2024年12月23日
2024年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10
インドのシーンを長くチェックしていると、あまりの急成長っぷりに、今後どんなに面白い曲がリリースされても、もう以前みたいに驚かないかな、なんていう勝手な心配をしてしまうときがある。
幸運なことに、今年もそれは完全な杞憂に終わった。
2024年もインドのインディーズ音楽シーンは大豊作。
例によって、シングルだったりアルバムだったりミュージックビデオだったりいろいろ取り混ぜて、今年のインドのインディーズ・シーンを象徴していると思える10作品を紹介する。
Hanumankind “Big Dawg”(シングル)
今年のインドのインディーズ音楽シーンの話題のひとつだけ選ぶとしたら、どう考えてもこの曲をおいて他にない。
マラヤーリー系(ケーララ州にルーツを持つ)でテキサス育ち、ベンガルールを拠点に活動しているHanumankindは、インドでは少なくない英語でラップをするラッパーの一人だ。
ヒップホップをアメリカの音楽として捉えれば英語ラップこそが正統派ということになるのだが、今更いうまでもなくヒップホップのグローバル化はとっくに完了しいて、このジャンルは世界中でローカル化のフェーズに入っている。
インドでも人気が高いのはヒンディー語やパンジャーブ語などのローカル言語のラップで(ベンガルールならカンナダ語)、インドの英語ラップはローカル言語の人気ラッパーと比べるとYouTubeの再生回数が2ケタくらい低い通好みな存在にとどまっていた。
そこから一気に世界的ヒットへと躍り出てしまったというところにHanumankindのミラクルがある。
今では“Big Dawgs”の再生回数は、彼がリリックの中でリスペクトを込めてネームドロップしたProject Patすらはるかに上回っている。
Kalmiの強烈なビート、ふてぶてしい本格的な英語ラップ、インド人という意外性、そしてCGなしで撮影されたミュージックビデオ(「死の井戸」を意味する'maut ka kuan'というインドの見世物)など、全ての条件がこの奇跡を呼び起こした。
Kalmiの強烈なビート、ふてぶてしい本格的な英語ラップ、インド人という意外性、そしてCGなしで撮影されたミュージックビデオ(「死の井戸」を意味する'maut ka kuan'というインドの見世物)など、全ての条件がこの奇跡を呼び起こした。
年末にはNetflixの"Squid Game2"(イカゲーム2)の楽曲も手がけ、Habumankindはますます波に乗っている。
今後、彼は一発屋以上の成功を手に入れることはできるのか。
他のインドのラッパーたちは彼の成功に続くことができるのか。
1年後に彼が、インドのヒップホップシーンがどういう状況になっているのか今から楽しみだ。Paal Dabba “OCB”(シングル)
インドのヒップホップのビートを時代別に見ていくと、黎明期とも言える2010年代前半は、90年台USラップの影響が強いブーンバップ的なビートが多く、2020年前後からはいわゆる「トラップ以降」のビートが目立つようになってきた。(超大雑把かつ独断によるくくりで、例外はいくらでもあります)
それが、ここにきてディスコっぽいファンキーなビートが目立つようになってきた。
その代表格として、このタミルの新進ラッパーを挙げたい。
ラップ良し、ダンス良し。
タミル語らしい響きのフロウやいかにもタミルっぽいケレン味たっぷりのセンスと、世界中のどこの国でも通用する現代的なクールさを兼ね備えた彼は、この地域の人気ラッパーの常として、映画音楽でも引っ張りだこだ。
タミル語らしい響きのフロウやいかにもタミルっぽいケレン味たっぷりのセンスと、世界中のどこの国でも通用する現代的なクールさを兼ね備えた彼は、この地域の人気ラッパーの常として、映画音楽でも引っ張りだこだ。
インドのヒップホップのトレンドが、ディスコ化といういかにもインド的なフェーズに入ってきたということ、そしてそれがカッコいいということが最高だ。
ミュージックビデオもタミルらしさとヒップホップっぽさ(2Pacみたいな人物が出て来たりする)、ブルーノ・マーズ以降っぽい感覚が共存していて今のインドって感じで痺れる。
Frappe Ash “Junkie”(アルバム)
Frappe Ashはデリーから北に250キロ、ウッタラカンド州デヘラードゥーンという音楽シーンではあまり存在感のない街出身のラッパー。
(以前はデラドゥンと書かれることが多かったと思うが、都市名は言語に忠実な表記をするのがスタンダードになってきているので、ここではデヘラードゥーンとしておく)
調べてみると学園都市であるデヘラードゥーンにはそれなりにラッパーがいるみたいで、若者が多い街には若者文化が栄えているという法則はここでもあてはまるようだ。
彼が今年6月にリリースしたアルバム“Junkie”が素晴らしかった。
このアルバムはディスコ調ありポップなトラックありと、スタイル的にも多様で、かつセンスの良いアルバムなのだが、その1曲目にこのフュージョントラックを入れてきたのにはめちゃくちゃしびれた。
新人ラッパーかと思ったら、音源のリリース時期をチェックしてみると2016年には活動を始めているそこそこのベテラン。
インドの地方都市の音楽シーンも本当にあなどれなくなってきた。
Sez on the Beat、Seedhe Mautらのデリーの人脈やアーメダーバードのDhanjiなど、北インドのかっこいいラッパーとは軒並み繋がっているようで、今作にはゲスト陣も多数参加。
Spotify Indiaによると、インドのヒップホップでもっとも成長が著しい言語はハリヤーンウィー語(デリーにほど近いハリヤーナー州に話者が多い)だそうだが、これまでヒンディー語の音楽シーンに回収されてしまっていた北インド各地の音楽シーンが、自らの言語をビートに乗せる術を得て目覚め始めているのかもしれない。
ハリヤーナーのフュージョンラップでは年末にデリーの名匠Sez on the BeatプロデュースによるRed Bull 64 Barsで衝撃的な"Kakori Kaand"を発表したMC SQUAREもやばかった。
ハリヤーナーのフュージョンラップでは年末にデリーの名匠Sez on the BeatプロデュースによるRed Bull 64 Barsで衝撃的な"Kakori Kaand"を発表したMC SQUAREもやばかった。
Kratex, Shreyas “Taambdi Chaamdi”
マラーティー語は大都市ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の公用語だが、ムンバイで作られる「ボリウッド映画」がヒンディー語映画を指すことからも分かるように、この街のエンタメはインド最大の市場を持つヒンディー語作品に偏りがちで、音楽シーンでもマラーティー語はそこまで存在感がない。
そんな中で「マラーティー語のハウス」というかなりニッチなジャンルに特化して取り組んできたのがムンバイ出身のDJ/プロデューサーのKratexだ。
そのセンスとクオリティには以前から注目していたが、彼とプネー出身のマラーティー語ラッパーShreyasと共演したこの曲でついに大きな注目を得るに至った。
オランダの名門Spinnin Recordsからリリースされたこの曲は、ユーモアと洒脱さを兼ね備えた音楽性でこれまでにYouTubeで2,000万回に迫る再生回数を叩き出している。
Kratexの曲はBPM130くらいで揃えられていて、サブスクで流しっぱなしにしておくのも楽しい。
Prabh Deep “DSP”(アルバム)
デリーのストリートを代表するラッパーとして彗星のように現れたPrabh Deepだが、じつは数年前に首都から引っ越しており、現在はゴアを拠点に活動している。
街のイメージそのままに、デリー時代は苛立ちを感じさせる殺伐とした曲が多かったが、陽光が降り注ぐ海辺のゴアに越してからの彼はなんか吹っ切れたような印象がある。
日本で言うと、ちょうどKOHHが千葉雄喜になった感じと似ている。
もうひとつKOHHと共通しているのが、Prabh Deepもまたリリックよりも声の良さだけで聴かせる力を持っているということ。
この“Zum”なんて、ほとんど中身がなさそうなリリックだが(超深いことを言っている可能性もなくはないが)、力を抜いた発声でもここまで聴かせる緊張感がある。
タイ在住のアメリカ人ラッパーとの共演というわけがわからない意外性も彼らしい。
タイ在住のアメリカ人ラッパーとの共演というわけがわからない意外性も彼らしい。
バングラーかギャングスタ的なスタイルに偏りがちな他のパンジャービー・シクのラッパーとは一線を画し、自由なヒップホップを追求する姿勢は拠点を移しても変わらない。
Prabh Deepはこれまでも年間ベストで選んでいるので、よほどの作品でなければ選出しないつもりでいたのだが、2021年の"Tabia"とはまったく別の方向性でこれだけのアルバムを作られたら選ばないわけにはいかない。
しかも彼は今年、よりリラックスした作風の"KING Returns"というアルバムもリリースしている。
あいかわらずすごい創作意欲だ。
しかも彼は今年、よりリラックスした作風の"KING Returns"というアルバムもリリースしている。
あいかわらずすごい創作意欲だ。
Wazir Patar “Barks(feat. Azaad 4L)”他(楽曲)
定点観測している、パンジャーブ系のバングラー・ラッパーのヒップホップ化について、今年しびれたのはこの曲。
このジャンルではオンビートで朗々と歌うバングラーのフロウからタメの効いたヒップホップ的なリズムへの以降が進みつつあるが、その2024年的スタイルを聴かせてくれるのがWazir Patarだ。
“Barks”のバングラー的な張りのある発声とラップのスピットの融合に、ギャングスタ的アティテュードをバングラーでどう表現するかという問いに対するひとつの答えが出ている。(そんな問いは俺以外だれもしてないが)
ビートがトラップ系ではなくブーンバップなのも良くて、パンジャービーでシクでギャングスタという彼の個性(いささかありふれていると思わなくもないが)が存分に感じられる。
Sidhu Moose Wala亡き後のシーンはKaran AujlaやShubhらの人気ラッパーがしのぎを削っているが、Wazir Patarもその中で存在感を増しつつある一人だ。
Sambata “Hood Life”(楽曲)
国籍を問わずラッパーの進化というのは割と似たような過程を辿るのかもしれない。
ムンバイ、プネーあたり(マハーラーシュトラ州西側)のストリート系ラッパーのわずか10年あまりの歴史の教科書があるとしたら、DIVINEが1ページ目に載るはずだろう。
彼はハスキーな声で歯切れの良いラップをスピットする、日本で言うとZeebraみたいなスタイルで「ストリートの声」となった。
彼はハスキーな声で歯切れの良いラップをスピットする、日本で言うとZeebraみたいなスタイルで「ストリートの声」となった。
その後に進化系として的確なラップ技術と”Firse Macheyange”に象徴されるポップさなどを兼ね備えたEmiway Bantaiが登場。他のラッパーをディスりまくって名を挙げた。
続いてシーンを賑わせたのは、エモ/マンブル系のMC STANだ。
そこからさらに進化して、2024年の雰囲気を感じさせてくれるラッパーがこのSAMBATAだ。
続いてシーンを賑わせたのは、エモ/マンブル系のMC STANだ。
そこからさらに進化して、2024年の雰囲気を感じさせてくれるラッパーがこのSAMBATAだ。
SAMBATAのラップには、日本でいうとWATSONとかDADAと通じるような雰囲気がある。
ちょっとやさぐれたような、
ちょっとやさぐれたような、
彼もまたマラーティー語ラッパー。まさかこのトップ10にマラーティー語の曲を2曲も選ぶ日が来るとは思わなかったな。
パンジャービー語ラッパー(バングラーではない)のRiar Saabとの共演という視野の広さも良い。
プロデュースはKaran Kanchan. 今回もいい仕事をしている。
パンジャービー語ラッパー(バングラーではない)のRiar Saabとの共演という視野の広さも良い。
プロデュースはKaran Kanchan. 今回もいい仕事をしている。
Raman “Dekho Na”(シングル)
新世代R&Bアーティストもどんどんかっこいい人が出てきている。
その中でもとくに印象に残ったのがこのRaman.
彼は日本でいうと藤井風みたいな雰囲気がある。
ヴォーカリストとしてもソングライターとしても資質があって、声にも色気がある。
このままインディーズでやり続けていても良いし、映画音楽方面に進出しても面白そうだ。
この手のシンガーについては以前この記事で特集している。
Karun, Lambo Drive, Arpit Bala & Revo Lekhak “Maharani”
以前から注目していたインドでたびたび見られるラテン風ラップ/ポップスの一つの到達点とも言える曲。
このテーマで書くなら、よりビッグネームなYo Yo Honey Singhの"Bonita"とか、Badshahが参加した"Bailamos"を挙げてもよかったのだが、彼らは以前からレゲトンなどのラテンの要素を取り入れていたことを知っていたので、今回はサンタナみたいな伝統的ラテンなこの曲をセレクトしてみた。
独特の歌い回しのどこまでがインド要素でどこからがラテン要素なのかが分からなく
ラテン風の楽曲ではタミルのAasamyも良かった。
Dohnraj “Gods & Lowlife”(アルバム)
ロックアーティストとしては唯一の選出となったDohnrajは、デリーを拠点に80年代的なロックサウンドを奏でているシンガーソングライター。
ジャンルの多様性を確保するためにロックから選ぶようなことはしたくなかったし、彼にことは2022年にも年間Top10に選出しているのでそんなに推すつもりはなかったのだが、 9月にリリースされた“Gods & Lowlife”の充実度を考えたら、リストに入れないという選択肢はなかった。
そう来たか!のプログレ風の”If That Don’t Please Ya (Nothing Ever Will)”に始まり、80〜90年代の洋楽的要素をふんだんに取り入れた万華鏡的音世界は、世代のせいかもしれないがとても魅力的だった。
先日の記事にも書いたが、インドのアーティストの過去の洋楽オマージュっぷりはかなり面白く、今後も注目していきたい分野だ。
というわけで、いつも年末ぎりぎりに発表していた年間ベスト10を今年はちょっと早めに発表してみました。
今ムンバイにいて、その様子はとある媒体で書きますが、とても刺激的な出会いと経験を重ねています。
みなさんも良いお年を!
先日の記事にも書いたが、インドのアーティストの過去の洋楽オマージュっぷりはかなり面白く、今後も注目していきたい分野だ。
というわけで、いつも年末ぎりぎりに発表していた年間ベスト10を今年はちょっと早めに発表してみました。
今ムンバイにいて、その様子はとある媒体で書きますが、とても刺激的な出会いと経験を重ねています。
みなさんも良いお年を!
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