2025-08-31 21.17.30

ジャズ、ファンク、ソウル、エレクトロニックの影響をブレンドした彼のサウンドは遊び心があり、深い。(中略)彼の歌詞は仏教とインド哲学の不二一元論(Advaita Vedanta)がもとになっている。彼の「Grace」のミュージックビデオはインドで撮影され、彼がインド文化への深いインスピレーションを受け、リスペクトを示していることが伺える。彼の哲学的かつ深く人間的な音楽へのアプローチは、全てのパフォーマンスを愛、慈悲、絆を祝福するスピリチュアルな体験のように感じられる。(後略)


一時期、藤井風の歌詞に、サイババの思想からの影響が見られるということが、日本で否定的に報じられたことがあった。
日本では「うさんくさい」と捉えられがちなスピリチュアル志向だが、ビートルズの例を出すまでもなく、海外ではオルタナティブな精神性はポピュラー音楽の一要素として長く存在している。
またインドの音楽文化には、神への思慕を男女の恋愛感情に例えて歌う伝統があり、つまり欧米よりもさらに古い時代から、スピリチュアルな要素がポップカルチャー的に生活に息づいていた国だと考えることもできそうだ。


また昨今のインドでは、「生きがい」や「一期一会」のような日本の伝統的精神性への興味も高まっている(スペイン人作家エクトル・ガルシアの著書による影響が大きい)。
そうした文化的背景のなかで、藤井風のスピリチュアリティがインド文化の影響を受けているというのは興味を惹くポイントだろう。
ところ変わればアーティストのどの部分が魅力になりうるかも大きく変わるというのがじつに面白いと感じた次第である


インド系のアーティストでは/インド系イギリス人のガラージ、ダブステップDJのSammy Virjiがもっと大きい扱いだが、音楽性にインドの要素のない彼は、日本人から見たスティーヴ・アオキみたいな感じというか、「同じルーツであることが誇らしい洋楽枠」といったところだろう。

純粋な国内組ではBloodywoodがもっとも扱いが大きい。
フジロックをはじめ数々の海外のフェスで話題をさらってきた彼らの実力と人気を考えれば納得だ。
昨今は映画音楽でも活躍しているエレクトロニカ・アーティストのOAFF x Savera、UKのタブラ奏者/エレクトロニカ融合の第一人者でもあるKarsh Kale(やはり映画音楽もいくつか手掛けている)から、チェンナイのオルタナティブポップ・アーティストSunflower Tape Machine、ナガランドのロックバンドTrance Effectまで、インド系アーティストも幅広い地域、ジャンルから選出されていて、かなり見応えがありそうだ。



Rolling Loud Indiaのラインナップも非常に興味深い。
RollingLoudIndiaLineup


2日間で2人ずつヘッドライナー扱いになっているのは、UKドリルという枠を超えてイギリスを代表する存在であるCentral Cee, 2010年代を象徴するUSラッパーのひとりWiz Khalifa、ヒューストン出身のDon Toliver.
ここまではいいとして、インドからパンジャービー・ラッパーのKaran Aujlaの名前がここに入っていることにびっくりした!
もちろん彼はインド国内のみならず、欧米やオセアニアでも大規模会場でのツアーを成功させる「国際的スター」だが、彼の国際的な人気は世界中に散らばったパンジャーブ人をはじめとする南アジア系住民によって支えられている面も否定できない。
「ベンガルール生まれテキサス育ちのケーララ人」で昨年"BIg Dawgs"を世界的にヒットさせたHanumankindを含めて、セカンドヘッドライナーまでのアーティストが全て「英語ラップ」のアーティストであることを考えると、いくら大スターだとはいっても、パンジャービー・ラップの彼がヘッドライナーとして扱われているのは意外な気がする。
昨年末のムンバイ滞在時にオージュラのコンサートを見に行ったが、客層はUSのヒップホップを聴いているようなファンとは異なり、インド国内(あるいは在外インド系を含む)のヒップホップやポップスを聴いている層が多かった印象だ。

パンジャービー系ラッパーは「インド系社会でのみヒップホップとして扱われる」という不思議な位置付けのジャンルで、たとえば香港発のアジア全域のヒップホップを扱うメディア「LiFTED ASIA」では取り上げられていなかったりもする。
(ちなみにパンジャービー・ラッパーでは初日にGrinder Gillも出演)
Yo Yo Honey SinghやBadshahのようなメインストリーム系パンジャービー・ラップではなく、カナダを拠点に逆輸入での人気を獲得したKaran Aujlaがここにラインナップされているというのがまた興味深いところではある。



他にインド系のアーティストでは、パンジャーブ系カナダ人だが、ローカル色を出さずに完全に北米ヒップホップシーンに溶け込んでいるNavは別にして、マラーティー・ラップのSambata、チェンナイのArivu、北東部からフィメール・ラッパーのMeba OfiliaとReble、タミル系シンガポール人のYung Rajaなど、幅広く選ばれている。

気になるのは、ラインナップされているのがインド系ラッパーとUS、UK、カナダのラッパーのみであるということ。
同じRolling Loudでも、タイで開催されているRolling Loud Thailandでは日本や韓国、インドなど、他のアジア諸国のラッパーが出演していたが、インドでは自国と英語圏のラッパーのみ。
このあたりは、ヒップホップファンがどの地域の音楽を好んで聴いているかと関係しているのだろう。

アジア全域のヒップホップが盛り上がってほしい一方で、リリックという要素が非常に大きいラップでは、言語の壁がそのまま人気の限界にもなりうる。
この点をヒップホップというジャンルがどう乗り越えてゆけるのか、あるいは乗り越えられないのか。

もうひとつ気になるのが、Rolling Loud Indiaの出演者が全体として非常に「新しい」ということ。
5年~10年前にインドのラッパーのインタビューを読むと、Eminemや50Centや2PacやNasといったラッパーの名前が挙がっていた印象が強いが、今回のラインナップは海外勢でも軒並み2015年以降の人気アーティストのみで組み上げられている。
いちばんキャリアが長いのが2010年ごろから活躍しているWiz Khalifaか。
「イマのヒップホップ」に特化しているという点では、YzerrのForce Festivalに近い。

インド国内のアーティストでは、前述のHanumankindを別枠として考えれば、DIVINEが特別扱いで最後に大きくクレジットされているが、彼もラップのスタイル的には古い世代になる。
レジェンド枠ということなのだろうか。
今回のラインナップに合いそうなのは、インド国内だとSeedhe Maut、MC STAN、Dhanji、あるいはポップなTsumyokiとかChaar Diwaariあたりだと個人的には思う。
他にも例えば…といろいろ言いたくなってしまうが、脳内フェスのラインナップを考え始めるときりがないのでやめておく。

集客や盛り上がりなど、どのような雰囲気になるのだろうか。
できれば現地で体験してみたいんだけどなあ。

ここにきて、インドではNH7 WeekenderとかVH1 Supersonic、Magnetic Fieldsのようなもともとあった国内資本のフェスは実質的に休止中?で、LollapaloozaやRolling Loudといったアメリカ発祥のフェスが大規模に行われるという状況になってきた。
それだけエンタメの本場であるアメリカがインドの市場に注目しているということでもあるのだろうが、今後、インドのフェス事情はどうなってゆくのだろうか。


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goshimasayama18 at 18:51|PermalinkComments(0)

2025年08月15日

パンジャービー・ヒップホップと「放送禁止用語」をめぐる話題



Karan Aujlaが8月1日にニューアルバム"P-Pop Culture"からの先行シングルとなる新曲をリリースした。
プロデュースはパンジャービー音楽会でもっとも勢いのあるプロデューサーのIkky.
これが音楽的にも映像的にも、パンジャーブのかっこよさが、王道のブーンバップのビートと融合した非常にかっこいい仕上がりになっている。

Karan Aujla "Gabhru!"
 

タイトルの'Gabhru'はパンジャーブの田舎のスラングで「超かっこいい奴」みたいな意味で、若い男性に対して使われる言葉らしい。
今では国際的な大スターである(おもにパンジャービー・ディアスポラでの限定的な人気とはいえ)Karan Aujlaが、国際性や都会らしさを全面に押し出すのではなく、ローカルなスラングをタイトルに使い、故郷の村に帰ってくるという内容のミュージックビデオを出すというのは胸アツだ。

アルバムタイトルのP-Popというのがまた意味深だ。
インドのポップ(I-Pop)ではなく、パンジャーブのPを使っているということに、「俺はどんなに有名になっても地元を忘れないぜ」というパンジャービーの誇りを感じる。

少し前にはKratexが「M-House」と称してマラーティー語ハウスを作っていたが、やはりインドのアーティストにとって、帰属意識があるのは州や言語圏であって、インドという国ではないのだろう。

ところで、このミュージックビデオが公開された時、曲のタイトルは単なる"Gabhru!"ではなく、"MF Gabhru!"だった。
MFは言うまでもなく英語の'motherfxxking'の略で、「マジでやべえ」みたいな意味のスラングだ。
つまり、「マジでやばいくらい超かっこいい奴」というのがもとのタイトルだったわけだ。
ところが、この曲のタイトルが、ほどなくして"Gabhru!"に改められてしまった。

8月14日現在では、YouTubeや各種サブスク上でのタイトルは、全て"Gabhru!"に改められているようだ。
今のところ、YouTubeで見られるミュージックビデオでは、壁に書かれた'MF Gabhru!'という元のタイトルや、'I'm a motherfxxking gabhru!'と連呼するサビはそのままになっているようだ。
ところが、Spotifyでこの曲を聴くとサビの'MF'の部分が削除されており、そうすると不自然になってしまうので、'I'm a, I'm a, I'm a gabhru!」と繰り返すという、かなりマヌケというか不自然な処理がされている。

この変更の背景には、パンジャーブ州女性委員会によって、この歌詞が「女性に対する猥褻で侮辱的な表現」と断じられ、Karan Aujlaに出頭命令が下されたことがあるようだ。
ちなみにYo Yo Honey Singhの"Millionaire"という曲も、同時に同様の批判を受けている。

Yo Yo Honey Singh "Millionaire"


ほぼ1年前にリリースしたこの曲が、Karan Aujlaの新曲のリリースのタイミングで批判されるというのは完全なとばっちりだが、この曲は今の所YouTubeだけでなく、Spotifyでも'I'm a motherfxxking millionaire'という歌詞をそのまま聴くことができる。
Honey Singhはキャリア15年ほどのベテランなので、たとえば十代のファンは今はそんなにいないだろうから、悪影響もそんなにない、という判断なのだろうか。
それとも彼が言うことを聞いてないないだけなのか。

パンジャーブ州女性委員会(Punjab State Women's Commission)は、「このような言葉を使う者は容認できない。だから二人に出頭を要請した。これらの歌は発禁とする。歌手というのは社会の声だ。彼らは母親をとても愛していると歌っているのに、一方でこれらの曲では母親に対する侮辱的な言葉を使っている」というコメントを出している。
委員会はAujlaとHoney Singhにこうした歌詞が悪影響になると伝え、彼らは今後慎重になると回答したそうだが、果たしてどうなるだろう。

言うまでもなく、'motherfxxking'や'motherfxxker'という言い回しに「母親をファックする」という文字通りの意味があるわけではないので、彼らが母親への愛情を表すことと、こういうスラングを使うことは両立しうる。
彼らがこうした言葉を使うのは、例えば英語圏のヒップホップを基準にすればまったく違和感がないことだ。

一方で、インドのように保守的な価値観がまだ根強い国で、女性たちがこういう表現を批判するというのも理解できる。
インドの音楽シーンでは、Sidhu Moose Walaらの銃などに関する暴力表現に関しては比較的寛容(というか、禁止されたりはしない)なようだが、性表現に関してはまだまだ慎重な傾向がある。
インドではひどい性暴力のニュースも多いので、当然といえば当然のことだ。

パンジャーブで生まれ育ち、カナダでラッパー/シンガーとしてのキャリアを重ねてきた彼にしてみれば、今回の件は、単にふだん使っているような、ごく自然な表現を通して自分のプライドを表現したものなのだろう。
そこに女性蔑視の意図があったとは思わないが、こういうスラングを無意識に使うこと自体が差別的だと言われてしまうと、リアルなスラングと社会的規範のどちらを優先すべきか、悩ましい問題であるように思う。



ちなみにインドには英語のmotherfxxkerと同じ意味のmadarchodというスラングがある。
また「姉妹をファックする奴」という意味のbehenchodとか、英語の「Bワード」を意味するrandiというスラングもちゃんと(?)ある。
こうした表現は、ヒンディー語やベンガル語などの複数の言語に存在しているようだ。
メジャーアーティストは当然こういった単語をタイトルに使うことはないが、アンダーグラウンドではもちろん使われている。

Seabanksss "Kay Bagtho Badarchod"


この曲をやっているSeabanksssという人は完全にアンダーグラウンド(無名)なラッパーだが、マラーティー語ラッパーのSambataを彷彿とさせるふてぶてしいラップはなかなかかっこいい。
彼のインスタグラムのアカウントの紹介欄にはただ一言'SEX!'、YouTubeチャンネルには'SEXX IS DEATH'と書かれている。
お前はアホな中学生男子か!とツッコミたくなるが、アンダーグラウンドにこういう馬鹿で過激なアーティストがいるのはいいことだと思う。


The Zeest Band "BC Sutta"


彼らはパキスタンのカラチのバンドらしく、behenchodという言葉はそのまま書くのが躊躇われるようで、タイトルは"BC Sutta"と綴られている。

2005年にリリースされたこの曲は、喫煙を咎められる状況をコミカルに歌ったものらしく、MTVやラジオなどのメジャーな媒体ではまったく取り上げられなかったものの、大学のキャンパスなどで爆発的に拡散され、インドとパキスタンの両国の若者たちの「カルト・アンセム」になったという。

政治や宗教では分かり合えなくても、こういうバカでくだらないことをお互い楽しめるというのは、なんと健全なことだろうか。
これこそサブカルチャー、カウンターカルチャーの正しいあり方だと、マジで思う。



【追記】
2025年8月16日 YouTube版のタイトルに「MF」が戻ってきて、「MF Gabhru!」になった。もちろん音源は「motherfxxkin'」入りのままだ。
2025年8月22日 ついにアルバム"P-Pop Culture"がリリースされた。そしてなんとSpotify版のタイトルと音源にも「motherfxxkin'」が戻ってきた!
結局この騒動はなんだったんだろうか…。




参考サイト:
https://timesofindia.indiatimes.com/city/chandigarh/singers-karan-aujla-honey-singh-fail-to-appear-before-women-panel-seek-15-days-time/articleshow/123244442.cms

https://timesofindia.indiatimes.com/city/chandigarh/singers-karan-aujla-honey-singh-fail-to-appear-before-women-panel-seek-15-days-time/articleshow/123244442.cms

https://www.vice.com/en/article/bc-sutta-song-zeest-pakistan-band-india-millennials-90s-nostalgia/

https://zeest.wordpress.com/bc-sutta/


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goshimasayama18 at 00:22|PermalinkComments(0)

2025年03月02日

インドのサイケデリック・ミュージック特集(パンジャーブ&タミル・ヒップホップ編)



久しぶりにブログの記事を書く。
ありがたいことに、いくつかのところからまとまった量を書く話をいただいていて、すっかり母屋であるこのブログを留守にしてしまった。
久しぶりに書くのがドラッグかよ、と思わなくもないが、まあ読んでみてください。


今さらいうまでもなく、ロックやヒップホップやレゲエや電子音楽といった音楽ジャンルの誕生と発展には、ドラッグが大きく関わっている。
マリファナだったりLSDだったりMDMAだったりコデインだったり、ジャンルや時代によって影響を与えたドラッグはさまざまだが、キマッた状態で聴くとより楽しめるような音楽や、ドラッグによる意識の変化を追体験できるような音楽を追求した結果、ソバーな状態で聴いても気持ちいいサウンドが生まれた、というようなことは、ポップミュージックの歴史の中で頻繁に起きている。

インドという国は昔からそういうサイケデリックな音楽と関連づけられがちだった。
その理由のひとつは、60年代のヒッピームーブメントが物質主義的な西洋文明に対するアンチテーゼとしてインドの精神文化(ヨガとか)に接近したことだ。



ヒッピームーブメント時代のインドへの憧れは、瞑想によってドラッグと同じようなハイな状態になれるとか、逆にドラッグによって長年の精神修行によって到達する境地に簡単にたどりつけるとかいう罰当たりな論理に基づいたものだった。
ゴアトランスの時代には、例えばマントラがサンプリングされていたり、シヴァ神のモチーフが使われていたりと、今で言うところの「文化の盗用」っぽい例がたくさんあり、これもまた、あまり褒められたものではなかったのである。
こういった現象を快く思っていないインド人がたくさんいる一方で、こうした欧米的なムチャクチャなインドの解釈を「おお、クールじゃん」と捉えるインド人もいた。
今ではインドで行われるトランスパーティーのDJもオーディエンスも軒並みインド人だし(ゴアトランスの時代は海外のDJのプレイに海外から来たトラベラーたちが集まっていて、なんか植民地みたいだった)、インド人たちが作り出すインド風のトランス音楽は、それはそれで面白かったりもする。




最近注目しているのは、ヒップホップにおいてもサイケデリックな要素とインド的な表現様式を融合しているアーティストがここに来て増えてきているということ。
例えばこのパンジャーブのJassie Gilというシンガー/ラッパーの"Lor Lor"という曲。


Jassie Gill "Lor Lor"



彼は曲や歌詞を書かないタイプのシンガーみたいで、この曲ではNayaabという名前が作詞・作曲としてクレジットされている。
この曲、メロディー自体はよくあるタイプのパンジャーブ歌謡なのだが、派手な音は使わずに、ちょっとしたヴォーカルの処理とか音使いでドラッギーな感じを出しているところにセンスを感じる。
こういうアンチモラル的なタイプのパンジャービーの曲で、ギャングの要素がいっさいなく、サイケデリックだけで成立している曲およびミュージックビデオというのはかなり珍しいんじゃないだろうか。

再生回数は2025年2月●日現在(公開後●日間)で185万回。
このスタイルがかなり受け入れられているというのにも驚かされる。


次は南インドのタミルナードゥ州から。
Dacaltyというラッパーの"Sikko Mode"という曲。

Dacalty "Sikko Mode"


このポップな悪夢って感じのミュージックビデオ、ブリブリの低音で細部にまで気の利いたビート、ちゃんとタミルなパーカッション、全ての要素が最高。スキルフルだけど地声っぽいラップもすごく今っぽい。

彼が去年(2024年)リリースしたアルバムのタイトルがまた最高で、"Moshpit Masala"という。
こういうの、正確なジャンル名を何というのか知らないが、進化系トラップというか、ダブステップ寄りというか、まさにライブでモッシュが起きるような激しめのヒップホップをいかにもタミルなサウンドと融合している。

サイケからはちょっと離れるが、タミルらしい3連のビートを導入したこの曲なんて、こういうアレンジを思いつく才能に惚れ惚れしてしまう。



曲によってはぜんぜんタミルっぽくないこともあるみたいだが、それはそれで、どこの国でも存在しうる今の時代のヒップホップって感じでイイ。


次に紹介するVengayoというラッパーは、まだこの1曲しかリリースしておらず、他にあまり情報はないのだけど、こちらもどうやらタミルの人っぽい。



この蛍光ピンクと映像と音声のエフェクト!
現実がちょっとズレて変な鮮やかさがある感じがシュールでありつつも妙にリアルだ。
サムネイルと後半の顔をコラージュした部分が結果的にチバユーキみたいな感じになっているのもまた味わい深い。

ドラッグの是非はいったん置いておいて、しびれるのは、今回紹介した彼らが自身のルーツに忠実なインド的な表現とサイケデリアを表現しとうとした結果、かなりオリジナルなものを作り出しているということだ。

この方面は探したらまだまだ面白いものが出てきそうなので、また何か見つけたらブログかXで紹介してみたいと思います。



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2025年01月12日

インドのDJミックス特集! BGMにもパーティーにも使える(かも)


というわけで、年末年始にムンバイに行って帰ってきた。
久しぶりの現地での体験は全てがアメイジングで、その内容は「季刊民族学」というちょっとばかり入手が簡単ではない雑誌の「春号」に書く予定なので、みなさん乞うご期待。
(Amazon等では扱いがないのだけど、各自がんばって入手して読んでくれたらうれしいです)
そこには書ききれない部分もたくさん出てきそうなので、それはまた別の場所(ここかも)でおいおい書いていきます。

あんまりここを留守にしてもいけないので、新年最初の記事として、今回は「インドの各種DJミックス特集」。



YouTubeを渉猟していると、「インド人のインド人によるインド人のためのDJミックス動画」を結構たくさん見つけることができる。
いかにもインドっぽい、例えばディワーリーやホーリーといった現地のお祭りに合わせたミックスも味わい深いのだけど、今回は、インドっぽさを色濃く残しながらも、普遍的にかっこいいと思える動画をいくつか紹介してみる。


まずはヒップホップから。
最近いちばん食らったのが、AminJazというDJが、ムンバイのちょっとオシャレ床屋でインドのヒップホップに限定して披露したDJセット。


ムンバイとデリーのヒンディー語ラップのかっこいい曲を中心にまとめたミックスは、インドのヒップホップの入門編としても最適だ。
会場になっているのはインディーズ系のクラブイベントがよく行われている「Khar Social」近くのNomad Barberというお店。
調べてみたらヘアカットが1100円〜4400円、髭の手入れが1800円〜3300円くらいだった。
日本の感覚だと安いけど、ロンドンやベルリンにも店舗があるお店のムンバイ支店のようで、インドでは高級サロンということになるはず。
たむろしている連中が盛り上がるでもなく普通に会話したりとか思い思いにしている感じもリアルでとても良い。



続いては、ムンバイのローカル列車の中でUSのヒップホップ中心に、たまにインドのヒップホップを混ぜてミックスしている動画。
DJをしているのは、ヒップホップ以外にもいろんなジャンルを回すことがあるらしいDhiraajという人。


洋の東西を問わず、都会の夜にはヒップホップが似合う。
彼らがDJをやっているのは、ムンバイの北の郊外のBorivali駅からオシャレなエリアのBandra駅まで、近郊鉄道ウェスタン・ラインの車内。
この動画、たぶん無許可で勝手にやっているんだろうけど、まあこういうことがやれちゃうおおらかさがインドの魅力の一つではある。
トラヴィス・スコットから始まって、最後に地元の英雄DIVINEで締める構成も◎。



次はハウス。
「マラーティー語ハウス」というニッチすぎるジャンルで活躍するKratexによるEpic Marathi Sunset DJ Setをどうぞ。


街から離れて自然の中でプレイされるインド声楽が入ったハウスは超気持ちいい!
トランスみたいに退廃的な感じがないので、パーティーなどあらゆる場面で使い勝手が良いところもポイント高い。
Kratexはマラーティー語のハウスをM Houseと名付けて積極的にプレイしていて、昨年、ラッパーのShreyasを迎えた"Taambdi Chaamdi"というコミカルな曲をスマッシュヒットさせている。
ここで披露しているのはそのふざけた感じとはまったく異なる二枚目な感じのミックスで、かなりかっこいいとは思うのだけど、インド国外(というかマハーラーシュトラ州外)のどこに需要があるのかはちょっと分からない。
撮影はムンバイとプネーの真ん中らへんにあるVasundhara Villasという高級リゾートホテルがいっぱいある場所みたいです。



さっきローカル線のなかでヒップホップをかけていたDhiraajがラージャスターン州ウダイプル(レイクパレス・ホテルで有名な街)の宮殿で披露したチル・プログレッシブ・ハウスセットがこちら。


こちらは選曲にはとくにインドっぽい部分はないので、日本でも場面を選ばず使いやすい動画になっている。
何に使いやすいのかは書いている私もよく分からないが、インドっぽい格好のDJがインドっぽい場所で無国籍なハウスをずっとかけているという、そのギャップがなんとも粋なので、ちょっとしたパーティーなどで映像込みでずっと流しっぱなしにしておくのもいいんじゃないでしょうか。


続いてはアマピアノ。
インドでアマピアノと言って通じるのは海外の流行を追いかけている音楽好きだけだとは思うが、こういうジャンルもちゃんとローカライズしている人がいるというのがインドの音楽シーンの素敵なところだ。
PRIYANKAというDJがINDIA-MAPIANOと名付けてミックスしたDJセットがこちら。


ボリウッドっぽいポップな歌を中心にミックスしているが、こうやって聴くと、インドの歌ってどんなビートにも合うなあ。
逆にインドの歌にはどんなジャンルと合わせても絶対に個性を失わない芯の強さがあるとも言える。
マイナスイオンがいっぱい出てそうなロケーションも癒される感じがして良い。



ここからは、世界各地の良質なクラブミュージックを紹介しているBoiler Roomに取り上げられたインドのDJを2組ほど紹介する。

まずはご存知Karan Kanchan.


ムンバイで彼のDJを2回ほど見る機会があったのだけど、どちらもめちゃくちゃ盛り上げていた。
IIT Bombayの巨大学園祭Mood Indigoのヒップホップ・ナイトでは、学生中心の客層を意識してボリウッド・ソングを交えたセットリストを披露していて、'Om Shanti Om'みたいな曲では当然大合唱。
それだけでなく、Hanumankindの"Big Dawgs"やスコット・トラヴィスの"Fe!n"でも観客たちが歌って踊って大いに楽しんでいたのが印象的だった。
一方、ムンバイの人気クラブantiSOCIALでの自身主催のイベント'Neckwreck'では、ゴリゴリのベースミュージックをプレイ。
こちらも異常とも言えるほどの盛り上がりで、トリで出演したUKのHamdiのパフォーマンスではウォール・オブ・デスやモッシュピットまで発生していた。



こちらはインド先住民(アーディヴァーシー)の権利についてなど、社会的・政治的なトピックを扱うことが多いムンバイのヒップホップグループSwadesiのBamboyによるパフォーマンス。


結果的にブラジルっぽいノリになっているところがすごく面白い!
他にもデリーのレゲエ・セレクタのDelhi Sultanateとか、デリーのラッパーのPrabh Deepとか、インドのベースミュージックの元祖的存在であるNucleyaとか、インド北東部出身のフィメールラッパーのRebleとか、インド人アーティストのBoiler Roomでのパフォーマンスはかなりたくさんアップされているので、興味がある人はぜひチェックしてみてください。


けっこう前に書いたようにインドではlo-fi系のリミックスもかなり普及していて、ボリウッドなどのヒット曲のlo-fiバージョンがリリースされるという現象もかなり定着している。


リミックスやDJという文化の日常への膾炙の度合いでいうと、インドは日本よりもかなり進んでいるんじゃないかなあ、と思う次第です。





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2024年12月23日

2024年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10



インドのシーンを長くチェックしていると、あまりの急成長っぷりに、今後どんなに面白い曲がリリースされても、もう以前みたいに驚かないかな、なんていう勝手な心配をしてしまうときがある。
幸運なことに、今年もそれは完全な杞憂に終わった。

2024年もインドのインディーズ音楽シーンは大豊作。
例によって、シングルだったりアルバムだったりミュージックビデオだったりいろいろ取り混ぜて、今年のインドのインディーズ・シーンを象徴していると思える10作品を紹介する。



Hanumankind “Big Dawg”(シングル)


今年のインドのインディーズ音楽シーンの話題のひとつだけ選ぶとしたら、どう考えてもこの曲をおいて他にない。
マラヤーリー系(ケーララ州にルーツを持つ)でテキサス育ち、ベンガルールを拠点に活動しているHanumankindは、インドでは少なくない英語でラップをするラッパーの一人だ。
ヒップホップをアメリカの音楽として捉えれば英語ラップこそが正統派ということになるのだが、今更いうまでもなくヒップホップのグローバル化はとっくに完了しいて、このジャンルは世界中でローカル化のフェーズに入っている。
インドでも人気が高いのはヒンディー語やパンジャーブ語などのローカル言語のラップで(ベンガルールならカンナダ語)、インドの英語ラップはローカル言語の人気ラッパーと比べるとYouTubeの再生回数が2ケタくらい低い通好みな存在にとどまっていた。
そこから一気に世界的ヒットへと躍り出てしまったというところにHanumankindのミラクルがある。
今では“Big Dawgs”の再生回数は、彼がリリックの中でリスペクトを込めてネームドロップしたProject Patすらはるかに上回っている。
Kalmiの強烈なビート、ふてぶてしい本格的な英語ラップ、インド人という意外性、そしてCGなしで撮影されたミュージックビデオ(「死の井戸」を意味する'maut ka kuan'というインドの見世物)など、全ての条件がこの奇跡を呼び起こした。
年末にはNetflixの"Squid Game2"(イカゲーム2)の楽曲も手がけ、Habumankindはますます波に乗っている。
今後、彼は一発屋以上の成功を手に入れることはできるのか。
他のインドのラッパーたちは彼の成功に続くことができるのか。
1年後に彼が、インドのヒップホップシーンがどういう状況になっているのか今から楽しみだ。



Paal Dabba “OCB”(シングル)

インドのヒップホップのビートを時代別に見ていくと、黎明期とも言える2010年代前半は、90年台USラップの影響が強いブーンバップ的なビートが多く、2020年前後からはいわゆる「トラップ以降」のビートが目立つようになってきた。(超大雑把かつ独断によるくくりで、例外はいくらでもあります)
それが、ここにきてディスコっぽいファンキーなビートが目立つようになってきた。
その代表格として、このタミルの新進ラッパーを挙げたい。
ラップ良し、ダンス良し。
タミル語らしい響きのフロウやいかにもタミルっぽいケレン味たっぷりのセンスと、世界中のどこの国でも通用する現代的なクールさを兼ね備えた彼は、この地域の人気ラッパーの常として、映画音楽でも引っ張りだこだ。
インドのヒップホップのトレンドが、ディスコ化といういかにもインド的なフェーズに入ってきたということ、そしてそれがカッコいいということが最高だ。
ミュージックビデオもタミルらしさとヒップホップっぽさ(2Pacみたいな人物が出て来たりする)、ブルーノ・マーズ以降っぽい感覚が共存していて今のインドって感じで痺れる。

この記事を書いた後のリリースでは、Maalavika Sundarのタミル・ファンク"Poti"もかっこよかった。



Frappe Ash “Junkie”(アルバム)

Frappe Ashはデリーから北に250キロ、ウッタラカンド州デヘラードゥーンという音楽シーンではあまり存在感のない街出身のラッパー。
(以前はデラドゥンと書かれることが多かったと思うが、都市名は言語に忠実な表記をするのがスタンダードになってきているので、ここではデヘラードゥーンとしておく)
調べてみると学園都市であるデヘラードゥーンにはそれなりにラッパーがいるみたいで、若者が多い街には若者文化が栄えているという法則はここでもあてはまるようだ。
彼が今年6月にリリースしたアルバム“Junkie”が素晴らしかった。
このアルバムはディスコ調ありポップなトラックありと、スタイル的にも多様で、かつセンスの良いアルバムなのだが、その1曲目にこのフュージョントラックを入れてきたのにはめちゃくちゃしびれた。
新人ラッパーかと思ったら、音源のリリース時期をチェックしてみると2016年には活動を始めているそこそこのベテラン。
インドの地方都市の音楽シーンも本当にあなどれなくなってきた。
Sez on the Beat、Seedhe Mautらのデリーの人脈やアーメダーバードのDhanjiなど、北インドのかっこいいラッパーとは軒並み繋がっているようで、今作にはゲスト陣も多数参加。
Spotify Indiaによると、インドのヒップホップでもっとも成長が著しい言語はハリヤーンウィー語(デリーにほど近いハリヤーナー州に話者が多い)だそうだが、これまでヒンディー語の音楽シーンに回収されてしまっていた北インド各地の音楽シーンが、自らの言語をビートに乗せる術を得て目覚め始めているのかもしれない。
ハリヤーナーのフュージョンラップでは年末にデリーの名匠Sez on the BeatプロデュースによるRed Bull 64 Barsで衝撃的な"Kakori Kaand"を発表したMC SQUAREもやばかった。



Kratex, Shreyas “Taambdi Chaamdi”

マラーティー語は大都市ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の公用語だが、ムンバイで作られる「ボリウッド映画」がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街のエンタメはインド最大の市場を持つヒンディー語作品に偏りがちで、音楽シーンでもマラーティー語はそこまで存在感がない。
そんな中で「マラーティー語のハウス」というかなりニッチなジャンルに特化して取り組んできたのがムンバイ出身のDJ/プロデューサーのKratexだ。
そのセンスとクオリティには以前から注目していたが、彼とプネー出身のマラーティー語ラッパーShreyasと共演したこの曲でついに大きな注目を得るに至った。
オランダの名門Spinnin Recordsからリリースされたこの曲は、ユーモアと洒脱さを兼ね備えた音楽性でこれまでにYouTubeで2,000万回に迫る再生回数を叩き出している。
Kratexの曲はBPM130くらいで揃えられていて、サブスクで流しっぱなしにしておくのも楽しい。



Prabh Deep “DSP”(アルバム)

デリーのストリートを代表するラッパーとして彗星のように現れたPrabh Deepだが、じつは数年前に首都から引っ越しており、現在はゴアを拠点に活動している。
街のイメージそのままに、デリー時代は苛立ちを感じさせる殺伐とした曲が多かったが、陽光が降り注ぐ海辺のゴアに越してからの彼はなんか吹っ切れたような印象がある。
日本で言うと、ちょうどKOHHが千葉雄喜になった感じと似ている。
もうひとつKOHHと共通しているのが、Prabh Deepもまたリリックよりも声の良さだけで聴かせる力を持っているということ。
この“Zum”なんて、ほとんど中身がなさそうなリリックだが(超深いことを言っている可能性もなくはないが)、力を抜いた発声でもここまで聴かせる緊張感がある。
タイ在住のアメリカ人ラッパーとの共演というわけがわからない意外性も彼らしい。
バングラーかギャングスタ的なスタイルに偏りがちな他のパンジャービー・シクのラッパーとは一線を画し、自由なヒップホップを追求する姿勢は拠点を移しても変わらない。
Prabh Deepはこれまでも年間ベストで選んでいるので、よほどの作品でなければ選出しないつもりでいたのだが、2021年の"Tabia"とはまったく別の方向性でこれだけのアルバムを作られたら選ばないわけにはいかない。
しかも彼は今年、よりリラックスした作風の"KING Returns"というアルバムもリリースしている。
あいかわらずすごい創作意欲だ。



Wazir Patar “Barks(feat. Azaad 4L)”他(楽曲)

定点観測している、パンジャーブ系のバングラー・ラッパーのヒップホップ化について、今年しびれたのはこの曲。
このジャンルではオンビートで朗々と歌うバングラーのフロウからタメの効いたヒップホップ的なリズムへの以降が進みつつあるが、その2024年的スタイルを聴かせてくれるのがWazir Patarだ。
“Barks”のバングラー的な張りのある発声とラップのスピットの融合に、ギャングスタ的アティテュードをバングラーでどう表現するかという問いに対するひとつの答えが出ている。(そんな問いは俺以外だれもしてないが)
ビートがトラップ系ではなくブーンバップなのも良くて、パンジャービーでシクでギャングスタという彼の個性(いささかありふれていると思わなくもないが)が存分に感じられる。
Sidhu Moose Wala亡き後のシーンはKaran AujlaやShubhらの人気ラッパーがしのぎを削っているが、Wazir Patarもその中で存在感を増しつつある一人だ。



Sambata “Hood Life”(楽曲)

国籍を問わずラッパーの進化というのは割と似たような過程を辿るのかもしれない。
ムンバイ、プネーあたり(マハーラーシュトラ州西側)のストリート系ラッパーのわずか10年あまりの歴史の教科書があるとしたら、DIVINEが1ページ目に載るはずだろう。
彼はハスキーな声で歯切れの良いラップをスピットする、日本で言うとZeebraみたいなスタイルで「ストリートの声」となった。
その後に進化系として的確なラップ技術と”Firse Macheyange”に象徴されるポップさなどを兼ね備えたEmiway Bantaiが登場。他のラッパーをディスりまくって名を挙げた。
続いてシーンを賑わせたのは、エモ/マンブル系のMC STANだ。
そこからさらに進化して、2024年の雰囲気を感じさせてくれるラッパーがこのSAMBATAだ。
SAMBATAのラップには、日本でいうとWATSONとかDADAと通じるような雰囲気がある。
ちょっとやさぐれたような、
彼もまたマラーティー語ラッパー。まさかこのトップ10にマラーティー語の曲を2曲も選ぶ日が来るとは思わなかったな。
パンジャービー語ラッパー(バングラーではない)のRiar Saabとの共演という視野の広さも良い。
プロデュースはKaran Kanchan. 今回もいい仕事をしている。



Raman “Dekho Na”(シングル)

新世代R&Bアーティストもどんどんかっこいい人が出てきている。
その中でもとくに印象に残ったのがこのRaman.
彼は日本でいうと藤井風みたいな雰囲気がある。
ヴォーカリストとしてもソングライターとしても資質があって、声にも色気がある。
このままインディーズでやり続けていても良いし、映画音楽方面に進出しても面白そうだ。
この手のシンガーについては以前この記事で特集している。




Karun, Lambo Drive, Arpit Bala & Revo Lekhak “Maharani”


以前から注目していたインドでたびたび見られるラテン風ラップ/ポップスの一つの到達点とも言える曲。
このテーマで書くなら、よりビッグネームなYo Yo Honey Singhの"Bonita"とか、Badshahが参加した"Bailamos"を挙げてもよかったのだが、彼らは以前からレゲトンなどのラテンの要素を取り入れていたことを知っていたので、今回はサンタナみたいな伝統的ラテンなこの曲をセレクトしてみた。
独特の歌い回しのどこまでがインド要素でどこからがラテン要素なのかが分からなく
ラテン風の楽曲ではタミルのAasamyも良かった。



Dohnraj “Gods & Lowlife”(アルバム)

ロックアーティストとしては唯一の選出となったDohnrajは、デリーを拠点に80年代的なロックサウンドを奏でているシンガーソングライター。
ジャンルの多様性を確保するためにロックから選ぶようなことはしたくなかったし、彼にことは2022年にも年間Top10に選出しているのでそんなに推すつもりはなかったのだが、 9月にリリースされた“Gods & Lowlife”の充実度を考えたら、リストに入れないという選択肢はなかった。
そう来たか!のプログレ風の”If That Don’t Please Ya (Nothing Ever Will)”に始まり、80〜90年代の洋楽的要素をふんだんに取り入れた万華鏡的音世界は、世代のせいかもしれないがとても魅力的だった。
先日の記事にも書いたが、インドのアーティストの過去の洋楽オマージュっぷりはかなり面白く、今後も注目していきたい分野だ。




というわけで、いつも年末ぎりぎりに発表していた年間ベスト10を今年はちょっと早めに発表してみました。
今ムンバイにいて、その様子はとある媒体で書きますが、とても刺激的な出会いと経験を重ねています。
みなさんも良いお年を!



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2024年11月21日

60's〜90's洋楽オマージュ! インドの温故知新アーティスト特集


たびたび書いているように、インドでインディペンデントな音楽シーンが爆発的に発展したのは、インターネット普及した2010年代以降のこと。
20世紀のインドでは、インディーズ系の音楽は、ごく一部の裕福な若者の趣味としてしか存在していなかった。
その頃のインドでは、バンドをやるための楽器や機材はとても高価だったため、今のようにスマホが1台あればビートをダウンロードできて、それに合わせてラップできて…というわけにはいかなかったからだ。(細かく調べればいくつかの例外はあるかもしれないが)




だから、今でもインドのロックシーンには労働者階級のパンク的な荒っぽさよりもミドルクラスの上品な雰囲気が漂うバンドが多いし、そもそもインドのインディーズ音楽シーンではロックよりも圧倒的にヒップホップやエレクトロニックの人気が高い。
インドのインディーズ音楽シーンが盛り上がり始めた2010年代には、ロックはもう過去の音楽だったからだ。

とはいえ、過去のクールな音楽を掘って模倣したがるというのはどこの国でも同じこと。
まだまだインディーズ・シーンの歴史の浅いインドにも、彼らが生まれる前の60年代〜90年代のロックの影響を受け、そのオマージュとも言える楽曲を発表しているアーティストが結構いる。


ここ最近でもっとも衝撃を受けたのは、デリーのアンダーグラウンドヒップホップレーベルAzadi Recordsが最近プッシュしているシンガーGundaがリリースしたこの曲だ。
なんとThe Doorsへのオマージュになっている!

Gunda, Encore ABJ "Ruswai"


サンプリングのネタとして引用するのではなく、Light My Fireっぽい雰囲気をそのまま再現するという方法論は2024年に聴くとめちゃくちゃ新鮮だ。
歌はジム・モリソンほどソウルフルではないが、この気だるいグルーヴで引っ張ってゆく感じ、ものすごく「分かってる」。
口上みたいなフロウから始まるEncore ABJ(デリーのSeedhe Mautのメンバー)のラップも完璧にはまっている。
まさかインドからこういう悪魔合体音楽が生まれてくるとは!

ところで、Prabh DeepやSeedhe Mautといった人気ラッパーが軒並み離れてしまった(専属ではなくなった)Azadi Recordsは、最近では歌モノのリリースがかなり多くなってきており、必ずしもヒップホップレーベルとは言えなくなってきているが、独特の冴えたセンスは相変わらず。
ヒップホップというジャンルの間口は今すごく広がっているから、むしろ現在のヒップホップを体現していると言ってもいいかもしれない。



以前紹介した「現代インドで80年代UKロックを鳴らす男」ことDohnrajが今年リリースしたニューアルバム"Gods & Lowlifes"もやばかった。
前作は80's臭に溢れていたが、今作のタイトルトラックはもろ90'sのブリットポップ!

Dohnraj, Jbabe "Gods & Lowlifes"


このヘタウマな歌の感じ、ドラマチックなアレンジ、そして叙情的なメロディー。
90年代UKの一発屋バンドThe Verveあたりを思い起こさせる…とか言うと年がバレそうだが、当時リリースされていたらミュージックライフとかクロスビートあたりのレビューで結構いい評価がついたんじゃないだろうか。
この曲にはタミルのロックバンドF16sのフロントマンで、ソロでも秀作を発表しているJbabeが参加している。
距離も離れていて言語も文化もまったく違うデリーとチェンナイの2人が、この90's UKロックへのオマージュのためだけにコラボレーションしているというのも痺れる。



このアルバムからミュージックビデオが制作された"Freedom"は、うってかわってブルースっぽいシブい始まり方をする曲だが、歌の感じはミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイを彷彿とさせる、あの英国特有の湿った感じ。

Dohnraj "Freedom"


途中からの展開は若干アイデアの寄せ集めっぽい感じがしないでもないが、メロディーやアレンジがいちいちツボを押さえていて唸らされる。
このアルバムには他にもプログレっぽい曲なんかも収められていて、そもそもロックの人気がそこまで高くないインドで異常にマニアックな音楽世界を構築している。


こういうアーティストばかり紹介していると、せっかくインドの音楽を紹介するんだったら古い洋楽の模倣じゃなくてインドのオリジナルな音を紹介すればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。
それも一理あるのだが、そもそも前提として、日本もインドもインディペンデントな音楽シーンに関して言えば、アメリカやイギリスの音楽文化の圧倒的な影響下にある。
良くも悪くもそれは否定のしようがない事実で、結局のところ、こうした過去の音楽的遺産は、ポップカルチャーの共通語として機能する。
それぞれの文化を土壌としたオリジナルな表現や、あるいは世界中の誰もまだ鳴らしていないような尖ったサウンドも素晴らしいが、こんなふうに「あっ!そういうの好きなの?分かる!」みたいな感覚を、日本からも欧米からも遠く離れた南アジアのアーティストに感じたりできることっていうのも、すごく素敵なことなんじゃないだろうか。
90年代から音楽を聴いていた自分としては、インドの若いミュージシャンがリアルタイムで経験したはずのない音を緻密に再現しているのを発見すると、海外旅行中に思いがけず旧友にばったり会ったみたいなたまらないエモーションを感じてしまう。

おっと、つい感傷的になっちまった。
まだもうちょっとこの手の音楽を紹介させてもらう。
次はもうちょっと新しい音楽だ。


デリーのBhargはラッパーとの共演も多い現代的な感覚を併せ持ったアーティストだが、この曲を聴くと過去の音楽も相当聴き込んでいるということが分かる。
イントロのチープなノスタルジーと、後半Weezerみたいな展開がこれまたたまらない。

Bharg "Nithalla"


歌詞がヒンディー語であることがまったく気にならないエヴァーグリーンな洋楽ポップ的メロディーもいい。
自分は洋楽的なメロディーの端々に言語特有の訛りとも言える節回しが出てしまうシンガーが好きなのだが、逆にこうやって自分の言語と洋楽的センスを見事に融合するこだわりもまたかっこいいと思う。




インドでこの手のノスタルジックな洋楽サウンドを鳴らすミュージシャンを紹介するなら、Peter Cat Recording Co.に触れないわけにはいかない。
彼らが今年リリースしたアルバム"Beta"は、すでに日本でも多くのインディーズ系メディアで取り上げられているが、期待を裏切らないクオリティだった。

Peter Car  Recording Co. "Suddenly"




これは決してディスっているわけではないのだが、彼らの曲を聴くと「上質な退屈」という言葉が頭に浮かぶ。
インターネットなんか繋がないで、こういう音楽を流しながらコーヒーを飲んだり本を読んだりぼーっとしながら時間を過ごすのが本当の贅沢なんじゃないか、というような感覚だ。
昔(インターネット時代の前の話)、金持ちの友人の別荘に行ったらテレビがなくて驚いたことがあるのだが、そのときに、この人たちは本当の裕福な時間の過ごし方を知っているんだなあと思ったものだった。
このコンテンツ飽和時代に、一瞬でも飽きさせないように一曲に展開を詰め込むのではなく、淡々と上質なメロディーを紡いでいく彼らの音楽にも、そうした「贅沢さとしての退屈」みたいな感覚が込められているように思うのだ。

デジタルネイティブなインドの若い世代にも、おそらくだがインターネット以前の時代や、繋がらない時間の過ごし方に対する憧憬はあるはずで、日本よりも激しい競争社会に生きる彼らのほうが、むしろそうした思いはずっと強いとも考えられる。
彼らが20世紀の洋楽的なロックやポップスに惹かれるのは、そこに今日の音楽には存在し得ない、より豊穣な自由さを感じるからかもしれない。

次の日曜はチャイを入れてPeter Cat Recording Co.を聴く退屈な午後を楽しんでみようかな。
すぐにスマホに手が伸びてしまいそうだけど。



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2024年09月01日

映画音楽に進出するインディーアーティストたち


もうこのブログに100回くらい書いてきたことだけど、インドでは長らく映画音楽がポピュラー音楽シーンを独占していた。
いつも記事にしているインディペンデント系の音楽シーンが発展してきたのは、インターネットが普及した以降のここ10年ほどに過ぎない。
インドの音楽シーンでは、映画のための音楽を専門に手掛ける作曲家・作詞家・プレイバックシンガーと、自分たちの表現を追求するインディーズのアーティストは別々の世界に暮らしていて、前者の市場のほうがずっと大きく、大きなお金が動いている、というのがちょっと前までの常識だった。
ところが、ここ5年ほどの間に、状況はかなり変化してきている。
インドではいまやヒップホップが映画音楽を超えて、もっとも人気があるジャンルなのだという説まであるという。

参考記事:


日印ハーフのラッパーBig Dealも、インタビューで「ヒップホップはインドでボリウッド以上に人気のあるジャンルになっている」と熱く語っていた。
まあこれはかなり贔屓目に見た意見かもしれないが、ヒップホップを含めたインディーズ勢が急速な成長を遂げ、インドのポピュラーミュージックシーンで存在感を強めているのは間違いない。


それを象徴する事象として、ここ数年の間に、インディーズのミュージシャンが映画音楽に起用される例が多くなってきた。
その背景には、インディーズミュージシャンのレベルの向上と、とくに都市部の若者の音楽の好みが、これまで以上に多様化してきたという理由がありそうだ。


私の知る限りでは、映画音楽に進出したインディーミュージシャンでもっとも「化けた」のは、OAFF名義でムンバイ在住の電子ポップアーティストKabeer Kathpaliaだ。
以前は渋めのエレクトロニック音楽を作っていたOAFFは、2022年にAmazon Primeが制作した映画"Gehraiyaan"に起用されると、一気に映画音楽家として注目を集めるようになった。


OAFF, Savera "Doobey"


歌っているのはLothikaというシンガー。
作詞は映画専門の作詞家であるKausar Munirが手掛けているという点では、インド映画マナーに則った楽曲と言える。
この曲のSpotifyでの再生回数は1億回以上。
タイトルトラックの"Gehraiyaan Title Track"にいたっては、3億回以上再生されている。

映画の主演は人気女優ディーピカー・パードゥコーンと『ガリーボーイ』の助演で注目を集めたシッダーント・チャトゥルヴェーディ。
監督は"Kapoor and Sons"(2016年。邦題『カプール家の家族写真』)らを手がけたシャクン・バトラー(Shakun Batra)が務めている。


OAFFは2023年のNetflix制作による映画"Kho Gaye Hum Kahan"にも関わっているのだが、この作品はさらに多くのインディーズアーティストが起用されていて、サントラにはプロデューサーのKaran KanchanやラッパーのYashrajも参加。
以前インタビューで「あらゆるスタイルに挑戦したい」と言っていたKaran Kanchanが、ここでは古典音楽出身でボリウッド映画での歌唱も多いRashmeet Kaurと組んで、見事にフィルミーポップ風のサウンドに挑戦している。

Karan Kanchan, Rashmeet Kaur, Yashraj "Ishq Nachaawe"


この映画の監督は『ガリーボーイ』や『人生は二度とない(Zindagi Na Milegi Dobara)』のゾーヤー・アクタルで、主演はまたしてもシッダーント・チャトゥルヴェーディ。
(ところで、人物名にカナ表記とアルファベット表記が混じっているが、これは検索しても日本語で情報がなさそうな人はアルファベット表記で、ある程度情報が得られそうな人はカナ表記にしているからです)
音楽のセレクトから監督・主演まで、いかにも都市部のミドルクラスをターゲットにした陣容だ。

ムンバイのメタルバンドPentagramの出身のVishal Dadlani(ボリウッドの作曲家コンビVishal-Shekharの一人)のように、インディーズから映画音楽に転身した例もあり、OAFFが今後どういう活動をしてゆくのか、気になるところではある。



もうちょっと前の作品だと、シンガーソングライターのPrateek Kuhadの名曲"Kasoor"のアコースティックバージョンがNetflix映画の『ダマカ テロ独占生中継(Dhamaka)』(2021)で使われていたのが記憶に残っている。

Prateek Kuhad "Kasoor (Acoustic)"


これは映画のために書き下ろされたのではなく、既存の曲が映画に使われたという珍しい例。

ここまで読んで気づいた方もいるかと思うが、インディーミュージシャンの起用はNetflixとかAmazon Primeとかの配信系の映画が多い。
インディーズ勢の音楽性が配信作品の客層の好みと合致しているからだろう。


ヒップホップに関して言うと、ここ数年の間に、Honey SinghとかBadshahじゃなくてストリート系のラッパーが映画音楽に起用される例も見られるようになってきて、いちばん驚いたのは、この"Farrey"という2023年の学園もの映画にMC STANが参加していたこと。
"ABCD(Anybody Can Dance)"や"A Flying Jatt"(『フライング・ジャット』)の映画音楽を手がけたSachin-Jigarによる曲でラップを披露している。

MC Stan, Sachin-Jigar & Maanuni Desai  "Farrey Title Track"


おそらくインド初のエモ系、マンブル系ラッパーとしてシーンに登場したMC STANは、映画音楽からはいちばん遠いところにいると思ったのだが、実はあんまりこだわりがなかったようだ。
セルアウトとかそういう批判がないのかは不明。
ラップ部分のリリックのみSTAN本人が手がけている。
映画にはサルマン・カーンの姪のAlizeh Agunihotriが主演。サントラには他にBadshahが参加したいつもの感じのパーティーチューンなんかも収められている。

ストリート系のラッパーが映画音楽に参加した例としては(ヒップホップ映画の『ガリーボーイ』(2019)は別にして)、さかのぼればDIVINEとインドのベースミュージックの第一人者であるNucleyaが起用された"Mukkabaaz"(2018)や、もっと前にはベンガルールのBrodha VとSmokey the Ghostが参加していた 『チェンナイ・エクスプレス』(2013)もあった。
いずれも各ラッパーのソロ作品に比べるとかなり映画に寄せた音楽性で、アーティストの個性を全面に出した起用というよりは、楽曲の中のラップ要員としての起用という印象が強い。
「映画のための音楽」と個人の作家性が極めて強いヒップホップはあんまり相性が良くなさそうだが、このあたりの関係が今後どうなってゆくかはちょっと気になるところだ。


ここまでヒンディー語のいわゆるボリウッド映画について述べてきたが、南インドはまた状況が違っていて、タミルあたりだとArivuなんてもう映画の曲ばっかりだし、最近注目のラッパーPaal Dabbaもかなり映画の曲を手がけている。

Paal Dabba & Dacalty "Makkamishi"


2024年の映画"Brother"の曲。
濃いめの映像、3連のリズムとパーカッション使いがこれぞタミルという感じだ。


Arivu "Arakkonam Style"


こちらもまたタミルっぽさとヒップホップの理想的な融合と言えるビート、ラップ、メロディー。
映画"Blue Star"(2024)には、自身もダリット(カーストの枠外に位置付けられてきた被差別民)出身で、ダリット映画を手がけてきたことでも知られるパー・ランジット(Pa. Ranjith)が制作に名を連ねている。
Arivuはもともと彼が召集した音楽ユニット、その名もCasteless Collectiveの一員でもあり、ランジットは『カーラ 黒い砦の闘い』(2018年。"Kaala")でもラップを大幅にフィーチャーしていた。
タミル人に関しては、メジャー(映画)とインディーズ音楽の垣根がそもそもあんまりなく、2つのシーンがタミルであることの誇りで繋がっているような印象を受ける。

タミルのベテランヒップホップデュオHip Hop Tamizha(まんま「タミルのヒップホップ」という意味)なんて映画音楽を手掛けるだけじゃなくてメンバーのAdhiが映画の主演までしているし。

Hip Hop Tamizha "Vengamavan"


これは2019年の"Natpe Thunai"という映画の曲。
この頃は、いかにもタミル映画の曲にラップが入っている、という印象だったけど、最近の映画の曲になるとかなりヒップホップ色が強くなってきている。


Hip Hop Tamizha "Unakaaga"



これはAdhiが主演だけでなく監督も務めた"Kadaisi Ulaga Por"という今年公開された映画の曲。
今後、タミルの映画音楽がどれくらい洋楽的なヒップホップに寄って来るのかはちょっと注目したいポイントである。



南インド方面で驚いたのは、アーメダーバード出身のポストロックバンドAswekeepsearchingが、今年(2024年の)公開の"Footage"という映画のサウンドトラックを全て手掛けているということ。
予告編ではかなり大きく彼らの名前が取り上げられていてびっくりした。



映像的なポストロックは確かに映画音楽にぴったりだが、エンタメ的な派手さとは離れた音楽であるためか、インドで映画音楽に使用された例は聞いたことがない。
ケーララ州のマラヤーラム語映画で、この独特のセンスはいかにもといった感じ。

サントラはすでにサブスクでリリースされていて、予告編の曲は弾き語り風だが、他の曲では彼ららしいダイナミズムに溢れたサウンドを楽しむことができる。
2017年リリースの"Zia"に収録されていたこの曲も映画で使用されているようだ。

Aswekeepsearching "Kalga"


ここまで紹介した曲が、ほとんど「インディー系のアーティストが映画のためのサントラを制作」とか、「映画のサントラにインディー系のアーティストが起用」だったのに対して、このケースはAswekeepsearchingの音楽のスタイルを映画に寄せることなく映画音楽として成立させていて、他の例とは違うタイプの起用方法だと言えそうだ。
そういえばマラヤーラム語映画では、以前"S Durga"(2018)という映画でもスラッシュメタルバンドのChaosが起用された例があったが、こういう傾向が今後他の言語の映画にも広がってゆくのかどうか、興味深いところではある。



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2024年08月15日

インドのヒップホップが世界に知られる日が来たのか? "Big Dawgs"大ヒット中のHanumankindを紹介!



まさかの事態が起きている。
Def Jam India所属のラッパーHanumankindが7月9日にリリースしたシングル"Big Dawgs"が、SpotifyやApple Musicなどの大手サブスクのグローバルチャートで軒並みTop20に入る世界的にヒットを記録しているのだ。


Hanumankind "Big Dawgs" ft. Kalmi


この曲がリリースされてすぐに、私もその異様なかっこよさにシビれて「そろそろインドのラップは世界で聴かれるべき」とツイートしたのだが、まさか本当にこんなビッグヒットになるとは思わなかった。


"Big Dawg"は8月14日現在、SpotifyのグローバルTop50で7位にランクインしている。
インド人は人口が多いので、インドでだけ盛り上がっているのが数の論理でチャート上位に食い込んでいるだけなんじゃないのか、と思う人もいるかもしれないが、この曲はUSトップ50でも現在13位。
本物の世界的バイラルを巻き起こしているのだ。

HanumankindことSooraj Cherukatはインド最南部の西側、ケーララ州にルーツを持つ両親のもとに生まれた。
幼い頃に父の仕事の都合で米国に引っ越し、20歳までをテキサス州で過ごしたのち、帰国してタミルナードゥ州の大学に入学。
ゴールドマン・サックスでインターンシップを経験するなど、エリートのキャリアを歩んでいたようだが、その後ITシティとして有名なベンガルールを拠点にラッパーとしての本格的な活動を始めた。
ベンガルールのシーンにはBrodha VやSmokey the Ghost, SIRIなど他にも英語でラップするラッパーが多く、英語でラップするHanumankindにとっても好都合だったのかもしれない。
彼のような帰国子女アーティストはインドのインディーズシーンでたびたび見かけることがある。
とくにインターネットが普及する以前、彼らは海外の最新のサウンドをインド国内に紹介する役割を担っていた。
メインストリームの映画産業を含めて、サウンドに関しては欧米の流行への目配りが効いているインドの音楽シーンだが、いっぽうで歌詞については保守的で、英語の曲がヒットすることは稀だ。
日本のヒット曲が日本語のポップスばかりなのと同様に、インドでも売れるのは地元言語の曲ばかり。
もっぱら英語でラップするHanumankindは、DIVINEやEmiway Bantaiのようなヒンディー語でラップして数千万から数億回の再生回数を叩き出すラッパーと比べると、コアなヒップホップファンに支えられた通好みなラッパーという印象だった。

つまり、「英語でラップする」という彼の(本場っぽく聞こえると言う意味では)強みでもあり、(地元をレペゼンする音楽として受け入れられにくいという)弱みでもある点は、国内でのセールスという点では圧倒的不利に働いていたのだ。
それが、ここにきて世界的マーケットでのまさかの大逆転というわけである。


"Big Dawgs"の印象的なビートはKalmiによるプロデュース。
Kalmiはアーンドラ・プラデーシュ州の海辺の街ヴィシャーカパトナム出身で、現在はテランガナ州のハイデラーバードを拠点に活動している。
いろんな地名が出てきて分かりづらいと思うが、Hanumankindの生まれ故郷ケーララやタミルナードゥ、活動拠点のベンガルールを含めて、ここまで出てきた地名は全て南インドだということだけ覚えてもらえればOKだ。

インドという国は、人口規模や経済規模から、ムンバイやデリーといった北インドの文化・人々が幅を利かせている傾向があるのだが、サウスの人々は総じてそうした状況への反発心が強く、自分たちの文化に誇りを持っている。
"Big Dawgs"のリリックに'The Southern Family gon' carry me to way beyond'というラインがあるが、これは彼が育ったアメリカ南部のことではなく、南インドのことを言っているのである(ダブルミーニングかもしれない)。

まあともかく、同じサウス仲間のKalmiはこれまでもHanumankindと何度も共演していて、この"Rush Hour"のブルースっぽいビートなんて、かなりかっこいい。

Hanumankind "Rush Hour" (Prod. By Kalmi)


この曲のリリックにはWWEの名レスラー、ミック・フォーリーの名前が出てくる。
HanumankindというMCネームは、猿の姿をしたヒンドゥー教の神ハヌマーンとMankind(人類)という英単語を合わせたものだが、マンカインドはミック・フォーリーの別名(別キャラクターとしてのリングネーム)でもあり、おそらく彼が意図したのはこのリングネームのほうだろう。
インドでは総じてプロレス(というかアメリカのWWE)の人気が高い。
だいぶ前にインドでのプロレス人気について記事を書いているので、興味のある方はこちらをどうぞ。(この記事に書いたインドのプロレス団体Ring Ka Kingはその後あえなく消滅)


また話がそれた。
このKalmi、8ビットっぽいサウンドの曲をリリースしていたり、Karan KanchanとJ-Trapの曲でコラボしていたりと、ヒップホップのビートメーカーだけがやりたいタイプではなくて、どちらかというとエレクトロニック畑のアーティストらしい。
Karan Kanchan然り、こうした出自のアーティストがヒップホップのビートを数多く手掛けているところが、インドのヒップホップをビートの面から見た時の面白さと言えるかもしれない。


せっかくなのでHanumankindの他の曲もいくつか紹介してみる。
個人的に非常に好きなのが、タイトルからして最高なこの曲。

Hanumankind x Primal Shais "Beer and Biriyani"


ヘヴィなビートに合わせて、「ビールとビリヤニは最高」というリリック、そしてただビールを飲んでビリヤニを食べるだけのミュージックビデオ、本当に最高じゃないか。
(ちなみに彼が食べているのは故郷のケーララ風のビリヤニ)

この曲をプロデュースしているPrimal Shaisもサウスのケーララ出身。
彼もまたHanumankindとよくコラボレーションしていて、KalmiとともにHanumankindのシグネチャースタイルともいえるミドルテンポのヘヴィなビートを作り上げた一人である。

Hanumankind "Go To Sleep" ft. Primal Shais



HanumankindとPrimal ShaisはベンガルールでのBoiler Roomセッションもやっていて、こちらもかなりかっこいいので、興味がある方はこちらのリンクからぜひどうぞ。
Boiler Roomパフォーマンスを見る限り、Primal Shaisもヒップホップのビートメーカーというよりはエレクトロニックをルーツとして持つプロデューサーのようだ。
HanumankindはBoilerroomでも「南インド最高!」みたいなMCを繰り返していて、やっぱりサウス独特のプライドというかレペゼン意識があるんだなあと再認識。


こちらはまた別の曲。

Hanumankind "Skyline"


彼には珍しいメロウなビートに乗せたラップもなかなかかっこいい。


ところで、Hanumankindのことを最初に知ったのは6年前のこのミュージックビデオだった。
若き日のHanumankindがスーパーマリオの曲に合わせてラップしている。


この曲を見つけた時は、ビートルズのTシャツを着たちょっとナードな雰囲気のラッパーがこんなに変わるとは思わなかった。
このスーパーマリオラップもキュートで最高だけどね。

Hanumankindをきっかけにインドのラッパーが世界で聴かれる時代が来るのか?
国籍の壁の次に、言語の壁が破られる時代は来るのか?
インドだけじゃない、世界の音楽シーンもどんどん面白くなっている。




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goshimasayama18 at 01:54|PermalinkComments(3)

2024年08月05日

オディシャのお祭りラップ


インド全土のインディーズ音楽情報を網羅したいと思っているこのブログだが、インドはあまりにも広大で、いつも北インドのヒンディー語圏のアーティストについて書くことがが多くなってしまっている。
それじゃいかんということで、今回はインド東部のオディシャ州のラッパーたちに注目したい。
オディシャ州はベンガル湾に面した東インドの北側、コルカタの南のほうに位置している。
州の公用語はオディア語、州都はブバネーシュワル。
なお、州や言語の表記に関しては、オディシャ/オリッサ、オディア/オリヤーという揺れが見られるが、ここではオディシャとオディアとさせていただく。
オディシャには「コナーラクの太陽寺院」という世界遺産があるものの、ムンバイやベンガルールのような国際的な都市があるわけではなく、どちらかというと鄙びた田舎の州といった趣の地方である。

Odisha-India
(画像出典:https://www.britannica.com/place/Odisha/Economy)


以前「インドのラッパーたちはやたらと独立記念日(8月15日)をテーマにしたラップをする」とか「色のついた粉や水をぶっかけ合うお祭り『ホーリー』に合わせてラップの曲がリリースされている」という記事を書いたことがあるが、こうした記念日ソング、祭ソングの傾向は、ここオディシャでも変わらない。




オディシャ州といえば、海辺の街プリー出身の日印ハーフのラッパーBig Dealのことを思い出す人も多いだろう。
オディシャ州の言語であるオディア語と英語の両方でラップする彼に「ラップの言語はどうやって選んでいるの?」と聞いてみたところ、「オディア語でラップするときはお祝いのようなより楽しい雰囲気にしていて、英語でラップするときは議論を呼ぶようなものにしている」という答えが返ってきた。

(↑インタビュー詳細はこちらから)

「お祝いのような」と訳した部分は、cerebratoryという英単語を使っていた。
パーティーラップっぽい曲のことを言っているのかなと思っていたのだけど、オディア語ラップを詳しくチェックしてゆくと、むしろそれよりも「オディシャのお祭りについてラップをする」という意味のほうが強かったのかもしれない。
彼も、他のオディシャのラッパーも、オディア語でやたらと地元の祭りについてラップしているのだ。

「祭」といえばさぶちゃん(北島三郎)。
演歌とヒップホップは、ローカル色(地元レペゼン意識)が強く、カタギじゃない雰囲気を持ち、型にはまった生き方よりもタフで自由な生き方を志向するという点で共通点があると思うのだが、日本ではヒップホップが受容される過程で、演歌的なドメスティックな要素はほとんど排除されてしまった。
本場アメリカに寄せることこそがヒップホップ的にリアルという価値観が強かったためだろう。
それに反して、インドでは、そしてもちろんここオディシャでも、地元の祭りとヒップホップが思いっきり繋がっているのである。
ローカルこそがリアル、というわけだ。

例えば、Big Dealの曲に、生まれ故郷プリーで行われるRath Yatraという大きなお祭りをテーマにした"Choka Dolia"という曲がある。
(Rath Yatraについてもラート・ヤートラとかラト・ヤトラとか日本語での表記が定まっていないようなので、ここはアルファベット表記でいきます)

Rapper Big Deal "Chaka Dolia(Rath Yatra 2024 Special) " ft. ‪SatyajeetJena‬ 


タイトルにRath Yatra 2024 Specialとあるように、この曲は7月に行われるRath Yatraに合わせてリリースされた曲で、英語字幕を見れば分かる通り、ヒンドゥーの神への帰依がラップされている。
アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドにはヒンドゥー・ラップ(とはあまり呼ばれていないが、ヒンドゥーの信仰をテーマにしたラップ)が存在している。
ベンガルールのBrodha Vの初期の代表曲"Aatma Raama"あたりがその代表曲と言えるだろう。

Big Dealがラップするのは、もっぱら地元で強く信仰されている神様「ジャガンナート」のことだ。
最初のほうに別の神様であるクリシュナの名前も出てくるが、ヒンドゥー教は多神教かつ様々な文化の集合体であるため、この地域ではクリシュナとジャガンナートは同じ神だと捉えられている部分もあるようだ。
真っ黒な顔に丸い目をしたマンガのキャラクターみたいなジャガンナートと、ヒンドゥーの神々のなかでもとりわけイケメンに描かれるクリシュナが同一というのはよそ者には理解しがたいが、本来は目に見えない信仰の対象である神が、別の形象で現されているということなのだろう。

ところで、以前Big Dealから「自分は神を信じて入るけど、特定の信仰は持っていない」という言葉を聞いたことがある。
この曲ではヒンドゥーの神への信仰を語っていて、言ってることと違うじゃん、とつっこみたくなってしまうところだが、私が思うに、おそらく彼の中でジャガンナートに帰依することと、特定の宗教を選ばないことは矛盾していない。
彼にとって、あるいはもしかしたら地元の多くの人たちにとって、ジャガンナートへの信仰は、地域に根ざしたあまりにも日常的な存在で、誰かが枠組みや教義を作った宗教よりも、はるかに普遍的なことなのだろう。

この曲の後半では、ムスリムとして生まれたサラベガ(17世紀のオディア語詩人)がジャガンナートに帰依したというエピソードがラップされている。
これは昨今インドで盛んなヒンドゥーナショナリズム的な「イスラム教よりヒンドゥーのほうが立派なんだ」という主張をしているのではなくて、ジャガンナートは宗教の垣根なんて関係なくありがたい神様なんだよ、と言っているのだと思う。
このあたりは、日本人が初詣で地元の寺や神社にお参りする時に、いちいち自分は仏教徒とか神道の信者とか考えないのと同じような感覚なのかもしれない。
彼は"Kalia"と題したジャガンナートと地元への愛に満ちたラップのシリーズを発表していて、この"Kalia3"では珍しく英語でジャガンナートへの感謝と帰依がラップされている。

Big Deal "Kalia 3"


彼は世界中にジャガンナートの素晴らしさを伝えるべく、この曲を英語でラップしているとのこと。
それがちゃんとオディシャの人々に支持されているのが素晴らしい。
そして、この曲でも「カーストも宗教も関係なく、誰もが平等」とラップされている。

調べてみると、Big Deal以外にも、Rath Yatraについてオディア語でラップした曲はたくさんリリースされているようだ。

Rapper Rajesh "Jay Jagannath 2"


これはRapper Rajeshによる"Jai Jagannath 2"という曲。
Jai Jagannathという言葉はBig Dealもよく発しているが、ジャガンナート神を讃える祈りのことばで、オディシャでは挨拶のようにも使われているようだ。

最初に笛を吹いている人物が演じているのはクリシュナなので、やはりここでもクリシュナとジャガンナートが同一視されている。
この宗教歌謡っぽい曲が、ヴァースに入ると当然のようにラップになるところに、今のインドでのヒップホップの定着っぷりが感じられる。

あと関係ないけど、オディシャのラッパーにはMC○○じゃなくて、Rapper○○って名乗っている人が多いような気がする。
Big Dealも正式にはRapper Big Dealの名義で活動しているし、ダリット(カースト制度の枠外に置かれた被差別民)出身のラッパーでRapper Dule Rockerという人もいる。
インドでも他の地域でラッパー○○というMCネームは見た記憶がないので、なんでだかちょっと気になるところだ。

続いてこちらはUstaadというラッパーの"Re Kalia"という曲

Ustaad "Re Kalia"


これもインドのラッパーの曲によくあることなのだが、"Re Kalia"という曲名とは別に、タイトル欄にいろんなサブタイトル(?)が書かれていて、Jai JagannathやShri Jagannathというジャガンナート神への賛美に加えて、やはりRath Yatra Songとお祭りソングであることが明記されている。
Big Dealもタイトルに使っていたKaliaという言葉は、ググってみた限りでは、「黒みがかった美」すなわちクリシュナを讃える言葉らしい。
青い姿で描かれることが多いクリシュナ神だが、シヴァやクリシュナのように青い肌で書かれるヒンドゥーの神は、もともとは黒い肌だったことを表していると言われる。
このKaliaは、クリシュナを讃えるのと同時に、おそらく真っ黒い肌で描かれるジャガンナートとも関係している言葉という意味を持っているのではないかと思う。


Subham Riku "Jaga Kalia"


こちらはSubham Rikuというラッパーの"Jaga Kalia"という曲。
ここでもタイトルにKaliaという言葉が使われ、Rath Yatra Rap Songというサブタイトルがつけられている。
昨年リリースされて700回程度しか再生されていない曲だが、なかなかちゃんとしている。
数年前にオディア語のラップをチェックしたときには、率直に言ってかなり垢抜けない感じだったのが、すごい勢いで進化しているようだ。

オディア語ラップ、ご覧の通りムンバイやデリーとはまた別の方向性で成熟してきている。
オディシャのリアルというのが、伝統的なお祭りや信仰と地続きになっているというのが、なんとも最高ではないですか。



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goshimasayama18 at 22:42|PermalinkComments(0)

2024年07月04日

インドの最近のヒップホップで気になった曲


気がつけば6月は1本しか記事を書いていなかった。
書きたいネタはたくさんあるのだけど、ここのところ忙しくてじっくり書く時間がない。
そんなことを言っても進化し続けているインドの音楽シーンは待ってくれないので、今回はあんまり深掘りせずに、最近かっこいいなあと思ったインド各地のヒップホップを何曲か紹介してみます。


Wazir Patar "Udda Adda"


まずはこれぞインドなバングラー・ラップから。
パンジャーブ州アムリトサル出身のWazir Patarは、90'sのUSギャングスタラップの影響を受けたラッパーで、2019年頃から本格的に音楽活動をしているようだ。
2021年に射殺された伝説的バングラー・ラッパーSidhu Moose Walaに見出されて複数の曲で共演し、死の2週間前にも遺作となった"The Last Ride"でのコラボレーションを果たした。
Sidhuの死後は彼の音楽的遺産を引き継ぐべく活動しているという。


ミュージックビデオではシク教徒のギャングスタ風若者グループが、バスケのボール、金属バット、でかいラジカセ、銃を持ってウエストサイドストーリーみたいに煽りあっているが、いったいどういう状況なのだろうか。
クリケット大国インドで野球のバットが出てくるというのは珍しい。

この曲ではバングラー的なアクの強さはだいぶ抑えられ、かなりヒップホップ化したフロウを披露している。
聴きやすいとも言えるし、もっと濃いほうがいいような気もする、飲みやすい芋焼酎みたいな曲。



Yashraj "Kaayda / Faayda"


ムンバイ出身のYashrajは若手らしからぬ貫禄の持ち主で、2022年のアルバム"Takiya Kalaam"で注目を集め、一気に人気ラッパーの仲間入りをした。
最近ではNetflix制作の映画"Murder Mubarak"のサウンドトラックに参加するなど活躍の幅を広げている。
この曲はフロウといい、70年代和モノグルーヴみたいなビートといい、どこか日本のヒップホップ(田我流の"Straight Outta 138"とか)を思わせる雰囲気がある。
ヒンディー語はたまに日本語っぽく聞こえる時がある言語だが、その謎の親和性はラップでも健在っぽい。



Frappe Ash "Chai Aur Meetha"


「イノキ・ボンバイエ」みたいなビートは、今紹介したYashrajの"Kaayda / Faayda"にも通じるが、こういう16ビートっぽいリズムはインドのヒップホップでは珍しい。
もしDJをやってたら繋げてプレイしてみたいところ。
タイトルの意味は「チャイと菓子」。
Frappe Ashはウッタラカンド州のルールキー(Roorkee)という小さな街出身のラッパーで、私は最近発見したのだけど、じつは2011年(当時17歳!)からキャリアを重ねているというから、インドのヒップホップシーンではかなりのベテランに入るキャリアの持ち主。
ルールキーという街は聞いたことがなかったが、調べてみるとアジアで最初の工科大学が設立された街らしい。
インドでは、デラドゥンとか、それこそプネーとか、大学や有名な学校がある街にはセンスの良いミュージシャンが多い印象で、充実した若者文化があるってことなのだろうか。
Frappe Ashは現在はデリーを拠点に活動中。
やはりここ数年でよく名前を聞くようになったアンダーグラウンドラッパーのYungstaとFull Powerというユニットを結成している。
例えばSeedhe Mautであるとか、名ビートメーカーSez on the Beatまわりの人脈との交流が深いようだ。

Frappe Ashが今年6月にリリースした"Junkie"は、一時期ほどコワモテじゃなくなった今のデリーの雰囲気が分かる良作で、ヒップホップアルバムとして高い完成度を保ちつつ、1曲目が思いっきり古典フュージョンで最高。

Frappe Ash "Ishqa Da Jahan"


力強く波打つような古典のヴォーカルからリズミカルに刻むラップへの展開が最高にスリリング!
2番目のヴァースはデリーを代表するラップデュオSeedhe Mautの一人Encore ABJをゲストに迎えている。


Dhanji, Siyaahi, ACHARYA, Full Power "Vartamaan"


グジャラート州アーメダーバード(最近カナ表記アフマダーバードが多いかも)の新進ラッパーDhanji, SiyaahiとプロデューサーのACHARYAが共作したアルバム"Amdavad Rap Life: 2 Heavy On 'Em, Vol. 2"もなかなか良い作品だった。
この曲にはさっき紹介したばかりのFrappe Ashが所属するFull Powerが参加。
この曲はフロウにヒンディー語(グジャラート語?)らしさを残しつつ、パーカッシブに子音の発音を強調して、ラップとして非常にかっこよく仕上げているのが痺れるポイント。

Dhanjiは音楽的影響としてFunkadelic(ジョージ・クリントン)やIce Cubeを挙げていて、この曲はもろにP-Funk風。

Dhanji, Circle Tone, Neil CK "THALTEJ BLUES"


この曲が収録されている"Ruab"はRolling Stone Indiaが選ぶ昨年のベストアルバムにも選出されている。
インスピレーションの源となるアートは?との質問には「プッシー、インターネット、ルイCK(米コメディアン)、LSD、ドストエフスキー、そして野心」と回答するセンスの持ち主で、LSDに関しては「ごく普通のやつ。第3の目を開いてくれる」とのこと。
シニカルさ、不良性、文学性、インドらしさが混在した満点の回答じゃないだろうか。



Dhanjiとの共演が多い同じくアーメダーバード出身のビートメーカーAcharyaを調べてみたところ、再生回数が多かったのがこの曲。

GRAVITY x Acharya "Matchstick"


2021年の5月にリリースされているので、最近の曲というわけではないけど、このシンプルかつ深みのあるビートは、Acharyaのビートメーカーとしての実力が分かる一曲だと思う。
ラッパーはムンバイのGravity.
彼もキャリアの長いラッパーだが、近年めきめき評価を上げている。


最後に英語のラップを紹介。
ゴアの若手、Tsumyokiという不思議なMCネームは日本語(何?)から取られているそうで、略称はYokiらしい。

Tsumyoki "HOUSEPHULL!"


ムンバイのDIVINEのレーベルGully Gangと契約するなど、評価も注目も十分だが、インド国内では地元言語ほど聞かれない英語ラップでどこまで一般的な人気を得ることができるか。
彼くらいラップが上手ければ、もっと海外で注目されても良さそうなものだが、ヒップホップという音楽が基本的にローカルを指向するものだからか、インドのラッパーの海外進出(インド系移民以外への人気獲得)というのはなかなかハードルが高いのが現状だ。


Tsumyoki "WORK4ME!"


Tsumyokiはビートメイクも自身で手がける才人。
最新EPの"Housephull"では、ビートにインド的な要素を取り入れたり、多彩なセンスを見せつけている。
EPにはさっき紹介したAcharyaと共演していたムンバイのGravityも参加していて、新しい世代のラッパーは横のつながりも強いみたいだ(まあ全員インドの北から西の方ではあるけど)。


どんどん若手ラッパーがインドの音楽シーン。
今年も半年が過ぎたが、すでに大豊作で、年末にはベスト10を選ぶのに悩むことになるだろう。
まあでも、DIVINEが出てきてスゲーと思った頃の衝撃をちょっと懐かしく思ったりしないでもない。



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