2018年01月26日
インドのメインストリームヒップホップ1 Yo Yo Honey Singh
凡平です。
2回にわたってむさ苦しい音楽を紹介してきたので、今回は「なんとかメタル」から離れて、ヒップホップのアーティストを紹介することにしたい。
これまで、ヒップホップでは大衆音楽とは距離を置いた、ストリート寄りのBrodha VさんとかDIVINEさんを紹介してきたけど、今回は「これぞインドのメインストリーム!」ってなラッパーを紹介させていただきます。
というわけで、本日紹介するのはこの方、Yo Yo Honey Singhさんです。
ヨー・ヨー・ハニー・シン。
この名前を聞いて、まずみんな何を思うかってえと、芸名がださい…ってことだと思う。
Singhの部分が本名なわけだけれども、人間、自分の名前にヨー・ヨー・ハニーってのをつけたがるもんだろうか。
みなさんも自分の名前にちょっとヨー・ヨー・ハニーをつけてみてほしい。
自分がプロのミュージシャンになるとして、その名前で行こうってのはなかなか思わないんじゃないかなあ、って思うけど、まあそんなことはどうでもいいや。
まずはこの曲、2012年の曲でBrown Rang。
再生回数は2018年1月の時点で4,400万回。
Brodha VやDIVINEがせいぜい80万回くらいだから、文字通り桁が違う。それも二桁だ。
このビデオは2012年にYouTubeで最も見られたビデオってことになっている(たぶん当時はもっと再生回数の多い動画が上がっていたものと思われる)。
この曲はパンジャーブ語で歌われているんだけど、パンジャーブ語話者はインドとパキスタンに9,500万人程度。
じゃあパンジャーブ語話者だけがこの曲を聴いてるのかっていうと、そうとも限らなくて、ヒンディー語(話者2億6,000万人)を含めて似た構造を持っている北インド系の言語を母語とする人たちを中心に、歌詞を聴いて理解できる層というのはインドに相当数いるのではないかな。
で、そこまで人気のあるビデオってだけあって、内容も今まで見てきたインドのラッパーたちとは大違いで、下町をTシャツで練り歩いていたりはしない。
なんかゴージャスな感じのところでビシっとキメた格好で綺麗なおねえちゃんと絡んでいる。
まあこういう成金感覚も非常にヒップホップ的ではあるよな。
曲はオートチューン処理されたようなヴォーカルとか、同時代の欧米を意識しつつも歌い回しなんかはインドっぽいところを残しているのが印象的だ。
Brown Rangというのは、英語とおそらくはパンジャーブ語のミックスで、「茶色い肌」という意味だそうで、これは自分たちインド人のことを指していると考えて間違いないだろう。
「茶色い肌の彼女、みんな君に夢中で何も手につかないぜ、色白の女の子なんてもう誰も相手にしないのさ」という歌詞で、これを非常に現代的なサウンドに乗せて歌うところがニクい。
インドにはかなりいろいろな肌の色の人がいるが、昔から色白こそが美の条件とされている。
映画に出てくる女優も男優もかなり肌の色が薄い人ばかり。
そういうインドで、最先端のサウンドに乗せて「茶色い肌こそ魅力的なのさ」と歌うこの曲は、色白でない大多数の若者達にとって、とても魅力的に響くってことなのだろう。
続いてはこの曲。2013年のBlue Eyes.
なんかDA PUMPっぽい空気感を感じるビデオではあるが、この曲の再生回数もすでに1億4400万回!
1年前に「茶色い肌が魅力的さ」と歌ってたくせに、今度は「君の青い瞳が最高」みたいな曲。でも、白人の女の子を口説く内容の曲ということに、格別に都会的というか進歩的な雰囲気があるのかもしれない。
同じようにオートチューンを使ったコーラス部分が結構現代的なのに比べて、ラップのところがどうもちょっと野暮ったいんだけど、それもまた魅力といえば魅力、のような気もしないでもない。
もう少し最近の曲だとこんな感じになってる。
2016年のSuperman.
今度は曲調がヒップホップというよりEDMっぽい感じになってきた。
「ベイビー、アイム・ア・スーパーマン!」とあいかわらず一定のダサさがある部分が、やっぱり幾ばくかの安心感になっていると思うのですが、いかがでしょう。
YoYo Honey SinghことHirdesh Singhはパンジャーブ州のシク教の一家に生まれ、イギリスの音楽学校で学んだ後、デリーを拠点に音楽活動をしている。
パンジャーブと言えば、90年代に世界的にもちょっと話題になったインド発祥の音楽、バングラの発祥の地だ。2011年にボリウッド映画「Shakal pe mat ja」の音楽を手がけた後、音楽活動のみならず俳優としても活躍している。パンジャーブ語だけでなく、ヒンディーで歌う事も多いようだ。
シク教は、インド北東部パンジャーブ州で16世紀に生まれた宗教。当時の(そして今も)インドの二大宗教であるヒンドゥーとイスラムの影響を受けつつ、他の宗教を排斥せず「いずれの信仰も本質は同じ」という考えを持ち、インドを中心に3,000万人の信者がいる。シク教徒の割合はインド全体では2%程度だが、ターバンと髭が目立つせいかもっといるように感じるし、パンジャーブ州では今でもじつに6割がシク教徒だ。
男性はひげを伸ばしてターバンを巻くことになっていて、ラッパーでも若手の社会派として人気のあるPrabh Deepなんかはターバンを巻いている。デスメタルバンドGutslitのベーシストも、そんな音楽やってるのに律儀にターバン(色は黒)は巻いているが、Yo Yo Honey Singhはターバン、全然巻いてないね。
若手シク教徒がターバンについてどう思っているのか、気になるところではある。
ここから先は完全に想像というか妄想だけど、彼の場合、おそらくイギリス留学が脱ターバンのきっかけになったのではないかな。
おそらく、シク教徒のターバンには、「自らすすんで戒律を守る」ということとは別に、コミュニティの中でかぶらないわけにはいかない、みたいな部分もあるのだと思う。
イギリスに留学したことで、初めてそうした因習から自由になり、ターバンを脱ぎ捨て、一人の若者として最新の音楽を学んでそれをインドに持ち帰る。
その無国籍なサウンドに、若干のインド的な要素をブレンドして、欧米コンプレックスを払拭するような歌詞を乗せて歌う。
Yo Yo Honey Singhの音楽はある意味非常に現代のインド的な音楽だと思うのだけど、いかがでしょうか。
今日はこのへんで!