ソウルフル&ファンキー! インドの新進R&B系シンガーソングライター特集2024年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10

2024年11月21日

60's〜90's洋楽オマージュ! インドの温故知新アーティスト特集


たびたび書いているように、インドでインディペンデントな音楽シーンが爆発的に発展したのは、インターネット普及した2010年代以降のこと。
20世紀のインドでは、インディーズ系の音楽は、ごく一部の裕福な若者の趣味としてしか存在していなかった。
その頃のインドでは、バンドをやるための楽器や機材はとても高価だったため、今のようにスマホが1台あればビートをダウンロードできて、それに合わせてラップできて…というわけにはいかなかったからだ。(細かく調べればいくつかの例外はあるかもしれないが)




だから、今でもインドのロックシーンには労働者階級のパンク的な荒っぽさよりもミドルクラスの上品な雰囲気が漂うバンドが多いし、そもそもインドのインディーズ音楽シーンではロックよりも圧倒的にヒップホップやエレクトロニックの人気が高い。
インドのインディーズ音楽シーンが盛り上がり始めた2010年代には、ロックはもう過去の音楽だったからだ。

とはいえ、過去のクールな音楽を掘って模倣したがるというのはどこの国でも同じこと。
まだまだインディーズ・シーンの歴史の浅いインドにも、彼らが生まれる前の60年代〜90年代のロックの影響を受け、そのオマージュとも言える楽曲を発表しているアーティストが結構いる。


ここ最近でもっとも衝撃を受けたのは、デリーのアンダーグラウンドヒップホップレーベルAzadi Recordsが最近プッシュしているシンガーGundaがリリースしたこの曲だ。
なんとThe Doorsへのオマージュになっている!

Gunda, Encore ABJ "Ruswai"


サンプリングのネタとして引用するのではなく、Light My Fireっぽい雰囲気をそのまま再現するという方法論は2024年に聴くとめちゃくちゃ新鮮だ。
歌はジム・モリソンほどソウルフルではないが、この気だるいグルーヴで引っ張ってゆく感じ、ものすごく「分かってる」。
口上みたいなフロウから始まるEncore ABJ(デリーのSeedhe Mautのメンバー)のラップも完璧にはまっている。
まさかインドからこういう悪魔合体音楽が生まれてくるとは!

ところで、Prabh DeepやSeedhe Mautといった人気ラッパーが軒並み離れてしまった(専属ではなくなった)Azadi Recordsは、最近では歌モノのリリースがかなり多くなってきており、必ずしもヒップホップレーベルとは言えなくなってきているが、独特の冴えたセンスは相変わらず。
ヒップホップというジャンルの間口は今すごく広がっているから、むしろ現在のヒップホップを体現していると言ってもいいかもしれない。



以前紹介した「現代インドで80年代UKロックを鳴らす男」ことDohnrajが今年リリースしたニューアルバム"Gods & Lowlifes"もやばかった。
前作は80's臭に溢れていたが、今作のタイトルトラックはもろ90'sのブリットポップ!

Dohnraj, Jbabe "Gods & Lowlifes"


このヘタウマな歌の感じ、ドラマチックなアレンジ、そして叙情的なメロディー。
90年代UKの一発屋バンドThe Verveあたりを思い起こさせる…とか言うと年がバレそうだが、当時リリースされていたらミュージックライフとかクロスビートあたりのレビューで結構いい評価がついたんじゃないだろうか。
この曲にはタミルのロックバンドF16sのフロントマンで、ソロでも秀作を発表しているJbabeが参加している。
距離も離れていて言語も文化もまったく違うデリーとチェンナイの2人が、この90's UKロックへのオマージュのためだけにコラボレーションしているというのも痺れる。



このアルバムからミュージックビデオが制作された"Freedom"は、うってかわってブルースっぽいシブい始まり方をする曲だが、歌の感じはミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイを彷彿とさせる、あの英国特有の湿った感じ。

Dohnraj "Freedom"


途中からの展開は若干アイデアの寄せ集めっぽい感じがしないでもないが、メロディーやアレンジがいちいちツボを押さえていて唸らされる。
このアルバムには他にもプログレっぽい曲なんかも収められていて、そもそもロックの人気がそこまで高くないインドで異常にマニアックな音楽世界を構築している。


こういうアーティストばかり紹介していると、せっかくインドの音楽を紹介するんだったら古い洋楽の模倣じゃなくてインドのオリジナルな音を紹介すればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。
それも一理あるのだが、そもそも前提として、日本もインドもインディペンデントな音楽シーンに関して言えば、アメリカやイギリスの音楽文化の圧倒的な影響下にある。
良くも悪くもそれは否定のしようがない事実で、結局のところ、こうした過去の音楽的遺産は、ポップカルチャーの共通語として機能する。
それぞれの文化を土壌としたオリジナルな表現や、あるいは世界中の誰もまだ鳴らしていないような尖ったサウンドも素晴らしいが、こんなふうに「あっ!そういうの好きなの?分かる!」みたいな感覚を、日本からも欧米からも遠く離れた南アジアのアーティストに感じたりできることっていうのも、すごく素敵なことなんじゃないだろうか。
90年代から音楽を聴いていた自分としては、インドの若いミュージシャンがリアルタイムで経験したはずのない音を緻密に再現しているのを発見すると、海外旅行中に思いがけず旧友にばったり会ったみたいなたまらないエモーションを感じてしまう。

おっと、つい感傷的になっちまった。
まだもうちょっとこの手の音楽を紹介させてもらう。
次はもうちょっと新しい音楽だ。


デリーのBhargはラッパーとの共演も多い現代的な感覚を併せ持ったアーティストだが、この曲を聴くと過去の音楽も相当聴き込んでいるということが分かる。
イントロのチープなノスタルジーと、後半Weezerみたいな展開がこれまたたまらない。

Bharg "Nithalla"


歌詞がヒンディー語であることがまったく気にならないエヴァーグリーンな洋楽ポップ的メロディーもいい。
自分は洋楽的なメロディーの端々に言語特有の訛りとも言える節回しが出てしまうシンガーが好きなのだが、逆にこうやって自分の言語と洋楽的センスを見事に融合するこだわりもまたかっこいいと思う。




インドでこの手のノスタルジックな洋楽サウンドを鳴らすミュージシャンを紹介するなら、Peter Cat Recording Co.に触れないわけにはいかない。
彼らが今年リリースしたアルバム"Beta"は、すでに日本でも多くのインディーズ系メディアで取り上げられているが、期待を裏切らないクオリティだった。

Peter Car  Recording Co. "Suddenly"




これは決してディスっているわけではないのだが、彼らの曲を聴くと「上質な退屈」という言葉が頭に浮かぶ。
インターネットなんか繋がないで、こういう音楽を流しながらコーヒーを飲んだり本を読んだりぼーっとしながら時間を過ごすのが本当の贅沢なんじゃないか、というような感覚だ。
昔(インターネット時代の前の話)、金持ちの友人の別荘に行ったらテレビがなくて驚いたことがあるのだが、そのときに、この人たちは本当の裕福な時間の過ごし方を知っているんだなあと思ったものだった。
このコンテンツ飽和時代に、一瞬でも飽きさせないように一曲に展開を詰め込むのではなく、淡々と上質なメロディーを紡いでいく彼らの音楽にも、そうした「贅沢さとしての退屈」みたいな感覚が込められているように思うのだ。

デジタルネイティブなインドの若い世代にも、おそらくだがインターネット以前の時代や、繋がらない時間の過ごし方に対する憧憬はあるはずで、日本よりも激しい競争社会に生きる彼らのほうが、むしろそうした思いはずっと強いとも考えられる。
彼らが20世紀の洋楽的なロックやポップスに惹かれるのは、そこに今日の音楽には存在し得ない、より豊穣な自由さを感じるからかもしれない。

次の日曜はチャイを入れてPeter Cat Recording Co.を聴く退屈な午後を楽しんでみようかな。
すぐにスマホに手が伸びてしまいそうだけど。



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