久しぶりに謎の占い師ヨギ・シンに遭遇(その1)『わたしの聖なるインド』は今見るべき映画!

2026年05月19日

久しぶりに謎の占い師ヨギ・シンに遭遇(その2)


(前回はこちら)


ようやく、若い男性がヨギ・シンの声かけに足を止めた。
じゅうぶんに離れた場所からその様子を見届けようとしたのだが、さほど人通りが多くない歩道でずっと立ち止まっているのはかなり不自然だ。
ヨギ・シンが振り向いたら気づかれてしまうだろうし、その前に、ヨギ・シンに対峙してこちらを向いている男性に怪しまれてしまいそうだ。
ただでさえ怪しい占い師に声をかけられている彼に、余計な心配をかけたくはない。

もうひとつの問題は、狭い歩道上では、ヨギ・シンをほぼ真後ろから見ることになってしまい、彼が何をしているのか、まったく分からないということだ。
どうせ何をやるかは分かっているが、それでも、彼がどんなことをするのか、可能な限り見てみたい。
そこで、彼らがいる場所の10メートルくらい先にあるショッピングモール「西銀座」の入り口まで歩いて行って、そこで待ち合わせでもしているふりをしながら、二人の様子を観察してみることにした。

ヨギ・シンの正面に回ることになるが、これまでの経験上、彼は「占い」をやっている間は、目の前の相手に集中してほとんど周囲を警戒しないことが分かっている。
彼らの横を通り過ぎる時、さりげなく様子を伺ってみた。

格好は、黒いズボンにサラリーマンのような白いシャツ。その上に黒っぽいベストを着ている。
通り過ぎる時に見たら、ベストにはカルバン・クラインと書かれていたが、本物だろうか。
イメージとしては、インドの中堅企業のサラリーマン。
胡散臭さがないので第一印象で怪しまれることはなさそうだが、占い師やマジシャンのような神秘的な雰囲気はまったくない。
「西銀座」の入り口を背に、スマホを操作するふりをしながら、彼らの様子を伺う。

彼はちょうど「占い」のトリックを始めるところだったようで、手帳から小さな紙を取り出すのが見えた。
それをまず男性に握らせる。
ヨギ・シンが何事かを尋ね、若い男性が答える。
おそらくは、好きな花や好きな数字などを聞いているはずだ。
ヨギ・シンは、話をしながら、手元のメモ用紙に何かを書き付けている。
定石通りのプロセスだ。
おや?と思ったのは、何度めかのやりとりの途中、二人が揃って顔を上げ、道路の向かい側のビルを眺めたことだ。
時間にして数秒。
彼らがこんなことをするのはみたことがなかったので、これはちょっと不思議だった。
ヨギ・シンは「占い」の最中には、できるだけ自分に集中するようにコントロールするのが常だからだ。

そこから先は、予想通りの展開が繰り広げられた。
若い男性は、ヨギ・シンに言われるままに、握った紙を額にあてて祈る仕草をした後に、紙を開いて確認する。
すると、男性が驚いて、「信じられない」といった表情を見せる。
おそらくは、彼が直前に話した好きな色や花の名前が的中していたのだろう。
次にヨギ・シンは手帳から何かを取り出した。
きっとそれは「貧しい子どもたちの写真」で、ヨギ・シンは寄付を要求しているはずだ。
結局、男性はいくばくかのお金を渡したようだ。

ヨギ・シンは、一連の行動を終えると、男性と別れて、こちら側に歩いてくる。
一人でいる私もターゲットとして認識されてしまいそうだが、通常、彼らは建物内にいる人には声をかけない。
店員や警備員を警戒しているのだ。
私は彼の様子を見続けたかったので、彼らの習性を意識して、建物の入り口のぎりぎりのところまで下がり、スマホを見ているふりを続けた。
ここまで来れば、彼は声をかけてこないだろう。
ヨギ・シンが目の前を通過する。
そのとき、彼の様子をもっと観察しようと、偶然を装って目線を上げると……目が合ってしまった。

すぐに目を逸らしたが、ヨギ・シンは新しいカモを見つけたと思ったのか、感じの良い笑顔を作って話しかけてきた。
「ユー・アー・ラッキー」
なんてこった。
まったくもってラッキーではない。
こうなっては、とことん付き合うしかない。
ヨギ・シンは、ロックオンした相手を逃すまいと間髪入れずに話しかけてくる。
「あなたは来月3つの良いことがある。私はヨガをやっているんだ。あなたはどこから来た?(Where are you from?)」

どう見ても東アジア系の見た目の私にどこから来たか聞くと言うのは、外国人観光客が多いこの時代ならではだろうか。

「日本人だよ。本当に良いことがあるならうれしいね」

彼はルーティン通りに、手帳(札入れみたいなものだったかもしれない)から小さく切ったメモ用紙を取り出すと、それを折りたたんで私に握らせた。
ヨギ・シンが使うメモ用紙は黄色いことが多いのだが、彼が使っているのは青っぽい白い紙だ。
彼が発した言葉は、予想と100%一致したものだった。
「私はヨガを学んでいるスチューデントだ(「修行者」くらいの意味だろう)。あなたの望みは何だ? あなたの年齢は?」

適当に答えると、彼は手元の別のメモ用紙に、その答えを書きつける。
次の質問は、これまで彼らから聞いたことがないものだった。

「好きな色を、3つ挙げてくれ」

彼はこう言いながら、道路の向かいに立ち並ぶビルのほうに、ふっと視線を向けた。
なるほど!
さっきの人が、ヨギ・シンといっしょに向かいのビルを見ていたのは、これだったのか。
会話していた相手が、急に目線の向きを変えると、思わず同じ方向を見てしまう。
好きな色を3つと言われて、すぐに答えられる人は少ない。
向かいのビルの看板や、道路を走る車にはいろいろな色があるから、多くの人はそれを見ながら「好きな色3つか。何だろうな」と、時間をかけて答えるはずだ。
その隙に、彼はすり替え用のもう1枚のメモ用紙に大急ぎで答えを書くのだろう。
通常、ヨギ・シンは好きな色をひとつしか聞かない。
このテクニックは彼のオリジナルだろうか。

その意図に気付いた私は、すぐに目線を彼のほうに戻して、ゆっくりと答えた。
「青、黄色、黒」
メモを書いている手もとは私の視界に入っている。
不自然な動きをすることはできない。
あきらめたのか、彼は次の質問をしてきた。

「子供は何人いる?」

この質問に答えると、彼は、私が握っていた紙片を無言で親指と人差し指でつまみ、自分の額の前に掲げて見せた。
「あなたのおばあさんに祈れ。父方のおばあさんだ」と言った。
単に「祖母」ではなく、「父方の祖母」と具体的に言われると、多くの人は、少し考えて意識が逸れるはずだ。
祈れと言われて、目を閉じる人もいるかもしれない。
一種のメンタリズム的な手法だ。
きっと彼は、この隙に、さっきまで私が握っていた紙と、自分がメモした紙をすり替えるつもりなのだろう。
意図がわかっている私は「イエス」と答えたまま、目を開けたまま彼が摘んだ紙を凝視する。

「おばあさんに祈るんだ。父方のおばあさんに」
「祈ってるよ」

祈るからって目を閉じなきゃいけない理由はないだろう、とは言わなかったが、一緒に祈っているふりをしていた彼は、表情を一切変えずに、妙な動きを見せた。
紙をつまんでいた手を一瞬、頭のうしろに回して、また額の前へと持ってきたのだ。
こんな動きをするヨギ・シンを見たのは初めてだ。
おそらく、私に隙がなく、紙を自然にすり替えるタイミングがなかったので、苦肉の策として手を頭の後ろに回して、そのときに紙をすり替えたに違いない。
気づかないふりをしていろいろな妨害をしているのに、不自然ながらも冷静に対応できるのはさすがだ。

「同じように紙を握って祈れ」
紙をしっかりと握って額の前に掲げ、適当に祈るふりをする。
祈り終えて、紙を開くと、案の定、そこには、私の年齢と願いと、子どもの数が書かれていた。
好きな色3つが書かれていないのは、私が目線を外さなかったために、書く隙がなかったからだろう。

多くの人は、この一連のプロセスを終えた時に「ずっと自分が紙を握っていたはずなのに、答えが書かれている」と勘違いしてしまう。
的中した驚きによって、彼が祈りの方法を教えるために紙を取り上げた記憶が上書きされてしまうのだ。
しかし私は全てお見通しだ。

彼はまた手帳(もしくは札入れ)を開いて、予想通り、屋外の青空教室のような場所で写した20人くらいの子どもたちの写真を見せてきた。
「私はインドでこの子どもたちの世話をしている。貧しい子どもたちのために、ここにお金を置いてくれないか」

OK.
今度はこちらの番だ。


ひととおり占い(というか手品)を終えて、私が思っていたことを的中させた(ことになっている)目の前のヨギ・シンに、いくつか質問をしてみた。

「インドは何度も行ったことがあるよ。インドのどこから来たの?」
「パンジャーブだ」
予想通りの答えが返ってくる。
「パンジャーブのどこ?」
「…ルディヤーナー」
少し考えてから答えたので、おそらくこれは嘘だろう。

「ところで、名前は?」
彼が答えた名前は聞き取れなかったが、「ヨギ」や「シン」でもなかったのは確かだ。
私が思うシク教徒っぽい名前でもなかった。

「日本にはどれくらい滞在しているの?」
「6日間」
「どこに滞在しているの?」
「…秋葉原。一人で来た」
この妙な「間」は、やはり嘘をついているように思える。
また、彼は私との会話のなかで、聞いてもいないのに、何度も「一人で来た」と繰り返した。
これまで遭遇したヨギ・シンも、そういえば全員「一人で来た」と言っていた。
万が一、警察などに引き渡されても、仲間に迷惑をかけないよう、そう答えることになっているのだろうか。
彼は、関係ない話を続ける私にしびれを切らして、また自分の話題へと引き戻そうとした。
「子どもたちのために、ここにお金を置いてくれ」
1000円くらい払うつもりはあるのだが、ここで私はちょっといじわるなことを言ってみた。
「さっき紙をすり替えたよね」
「そんなことはしていない。私はヨガをやっていて…」
正体を明かさないことは分かっていたが、率直に疑問をぶつけたら、彼はどう答えるのだろうか?

「じつは、あなたと同じようなことをする人に銀座で何回か会ったことがある。あなたたちの仲間はいったい何人くらいいるの?」
彼は黙りこんでしまう。

「パンジャーブから来たってことは、シク教徒? それともヒンドゥー教徒?」
「…神はひとつだ」

これはうまい答えだ。
ヒンドゥー教は多神教で、シク教は神を唯一の存在としてとらえているので、この回答は実質的にシク教徒だということを示している。
(ムスリムやクリスチャンの可能性もあるが)
彼の右手首には、シク教徒が身につける「カーラー」という鉄製の腕輪がはめられている。
そのことからも、彼はシク教徒でほぼ間違いないだろう。
戒律をきちんと守る敬虔な信者でもあるようだ。

いっぽうで、彼は自分がしていることが、詐欺に近いものであり、シク教徒の評判を貶めるものだとも気づいているはずだ。
「神はひとつ」と答えることで、固有の宗教ではなく、普遍的な真理を追求しているような印象を与えることができるし、私が彼をシク教徒だと認識できなければ、本来の自分の宗教の評判を落とさずに済む。
彼にそこまで考えさせてしまっていると思うと、少しだけ心が痛んだ。

「あなたたちみたいな占い師は世界中にたくさんいるよね。ロンドン、メルボルン、バンコク、シンガポールで会ったという人がいるのも知っている。あなたたちはどこでこの技術を習うの?」

彼は一瞬、沈黙すると、何も言わずに踵を返し、私の前から立ち去ろうとした。
さっきまで私にお金を要求していたのに、この行動は客観的にみて不自然だ。
彼は自分の正体を探ろうとするやっかいな相手から逃れようとしているのだ。

「待って。私はただあなたがたに興味があるだけ。警察に言ったりもしない。ただ話がほしいんだ。お金を払ったって構わないよ」
彼はあきらかに動揺したように、「私は忙しい」と答えて、歩き続ける。

「せっかく会えたんだし、一緒にセルフィーを撮ろうよ」
こう言っても彼が明確に拒否しなかったのは、写真を撮られるのを嫌がったら怪しいと思われると考えたからだろうか。
ノーとは言わずに、さりげなく手帳で顔を隠すようなポーズを撮った。

彼は歩みを止めず、もう私の質問にはもう何も答えなかった。
「待って、あなたたちは世界中に全部で何人くらいいるの? これまでに、どんな国に行ったことがある?」
少し気の毒ではあったが、インドにはしつこい客引きはいくらでもいるから、もう少し話しかけてもいいだろう、と私はその時、かなり自分勝手なことを考えていた。

彼は私の質問にはいっさい答えないまま歩き続け、しばらくしてから思い出したようにこう口を開いた。
「私は神聖な人間(holy people)だ。だから写真を消してくれ」

「心配しないでくれ。どこにもアップロードしないと約束する。あなたたちを悪く思っているわけじゃない。単に興味があるだけだ。よかったら、あなたがたについて教えてほしい」
少し安心したのか、彼はもう写真を削除してくれとは言わなかった。
その代わり、もうなにも答えてもくれない。

しばらく並んで歩くと、彼は「トイレ(washroom)に行く」といって、西銀座ショッピングモールの中へと入って行った。
ついてゆきたいのはやまやまだったが、建物の中でしつこく話しかけたら、こっちが不審者扱いされかねない。
警備員でも呼ばれたらやっかいだ。

…まさか自分がヨギ・シンと同じ理由で、声かけを断念するとは思わなかった。
振り返らず足早に「西銀座」の奥へと進んでいく彼の後ろ姿を見ながら、私は「トイレのことをウォッシュルームって言うのって、やっぱりインド人っぽいな」などと考えていた。


この日のヨギ・シンとの遭遇が、私にとって「成功」と言えるのかは分からない。
結局、彼らの正体について、新しいことは何もわからなかった。
彼らのことを深く知るには、もっと別のアプローチが必要なのだろう。


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