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2025年08月15日

パンジャービー・ヒップホップと「放送禁止用語」をめぐる話題



Karan Aujlaが8月1日にニューアルバム"P-Pop Culture"からの先行シングルとなる新曲をリリースした。
プロデュースはパンジャービー音楽会でもっとも勢いのあるプロデューサーのIkky.
これが音楽的にも映像的にも、パンジャーブのかっこよさが、王道のブーンバップのビートと融合した非常にかっこいい仕上がりになっている。

Karan Aujla "Gabhru!"
 

タイトルの'Gabhru'はパンジャーブの田舎のスラングで「超かっこいい奴」みたいな意味で、若い男性に対して使われる言葉らしい。
今では国際的な大スターである(おもにパンジャービー・ディアスポラでの限定的な人気とはいえ)Karan Aujlaが、国際性や都会らしさを全面に押し出すのではなく、ローカルなスラングをタイトルに使い、故郷の村に帰ってくるという内容のミュージックビデオを出すというのは胸アツだ。

アルバムタイトルのP-Popというのがまた意味深だ。
インドのポップ(I-Pop)ではなく、パンジャーブのPを使っているということに、「俺はどんなに有名になっても地元を忘れないぜ」というパンジャービーの誇りを感じる。

少し前にはKratexが「M-House」と称してマラーティー語ハウスを作っていたが、やはりインドのアーティストにとって、帰属意識があるのは州や言語圏であって、インドという国ではないのだろう。

ところで、このミュージックビデオが公開された時、曲のタイトルは単なる"Gabhru!"ではなく、"MF Gabhru!"だった。
MFは言うまでもなく英語の'motherfxxking'の略で、「マジでやべえ」みたいな意味のスラングだ。
つまり、「マジでやばいくらい超かっこいい奴」というのがもとのタイトルだったわけだ。
ところが、この曲のタイトルが、ほどなくして"Gabhru!"に改められてしまった。

8月14日現在では、YouTubeや各種サブスク上でのタイトルは、全て"Gabhru!"に改められているようだ。
今のところ、YouTubeで見られるミュージックビデオでは、壁に書かれた'MF Gabhru!'という元のタイトルや、'I'm a motherfxxking gabhru!'と連呼するサビはそのままになっているようだ。
ところが、Spotifyでこの曲を聴くとサビの'MF'の部分が削除されており、そうすると不自然になってしまうので、'I'm a, I'm a, I'm a gabhru!」と繰り返すという、かなりマヌケというか不自然な処理がされている。

この変更の背景には、パンジャーブ州女性委員会によって、この歌詞が「女性に対する猥褻で侮辱的な表現」と断じられ、Karan Aujlaに出頭命令が下されたことがあるようだ。
ちなみにYo Yo Honey Singhの"Millionaire"という曲も、同時に同様の批判を受けている。

Yo Yo Honey Singh "Millionaire"


ほぼ1年前にリリースしたこの曲が、Karan Aujlaの新曲のリリースのタイミングで批判されるというのは完全なとばっちりだが、この曲は今の所YouTubeだけでなく、Spotifyでも'I'm a motherfxxking millionaire'という歌詞をそのまま聴くことができる。
Honey Singhはキャリア15年ほどのベテランなので、たとえば十代のファンは今はそんなにいないだろうから、悪影響もそんなにない、という判断なのだろうか。
それとも彼が言うことを聞いてないないだけなのか。

パンジャーブ州女性委員会(Punjab State Women's Commission)は、「このような言葉を使う者は容認できない。だから二人に出頭を要請した。これらの歌は発禁とする。歌手というのは社会の声だ。彼らは母親をとても愛していると歌っているのに、一方でこれらの曲では母親に対する侮辱的な言葉を使っている」というコメントを出している。
委員会はAujlaとHoney Singhにこうした歌詞が悪影響になると伝え、彼らは今後慎重になると回答したそうだが、果たしてどうなるだろう。

言うまでもなく、'motherfxxking'や'motherfxxker'という言い回しに「母親をファックする」という文字通りの意味があるわけではないので、彼らが母親への愛情を表すことと、こういうスラングを使うことは両立しうる。
彼らがこうした言葉を使うのは、例えば英語圏のヒップホップを基準にすればまったく違和感がないことだ。

一方で、インドのように保守的な価値観がまだ根強い国で、女性たちがこういう表現を批判するというのも理解できる。
インドの音楽シーンでは、Sidhu Moose Walaらの銃などに関する暴力表現に関しては比較的寛容(というか、禁止されたりはしない)なようだが、性表現に関してはまだまだ慎重な傾向がある。
インドではひどい性暴力のニュースも多いので、当然といえば当然のことだ。

パンジャーブで生まれ育ち、カナダでラッパー/シンガーとしてのキャリアを重ねてきた彼にしてみれば、今回の件は、単にふだん使っているような、ごく自然な表現を通して自分のプライドを表現したものなのだろう。
そこに女性蔑視の意図があったとは思わないが、こういうスラングを無意識に使うこと自体が差別的だと言われてしまうと、リアルなスラングと社会的規範のどちらを優先すべきか、悩ましい問題であるように思う。



ちなみにインドには英語のmotherfxxkerと同じ意味のmadarchodというスラングがある。
また「姉妹をファックする奴」という意味のbehenchodとか、英語の「Bワード」を意味するrandiというスラングもちゃんと(?)ある。
こうした表現は、ヒンディー語やベンガル語などの複数の言語に存在しているようだ。
メジャーアーティストは当然こういった単語をタイトルに使うことはないが、アンダーグラウンドではもちろん使われている。

Seabanksss "Kay Bagtho Badarchod"


この曲をやっているSeabanksssという人は完全にアンダーグラウンド(無名)なラッパーだが、マラーティー語ラッパーのSambataを彷彿とさせるふてぶてしいラップはなかなかかっこいい。
彼のインスタグラムのアカウントの紹介欄にはただ一言'SEX!'、YouTubeチャンネルには'SEXX IS DEATH'と書かれている。
お前はアホな中学生男子か!とツッコミたくなるが、アンダーグラウンドにこういう馬鹿で過激なアーティストがいるのはいいことだと思う。


The Zeest Band "BC Sutta"


彼らはパキスタンのカラチのバンドらしく、behenchodという言葉はそのまま書くのが躊躇われるようで、タイトルは"BC Sutta"と綴られている。

2005年にリリースされたこの曲は、喫煙を咎められる状況をコミカルに歌ったものらしく、MTVやラジオなどのメジャーな媒体ではまったく取り上げられなかったものの、大学のキャンパスなどで爆発的に拡散され、インドとパキスタンの両国の若者たちの「カルト・アンセム」になったという。

政治や宗教では分かり合えなくても、こういうバカでくだらないことをお互い楽しめるというのは、なんと健全なことだろうか。
これこそサブカルチャー、カウンターカルチャーの正しいあり方だと、マジで思う。



【追記】
2025年8月16日 YouTube版のタイトルに「MF」が戻ってきて、「MF Gabhru!」になった。もちろん音源は「motherfxxkin'」入りのままだ。
2025年8月22日 ついにアルバム"P-Pop Culture"がリリースされた。そしてなんとSpotify版のタイトルと音源にも「motherfxxkin'」が戻ってきた!
結局この騒動はなんだったんだろうか…。




参考サイト:
https://timesofindia.indiatimes.com/city/chandigarh/singers-karan-aujla-honey-singh-fail-to-appear-before-women-panel-seek-15-days-time/articleshow/123244442.cms

https://timesofindia.indiatimes.com/city/chandigarh/singers-karan-aujla-honey-singh-fail-to-appear-before-women-panel-seek-15-days-time/articleshow/123244442.cms

https://www.vice.com/en/article/bc-sutta-song-zeest-pakistan-band-india-millennials-90s-nostalgia/

https://zeest.wordpress.com/bc-sutta/


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